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バルタンの呟き №99 [雑木林の四季]

一億一心火の玉だ?        

        映画監督  飯島敏宏

 新型コロナウイルス狂騒曲はZ番が終章かと思いきや、同じ小節を際限なくリフレインする木偶指揮者の背後から、大作曲家の姓を名乗る影の指揮者が、リモートで姿を顕わしてIOCからタクトを振り、わがJAPAN国は、エピローグとしてVaccineワクチン狂騒歌の大斉唱となってしまったようです。通底する筈のメロディー緊急事態宣言は、もはやほとんど聞こえません。郊外観光地の人出は減少したものの、各都心に寄せる人波が日に日に激しくなってきました。
 9月の任期満了が潮時と踏んだかのように、わがJAPANの宰相は、東京オリンピック・パラリンピック催否の決断を迫られれば、主催者でもなく当事者でもなく、判断は主催者である東京都と自ら言いながら、世界七大国指導者の頂点と称するG7に出かけて、既に耳タコ!の「新型コロナウイルスを制圧した証として、安心安全な東京オリンピック・パラリンピックを世界に発信する」とはいうものの、コロナ下で握手(シェイクハンド)や抱擁(ハギング)の代替として行われている強張った笑顔の肘(エルボウ)合わせ(タッチ)に応ずる英仏首脳らの情熱のないショットを見ていると、超高齢者ながら未だワクチン一回目接種の予約日が訪れていない僕、バルタンとしては、なぜか「安心、安全な、東京オリンピック・パラリンピックにお出かけください」と鸚鵡の「オタケサン!」同様にコメントするわが国の代表が、実は肘合わせではなく、肘鉄砲を食らっているように見えてしまうのです。
 もし、在任中の実績作りの旅であれば、北朝鮮訪問は無理としても、いまやレームダック化したとは言われるものの、北朝鮮と近しい隣国の文在寅韓国大統領の肘をしっかりとつかんで、「金正恩に会わせてくれ伝えてくれ」とめぐみさんはじめ未帰還者のすでに老いた家族との着任時の誓いを果たす努力をすべき、と苛立つのは僕だけではないと思うのですが・・・直近の定例人事異動で何が行われたのか、硬派のアナウンサーや辛口のアンカーの姿が見えなくなったNHK報道の中には、その香りはまったくありません。
 閑話休題、眼を転じて、新型コロナウイルス征圧の証の方です。わが宰相が、G7に携行した土産の目玉として差し出したファイザー製ワクチン、いまだに先進国最低の基準にある苦しい国内事情から絞り出したワクチン献上だった筈が、その効果を帳消しにするほど大量の同社製ワクチンを、盟友と頼むG7最大の巨頭アメリカのバイデン大統領から先んじて持ち込まれて、あわててワクチン担当大臣がメーカーに自国用の在庫確認するという椿事です。これは最早コミックと笑ってはいられない漫画、または戯画を見せられたような気がするのですが、いかがでしょう。僕、バルタンの僻目でしょうか。
 さて、現在のわがJAPAN国は、お上の脅しともとれるお達しで、ワクチン接種オリンピックとでもいうような騒ぎです。まるで雨後の筍というべきか、あらゆるところに臨時の接種場所が設けられて、歯医者さんはおろか、研修医どころか医と名のつく全ての関係者に筋肉注射の訓練を施してワクチン接種が行われ始めています。我が街のいわゆるかかりつけ医の先生方も、総動員ですが、至極健康で、年に一回ほどしか係った事のない人は、一見(いちげん)さんとみなされて医院での予約が取れずとも、接種拒否という方を除いては、ほぼすべての高齢の住民が、公共機関での予約は取れているようです。僕自身も、かかりつけ医が遠いので、幸運?にも、予約解禁日にPCに熟達した子バルタンのワンタッチで取れた地区センターの予約日待ちという仕儀になっています。しかし、予約開始時には予想もしなかった政府と自治体が競い合って設け始めた臨時設置個所の急増で、わが地区センター接種の要員がどうなるのか、仮に自衛隊であっても、果たして衛生班での経験があった人員なのか、地域の急造ボランティア看護師さんなのか、はたまた強引な要請にこたえて駆り出された、平生は注射などの処置を看護師さんに任せていて、久々に震えがちな手で注射器を握るお医者様なのか、もし、現場で急激な副反応を起こした時に、救護体制は大丈夫なのか、日が迫るにつれて不安がつのっています。しかも、問題は、「来ないでくれ、行かないで」という都心へ、臨時接種場ががら空きで開店休業らしいと知って、ダブルブッキング承知で接種を受けに行き、ついでに久々の都心外食など観光気分で済ませ、予約取り消しを忘れたり怠ったりする人もいるということです。これはもう戯画というよりドタバタ喜劇ではないでしょうか。
 昨今のテレビを見ていると、年齢のせいか最近霞みがかってきた僕バルタンの眼には、まるで何処からか要請されたように、「安心、安全な東京オリンピック」まっしぐらで、国民を駆り立てているように映っています。僕が、皇国の少国民だった頃、内閣情報局の規制下にあったNHKラジオが、第一放送第二放送声を合わせて一日中叫び続けた「国民精神総動員!一億一心!火の玉だ!」と、鬼畜米英との本土決戦に駆り立てた悪夢を連想してしまうのですが、これも、僻目でしょうか。いや、僻目であってほしいのです。
 NHKは、予算、決算の決定に国会が関わっていますが、国営放送ではありません。国民のみなさんが視聴料を払っている唯一の民間放送なのです。本当の意味で、皆さんの放送局でなくてはならないのです。民放と呼ばれている、スポンサーの広告料で賄ういわゆる民間放送は、商業放送と分類される存在なのです。媒体としての存在を通信に脅かされながらも、信頼を失うことなく報道を続けようとする新聞各紙も、此処へ来ての有力スポンサーの欠落にコロナ禍オリンピックへの反論の姿勢が揺るぎ始めているように見えます。
 バルタンの眼が、断じて許せない実例を一つだけ挙げましょう。先日久々に行われた国会の党首討論。野党筆頭のオリンピック開催実行か中止かの質問には答えず、首相が自らの前回東京オリンピック観戦を延々と語った次第を、当日午後7時のニュースでは、感情をにじませる首相の顔に、東洋の魔女と呼ばれたバレーボールなどの感動シーンの映像を重ねて情緒的に盛り上げる編集を加えながら、コロナ禍での開催反対を称える野党党首側に、重症化に苦しむ患者の映像を挟み込むこともしなかった処置は、中庸を旨とする民間放送が、断じて行ってはならない不祥事なのです。
 コロナ禍と東京オリ・パラの永いトンネルの向こうに見えてくる景色が、決して、核ミサイルの飛び交う戦争の惨禍に壊滅するJAPANでないことを!一億一心火の玉は御免蒙ります!


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私の中の一期一会 №239 [雑木林の四季]

       急ピッチで進むワクチン接種。不慣れな作業で各地でミスが続出
 ~ワクチン保存の超低温冷凍庫の電源が切れていた。6400回分が無駄に!~
 
      アナウンサー&キャスター  藤田和弘

 高齢者を対象にしたワクチン接種が各地で急ピッチに進められている。
 全国の自治体では、集団接種会場の数を増やしたりして接種のペースアップに余念がない。
 私は〝かかりつけ医”で、今月10日に2回目の接種を受けることが出来て、ワクチン接種を完了した。
 最初、1回目は6月下旬頃になると言われていたが、菅首相の〝鶴の一声”があったせいだろうか、5月24日と6月14日に接種できると電話連絡を受けていた。
 実際に1回目を打ってもらったのは5月20日であった。
 その日は定期受診の予約日でワクチン予約の日ではなかったが、出掛ける前に「今日、ワクチンも打てますよ」という電話があった。
 予約日より4日早いが、当方は〝異存なし”だった。
 ちょっと気になったのは、接種後15分待機しなければならないのに、そう広くもない待合室が座る場所を探してウロウロする程混んでいたことだ。
 診察だけの人、ワクチンだけの人、両方受ける人で混み合っていたのである。
 接種すると、注射部位の痛み、頭痛、関節の痛み、疲労感、悪寒、発熱などの副反応が出ることがあると説明書に書かれていたが、私の場合は〝注射部位の痛み”だけで、他は全く何もなかった。
 注射部位の痛みも、翌日には押さなければ痛くなくなっていた。
 2回目の時は、〝強い反応が出るかも知れない”と看護師さんに言われたが、部位の〝痛み”以外は何も感じなかった。
 我が家では、カミさんが5月早々に予約が取れて6月30日と7月21日に決まっていた。
 私が早くなったので相談してみたら、6月15日と7月6日に繰り上げとなった。
 こうしたワクチン接種ペースアップの裏で、〝ワクチン管理”や”希釈作業”などを巡る「ミス」が跡を絶たないと産経新聞が書いている。
 川崎市は13日、ワクチン6396回分を廃棄したと発表した。
 ワクチンは高齢者施設の利用者らへの巡回接種用のファイザー製だったが、ワクチンを保管する超低温冷凍庫の温度が上昇する事故があったからだという。
 ファイザー製ワクチンは、マイナス70~80度で冷凍保存しなければならない。
 13日朝、冷凍庫の警報音が鳴ったので、何か異変が生じたことが分った。
 温度計の記録を調べてみたら、冷凍庫が9.1度になっていたことが分かったという。
 その後、また冷凍に戻ったが。ファイザー製は一度解凍したワクチンを再冷凍して使用することが禁じられている。
 冷凍庫メーカーが原因を調べたら、冷凍庫が不良品だったことが分かり新品と交換したそうだ。
 貴重なワクチン約6400回分が無駄になった事実は変わらない。
 和歌山県有田町でも、ワクチンを保管していた冷蔵庫が正常に作動しない事故があった。
 中に入っていたワクチンは、解けていて使えなくなっていた。
 有田町は〝品質を保証出来ないものは使えない”として990回分が廃棄された。
 大阪・堺市の集団接種会場では、ワクチンを保管していた冷蔵庫の電源がOFFになったいたため、ワクチン456回分が無駄になった。
 市の担当者が冷蔵庫に〝電源が入っていないことに気付かなかった”ためと分かった
 この会場では、それ以前にも電源を入れ忘れ210回分を廃棄していた。
 福島県二本松市でも、ワクチン管理に失敗している。
 ワクチンを解凍した後は〝冷蔵保存”すべきところ、誤って〝冷凍保存”にしてしまったからだった。
 問題なのは、この不適切に保管されたワクチンを施設の高齢者や職員100人に注射してしまったことである。
 体調の異常を訴える人はいなかったいというが、このワクチン接種は〝誤接種”に該当するケースではないだろうか。
 余った70回分を廃棄したらしいが、本当に無害なのかどうかを検証したかどうかは分からない。
 有効性が無い接種だったら、やり直さなければならないだろうに・・・
 誤接種ミスはあちこちで起きている。
 千葉県南房総市で、嘱託医が市内の高齢者施設で、誤って生理食塩水だけを6人に注射するミスを犯したと発表した。
 施設の看護師たちが入所者と職員54人に接種していた時、注射器に希釈液しか入っていなかったのに気付かず6人に注射してしまった。
 別の看護師が容器の数と注射器の本数が会わないことに気付いてミスが分かった。
 健康被害は報告されていないが,市では経過観察を続けている。 
 生理食塩水のみの注射は、沖縄の浦添市でも5人に行われたことが分った。
 高齢市民は213人だが、5人の特定はできていない。
 浦添市では2回目の接種の際に213人全員の抗体検査を行うことになった。
 福井市でもワクチン162日分が廃棄されるミスがあった。
 医療機関の個別接種用に配送するワクチンの分配と管理を請け負っている業者の社員が、医療機関への配送分を別容器に移す作業をしていた。
 残りの「瓶」は冷凍庫に戻さなければならないのにそれを忘れ、ワクチンは放置されたままになった。
 27瓶162回分が使えなくなってしまったのである。
 千葉県柏市は、使用期限の過ぎたワクチンを診療所の医療従事者や患者ら34人に接種したと発表した。
 ファイザー製ワクチンは希釈後6時間以内に接種しなければならない。
 市の医療者向け説明会で「希釈後の使用期限は24時間以内」という誤った情報が共有されたため、10時間を過ぎたワクチンが疑いもなく使われた。ちょっと怖い話だと思う。
 医療の安全対策に詳しい近大の辰巳陽一郎教授は「今回のように不慣れな短期間事業ではミスを完全に防ぐのは難しい」と指摘して、ミスを最小限に抑えるため「各自治体のミス情報をリアルタイムで共有することが必要」と訴えている。
 埼玉県戸田市では、実際に全国で起きたミスを、報道ベースでまとめた「アクシデント事例集」を作成した。
 これを市内の医療機関にメールで配信している。
 市の担当者は「様々な事例を知ることが、ミスを未然に防ぐことにつながる」と期待している。
 東京都が築地市場後に開設した大規模接種センターで、誤ってワクチンを大量に解凍してしまい、警視庁職員ら約1300人が急遽接種を受けた。
 都は担当者間の連絡ミスが原因と説明している。
 日本のあWクチン接種のゴールはまだ遠くに霞んで見えない。
 ワクチン接種ミスは、減ることはあってもゼロにはならないだろう・・・



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BS-TBS番組情報 №236 [雑木林の四季]

2021年6月のおすすめ番組(下)

         BS-TBS広報宣伝部

麺鉄
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2021年6月19日(土)よる7:00~7:54
2021年6月20日(日)よる9:00~9:54

☆鉄道大好き芸能人が、各路線と沿線の魅力を紹介しながら「駅メン」を堪能!

