SSブログ
雑木林の四季 ブログトップ
前の20件 | -

私の中の一期一会 №235 [雑木林の四季]

  松山英樹が〝マスターズを制覇”、日本人でも海外メジャーで勝てることを実践した
  ~日本人で初めて手にしたグリーンジャケットは「マスターズの重圧」に耐えた証だ~

           アナウンサー&キャスター  藤田和弘

 米男子ゴルフのメジャー大会,第85回マスターズ・トーナメントの最終ラウンドが11日、ジョージア州のオーガスタ・ナショナルGCで行われた。
 2位に4打差の単独首位でスタートした松山英樹は、4バーディ、5ボギーの73と後半苦戦したものの、通算10アンダーの278で回り〝日本男子初の海外メジャー優勝”という歴史的な偉業を成し遂げた。
 松山は2017年8月以来4年振りに、アメリカツアー6勝目を挙げたことになる。
 日本中が朝早くからこの朗報に湧き、涙と興奮に包まれたのである。
 11日の深夜から生中継で、〝松山英樹のマスターズ初制覇成るか?”の激闘を伝えたTBSの「マスターズゴルフ2021」は、最終日の平均視聴率が12.1%だったことが分かった。
 スポニチアネックスの記事によれば、1976年に始まったマスターズ生中継では、歴代最高の記録である。
 瞬間最高視聴率は月曜日の午前8時5分にマークした17.7%だった。
 8時3分、すでに優勝を決めた松山が移動する姿が映し出され、その後ウイニング・パットのシーンがリプレーされていた。
 ニュース速報で松山の優勝を知って人が、急いでチャンネルをTBSに合わせたのかも知れない。
 月曜日は未明から日本中で、松山英樹の苦闘をハラハラしながら見守っていた人が多かったことが分る。
 実は、私もその中の一人であった。
 2019年に渋野日向子がAIG全英女子オープンに勝った時、寝ないでテレビを見ていたから、私はあのウイニングパットと共に〝シブ子の笑顔を”見ることが出来たのである。
 マスターズ最終日を前に、ジャック・二クラウスが「4打差のリードは有利だ」とツイートしたのを知って、私の中で「勝つ確率は高い」という思いが強くなっていた。
〝日本にとっての歴史的瞬間”が訪れたのに「いや、見てなかった」と言いたくなかった。
 だから、最終組をスタートからウォッチすることにした。
 2位に4打差をつけて単独首位とはいえ、松山英樹が米ツアーのメジャー大会で最終日を最終組でプレーするのは初めての経験だった。
 松山がよく口にするのは「マスターズの重圧」である。
 メジャー大会の重圧はゴルフに限らないだろうが、世界の名手たちが集結する「マスターズゴルフ・トーナメント」の重圧は格別で、経験した者にしか分からないものらしい。
 1番ティに現れた松山は、表情に険しい感じもなく落ち着いているように見えたが、実際は朝からナーバスになっていたらしい、「一日中緊張のしっ放しだった」と試合後に打ち明けている。
 1番の第1打を右の林に入れ、パーパットも外していきなりのボギースタートになった。
 だが、2番のパー5で絶妙のアプローチをみせ、楽々バーディを取り返し4打差に戻した。
 これで自分を取り戻したのかも知れない。
 以後はピンチもあったがショットやパットで何とか凌いだ。
 8,9番に連続バーディがきて、フロント9を2アンダーにまとめてで切り抜けたのである。
 「プレッシャーのかかる前半をアンダーパーでしのいだのはメンタル的にいい流れだ」という解説の中島常幸のコメントもあった。
 本当の優勝争いはサンデーバックナインから始まる・・とよく言われるが 難関の12番パー3をボギーにしたことで、試合の流れが変わり松山は苦戦を強いられることになった。
 同じ組のザンダー・シャウフェレ(米)が追撃を開始してきたからだ。
 試合後の松山のコメントによれば、「12番でつまずいてから、ボギーを重ねる苦しい展開になった。リードが一気になくなってしんどかった」と本音を吐露した。
 テレビを見ている私はハラハラ、ドキドキの連続で息苦しささえ感じていた。
 15番パー5に来た時シャウフェレと松山の差は、まだ3,4打差はあった。
 一方のシャウフェレは3連続バーディできていて流れがいい・・
 ここは積極的に攻めようと松山は決心する。
 「2打目はピンまで227ヤード。4番アイアンはいい当たりだった。だがアドレナリンが出過ぎたのか、飛びすぎて、ボールはグリーン奥の池に入ってしまった」
 15番のパー5で、松山の積極性が裏目に出てボギーにしたため、シャウフェレとの差は一気に2打まで縮まっていた。
 残り3ホールでの2打差。
 松山がまだリードしているとはいえ、にわかに〝優勝の行方”は分らなくなってしまった。
 ところが、ホールインワンもあり得る16番のパー3で、またドラマが起きた。
 先に打ったシャウフェレが、1打目を池に入れてしまったではないか。
 これをみた松山は安全にいったそうだが、結果はボギー。
 シャウフェレは何とトリプルボギーを叩き、優勝争いから脱落してしまった。
 粘り強く戦った松山は、最後18番のティショットをフェアウエイに打てて、やっとホッとしたというが実感だろう。
 松山がウイニングパットを決めた瞬間は安堵と同時に感動がこみ上げて、私は涙をこぼしていた。
 ディフェンディング・チャンピオンのダスティン・ジョンソンから、念願のグリーンジャケットを着せられて、両手を広げて喜びを表した松山だったががいいシーンだった。
 「これまで日本人は海外メジャーに勝てないと言われてきたが、僕が勝つことで日本人も変わっていくと思う」とインタビューに答えている。
 松山はマスターズ最終日の深夜にオーガスタを飛び立ち、13日の夕方に一時帰国した。
 コロナ感染拡大防止のため、まだ誰とも会えないでいる。
 オンライン会見で「日本でニュースを―見るたびに、自分は凄いことをしたんだと実感する」と話しているといた。
 グリーンジャケットを手にして「本当に、これを着られる初めての日本人になれたことがすごく嬉しい」と語り、穏やかな表情を見せた。
 メジャー初勝利の直後なのに、周囲からは早くもグランドスラムへの期待が寄せられている。
 「そういう気持ちがない訳ではないが、マスターズでは本当に疲れた。今までにない感情もある。まだ次の目標を決めるところに達していない」と笑顔。
 PGAツアーには5月6日からの「ウェルズファーゴ」か翌週の「バイロンネルソン」を予定しているようだが、まだマスターズの余韻を楽しんでいればいいと思う。
 「終わったばかりで、まだあまりクラブを握りたくないなという心境。まだ全米プロに頭が切り替わっていない。
 またメジャーに勝てるようように、いい報告が出来るように頑張りたい」と話す。
 歴史的偉業による盛り上がりは喜びつつ、しばらくはそっとしておいて欲しいのではないか。
 でも、〝ムリ”だろうなあ・・・
 松山が手にしたグリーンジャケットは、1年後オーガスタ。ナショナルクラブに返却するのが習慣だそうだ。
 ジャケットはクラブに保管され、チャンピオンはクラブに来たときだけ着ることが出来る。
 以後、何度優勝しても体形が変わらない限りジャケットの新調はない。
 
 寝ずに、松山をテレビを観戦したくなる機会が来るといいなと思っている。

nice!(1)  コメント(0) 

浜田山通信 №285 [雑木林の四季]

「生理の貧困」

        ジャーナリスト  野村勝美

 NHKの夜のニュース番組を見ていたら「生理の貧困」というタイトルが出てきて、一瞬何のことやらわからなかった。卒寿の男?にとって女性の生理なんて事自体があまりにかけ離れていることであり、ましてそれが貧しいとは何を指摘するのかピンとこなかったので。要するに毎月の生理用品にカネがかかって女性は大変だということだった。
 昔から血は不浄とされ、お産や生理の際は産小屋など別火の食事をする習わしなどもあり、一方で初めての生理の際は赤飯を炊いて祝ったりもしたらしい。私は妹が3人いたが、いずれも所長の時は進学のため状況していて赤飯のお祝いにあずかったことはなく、若い頃は、女は面倒で大変だなあと同情はしていた。それどころか結婚したての頃は、生理の時は安全だと無留やり交渉を迫ったこともあり、いまにして亡き妻に謝ることが多すぎる。
 その生理の貧困というのは、文字通り生理用品に金がかかり、貧しい女性には耐え慣れないということだ。90年間男として生きてきてこんなことは一度も考えたことがなかった。生理用品がいくらで、月にどれだけかかるか。 見たことも聞いたこともなかったと思うので見当もつかないのだが、新聞記事によると生涯50万円のナプキン代がかかるという。たいしたことないではないかと男は思うかもしれないが、男女格差の大きい現代社会では大問題だ。
 なによりこんなうっとうしいことに女だけに費用がかかり、おまけに消費税までかかるとしたら、女性の不利益、男女格差の大きさに唖然とする。いうまでもなく女性も人間だ。女がいて男がいて人間だ。動物の社会にカネはない。雌には動物でも生理があるのだろうが、彼らの社会には金銭なんて面倒なものはない。人間だけが血を汚いものと思うから生理用品が必要になる。
 地方自治体や学校などでは、生理用品の無償配布を進めているところもあるらしい。「生理の貧困」などという表現は即刻返上するのが、政治の勤めではないか。女性もといういより、女性がいるから人間であり、人間の存在が可能なのだ。女性は男性より大事な存在であり、男にとっても女性なしの生き方は考えようがないのだ。
  諸外国でもこの問題はまだ始まったばかり。アメリカでも2019年にピリオドという団体が「生理の平等化」を求めてデモを行ったのが始まりらしい。日本では東京都内で足立区など10区6市がすでに無償配布を始めており、全国的にも札幌、さいたま、甲府などで実施されている。
 女性こそ人間であり、なぜ彼女たちにだけ特別の費用がかかり税金までとるのか。すべからく、直ちに生理用品は無償交付すべきだ。「生理の貧困」などというスローガンでは生ぬるい。生理の無償化こそ直ちに実行するのが政治の勤めだ。


nice!(1)  コメント(0) 

BS-TBS番組情報 №232 [雑木林の四季]

BS-TBS 2021年4月のおすすめ番組

                              BS-TBS広報宣伝部

三波春夫 歌藝の軌跡 終わり無き我が歌の道

232三波春夫歌芸の軌跡.jpg

2021年4月23日(金)午後9:00~10:54

☆日本人に愛され、自らも日本を愛した三波春夫の足跡を豪華ゲストの熱唱と貴重なアーカイヴ映像で振り
返る2時間スペシャル!

