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現代の生老病死 №9 [心の小径]

現代の病
 
       立川市・光西寺  寿台順誠

(3)新型コロナウイルス禍の問題-生活習慣病から感染症の時代へと逆流するのか?

 ところが、今日私はどうしても言っておかねばならないと思う問題は、今のコロナの問題が持ち上がってから、以上のように「感染症から生活習慣病へ」として語られてきた現代の疾病構造の変化について考え直さねばならないのではないか、「生活習慣病から感染症の時代へ」と又時代が逆流しているのではないかということです。確かに「感染症から生活習慣病へ」と言っても、実は戦後も世界的に見ると感染症で亡くなる人が一番多かったのですが、しかしそれはアフリカのような途上国の問題で、いわゆる先進国と言われるところは、感染症からはもう解放されたのだと私たちは思い込んできたのではないでしょうか。それを今改めて問い直す必要があるのだと思うのです。
 そこで、現在のコロナの問題に対する各国の対応と将来の見通しについて試みに考えているのですが、先ず各国の対応については、次の三つに分けられるという見方があります(14)。一つ目はブラジルやアメリカの対応で、「ネオリベラリズムの経済優先政策」です。最近、やっとトランプ大統領もマスクをするようになったということですが、しかしとにかく経済を最優先させる訳ですからもの凄い感染者を出している訳ですね。日本の政策もここに分類されると見られているようですが、どうでしょうか。「Go toキャンペーン」などはそういうものかもしれませんね。それから三つ目は中国がとっている立場で、「権威主義的な封じ込め政策」です。これは理解しやすいことですね。けれども、病気を封じ込めるのはよいのですが、中国は香港に見られるように民主主義まで封じ込めようとしちやいますから、それは非常に問題ですね。ウイルスと民主主義は違いますからね。が、それはそれとして、三つ目は韓国や香港・台湾が取ってきた立場で、以上の二つの中間にあるものだと言ってよいでしよう。それは「早期の徹底した検査と封じ込めによる軟着陸的な政策」で、「経済か健康かのジレンマを穏健に両立」させるものだと言われています。この分類を出している論者は、この政策を最も評価しているようですね。いずれにせよ、この分類は参考になると思います。
 そして、この各国の対応を念頭に置いて、次にこれまで「宿主と微生物の関係」にはどういうパターンがあったかを見ておきたいのですが、それには次の四つのパターンがあったと言われています(15)。「宿主」というのは、微生物(細菌やウイルス)が寄生する相手方の生物のことですが、今は人間のことだと考えればよいですね。その関係として、第一に「宿主が微生物の攻撃で敗北して死滅する」というパターンがあり、第二に「宿主の側の攻撃が功を奏して、微生物が敗北して絶滅する」というパターンがあると言いますが、ただこれまでに本当に絶滅させて制圧した感染症は天然痘しかないと言われています。結核だって今でもある訳ですからね。次に第三に、「宿主と微生物が和平関係を築く」というパターンがあるとされています。細菌よりも他の生物に寄生してしか存在し得ないウイルスの場合は特にそうですが、宿主が死んでしまうと自分も死んでしまいますから、進化すると宿主を殺さないようにだんだん弱毒化すると言われます。「ウイズコロナ」というのは、そういう願望をもって言っていることでしょうが、この場合どうしたら和平関係をうまく築けるかということが問題になりますね。そして最後第四に、「宿主と微生物が…果てしない戦いを繰り広げる」パターンがあるということです。ひとたび感染すると宿主の神経細胞に永久に潜み、忘れたころに帯状癌疹等を引き起こす水痘瘡がその例として挙げられています。
 私は、この「宿主と微生物の関係」のパターンと先ほどの各国の対応とを考え合わせてみて、どの対応策・政策を取った場合にどのパターンに行きつくのか、その見通しがつけられないかと思い、以上のことを紹介した訳です。例えば、ブラジルやアメリカのような経済優先政策を取っていると、第一のパターンのように宿主が死滅してしまう恐れがあると言えるかもしれません。或いはウイルスの方が賢く進化して運よく第三のパターンの和平関係になるかもしれませんね。それから、中国のような封じ込め政策を取るということは、これはやはり第二のパターンの微生物を絶滅させる強い意志の表われだと受け取ることが出来るのではないでしょうか。このような形で、各国の対応と宿主と微生物の関係を考え合わせることで、多少なりとも将来を見通す見取図くらいは描けるのではないでしょうか。

(14)酒井隆史「ハンデミック、あるいは〈資本〉とその宿主」『思想としての〈新型コロナウイルス禍〉』河出書房新社,2020,103頁.
(15)石弘之『感染症の世界史』KADOKAWA,2018,56-59頁.

名古屋市中川区 真宗大谷派・正雲寺の公開講座より


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論語 №133 [心の小径]

四二一 孔子いわく、益者(えきしゃ)三友(さんゆう)。損者(そんしゃ)三友。直を友とし、諒(りょう)を友とし、多聞を友とするは、益なり。便辟(べんぺき)を友とし、善柔を友とし、便佞(べんねい)を友とするは、損なり。

      法学者  穂積重遠

 孔子の申すよう、「益友が三種類、損友が三種類あります。直言して隠すところなき者を友とし、信実にして裏表なき者を友とし、博学多識な者を友とするのは、益であります。体裁ばかり飾って率直でない者を友とし、顔つきだけをよくするへつらい者を友とし、口先ばかりで腹のない者を友とするのは、損であります。」

四二二 孔子いわく、益者三楽(さんらく)。損者三楽。礼楽を節するを楽しみ、人の善を遣うを楽しみ、賢友の多きを楽しむは、益なり。騎楽を楽しみ、佚遊(いつゆう)を楽しみ、宴楽を楽しむは、損なり。

 本章の「楽」の音は「がう」、訓は「このむ」とするのが通説のようだが、さように凝るにも及ぶまい。「らく」「たのしむ」でけっこうだ。

 孔子の申すよう、「有益な楽しみが三つ、有害な楽しみが三つあります。礼儀音楽をほどよく実行実演するのを楽しみ、人の善言善行をうわさすることを楽しみ、賢い友人の多いことを楽しむのは、有益な楽しみであります。我がままかってを楽しみ、なまけ遊ぶことを楽しみ、宴会遊興を楽しむのは、有害な楽しみであります。」

 右の中で今日特に心がけたいのは「人の善を道(い)うを楽しむ」こと、すなわち「人の美を成す」(二九四)ことだ。とかく人のアラを拾うことを楽しむのは困ったものだ。

四二三 孔子いわく、君子に侍するに三愆(さんけん)あり。言未だこれに及ばずして貫う、これを躁(そう)と謂う。言これに及びて音わざる、これを隠(いん)と謂う。未だ顔色(がんしょく)を見ずして言う、これを瞽(こ)と計う。

 本章で「君子」とは、地位なり年齢なりで「目上の人」の意味。「躁」は「軽躁」「さわがしい」「そそっかしい」。「隠」は「隠険」。「瞽」は「盲人」。ここでは「目先が見えぬ」「気がさ
かぬ」。

 孔子の申すよう、「目上の人の前に出たとき犯しやすい三つの過失があります。先方から言葉のないうちにズケズケ物を言うのを、『さしでがましい』と申します。言葉があったのにだまっているのを、『へだてがましい』と申します。先方の顔色もうかがわずに口をきくのを、『みさかいがない』と申します。」

「顔色を見る」というのは、鼻息をうかがう意味ではない。その場の兄はからいをすることだ。

『新訳論語』 講談社学術文庫


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現代の生老病死 №8 [心の小径]