▽6月19日(土)
#3「メン食い鉄道 絶景の旅 初夏の九州・久大本線&熊本電鉄&熊本市電編」
出演:六角精児
六角さんが向かったのは、‘ゆふ高原線’として有名な久大本線。乗車するのは鉄道ファン憧れの観光列車「ゆふいんの森号」。車窓に広がるのは緑豊かな山々や田園風景。そしていただく駅麺は大分の郷土料理「だご汁」。そのユニークで素朴な味わいにほっこり…。その後、湯布院の温泉で癒された六角さんは、今温泉街で知る人ぞ知る一杯となっている山椒カレーうどんにチャレンジ。刺激的な味に酔いしれます。
翌日は熊本へ。お目当ては、かつて東京で活躍した地下鉄車両が走る熊本電鉄。今回特別に‘青ガエル’の愛称で有名な5000系の車内を見学させていただきました。六角さんの反応は?そして熊本での駅麺は、郷土料理「太平燕(タイピーエン)」。発祥のお店と言われる会楽園へ。歴史ある一杯をすすります。

▽6月20日(日)
#4「メン食い鉄道 絶景の旅 初夏の九州・長崎本線&大村線&松浦鉄道編」
出演:市川紗椰
市川さんは佐賀県・鳥栖駅をスタート。この駅にある中央軒は九州立ち食いうどんNO.1と呼ばれ、名物の「かしわうどん」をいただきます。駅麺ファンを虜にするそのお味とは?そして長崎本線を西へ、日本最先端の鉄道・松浦鉄道に乗車。伊万里から佐世保まで地域密着路線で降り立ったのは、日本最西端の駅・たびら平戸口。お目当ては駅ソバならぬ駅チャンポン。サザエがたっぷり入った海鮮チャンポンに市川さん、テンションアップ。その後はJR大村線へ。真っ青な海と潮風楽しみながら長崎へ。
路面電車に乗りかえ長崎市内で向かったのは麺激戦区の思案橋。ここでいただくのは極上の皿うどん。長崎麺グルメを堪能します。

Style2030 賢者が映す未来

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2021年6月20日(日)午前11:00~12:00

★ジャーナリスト龍崎孝と各界の賢者が対談!新しい生き方を提案する。
出演:龍崎 孝(ジャーナリスト/流通経済大学教授)/皆川玲奈(TBSアナウンサー)
ゲスト:本郷和人(歴史学者・東京大学資料編纂所教授)
SDGsの目標達成期限2030年に私たちの社会や暮らしはどうあるべきか?ジャーナリストの龍崎孝が、日本の中世史が専門の歴史学者、本郷和人氏との対話を通じて、新しい生き方のヒントを探る。
本郷和人氏が注目したのは、「住み続けられるまちづくり」そして「すべての人に健康と福祉を」。
本郷氏は、サステナブルなまちづくりになぜ「愛郷心」は欠かせないのか、人々はいつから統一「日本人」を意識したのか、そして、地方分権がニッポン浮揚のカギとなる、など独自の視点を次々と披露する。また、疫病や飢餓の封じ込めに活躍した上杉鷹山や松平定信ら歴史上の人物を紹介する一方、いま起きている100年に1度のコロナ禍を、歴史編纂者としてどのように記録し、後世に伝えるのかを語る。
番組では「グラフィックレコーディング(グラレコ)」という手法をつかって、対談内容をリアルタイムで「見える化」。本郷和人氏が提言する「まちづくり」「健康と福祉」を色彩豊かに描く過程にも注目!

橋田壽賀子ドラマスペシャル「妻が夫をおくるとき」

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2021年6月20日(日)午後2:00~4:00

★橋田壽賀子が体験した実話をもとにした、妻と脚本家の狭間で揺れた“私”を描く自叙伝的ドラマ。

脚本:橋田壽賀子
演出:荒井光明
制作:2012年

出演:私(橋田壽賀子)…岸本加世子、岩崎嘉一…大杉漣、倉石プロデューサー…中村梅雀、竹田制作助手
…小泉孝太郎、石井ふく子…薬師丸ひろ子、大原医師…神田正輝、和田利子…泉ピン子

今年4月に95歳で亡くなった脚本家・橋田壽賀子さんを偲び、2012年にTBSで放送された作品を放送する。
この作品は、橋田壽賀子が体験した実話をドラマ化したもの。夫婦に必ず訪れる別れのとき、何を想いどう行動したのか?「これ以上の苦しみはなかった」と自ら告白。妻と脚本家の狭間で揺れた“私”を描く自叙伝的ドラマ。

▽あらすじ
ずっと二人で、ノンキに笑っていられるって 信じていた。
それは余りにも突然だった。
岩崎(大杉漣)が59歳、私(岸本加世子)※(=橋田壽賀子※以後、私)が63歳の秋だった。
岩崎が55歳で定年を迎えたと同時に、ある病気で大手術し、そのあとリハビリに1年以上もかかり、やっと夢だった畠作りをしながら好きな仕事をやりたいと、自分の会社も起こして東京と熱海での暮らしを始めた頃でもあった。
胸の痛みを訴える彼に、病院での検査を勧めた私だが、畠仕事を難なくこなす岩崎の姿からは大病の心配など微塵も無い。いかし、検査から帰った岩崎の口からは「左の肺に影があるらしいので、検査入院しろと言われた」と言う。
健康診断から3ヶ月の出来事で、もし癌だとしても手術で克服できると思っていた。病院への付き添いも、大河ドラマを引き受けた君は一日も無駄にしてはいけないと、岩崎から明るく断られていた。
そんなある日、珍しく東京に原稿を届けに行った私が、大河ドラマの制作助手、竹田君(小泉孝太郎)に岩崎の入院を伝えると、一緒に病院へお見舞いに行くという。
ほどなく、病院で明るく2人を出迎えた岩崎とは裏腹に、担当の大原医師(神田正輝)はご本人に検査結果を報告する前にと、残酷な検査結果が伝えられる。岩崎は手術できない癌に犯されていて、持ってあと半年だという。夫婦の運命を決めるには余りにも短い報告だった。
病気と戦うことも出来ず、延命しか残されていないと知った私は、岩崎に告知はせず、隠し通すことを選択した……。


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医史跡を巡る旅 №89 [雑木林の四季]

江戸のコレラ~安政五年 原宿その後

        保健衛生監視員  小川 雄

また1回お休みしてしまいました。

首相のなりふり構わない国民皆ワクチンの大号令下、皆様はいかがお過ごしでしょうか。もうワクチンはお済みになったでしょうか。

必要とする人に、いち早くワクチンを接種することについては、全く異論はありません。ただそもそものワクチン確保の遅れや、無策ともいえる感染抑制への苛立ち、やっている感の演出のために、無理に無理を重ねて接種を推し進めることは、ただでさえひっ迫している医療体制をさらに圧迫することになります。それだけではなく、接種を希望する人々のニーズとはかけ離れた形で空回りすることなり、限られた時間と医療資源、人材という貴重なリソースを無駄遣いすることとなります。

毎日のように、それも時には一日何件もワクチンの保管や運送の失敗、希釈・分注・接種ミスが報道されています。今までの他のワクチンとはデリケートさが格段に違う新型コロナワクチンを集団に接種することを、医学や薬学の専門知識のない人間が計画し、実行している。これがどれだけ危ういことなのかを如実に示しています。否、報道されるということは誰かが気付き、問題意識を持って発表されたということで、表に出ている案件を起こしてしまったところは、失敗に気付けるだけ、まだ「まとも」なところといえます。おおくのところが失敗にも気づかず、見過ごされ、あるいは「なかったこと」にされていないか、危惧されます。

当初から示していたワクチン接種のロードマップを有名無実化し、「打てるところからどこにでも」という政策は、恵まれているものを優先し、弱者を置き去りにすることになりかねません。接種が遅れている地区は、それなりの理由があるはずです。その原因を探り、排除することもなく、数字的に政府のお眼鏡にかなうところを称賛し、優遇する。「ダメなところ」には躊躇のない恫喝と、脅しが線状降水帯のように降り注ぐ。ちなみに一番最初に終わらせるべき医療従事者向けのワクチン接種も、1回目の接種は済ましても、まだ2回目の接種が終わっていない人の割合は現時点で約24%、4分の1に上ります。そしてこの計算には、まだ1回目の接種すら終わらせてない人の数は含まれません。

「挙国一致」「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」「自力更生」「理屈言ふ間に一仕事」…昨日今日の政治家の発言ではありません。今から80年ほど前、戦争遂行のために、国策的に用いられた標語のいくつかです。対新型コロナ戦は、純粋に科学とウイルスとの戦いです。そこに精神論を持ち込むことは80年前の悪夢の再現にほかなりません。

あだしごとはさておき。
安政五年のコレラ流行において、大きな流行を見た吉原宿の隣にある原宿。さてここでの被害はどれほどだったのでしょうか。
再び「原宿問屋渡辺八郎左衛門日記」を見てみましょう。

「原宿問屋渡辺八郎左衛門日記」

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「原宿問屋渡辺八郎左衛門日記」~沼津資料集成6 沼津市立駿河図書館刊行

前回は原宿住人に初めて犠牲者が出た件までご紹介しました。

(安政五年八月)十七日己未曇五ツ半時より晴
(略)ふじや縫右衛門殿方格兵衛殿死去題目講中一人も立會不申尤も親類も同断之よし雲助弐人え金壱両ツゝ与ヘ取形付爲致候趣哀れ之事ニ御座候

格兵衛に続いて、二十七日には二人目の犠牲者が発生します。

廿七日己己曇
繪図面描之新兵衛相談ニ来左官吉五郎死去後佛致ニ付夜ニ入篝火焚騒く江都より麻ノ一帰り宅え来

そして三人目の犠牲者の時には諍いが起こります。

(九月)九日辛巳朝ヨリ天氣夜清光
目出度重九之禮ニ歩行元兵兵衛殿乍禮遊ニ来其後予も西屋敷え遊ニ行以上みたまやおてつどの死去然ル処宮地に住居いたし候ニ付通行路六ヶ敷地方役人より作兵衛平七間道を通し可申由理解申付通す積りニ相成候処往来大道を籠ニて送り申候ニ付東組より嚴敷掛合ニ相成申し候

コレラに罹患し死亡した「みたまや」の「おてつ」の亡骸を寺に運ぶのにあたり、神社や街道(東海道)を避けて脇道を行くように取り決めたにもかかわらず、籠に乗せて街道を通ったとして、東町からクレームが付いた、ということです。感染拡大を恐れる隣町の感情と、せめて故人を普段通りに送ってやりたいとする遺族の感情がぶつかり合っています。

原宿には前回ご紹介した西の浅間神社のほかにもうひとつ、東町で本陣に近い位置に浅間神社があります。
こちらが前回ご紹介した西の浅間神社。

「浅間神社」

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「浅間神社」 ~静岡県沼津市原

こちらは元々の原宿の中心にあったと考えられます。
そしてもうひとつの浅間神社。

「浅間神社」

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「浅間神社」 ~静岡県沼津市原

原宿が高潮などに悩まされた結果、慶長年間に東海道そのものと共に山側に移転します。その中心になったのが後者の浅間神社となります。その後はこちらを原浅間神社とし、宿場町が形成されていきます。幕末期、宿場町中心部に設けられる本陣、高札場はこの浅間神社の前に建てられました。

「高札場跡」

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「高札場跡」 ~静岡県沼津市原

こうした移転の経緯もあってか、疫病化の混乱の中で、東町と西町の緊張が顕著化したものと考えられます。沼津資料集成6にはこの日記のほかに、原宿の構成もまとめられており、添付された原宿図が当時の状況を理解するのに役立ちます。

「原宿問屋渡辺八郎左衛門日記 付図 原宿図」

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「原宿問屋渡辺八郎左衛門日記 付図 原宿図」~沼津資料集成6 沼津市立駿河図書館刊行

さて話がそれましたが、渡辺八郎左衛門日記に書かれた原宿の被害は以上3人になります。隣の吉原宿が人口2,036人に対して死者213人も出したのに、原宿の被害がなぜわずかで済んだのでしょうか。
あくまで推定になりますが、町の規模の問題があります。人口比率での死者数ということもありますが、宿場の大小によって参勤交代での利用状況が異なっていたことも一つの理由と考えられます。
原宿にも御大老井伊掃部頭様(原文ママ)御家中が宿泊し、その一行の中からコレラ患者が出ていることが記されています。安政五年のコレラ流行では、江戸を中心に地方との間をダイナミックに移動する大名行列が、感染拡大の一端を担ってしまったと考えられます。今回のGO TOと同じ図式です。そして大大名、つまり大人数の一行ほど、規模が大きく収容人数の大きな宿場に泊まらざるを得ません。幸いにも原宿はそれほど大きな宿場町でなく、頻繁に大人数が宿泊することが少なかった。そのために大きな感染拡大を見ずに済んだのではないかと思います。

過去の日記の中に、現代の今まさに起こっていることと同じような状況を見出す。不思議な感覚を覚えます。


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海の見る夢 №9 [雑木林の四季]

       海の見る夢
          -あの町この町~夕暮れの子供たち~
                 澁澤京子
 一時期、とび職の恰好をして働いている、イランから出稼ぎにやってきた人達をよく見かけた。結婚して世田谷に住んでいたとき、近所の小さな公園でよくパリージョ(フラメンコのカスタネット)の練習をしていたが、ある時、ブラボー!というかけ声や口笛が聞こえるので見ると、建築中の家からイラン人大工さんたちが一斉に私に声援を送ってくれたのだった。
フラメンコのカンテ(歌)はコーランの旋律にかなり似た節回し・・スペインにはイスラム教が入っていたせいか、スペイン音楽はアラブ音楽に似ているところがある。私の(それほど上手くもない)パリージョが彼等の郷愁をくすぐったのか?(そう思いたいが・・)

アザーン、コーラン詠唱の旋律は実に美しい。聴いているとなんとなく夕焼けの色が浮かんでくるのは私だけだろうか?