司会:高橋英樹、堀井美香(TBSアナウンサー)
ゲスト:細川たかし、市川由紀乃、三山ひろし、彩青
VTRゲスト:宇崎竜童、武田鉄矢、さだまさし
昭和を代表する大歌手・三波春夫が天国に旅立って今年で20年。
晴天を衝く歌声と春を呼ぶ笑顔でたくさんの日本人に愛された国民的スターだった。
62年にわたる芸道人生の中で三波春夫が世に送り出した歌の数は1000曲以上にものぼる。
そのいずれもが音楽ファン、あえて言うならば日本人の心に寄り添うものばかりだった。
「お客様は神様です」お馴染みの決めゼリフをひっさげ、たった一人で夢の舞台に立ち続けた三波春夫。

日本人に愛され、自らも日本を愛した三波春夫の足跡を豪華ゲストの熱唱と貴重なアーカイヴ映像で振り返
る2時間スペシャル!
「チャンチキおけさ」細川たかし・市川由紀乃・三山ひろし
「おまんた囃子」三山ひろし
「男の峠道」市川由紀乃
「忠太郎月夜」細川たかし
「船方さんよ」市川由紀乃
「旅笠道中」三山ひろし
「桃太郎侍の歌」細川たかし・彩青
「一本刀土俵入り」市川由紀乃
「長編歌謡浪曲 元禄花の兄弟 赤垣源蔵」三山ひろし
「大利根無情」細川たかし・彩青
「東京五輪音頭」細川たかし・市川由紀乃・三山ひろし
「世界の国からこんにちは」細川たかし・市川由紀乃・三山ひろし

生中継!にっぽんの桜2021~日本が誇る満開桜の共演~

232生中継!にっぽんの桜2021.jpg

2021年4月24日(土)午後7:00~8:54

☆日本人の心の風物詩「桜」づくしのスペシャル番組!
「お花見」は、1000年を超える歴史を紡ぐ、日本人の心の風物詩。

平安の世から、清少納言も豊臣秀吉も、桜を愛でてきました。
しかし、コロナ禍の2021年、桜の名所への旅はできません。
この番組は、テレビを通じて「桜」を楽しんで頂く、お花見スペシャル企画。
日本各地の桜の絶景映像はもちろん、歴史的人物が愛した桜や、名画の桜、桜に人生を捧げる人など、日本人と桜にまつわる物語をも交えながら、「日本人はなぜ桜に魅せられるのか?」を多角的に紐解きます。
▽日本各地の桜の絶景(今治市伯方島・開山公園、奈良・吉野山、京都・仁和寺、伊那・高遠城址公園、ほか)
▽天下人・豊臣秀吉の桜物語
▽伝説の「桜守」佐野藤右衛門さん、桜に捧げた人生の物語
▽お花見ヒストリー~日本人はいつから花見を楽しむようになったのか~
▽桜にまつわるトリビア集
ほか
※番組内容は予定のため、変更になる場合があります。
※BS-TBS4Kでは高精細の4K映像でお楽しみ頂けます

うた恋!音楽会

232うた恋音楽会.jpg
2021年4月30日(金)午後9:00~10:54

☆歌謡曲・演歌・ポップス…時代を超える名曲だらけの音楽会!

司会:由紀さおり/三山ひろし
ゲスト:前川清、川中美幸、純烈
ゲストは前川清、川中美幸、純烈。
前川清は、内山田洋とクールファイブ時代から歌い続けている名曲『恋唄』を披露。
川中美幸は人気曲『女 泣き砂 日本海』を、純烈は『愛をください〜Don’t you cry〜』を熱唱する。
時代を飾った名曲に携わった“偉人”の楽曲に迫る「うたの偉人伝」は、作曲家・中村泰士を特集。
その軌跡を貴重映像とともに振り返り、由紀さおりがいしだあゆみの『砂漠のような東京で』を、三山ひろし
は、松崎しげるの『黄色い麦わら帽子』を見事に歌い上げる。
ゲストによるスペシャルライブでは、前川清が三山ひろし&純烈を従え、一夜限りの“前川清とホット・ファイ
ブ”を結成!『長崎は今日も雨だった』、『東京砂漠』といったクール・ファイブの名曲を披露する。
「うたのタイムマシーン」では、1967年をフィーチャー。川中美幸が美空ひばりの『真赤な太陽』を熱唱する。
【予定曲】
『恋唄(前川清)』歌:前川清
『女 泣き砂 日本海(川中美幸)』歌:川中美幸
『愛をください〜Don’t you cry〜(純烈)』歌:純烈
『砂漠のような東京で(いしだあゆみ)』歌:由紀さおり
『黄色い麦わら帽子(松崎しげる)』歌:三山ひろし
『長崎は今日も雨だった(内山田洋とクールファイブ)』歌:前川清・三山ひろし・純烈
『東京砂漠(内山田洋とクールファイブ)』歌:前川清・三山ひろし・純烈
『真赤な太陽(美空ひばり)』歌:川中美幸
ほか


nice!(1)  コメント(0) 

バルタンの呟き №95 [雑木林の四季]

「まん防」とは?

              映画監督  飯島敏宏

爛漫の春、全国各地のサクラガ咲き揃って、山々は、緑に萌えています。山笑う、という季語がありますが、わが街を取り囲む丘陵も(火事を怖れて多数の老木を伐採したので、かなり浅くなりましたが)濃く、薄く、緑に輝いています。今年は、筍が豊作なのでしょうか、毎年この時季に筍を売り出す地元の山持ち農家ばかりか、今年は、なんと街にただ一軒残る本屋さんまで、「朝採れの」と銘打って、大根などと一緒に巨きな孟宗竹筍を店前に並べているのです。それとも、筍の作柄とは関係なく、際限なく長引いているStay home! の影響で、「筍料理にでも挑戦してみようか」というお宅が増えたのでしょうか、本屋のおばさんの話では、「売れてるよ!」ということです。
米寿を過ぎて、小説という新たな分野への挑戦を試みている僕、バルタンの呟きとしては、筍料理ばかりではなく、時間があるなら、ぜひ、紙の本を買い求めて読んでくれないかなあ・・・という所なのですが、
「おっ!店内から子供連れの若いお父さんが出てきた!」
と、思いきや、手にしているのは、「鬼滅の刃」と「ドラえもん」の漫画版なのでした。
聞けば、高校の今年度検定国語教科書から、ついに文学作品が消えてしまったとか・・・
プレゼンの技能開発の為というならば、必要な決まり文句などは、PCやAIからポンと打ち出せばいいのに、味もそっけもない勉強で、情操などは不要という時代なのでしょうか。
執筆中の小説の為に、僕自身の少年期の記憶を呼び起そうと(コロナで図書館行きが怖くて)改めて取り寄せた文庫本で「樋口一葉・たけくらべ・にごりえ」を耽読して、まだうら若い樋口一葉の綴る旧い日本語が持っていた熟度や、簡潔さと読みのリズムに感嘆しながら、ふと「そうか、一億総デジタル化ニッポンのpay pay ! カード支払いなど、菅内閣の目玉政策であるデジタル改革で、5,000円札が不要になったら、樋口一葉も忘却の彼方へ、か」と、ため息を吐きました。

ところへ、今回のコロナ感染対策で放った菅内閣のキャッチフレーズ「まん防」です。「まんぼう」という音から「蔓延防止等重点措置」という聞きなれない言葉に連想が届きますか? むしろ、その音から、僕の頭の中には、あの、水族館のプールでガラス越しに見る、マンボウの漂い浮かんでいる姿が、描かれてしまうのです。「まん防」が、新型コロナウイルスCovid 19変異型の急増感染予防のために、緊張感の緩みを防止する目的で発動される措置のキャッチフレーズとは、到底思えないのです。
しかも、総理と官房長官、各大臣の口から、異口同音に発せられる「緊張感をもって」とか「スピード感をもって」の感とは、どういう効果を持つ言葉なのでしょう。どうせカタカナ英語を使うならば、「スピーディーに」と言えばいいでしょうし、緊張して、と直截に言えばいいものを、なんだか及び腰の言葉で、責任を曖昧にしている感があるのです。ともかく、「まん防」は、いただけません。「国民の生命と財産を守る」ための「非常事態宣言に至らないために」造り出したキャッチフレーズとしては、緊張感がありません。間もなく始まるまさしくゴールデンな長期一斉休暇に、「国民の皆さんのコロナ感染に対する緩みを改めて、緊急事態宣言に至らないように発動するのです。ぜひマンボウにご協力をお願いいたします」と頭を下げられても、一端はGo!to travel,eat!と散々煽られた末に、国民の「気の緩み」が感染を拡げたと責任転嫁されながら「まんぼう!」と叫ばれても、譬え感染してもただの風邪、と蜜を怖れずに歓楽街に押し寄せたりする若者ばかりか、当の庇護されるべき高齢者までが、数名での会食や、カラオケに興じ続ける緩みを是正する期待は空しく消散してしまうのではないでしょうか。「まん防」なる冗漫で意味不明なキャッチフレーズで、Go ! to travel以来、独り身の侘しさを紛らわし、他人との交流を求める気持ちからでしょうか、幾何かの私鉄株を保有して、株主優待券を利用したり、各駅停車限定のJR青春割引切符を手に、有り余る時間を過ごすために全国の名勝地を旅する孤独高齢者の増加などを留めることは、不可能ではないでしょうか。
感染防止よりも経済活性化を優先強調するかに見える長期間の緊急事態宣言よりも、短期間の完全封鎖いわゆる「ロック・ダウン」を決然と行い、出遅れたワクチン接種を、「スピード感をもって」でなく、迅速に実行して、「人類がコロナを克服した証として2021東京オリンピック・パラリンピック競技大会を迎える」のではなく、巧みに新型コロナウイルスCovid 19との共生を実現して、「国民の皆様の生命と財産を守る」ことこそが、真の幸福な未来志向ではないでしょうか。
間もなく、菅総理大臣が、主要各国の首脳との直接会談に旅立つようです。まさに、FOIP「自由で開かれたインド太平洋」を言葉通りに実現するために、同盟国米国を軍事的に偏重して中国包囲網を敷くのではなく、中ロ鮮はじめ、東南アジア諸国に真の「自由で開かれたインド太平洋圏実現」を説いて回るのが、正しく非戦争国日本が、悲惨な戦禍に巻き込まれるのを免れる「一本の道」ではないでしょうか・・・BON VOYAGE ! 
 憲法を押し曲げて実現する超高価な敵基地攻撃可能な武器生産や購入、今や宇宙戦争に奔ろうとする軍事同盟に偏重せずに、何れの側にも、グローバルな平和への道を説く日本・・・夢物語でしょうか。いえ、それこそが、平和大国ニッポンが自信を持って誇るべき大道です。
 戦争の悲惨を、僅かながら身に染みて経験した僕、バルタンの空耳であってほしいのですが、このところ、夢現に戦争の足音が聞こえるのです。未知未経験の、悲惨な戦争の・・・
 


nice!(1)  コメント(0) 

医史跡を巡る旅 №87 [雑木林の四季]