現代の病

       立川市・光西寺  寿台順誠

(2)現代の病苦-病と付き合う時間が長くなる苦、医療によって病が生みだされる苦
 さて、以上のように延命治療は打ち切られる傾向にあるとはいえ、病が慢性化し生活習慣病化したことによって、現代人は延々と続く病のプロセスを経なければならないのは事実であります。それで、そうした「現代の病苦」とは一体どういうものかと言うと、先ずはとにかく「病と付き合わなければならない時間が長くなる苦しみ」があると思います。
 かつては「痛」と言われたらそれは「死の宣告」に等しかったと思うのですが、今はそうでもなくなってきましたね。私が住職を務める光西寺の門徒さんで、しばらく前に90歳を超えて亡くなった人ですが、リタイア後に4回も癌の手術を受け、胃を取り、食道を切り、片肺を切り、そして皮膚癌もやって、それでいて毎年行っている光西寺の研修旅行に何年間か参加し、いつも一番先頭を元気に歩いて行って、夜は結構お酒も飲むという方がおられました。実は光西寺の研修旅行の常連には、そのような形で癌の手術を受けられた方が何人もおられます。
 そこで一つ映画を紹介しておきたいのですが、それは2011年の『50/50フイフティフイフティ』というアメリカ映画(ジョナサン・レヴイン監督)です。従来の癌を題材にした映画というと、古典的には黒澤明監督の『生きる』(1952年)がありますが、そうした映画は主人公が癌であることが分かってから数か月ぐらいで死ぬというストーリーが定番だったと思います。『生きる』を最初に見た時には本当に感動したのですが、しかしこの種の映画は『生きる』だけ見ておけばもう十分で、あとはほとんどお涙頂戴的なものにしかなっていないと私は思いますし、癌になってちょうどよい頃合いで死ぬというストーリーでは、もう現在の病の実態には合っていないとも思われるのです。
 その点、『50/50フイフティフイフティ』は違います。この映画では、27歳の酒もタバコもやらない男性が腰の痛みを感じて受診したところ、「脊髄癌」(悪性神経鞘腫)という診断を受け、5年生存率は「フイフティフイフティ」(50%)だと言われます。この映画はインフォームド・コンセントのあり方等についても非常に考えさせるところがありながら、コメディタッチの部分もあって非常に楽しく見ることの出来る映画でもあります。診断を受けた主人公に対して友が、「フイフティフイフティだって?カジノなら最高だぜ!」(スリリングでいいじやないか!)と言って、勇気づける場面などもあります。この映画は、最後は主人公の手術も成功して、今後も生きるという希望を描いて終わっていますが、しかし考えてみますと、現代というのは皆そのように「フイフティフイフティ」の中で、生きるか死ぬか分からない時間が長く続く苦を抱えて生きざるを得ない時代なのではないかと思うのです。
 それからもう一つ、生活習慣病という概念が何を生み出したのかというと、それは「医原病」(iatrogenesis,iatrogenic disease)だと思います(11)。つまり、「現代の病苦」にはむしろ「医療によって病が生みだされる苦しみ」もあると言えるのではないかと思うのです。従来は病気だと見られていなかったものが「病気」だとされ、治療が必要だということになることは「医療化」(medicalization)の一つですが、この傾向を示すものとしては、例えばヘビ-スモーカーを「ニコチン依存症」、酒癖の悪い人を「アルコール依存症」等、現代の非常に多くの病が挙げられます。確かに反対に、従来は病だと考えられていたものがそうではないと認められるようになったものとして、マスターベーシヨンや同性愛等があり、この傾向を「脱医療化」(demedicalization)と言いますが、しかし現代において圧倒的に優勢なのは「医療化」の傾向で、単なる人の癖や性格が「病気」にされてしまうベクトルの方がはるかに強いのです(12)。そしてその中で、「人のために医療がある」というよりは、まるで「医療のために人がある」というが如き皮肉な逆転が起こっているのではないかと思われます。これについては、「健康のためなら死んでもよい」などという冗談話も引き合いに出されることがありますね。
 このように生活習慣病というのは、単なる習慣が病気になってしまう訳ですから、かえって苦しみを生み出していると言えるのではないでしょうか。但し、生活習慣病に対する批判の多くは、それが「医療化」の方向に使われることに対する批判であって、もしそれが「脱医療化」の方向で使われるのであれば、悪いことではないと私は思います。例えば、すぐに「うつ病」など精神疾患だと認定して薬漬けにするのは問題だと思いますが、睡眠等の生活習慣を見直しましようということであれば、生活習慣病という言い方も一概に否定するものでもないと思いますので、その点は見極めが必要だと思います(13)。が、いずれにせよ、「感染症から生活習慣病へ」「急性病から慢性病へ」と言われる中での「現代の病苦」としては、以上のように「病と付き合う時間が長くなる苦」「医療によって病が生みだされる苦」が挙げられると思う次第です。

(11)医原病については、イヴァン・イリッチ(金子嗣郎訳)『脱病院化社会-医療の限界-』晶文社,1979〕); 近藤誠『医原病-「医療信仰」が病気をつくりだしている-』講談社,2000等参照.
(12)医療化の問題については、安藤太郎「P.Conradの医療化論の検討」『保健医療社会学論集』10,1999;志水洋人「医療化論の動向-逸脱行動の医療化から疾患概念の拡大へ-」『年報人間科学』35,2014;細見博志「健康と病気-「逸脱」としての病気と拡大する「医療化」-」『言語文化論叢』19,2015;三澤仁平「医療化論のゆくえ」『応用社会学研究』57,2015;ピーター・コンラツド、ジョゼフ・Wシュナイダー(進藤雄三郎監訳・杉田聡・近藤正英訳)『逸脱と医療化-悪から病いへ-』ミネルヴァ書房、2003等参照.
(13)これについては、井原裕『生活習慣病としてのうつ病』弘文堂,2013参照.

名古屋市中川区 真宗大谷派・正雲寺の公開講座より


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論語 №132 [心の小径]

四一七 師冕(しべん)見(まみ)ゆ。階に及ぶ。子のたまわく、階なり。席に及ぶ。子のたまわく、席なり。皆坐す。子これに告げてのたまわく、某(それがし)はここに在り、某はここに在り。師冕出ず。子張(しちょう)問いていわく、師と言うの道か。子のたまわく、然り。もとより師を相(たす)くるの道なり。

         法学者  穂積重遠

 盲楽士の冕(べん)が来訪した。孔子様が自身出迎えて案内され、階段まで来ると、「段々ですよ。」と言われ、座敷へ来ると、「サアお席ですよ。」と言って着席させる。そして一同の座が定まると、「あなたの右は何さんです、左はだれそれです。」という風に同席者の名前と席順とをいちいち告げられた。師冕が帰った後、子張が、「あれがめくら法師と語る作法でござりますか。」とおたずねしたら、孔子様がおっしゃるよう、「そうじゃ。そもそも盲人はああいう風に介抱すべきものぞ。」

 盲人に道場的敬意をはらわれたことは前にも出ていたが(二一四)、孔子様が老いたる盲楽士を接待される懇切な様子が目に見えるようだ。

四一九 孔子いわく、天下道有れば、すなわち礼楽征伐天子より出ず。天下道無ければすなわち礼楽征伐諸侯より出ず。諸侯より出ずれば、けだし十世失わざるは希(まれ)なり。大夫より貯ずれば、五世失わざるは希なり。陪臣国命を執(と)れば、三世失わざるは希なり。天下道有れば、すなわち政大夫に在らず。天下道有れば、すなわち庶人議(ぎ)せず。
 
 「陪審」は「又家来」で、天子から言えば大夫だが、ここでは諸侯から数えて大夫の家来のこと、当時の魯(ろ)では陽虎(ようこ)がそれだ。日本でいえば、天皇・足利公方・三好・松永という関係。

 孔子が申すよう、「正しい道が天下に行われる時代には、礼楽征伐の命令が天子から出ます。天下に道が行われなくなると、礼楽征伐の命令が諸侯から出るようになります。命令が諸侯から出るようになっては、おそらく十代も政権を失わぬことは稀でありましょう。それが大夫から出るようになっては、五代も続くことは稀でありましょう。その又家来が国の政権を取りしきるようになっては、三代続くことも稀でしょう。天下に道が行われれば、政権が大夫の手などにはないはずです。天下に道が行われれば、平民が政治の批判をしなくなります。」

 最後の一句は言論圧迫の意味ではない。古註に「上に失政なければすなわち下に私議なし。その口を持して敢て言わざらしむるにあらず。」とある。もし天下道なくして言論を圧迫すると、徳川末期に「庶人議する」落首や川柳が流行したようなことになる。

四二〇 孔子いわく、禄の公室を去れること五世なり。政 の大夫に逮(およ)べること四世なり。故にかの三桓の子孫徴(び)なり。

 これは前章と同時の言葉だろう。魯の大夫仲孫(ちゅうそん(孟孫)・淑孫(しゅくそん)・季孫(きそん)の三家は桓公の末なので「三桓」という。

 孔子の申すよう、「爵禄(しゃくろく)附与の権が魯の公室を離れてから五代になります。政治が大夫の手に移ってから四代になります。先に『五世季(まれ)なり』と申したような次第で、かの三家の子孫が衰微してきたのも、そうあるべきことであります。」

『新訳論語』講談社学術文庫


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現代の生老病死 №7 [心の小径]

3.現代の病

      立川市・光西寺  寿台順誠

(1)疾病構造の変化-感染症→生活習慣病、急性病→慢性病
 次に「現代の病」という問題に入りましよう。
 先ず「現代の病」について考える場合の大前提として、「感染症から生活習慣病へ」「急性病から慢性病へ」と疾病構造が変化してきたということが言われてきました。これについては、下のグラフを見て下さい。

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 これは『厚生労働白書』の平成23年(2011年)版のものです。(https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/11/dl/01-01.pdf)。これを見ると、戦後すぐの時点で死因の一位は結核だったのですが、それに対する特効薬やワクチンが出来たことによって結核で亡くなる人は急速に減り、その代わりに先ず脳卒中、次いで心臓病が増え、そして最近になってどんどん増えて死因の一位になったのが癌であることがよく分かります。この変化を指して「感染症から生活習慣病へ」ということが言われてきた訳です。
 それから、もう一つ参考までに、この流れを「急性疾患から慢性疾患へ」の変化として捉えた論文(8)の表も次頁に示しておきたいと思います。この表は「急性病から慢性病へ」の流れにおいては、「医療の場」が「病院」から「生活の場」へと移り、それにつれて「主導権」も「医療者」から「患者」へ移行し、「医療者患者関係」は「指導協力型」から「相互参加型」となり、そして「医療の方向」は「治療的要素」よりも「ケア・教育的要素」が強いものとなってきた等のことが言われています。これも非常に分かりやすい表だと思いますので、紹介しておきたいと思います。

寿台6.jpg

 ところで、先に挙げたグラフと似たグラフをもう一つ下に出しておきたいと思います。このグラフは厚生労働省の『平成30年(2018)人口動態統計月報年計(概数)の概況』(https://www.mhlw.gojp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai18/dl/gaikyou30-190626.pdf)のものですが、先の平成23年版『厚生労働自書』のものとほとんど変わりはありません。が、一つ違うことがあって、それはこの表では最近「老衰」という死因が再び上昇してきて、ついに脳卒中を超えて第三位になったことです。平成23年版の時点では「老衰」は死因に数えられてさえいませんでしたし、実際しばらく前まではもう「老衰」という死因で亡くなる人はいなくなったとまで考えられていたように思います。ところが、ここ数年の間に再び「老衰」をカウントせざるを得なくなったのですが、ここにはおそらく、今日も最初に住職が言っておられた「延命治療」が控えられる傾向になってきたということがあるのだと思います(9)。

寿台7.jpg

 実際、厚生労働省や終末期医療に関わる専門学会のガイドライン等ではそういう方向が打ち出されています(10)。例えば、「無益な延命治療はやる価値がない」などということがよく言われますが、やはりそういう考えがかなり浸透してきたのではないでしょうか。延命治療と言うと人工呼吸器や胃癌がありますが、例えば胃瘻は再び口からものを食べられるようになるための補助的なものなので、それが見込めず、ただ単に生命を延ばすだけのためであれば、それは打ち切りましょうというようなことになってきたということです。「老衰」というのは、簡単に言えば「食べられなくなったら死ぬ」ということだと思いますが、その場合に胃瘻をすれば生きちゃう訳ですよね。が、以上のように考えが変わってきたので、改めて「老衰」が増えてきたのだと思います。

(註8) 加藤真三「患者学のすすめ(その1)急性病から慢性病の時代へ」『医と食』2(3),2010,145頁。

(註9) 内閣府が行なった2012年の高齢者の意識調査では、自分の病気が治る見込みがない場合,「延命のみを目的とした医療は行わず、自然に任せてほしい」と回答した65歳以上の人は91.1%で、10年前に比べて10ポイント上昇したという(NHKスペシャル取材班『老衰死-大切な身内の穏やかな最期のために-』講談社、2016,23頁).