イランのアッバス・キアロスタミ監督の『友だちのうちはどこ?』をずいぶん昔に、母に薦められて見たことがあった。友達のノートを間違えて持って帰ってきてしまい、その友達が退学になることを心配して、遠くの町までノートを返しに行く子供の話。最近、これが『オリーブの林を抜けて』と『そして人生はつづく』の三部作になっていることを知り、改めて三作を見直した。

友達のうちはなかなか見つからず、焦燥感とともにどんどん日が暮れていく・・何しろ子供なので友達が宿題をしなかったら、先生に叱られて大変なことになると真剣に思い詰めてしまう、そう、子供って逃げ場がないからささいなことで思い詰めたりしたことを思い出す・・しかも、家の前に枯れ木があるという漠然とした情報だけで探すから、なかなか見つかるわけがない・・風が強くなって、辺りはどんどん暗くなり、やがて家の窓から漏れる灯りを頼りに友達の家を探して路地を歩きまわり、・・ああ、これって野口雨情の「あの町この町日が暮れる~」みたいだし、小川未明の童話にもありそうだし、「週刊新潮は本日発売です・・」の表紙の谷内六郎さんの夕暮れの子供の風景の様でなんだかとても懐かしいのである。おそらく、どこの国の人が見ても郷愁を感じる、夕暮れ時の子供の風景。映像も全編が詩のように流れ、『オリーブの林を抜けて』でも『そして人生はつづく』でも、映画の中では詩が朗読されることが多い。

低予算でも、監督次第では素晴らしい映画を作れるというお手本のような映画。
なんでもない日常の光景と日常の出来事。セリフで説明したり人生訓を語ったりしないところが、とても洗練されていて、たとえば小津安二郎を初めて観た外国人も日本映画に対して同じような感想を持ったんじゃないだろうか。こういう映画はストーリー展開でごまかせない分だけ繊細な感受性が必要とされるから、文化レベルが高くないとなかなか作れないだろう。出てくる子供も大人も皆、現地で集めた素人。とにかく子供が皆(特に主役の男の子)自然体でかわいらしい。

中東は大雑把に「ペルシャ・アラブ・トルコ」にわけられるらしい。皆、古い文化を持っているけど、中でもペルシャは詩や文学が発達しているんじゃないだろうか?私でも知っている、オマル・ハイヤームも、イスラム神秘主義のルーミーもペルシャの詩人。

イランの女性アーティスト、マルジャン・サラトピの『ペルセポリス』という自伝漫画がとてもいい。(日本語に翻訳されて出版されている。絵のタッチも私好み)1969年に生まれてテヘランで育ったサラトピは上流階級の出身で、子供の時からフランス語の教育を受ける、知識人の両親の方針で自由に育てられたサラトピは、イランの保守的な環境ではどうしてもはみ出してしまう。特にホメイニ師のイラン革命以後、政情も不安定なイランでますます学校でも孤立して、とうとう14歳でウィーンに留学させられるることになる・・ヨーロッパで自由を満喫できると思いきや、イラン人であることで差別を受け(当時、イランはアメリカにより悪の枢軸国のように言われていた)失恋して傷心のまま帰国するのである・・帰国してからは、ヨーロッパに無邪気に憧れる女友達にも、ますます厳しい状況になっていくイランにもなじめず、とうとううつ病になってしまう・・

ちょうどサラトピが留学していたときは、イラン・イラク戦争の一番激しかった頃。彼女の父親が「・・西欧の列強が両陣営に武器を売り、われわれは愚かにもこのゲームに参加してしまったというわけさ。」と帰国したサラトピに戦争について語るくだりがある。

そう、戦争での一番の勝利者はイランでもイラクでもない、それは武器商人たち。

イランのホメイニ師に対抗させる形で、アメリカ(CIA)はフセインを支援し、フセインの独裁政権がはじまった。アメリカは(中国もだが)、イランへもイラクへも武器を輸出していてレーガン時代に「イラン・コントラ事件」が暴露され、イランへの武器提供で得た資金を、ニカラグアの反共ゲリラに提供していたことがばれる。他に、イランにはイスラエルが、イラクにはソ連やフランスも武器を提供していて、もともと歴史的にあったアラブ・ペルシャの対立を、武器商人たちにいいように利用された、ともいえるし、中東の支配者は愚かにもうまくのせられたともいえる・・

宗派の対立や部族・国家の対立よりも、むしろそれを故意に煽ることによって、支配力をふるったり利益を得る人たちがいなくならない限り、戦争はなくならないだろう。

ちなみに日本が「武器輸出三原則」を撤廃して武器輸出を自由化したのは、2014年の安部政権の時。ニコニコと満面の笑みを浮かべ、ネタニヤフ首相と握手している安倍首相の写真が実に不愉快でしたが・・

アッバス・キアロスタミの『ホームワーク』と言うドキュメンタリー映画を観ると、小学校の朝礼で毎朝子供たちが「フセインは地獄に落ちろ!」と唱えるシーンが見られるけど、イランではそういった狂信的な洗脳教育を行っていたのがわかる。

うつ病になってしまったイラン女性サラトピのように、西洋文化にも、保守的なイスラム原理主義にもなじむことのできない、いわばアイデンティティのよりどころを失ってしまった中東のインテリ層(自由な教育を受けた)って結構多いんじゃないかと思う。

サラトピはその後、アーティストとして活躍することによってうつ病から回復する。アートには国境はないからだ・・サラトピの漫画が原作となった『チキンとプラム』(楽器を奪われた音楽家の死ぬまでの8日間)は映画しか見てないけど、全編夕焼け色のとても美しい作品。

激動のイラン・イラク戦争に思春期を過ごしたサラトピ。今のイランに、芸術家はとても住めないので、現在はパリに住んでいるらしい。彼女もまた、故郷を喪失した、「夕暮れになって帰る家を見失った子供」だったのだ。シリア、イラン、イラク、パレスチナ、アフガニスタン・・中東には帰りたくとも故郷に帰れない人々がいまだに大勢いる・・

言葉がわからない外国人でもコーラン詠唱の旋律に感動することができるし、ドイツ人でなくてもベートーヴェンに感動することができるし、日本の琵琶音楽の好きなロシア人女性だっているし、バッハの好きなフラメンコジプシーだっている・・別に日本人だから邦楽のよさがわかるというわけでもないだろう。私たちは芸術という普遍があるからこそ逆に安心して、違う文化や多様性を尊重できるのではないだろうか?違いを尊重することは、自分自身を尊重することでもあるのではないだろうか。

子供の頃の夕暮れ。テレビから大相撲の呼び出しが流れてきて(大相撲の、西~という「呼び出し」?はちょっとコーランの旋律に似ていると思う)、コトコトと夕餉の支度の音が聞こえて、子供部屋で明日の学校の用意をしていたこと・・夕方、家に帰るのが遅くなってしまったときの焦燥感・・そんな誰でも持っている子供時代の記憶の断片。

国や文化は違っても、夕暮れ時のノスタルジーには万国共通の普遍性があるのであり、私たちが一生かけて探しているのはもしかしたら「帰る場所」なのかもしれない。



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梟翁夜話 №89 [雑木林の四季]

「歳の重み」

         翻訳家  島村泰治

数ヶ月ぶりに伺った上野毛の主治医に、四捨五入で九十になられたましたねと念を押された。益々ご壮健で何よりとも言われたから、笑みは返しつつ一言もなく黙したが、それを言われた瞬間、九十と言う数字の語感に実はぎくっとした。

ここ数年、前立腺癌や膝の手術、ばね指の手術やらで医者通ひが続き、壮健を自負する己の身体に翳りの兆しが出てをり、そのいずれも何なく凌いでやれやれと心を安んじてゐた時だったから、その数字に殊更に反応をしたのだった。

折々に雑文を書き連ねているHPに、思ふところあり巧んで時計をふた種類載せてゐる。ひとつは並みの奴で、年から秒まで時が累積する様子を可視化してゐる。それは、ふた親が長生きで、母は百まであと二歳と長らへたから、それを因果に自分もあと二桁は生きるだらうと踏み、生きるつもりと覚悟しての証しのつもりだ。

もうひとつの奴は、生きるつもりの百歳から逆算して、それまであとどれほどかを戒める時計で、絶えず降り積もる雪年に身が細る思ひを敢えて具現化しやうと云ふ、甚だ自虐的な計らいだ。

時を双方向に測る企みは、まだまだあるぞと安んじる心を、それそれ指間から漏れ落ちてをるぞと戒める思ひが絶えず抑えるイタチごっこで、時間のあるなしが絶えず意識に顕在してゐる仕掛けだ。

だから、五入すればもう九十との指摘は、存外こっちには響いたのである。何の因果か四十、五十の年頃に加年の意識がまったくなく、還暦とて周囲が騒ぐなか六十歳の大台さえも無感覚で過ごしたから、古希と名指しされた時も世間並みの挨拶程度で受け止めた。折からネット上でSNS経由の翻訳や書きものの仕事が増え、歳に似合わぬ社会的な関わりが要らぬ斟酌に及ぶ時間を掻き消してゐた。

そして八十歳、傘寿の壁は難なく越えはしたものの、如何なる作用かさしも加齢に無感覚な身が俄かに時間を意識し始める。HPに例の積算時計を掲げたのは八十二歳、追って逆算時計を添えたのが八十五歳、刻々と刻む秒針の動きに年毎に敏感になり、怠惰を戒める言動が増えた。

いま八十六歳と三カ月、時計どものに言はせれば86年114日11時56分45杪で残り13年250日18時間3分15杪だ。流石に分秒に煩わされはしないが、日々を時間単位で生きてゐるまでに「時」に敏感になってをる。

五入で九十はそんな時に囁かれた。虫の居所も悪かったのか、聞かされてぎくっとしたのである。さうさう早まっては困る、もちっと穏やかに流れて欲しい、その歳迄にせねばならぬことが済んでゐないぞ、などの雑念がどっと押し寄せる。事と次第によっては自分から吐きそうな一言が何故あれほど応へたのか、ひと月も経ったいまは滑稽にも思へる。

世に晩節と云ふ言葉がある。汚すべからずと云ふあれだ。自分がいまその領域に踏み込んでをるらしい実感が、この五入の一件で浮き彫りになった。思へば佳き時に囁かれたと、むしろ感謝の念が湧いてゐる。流石わが主治医、そこまで深掘りしての一言だったとは思へぬが、時を得た戒めには違ひない。五入されて失ふ四年を心して生きるべし、と秘かに覚悟を新たにしてゐる。

ホームページアドレス : https://wyess11.xsrv.jp/main/


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検証 公団居住60年 №81 [雑木林の四季]

ⅩⅢ 独立行政法人化して都市再生機構に改組
 
     国立市富士見台団地自治会長  多和田栄治

9.都市再生機構の中期目標と中期計画

 都市機構の性格と方向は、発足にさいし公団終期のバランスシートを乱暴に作りかえたその中身にもはっきり見ることができる。そうしなければ都市機構は発足できない、そのために都市機構に改組したとさえ思えた。
 ①地価バブル崩壊後にも借入金を年々増やし、つぎ込んで都市開発部門の資産を膨らませ、地価下落により保有地は不良資産化している。②借入金の利子負担は営業利益を上回り、同部門の経常利益は連年赤字を出し、公団経営を圧迫している。③公団の営業利益の概ね9割を生みだしてきたのは賃貸住宅部門であり、家賃収入が部門収入の9割を占める。④乱脈経営のツケは賃貸住宅部門の家賃収入に回され、家賃くりかえし値上げへの圧力となった。
 ⑤公団は、かつては広大な塩漬け土地を買い込み、バブル崩壊後は銀行・大企業がかかえる不良債権処理にあたってきた。そして今、リスクが多く利益の期待できない基盤整備をになって民間ディベロッパーに奉仕する都市再開発を事業の最重点にしている。⑥機構設立後の2005年6月には公営住宅法等一部改正によって、家賃収入が主体をなす賃貸住宅事業利益を赤字部門に繰り入れることを法定化した。
 ①公団経営の失敗や財務の不健全さへの反省、まして抜本的改善への方向性はまったく見られない。「時価評価」を理由に部門別の資産評価額をすり替え、「繰越欠損金」を計上して機構の開始バランスシートを作りかえ、政府・機構幹部の積年の無責任経営のツケと失敗を帳消しにした。⑧そのうえで、「都市再生」事業の名のもとに国家的プロジェクトに格上げし、大企業に奉仕をする都市開発に機構事業を重点化していく足場をならし、賃貸住宅経営の営利事業化に拍車をかける体制をととのえた、と言わざるをえない。

 独立行政法人の役割、組織・運営の大枠については、すでに述べた。機構業務は、政府がきめる「中期目標」とこれにもとづいて機構がつくる「中期計画」に列記されている。第1期の中期目標・計画の期間は04年7月1日~09年3月31日である。
 業務の重点は、民間ディベロッパーに新たな事業機会を創出するための市街地整備と民業支援におく。既存賃貸住宅の管理は「ストック再生・活用」を中心とする。業務運営については、その効率化と財務内容の改善を目標にかかげ、2008年度末の目標期間までに一般管理費20%以上、事業費25%以上を削減する、「譲渡収入、家賃収入の確保、資産売却の促進等により収入を確保する一方で、徹底したコスト削減等により支出を削減する」としている。
 この政府の「目標」にそって機構がつくる「中期計画」、さらには「ストック総合活用計画」は、既存住宅にかんして「棟単位で売却に努める」を前提に、「事業効率の高い」団地の建て替えと、「市場価値を高める」増改築の推進が柱だという。経常的な住宅の維持保全こそ居住者共通の第一の要求であるが、順位は最後の項目である。なお建て替えをつうじて目標期間中に住宅戸数を7,000戸減らし、整備敷地100haを生みだし売却するとしている。
 機構は「建て替え」も「ストック活用」も、その目的が住宅戸数の削減と整備敷地の売却にあることをいっそう明確にした。建て替えによって造りだした敷地の売却実績は、十数年をへて2004年度末までの公団期に約61haである。機構になって5年間で100haを売却するという。その加速ぶりの具体例として、05年3月24日に機構全支社合同でおこなった民間事業者向け用地売却説明会と、4月27日に衆院国土交通委員会でとりあげられた東京・ひばりが丘団地の建て替え計画変更の問題をあげておく。
 ひばりが丘団地では自治会と旧公団が10年余にわたって話し合いをかさね、自治体をふくめ団地全体のまちづくり構想に同意したうえで建て替え事業を発足させた。2,714戸を建て替え3,600戸に増やそうという計画であった。第1期工事は1999年3月、1,346戸に着手した。機構への移行をはさんで第2期、1,368戸に着手予定の2005年3月までなんの連絡がないまま、機構は突如、三者の合意をM一方的に破棄して大幅変更した第2期計画をしめして着工説明会を強行しようとした。建て替えは戻り入居者相当分にとどめ、総戸数は、3,600戸構想を1,700戸に縮小する、広大な「余剰地」は、あきらかに民間売却を視野にいれて「他に活用する」といいだした。
 「中期計画」は建て替え事業を中期目標期間中に概ね150地区で実施し、70地区完了するとともに、建て替えによって生みだす整備敷地100haの売却をかかげている。それにさきがけ機構は、売却対象全国50地区、約46haについて民間事業者向け説明会をひらくなど、建て替え計画の大幅変更とともに、敷地売却に本格的にのりだした。
 「余剰地」売却がねらいの建て替えとともに、住宅管理コストの削減も中期計画の重点課題である。機構は「コスト構造改革プログラム」をつくり、2007年度において対02年度15%の総合コスト縮減とその方策をさだめた。また現地管理業務(居住者対応、窓口案内等)では民間委託の拡大をはかり、05年11月には、500戸未満の1,000団地の現地管理業務を09年度までに民間に委託すると意向をしめし、06年度には76団地を委託し、年々拡大していった。一般競争入札による工事および管理の業務委託の拡大は、安かろ悪かろの結果をまねき、非効率と混乱、サービス水準の低下となってあらわれた。