 江戸のコレラ~安政五年 浜松、そして富士宮

           保健衛生監視員  小川 雄

医療従事者のワクチン接種も終わらず、相変わらずワクチン輸入の確実な目途も不透明なままですが、なし崩し的に高齢者へのワクチン接種が、一部の自治体で開始されました。政府は予定通り実施できると言い張りますが、今回の都道府県への配布は100箱だけです。都道府県へは箱単位の発送で、1箱には195バイアル(瓶)、1バイアルあたり注射5回分となりますから、1箱975回分です。つまり開始当初に打てるのは、限られた自治体の合計19,500人だけですから、先行的、試行的な意味合いが強いと言えます。次の配布分は今週後半に500箱、来週後半500箱、今月中に約1700箱というペースです。
1回目の接種後2週間たったら、2回目を接種しなければならないので、新規に打てる人数は制限されることになります。したがって全ての市町村に1箱以上配布されるのは、今月中になんとか間に合うか、どうかという計算になります。
なお医療従事者を対象としたワクチン接種は、4月9日までに49万人が2回接種迄終わっていますが、対象者は480万人とされており、まだ10分の1程度に止まっています。希望する医療従事者全員への接種完了、免疫獲得には5月一杯かかるとみられます。高齢者への注射を担当する医師がまだ接種を済ませていない、という笑えない状況が生ずることもあり得ます。会場における集団接種はもちろん、医療機関で実施する場合においても、不特定多数の対象者が集まることによる、被接種者、医療従事者の新型コロナウイルスへの感染リスクは否定できません。特に高齢者の場合、感染が重症化の懸念にもつながることから、ワクチン接種そのものが、クラスター機会となることだけは絶対に阻止しなければなりません。現場の混乱を避けるためにも、単なる人気取りともとれる高齢者への先行接種は諦め、当初定めた優先順位に従って、粛々と計画を進めるべきだったと思います。

背景となる感染拡大自体も、いよいよ暗雲垂れこめてきました。先にまん延防止等重点措置が適用された大阪において、前回示した数値がどう変わったかを見てみましょう。
4月14日時点の大阪府の発表によると、大阪モデルのモニタリング指標である新規陽性者における感染経路不明者の7日間の移動平均が601.43、直近1週間の人口10万人あたりの新規陽性者数は74.11、患者受入重症病床使用率が97.8パーセントという数字です。前回の記事、3月30日時点の数字は、それぞれ188.43、24.75、40.2パーセントでした。患者数の急増が、半月たって重症病床使用率を圧迫、すでに限界に達していることがわかります。
もちろん東京をはじめとして、首都圏も楽観できません。陽性者数の増加は勿論のこと、東京都における3月29日から4月4日におけるスクリーニングの結果、変異株の割合が、74.1パーセントに達しています(4月8日発表、東京都健康安全研究センターによるスクリーニング)。内訳はN501Y変異株が32.5パーセント、N484K単独変異株が41.8パーセントです。いわゆるイギリス株、南アフリカ株、ブラジル株がN501Y変異株で、感染力や病原性が従来株より高く、免疫も効きにくいといわれます。もう一方のN484K単独変異株は、感染性、病原性が変化した根拠は未だありませんが、理論的には従来株によって得られた免疫が、有効に働かない可能性があります。つまり再感染したり、ワクチンが効きにくくなったりするということです。なおN501Y変異株においても、南アフリカ株、ブラジル株についてはN484K変異という特徴も併せ持っており、免疫逃避能力があるといわれます。
感染力が高まれば陽性者数は増加、それを追って重症者も増え病床を圧迫します。そして免疫逃避能力が高まれば、ワクチンの効果は落ち、社会的免疫の獲得も難しくなります。

あだしごとはさておき。
安政5年5月に長崎に上陸したコレラ、前回で京都、大阪まで東上しました。ここから先の流行の広がりは、各地の史跡や記録を追いながら、詳しく見ていきたいと思います。

当時、江戸、京都間の重要な交通路といえば東海道と中山道。しかし中山道は街道全域が山道、一方の東海道はほぼ平坦ながら、大井川のような大河には技術的、戦略的な意味から架橋されず、そのうえ天下の険で、かつ往来に厳しく目を光らせる関所を擁する箱根があり、大量の物資の移動に適しているとはいえませんでした。そのため江戸後期には菱垣廻船、樽廻船といった廻船網が発達し、物流の中心となります。

次に安政5年までに、駿河国に関係した大事件をおさらいしておきます。
嘉永7年(年内に安政元年となる。1854年)3月に日米和親条約が締結され、下田が開港します。10月にはロシアのプチャーチンが条約締結を求めて下田に来航。そして11月、遠州灘を震源として、推定マグネチュード8.4の巨大地震が発生します。その32時間後に、今度は南海道沖で同規模の地震が発生。太平洋側の広い範囲に津波が襲来、沿岸部に多大な被害をもたらします。下田に停泊していたプチャーチンのディアナ号も被害を受け、修理のため戸田へ回航中に沈没します。幕府との交渉の結果、戸田において代船ヘダ号が建造されることとなり、建造中プチャーチンは安政2年3月まで日本に滞在します。安政3年7月には、ハリスがアメリカ駐日総領事として下田に到着、8月には玉泉寺に総領事館が開かれます。安政4年5月には下田協約が、安政5年6月には日米修好通商条約が締結されます。
この一時期、長崎に替わって静岡、伊豆周辺が、海外に向けての日本の表舞台に躍り出た時代ともなります。このことが、安政コレラ騒動における民衆感情にも影響してきます。

東海道名古屋以東で、最初に安政コレラの傷跡が見られるのが浜松です。浜松は天竜川の手前にあたり、夏場は川止めにあった参勤交代の一行が逗留することがあったためか、患者の発生を見たようです。浜松駅のほど近く、夢告地蔵尊が祀られています。

「夢告地蔵尊」

87画像①.jpg
「夢告地蔵尊」 ~静岡県浜松市中区中央

安政5年、コレラで亡くなった人々を供養するために建立され、その後も疫病退散に霊験あらたかとして信仰を集めたと伝えられています。

「夢告地蔵尊御堂」


87画像➁.jpg
「夢告地蔵尊御堂」 ~静岡県浜松市中区中央

ところが明治となり、廃仏毀釈のあおりを受けて埋められてしまいました。大正8年(1919)になって、町民の夢枕にお地蔵さまが立ち、世に出たいと告げたため、古老の記憶に頼って掘り起こし、再びお祀りしたとの謂れから夢告地蔵と呼ばれています。その後戦災にも見舞われましたが、都度復興して現在も手厚く奉られています。
地蔵尊の明確な由来が伝わっておらず、だれが、いつ建立したのか、またこの地域の安政コレラに関する記録も明らかになっていないので、そもそも浜松に安政5年にコレラが入り込んだのがいつで、どれ程の感染者が出たかについてはわかりません。

さて浜松以東の主な宿場町を列挙してみましょう。
浜松―掛川―金谷―島田―藤枝―府中―江尻―興津―由比―蒲原―吉原―沼津―三島
安政5年の「疫癘雑話街廼夢(チマタノユメ)」には、「元来此病の起りハ上方筋より流行来り東海道一圓なれども其中に金谷嶋田の両宿甚敷又府中江尻蒲原小田原に至りとは七月二十二日より八月四日十二日の間に三百九十一人死する由」とあります。

「疫癘雑話街廼夢」


87画像③.jpg
「疫癘雑話街廼夢」 ~京都大学貴重資料デジタルアーカイブ

徳川のお膝元である駿府、宿場名でいえば府中はもちろん、街道筋の宿場街悉く患者が出ていることが記されています。前回京都で流行が始まったのが7月中旬、感染が増えだしたのが9月ではないかと述べましたが、7月下旬には駿河の国に達していたことになり、感染は単純に東海道東上し、次第に汚染地域を広げていったのではなく、飛び火的に感染を広げ、流行の波が逆に西進した可能性もあります。

東海道からは外れますが、伊豆半島を含む周辺の村々でのコレラ患者発生状況が韮山代官所の記録、「豆駿州宿村疫病にて死亡人届書」として残されています。韮山の代官は江川家が務め、幕末にはお台場や反射炉の築造で有名な江川英龍(担庵)を輩出しています。

「江川邸」

87画像④.JPG
「江川邸」 ~静岡県伊豆の国市韮山

記録によると流行開始以来、安政5年10月までの数字は以下のとおりです。

三島宿 人口4,715人 うち病死247人、病人193人
網代村(熱海市網代) 人口998人 うち病死55人
新井村(伊東市) 人口905人 うち病死32人、病人55人
熱海村(熱海市熱海) 人口1468人 うち病死36人、病人17人
吉原宿(富士市) 人口2,036人 うち病死213人、病人6人

ひたひたと自分の地域に近づく疫病の気配に対して、住民はどう対応したのでしょうか。各地の名主や商人が日記として記録を残しており、次第に高まりゆく緊張と、併せて侵入予防に奔走する様が伺い知れます。

まず吉原宿の北西にあたる駿河国富士郡大宮町、現在の富士宮市で、酒造業を営んでいた横関家の「袖日記」を見てみましょう。(幕末民衆の恐怖と妄想 高橋 敏~国立歴史民俗博物館研究報告第108集)

コレラと思われる記事の初見は七月十六日となります。

十六日 昨日ゟ近在急病人多しと申噂あり
十七日頃ゟ時候悪敷、近村急病流行、下方ニ多しと申事 
 吉原宿三日コロリと申病流行と申事、噂承る

七月二十日を過ぎると実際に被害が見聞きされるようになり、記述も具体的になってきます。

二十日 吉原 □野甚兵衛の倅善二郎死去
二十一日 吉原辺急病流行ボウショ
二十四日 昨日吉原ニて葬式十三軒ありと申事、岩本・久沢・入山瀬辺昨日九件葬式あり
  廿日吉原ニて鍬を取ながら倒死ス 廿一日富士川船頭棹を取ながら倒死ス

八月三日には病死者の具体的な数字が示され、猖獗を極める様子が記録されています。と同時に、「狐」というキーワードが出てきます。

吉原宿斗リにて三百拾八人死亡、加島郷吉原迄先月下旬・流行病ニて死するもの千六百人と申事、病人へ狐とり付もの多しと申事

善いとされる様々な手段を試すものの、感染は防げず、疫病の広がりは止まらない。まずは日頃信心する神仏や、まじないにすがります。町内ごとに題目、念仏、送り神の儀式が繰り返されますが、当然の如く感染の勢いは収まりません。
次々とつい先程まで元気であった人が急に斃れ、それも今までに見たことのない症状で、死に至る転帰も早く、死亡率も高い。その死相は苦悶に満ちて、風貌も生前とはかけ離れている。これは「なにか悪いもの」が憑いたに違いないと考えます。

東町方ノ人下ヘ行ニ高原を通る時くだ狐七ツ岩本へ下るを見たと申事
是ハ地熊と申物のよし

此度の一日ころりの急病ハくだ狐のわざなるよし評判

まずは「なにか悪いもの」に取敢えず、「くだ狐」と名前が付きました。呪術的には名前は正体、魂を縛るものと考えられますから、名前がわからないものほど怖いものはありません。さらに目撃談まで現れ、信憑性を高めます。八月十日の記載には、以下のように書かれています。

根方川尻村ニて異獣ヲとらへると申事
大サ猫のことく馬ノ貌ニテ胴ハハエ毛
足ハ人の如く赤子の足ノ如シと申事
右之ことくの怪獣ヲ蒲原宿ニても千年モグラ壱疋とると申事、十三日ニ実説聞
一説ニ異国ノ廻シ者僧トナリテ狐ヲ数千船ニノセ来り、此近海辺ヘハナツ、右怪僧三島宿ニて壱人捕ルゝト申噂あり