(註10) こうした動きを示す厚労省及び関連学会のガイドラインについては、松田純『安楽死・尊厳死の現在-最終段階の医療と自己決定-』中公新書、2018,141-143頁;樋口範雄「生命維持治療の差し控え、中止」『医の倫理の基礎知識2018年版』(https://www.med.or.jp/doctor/rinri/i/i_rinri/cO2.html)参照.

名古屋市中川区 真宗大谷派・正雲寺の公開講座より


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論語 №131 [心の小径]

四一四 子のたまわく、教えありて類(るい)なし。

       法学者  穂積重遠

 孔子様がおっしゃるよう、「人は教育によって善とも悪ともなるもので、はじめから善人悪人の類別があるわけではない。」(参照-四三三)
四一五 子のたまわく、壇同じからざれは相(あい)為(ため)に謀(はか)らず。

 孔子様がおっしゃるよう、「根本主義が違っては相談にならぬ。」
 これだけでは意味がハッキリしないが皆川淇園(みながわきえん)の左の説明でだいたい見当がつきそうだ。

 「霊公(れいこう)兵を強くして以て威を立てんと欲し、夫子は道を修めて民に仁せんと欲す。これ道同じからざる者なり。それ道同じからざれば、すなわち各その趣を殊にす。彼の好む所のものは、われの悪(にく)む所のものなり。かれの重んずる所のものは、われの軽んずる所のものなり。それかれはわが悪(にく)み且(かつ)軽んずる所のものを以てす、しかるにわれこれが為に対(こた)え、これが為に謀(はか)る。これ諂(へつら)いにあらざれば、すなわち詐(いつわり)なり。親附を求めてその身を利せんことを欲する者のみ。君子の『その食を後にする』(四一三)の義にあらざるなり。これ故に夫子の対えずして行(あ)りしものは(三七七)、軍旅の事を知らざるにあらず、すなわち道の同じからざるを以ての故なり。」

四一六 子のたまわく、辞は達して己(や)む。

 「辞」は、「辞令」で外交文書だ、とする説もあるが、広く一般の言語文章と見る方がよろしい。「達せんのみ」とよむ人もある。それだと「達すればそれでよろしい」という意味が強くなる。

 孔子様がおっしゃるよう、「言語文章は意味の通ずることが肝心じゃ。」

 中国は元来が言語文章の国であり、また孔子様の門人には、子貢(しこう)をはじめ口達者、文章上手が多かっただろうから、ついむやみと美辞麗句をつらねてかえって意味が通らなくなることなどもありそうだ。そこで孔子様がこう言って引きしめられたのだ。しかし「達する」というのは、「意味さえわかれば」というのではなく、意味が十分に通ずること、すなわち、「達意」である。それ故、ただ短ければよいというのではない。『論語』と『孟子』とをならべて見ると、孔子様は口数が少なく、孟子はおしゃべりなのが、実に好対照であって、しかも双方ともに名文である。そして『論語』は短文だけれどもすこぶるふくみが多く、かみしめればかみしめるほど味が出てくることは、今まで読み進んだところでもよくわかるのであって、これが本当の「辞は達して巳む」もの、『孟子』の「これでもか、これでもか」とたたみかけるのよりかえって効果的だともいえる。「歌よみはへたこそよけれあめつちが動き出してはたまるものかは」という狂歌があるが、孔子様はけっして、言語文章は「へたこぞよけれ」と言われたのではない。本当に上手な言語を語り、文章を書けと言われるのだ。新生日本の最大問題の一つは国字・国語問題であって、漢字制限・文章平易化の持論いよいよ実現の時節到来と喜んでいるが、この際くれぐれも希望するのは、「わかりさえすれば」という誤解のないことだ。本文を「達せんのみ」とよまずに「達してやむ」とよんだのも、多少はその意味だが、「達し」たかしら。
『新訳論語』 講談社学術文庫



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現代の生老病死 №6 [心の小径]

現代の生老病死~引き延ばされる老・病・死と操作される生 
 
      立川市・光西寺  寿台順誠
 
 2.現代の老

(4)認知症と無我-老いと仏教

 認知症と無我という問題、つまり認知症の人には変わらぬ自我など無いとすれば、仏教の「無我」というのは認知症のようなものなのか、という問題を考えるために、先ずは下の図をご覧ください。

寿台4.jpg

 この図表は長谷川和夫『よくわかる認知症の教科書』(朝日新聞出版,2013,135頁)という本のものですが、これについてはよく、先ほど何を食べたかを忘れるのは通常の物忘れだが、食事をしたこと自体を忘れてしまうのは認知症である、という例で説明されますね。
 それで仏教の無我について考えてみたいのですが、これについては天親菩薩(世親)の『浄土論』に、「世尊我一心、帰命尽十方、無擬光如来、願生安楽国」(世尊、われ一心に尽十方無擬光如来に帰命したてまつりて、安楽国に生ぜんと願ず。『真宗聖典』135頁、『浄土真宗聖典七祖篇一一註釈版一一』本願寺出版社,1996,29頁)とあるのに対して、曇鸞が『浄土論註』で次のような註釈を加えていることが注目されます。

 間ひていはく、仏法のなかには我なし。このなかになにをもってか我と称する。答へていはく、「我」といふに三の根本あり。一にはこれ邪見語、二にはこれ自大語、三にはこれ流布語なり。いま「我」といふは、天親菩薩の自指の言にして、流布語を用ゐる。邪見と自大とにはあらず。(前掲『浄土真宗聖典七祖篇』52頁)

 この中の「邪見」というのは誤った邪な見解ということで、先ほど言ったような永遠に変わらぬ自我が存在すると考えること、「自大」というのは、「我が、我が」と主張するような尊大な我という意味だと考えればよいでしようね。が、ここで天親が「我」と言っているのは、そういう意味ではなくて、単に「流布語」として用いているにすぎない、と曇鷲は解釈している訳です。これは仮に「我」としか言いようがないものですね。仏教は無我の教えだから「我」(私)という言葉を一切使うな、などという極端な言い方に出会ったこともありますが、しかしもし流布語という意味での「我」(私)という言葉も使えなければ、会話自体が成立しませんよね。例えば、「〇〇を食べたい」と言ってみても、「私は」と言えなければ、場合によっては「誰が?」ということが分からなくなってしまいますね。流布語としての「我」というのは、仮に言っているだけで実は「五蘊」に過ぎないものですから、時が来たら消えてなくなるような「我」なのです。そのくらいの「我」は立てておかないと仕方がないという話ですよ。
 このように考えてくると、認知症と無我とを一緒にするのはやはり間違っているでしょうね。流布語としてであれば「我」は認めるというのは、自分がやってきたことについての記憶の連続性くらいはあるということではないでしょうか。が、それが永久不滅に変わらない「我」があるとか、「我が、我が」という自大とかになってしまうと、仏教の無我には反するということだと思います。
 少し話が横道にそれたかもしれませんが、そのついでにもう一つ「老いと仏教」について言っておきたいことがあります。それは、「諸行無常」ということの在り様に関してです。「生者必滅」「盛者必衰」「会者定離」という言葉は、「諸行無常」の類語であるとか、例示であるとかと説明されていると思います。が、「生者必滅」というのはまさに「死苦」を示すものだと受け取ることが出来ますが、しかし「老苦」や「病苦」はそれよりも「盛者必衰」という言葉で表す方がよいのではないかと思うのです。それはどういうことかと言うと、かつて当たり前に出来ていたことが出来なくなっちゃう、かつて人の手など借りなくても易々と出来たことが段々出来なくなるというのは、本当にもどかしいことですよね。「盛者必衰」というのは、そのような悲しみを表しているような気がします。そういう意味で、「死苦」とは違う意味での「老若」「病苦」をそのように押さえたらどうかと考えているのです。
 認知症については他にいろいろ言いたいこともありますが、時間の関係でカットします。いずれにしても、超高齢社会においては、「死にたい、死にたい」と言いながら延々と生きざるを得ない訳です。「ピンピンコロリ」(PPK)という言葉がありますね。「ぴんころ地蔵」というのが長野県の佐久にあり、数年前に見に行きました。そこには「ぴんころ食」という塩分を控えた食事もあります。長野県はそうしたPPK運動を推進して、日本一の長寿県になりましたね。それで、この「ピンピンコロリ」というのが、現代という時代に特有の願望になっていますが、でも実態はむしろ「ネンネンコロリ」(NNK)だと言われています。「ネンネン」というのは寝たきりになるということですが、この場合「コロリ」というのは適切な言い方ではないと思います。ですから、これは私の言葉ですが、「グズグズダラリ」(GGD)とでも言う方が実態に合っているのではないでしょうか。これこそまさしく「現代の老苦」だと思うのです。