『検証 公団居住60年』 東信堂


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私の中の一期一会 №238 [雑木林の四季]

      英国型より怖いインド型変異株が感染拡大するかも。感染力は英国型の1.5倍
    ~この夏、「東京五輪変異株」という新しいウイルスが出現するかも知れない~

      アナウンサー&キャスター  藤田和弘

 高齢者へのワクチン接種は順調(?)に進んでいるようだが、コロナの新規感染者数は期待した程には減っていないのではないか?
 政府は、緊急事態宣言を6月20日までさらに延長することを決断した。
 この春、関西圏で急拡大した英国型変異株は、次第に東京を中心とした首都圏にも拡大した。
 国立感染症研究所では、関西ではほぼ100%、首都圏でも90%以上が従来型から英国株に置き換わったと見ている。
 国内で感染者数の減少ペースが鈍いのは、感染力の強い英国型変異株が猛威を振るっているからだろう。
 インドでは2月頃、1日の新規感染者数が1万人を切っていた。
 しかしその後、感染者が増えだして4月になると10万人を超えるようになった。
 4月下旬には30万人を突破、5月1日には40万人というように爆発的に感染が拡大していったのである。
 感染力の強いインド型変異株が、新しく出現していたからとみられている。
 英国は世界でいち早くワクチン接種に取り組み、新規感染者数をピーク時の27分の1にまで抑え込んだ実績を誇っていた。
 その英国でもインド株の出現によって、〝感染再拡大”の懸念が出てきている。 
 ジョンソン首相は「インド株は英国型より感染力が強い。深刻な混乱をもたらすかも知れない」と警戒している。
 WHO(世界保健機関)は4月下旬、インド型変異株を新たにVOC(懸念される変異株)に指定した。
 日本の国立感染症研究所も12日、WHOを追うようにVOCの対象にしている。
 鈴木センター長は今月8日のシンポジウムで「従来と同じ対策が通用しない新しいウイルスが出てきたと考えなくてはならない」と発言している。
 世界中で次々に変異するコロナウイルスに、人類は翻弄されて〝疲労困憊”といった有様である。
 23日の「NHK日曜討論」に出演した加藤官房長官は「日本でのインド株は、水際でかなり確認されますが、国内での発見例は、今のところそれほど多くない状況です」と発言していた。
 この発言は、政府の〝鈍すぎる危機意識の表れ”だとして、コロナ禍に苦しむ国民を落胆させるものであった。
  英国株より1.5倍の強い感染力を持つインド型変異株は、官房長官の認識と違って国内でも既に、じわじわと広がりを見せていたからである。
 インド株感染者が国内で初めて確認されたのは3月28日であった。
 それから5月7日までの41日間で、実に160人ものインド株陽性者が確認されていたのである。
 英国株は、空港検疫で初めて確認されてからの48日間で感染者は43人だったから、インド株の感染力はケタ違いだということが分る。
 厚労省によると、空港検疫以外で18日から23日までに東京都で5人、埼玉県で1人、神名川県3人、千葉県6人、静岡県5人、大坂府2人、兵庫県2人、鹿児島県で3人と計27人確認されていた 。
 18日迄の確認は8人だったのに、およそ1週間で3倍以上に増えていたことになる。
 今、国内で最も多く確認されているのは英国型の変異株だ。
 英国型は従来型より感染力が強いと言われていて、若い世代でも重症化するリスクがある。
 国立感染症研究所によると、英国型の重症化リスクは従来型の1.4倍である。
 発症から重症化までの日数は、第3波では「8日」というのが平均だったが、変異株感染者は「6日」と短かくなった。
 変異株は感染力が強く、進行が速いという特徴がある。
 医療ガバナンス研究所の上昌広理事長は「重症者が減らないと医療逼迫状況は解消されない。劇的に感染者が減ったりすれば別だが、宣言も6月20日に解除出来る状況にはならないだろう」と語った。
 国立感染症研究所はインド型変異株について「分析はこれからだが、感染力は英国型より強く、進行も早い。重症化率も高い・・などが分かっている。ワクチン効果の充分な情報はない」とのこと。
 横浜市立大の研究によれば、「ワクチンの1回接種だけでは有効性は落ちるが、2回接種ならばどの変異種にも90%以上の効果が期待できる」と言っている。
 国民の接種率が50%を超えれば感染者数がグッと下がることは誰にも分かっているが、この国の接種率がOECD加盟37カ国のワーストでは話にならない。
 仮に3600万人の高齢者全員が7月末までに2回目の接種を終えたとしても、国民1億2500万人の28.6%にしかならない。
「ダメだ、こりゃ!」・・
 ワクチンだけに頼る感染対策は、かえって危険だと警鐘を鳴らす専門家もいるが、国民の多くがワクチンの接種を受けた国では、感染者の減少傾向がみられるのも事実だ。
 英オックスフォード大の研究者らは、イスラエルでのワクチン効果や感染者数の推移を調査した。
 この25日でイスラエルは人口の59.2%が既定回数のワクチン接種を終えている。
 ワクチン2回接種のグループと接種を1回もしてないグループを比較して解析した結果、〝感染と発症”、〝重症化の予防”については有効性95%以上という結果がでた。
「ワクチン接種率を上昇させることで、普通の生活を取り戻せる可能性がある」と結論づけている。
 1月頃のイスラエルは、2回目の接種率がまだ10~20%程度だった。
 その頃は1日1万人以上の感染者が出る日があり、死者も100人ほど出ていたという。
 国民の半数以上が2回目の接種絵を終えた3月頃には新規感染者は1000人以下になった。
 接種率6割になった5月、感染者は100人以下に減り、死者ゼロの日もあるようになっていた。
 アメリカでも接種が進むにつれて感染者数が減少傾向を示している。
 またワクチン接種を受けた65歳以上の高齢者は、感染しても入院するリスクが94%も減ったという。
 欧米人とは人種の違いがあるが、参考にしてもいい研究結果ではないかと思う。
 イスラエルでは、感染を広げやすい若い世代にも接種が進んでいるという・・何とも羨ましい限りだ。
 英国型より怖いウイルス「インド型変異株」は、夏にかけて流行の最盛期を迎えるだろうと見られている。
 日本では、頼みのワクチン接種率も飛躍的に上昇することは考えにくい。ずば抜けて
 ずば抜けて感染力が強いインド株が、日本の全土で主流になる日はそう遠くないかも知れない。
 全国医師ユニオン代表の植山直人医師は27日、外国特派員協会で会見して「全く新しい日本発変異株が出現する可能性はある。新しい変異株は〝東京五輪株”と呼ばれる。
 この先き100年にわたって『東京五輪は人類の愚行であった』と非難されるだろう」と発言した。
 この発言は海外で大きな波紋を呼んだそうだ。
 RNAウイルスは一定の割合で変異する。
 感染が爆発的に拡大した地域で、新しく変異株が出現する可能性はあるのだ。
 「日本発・東京五輪株」が現れないと断言することは誰にも出来ないだろう。


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浜田山通信 №288 [雑木林の四季]

「屁みたいな話」

       ジャーナリスト  美村勝美

 内閣官房参与という役柄がどんなに偉いのか、政治部記者をやったことがないのでよく判らないが、高橋洋一という参与さんがツイッターで「日本の緊急事態宣言といっても欧米から見れば、戒厳令でもなく『屁みたいな』ものではないのかな」と投稿した。もう一年以上も新型コロナと変異型について日本中がセンセンキョウキョウとしているのに言いも言ったり「屁みたいなもの」とは、あいた口がふさがらない。このツイートは5月21日付けだが、8日付の投稿でも新規感染者数を他国と比較するグラフとともに「日本はこの程度の『さざ波』。これで五輪中止とかいうと笑笑」とやっている。
 内閣官房参与というのは、総理大臣に政策的助言を行う非常勤の国家公務員だそうだ。菅総理は高橋氏の抱負経験をかって官房参与にしたのだろう。あるいは誰かからすすめられてかもしれないが、それにしても新型コロナを「屁みたいなもの」とか「さざ波」程度と口にする感性の持ち主を内閣参与にする総理の感性もまた「屁みたいなもの」と言わざるを得ない。
 首相は24日に記者団に高橋氏から辞職のの申し出があったと説明し、「『これ以上ご迷惑をおかけすることはできない』ということで辞任された。大変反省をしておられた」と述べた。自らが任命し。これ以上げすな表現はない発言をした者に最大限の敬語を使い、自らの任命責任にはひと言の言及もない。
 総理が内閣参与の一連の発言にたいして注意をしたとか憤ったとかの報道は一切なく、ネットや国会審議で批判にさらされ、ようやく「発言は非常に残念だ」と述べたのみだ。
 私はワクチン接種の申し込みを4月初めだかにして、6月29日に決まったが、手続きも含めてものすごく時間がかかる。申込書など年よりには自分で書けない。仕方なく息子に書いてもらったが、すべて時間かせぎをしているとしか思えない。それもこれも、スカ内閣が内閣参与と同じく新型コロナを「屁みたいななもの」として、時間稼ぎをしてきたからではないのか。
 緊急事態宣言は何度目かの延長になった。屁みたいなものなら放っておけばよいのに人々を困らせている。その一方、オリンピックは何が何でもやるという。なにしろ神のごときIOCのバッハ会長が仰せのこと、無観客だろうが、多少参加国が減ろうが、開催国の負担が増大しようが、関係ない。返上するとIOCから除名されるかもしれないといわんばかりだ。除名するならすればよい。もはやオリンピックをやれる国は、米中両国以外にないだろう。

 とにかくこんどくらいいやになった話はない。首相は「『大変申し訳ない。これ以上ご迷惑をおかけすることはできない』ということで辞任された。大変反省しておられた」と述べた。この期に及んで敬語を使い、こんな人物を内閣官房参与に任命した責任については一言の弁解もなかった。彼自身も内心新型コロナを「屁みたいな話」と思っているのだろう。

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BS-TBS番組情報 №235 [雑木林の四季]

BS-TBS 2021年6月のおすすめ番組(上)

                            BS-TBS広報宣伝部

うた恋!音楽会

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2021年6月4日(金)よる9:00~10:54
☆歌謡曲・演歌・ポップス…時代を超える名曲だらけの音楽会!
出演:由紀さおり/三山ひろし
ゲスト:堺正章、森山良子
ゲストは堺正章、森山良子。

堺正章は、TBSドラマ「時間ですよ」の挿入歌『街の灯り』を披露。森山良子は誰もが口ずさめる『この広い野原いっぱい』を熱唱する。時代を飾った名曲に携わった“偉人”の楽曲に迫る「うたの偉人伝」は、世代を超えて愛されたかまやつひろしを特集。その軌跡を貴重映像とともに振り返り、由紀さおりが『なんとなくなんとなく』を、三山ひろしは、堺正章とともに『我が良き友よ』を見事に歌い上げる。
ゲストによるスペシャルライブでは、堺・森山・由紀の豪華共演スペシャル!お互いのヒット曲を歌い合い、コラボ歌唱も。三山も加わり『あの時君は若かった』、『夕陽が泣いている』、『バン・バン・バン』といった名曲を披露する。

動物の赤ちゃん大集合!パート4

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2021年6月5日(土)よる7:00~8:54
★「動物の赤ちゃん」に特化した「感動」「喜び」「笑顔」「可愛さ」…そんな、あらゆる“要素”が詰まった動物バラエティ第4弾!
MC:IMALU、笹川友里
ゲスト:朝日奈央

動物の赤ちゃんに特化した感動・喜び・笑顔・可愛さ…そんなあらゆる要素が詰まった動物バラエティー第4弾。日本全国の動物園や水族館で生まれたカワイイ動物の赤ちゃんや全国から届いたカワイイ投稿映像が大集合。砂漠の天使?スナネコの赤ちゃんが日本初誕生!全てが初!その飼育の様子や、ベビーラッシュの和歌山県の動物園の模様、そして、あまり知られていない “働くどうぶつ”の赤ちゃん介助犬の紹介。飼い主だからこそ撮れた飾りのないカワイイ動画など盛りだくさん!