また八月晦日には、また新しい異獣の噂が記されます。
或ハ噂に此船ヘ外国ノ疫兎をふうじ込乗せ来り、日本へ放シ捨て逃帰りしと見へたりと申評判あり

「くだ狐」、「地熊」、「千年モグラ」ときて「疫兎」も出てきました。その上、先に挙げたように海外との係わりの多かった土地柄、外国の陰謀説までまことしやかに囁かれるようになります。

こうした妖怪もどきの異獣原因説が広まるにあたり、その対抗手段として急浮上したのが元々あった狼信仰です。日本武尊の眷属としての狼、大口真神は田畑の獣除けとして、転じて火防、盗賊除け、諸災除けとして篤く信仰されてきました。

「大口真神のお札」

87画像⑤.jpg
「大口真神のお札」 ~三峰神社

大口真神を祀る神社としては三峰神社、武蔵御嶽神社が有名で、参詣団体である講が組まれ、かわりばんこに代参することが、一種の当時の娯楽でもありました。特に秩父にある三峰神社は、関東一円に広く信仰され、江戸市中を始めとして各地に講が結成されていました。

「三峰神社」

87画像⑥.jpg
「三峰神社」 ~埼玉県秩父市三峰

もともとは御犬様拝借として、生きた犬(狼)を借り受けていましたが、借出す数が増えたために、御犬様のカゲになる御札を頂戴することになります。これは御眷属拝借として現在も続いています。

流行続く八月六日、大宮町は三峰神社の御犬様拝借を決めます。

今夜中宿ニて寄合、今日金蔵之病死ノ様あまり不思議ニ付、狐のわざニてハ無之哉と相談いたし、三峰山の生の御犬ヲ御かり申度儀神田丁・神田橋・山道へも及相談ニ皆々承知之上明朝惣代之者出立ノ積り

長くなりました。次回に続きます。




nice!(1)  コメント(0) 

海の見る夢 №5 [雑木林の四季]

    海の見る夢
      -大切なことはジャズが教えてくれたー
               澁澤京子

 よく晴れた春の日、S君と海を見に行った。港には大きな外国船が停泊していて、空にはカモメが飛んでいた。

「若い時と違って集中力がなくってさ、最近・・」というS君の話を聞きながらブラブラと街を散歩する。特に数学に取り組んでいると、体力の衰えに気が付くのだそうだ。若い時のS君は、いったん集中すると暴走して止まらなくなって、幾晩も徹夜して平気だったし、身体の事なんか何も考えない人だったから余計そうだろう。並はずれた集中力も持続力も、体力の問題もあるけど、ピュアだから持てるものなんだろうなあ・・・と、瞬発力だけあって気の散りやすい私は考える。

運河にかかる橋のたもとには桜があって、川沿いには小さな居酒屋がハモニカの歯のようにズラッとひしめいて並んでいる。モーターボートがゆっくり運河を下っていて、やがて軒の低いアーケードの、まるで昭和30~40年ごろのような懐かしい商店街が続く。居酒屋が多いのは昔から歓楽街だったせいなのか、『ヨコハマメリー』というドキュメンタリー映画に出ていた風景はこの辺だったかもしれない。(元進駐軍相手の老娼婦メリーさんのドキュメンタリー映画)

まるでタイムスリップしたような街のはずれにあるジャズ喫茶「ちぐさ」に入る。店内は暗くてひんやりしていて、初めて来たジャズ喫茶だけど、ああ、この外の明るい陽射しと店内の暗い感じのギャップがなんだかすごく懐かしい…。

「ちぐさ」は戦前からある老舗の名門ジャズ喫茶。移転して今は有志の人たちと協力して営業している。出された珈琲がすごくおいしい。店にいるお客さんは私たちと同世代か少し年上の男女がちらほらと。

「今、かかっているのはエリック・ドルフィ。ピアノがなんかダメだけどな・・(ピアノはマル・ウォルドロンでした)」と解説するS君。ちょっと聴いただけで、アルバム名も演奏メンバーもわかってしまうS君は、音楽も集中力を発揮してじっくり丁寧に聴くし、文章も丁寧に読む、人の事でも何事でもとてもじっくりと丁寧に観察するのでかなり的確に把握していることが多い。そういえば、音楽ってこうやってじっくり聴くものだったなあ・・。本当に音楽が好きだとただのBGMとしては聴き流せない、ましてや、お洒落なBGMとして音楽を小道具に使うのも邪道だろう。(コルトレーンは一曲を最低五回は聴くのだそうだ)音楽に敬意を払うってそういうことだし、それは他の事に関してもそうなのであって、敬意を払うという事は、表層的な部分だけでわかったつもりにならず(自分の狭い知識で判断せず)、早急に結論を出さないで丁寧に見たり聞いたりすることなのだ。何事にも敬意を払わねば・・物事でも人のことでも、わかったつもりになるよりも、わからないままに保留にしておくほうが余程知性の力が必要となる。それにしても、一人で聴くのもいいけど、友人と一緒に聴く音楽ってやっぱりいいよね。

最近は(60分でわかる)式の要約本が多いし、映画も早送りで飛ばして観る人が多いのだそうだ。哲学の要約だったらまだわからなくはないけど、小説って要約して読むものなの?という疑問はある。いい映画も小説も音楽も何度か観たり読んだり聴いているうちに新しい発見があったりわかったりするものじゃないだろうか。自分の人生経験によってはじめて(腑に落ちる)箇所があるのであって、小説は、あらすじを追うだけのものではないし、要約ではうれしい発見も、微妙な情景や心理の味わいもまったくないじゃないの。音楽も丁寧に何回も聴くことによってやっとわかることがあるし、人生経験を積んで初めて心にストンとくる音楽もあるのであって、そうした、芸術を味わうためのゆったりした豊かな時間を喪失するということは文化が衰退してゆくことなのかもしれない・・・文化って無駄な贅沢な時間から生まれてくるものだと思うし、特に芸術の場合、決して頭だけの理解では「わかる」にはならないものだろう・・美術でも音楽でも文学でも、基本は「経験」するものだと思っている。

・・俺の音楽にレッテルを貼るな。~マイルス・デイヴィス

レッテルを貼ったり、カテゴライズしたり、言葉の理解で(わかったつもり)になると、逆に見えなくなるもの、わからなくなるものは多い。

人生をまだ知らない若い時に聴いたジャズの影響は、結構大きかったと思う。その頃のジャズ喫茶に集まっていた友人たちはそれぞれ違う人生を歩んだけど、皆に共通するのは何よりも「自分自身であること」であって、個性が強くて自分の世界をはっきりと持っているために、逆にあまり競争心は持たないマイペースの人が多かった。

ジャズは全体から個ではなく、バラバラの個から全体の調和という方向に向かっていくせいか、いい意味でみんな個人主義。他人から支配されるのも、もちろん他人を支配するのも嫌い。人とは基本的には対等な関係を持つ人ばかりで、上から命令される上下のある縦の人間関係は苦手。他人にへつらったりする人も、見下す人もいないし、相手によって平気で態度を変えるような人もいない。私にとっては付き合って楽な友人ばかり・・要するに正直でフェアな人が多いし、年齢の割に世俗に毒されてない人が多いのは、他人から影響を受けることがほとんどないほど皆の個性が強烈なせいか。

コルトレーン、ビル・エヴァンス、ハービー・ハンコック・・マイルス・デイヴィスが育てた才能あるミュージシャンは数知れない。マイルスの周囲には、まるで磁石に引き寄せられるように才能ある個性的なミュージシャンが集まってきたのだけど、マイルス・デイヴィスは人の才能を伸ばすことにかけても最高の人だった・・

能力が低い人は他人の才能やスキルを発見することも評価することもできないけど、マイルスは自身の能力が高いので他人の才能を誰よりも早く発見することができたし、それを引き出して伸ばすこともできた。
マイルスは自身に限界を設けなかったので、他人の可能性を見つけて伸ばすことができたのだ。

小心者ほど他人を非難したがるものだけど、マイルスは他人のミスにケチつけるとか非難することをしなかっ・・(その代わり、気に入らなければあっさり縁を切る非情さもあったが・・)最高にのっている演奏中、ハービー・ハンコックがコードを間違えた時も、マイルスは何気にその間違えたコードに合わせて演奏を始めた・・・つまり、彼は仲間のミスを黙って引き受けてカヴァーができるほど能力が高かったのであり(かつ優しかったのもある)、状況に対して偏見をもたず、それゆえ臨機応変に新しい音楽を創造できる柔軟さも持っていたのだ・・かっこよすぎるぜ・・マイルス。

・・「自分の外側から聞こえてこない音楽を演奏せよ」~マイルス・デイヴィス

これが一番難しい。音楽も舞踊も、毎日の血のにじむようなストイックな基礎練習と努力が必要とされる。そして、基礎の練習の積み重ねから自分なりの秩序、内的で自発的な音楽を徐々に発見していくのじゃないかと思う。それはちょうど、ビル・エヴァンスのピアノの音が、心の深い底から出てきた音であるように・・彼は自分の音を発見して持っていた・・グレン・グールドも、音楽は内側にあることをある日偶然に発見したし、ラ・チャナというフラメンコダンサーは自分の内部にあるコンパス(リズム)に従って自然に踊るだけだという事を言っていた。(ダンスを教えてくれたのは自身の内なるコンパスだったのだ)画家であったら「他人には見えないものを見よ」となり、詩人だったら「内なる声と言葉を探せ」になるのだろう。

芸術家が、自身の内部に創造力の源泉を模索することは、どうしてもプラトンの「想起」に似ているような気がしてしまうのだけど。

独りきりでいれば独創的になれるものでもなく、無知でいればいいかと言うと逆にステロタイプの思い込みにしがみついてしまうことが多い。自身を掘り下げてゆくのに一番邪魔になるのは雑念や自惚れや余計な思い込み、つまりガラクタのような様々な自身の観念と思いなのであって、それがどんなに邪魔になることか・・最も悪いのは、ただの思い込みや他者からの刷り込みを自分の言葉として錯覚してしまうことなんだけど・・

「大切なのは自分のスタイルを持つこと」~マイルス・デイヴィス

マイルス・デイヴィスはピカソのように、何度も何度も確立した自分のスタイルを破壊しては、再び一から創造していった。相当なエネルギーの持ち主でしかも天才だったのだと思う。一度スタイルを確立すればそこからなかなか抜けられなくなるのに・・・もちろん、自分のスタイルを持つことすらなかなか凡人にはできないことではあるが・・

スタイルを持つという事は成熟した自我を持つということと同じで、それは芸術と関係なく生きている私たちの人生にもあてはまると思う。芸術家がスタイルを確立するまでに、気が遠くなるほどの鍛錬が必要なように、成熟した自我には深い感情の経験、悲しみや歓び、苦しみの経験が必要なのだと思う(修道院の僧や尼僧が、毎日朝晩、詩篇のような激しい感情表出の詩を繰り返し朗誦するのは、自身の深い感情を引き出す効果があるのだろう・・)

そして成熟した自我(スタイル)を持ってはじめて、自我(スタイル)を破壊したり消去したり、新しく再生したりクリエイティブに自由にふるまうことができるのであって、成熟した自我とは、己を知る自我なのだ。