名古屋市中川区 真宗大谷派・正雲寺の公開講座より



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論語 №200 [心の小径]

四一〇 子のたまわく、民の仁におけるや、水火よりも甚だし。水火はわれ蹈(ふ)みて死する者を見る。未だ仁を蹈みて死する者を見ざるなり。

        法学者  穂積重遠

 孔子様がおっしゃるよう、「水と火は人民日常生活の必要物で、これなくしては一日片時も生存し得ないが、仁を失ったら人の人たるゆえんがなくなり、生きがいのないことになるのだから、仁の方が人間にとって水や火よりも大切である。その上、水や火は生きるために必要ではあるけれども、時には水の底、火の中に踏み込んで溺れ死に焼け死ぬ者をも見ることだが、わしはまだ仁の道を踏んで死んだ者を見たことがない。それだのに人はなぜ仁に赴くことをためらうのであろうか。」

 「水火を踏んで死ぬ勇者は見るが、仁を踏んで死ぬ勇者を見たことがない。」という意味に解する人もある。それもおもしろいが、初句との続きがうまくつかないようだ。

四一一 子のたまわく、仁に当りては師に譲らず。

 孔子様がおっしゃるよう、「仁を行うには、先生に遠慮はいちぬ。」

 佐藤一斎(いっさい)いわく、「譲らずとは、楢後れずと言うが如し。勇往の心を状するのみ。」
 中井履軒(りけん)いわく、「仁を為すに譲るべからざるは、父母に孝するが如き、人に譲りて先ず孝を為さしめ、孺子(じゅし)の将に井に人らんとするを見るが如き、人に譲りて先ず救わしめ、身を殺して仁を為すが如き、人に譲りて先ず死せしむ、あにこの理あらんや。譲らざるの甚だしきことは、師と錐も亦譲らざるなり。」

四一二 子のたまわく、君子は貞(てい)にして諒(りょう)ならず。

 「貞は正しくして固さなり。諒はすなわち是非を択ばずして信に必するなり。」とある。

 孔子様がおっしゃるよう、「君子は、道理の正しいところは固く守って動かぬが、理非曲直(きょくちょく)を択ばずに初一念に執着くするようなことがない。」

四一三 子のたまわく、君に事(つか)えては、その事を敬してその食を後にす。

 孔子様がおっしゃるよう、「国家の官吏としては、職責を重んじ所管事務に精励することがまず第一で、食禄俸給などを問題にすべきでない。」

『新訳論語』 講談社学術文庫 ′
                                                                                

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現代の生老病死 №5 [心の小径]

現代の生老病死~引き延ばされる老・病・死と操作される生 
 
     立川市・光西寺  寿台順誠
 
 2.現代の老

(3)認知症に関わる根本的な問題

 そこで少し認知症の問題に入ってみたいと思います。
 現在、「認知症800万人時代」とも言われていますね。これは2013年から2014年にかけて、4回にわたりNHKスペシャルで取り上げられた番組のタイトルだったのですが、そこでは2013年時点で推定462万人の認知症の高齢者が存在しており、それに認知症予備軍の高齢者を加えると、大体800万人になると見積もられていたのでした(5)。が、この数字はその後さらに増えているようですね。又、私の大学院の先輩から聞いたことですが、今の日本で年間大体8万人位が行方不明になるうちの約1万人が認知症の人だということですね(6)。
 このように非常に深刻な状況である訳ですが、大井玄というお医者さん(公衆衛生学者)が、認知症というのは「病気」なのか、それとも「自然のあらわれ」なのかという問いを出しておられます(7)。これは認知症に関する根本的な問いだと思いますね。
 思い出してみると、1967年だったと思うのですが、私の母方の祖母が亡くなりました。81歳でしたが、今の言葉で言えば「認知症」になっていました。母は岐阜県のお寺の出身ですが、そこに子や孫が皆集まって看取るような形になっていました。祖母は男の人に会うとすべて自分の「お兄ちゃん」だと認識していました。小さい頃の記憶に戻っていたのでしょう。が、当時は「認知症」という言葉はありませんでしたから、皆「お祖母ちゃんは呆けちゃった」と言っていました。けれども、当時の私の印象で言うと、人間は皆年を取ったらこうなるのだ、誰でも老いたらこうなるじゃないかと、病気というよりも自然なこととして、お祖母ちゃんを見ていたような状況を呈します。それが今のように「認知症」という病名が付くと、何だか非常に特別なことのようになってくるのではないかと思うのです。要するに、認知症は現在非常に深刻な問題にはなっていますが、これを特別深刻な病気として扱うのか、それとも人間の自然な姿だと考えるのか、これは大きな問題だと思いますね。
 それからもう一つ大井さんは重要な問題を提起されていますが、それは人間観の問題です。つまり、認知症の人を見ていると、西洋的な確固とした自己・自我などは無いということが分かるとおっしゃっている訳です。が、この永遠に変わらぬ自我など無いということは、仏教の無我の問題と合わせて考えると面白いのではないかと思いますので、そちらに話を移したいと思います。

(5)ウイキペデイア「認知症800万人時代」,
(6)横瀬利枝子「徘徊による行方不明を経験した家族の苦闘一一若年性認知症者を介護する配偶者の語りから一一」『生命倫理』25(1),2015.
(7)大井玄+[インタビューアー]阿保順子「大井玄先生インタビュー」『精神医療』75,2014.

名古屋市中川区 真宗大谷派・正雲寺の公開講座より

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論語 №129 [心の小径]

四〇六 子のたまわく、われかつて終日食わず終夜寝ねず、以て思う。益なし。学ぶに如かず。

        法学者  穂積重遠

 孔子様がおっしゃるよう、「わしは前方、一日飯も食わず、一晩マンジリともせずに考えたが、得るところがなかった。学ぶに限る。」

 孔子様は「思」と「学」と平行すべしと言われるのだが(三一)、ここでは「思いて学ばざる」者に対して投薬されたのである。そしてこれは仮設ではなくて体験らしい。現に自身で、「憤りを発しては食を忘れ」たと言われた(一六五)。

四〇七 子のたまわく、君子は道を謀りて食を謀らず。耕すや餃その中に在り、学ぶや禄その中に在り。君子は道を憂えて貧を憂えず。

 孔子様がおっしゃるよう、「君子たる者が学問をするのは、いかにしたら道を求め得ようか、というのがねらいで、衣食をはかるのではない。農民が耕すのは食を得るのが目的だろうが、いくら耕しても凶年にあえば食を得ないで償えることもあるではないか。反対に、学問するのは衣食が目的ではないけれども、学成ればおのずから俸禄を受けることにもなるのじゃ。それ故に君子は、適の得られざるをこそ心配すべけれ用いられずして鮮腱なのを心配する理由はないぞよ。」

四〇八 子のたまわく、知これに及ぶも、仁(じん)能(よ)くこれを守らざれば、これを得と誰も必ずこれを失う。知これに及び、仁よくこれを守るも、荘(そう)以てこれに涖(のぞ)まざれば、すなわち民敬(けい)せず。知これに及び、仁能くこれを守り、荘以てこれに涖むも、これを動かすに礼を以てせざれば、未だ善からざるなり。

 孔子様がおっしゃるよう、「人君たる者、知がその位に適応しても、仁徳をもってその位を守ることができなければ、その位を得てもやがてそれを失うであろう。知がその位に適応し、仁がその位を守るに足りても、威厳をもって民に臨まなければ、民は君を敬わぬであろう。知がその位に適応し、仁がその位を守るに足り、威厳をもって民に臨んで、民を使い動かすに礼をもってしなければ、まだ理想的でない。」(参照 -一九・三六)

四〇九 子のたまわく、君子は小知せしむべからずして大受(たいじゅ)せしむべし。小人は大受せしむべからずして小知せしむべし。

 本章の「君子」「小人」は、徳不徳または上下よりは、むしろ大人物、小人物。

 孔子様がおっしゃるよう、「大人物には、区々たる小技術を扱わせ得ないが、国家の盛衰興亡を引受けさせ得る小人物には、天下の大事は担任させ得ないが、雑用小事務は扱わせ得る。」

 古証にいわく、「君子の務むるものは大なり。書算(しょさん)米塩(べいえん)一切の巧徹なる技芸の如きは、必ずしも多能ならず。これ小知せしむべからざるなり。孤を託し命を寄せ(一九〇)、君を堯舜にし、人民に沢(たく)する等の如きは、其の重任を受くるに足る。これ大受せしむべきなり。」

『新訳論語』 講談社学術文庫



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現代の生老病死 №4 [心の小径]

現代の生老病死~引き延ばされる老・病・死と操作される生 

     立川市・光西寺  寿台順誠

 2.現代の老

(1)社会の高齢化
 それでは、「老」の問題から始めますが、これについては先ず基礎知識の確認をしておきましょう。一般に、65歳以上の人口が総人口の7~14%に達した社会を「高齢化社会」(aging society)と言い、65歳以上の人口が14~21%に達した社会を「高齢社会」(agedsociety)、そして、65歳以上の人が21%以上の社会を「超高齢社会」(super-agedsociety)と呼ぶこと になっています。“aging”とは「年を取りつつある」ということ、“aged”とは「年を取っちゃった」ということ、そして、“Super-aged”とは「チョ一年取っちゃった」ということですね。時々、これらの区別をしないままに、「超高齢化」のような言葉が使用されていることがありますが、一応、以上の基礎的な語法は押さえておいた方がよいと思います(4)。
 それで日本は、1970年(7.1%)に「高齢化社会」、1995年(14.5%)に「高齢社会」、そして2007年(21・5%)に世界で最初に「超高齢社会」になった訳ですが、参考までに2018年時点の国際比較の統計を見つけましたので、それを下に挙げておきましょう。これは総務省統計局が出しているものですhttps://www.stat.go.jp/data/topi1135..html)。
寿台3.jpg
 これによると、2018年のこの段階では日本に続き、イタリア・ポルトガル・ドイツ・フィンランド・ブルガリアまでが「超高齢社会」になっていますが、しかし日本はこの時点で既に28%を超えていて、かなり図抜けた「超高齢社会」だということになりますね。そろそろ30%に近づいていて、大体3.3人に1人が高齢者だという社会になりつつありますからね。
 それにしても、今の高齢者は大変ですよね。希少価値がなくなっちゃったですからね。昔だったら年取っただけで尊敬されていたけれど、いま高齢者はゴロゴロいますから珍しくも何ともなくなっちゃった。そういうことも「現代の老」の一つの苦しみかもしれませんね。