おもひで銭湯探訪

235おもひで銭湯探訪.jpg

2021年6月13日(日)夕方5:00~6:00
★日本の古き良き文化である「銭湯」。そんな銭湯の魅力をじ~っくり、ゆ~ったり探訪していく。
出演:中村鶴松(歌舞伎俳優 )、清水みさと(女優)

日本の古き良き文化である「銭湯」。地域に根付き、人と人がつながり、そこには、どこか懐かしい「おもひで」
が今もなお残されている。 時代の変化とともに、近年、街の銭湯の数は減少傾向にあるが、歴史と伝統を守りながら、後世へ残そうとしている銭湯もたくさん存在する。この番組では、そんな銭湯の魅力をじ~っくり、ゆ~ったり探訪していく。
▼斎藤湯(東京・日暮里)
▼稲荷湯(東京・滝野川)
▼東京浴場(東京・西小山)
▼大黒湯(東京・押上)


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バルタンの呟き №98 [雑木林の四季]

「コロナ狂騒曲第Z番」

        映画監督  飯島敏宏

 僕が生まれた時から続いていた、永い永い戦争が終わっても、その後に残った衣食住、特に、飢えとの闘いは容易ではありませんでした。でも、寒く厳しい冬を漸く超えて、春を迎える頃には、度重なる焼夷弾の雨で焼き尽くされた首都東京の焦土にも、スミレ、タンポポ、サクラと、花が咲き、五月を迎えれば、降り注ぐ陽光に、草木の緑が輝き、僕たち中学二年生の音楽教室の開け放った窓からは、「♫イン ブーンデル シェ―ネン モーナット マーイ!(美しき五月よ!)」と、僕たちの高らかな歌声が流れ出ていました。ピアノに向かっているのは、襟もとまで髪を伸ばし、ボタン付き白シャツに蝶タイ、ベストを着て、釣りズボンという、去年までの、開襟シャツにカーキ色の袴下(ズボン)の軍服まがいの国民服を着て坊主頭という姿から別人のように変身した音楽の先生です。先生の弾き語る伸びやかなテノールの声を追って、口移しで習ったばかりの原語で唄っているのです。ストライク、アウト、セーフの野球用語まで、何でもかでも日本語でと、皇国の少国民として育てられてきた僕にとって、この歌を唄った思い出は、平和と自由が、初めて実感された印象的な時間として、今でも、記憶に残る時間です。勿論、僕たちだけではありません。一億一心、滅私報公、などの掛け声で、全国民が軍国主義一色の時代が、ようやく終わった感のある五月だったのです。貧しくても、ひもじくても、明るい明日が望める麗しき五月だったのです。

 あれから、76年、喜びの、悲しみの、色々な五月が過ぎて行きました。でも、幸いにも今日までは、最も悲しい五月でも、明日が信じられる五月でした。

 さて、今年の、この五月はどうでしょう。我が家の窓を開け放っても、何処からも、歌声はおろか、笑い声も、音楽も、聞こえては来ません。時折、というよりも、頻繁に聞こえてくるのは、救急車のサイレンです。遠く小さく聞こえていたサイレンが、だんだんと大きくなり、近づいたところで、不意に途切れると、ぞくっ、と寒気がして、つい耳を傾けてしまうのです。

 我が街は、50年以上前に大規模開発されて分譲された住宅地ですから、超の付く高齢者が殆んどという街です。救急車のサイレンが、耳をそばだてさせるのは、当然かも知れません。でも、超高齢となった僕の耳には、空耳というのか、それとも地獄耳なのでしょうか、なにか、また、あの恐ろしかった時代につながるような、いや、それよりも遥かに恐ろしい、再び日が昇り明日が来るのが信じられない、闇の破滅に繋がる音響が聞こえるのです。曲名は、「コロナ狂騒曲第Z番」、作曲者はバッハに他なりません。 かつての「コロナを制圧した証しとしての」から、「国民の命や健康を守り、安心安全な東京オリンピック・パラリンピックを・・・」と、完全に守勢に変わった演奏者の手で奏でられる狂騒曲です。しかも、想像を絶する莫大な負の遺産を残して演奏しようというのです。負の遺産を誰に、そう、我々や現役の世代では到底負担しきれない莫大な金額なので、次世代を担う人々、さらに、若い君たちへの遺産として残そうというのだ。

 近代オリンピック精神の創始者と言われるかのピエール ド クーベルタン男爵の言葉にあるように、オリンピック競技大会で重要なことは、参加することであり、充分な準備をして闘う事だが、最も重要なことは、慎重で寛大な人間性なのです。開催直前になって中止の勇断が出来ずにいるのは、あまりにも商業化して肥大になりすぎた悲劇に他なりません。コロナ対策で後手後手を重ねた上に、国民の生命を賭けてオリンピックを強行することは、真のオリンピック精神に悖るのではないのでしょうか。

 さあ、諸君! 今こそ起ちあがろう! 今こそ、君たちが、君たち自信の声で、高らかに、君たちの歌を、歌い上げる時なのですよ!

 これはもう、呟きではなく、叫びです。コロナ、オリンピック、その向こうから、戦争の足音が聞こえてきませんか? 君たちの耳には・・・
 


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海の見る夢 №8 [雑木林の四季]

            海の見る夢
         -夕暮れの子供たちー
               澁澤京子

・・1948年(イスラエルの建国)以降、私たちの存在はずっと軽視されてきた。
                      『パレスチナとは何か』エドワード・サイード

東日本大震災の後、ガザの子供たちが日本の被災者を励ますためにタコを上げている写真をみたことがある。彼等は、震災後のがれきの写真を見て、とても他人事と思えなかったらしい。ガザの子供たちにとって、がれきは日常の風景なので、震災で家を壊された人々にとても共感したのだ。

2014年、最も死傷者の出た空爆の日、パレスチナではちょうど日本の五月の節句の様な子供の祝日で、子供たちが新しいおもちゃを貰える日だったらしい。瓦礫と血の海、焼け焦げたセルロイドのおもちゃがたくさん散乱している報道写真があった。

今回の爆撃は報道機関の入ったビル、そしてまた病院が対象になった(2014年は、病院、水道、電気のインフラが破壊された)今回の空爆で殺されたパレスチナの子供は63人。家を失った人6000人以上。死者は200人以上・・・これって、明らかに国際法に違反しているのでは?アメリカのイラク攻撃と同じ戦争犯罪じゃないの?

どっちもどっちの正義の相対性がまったく通用しない場合がある、ルワンダの虐殺、南アのアパルトヘイト、など。つまり、どちらかがどちらかに、差別、抑圧、強制撤去、拷問、などを日常的に行っていたら、それって明らかに「理不尽」だろう。

今のパレスチナでは南アのアパルトヘイトに似た「理不尽」が行われていると思う。かつて南アでは、汚い手口を使って黒人同志を分裂させコントロールするという、白人支配が続いたが、オスマン帝国瓦解後の英仏による植民地分割、イギリスの三枚舌外交にはじまって以来、紛争の絶えない中東。米軍基地がおかれ・・最初に対ソ連のためにアフガニスタンでビン・ラディンを育て、対イランのためにフセインを支援していたのはアメリカではないか・・ブッシュのイラク攻撃といい、余計中東の混乱をひどくさせているだけで、混乱を収め、統治する能力はまったくないのである・・(CIAという組織の腐敗、無能ぶり。9・11がなぜ起こったかについては『CIA秘録』ティム・ロビンス著に詳しい)

瓦礫と化したガザ空港の写真を見たことがある。1998年、アラファトとビル・クリントン時代に建設されたが、2001年にイスラエルの空爆によって閉鎖。
廃墟となった空港の上には雲ひとつない青空が広がっていて、こうした光景を見ると、旧約聖書の「詩篇」や「ヨブ記」をまるで自分の事のように理解できるのはパレスチナ人ではないか、と思ってしまう。

『パレスチナ音楽日記』という阿部真也さん(指揮者でヴァイオリン奏者)の書いた素晴らしいエッセイがある。パレスチナのエドワード・サイード音楽院でボランティアとしてパレスチナの子供たちに音楽を教えていた時の日記。日記を読み進めるにしたがって、彼がパレスチナの子供たちの影響で次第に変わっていくのがわかる・

・・・パレスチナには才能あふれる子供たちがたくさんいる。でも、才能をあきらめさせる環境もここにはある。子供たちも家族も、一緒にいたいと思っても、それすらかなわない現実がある。-ここの子供たちは、国の状況に悩まされるだけではなく、自分の才能すら見ぬふりをしなければならない、希望すら見て見ぬふりをしなければならない、-それがこの国の現実である・・『パレスチナ音楽日記』

毎晩、爆撃の音で静かに眠ることもできないパレスチナ。爆撃後の、凄惨な光景の中で、ほこりまみれのこどもたちをしょっちゅう目撃しなくてはいけないパレスチナ。阿部さんは、才能があってもそれを育てることのできないパレスチナの酷い現実に何度もくじけそうになる。
しかし、そんな毎日でも子供たちは喜んで楽器を習いに来る。

・・・なんのために学ぶのか。あるパレスチナの子どもは言った。「生きるため」。
彼の国では学ぶことは「お金のため」「地位のため」「よい会社に入るため」の方便になりさがっている、でもここの子供たちは違う。学ぶことは、争いの絶えない日常の中でのわずかな光なのだ。-僕はこの地に来て「生きたい」と強く思うようになった・『パレスチナ音楽日記』

子供たちに音楽を教えているうちに、阿部さんにとっても音楽は「生きること」であり「音を楽しむこと」と変わっていく、そして、今この瞬間を懸命に生きることを、パレスチナの子供たちから次第に学んでいくのだ・・

大人から見たパレスチナの現実は、ガッサン・カナファーニー(36歳で暗殺され死亡)の救いのない小説『ハイファに戻って・太陽の男たち』や、ナージー・アル・アリー(50歳で暗殺され死亡)の『パレスチナに生まれて』に風刺されているような絶望的な状況だろう・

しかし、いつ爆撃で家や家族を失ってもおかしくない過酷な状況の中で、毎日を懸命に生きている子供たちがいる・・パレスチナでは、衣服などはイスラエルの古着しか手に入らない・「断捨離で幸運を呼び込む」とか「引き寄せの法則」とか日本で流行している自己啓発やスピリチュアルは、ここパレスチナにおいてはあまりに軽薄でバカバカしいものになってしまうだろう。

パレスチナの子供は毎日、家族と一緒に平穏な一日を過ごせるだけでも幸福なのであって、さらに音楽を学べることが希望の光なのである・・

パレスチナに比べたらずっと豊かで安全だけど、いじめ、自殺、孤独死の多い日本。おそらく、何が本当の幸福なのか、パレスチナの子供たちの方がずっとよく分かっているんじゃないだろうか?彼等は未来を奪われているために、「~すれば~なる」の手段と目的で生きていない為に、つまり、先のことや結果を考えず、純粋に今この瞬間を懸命に生きているため、誰よりも、光と真実の近くにいる存在じゃないだろうかと思うのである。
また誰よりも、音楽の、そして生の歓びがわかるんじゃないだろうか。

澁澤京子.jpg
「海岸でサッカー遊びをしている時に殺されたパレスチナの子供達」
(イスラエル人アーティストの作品

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梟翁夜話 №88 [雑木林の四季]

「バネ指余話〜ハノンとソルが近い」

           翻訳家  島村泰治

このひと月、HPの記事を書いてゐなかった。先日載せた放談一片を読まれて感想を送ってくれた方の話をしたら、家人が沁みじみとさう云ふのだ。たしかに書いてゐない。それに気づかぬほど、このひと月、この指たちに翻弄し尽くされた。

この指たちとは、左手の中指と薬指、いや専門では環指(かんし)と云ふらしい指の二本だ。これらがばね指とやらになって私の生活パターンを一変させた話は、読者諸賢はすでに先刻ご存知。利き腕の右手は健在で、手書きなら何の不自由もない書きものが、この指たちの不具合ひでキーボードがままならぬと云ふ事態は奇怪至極、遣る瀬ないこと甚だしい。右手一本で事足りた原稿用紙の時代には思ひもよらぬ、何とも切ない有様だ。

One-finger Joeの不便を実体験しながら考えた。

身体の何がなくなったらどうなると云ふ苦労は、現にどれかがなくなって初めて解ることで、人のからだほど融通無碍な仕組みはない。膝を人工関節に替えた時、その辺りは身に沁みてゐた筈の不本意を、この左手の二本の指が不自由になって、またぞろ感じ入るなどはわれながら情けない話だが、膝は膝なりの指は指なりの機能があり、それぞれ損へば斯(か)くなることを悟るにおよび、その融通無碍のほどをじっくり味はった次第。

左手の中指(ちゅうし)と環指、これは云ふなら要(なかめ)指だ。握れない絞れない掴めないは序の口で、まだ腫れが酷かった頃は飯の茶碗も真面(まとも)には持てず、些細なものが摘めない為体(ていたらく)、とても尋常な生活は営めなかった。ましてや楽器扱ひとなれば、この隣り合った二本が故障してはモノが成り立たない。鍵盤はタンバーが不揃ひの上円滑を欠く。それよりも何よりも、痛みが邪魔をして楽興を削ぐ。痛みを堪へて何とか音楽にしやうにもそんなざまだ。当然ながら、楽器弄りができぬ不毛な時間が営々と過ぎる。

ギターとなると致命的で、指が多少なり曲がるようになってもしやとギターを取り上げても、辛うじてネックは抱えるが指が届かぬ。この二本が音づくりの要だから、いかに右手が真面でも「音」が出ない。出てもとても楽音にはならぬ。耐えかねていっとき、暫し弾く真似をしてしこたま懲りた。ギターが弾けなくなる悍(おぞ)ましい可能性を予感して、慌てて楽器を置き、さなかるべしと真面目に祈ったものだ。

そして、ひたすら冷やせしこたま揉めの励ましに素直に応じてほぼひと月、HPの記事書きも疎かに、10回もの通院治療の効果がようやく顕れてやわらかく握れるほどに握力が回復、二本の指たちがほぼ自力で掌に触れるまで曲がるやうになった。主治医からは予想を超へる早期回復を誉められ、リハビリの担当治療士には記録的な回復だと称へられて、いま大いに気をよくしてゐる。

いまや癖にまでになった冷やせ揉めのルーチンは、右手指のバネ化の予防にもなるとのことで、以後左指ともども生活習慣のひとつになるやも知れぬ。いや、それで済むなら大いに結構、須(すべか)らく冷やせ揉めは続ける積りである。ひと月先になる最終診断が吉報で済めばリハビリも完了するはずだ。さらば、ハノンを再開しソルの練習曲も弾き始めるつもりで心待ちしてゐる。

・・・となれば、暫しは専ら冷やせ揉めに励まうか、との心算(こころづもり)だ。




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検証 公団居住60年 №79 [雑木林の四季]