未熟な自我のままではただの大人しいコピー人間が生まれるだけで、自由も創造性もない。ただの未熟な自我は無我とはまったく違うし、本当の意味での無我、つまり創造的にはなれないだろうと思う。成熟した自我を破壊して初めて、無我というものが生まれるのではないだろうか。

昔、S君から「制約があるから制約を超えることができる」という事を教えてもらったけど、己を知ることはすごく難しい。己を知るのは、挫折したり壁にぶち当たったり悩んだ末に、ようやく朧に見えてくるものなのかもしれないけど・・

・・失敗を恐れるな。失敗なんてないんだ。~マイルス・デイヴィス

・・10代~20代の初めにかけて、ジャズを子守歌のように毎日聴いていた私たち。結果はともあれ、恐れることなく様々なことに挑戦することができたのも、身体に無意識に沁み込んだジャズのお蔭なのかも知れない・・そして何かに挑戦するとき、先が不確実で不安定であるそのことがまさに輝くばかりの勇気と力となったのは、若くて向こう見ずだったせいもあるけど、ジャズが身体に教えてくれたことだったのかもしれない。

泣きたくなるほどの優しさも恋の痛み、孤独、生きる辛さも歓びも教えてくれたのはジャズだったし、人生には陶酔の瞬間があることを教えてくれたのもジャズだった・・ そして、どんな状況でもアドリブで切り抜けられることを教えてくれたのも、ジャズだった・・

リクエストしたコルトレーンの『Selflessness My Favorite Things 』を、S君と並んで座って黙って聴く暖かい春の日であった。




nice!(1)  コメント(0) 

梟翁夜話 №85 [雑木林の四季]

『「桜の民」余談』

          翻訳家  島村泰治

それは思ひ詰めて言ったことではなく、何かを企んでの言ひ方でもなかったのだが、ある言葉が大向ふの喝采を浴びた話をご披露しやうか。

汚れた選挙を何とかものにしたバイデンが、大統領選を乗り切って就任式に漕ぎ着けたアメリカの話がyoutubeを賑はし、すこぶる付きの保守である筆者が推したトランプが一敗地に塗れて悄然としてゐた折、たまたま同じ視点からアメリカ話をしてゐたあるサイトに立ち寄った。見れば、主宰者が支那名、それが中共を大いに貶し「トランプさんは残念なことをした」と、保守臭豊かな話っぷり。座り直して耳を澄ませば、一くさりのトランプ話に続いて何と武士道の話をし始めたではないか。戦に敗れたトランプを惜しみ中共を貶し武士道を讃へる支那人、これは只ならぬ取り合はせだ、と筆者はどんと座り込んで彼の話に聞き入った。

〇〇と云ふ支那人と思いきや、当の主宰者は名前はふた文字の支那名だが、今や帰化して日本人、それも鮮やかな日本語を操ってゐるではないか。それも大時代な漢字でなく和風漢字を巧みに操る様子に好感を覚える。何でも日本への憧れは武士道への傾倒が切っ掛けで、それが遂に帰化へと昇華したと云ふ。

その日の話は武士道と桜、武士道は修行と悟りながら「桜」がこれにどう結びつくものか、とんと判らなかった、と語る。並の花は蕾から花になり、やがて弱り姿が崩れて落ちるものだ、とは知らぬでもない。桜も花なら変わることも無かろうと思ってゐたのだが、と彼は振り返る。

某夜、夜桜を愛でる場で、薄明かりに咲く桜を見上げその美に嘆息してゐたが、そこに来たった一陣の風に桜の花びらが一斉に散った。まだ弱りもせず、姿も崩れてはいない花々が燦然と散った。それを見た〇〇氏ははっと胸を打たれたと云ふ。さらに、数年前、ある踏切である老女を助けながら自ら命を落とした村田某なる女性の話を続けて語り、仁義のため弱きもののために、燦然と命を捨てる気概に武士道の真髄を見た、侍なきいまも日本人の心に武士道の魂が息付いてゐる、と彼は飄然と語った。

たまたま聞き入った〇〇氏の語りに、筆者は久し振りに心を揺さぶられた。帰化したとは云へ支那人の血が流れる彼の心に沁みてゐる武士道とは、と考えて一瞬思考が停止した。時を同じくして、昨今の日本人のらしからぬ振る舞いの数々が思ひ出され、中央の政府に蔓延るらしからぬ挙動に思ひが至って、筆者は咄嗟に〇〇氏にひと言あるべしと、キーボードを叩いた。

「〇〇さん、昨今の軽薄な日本人に失望しかけている八十六歳の老爺の目にあなたがどう映ってゐるか、ご想像なさってください。桜の民の一人として、あなたに満腔の謝意を表します。深謝。」
数刻後、このサイトから知らせが入った。それが何本も知らせがあって、筆者の書き込みに文字の拍手が寄せられた。
曰く、「凄い。私も86歳になってもネットしていたい(^^♪」
曰く、「「桜の民」良いですね⸜(*ˊᵕˋ*)⸝」
曰く、「貴方様も素晴らしいです。素晴らしいお言葉です!」
そればかりではない。あれから4時間ほど経った今、見れば筆者の書き込みに何と1000個の「いいね」が寄せられている。
唖然と云ふのはこのことか、筆者はいま陶然としてゐる。たまたま宣長を読みかけながら、漢心(からごころ)より大和心(やまとごころ)ぞ、と戒める日々ながらも、不図綴った桜の民のひと言に1000もの賛意を得やうとは愉快な心外、改めてこの国に生を受けたことの幸せをしみじみ思ふ。


nice!(1)  コメント(0) 

検証 公団居住60年 №77 [雑木林の四季]

ⅩⅢ 独立行政法人化して都市再生機構に改組

 
    国立市富士見台団地自治会長  多和田栄治

5.都市再生機構法案と国会審議

 独立行政法大都市再生機構は、都市基盤整備公団を廃止し、地域振興整備公団の一部を統合して設立される。法案は2003年2月12日に閣議決定、第156国会に提出された。機構の組織、運営、財務の大枠は独立行政法人通則法(01年1月施行)できめられており、新法は第3条(機構の目的)のほかは、おもに業務の範囲と実施方法等をさだめている。
 通則法によると、法人の長と監事は主務大臣が任命し、解任する権限をもつ。制度上の要となるのは、主務大臣が決定する「中期目標」(3~5年目標)であり、これをうけ法人が「中期計画」を作成する。計画は「業務運営の効率化」「財務内容の改善」を図るものでなければならない。総務省のもとにおかれる「評価制度委員会」は、たえず法人の組織・業務を評価し、定期的に(3~5年ごとに)中期目標にてらして「当該独立行政法人の存廃・民営化にっいて検討する」ことになる。独法化の目的は、公共的な事業を「効率的かつ効果的に行わせ」、やがて廃止ないし完全民営化していくための中間段階、橋渡し役にしており、会計処理は「企業会計原則」による。ただし余剰金の使途は主務大臣の認可を要し、「企業の自由」は制限される。
 都市再生機構法案の提案理由をつぎのように説明している。
 大規模な工場跡地や地上げによる虫食い地等の土地利用は適切に転換できておらず、密集市街地については権利関係が複雑なため民間だけでは整理改善が困難な状況にあり、民間による都市再生の条件整備を図ることが大きな課題となっていると前置きして、機構の目的をかかげる。
 1.すでに市街地を形成している区域において都市再生に民間事業者を誘導するための条件整備として、権利関係の調整等のコーディネート業務や関連公共施設の整備をおこなう。
 2.賃貸住宅の供給は民間事業者にゆだね、機構は敷地を整備し提供する。
 3.都市公団から承継する賃貸住宅を管理し、必要な建て替え等をおこなう。
 4.新たな市街地整備を目的とする宅地開発、政策的に機構が実施する必要のない業務は新規に着手しない。
 全国自治協は法案審議をまえに国会各党に要望事項をしめし、協力要請と懇談をかさね、各地方自治協でも地元選出議員に要請をつづけた。各党もこれを重視し、自民党には「公団住宅居住者を守る議員連盟」、民主党では「公的貸賃住宅の将来を考える市民・議員懇談会」が結成され、かつてない状況が生まれた。これら議員連盟はいまも続いている。
 都市機構法案は2003年4月18日に衆院国土交通委員会で審議にはいり、6月13日の参院本会議で可決成立した。委員会審議は衆院で5月7、9、14日、参院も6月10、11、12日の各3日間ひらかれ、うち各1日は参考人質疑がおこなわれた。両院各委員会とも賛成多数で可決した後、全会一致で政府と機構にたいする付帯決議を採択した。
 数多くの特殊法人が審議らしい審議もないまま、ほとんど一括で独法化されてきたのにたいし、都市機構法案については両院とも各3日間、委員会審議と自治協代表をふくむ参考人質疑がおこなわれたことは、当時の国会状況のなかでは大きな成果といえよう。審議にあたっては各委員とも自治協の要清をうけとめ、有効な大臣・政府答弁を引き出すことができた。委員会室に各自治会から延べ700人以上の傍聴者がつめかけ、大臣をはじめ各委員の注目をあつめた。「こんなに多くの方が傍聴される委員会は数少ない。それだけ心配されているんです」との発言がその場の雰囲気をったえている。
 法案審議は冒頭から「新法人になっても住みつづけられる権利が守られるかどうか」との質問に、扇千景国交大臣は「ぜひご安心いただきたい。現に入居している居住者の安定に最大限に配慮することだけはきちんと担保させていただく」と答えた。既存公団住宅の役割と居住の安定確保にかんするかぎり審議はこの基調ですすんだ。
 参考人質疑には、衆院は岩沙弘道(三井不動産株式会社社長)、山口不二夫(育帽院大学教授)、多和田栄治(全国自治協代表幹事)、参院には伊藤滋(早稲田大学教授)、原田敬美(東京都港区区長)、片岡規子(全国自治協幹事)が立った。
 参考人の冒頭発言で岩沙は、新法人にたいし民間ディベロッパー事業に先だつ都市基盤整備と、公団既存住宅の建て替えによって生まれる余剰敷地の提供に期待を表明した。経営分析が専門の山口は、借入れ過多依存のなかで不適切な資産を増やしつづけ、不良資産化している都市整備部門の不健全な経営と、賃貸住宅部門で稼いだ毎年3,000億円弱の利益が支払い利息ですべて消えてしまう構造についてのべた。多和田は全国自治協の調査をもとに、居住者の生活と家賃負担の実態を紹介しながら、収入に見合った家賃制度への改善をもとめ、新法人が管理の民間委託拡大や住棟売却ではなく、住宅と住環境の保全、コミュニティの形成に寄与するよう訴えた。

『検証 公団居住60年』 東信堂


nice!(1)  コメント(0) 

私の中の一期一会 №234 [雑木林の四季]