(2)現代の老苦-死にたくても死ぬに死ねない状態が長く続く苦
 そこで、そういう超高齢社会における老苦とはどんなものだろうかということを考えていて、非常に参考になったのが有言佐和子の『恍惚の人』でした。発表当時ベストセラーになった小説ですが、これが出されたのは1972年で、日本が高齢化社会に入ったばかりですから、今から考えると非常に先駆的な作品だったのだと思いますね。映画(豊田四郎監督、1973年)の方も、森繁久禰が認知症になったおじいさん(立花茂造)を、その息子の嫁さん(立花昭子)を高峰秀子が演じましたが、当時非常に多くの人が観た筈ですね。それで、この小説には次のような言葉があります。

 人間は死ぬものだということは知っていたけれど、自分の人生の行く末に、死よりもずっと手前にこういう悪魔の陥穿とでも呼ぶべきものが待ちかまえていようとは、若いときには考えも及ばなかった。歳を取るのか、私も。どういう婆さんになるのか、私は。(有吉佐和子『恍惚の人』新潮社、1972,176頁)

 これは、この小説の中で舅(茂造)の世話を一手に引き受けていた嫁(昭子)が、舅と自分を重ね合わせて自問する言葉です。仏教で一口に「生老病死の苦がある」と言われているのを聞くと、人はいとも筒単に「老いて、病んで、死ぬ」と言われているように聞こえるのですが、人はそんなに簡単には死ねないのですよ。「死よりもずっと手前に‥・悪魔の陥穿」があるというのですが、これは小説を読んだり映画を観たりした人はお分かりになると思いますね。この作品では垂れ流しや排桐の場面が延々と続きますからね。
 『恍惚の人』ではまだ、共働きであるにもかかわらず嫁が舅の面倒を見るのが当然のように描かれていましたし、介護施設や介護制度も整っていませんでした。又、2004年に厚生労働省の用語検討会によって定められた「認知症」という言葉はまだ使用されず、この作品では「呆け」とか「痴呆」とかの言葉が使われていました0が、今から見るとそういう限界はありますが、それでも先に引いた言葉は、死ぬに死ねない「現代の老若」をうまく表現した言葉だと思います。
 今の日本のように長寿になったことは、基本的には好ましいことの筈なのに、口を開けば「死にたい」などと言う高齢者が何と多いことかと思います。うちには95歳になる義母がいて、現在、家とホーム(ショートステイ)の間を行ったり来たりの生活ですが、その義母の場合でもそうです。顔を見れば、「もう何も分からなくなっちゃった」とか、「死にたい」とかということばかりを言っています0このように、寿命が長くなればなるほど何か苦しみが増えるような、今の日本はそんな社会であるような気がする訳です。

註(4)但し、この定義については、国連の1956年の報告書で当時の欧米先進国の水準を基に7%以上を“aged”と呼んでいたことに由来するのではないかとされているが、それも定かではないとも言われている(ウイキペデイア「高齢化社会」)

名古屋市中川区 真宗大谷派・正雲寺の公開講座より
 


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論語 №128 [心の小径]

四〇三 子のたまわく、衆(しゅう)これを悪(にく)むも必ず察し、衆これを好むも必ず察す。

           法学者  穂積重遠

 孔子様がおっしゃるよう、「人でも物でも事でも、衆人のにくむところ、衆人の好むところには十分重きをおかねばならぬが、しかし衆人のすききらいは必ずしも公平適正ではないから、上に立つ人は、衆人がにくんでも必ずその真相をさぐり、衆人が好んでも必ずその実状を察し、その上でにくむべきか好むべきかを判断せねばならぬ。」

 これは民主政治の指導者たる者のための金言である(六九)。『孟子』(梁恵王章句下)の左の一段は、正に本章の解説だ。「左右皆賢なりというも、末だ可ならず。諸大夫皆賢なりというも未だ可ならず。国人皆賢なりといいて掛る後にこれを察し、賢なるを見て然る後にこれを用う。左右皆不可なりというも聴くことなかれ。諸大夫皆不可なりというも聴くことなかれ。国人皆不可なりといいて、然る後にこれを察し、不可なるを見て然る後にこれを去る。左右皆殺すべしというも、聴くことなかれ。諸大夫皆殺すべしというも、聴くことなかれ。国人皆殺すべしといいて、然る後にこれを察し、殺すべきを見て然る後にこれを殺す。故に国人これを殺すというなり。かくの如くにして然る後に、これ民の父母たるべし。」

四〇四 子のたまわく、人能(よ)く道を弘む。通人を弘むるにあらず。

 水戸の「弘道館」という名称はここから出ている。「弘」は「大きくする」ということ。第二句は初句に対する言葉のあやで、大した意味はない。考え方によっては道が人を弘めることもあるではないか、などと理屈を言っては困る。

 孔子様がおっしゃるよう・「道はもちろん人を待って存するものではないけれども、人を待って拡大強化されるものじゃ。すなわち人が道をひろめるもので、道が人をひろめるのではないから、人たる者は道を弘めんがために立志努力すべきである。」

 伊藤仁斎いわく、「これ聖人専ら成るを人に責むるなり。けだし道は大なりと錐も、しかも為すことなし。人は小なりと雖も、しかも知ることあり。いやしくも学を力(つと)め徳を修れば、すなわち各その才に随いて聖と為り賢と為り、文章徳業天下を被覆(ひふく)するに足るなり。けだし堯舜の聖ありてすなわち唐虞(ぐ)の威あり。湯武(とうぶ)の君ありてすなわち殷周の治(ち)あり。上孔孟より下羣賢(くんけん)に至るまで、各(おのおの)その人に従いて文学徳業随いて広狭あり。皆人の弘むる所にして、道の弘むる所にあらず。これ孔門の学問を貴ぶ所以なり。」

四〇五 子のたまわく、過ちて改めざる、これを過ちと謂う。

 孔子様がおっしゃるよう、「過ちは致し方ないが、過っても改めないのが、本当の過ちというものじゃ。」                                        

 孔子様は、過つなとは言われない。過ったら改めろと言われる(八・二二九)。また顔回(がんかい)をほめるにも、過ちをしなかったとは言わず、過ちをふたたびしなかったのがえらいと言われる(三一)。子夏や子頁もその意を受けて、過ちをかざるを小人とし過ちを改めるを君子とする(四七六・四八九)。『孟子』(公孫丑下篇)に、「古の君子は過ちてはすなわちこれを改む。今の君子は過ちてはすなわちこれに従う。」とあるのも、同じ流れの考え方だ。

『新訳論語』 講談社学術文庫


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現代の生老病死 №3 [心の小径]

現代の生老病死~引き延ばされる老・病・死と操作される生 

       立川市・光西寺  寿台順誠

1.四苦八苦 3

 確かに仏教はキリスト教など他の宗教のように奇跡を信じるということはありませんから、時々、仏教は近代的な自然科学とも衝突しないというようなことが言われることがあります。そして、そのような担え方から、「生老病死の苦がある」という話もまるで自然現象の因果のように考えられている場合もあるかもしれませんね。又、お釈迦様は、実はお釈迦様が世に出ようが出まいが、誰でも発見出来るような自然的な真理を発見した人であるというような形で、仏教というものが語られてきたということもあったと思います。が、私はこのような捉え方は間違っていると思います。「人生が苦である」というのは、お釈迦様の思想・哲学を述べられたものであり、それはお釈迦様が説かれたものだから私たちは信ずるというところで、初めて仏教は宗教だということが言えるのではないでしょうか。
 或いは、宗教には「創唱宗教」(一人の創唱者によって始まった宗教)と「自然宗教」(自然発生的に始まった宗教)という分類の仕方もありますが、通常、仏教はキリスト教やイスラム教とともに前者に分類されます。ところが、お釈迦様が説かれた「生老病死の苦」を、まるで単なる自然現象のようなものだと考えることは、仏教を自然宗教化することに他なりません。しかし、ゴータマ・シツダールダという固有名詞を持った人が、「生があるから老病死がある」という縁起の法を悟ることによってゴータマ・ブッタになったのであり、そのゴータマ・ブッダが説かれた教えを「仏教」と言うのですから、それはれっきとした創唱宗教なのです。いずれにせよ、こうしたことをはっきりさせておかないと、仏教の宗教としての意味が見失われるのではないかと思いますので、最初にこうしたことを少し長々と話させていただいた次第です。
 それでは、このあたりから具体的な内容に入りましよう0私たちが「生老病死の苦」ということを実感し認識する順序としては、やはり先ずは「老・病・死」を「苦」だと実感しながら、その挙句に以上に述べた「信仰上の飛躍」を経て「生れてきたこと自体が苦である」という認識に辿り着くということがあると思います。ですから、以下の話ではそうした順序に沿って、先ず「老・病・死」の過程が医学・医療の発達によって大変引き延ばされているところに現代の「老苦・病苦・死苦」があるということを申し上げた上で、次にその因を探っていくと、現代では「生」が操作されており、その根本に「優生思想」の問題があるというところに辿り着くということを、生命倫理学の知見を通して述べてみたいと思う次第です。換言するならば、人間は「老・病・軌等の「苦」から逃れるために医学・医療を飛躍的に発展させ、ついに「生」の領域まで人工的に操作するようになった訳ですが、その操作が「優生思想」に基づくものである分、引き延ばされた「老・病・死」の現実が「優れている」とは言い難いことから、かえって苦しみに満ちたものになってしまう、という皮肉な結果につながっているということを申し上げることになると思います。
 尚、先ほど申し上げたように、「生老病死」以外にも「貧病争」等いくらでも苦は挙げられる訳ですが、ここではそれらの苦を多く並べ立てる意味はないと思いますので、以下は現代の「生老病死」に問題を絞りたいと思います。