ⅩⅢ 独立行政法人化して都市再生機構に改組
 
     国立市富士見台団地自治会長  多和田栄治

8.賃貸住宅の経営状況
 
 韓貸住宅とその土地の資産
 賃貸住宅資産は住宅、施設、住宅等土地から成る。賃貸住宅および土地資産の規模と価額(資産価額は減価償却累計額を除く)の1991年度、2000年度、2004年6月30日現在との対比は、つぎのとおり。
          (表略))
 ここでよく分からないのは、賃貸住宅戸数の微増にもかかわらず、資産価糊が大幅に増加したことと、賃貸土地は面積の微減に反しほぼ倍増した理由である。
 住宅にかんしては、戸数と新規住宅の床面積の微増のほか、建て替えや住宅リニューアルなどによる住宅資産簿価の引き上げはありうる。そのほか、従前は建設原価を70年償却で回収する方式で家賃を算足したのが、築後40年くらいで建て替え、未償却分を新たな住宅の原価に組み入れ資産価額は上がるともいえるが、比率に表われる程とは思えない。公団の建て替えは、敷地を何十倍にも上がった時価をもとに再評価し、家賃を3倍にも4倍にも引き上げたうえ、高層化して余剰地をつくりだし民間に売却するのがねらいだから、住宅用地の資産価額がはね上がることは考えられる。しかし、それにしても建て替えの建設戸数は全戸数の9.0%にもおよばず、住宅・土地資産の全面的な倍増ともいえる価額急増の説明には到底ならない。
 あと推量すれば、機構へ移行の開始バランスシート上、債務超過にさせないために、賃貸住宅部門以外は資産価額を大幅に引き下げざるをえない状況のもとで、安定的に純利益をあげている賃貸住宅とその用地の資産価額を引き上げるはかなかった、作為ではないか。

 賃貸住宅経営の収入と費用
 賃貸住宅の管理収入は家賃、共益費、施設・倉庫賃貸料などの収入であり、経常費用としては賃貸住宅管理諸費(管理業務費と資産減価償却費)、一般管理費、財務費(支払い利息)がある。先にならって、各年度の損益計算書から1991年度から2004年6月30日現在までの数値をならべてみる。
          (表略))
 バブル崩壊後のこの時期、賃貸住宅の新規建設はほぼ終息していた。公団は家賃の増収を継続家賃のくりかえし値上げと、建て替え、住宅リニューアル等による増収にたよった。91年に第4次、95年に第5次、2000年に第6次、03年には第7次改定と家賃値上げ攻勢をかけてきた。さきの行政監察局報告も「96年度の民間住宅は2年前にくらべ、譲渡価格は75%、家賃は93%に低下しているのに、住都公団の分譲住宅は108%、家賃は107%上昇し民間の価格動向に逆行」と指摘していた。公団収益の柱である家賃収入のこの「安定的な確保」、引き上げが、居住者の生活に具体的にいかなる犠牲を強いているか、公団住宅の性格を歪めてきたかは、ここであらためて述べるまでもない。

 都市公団経営の評価と課題
 都市公団の財務構造と賃貸住宅経営の特徴と問題点をみてきた。その総合的な評価については、1996~2002年の公団経営を分析した山口不二夫論文「都市基盤整備公団の経営分析と土地保有機構、ナショナルトラストセンターへの可能性-三井不動産(株)との比較を通じて」(青山国際政経論集59号、2003年1月)から、総括的な要旨を引用しておく。山口は03年5月の都市機構法審議のさい、わたしとともに衆院国土交通委員会で参考人発言をした。
 ①本業で見た公団の経営は、高い営業利益を出しており、決して不効率ではない。効率である。②とくに効率的で、経営成績に貢献しているのは賃貸部門である。問題点としては、③自己資本比率が極端に低く、④高い営業利益水準を食いつぶす過多の借入による資金調達であり、金利負担が極めて大きい。また調達金利も高利である。96年から02年の分析対象の期間はバブル崩壊後の厳しい不況下の時期で、この時期、三井不動産では資産を整理し資産の健全化を図ることで経営を立て直し、高い経営成績を達成していることとは対照的に、⑤公団は資産を増加させている。それも経営状態の非常によくない都市開発部門で急速に土地の購入が行われている。⑥そのうえ借入過多依存のなかでの借入金による資産の購入である。現状では、ますます金利負担が重くなり、これがまた経営を圧迫することになる。
 借入過多依存型の経営体質の改善と不健全である都市開発部門の見直しが必要である。このような改善なしには、健全で効率的な賃貸部門までもが悪影響を受けてしまう可能性がある。
『検証 公団居住60年』 東信堂


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私の中の一期一会 №237 [雑木林の四季]

「安全・安心の東京五輪開催は可能」と菅首相は記者会見で明言したが・???
~楽天の三木谷浩史会長、「五輪開催は自殺行為」とCNNインタビューニに答える~

      アナウンサー&キャスター  藤田和弘

 千葉県は12日、米国の陸連から「成田市、佐倉市、印西市で行うことで合意していたオリンピック陸上チームの事前合宿を中止したい」と連絡があったことを明らかにした。
 コロナ収束の見通しが全く立たない中で、選手の安全面で懸念が生じたためというのが合宿中止の理由であった。
 ハンガリーの体操選手は、栃木県小山市で事前合宿を行う予定で調整していたが、〝合宿を中止する”と伝えてきた。
 矢板市で事前合宿を計画していたマウンテンバイクやゴルフの選手もキャンセルしてきた。
 ハンガリー側からは3月末に「合宿は中止したい」という連絡を受けていたことも明らかになった。
 まだ出場選手が決まっていない競技もあり、安全面だけでなくスケジュール調整も出来ないのが中止の理由とのこと。
 受け入れ側の栃木県では、他の競技団体の合宿予定もあるため、引続き準備を進めているが〝どうなることやら”と困惑している。
 丸川珠代五輪担当相は14日、五輪に出場する海外選手が日本で調整する事前合宿について「45の自治体がコロナの影響で断念した」と会見で語った。
 32の自治体が〝キャンセルは相手国からの申し入れだった”と説明している。
 まだ何の連絡もないため、こちらからキャンセルしたホストタウンもあったようだが、五輪開催がどうなるのかハッキリしないのが一番良くないと私は思う。
 長野県の岡谷市は1月下旬に早々と「パンデミックで予定が見通せない。事前合宿は自国で行い選手村には早めに入る」とカナダ卓球協会からの〝断りメール”が届いていたと話している。
 岡谷市役所の卓球部は、全日本実業団選手権で2019年までの3年連続8強に進出している強豪チームだ。
 チームの主将は「世界のトップレベルと打ち合えると楽しみにしていたのに・・」と残念がったという。
 卓球の練習施設になる予定だった総合体育館は、いま一部がワクチンの接種会場になったので、「これもコロナ禍かな」と主将はニガ笑いしていたとか・・・
 五輪参加国の殆どは、開催国で事前合宿をするのが一般的だ。
 自国とは気候が違う、時差ボケの解消。食べ慣れた食事の用意などを大会前に調整しておくことは重要だからだ。
 今回はコロナ感染という厄介な危険が収まらないから、どの国も悩みを抱えることになる。
 70日後にやって来る東京オリンピックを予定通り開催出来ると思っている人は、殆どいないのではないか?
 国会で立憲民主党の枝野幸男代表が「国民の命や暮らしと五輪開催の両立は不可能だ」と「中止」を迫ったとき、首相は「主催者はIOC・東京都などで、政府は判断する立場にない」と答えて国民をシラケさせた。
「安全・安心な大会が実現できるよう全力を尽くす」という答弁を何度も繰り返すばかり。
 14日夜の首相会見でも「安心・安全な五輪の開催は可能」と言い切っていた。
 米紙サンフランシスコ・クロニクル電子版が今月3日に「コロナの長期的な大流行のもと、五輪を開催すべきではない」中止を訴えていた。
 スポーツコラムニストが「パンデミックは収束しておらず、終わりに近づいてすらいない。ワクチン接種が順調に進むアメリカでは改善しつつあるが、インドやヨーロッパの一部、南米の多くの国々では深刻な状況が続いている。安全に開催するには時間が足りな過ぎる」と怒っている。
 IOCのトーマス・バッハ会長を「ぼったくり男爵」と酷評して、「日本よ,IOCにダマされるな!」と警告したのは有力紙ワシントン・ポストだ。
「バッハは〝ぼったくり男爵”として知られている男だ。開催国を食い物にする悪い癖がある。多額の開催費用を開催国に押しつけている。彼が五輪を強行開催する主な理由はカネしかない」
 そのバッハ会長は今月半ばに日本を訪れ、広島で聖火リレーの式典に参加する筈だった。
 しかし、東京、大阪、京都、兵庫に出ていた宣言が31日迄延期になり、愛知、福岡の追加もあったりしたせいか〝宣言中の訪日は困難”と判断、6月に延期となった。
 茨城県の大井川和彦知事は、組織委員会から「選手や関係者が感染した際、受け入れ専用病床の確保を求められたが、県民より選手を優先することは出来ない」として断ったことを明らかにした。
 安全・安心と言いながら、「感染者を受け入れてくれ」なんて・・よく言えたものだ。
 大井川知事は、五輪開催の是非についても「必ずやらなければいけないことではない。状況に応じて中止の判断もあり得る」と発言している。
 大阪府が陥っている医療崩壊寸前の状況が現実としてあるのに五輪を開催するなんて〝正気の沙汰”とは思えない。
 14日に米・CNNの単独インタビューに応じた楽天の三木谷浩史会長は「日本がこの夏、東京五輪を開催するのは自殺行為に等しい」という認識を示し「中止」を訴えた。
 三木谷氏は、日本政府のコロナ対応について〝10点満点で、2点しかつけられない”と低い評価を下している。
 医療崩壊や企業倒産など惨状ともとれるコロナ禍の中で、世界中から多くの参加者が入国してくる大規模なスポーツ・イベントを開催するなんて危険極まりないという訳だ。
 メリットは少なく、リスクは大きく・・・
 インドやブラジルをはじめ、多くの国々は今もコロナに苦しみ続けている。
 今の状況で、五輪を安全に開催するのは容易なことではない。
 三木谷会長は、国を挙げてスポーツイベントを祝う時期ではないと言いたかったのではないだろうか。
 ソフトバンクの孫正義社長も、米・CNBCに対し、「日本と他国、双方の状況を踏まえると五輪が予定通り開催されることを〝恐れている”と発言した。
 企業経営者や自治体の長から「五輪中止」の声が上がり始めている。
 元日弁連会長の宇都宮健児氏が会見して、5日から東京五輪の開催中止を求める署名運動を行い、14日午前までに35万1868名の署名が集まったと報告した。
 宇都宮氏は「世界中の人々が心から歓迎できる環境でのオリンピックなら良いが、現在はそういう状況ではない。コロナ禍で医療が逼迫している。
 この状況で五輪を開催すれば、貴重な医療を大会のために割かなければならなくなる」として、小池都知事がIOCに、主催国として中止を働きかけるべきだと呼びかけた。
 宇都宮氏は、IOCが組織委に中止の賠償を請求したら、IOCは世界から袋叩きにあうだろうと付け加えているが・・・
 時事通信が行った最新の世論調査によると、菅内閣の支持率は32.2%と大きく落ち込んだ。
 前月比4.4ポイント減である。
 不支持は、6.9ポイントも増えて、44,6%となった、
 これで5カ月連続で、不支持が支持を上回ったことになる。
 現在、発令中の緊急事態宣言は延長して、愛知と福岡の両県絵を追加した。
 菅政権のコロナ対応を「評価しない」は、前月比11.6ポイント増の64.6%。
 「評価する」は8.9ポイント下がって17.6%。
 ワクチンの遅れについては
 「大いに不満」・・・39.5%
 「多少不満」・・・・34.9%
 「あまり不満なし」・18.4%であった。
 自民党幹部のコメント。
 「首相は、自分が直々に指示したのだから7月末に高齢者のワクチン接種は終了する思い込んでいる。
 支持率の低下はワクチン接種が進まないことが大きい。
 変異種による感染拡大は長引く気配だ。
 東京五輪は無観客で開催しても「失敗五輪」と世界からあざけりがくる。
  彼に次の目はない」・・・


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浜田山通信 №287 [雑木林の四季]

「これでおしまい」の篠田桃江さん

       ジャーナリスト  野村勝美

 パンデミックの新型コロナ騒動はますます脅威をふるっていて、とくに大阪や福岡では手がつけられない状態らしい。TVは連日、その驚異を報道するが、これといった対策も立てられず、いまだにワクチン接種もままならない。毎日家に閉じこもって、コロナノイローゼ状態だ。そんな時、何をのんきなといわれるかもしれないが、年寄りにぜひ勧めたい本があるので紹介する。三月一日に百七歳で亡くなった書家の篠田桃紅さんの「これでおしまい」である。
 「人生というのは、長く生きてきたけれど、何もわかりませんよ。こうしてただ生きてきたんだと思うだけで。でもそれでいいと思う。この百余年ばかりこの世に生きて、この宇宙、人生、そういったものをわかろうなんて思ったって、そりゃあ無理です。」前書きでいきなりそう言われると、そりゃそうですねとうなずくしかない。なにしろ百七歳、わたしがその年になるまで十五年以上ある。なんとか生き延びるとしても、いまでさえ怪しいのに、ボケずに生きながらえられるわけがない。だが現実に百七歳まで生きた世界的美術家の「人生の言葉」は重い。重くておもしろい。一行一行読む者の胸にずしんとくる。
 本書は「ことば篇」と「人生篇」にわかれている。とくに前半の「ことば篇」が有益だ。「人は、ああこれで満足したってことはあり得ないのね。ああ嬉しい、ああこれでこの世に望みはない、ああ良かったって言っている人いるかしら。この世は真に満足なんて得られっこないのよ」「人間は死ぬまで一生迷路に入っているんです。迷いと、自ずからなんとかなるだろうという楽観的な考え方とがいつもやり合っている」「人間というのは、自分の本体とは別に、自分を横から見ている自分がいるのよね。自分はこれでいいんだろうか、なんて考えちゃう。それが人間よ。だから苦労がつきないのよ」「幸福なんてものは主観ですから、客観的な幸福なんてものはないですよ」
 こんな引用をしていたら全文紹介になってしまうが、批評のしようがない、文句のつけようがない先輩の文章だから仕方がない。
 「女の人が一人で生きていたらかわいそうだなんてとんでもないわよ。日本の男の人って本当にうぬぼれていると思った。一人でいることを哀れなこととして見ていますよ。人が人を幸せにし得るなんて無理、幻想です」「一切を受け止めておく。それが人生を渡るのに上等まではいかないけど、まあまあ無難な生き方かもね」「なんでも良いほうに解釈する。良いほうに解釈している人に感謝していると、自分自身も幸せな気分になれますよ。愚痴もなくなるし」
 「人生篇」は著者の思い出を編集部がインタビューしてまとめたもので、大正の少女時代から始まって昭和初期、戦時中、戦後、渡米、世界的美術家になるまでが描かれている。「桃紅」の命名物語がおもしろい。