  ワクチン接種は予定通りに行きそうもない。コロナ治療薬はまだ先のおハナシ
  ~世界中が恐れるのは英国、南アフリカ、ブラジル由来の変異株だという~

      アナウンサー&キャスター  藤田和弘

 厚労省の役人23人が先週24日に、銀座の飲食店で午前0時直前までマスクもせずに送別会を行い、飲食していたことが分り、大きなニュースになった。  
 緊急事態宣言が全面的に解除されて、まだ1週間ほどしか経っていない。
 各地で新規感染者数はリバウンド傾向にあり、変異種によるものだろう「第4波」が到来しているという声も聞えてくるというのに・・・
 英国で見つかったウイルスの変異株が世界の100カ国以上に拡大していることが29日、イギリスの大学の調査で分かった。 
 南アフリカ株、ブラジル株を合わせれば約120カ国で変異株が確認されている。
 三つ全てが見つかっている国は約20カ国で、その中には日本も含まれている。
 日本は聖火リレーでオリンピックムードを高めるつもりらしいが、〝そんな場合か!”と言いたくもなる。
 政府は宣言を前面解除した後も、夜遅くまでの飲食や歓送迎会、卒業に伴う謝恩会など大人数の会合・会食を控えるよう要請していた。
 厚労省の役人たちは、分っているけど〝バレなきゃいい”とでも思ったに違いない。
 歓送迎会などは民間だってやりたいのを、国が〝自粛しろ”と言うから我慢しているのにフザケた話しだという怒りの声はネットにも多く見られる
 コロナ感染防止対策をリードする立場の厚労省職員がこの体たらくでは、政府が何を言っても国民は耳を貸そうとしないだろう。
 私は26日、近くのハートクリニックを受診した、毎月1回の定期受診である。
 診察を終えて、「4月になったらワクチン接種の案内がいくでしょう。このクリニックで接種できますから予約してください。6月には打てるでしょう」と主治医は言った。
「えっ、4月に予約しても、6月なんですか?」と私は思わず口にした。
「今のところそうなります」というのが医師の答えだったが、コソコソと宴会はやるけど感染症拡大防止には熱心さを欠く厚労省なんて頼りにならないなと改めて思った。
 ワクチンはまだ感染していない人に接種して感染しにくいようにしたり、重症化しないようにする予防薬であって、コロナ治療薬ではない。
 コロナに特化した治療薬がないから、感染者の治療には、他の病気に使う既存薬を転用して対処するしかないのが現状だ。
 日本では20年5月、レムデシベルがコロナ治療薬として特例承認された。
 アビガンやベルクリーという抗ウイルス薬なども使われているという。
 風邪のような症状や味覚障害など症状が軽い場合は、咳止めや解熱剤などの対処療法を行う。
 軽症であれば8割が自然に治ってしまうのも特徴だろう。
 問題は重症化リスクの高い高齢者や基礎疾患を持つ人の場合で、まず入院が必要になる。
 中等症で、セキ・タン、呼吸困難などに肺炎症状が見られる場合は、酸素吸入と合わせアビガンやレムデシベルなどの抗ウイルス薬の出番となる。
 重症化して人工呼吸器が必要になれば、サイトカインという過剰な炎症反応が起こっているとみて炎症を抑えるアクテムラなど抗体医薬品を使うことが多い。
 だが、WHO(世界保健機関)はレムデシベルを「積極的に推奨しない」と公表している。
 世界各地の入院患者に対して行った臨床試験(治験)で死亡率の改善を証明できなかったからである。
 レムデシベルは、もともとエボラ出血熱の治療薬として開発されたもので、重症患者を対象に特例承認されたものだが、この1月から仲等症患者にも投与されるようになった
 入院患者の回復を5日ほど早めたというNIAID(米国立アレルギー研究所)の治験を基に、世界の500国で承認されている。
 それなのに、まだ確かなエビデンスがないというのも不思議な話だ。
 デキサメタゾンは、重症感染症や間質性肺炎などの治療薬として承認されているステロイド薬。
 英国で行われた大規模な臨床研究で、重症患者の死亡を減少させたという報告があった。
 厚労省の「診療の手引き」にもデキサメタゾンは標準的な治療法として掲載されている。
 ノーベル賞受賞者大村智博士が開発したイベルメクチンがコロナの予防と治療に有効という医学報告が世界各地から多数上がっている。
 イベルメクチンは、もともと抗寄生虫病薬だが、最近になって〝コロナの特効薬”として注目を集めるようになった。
 南米のペルーで昨年、コロナの第1波が来た時、60歳以上の住民にイベルメクチンを無料で配布したことがあった。
 新規感染者と死亡者数が一気に減少したというエピソードがあるのだ。
 第2波が来ても下げ止まったままだったという。
 イベルメクチンの治療効果としては、バングラデシュ、エジプト、トルコ、インドなど世界27カ国で臨床試験や観察研究が行われている。
 そうした海外からの報告が増えているが、質の高い大規模な治験で有効性は証明された訳ではない。
 日本で開発された薬だが、日本でも未承認薬のままである。
 そんな折、米ファイザー製薬が、コロナの経口治療薬の初期段階の治験を開始したという日経新聞の記事を目にした。
 コロナに感染した人の体内でウイルスの増殖を防ぐ作用を持つ薬で、口から服用できる。
 注射するより簡単に済むのが利点だ。
 治験は、健康な成人を参加者にするそうだが、治療薬は人の体内で感染を広げる酵素の働きを阻むものである。
 ファイザーでは、入院患者に静脈注射で投与する治療薬の治験も進めている。
 コロナウイルスは1カ月に2回のペースで変異してしまうため、薬が〝標的”を定めにくいことが治療薬造りを難しくしているらしい。
「風邪に特効薬がないのと同じだ」という物知りの説も聞かされた。
 ワクチンは兎も角、治療薬はどうなっているのか知りたいと思う人は多いだろう。
 昨日、今日のニュースを見れば、宣言解除のリバウンドで「第4波」の疑いが濃くなっているのが分かる。
 筑波大の倉橋節也教授のまとめによると、変異株が平均2週間に1回程度のペースで変異する。
 ウイルスが変異すると増殖する過程で遺伝子情報も変化する。
 世界的に警戒されているのは主に英国、南アフリカ、ブラジル由来の変異株である。
 ウイルス表面の501番目のアミノ酸が変化したもので、従来より感染力が強いそうだ。
 この変異株は「E484K」という変異も併せ持っていて免疫が効きにくい可能性もある。
 南アフリカ、ブラジル由来の株もワクチン効果が低減する恐れもあるようだ。
 国立感染症研究所によれば、外国由来のE484Kの変異株による感染者も400人弱見つかっているが、これらは何処から来たのか不明だという。
 舘田一博東邦大教授は、変異株への感染対策も従来通りで変わらないと話す。
 マスク着用と手洗を徹底して欲しい。
 変異株にも「正しく恐れることが大事」だと強調した。
 ワクチン接種は予定通り進まないだろうし、治療薬もまだまだ先のハナシのようだ。
 コロナの収束なんて、何時になるか誰にも分からない。
 ガ―ス―政権のほうがコロナより早く消え去ってしまいそうにも見える。
 我々国民は冷静に正しくコロナを恐れ、ウイルスに感染しないようにするしかない。
 ヤレヤレ・・・   
  
 


nice!(1)  コメント(0) 

浜田山通信 №286 [雑木林の四季]

人類最悪の愚行

       ジャーナリスト  野村勝美

 何事も続くばかりがよい訳ではない。やはりいいことは長く続いてほしいし、よくないことはなるべく早くやめてほしい。しかし世の中、よいことはなかなか長続きしないし、よからぬことはいつまでも続く。コロナは志村けんが死んでからもう一年以上になり、加えて変異性ウイルスなんてものまで現われて、国内の感染者は合計すると50万人を越える。ワクチンも4月末にはくるといっているが、数は少ない。オリンピックは無観客であっても何が何でもやると言っているようで、現に聖火リレーは3月25日から始まった。1本71940円するそうだからランナーになって貰うにしてももの入りだ。外国人観客は入れないというし、日本人も制限される。それでもテレビの視聴率はいいだろうし、スポンサーもつくだろう。いったいいつになったらコロナは終息するのか。
 一方で終わってほしくないものは終わる。2011年の福島第一原発事故をきっかけに毎週金曜日の夜、首相官邸前で行われてきた「反原発デモ」が3月26日の400回で終わりになった。原発は「人類史上最大の愚行」と、私と毎日新聞同期入社の高榎堯君は言い続けてきた。昔は『世界』などに反対を書き続けた。しかしジャーナリズムはいつも新しい者を求め、老人を相手にしなくなる。高榎君の論文、評論が日本のジャーナリズムに掲載されることはなくなった。彼の主張は、たんに、原子爆弾だけにとどまらない。核爆発をともなう原子力発電をもさす。核の平和利用といってジャーナリズムが大騒ぎしたもう50年前から彼の姿勢は一貫していた。いったん生み出された核物質は捨てるにしてもなくすにしても、その方法がない。ドイツのように地中深く埋めてもなくならず、永久的に地球上に残されていく。原子力発電が続々と生み出す使用済み廃棄物は増える一方で人間の手に負えないものになる。
 福島県を見よ、だ。事故10年たってジャーナリズムは大騒ぎしたが、山と摘まれた冷却水のドラム缶の山、漁協などが風評被害を恐れて海に捨てて処分することもできない。冷却水も廃棄物も増える一方で、いったん放射性物質が流れたフクシマの北西方向の地区は、自分の家にも帰れない。
 首相官邸前の抗議デモは、こうした原発反対の象徴として続いてきたものだ。ピーク時には20万人が集まったが、最後は200人になってしまった。10年続けても何の効果もなければ人間だれでもいやになる。国内の原発は、建設中の全60基のうち24基の廃炉が決まり、9基が再稼働したそうだ。東海村の原発は裁判で危険が指摘され、柏崎刈羽原発もいまだにゴタゴタが続いている。
 反対デモのためのステージや大型スピーカーの保管料が払えなくなったのがデモ中止の理由らしい。10年たって反響は年々小さくなり、政府は何かするポーズさえ見せない。一度も反対デモに参加したことのない老人が寂しがる権利もないが、世界中でヒロシマ型原爆を毎日3、4個分燃やしている、人類史上最悪の愚行を何とかとめられないか―。

nice!(1)  コメント(0) 

BS-TBS番組情報 №231 [雑木林の四季]

BS-TBS 2021年4月のおすすめ番組(上)

                               BS-TBS広報宣伝部

新・地球絶景紀行 憧れのハワイ 6島巡り 秘境!裏マウイの素顔

231新地球絶景紀行ハワイ.jpg
2021年4月3日(土)よる7:00~8:54

☆地球を旅し、そこで出会った絶景を紹介。今回はハワイ!

ナビゲーター:吉田羊
旅の達人:隈研吾(建築家)
絶景ハンター:武田康男(空の探検家)

今回の新・地球絶景紀行2時間スペシャルはハワイ特集!
知られざる裏マウイの大自然を新撮ドローン映像でお届け。
天国の街、太古の峡谷、夕陽の絶景ポイントなど、魅力たっぷりでお送りする。
旅の達人は、建築家の隈研吾。
彼の意外な旅のスタイル、そして、建築家人生を変えた旅、とは?
絶景ハンターは、空の探検家・武田康男。
世界の美しくも不思議な空の映像。
そして、吉田羊が心をつかまれた旅ベスト5もお届けする。

噂の!東京マガジン

231噂の!東京マガジン.jpg
2021年4月4日スタート

毎週(日)午後1:00~1:54

☆TBS「噂の!東京マガジン」がBS-TBSにお引越し!