名古屋市中川区 真宗大谷派・正雲寺の公開講座より



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論語 №127 [心の小径]

三九九 子貢、問いていわく、一言にして此て身を終うるまでこれを行うべき者ありや。子のたまわく、それ恕(じょ)か。己の欲せざる所人に施すなかれ。

       法学者  穂積重遠


 「恕」は孔子様のきまり文句の一つだが(八一)、文字を見ても「心」と「如」とを合せたもので、他人の心も己の心のごとくなるべしと思いやることである。「己の欲せざる所」の格言は既に前にも出ており(二八〇)、そこで説明した。

 子貴が「ただ一言で一生の行為の準則たり得るものがござりますか。」とおたずねしたら、孔子様がおっしゃるよう、「まず『恕』かな。恕は結局、自分がされたくないことを人にするな、ということじゃ。」

四〇〇 子のたまわく、われの人における、誰をか毀(そし)り誰をか誉(ほ)めん。もし誉むる所の者あらば、それ試むる所あるなり。斯(こ)の民や、三代の直動にして行く所以なり。

 「直道にして行う」とよむのが普通だが、道だから「ゆく」とよんでみた。

 孔子様がおっしゃるよう、「わしは人に対して、誰をそしり誰をほめようぞ。無責任にほめたりそしったりしない。もしわしがほめたならば、それは実際にその行いをためしてみた上のことじゃ。今日の人民は、ずいぶん悪いこともするが、元来昔の夏・般・周三代の純朴の民と同じくまっすぐな一本道を行く徳性をもっているのであって、それが横道にきれ込むのは必ずしもかれらの罪ばかりでなく、教育や政治にも責任があるのだから、めったにはめもそしりもできぬではないか。」

 古註にいわく、「今この人民も亦三代の民族なり。三代の時に在りては、皆邪悪の事を為さず、淳良(じゅんりょう)直通にして行いし所の者なり。而るに今時の民の古の如くならざるは、天の才を降(くだ)すしかく殊なるにあらず、皆政教風化の宜しきを失うに因りてしかるのみ。故にこの傷歎(しょうたん)あり。」

四〇一 子のたまわく、われ猶史(なおし)の文を闕(か)き、馬有る者は人に惜(お)し、これに乗らしむるに及べり。今は亡きかな。

 本章には疑問があるのであって、荻生徂徠も、「史の下もと闕文(けつぶん)あり。故に註するに「闕文」の二字を以てせり、後人伝写して誤りて本文に入れしなり。」といっている。あるいはそうかも知れぬが、ともかく一応読みかつ解してみた。「借」は古くは「貸」の意にも用いた。

 孔子様がおっしゃるよう、「昔は記録をつかさどる史官が、少しでも疑点があれば空白にしておいてなお十分調査した上おぎなったものであり、また馬の所有者は惜しげなく人に貸して乗らせたもので、わしの若いころにはまだその風がのこっていて見聞きもしたが、今ではその風習もなくなってしまった。一事が万事で、道義の低下、風俗の頽廃、なげかわしいことじゃ。」

四〇二 子のたまわく、巧言は徳を乱り、小を忍ばざればすなわち大謀を乱る。

 孔子様がおっしゃるよう、「言葉上手は道徳を害し、小堪忍ができぬと大事業が成らぬ。」

 「小忍びざれば」とよんで、小さな感情を断ち切れぬと、の意に解する人もある。

『新訳論語』講談社学術文庫


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現代の生老病死 №2 [心の小径]

現代の生老病死~引き延ばされる老・病・死と操作される生 

       立川市・光西寺  寿台順誠


1.四苦八苦 2


 次に「四苦八苦」に対する三つ目の疑問として、「生」「老」「病」「死」、それから「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」「五蘊盛苦」は並列的に置かれているとは考えられないということがあります。私たちには「老・病・死」、或いは「貧・病・争」を加えてもよいですが、それらが「苦」であることはよくわかること、実感出来ることですね。しかし、だからと言って、一足飛びに「生」(生れてきたこと)自体も「苦」であるとは結論出来ないのではないでしょうか(2)。
 又、「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」は具体的な「苦」ですから理解しやすいことですが、「五蘊盛苦」というのは一体何のことやらよく分からないのではないでしょうか。「五蘊」というのは「五つの集まり(構成要素)」という意味で、身体・肉体を意味する「色」と、苦・楽といった感受作用である「受」、対象とするものの姿かたちを想い描く表象作用(イマジネーション)である「想」、「こうしたい」とか「ああしたい」とかという意志の作用を示す「行」、識別・判断の作用である「識」という四つの心的作用でもって、人間存在とは何かを示す言葉です。つまり、人間とはこの「五蘊」から成り立っているものであるということです。そして、ここには人間とはこの五蘊が仮に和合して存在しているものにすぎないので、時が来れば又バラバラになっていく無常な存在である、永久不滅の霊魂などないという意味が含まれています。が、とにかく、そうした五蘊から盛んに起こってくる苦しみを「五蘊盛苦」という訳ですから、これはもう見るもの・聞くもの・やること・なすこと全て苦である、人間存在とは総じて苦であると言っているのに等しいのですね。ですから、四苦八苦の後の四苦についても、「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」、それに「睦夫受苦」「愚慮弄苦」「世間縛苦」「増上慢苦」を加えてもよいのですが、そうした具体的な苦しみがいくつあっても、だから「人生は総じて苦である」(五蘊盛苦)という結論には至らないという問題があると思うのです。(3)
 このように、「老・病・死」が「苦」だからと言って、「生」まで「苦」だとは言えないのではないか、又、「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」が「苦」であることは理解出来るが、だからと言って「五蘊盛苦」を実感するまでには至らないというのは、この「四苦八苦」ということがいわば科学的な真理として述べられたものではないということを示していると思います。つまり、経験論的・帰納法的に「老」「病」「死」や「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」といった具体的な「苦」をいくら並べ立てても(たとえそこに「貧」「争」や「暁夫受苦」等の苦をいくら足しても)、「生れてきたこと自体が苦である」(生苦)、「人間存在は総じて苦である」(五蘊盛苦)ということを証明することは出来ないということです。ですから、「四苦八苦」は先ずお釈迦様(釈尊)の思想・哲学を説かれたものだと考えるべきだと思います。そして、私たちはこの人生において「老」「病」や「愛別離苦」等の具体的な苦しみの体験を重ねるうちに、やがてお釈迦様が説かれたことはやはり真実に違いない、だからそれを信ずるといういわば「信仰上の飛躍」を通して「生苦」や「五蘊盛苦」といった究極的な苦を認識することに至るのだと思います。そして、お釈迦様が説かれたことだからこそ、それを真実であると信ずる者を「仏教徒」と呼ぶのではないでしょうか。

(2)「生老病死」の「生」に、「生れること」に加えて「生きること」という意味を読み込み、「生苦」を「生活苦」「生存苦」と解することもできないわけではないかもしれない。但し、仏教における「生」はサンスクリット語の“jatii”、“janman”等に対応する語で、第一義的には「生れること」「生ずること」を意味し、十二因縁で言えばその第十一支として第十二支の「老死」を導くものだという説明が一般になされている(『岩波仏教辞典第二版』2002)。十二因縁とは、「①無明(無知)→ ②行(潜在的形成力)→ ③識(識別作用)→ ④名色(名称と形態)→ ⑤六処(六人・六つの領域、眼耳鼻舌身意の六感官)→ ⑥触(接触)一 ⑦受(感受作用)→ ⑧愛(渇愛、妄執)→ ⑨取(執着)→ ⑩有(生存)→ ⑪生(生まれること)→ ⑱老死(老い死にゆくこと)」という十二の支分の因果関係によって示される仏教の基本的な考え方である。確かに、「生」には「転じて、生存することをもいう」(前記『岩波仏教辞典』)とか,「輪廻の生存。生きること」(『広説儒教語大辞典中巻』東京書籍,2001)の意味もあるとかと言われているが、私は「生老病死」の「生」の意味はそこまで拡大しない方がよいと思っている。というのは、「生老病死の苦」に「生活苦」や「生存苦」を読み込む場合には、十二因縁で言えば第十二支(上記の「⑫老死」)の方に読み込む方が各支分間の因果関係が明確になると思うからである。十二因縁の第十二支には「老死」しか挙げられていないけれども、ここには当然、四苦(「生老病死」)の「病」も含まれると解せるし、さらに「生れること」(「⑪生」)によって引き起こされるあらゆる「生活苦」「生存苦」(例えば貧病争)も含まれると解してよいのではないかと思うのである