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BS-TBS番組情報 №234 [雑木林の四季]

BS-TBS 2021年5月のおすすめ番組(下)

                BS-TBS広報宣伝部

博物館の車、走らせます!
想い出よ甦れ!名車が紡ぐ感動物語

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2021年5月22日(土)よる7:00~8:54

★あの頃憧れたあの名車…再び公道で走らせます!
出演:山口智充

子どもの頃に出会い、憧れ、いつかは手に入れたいと願った名車たち。
そんな車に今も出会える場所が「博物館」だ。
だが、展示されている名車たちは、普段は動くことはなく、ただ静かにたたずむのみ…。
「もう一度、公道を走っている姿が見たい!」そんな、名車を愛する人や、かつての所有者たちの願いを叶えるべく、番組企画が始動!
博物館との交渉、いざ動かそうとすると判明する不具合…。
それらを乗り越え、名車たちが博物館を飛び出し、公道を颯爽と走る姿は、まさに感動の一言!
MCをつとめるのは、旧車をこよなく愛する山口智充。

▽亡き夫が愛した名車「メッサーシュミット」
ご主人の遺言で車を伊香保「おもちゃと人形自動車博物館」に寄贈することが決まっている広島県在住のご婦人。亡くなったご主人の愛車は、旧西ドイツ製のキャビンスクーター「メッサーシュミット」。今は動くかわからないというメッサーシュミットは、もういちど公道を走ることができるのか!?
▽湯布院「九州自動車歴史館」に展示中の「ダットサン フェアレディ」
日産フェアレディZの源流として知られる名車「ダットサン フェアレディ」。日産のエンジニアだった方から寄贈を受け、現在は湯布院の「九州自動車歴史館」に展示中。今回は、寄贈者の「走っているところをもう一度見たい!」という願いを叶えるべく、車の修理をすることに…。
▽車庫に眠る1964年東京五輪の聖火リレー伴走車「プリンス グロリア」
1964年の東京オリンピックの聖火リレーを国立競技場まで伴走した95台の「プリンス グロリア」。かつては博物館で展示されていたが、現在はどこにもない。車の行方を追ったところ、現存するただ一台を千葉県香取市で発見。「プリンス グロリア」は、再び公道走ることができるのか!?

自給自足ってどうですか?~幸せのヒントを探ってみた~

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2021年5月29日(土)よる7:00~8:54

★「自給自足生活」のリアルに迫る第2弾!
出演:田中直樹(ココリコ)、江藤愛(TBSアナウンサー)

暮らしに必要なものを自分でまかなう=「自給自足」。そのシンプルな生き方に今、注目が集まっています。新型コロナウイルスの影響による外出自粛をきっかけに家庭菜園に取り組む人が急増!「お金」や「仕事」、「将来」への不安が渦巻く今、多くの人が、スローライフに目を向けています。誰もが一度は憧れる自然と共生する暮らし。ですが、「これだけ便利になった時代に、そんなことできるの?」という疑問を持つ方も多いはず。この番組では、「自給自足」を実践している人を訪ねてご紹介。食生活や電気ガスといったエネルギー事情、子育てや生計の立て方など、その暮らしぶりに密着する第2弾!第1弾の3組に続き、今回も3組の「自給自足ビト」を取材し、今の生活を始めたきっかけや、暮らしで大切にしていること、悩みや夢についても聞きながら、「自給自足生活」を通して「本当に幸せな生き方って?」を探っていきます。

▽子どもがたくましく育つ里山の家族/京都府南丹市
京都府南丹市で夫婦と子ども4人で自給自足生活をする小濱さん(40歳)ご一家。ミュージシャンとしてライブ活動をするほか、専門学校でボーカル講師をしていた小濱さん。4年前までは大阪で都会暮らしをしていたが、子どもが生まれたことをきっかけに移住を模索。築120年の古民家の家賃は2万円、食料の自給率はほぼ100%という。小濱さん一家の暮らしぶりを紹介!
▽里山を守る凄腕女性ハンター/神奈川県南足柄市
南足柄市で自給自足生活を送る女性猟師、田坂さん(36歳)。築100年以上の古民家に子ども二人と9頭の犬たちと暮らす。犬が好きで犬と一緒にいられる仕事として、6年前に狩猟免許を取得。根っからのアウトドア派で、山に通う時間ももったいないと2年前に南足柄市に移住。女性ハンターの団体の代表もつとめる田坂さんの猟や解体の現場に同行する。
▽“自給自足の島”を守る若き海士(あま)/佐賀県唐津市
佐賀県唐津市の北に浮かぶ島「松島」は、東京ドーム13個分の広さに島民56人。祖父、父の仕事を継ぎ、海士として生計をたてる宗さん(26歳)の自給自足生活に密着。近年若い世代の移住が少しずつ増え、その多くが何かしら食料の自給を行っているという「自給自足の島」の生活とは?

氷川きよし20周年記念特番

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2021年5月21日(金)よる9:00~10:54

★デビュー20年を記念して氷川きよしが、自身のヒット曲や原点となった名曲の数々を歌い尽くす!
出演:氷川きよし
司会:徳光和夫

2020年2月でデビュー20年を迎える氷川きよしさんが、感謝の気持ちを込めて歌い、語る2時間スペシャル!
『箱根八里の半次郎』といったヒット曲をはじめ、氷川さん自身が見て、聞いて、歌ってきた日本の名曲の数々も盛り込んだ超豪華版。司会は、氷川さんと親交の深い徳光和夫さんが担当。氷川さんから20年の貴重な経験談を引き出していただきます。歌では、徳光さんのリクエストも交えながら美空ひばりさんや、美輪明宏さんの名曲もカバー。情感たっぷりに歌い上げる氷川さんの歌に引き込まれます。
さまざまな経験を重ねて来た歌手・氷川きよしの“原点”が浮き彫りに!

♪箱根八里の半次郎、♪きよしのズンドコ節、♪みだれ髪(美空ひばりカバー)、♪ヨイトマケの唄(美輪明宏カバー)、♪櫻、♪最後の雨(中西保志カバー)、♪SWEET MEMORIES(松田聖子カバー)、♪恋人よ(五輪真弓カバー)、♪大丈夫
※初回放送:2019年12月6日




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バルタンの呟き №97 [雑木林の四季]

「大丈夫ですか?」

       映画監督  飯島敏宏

これは決して菅総理大臣に申し上げているのでもありませんし、全国の知事さんに申し上げようというのではありません。近頃の日本語の変わり方について、呟かせて頂く心算なのです。もっとも、すでに充分高齢で、基礎疾患もあり、人との接触も完全に断ち切りがたい僕としては、いま最大の関心事として、総理はじめ各担当大臣に「ワクチン、本当に、オリンピックまでに、大丈夫なんでしょうか?」とお聞きしたい気持ちは十分にあるのですが・・・いやいや、それよりも、本当にお聞きしたいのは、そもそも、そのオリンピックが、大丈夫、安心、安全な形で実行出来るのでしょうか?という事でもあるのです。現に、今日あたりの新聞、テレビでは、東京オリンピック・パラリンピックの聖火リレーが、現在何処を走っているのか、全く報道されていませんし、テスト大会にしても、そもそもデザイン全取り換えという事態から始まってから、数年にわたる数々の紆余曲折を経て、漸く出来上がった立派なメイン・スタジアムが、何のお披露目もなく、まるで合成画面のように見えてしまうガランとした客席スタンドを背景に、「選手を優先してワクチン接種」の是非が云々されるままに登場した候補選手たちが、僕のような素人が、「マスクしなくて大丈夫なのかな」と案じられるほど、至近ディスタンスで、スタートラインに並び、準備運動と深呼吸!の後に、スタート、静寂のなかで実況アナウンスばかりが高揚したレースを終え、お互いが抱擁したり肩を叩きあうことはなくとも、大丈夫かな、と思うほど至近で、ハアハア荒い息をしながら、お互いを称賛するしぐさを見せて、さて、勝者インタビューでも、なんとなく、この場、この状況で、2か月後に迫る東京オリンピックに向けて、堂々抱負を述べて大丈夫かな、と少なからず遠慮がちな風情を見せていたのです。本大会が、無観客でも大丈夫盛り上がる大会になるかどうか、総理大臣がいかなる質問への答えでも連呼するように、「国民の皆さんの命と健康を守る安心安全な東京オリンピック・パラリンピック」が、大丈夫ほんとうに行われるのだろうかと、僕などが心配しなくても大丈夫なのでしょうけれども・・・

 今朝、わが街の、早朝ラジオ体操会、結構広い公園で、ちょっとしたトラックが大丈夫取れるほどのグランドを、ぐるりと囲んだ桜の樹々の木陰で、紫外線や黄砂の心配は大丈夫なものの、ラジオから流れる「大丈夫ですか? お互い安全な間隔を充分にとって、ハイ、深く息を吸って、吐いて!」の呼び声に、「ウチの会は、市の公園課からの認可を受けているのだから大丈夫です、緊急事態宣言が延長強化されても大丈夫」と自認して太鼓判を押す会長さんが、「皆さんが心配は大丈夫、安心安全は確保されている」と言いながらも、第二体操まで、果たして、会場の全員が、息を荒げても大丈夫なディスタンスをとっているか、マスクを外す不徳義な人物は大丈夫か」と終始目を配りながらの15分が、大丈夫終了した後で、
(息子達に、お父さんたちのラジオ体操会、大丈夫? 陽性の人大丈夫なの?といわれているけど、これなら大丈夫のようだな)と思いつつ帰りかけたところを、僕よりも年かさの元新聞記者の方に呼び止められて、
「いやあ、全く近ごろの言葉遣いのでたらめさには参ってしまうよ。昨日、ファミレスで食事し終わったところで、お茶の方(ほう)方は大丈夫ですか?と言われて、ん?と、答えに詰まっちゃったんですよ。飲んでも大丈夫か?と聞かれているのか、今すぐ持ってきても大丈夫なのか?アレルギーが大丈夫なのか、一体なにを聞かれているのかと思ったら、結局、要らないのか、という事だったらしいんですがね。やばいぞこれは、近ごろ、だいぶボケが進んで来ているんで大丈夫かなと思ったんですよ。そういえば、ヤバイって言葉も、最近は、いろいろあるようですねえ、いいぞとか、おいしいとか、病みつきになりそうだとか・・・」
とおっしゃったので、
「まだまだ十分大丈夫ですよ。それだけの語彙をお使いになれるのなら」
と申し上げた、というだけの呟きなのですが、しかし、東京オリンピックは、どっちの大丈夫なんでしょうか、このままのコロナ感染状況のまま行われても大丈夫安心安全なのか、中止しても大丈夫なのか・・・それよりも、大丈夫なんでしょうか、この国は・・・





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医史跡を巡る旅 №88 [雑木林の四季]

江戸のコレラ~安政五年 再び富士宮、吉原宿と原宿

         保健衛生監視員  小川 雄

1回お休みしてしまいました。
前回の記事の時点、一月前に比べて新型コロナウイルス感染状況も、ワクチン接種状況も全く好転していません。それどころか、まん延防止等重点措置は全く功を奏さず、遅かれ早かれとは思っていましたが、3度目の緊急事態宣言が発令され、そして延長され、対象地域は拡大されました。
拡大状況としては、関西圏、首都圏ばかりでなく全国的に感染者が増加し、更に変異株の占める割合が増え、呼応するかのように重症者も過去最高を更新しています。
次回は、ひとつでも明るい見通しを書ければよいのですが…(死亡フラグ?)

あだしごとはさておき。
安政5年(1808)の駿州大宮、現在の静岡県富士宮市のお話の続きです。
相次ぐ大地震などの天災に加え、西欧諸国からの頻繁な砲艦外交と、その軍艦が持ち込んだ疫病。為政者はほぼ無策で、とった対応も後手後手。新興感染症に対して医療は無力で、予防のための正確な情報も伝わらない。庶民は流言飛語に惑わされ、ただ右往左往するばかり。
いや、今の話ではないです。200年も前のことですが、とても現在の状況とよく似ていることに驚かされます。

「駿州大宮町横関本家 袖日記」

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「駿州大宮町横関本家 袖日記」 ~富士宮市教育委員会刊行

庶民の記録は、巷の噂をそのまま記しているので多少大げさだったり、真否で言ってしまえば間違っていたりすることもありますが、身の丈であり、迫真力に溢れています。なにより公の記録に比べて改竄や忖度はありません。
引用している「袖日記」は、富士宮市大宮の酒屋、横関家に残されているもので、九代弥兵衛が記したものです。富士宮は東海道からは外れていますが富士川の渡しの控え、そして東海道から甲州に抜ける街道の宿として、さらに富士登山口とともに浅間神社の門前町として栄えました。

前回までに近隣でのコレラの流行拡大に伴い、「くだ狐」や「千年モグラ」といった攘夷的発想に基づくデマゴギーの流布と、その結果導かれた「大口真神」という強力な信仰対象の勧請までをご紹介しました。この一連のプロセスは、この後ご紹介する各地の状況に共通するものです。実はこの流れにはもう一段、流行拡大とともに、まずは日頃信心する神仏を頼る、という過程があります。

「浅間大社 大鳥居」

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「浅間大社 大鳥居」 ~静岡県富士宮市宮町

袖日記の8月2日の記載に、以下の一文があります。

八月二日甲辰 五黄 晴天 蒸
今日丁内中浅間様へ御詣り
「今夜丁内〆切題目。往来に坐して三カ所ニて唱ル
「朔日夜 夜前いづミヤ又兵衛殿妻およし殿 流行病ニて死去
「田宿ゟ(より)今日葬式二ツ通る (略)
夕方もみきり治助死去 年四十才 (略)
「新ヤ下男病気センキ 天間ゟ迎ニ来駕ごニて行
「川原宿孫右衛門殿母死去
「西新町ニて石伺ひ源右エ門老人死去 (略)