出演
森本毅郎 小島奈津子
井崎脩五郎 清水国明 山口良一 笑福亭笑瓶 風見しんご 深沢邦之

現在TBSテレビで毎週日曜午後1時から放送中の人気番組「噂の!東京マガジン」が、2021年4月からBS-TBSにお引越し!
4月4日からは毎週日曜午後1時という放送時間はそのまま、全国無料BS放送のBS-TBSで全国の視聴者の皆さんにお楽しみ頂きます。
「噂の!東京マガジン」は1989年10月1日(日)に放送開始。地上波TBSでの放送は、最終日となる3月28日(日)までで31年半、放送回数としては1484回となる大長寿番組です。
4月からのBS-TBS放送では、総合司会の森本毅郎をはじめ、井崎脩五郎、清水国明、山口良一、笑福亭笑瓶、風見しんご、深沢邦之、小島奈津子(6代目アシスタント)らレギュラー陣の顔ぶれは変わらず(週替わり出演予定)。各地で起こっている問題について現場を取材する「噂の現場」や、街の若者が様々な料理に挑戦する「やって!TRY」などの人気コーナーもそのまま。これまではTBSとJNN系列9局での放送でしたが、放送地域を全国に拡大して、「身近な出来事から世の中が見える番組」というモットーのもと、TBSからのバトンを引き継ぎ、視聴者の生活に寄り添うコンテンツをお届けし続けてまいります。
どうぞご期待ください!

ハンターシェフ~生命をいただく究極料理人~

231ハンターシェフ.jpg
2021年4月11日(日)よる10:00~11:54

☆自ら狩り、ジビエ料理を提供する「ハンターシェフ」たちが登場。狩りから調理に至るまで、その暮らしに密着する。

出演
國井克己(愛知県名古屋市「百獣屋 然喰(ももんじ ぜんくう)」
首藤正人(大分県玖珠郡九重町「樂樂(らくらく)」)
草野貴弘・亜李砂(大分県日田市「奥日田獣肉店」)

ハンターシェフ。それは、みずから、野生鳥獣の猟に赴き、仕留めた獲物でジビエ料理を提供する狩猟料理人。
食材について深い知識を持ち、その味わいの魅力を最大限に客に提供する。自然の偉大さ、命の尊さ、人間が原初から続けてきた狩りという営みの深淵に触れるハンターシェフたち。
ジビエ料理の本場、ヨーロッパでは当たり前の存在だが、近年は、日本でもハンターシェフを名乗る者が少しずつ増えてきている。
番組では、3組のハンターシェフを密着取材。狩猟や調理はもちろん、地元の協力者との関わりや道具選び、ジ
ビエと組み合わせる食材へのこだわりなど、その生き方・暮らしぶりに迫る。
▽名古屋市の國井克己さんは猟師であり、ジビエを囲炉裏で焼いて提供する「百獣屋然喰(ももんじぜんくう)」のオーナーでもある。バイアスロンの選手でもある國井さんの雪山でのイノシシ猟に密着する。
▽大分県玖珠郡九重町で、ジビエをはじめ地元の食材を使った料理を提供する人気店「樂樂(らくらく)」を営む
首藤正人さん。狩猟歴は長く、様々な猟法を使い分けて、キジ、カモ、イノシシ、シカをはじめ、あらゆる獲物を捕らえる。
▽大分県日田市在住の草野貴弘・亜李砂夫妻。貴弘さんは元ラッパー。罠猟歴4年だが、年間100頭のペースで獲物を捕獲。獣肉処理場を営み、妻の亜李砂さんはキッチンカーで夫が獲った猪肉や鹿肉を売る。
・・


nice!(1)  コメント(0) 

バルタンの呟き №94 [雑木林の四季]

「春!ですが・・・」

          映画館時  飯島敏宏

 春です! 一斉に、というよりも、先を争うように桜満開!という情報を各地が競って発信しています。待ちに待った緊急事態宣言が解除されて、まるで鬨の声を上げるように、各観光地が悲願の人寄せの為に発している開花情報なのです。強引とも見える緊急事態宣言解除に応えるように、そして、初夏並みと言われる気温の上昇と共に、サクラの名所ばかりか、各地の繁華街の人出も一気に増えて、新聞、テレビ、その他のメディアにその情景が映像化されて広がっています。さらに、「人類がコロナウイルスに打ち勝った証として」という決まり文句で胸を張り続ける菅総理の号砲一発、福島発の2021東京オリンピック・パラリンピック聖火リレーも、見切り発車(?)され、各地の桜だよりと交錯しながら、国内外に中継されているオリンピック・パラリンピック主催国平和ニッポンの春の情景です。世論調査では大方70パーセントもの国民が開催を危ぶむ中で・・・
その一方、対する新型コロナウイルスCovid19は、制圧されるどころか、さらに変身して伝染力を増し、すでに海外からニッポンに侵入して、第4波パンデミックを仕掛けています。
 海外からの観客は、既に望めなくなり、主要各国首脳の来場も、なんとなくあやふやな状況を見せ始め、肝心の競技大会の主戦級の海外プロ有力選手の中にも、拒否、あるいは辞退をする可能性も噂される状況です。まして、もしこのまま日本国内の感染状態が広がって行けば、観客制限どころか、無観客競技大会になりかねない情勢もうかがわれてきたような気がするのですが・・・
我が街の、桜満開の中央公園での話題も、コロナコロナです。ついに、この街からも明白な形でコロナ感染死者が出たことが露見して、この所、早朝ラジオ体操参加者が減少、震撼しているのです。
今朝、第一、第二と、ラジオ体操を終えて、さて、日々恒例の歩きに、という時でした・・・
「いっそ、この際思い切ってGo to!もオリンピックも中止したらどうなんですかねえ!」
最近顔を見せるようになった元教員という傘寿老が、周囲の常連に発した一言が、たちまち炎上してしまったのです。
「冗談でしょう!そんなことをしたら、この国は、破産しちまうよ!」
新顔の声を聞きとがめた古株の元証券会社の米寿老が、いきり立ちます。傘寿でも此処ではザラな歳なのです。
「?」
傘寿氏には、どうやらその脈絡が読めないようでした。
この街は、証券会社関連の大手不動産が分譲した住宅地ですから、50年に近い年月を経た今日では、超高齢の街であり、住民も、証券会社、銀行その他金融関係、商社OB主流の街なのです。
「すでに莫大な費用をかけて設備を整えた上に、もし、中止、つまり日本の事情でキャンセルでもしようものなら、あんた、損害賠償として絶大なキャンセル料をIOCに支払う事になるんですよ!」
「でも、今のまま、少数観客や、無観客で開催したら莫大な追加費用が掛かるでしょう?」
果敢にも、傘寿翁が反論を試みます。
「中止したら、その上に、天文学的損害が生じるのはお判りでしょう、あんた、無収入になるんですからね!膨大なテレビ放送料や広告収入が、ゼロになるわけですから比較にもなりませんよ!」
「オリンピックを当て込んでいた不動産業界、ホテル業界、観光業界、宣伝業界なんかの損失は東京都や首都圏ばかりではなく、全国的なものですからね・・・」
だんだん傘寿翁を囲む人数が増えて、マスクを吹き飛ばさんばかりの百家争鳴になってしまいました。
「それに加えて、選挙の事もあるしね・・・」
「選挙?」
とんでもない方に飛び火して、傘寿翁がきょとんとします。都議会議員選挙の事でしょう。
小池がとか、知事と対立してきたこの街を地盤とする保守系都議の名などが上がります。
「菅さんも、大変だ・・・ここへきて二階さんが・・・」
こちらは、さらに飛び火して国会議員選挙レベルの話です。近ごろでは、杖をつく人が増えて、階段を上る山道を避けるコースになってしまった「歩こうかい」に議論が持ち越されて、リベラル発言の傘寿翁は、公園に置き去りになってしまいました。
「それでいいんですよ。ありがとう」
しょんぼりしかかった彼の肩を叩いたのは、米寿の僕です。
「え?」
「誰も違う声をあげない状態は、危険だからです。あなたは、今、日本が、戦争の危機にさらされているとお思いになりませんか?」
「戦争?」
傘寿翁には、突然戦争などと言い出した僕の言葉が、突飛に響いたのでしょう。
「ある意味で、今のニッポンは、世界がうらやむほどに、平和ですが・・・なんだか、誰も声を上げようとしなくなっている気がするんですよ・・・あの戦争の時と同じように」
「あの戦争?」
「第二次世界大戦、大東亜戦争ですよ」
「はあ・・・?」
敗戦後76年、いまや、若い世代どころか傘寿翁にして、「あの戦争」と「あの敗戦」は、平和ムードの中で、他人事のように遠ざかってしまったのです。
「全国民、みんなが、見ざる聞かざる言わざるになってしまったから、ずるずるとあの戦争を始めてしまったのです。中庸を貫いている心算の僕も、この公園では、かくれ左翼と言われていますからね。でも、実はみんな耳を貸しているんです。あなたも、ぜひ、疑問がおありでしたら今日のように、声を挙げて下さい。ディベートが大切なんですよ、この街には・・・」
 北朝鮮対策には、大日本帝国を暴挙に追い込んだABCD包囲陣が、日韓米軍事同盟に日独伊三国同盟の脆さなどが重なって見える今日、この街の朝を目覚めさせるには・・・」
傘寿翁を急き立てて、遥かに遠ざかってゆく面々を追うのですが・・・僕とほぼ同年齢の半藤一利さんを偲びながらの拙い呟きですが、地道にでも続けてゆこうと思うのです。


nice!(1)  コメント(0) 

医史跡を巡る旅 №86 [雑木林の四季]

江戸のコレラ~安政五年 長崎、京都そして大阪

     保健衛生監視員  小川 優

「感染拡大防止に、もはや打つ手なし」との理由で緊急事態宣言が解除されて2週間。大方の予想通り、新規感染者数は増加に転じています。感染して直ちに症状が出る、あるいは検査陽性となるわけではないですから、現在新規感染者として数字が上がってきている人々が感染したのは、宣言解除前と考えられます。解除後の人出、とくに花見など季節に誘われて、または退職、転勤、卒業そして入学、入社シーズンに伴う会食機会の増加を考えると、いつ爆発的に感染者が増えても不思議はありません。

2月末を以て先行して宣言対象地区から外された関西圏では、大阪を中心に再燃傾向が明らかで、さらにその内訳も変異型が多くを占めるようになってきました。
3月30日時点の大阪府の発表によると、大阪モデルのモニタリング指標である新規陽性者における感染経路不明者の7日間の移動平均が188.43、直近1週間の人口10万人あたりの新規陽性者数は24.75、患者受入重症病床使用率が40.2パーセントという数字です。ちなみに1週間前の数字は、それぞれ80.71、12.21、27.2パーセントです。わずか1週間の間に、濃厚接触者やクラスター以外の感染経路がわからない陽性者、そして新規陽性者(感染者)全体数はそれぞれ倍になり、その陽性者のうち発症して症状が重くなる人も増えたことで重症患者病床の圧迫度が10パーセント近く高まった、ということになります。ちなみに発症数の増加は、およそ1週間後の重症患者の増加に反映する傾向があります。
もうひとつ注意すべきは、陽性者中に占める変異株の割合です。NHKの報道による大阪府のスクリーニング検査の結果では、2月14日から20日までは13.2パーセントだったものが、3月14日から20日まででは45.2パーセントまで跳ね上がっています。
変異株については、従来型に比べて感染力が強いということを以前お話ししましたが、そればかりではなく、重症化の懸念と、ワクチン有効性の疑問もあります。