(3)「罪悪深重・煩悩熾盛の衆生」(『欺異抄』1条,『真宗聖典』東本願寺出版部1995東本願寺出版部1995以下同626頁、『浄土真宗聖典一一註釈版第二版一一』本願寺出版社,2004,831頁)、「煩悩具足の凡夫」(『欺異抄』9条、後序、同前837頁,853頁)や「「凡夫」といふは、無明煩悩われらが身にみちみちて、欲もおはく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおはくひまなくして、臨終の一念にいたるまで、とどまらず、きえず、たえず」(『一念多念文意』,同前693頁)として示される浄土真宗の人間観が、「五蘊」によって示される仏教の基本的な人間観とどう関係するかは大変興味深い問題であり、すべての真宗者が問うべき課題だと言えるであろう。私は上記『一念多念文意』の言葉からは、まさしく「無明」(前注2の十二因縁の「①無明」)と「煩悩」(同前「⑧愛」)によって「欲」「いかり」等が生み出され、しかもそれが「苦」として認識されていることが窺えるので、この言葉は「五蘊盛苦」の親鸞的な表現だと言えるように思う0但し、『歎異抄』について言えば,「罪悪深重・煩悩熾盛の衆生」等の人間観が「本願ぼこり」「造悪無碍」を肯定する文脈に置かれることによって、人間のそうしたあり方を「苦」と認識して厭い棄てようとしているとも読めなくなるという問題があるであろう。そしてその場合には、「五蘊盛苦」の認識とは相容れないものになると思われる。

名古屋市中川区 真宗大谷派・正雲寺の公開講座より



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論語 №126 [心の小径]

三九五 子のたまわく、君子は世を没するまで名の称せられざるを疾(にく)む。

          法学者  穂積重遠

 孔子様がおっしゃるよう、「君子たる者、この世を去るまで名が聞えないようでは困る。」

 たちまち前章と矛盾するように聞えるがそうではあるまい。ここで「名」というのは、いわゆる名誉ではな心。もちろん空命虚誉(くうめいきょよ)ではない。古註に「君子の学は以て己のためにす、人の知るを求めず。然れども世を没するまで名の称せられざるは、善を尉すの努なきや知るべし。」「この実あればすなわちこの名あり、名はその実に命ずる所以なり。その身を終うるまで実の名づくべきなきは君子これを疾む。その名なきを疾むにあらざるなり、その実なきを疾むなり。」などとある。また安井息軒もいわく、「聖賢未だかつて名を悪(にく)まず。そのこれを悪むはすなわち老荘の徒のみ。かの輩(ともがら)隠居放言して、名の書を致さんことを恐る。故に務めてこれを避けて敢(あえ)て近づかず。聖賢はすなわち然らず。故に孝経にいわく、『名を揚げ父母を顕(あらわ)す』と。論語にいわく、四十五十にして聞ゆることなくんば、これ亦畏るるに足らざるののみと(二二七)。孟子いわく、『名を好むの人は酷(よ)く千乗(せんじょう)の国を譲る。』と。及びこの章の如きこれなり。」
 山上憶良はは瀕死の病床で、
  をのこやもむなしかるべきよろづよにかたりつぐべきなはたてずして(万葉集)
と慷慨(こうがい)したが、しかしかれは歌によってよろずよに生きている。

三九六 子のたまわく、君子はこれを己に求め、小人はこれを人に求む。

 孔子様がおっしゃるよう、「事がうまくいかないときに、君子は自分の身に立ちかえって反省するが、小人はすべてを他人の責任にする。」

 伊藤仁斎いわく、「これ亦孔子の家法なり。中庸(ちゅうよう)に云う、『射(しゃ)は君子に似たるあり、これを正鵠(せいこく)に失えば反(かえ)りてこれをその身に求む』と。孟子にいわく、『人を愛して親しまれざればその仁に反り、人を治めて治まらざればその智に反り、人を礼して答えられざればその敬に反る』と。古(いにしえ)の君子は自ら修むることかくの如し。故に徳目に修まりて、家邦怨みなし。」

三九七 子のたまわく、君子は衿(きょう)にして争わず、羣(くん)して党せず。

 孔子様がおっしゃるよう、「君子は謹厳に構えているが、何でも反対しようというような気がないから、むやみに人と争わない。また、たれかれの分隔てなく人とむれ親しむが、おもねりへつらう私情がないから、同気相求めて党を作るようなことがない。」

 いわゆる「和して同ぜず」(三二五)「泰(やす)くして驕(おご)らず」(三二八)である。

『新訳論語』 講談社学術文庫

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現代の生老病死 №1 [心の小径]

現代の生老病死~引き延ばされる老・病・死と操作される生

         立川市・光西寺  寿台順誠

 はじめに

 皆さま、「百とやっとかめ」だなも。
 前回(1月21日の「批判的に読み解く『歎異抄』」の2回目の話の時)、「やっとかめ」の語源を説明しました。それは「八十日目(やっとうかめ)」ということで、「久しぶりですね」という意味でしたね。それで、考えますと前回からもう6か月たっていますので、今日は大体「百八十日目」ですね。だから「百とやっとかめ」というご挨拶をさせていただきました。
 さて、コロナ禍のこういう状況の中で皆さん非常にお困りのことも多いと思います。最近、暑くなってくるとマスクは大変ですね。苦しくなってきますよね。それで道を歩いていてしんどくなると、人がいないのを見計らってマスクを取りますね。そうすると何か凄く楽になります。大袈裟な言い方をしますと、「空気が美味しい」と思ったりします。当たり前にやっていたことが当たり前に出来なくなると、当たり前のことが非常に貴重なことだったと思ったりします。が、又、こういう時は、やはり当たり前にしてきたことをもう一度問い直すことが重要になってくるのではないかとも思います。

 1.四苦八苦

 そこで今日は、「生老病死」という問題を問い直してみようと思います。仏教では一言で「生老病死の苦がある」と言いますけれども、それは一体どういう意味なのだろうか。それを考えるために、先ず「四苦八苦」ということから話に入っていきたいと思います。
「四苦八苦」というと一般にもよく使う言葉で「大変な苦しみ」を指す言葉ですが、もともとは、「生老病死」という四つの苦しみに、「愛別離苦」(愛する人と別れる苦しみ)、「怨憎会苦」(嫌な人・憎たらしい人と一緒にいなくちゃいけない苦しみ)、「求不得苦」(求めるものを得られない苦しみ)、「五蘊盛苦(五陰盛苦)」-これは難しいので後で説明しますが-の四つを足して全部で八つですから「四苦八苦」と言う訳ですね(1)。これを一般的な国語辞典や仏教辞典で調べてみると、「人生の苦の総称」(『広辞苑 第七版』2018)或いは「人間のあらゆる苦しみ」(『大辞林 第四版』2019)を表現したものであるとか、又そうした「苦しみを四つあるいは八つに分類したもの」(『岩波仏教辞典 第二版』2002)であるとかと説明してあります。しかし、私はこうした説明に対して二つの疑問を持っています。一つは、「人間のあらゆる苦しみ」と言う訳ですが、人の苦しみというのはたったこの四つないし八つなのかということです。それから、もう一つは、「四つあるいは八つに分類したもの」と言うと、何か「生」「老」「病」「死」ないし「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」「五蘊盛苦」は、各々同じ重みを持って並列的に置かれている感じがしますが、本当にそうなのだろうかという疑問です。
 最初の疑問については、例えば「生・老・病・死」の他に「貧・病・争」といった苦しみも挙げられると思います。これは幕末から戦前・戦後にかけて所謂「新興宗教」(新宗教)が勢力を拡張する時に、これらの問題に取り組んだということが言われるもののカタログです。「生老病死」にも「貧病争」にも「病」が入っていますが、前者が人として生まれた以上、免れ難いものとしてある「病」を指すのに対して、後者はむしろ治すべき「病気」、解消すべきものという違いがあると思います。「貧」や「争」も解消すべき、解決すべきものとして取り組まれたということだと思いますが、それと同じように「貧病争」という場合の「病」は、社会問題として挙げられているのだと思いますね。昨日、こちらの法務員研修会にも参加させていただきましたが、そこでのテーマは「現世利益」でした。よく新興宗教は現世利益を説くと言われるのですが、それはこうした問題と取り組んだということではないでしょうか。
 又、今年の1月から東京12チャンネル系で夜中に『コタキ兄弟と四苦八苦』という12回連続のドラマを放送していたのですが、そこでは各回のドラマのタイトルとして上記の八苦以外に、「曠夫受苦」(配偶者がいない男性が受ける苦しみ)、「愚慮弄苦」(くだらないこと・とろくさいことを考えちゃって、自分で自分の思いに翻弄される苦しみ)、「世間縛苦」(世間の価値観に縛られる苦しみ)、「増上慢苦」(尊大になって却ってしくじっちゃう苦しみ)、という四つの苦しみが出されていました。このように四苦八苦以外にも、いろいろな苦しみがあると言える訳ですね。

註1) 釈尊の説法の中で「生老病死の苦」は随所で語られているが、典型的な形で「四苦八苦」に相当することが語られているのは、次の部分ではないかと思われる。「さて、ところで、比丘たちよ、苦の聖諦とはこれである。いわく、生は苦である。老は苦である。病は苦である。死は苦である。欺き・悲しみ・苦しみ・憂い・悩みは苦である。怨憎するものに遭うは苦である。愛するものと別離するは苦である。求めて得ざるは苦である。総じていえば、この人間の存在を構成するものはすべて苦である。」(増谷文雄編訳『阿含経典2』ちくま学芸文庫,2012,284頁)

名古屋市中川区 真宗大谷派・正雲寺の公開講座より




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論語 №125 [心の小径]

三九一 子のたまわく、これを如何、これを如何、といわざる者は、われこれを如何ともするなきのみ。

          法学者  穂積重遠

 孔子様がおっしゃるよう、「どうしよう、どうしよう、と言わないやつは、どうしようもないわい。」

 『論語』中最も簡単で最も痛烈な言葉と申したい。前の「啓発」の章(一五五)の結論である。

三九二 子のたまわく、羣居(くんきょ)終日、言義に及ばず、好んで小慧(しょうけい)を行う。難(かた)いかな。

 孔子様がおっしゃるよう、「日がな一日寄りこぞっていながら、話題が一度も道徳問題に触れず、鼻先の小才覚(こさいかく)ばかりを得意がるとは、やっかいなことかな。」

 「難いかな」を「以て徳に入ることなくして将に患害あらんとするを言うなり。」とするのが通説だが、モット漠然と前紀のような嘆息の言葉としておきたい。      
 昨今の私たちはどうだ。寄るとさわるとたペものの話と物価のたかいやすい、こうして闇を買った、ああして税をまぬかれた、の猿智慧くらべ、「難いかな難いかな」。