富士宮市の名前の通り、市の中心部には富士山本宮浅間大社があります。活火山である富士山を鎮めるために、坂上田村麻呂が大同元年(806)、この地に社殿を営んだと伝えられる大変由緒と歴史のある神社です。富士山信仰の広まりとともに、全国に富士浅間神社がありますが、こちらが起源とされます。

「浅間大社 本殿」

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「浅間大社 本殿」 ~静岡県富士宮市宮町

これだけ大きな神社が近くにあるわけですから、まずはこちらを奉ずるのが心情というものでしょう。さらに町内総出で、路上において題目、南無妙法蓮華経も唱えます。ところが相手は手強い新興の感染症。続く同日の記載には延々と訃報が書き綴られます。

「庚申塔 安政五年」

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「庚申塔 安政五年」 ~静岡県富士宮市

また数日後にはこう綴られています。

八月七日己酉 九紫 曇
「丁内道祖神を祭 御宮繕ひニ付百文遣ス。(後略)

道祖神を祀る風習は各地にありますが、中部から関東にかけて多く見られ、特にここ富士宮には実に多くの道祖神が現存します。確認されたその数395基。形状も多彩で、達磨に似た形状の自然石を用いたおでこ道祖神、男女両神が徳利と杯を持つ祝言道祖神など、この地域に独特な形状のものがあります。
道の神として旅路の安全を、さらに辻々で外部から疫病を始めとする災いが侵入するのを防ぐ塞の神として、また夫婦円満や子孫繁栄の福神として人々に崇められた道祖神ですが、とくに疫病の流行時には集落を疫病神から護る役割を期待されました。
富士宮市内には、安政五年に建立された道祖神が何基かあり、コレラ流行の鎮静と犠牲者への慰霊をこめて新たに建てられた可能性があります。

さて、東海道筋に戻って東上を続けましょう。
袖日記の中でも度々触れられている吉原宿では、特にコレラ患者の発生が多く韮山代官所に残された記録では、人口二千人余りのうち、およそ一割に当たる213人が病死したと記録されています。残念なことに、吉原にはこの災厄に関する記録が残されていません。吉原宿自体が海岸に近く、津波や高潮、台風にたびたび襲われたため、記録が散逸してしまったのかもしれません。ただ6月に、山車や神輿を繰り出す吉原祇園祭が盛大に行われます。もともと祇園祭は疫病退散を目的として行われるお祭りです。

吉原宿の隣が、原宿。大きな被害を出した吉原宿に近いので、さぞかし悲惨な状況だったかと思ったら、意外な事実が判明します。
原宿問屋渡辺八郎左衛門が残した日記を参照して、大宮町同様プロセスを追ってみます。ちなみにここでいう問屋とは、商人の意味ではなく、宿場における責任者を指します。

「原宿問屋渡辺八郎左衛門日記」

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「原宿問屋渡辺八郎左衛門日記」 ~沼津資料集成6 沼津市立駿河図書館刊行

八朔癸卯 晴
(略)俗ニ曰三日ころりと言難病流行致東西吉原加島邊沼津邊伊豆相模え掛死去人数多御座候処當驛之儀ハ幸ニ免れ候ニ付當七月廿八日夜より東西両町ニて産神賽前ニ真木を篝ニ焚、行燈掛祭禮同様ニ町内中参詣いたし候附て夕刻より町内念佛講中百萬遍繰廻り夜ニ入題目信者講中大勢昌源寺御真筆御参町内中太鼓打題目修行之事

「浅間神社 参道」

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「浅間神社 参道」 ~静岡県沼津市原

「産神」とは、浅間神社のことと考えられます。原宿は東町と西町にわかれており、宿の産土神たる浅間神社はそれぞれの町の氏子から成り立っていました。迫りくる疫病の噂に浮足立ち、慌てて地の神の祭礼を行おうとするジタバタがよくわかります。

「浅間神社」

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「浅間神社」 ~静岡県沼津市原

ちなみにこちらの浅間神社、東海道に背を向けて立っています。これはもともと集落のあった場所がこの社の正面、東海道線の海側にあったからと考えられます。
さらに神社詣でばかりでなく、昌源寺の講中が太鼓を打ち鳴らし、南妙法蓮華経を唱えながら練り歩くさまが記されます。

「昌原寺」

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「昌原寺」 ~静岡県沼津市原

二日甲辰霽
夕刻より念佛同断夜ニ入題目講中同様之事また西念寺隠居念佛講中引連犬道修行之事

「西念寺」

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「西念寺」 ~静岡県沼津市原

翌日には昌源寺近くの西念寺も加わります。先のプロセス、「日頃信心する神仏を頼る」には祭礼を執り行い、神輿を担ぎだして町内を練り歩き、祭囃子を囃し立てる、あるいは念仏や題目を唱えて練り歩くという行為が含まれます。騒ぎ立てて、疫病神を追い出すという尤もらしい理屈をこじつけますが、疫病を恐れ、息を潜めて閉じこもっていた民衆の鬱憤が一気に爆発したものとも言えます。現在まさに繁華街で見られる、自粛疲れの反動での路上飲みのバカ騒ぎと共通するものがあります。

ところが六日になると「吉原宿之流行変病誠ニ多く候」と伝わり、街道の人流にも影響が出てきます。天候不順も重なり、通常ではあまり大名家が宿泊しない原宿も、受け入れざるを得なくなります。これが後に不幸を呼びます。

八日庚戌晴
(略)御大老伊井掃部守様御家中例之変病ニて東町ちゃわんや喜兵衛方ニ泊り候一件ニて八ツ時頃引取申候

いよいよ宿場内にも感染者が入ってきました。従来の神仏にすがるだけでは不安な民衆は、新らたな力を求めます。大宮町同様にお犬様のご登場を願うこととなります。

十三日乙卯晴
町内一同より武州三峰山え代参遣し申候権右衛門源兵衛両人出立致し候

ところがいよいよ住人の中から犠牲者が出ます。

十七日己未曇五ツ半時より晴
(略)ふじや縫右衛門殿方格兵衛殿死去題目講中一人も立會不申尤も親類も同断之よし雲助弐人え金壱両ツゝ与ヘ取形付爲致候趣哀れ之事ニ御座候

故人は題目講中に加わっていたようですが、弔いにはその講中からは誰も参加せず、親戚も寄らず、雲助に金で頼んで取り片付けさせたことが、あまりにも哀れであると綴ります。昨今の新型コロナで亡くなった方の葬儀を彷彿とさせる記述です。

几帳面な人々がいたおかげで記録がつくられ、代々その記録を受け継いだ人々がいて、それを郷土史家が明らかにしてくれる。これも立派な「歴史」です。そして歴史は多くの教訓と示唆に富んでいます。
ドイツの鉄血宰相ビスマルクは、「愚者は自分の経験に学び、賢者は他人の経験(歴史)に学ぶ」と述べたそうですが、経験にも歴史にも学ばずに、失敗を繰り返す者のことを何と呼べばよいのでしょうか。


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海の見る夢 №7 [雑木林の四季]

       海の見る夢
         ―美しい図書館―
               澁澤京子

 最近は、世界中の図書館の写真集『美しい図書館』があったりして、本好きの私はうれしい。リオの幻想図書館、チェコの古い修道院がそのまま図書館になっているもの、トルコのクルスス図書館など、行ってみたくなるような図書館ばかり。今は遺跡が残っているだけのアレクサンドリア図書館、(前285~)アレクサンドリア図書館には全国からやってくる哲学者、詩人のために宿泊施設もあったらしい、幻のバビロニア巨大図書館(前605~)など、図書館というのは何てロマンティックなんだろうか。

私の憧れは図書室のある家に住むことで、一階がサロン、二階が寝室と居間、三階がすべて図書室というモンテーニュの家が理想だったが、夢はかなわず、今は、所狭しと積まれた本の間にかろうじてベッドがある、という部屋に住んでいる。

モンテーニュはグローバルな視点を持った、懐疑主義者。しかも自分の地位の高さと自分を決して同一視しない謙虚な賢い人で、さぞかし政治家としても非常にバランスのとれた人徳のある人だったんだろう、と思うのだ。海を越えてやってきた南米のインディオに対面して、フランスの文明がインディオの世界を汚すのでは?と心配し、彼等を野蛮というフランス人に対しては、野蛮なのは私たち(フランス人)のほうではないか、と批判している。文化の違う人間に対しても、相手の目線に柔軟にあわせることもできたのだ。

目的のためなら手段選ばずのマキャベリズムには反対し、政治家にありがちな腹黒さ、二枚舌、卑劣は断固として拒否し、あくまで誠実で正直であることを大切にしたモンテーニュ。

モンテーニュの親友のエティエンヌ・ド・ラ・ボエシはモンテーニュと同じような洗練された教養人で、その『自発的隷従論』は今読んでも新しい。まだ10代半ばの若者の書いた鋭い社会批判は、今の私たちにも十分通用するのだ。

・・あなたがたが身を粉にして働いても、それは結局、敵が贅沢にふけり、不潔でいやしい快楽に溺れるのを助長するだけなのだ・・

(私たちの税金は無能な政治家や官僚によって無駄遣いされているということ)

・・ローマの圧政者たちは、また別の手口を思いついた。民衆十人隊をおりにつれ、饗応することで・・

(これは某政治家がマスコミにご馳走したやり方にそっくり、圧制者はあれやこれやの詐術で民衆を騙して悪事を隠そうとする)

・・われらの王たちはフランスのあちこちにその種のよく分からないものをまき散らした.ヒキガエル、ユリの花、聖瓶・・『自発的隷従論』

(権力者は自らを権威づけしてブランド化するために権威の象徴を作ってまき散らす。そして大衆はそういったものをやたら有難がる)

無能だったり悪党だったりする君主の権力の濫用は、それに奴隷の様に従順に従って支持したり、有難がったり、簡単に詐術に引っかかる私たち民衆に問題があるというもので、16世紀に一人の少年によって書かれた『自発的隷従論』は、今読んでも新鮮なのだ。

圧政者をつぶすひとつの解決策として、「友愛」をあげていて、つまり支配被支配の縦の関係より、民衆の横の連帯を、と言うものも、今でも有効な解決策なのである。(今でいうとデモ・市民運動だろう)

ラ・ボエシは33歳の若さで、モンテーニュに看取られて亡くなった。

なぜ人間は権威や力に弱く、支配被支配を好むかというと、おそらく縦の人間関係はサル社会に近いからじゃないかと私は考える、つまり横の平等な連帯、「友愛」よりも支配被支配の縦の関係のほうが、ボス猿を中心に形成されるサルの世界にそっくりではないか。

サルは自分より上位のサルには頭が上がらず、自分より弱いサルに対しては威嚇したり命令したり・・サルの社会は支配被支配の社会。サルは力のあるものに従うのが好きだ。

また、サルは自分の餌を多くとるためには仲間を騙したりポーカーフェイスもするらしい。

詐欺師も、独裁者も、へつらいも威嚇も、自己保身に走る大衆も、サル社会に皆存在するのは力によって順位の決まる社会だからだろう。人が優劣にこだわるのも、もしかしたらサル社会の名残であって、つまり、サル社会には、人間社会の悪の萌芽のようなものがすでに存在するということだ・・

昔、パートに初めて出た時、そこには意地の悪そうなおばさんが一人いて威張っていた。他人のミスを見つけるとわざと大声で注意したり、人の陰口もすごいのである。彼女の周囲には、彼女をおだてたりちやほやする人ばかり集まっていたが、あれもサル社会の支配被支配の一形態だろう・・(その後、私が彼女の目の敵にされたのは言うまでもない・・)

狡猾で、平気で他を騙し、臆病で自己保身が強く、自分の事しか考えられず、周囲の影響を受けやすく、威張るか隷従するかの支配被支配の関係しか持てないのがサル社会の特徴であるのに対し、率直で正直であり、自己保身に走らず誠実な態度を取り、自分自身をしっかり持っていて、誰とでも対等につきあえるし誰に対してもフェアな態度がとれる・・そうした性質のほうが洗練された、人間らしさといえよう。

ボス猿のやり方に抵抗して、デモや市民運動を始めるサルっているだろうか?

サルやカラスは知能が発達しているので他の動物をからかったり嘲笑したりはするが(うちの犬はよく庭でカラスに嘲笑されていた)、自嘲のできるカラスやサルはいるだろうか。

人はサルと違って、平気で環境を破壊する。しかしまた、破壊された環境を何とかしようと自分たちのやってきたことを反省できるのも人だけなのだ・・・

自身に正直に向かいあうことができて、反省や内省ができるのが人間なのだ・・

『パブリック・図書館の奇跡』という映画が面白かった。図書館の閉館時間が来て、図書館に温もりを求めて集まってきたホームレスたちを凍死者の出る厳寒の戸外に抛り出すことができず、たった一人で市や警察に抵抗してホームレスを保護した図書館員の話。ある新聞記事をヒントに作られた映画だそうだけど、アメリカにはそういう勇敢な図書館員がいてもおかしくないな、と思ったのである。何しろ『市民的不服従』H.ソローの国だからだ。

映画の中で、「・・図書館は民主主義の最後の砦。」と言うセリフがあった、誰にでも開かれたオープンなスペースだし、誰でも平等に自由に本が読めるからだ。

本を読む。たった一冊の本を読むことによって、人が救われることだってあるのだ・・

図書館を包囲した警察の説得に応じる代わりに、図書館員が「怒りの葡萄」の一節を朗読するシーンが素晴らしい。スタインベックの文章ってなんて美しいのだろう、まるで音楽のように・・

・・ひとびとの目には敗北の色が濃かった。飢えた人々の目には募る怒りがあった。ひとびとの心の奥底で、憤りの葡萄があふれんばかりにたわわに実り、ずっしりと育って、刈おさめの季を迎えようとしていた。・・・『怒りの葡萄』スタインベック

私たち一人ひとりがしっかりと自分を持ち、社会に関心を持って声を上げて抵抗しない限り、世界は何時まで経っても変わらない・・それどころか破滅の道をこのまま突き進んでしまうかもしれないと危機感を持っている。



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