三九三 子のたまわく、君子は義(ぎ)以て質(しつ)と為(な)し、礼以てこれを行い、孫以てこれを出(いだ)し、信以てこれを成す。君子なるかな。

 孔子様がおっしゃるよう、「君子が事を為すには、道義をもって土台とする。しかし道義一点張りで押し通そうとすると、人の感情を害してかえって道義が通らぬ故、礼をもってほどよくこれを行い、随(したが)つて言葉を出すにも謙遜をむねとし、言行一致の信をもって道義を成就する。それでこそ君子なれ。」

三九四 子のたまわく、君子は能なきを病(うれ)う、人の己を知らざるを病えず。

 孔子様がおっしゃるよう、「君子たるべき者は、自分に才能のないことを心配して、学を修め徳に進まんことを思うが、人が自分を知らないことを心配しない。」
 前にも言ったとおり、この趣旨が四かい少しずつ違った文句で出ている。(十六・八〇・三六二)

『新訳論語』 講談社学術文庫


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批判的に読み解く歎異抄 №33 [心の小径]

(質疑応答)

          立川市・光西寺  寿台順誠

SI氏‥第十八願の抑止文には「五逆も誹法も救いから除かれる」とありますが、「悪人正因」「悪人正機」「造悪無碍」との矛盾、また仏智疑惑の問題などどう考えたらよいのでしょうか。
順誠‥今責任をもって答えられませんが、遠藤美保子さんの論文が参考になると思います。確か、救われる悪と救われない悪があって、救われる方の悪は「五逆」で、「誹誘正法」の方は救われない悪だったと思います。五逆の方はある条件を満たせば救われるってことです。これは『教行信証』「信巻」の問題だと思います。「儀悔」、つまり自己批判しなきやいけないということです。「造悪無碍」者は自己批判しないでしょう。その意味において、親鸞は確かに五逆の罪を犯した者がいかにして救われるかを、自分の宗教的な課題の中心に置いたってことは言えると思います。が、それは「悪人正因」には繋がりませんね。やはり、慨悔があって初めて救われるわけですから。
これは、前回言いましたように、罪を「罪」と知り、悪を「悪」と知った人間はそれ以後も「悪人」なんですかって問題ですね。御消息を読む限りでは「悪人」のままでいいなんてことにはならないだろうなというふうに私は思っています(13)確かに「仏智疑惑の罪」も償えばよいのかもしれませんね。「仏智疑惑和讃」(本願寺派『浄土真宗聖典』610-614甲・大谷派『真宗聖典』505-507頁)もありますからね。ちょっとその辺はきっちりと読んだ方がいいのかもしれませんけど。ただ「誹誘正法」というのは仏教をそしるものですよね。それは『教行信証』と照らし合わせるならば、やっぱり「化身土巻」で、十九願や二十願の機(人)は一旦辺地に行くけれども、やがては救いの対象になると思いますが、しかし仏法をそしる「外道」はやはり除外されるんじゃないですかね。今は責任を持って厳密には言えませんけど、そんな感じはします。ただ「悪」とか「罪」ってことで主として問題になっているのは、「誹誘正法」の方ではなくて、「五逆」の方だと思います。

S1氏‥先ほどの話で、『歎異抄』には日蓮の存在を考慮しないと理解できない部分があるということでしたがその理由は何ですか。
順誠‥日蓮の問題というのは、確かにこれまであまりクローズアップされてきませんでした。『欺異抄』の歴史的背景を語るとき、善鸞事件にはみな触れるのですが、でもそれだけでは説明がつかず、日蓮の存在を置かないと読めないところとして、二条や十七条が挙げられると思うのです。それで、そうやって日蓮の存在を置いて、もっと全面的に『欺異抄』について考え直してみたら、どのような論理的な問題があるのかということを、多分これからはもっと詰めていかなきやいけないのだと思いますね。今はまだうまく整理できていませんけれど‥・。
                      合掌

 南無阿弥陀仏

13)後日、このやりとりで引き合いに出した論文である遠藤美保子「親鸞の他力思想と悪人正機説に関する再検討--造悪無碍説批判を中心に--」(『仏教史研究』32号、1995年)を確認したが、その該当部分を少し紹介して補足しておくと、遠藤は『教行信証』「信巻」に引用された「諸法は自分一人の心の問題だが五逆は他人を害する罪である。(従っ
て誘法より五逆の方が罪が重いのではないか)。また何故人間は五逆の重罪を犯すのか」という問題をめぐる『浄土論註』の問答(本願寺派『浄土真宗聖典』298頁‥大谷派『真宗聖典』273頁)を解説して、次のように記している。
「答の論理は、A=諸仏が善法を教えてくれるのでなければ人間はどうやって善悪の判断をするのか、B=五逆罪は正法を知らぬ(無正法=無明の)者がその無知の故に犯してしまうこともあるが、語法はあえて正法そのものを否定する罪である故に五逆より罪が重い、というものである。これはこの後続く抑止門の論理と呼応している。「抑止」の論理では、「五逆罪=巳作」「誘法=未造」とされる。即ち、五逆罪は罪と知らずに(無明の故に)正法を聞く以前に犯してしまっている場合もあるが、誘法は正法を知らなければ犯しえない(知らないものを誹讃することはありえない)のであり、従って誘法は正法を教える時点で未然に抑止することが可能である、というのである。その故に、正法を知りながら(無明ではないのに)あえて犯す五逆罪は誘法と等しい。以上の無正法・未造業の例が阿闇世物語であることは明かである。阿闇世は無明のままに父王を殺し、自分ではその行為の善悪判断ができない。しかし仏説を教えられ自分の行為の意味を知り、病気も回復する。逆謗摂取釈では「罪」に関し已作未造・無知既知の違いが重視される。即ち、無明状態か仏教を知っているかによって、悪の意味が異なってくる。そして、逆謗摂取釈の論理は明らかに造恵無碍説とは両立しない。何故なら、『教行信証』(阿閣世物語や『論註』の引用が意味するもの)は無知の故の罪を許すに過ぎないが、造悪無碍(本願ぼこり)は本願(仏教・仏説)を知っていてなお悪を犯すことであり、このような意識的な道悪は誘法に相当するからである。」

名古屋市中川区 真宗大谷派・正雲寺の公開講座より


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論語 №124 [心の小径]

三八八 子のたまわく、巳(や)んぬるかな、われ未だ徳を好むこと色を好むが如くなる者を見ざるなり。

              法学者  穂積重遠

 孔子様がおっしゃるよう、「困ったことかな、わしはまだ徳を好むことが女色を好むごとく熱烈な者を見たことがない。どうかさような道徳熱情家を見たいものじゃ。」

 本文は前に一度出ているが(二二二)、「巳んぬるかな」が付いていない。「やんぬるかな」は前にもあるが(二一三)、前のは「己矣夫」ここのは「巳矣乎」と書いてある。前のは「すでに望みを絶ちて歎ずるの辞」ここのは「将に望みを絶たんとして尚疑う所あり、その人を見んことを巽うの意」と注されている。漢文にはこういう微妙な使い分けがあるから、よほど味わって訳さないといけない。日本語でも同じことだ。例の戦争犯罪裁判は通訳付なので時々奇妙な行違いがあったらしい。たとえば「たしかそうだったと思います。」と述べたのを、通訳が「シュアー」とか「シュアリー」とか、すなわち「たしかに」と訳するので、まるで違った意味になる、というようなことがしばしばあった由(参照・二二二)。

三八九 子のたまわく、臧文仲(ぞうぶんちゅう)はそれ位を窃(ぬす)む者か。柳下恵(りゅうかけい)の賢を知りて、而かも与(とも)に立たざるなり。

 「臧文仲」は魯の大夫で、「いかんぞそれ知ならん。」と孔子様に非難されたことが、前に出ている(一〇九)。「柳下恵」は魯の太夫展獲(てんかく)、字(あざな)は禽(きん)、柳下はその食邑(しょくゆう)の名、恵はおくり名とあるが、本名よりも「柳下恵」で有名。

 孔子様がおっしゃるよう、「臧文仲は禄(ろく)盗人よな、柳下恵が賢人であることを知りながら、これを推薦して共に朝廷に立つことをしなかった。」

 なかなか手きびしい。公叔文子(こうしゅくぶんし)をほめたのと(三五〇)、好対照だ。古註にいわく、「もし腎を知らずんばこれ不明なり。知りて挙げずんばこれ賢を蔽(おお)うなり。不明の罪は小なるも、腎を蔽うの罪は大なり。ゆえに孔子以て不仁と為し、叉以て位を窃むと為す。」

三九〇 子のたまわく、躬(きゅう)自ら厚くして、人を責むるに薄ければ、すなわち怨みに遠ざかる。

 「薄く人を責むれば」とよむ人もある。

 孔子様がおっしゃるよう、「自身を責めることが厳重で、他人を責めることが寛大であれば、人をも怨まず、人からも怨まれないものぞ。」

 ところが人情とかく逆になるので、うらみつらみが起る。伊藤仁薪がこういう話を伝えている。「宋の呂祖謙(ろそけん)、性はなはだ偏急なり。たまたま論語を読みてここに至り、大いに自ら感悟(かんご)し、後来一向に寛厚和易なり。善(よ)く論語を読む者と謂うべし。」

『新訳論語』 講談社学術文庫


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