そのワクチンも、相変わらず供給予定の具体的な数字が見えてきません。優先接種以外の接種計画が決まらないというのに、薬事承認も未了なファイザー社製以外のワクチンを、本人希望により選択可能であるなどとワクチン担当大臣補佐官が先走って明言し、慌てて担当大臣が否定するドタバタもありました。モデルナ社製、アストゼネカ社製、シノバック社製ともに、まだ日本における安全性が確認されておらず、具体的な供給の目途もたっていない段階で、情報をミスリードすることは、国民のワクチンへの信頼性と、期待を裏切ることにほかなりません。
ならば早く他社のワクチンも承認してしまえばいい、すでに外国で相当数の接種実績があるにもかかわらず、なぜ日本でも独自の審査を行わなければならないのかという疑問もおありだとは思います。それは残念なことにワクチンの効きめ、安全性について、人種の差がある可能性があるからです。例えばワクチンによる重篤なアレルギー反応とされるアナフィラキシーの発生状況ですが、アメリカでは100万回あたり4.7件、イギリスでは同じく18.6~19.4件なのに対して、日本では47件(3月21日までの578,835回接種中)、100万回あたりに換算すると81件報告されています(3月26日開催、厚労省審議会資料より)。※ただし、集計の方法や症例定義が必ずしも一致しないため、単純に比較することはできない、とのコメントあり。
現在接種が進められているファイザー社のワクチンは、承認前の大規模な臨床テストがアメリカ、アルゼンチン、ブラジルで行われ、アジアの国では実施されませんでした。これらの国の臨床試験では白人が58パーセントを占め、ヒスパニック・ラテン系が26パーセント、黒人が10パーセント、アジア系にいたってはわずか5パーセントしか行われておらず、アジア系に対する十分な臨床例が集まっていなかったのです。その後国内でも臨床試験を行ってデータが集められ、安全性を確認したうえで承認に至ったという流れです。

あだしごとはさておき。
江戸のコレラ、序章文政篇に引き続き、安政篇になります。

1840年に始まり、収束までに20年を要した3回目のコレラ・パンデミックは、日本にも大きな影響をもたらします。その頃の日本は、嘉永6年(1853)にペリー来航、翌年の日米和親条約および下田条約の締結を経て、安政5年(1858)6月19日アメリカ軍艦ポーハタン号艦上での日米修好通商条約の調印と対外的に翻弄されている時期でした。また条約締結は朝廷の意志を無視する形で行われ、大老井伊直弼は反対派の弾圧のために安政の大獄を強行したため、幕府に対する反発が強まり、攘夷思想の広まりと倒幕のうねりが生じます。
政治的な激動ばかりではなく、嘉永7年4月京都大火で禁裏が炎上、同11月安政東海地震、翌日に安政南海地震が発生、安政2年2月には飛騨、10月には江戸、翌3年7月には八戸沖と大地震が頻発し人災、天災が相次ぎます。
一方以前から欧米列強で唯一、日本と交流のあったオランダからは安政3年(1857)、海軍伝習所教官として軍医ヨハネス・ポンペ・フアン・メーデルフォールトが派遣され、彼と門下生の松本良順らの尽力により医学伝習所が設立されます。

条約調印1か月前の安政5年(1858)5月21日アメリカ軍艦ミシシッピ号は、上海寄港の後長崎に入港します。ミシシッピ号は嘉永6年に、ペリー東征艦隊として来航した黒船の一隻です。同艦には上海でコレラに感染した乗組員がいて、乗組員の上陸とともに長崎で広まります。
医学伝習所のポンペと、松本良順ら門下生は予防と治療に努めますが、当時の再先端医療である西洋医学の知識をもってしてもコレラを効果的に治療する術はなく、長崎で700人以上が犠牲になったとされます。それでも罹患者中の死亡者数は、明治になってからの流行時の死亡率より低くかったようです。ポンペは最新の知見であるウンデルリッヒの治療法に基づいて治療指針をまとめ、松本良順がこれを日本語に訳してひろめました。この中では治療薬として、マラリアの特効薬であり、キナの樹皮から得られるキニーネと、アヘンを用いていました。またこの時に治療のために開設されたのが長崎養生所で、初の西洋式近代病院と言われます。またポンペの助言により、7月にはアジ、サバなど一部の食品の売買を禁止するお触れが出されています。

「松本良順墓」

86画像①.jpg
「松本良順墓」 ~神奈川県中郡大磯町東小磯 妙大寺

5月に長崎から日本に侵入したコレラは、その後九州各地や山陰・山陽を席巻し、一説には6月に京都まで達したといわれます。ただし「日本疾病史~コレラ記事」には「安政五年戌午、仲夏より深秋に至り、諸国にコロリ病大に流行す、八月下旬に至りて京師初めて行わる」、「彦根市史 中冊」には「安政五年九月中旬ヨリ大阪ノ辺ヨリ一日転ト云フ疫病京都エ渉リ」との記述があり、寺院の過去帳から超過死亡者を割り出した研究によれば7月中旬と9月上旬にピークが見られることから京都で感染が始まったのは7月以降とみるのが妥当と考えられます。
この時の流行は年を越して翌年にまで続き、に安政6年7月には猖獗を極めます。朝廷のお膝元だけあって、幕府も傍観することもできなかったようで、施政者の対応の流れを追ってみましょう。
京都町触集成によると安政6年「未七月」に「流行病除方之御法書」という心得が発せられます。現在の「三密防止」や「新しい生活様式」のようなものですね。続いて未八月十二日付けで、「流行病并外病にして相果てし候者、先月十二日より今十二日まで洩れず」届ける旨、また今後は死亡者あるたびに届けるようお達しがあります。これは江戸時代版HER-SYS(新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム)とでも言えるでしょうか。
このほかにも禁裏の医師に治療薬を調合させて市中に配布したり、困窮者に対する定額給付金にあたる、「鰥寡孤独貧窮もの」や「一人暮ニ而世話いたし候もの無之」者などへの救済の指示を出したりしています。因みに救済も町年寄に対する指示であって施策ではなく、町民の相互扶助に頼るなど、まずは自助、共助に頼る現政権と同じやり方です。結局は今も昔も変わらず、後手後手で無策に等しく、効果的に感染を抑制したり、民衆を安心させられるような効果はほとんど見られませんでした。
役所が当てにならぬならと、頑張ったのが町衆です。現在も続く筆、墨、紙を商う鳩居堂の当主熊谷直恭は、感染者を収容し、看護するために病人世話場という施設を木屋町御池に設けました。しかし自らもコレラに感染し、安政6年9月に亡くなります。
更に人々は祇園祭でもないのに、町ごとの山車を祇園社に繰り出したり、踊りながら上御霊社、北野天満宮、伏見稲荷に詣でたりしました。その様子は「神いさめ都の賑」という刷り物に残されています。刷り込まれた説明文には、以下の一文があります。

きのふ見し娘もけふは あら男 ころりと替る 神のいさをし

諦めを通り越して笑いに転じる、なんと諧謔に富んだ文章ではありませんか。これは流行真っ最中の安政6年8月に発行されたものです。
最終的に京都における死者は洛中1,869人、洛外835人との記録があります。

そのころ大阪では緒方洪庵が治療に奔走しています。

「緒方洪庵像」

86画像②.JPG
「緒方洪庵像」 ~大阪府大阪市北浜3丁目 適塾

弘化2年(1845)現在も保存されている適塾の建物に転居、開業し、診療の傍ら医学教育と、種痘を広めることにも多忙な日々を送っていた洪庵も、コレラ禍に巻き込まれます。大阪でコレラが流行しだしたのは、安政5年8月。直ちに洪庵は洋書を調べ、コレラについての治療法が記載してある三書を選び出します。すなわちモストの「医家韻府」、コンラジの「病学各論」、カンスタットの「治療書」でこれらを抄訳、更に伝え聞いたポンペの治療法を比較検討します。

「虎狼痢治準」

86画像③.jpg
「虎狼痢治準」 ~復刊本 著者蔵

更に自分の治療経験を踏まえ、ポンペの治療法により供給が追い付かなくなっているうえ、病期の進行状況では却って危険であるとしてキニーネの濫用を戒めます。こうした内容を同月中には「虎狼痢治準」にまとめて100部を刊行、治療に当たる医師に無料で配布します。

「虎狼痢治準」

86画像④.jpg
「虎狼痢治準」 ~復刊本 著者蔵

洪庵の治療法で優れているのは、一辺倒に同じ治療を行うのではなく、患者の病態をよく見極め、状況に応じた治療を施すとした点、塩類の静脈注射を採用した点、さらに薬に頼らず、体を温めたり、温湯、米の煮汁(重湯のこと?)や、コーヒーを与えるなど、看護法についても言及している点です。

「虎狼痢治準」
86画像⑤.jpg
「虎狼痢治準」 ~復刊本 著者蔵

長崎に始まった流行は、大阪、京都を経て東海道または中山道を伝わって東上したと考えられていましたが、参勤交代の宿地毎に飛び火的に、あるいは廻船の寄港地に侵入し、その周辺に広がった可能性も否定できません。
次回はそのあたりの謎に迫ります。


nice!(0)  コメント(0) 

海の見る夢 №4 [雑木林の四季]

April in Paris

                                          澁澤京子

 昔、犬の散歩の途中、しゃがんで犬のウンチをビニール袋に入れようとしていたときの事だった。「なんてかわいいワンちゃんかしら!」と上の方で声がして、見ると目の前には一部破れのある網タイツにハイヒールを履いた足が見える。見上げるとジーンズの短パンを履いた年配のゲイのおじさんがこちらを見下ろしていた。おじさんの顎にはうっすらと髭が生えていた。
「ねえ、ワンちゃん触ってもいい?」
「どうぞ、どうぞ。」家族以外の人にはめったに慣れないうちの犬が珍しくしっぽをふって歓迎しているではないか。

「あたしねえ、犬が好きでとっても飼いたいのね・・でもあたしの住んでるアパートは犬飼えないし夜はお仕事があるしょう・・」やがて、人懐こい彼女?は私と犬と一緒に歩き始めた。子供の時から動物が好きだったのだとか、いろいろな話をはじめておしゃべりがなかなかとまらない。おしゃべりが止まらないところが女っぽい。やがて商店街に出て人通りが増えてくると、前から歩いてくる人たちの視線が、まず一斉に私の隣を歩いている彼女に釘づけになり、それから私を見る。一方、並んで歩いている私には彼女の短パンと大胆な網タイツ姿は見えないし、第一、話しているうちに彼女が繊細なさびしがり屋であることがなんとなくわかってきたので、彼女に対する違和感はまったくなかった。

「あたしはね、昔、パリに住んでたことがあるのよ。」と彼女は話し始めた。
「まあ、素敵。」
「・・すごく楽しかったわよ・・あたしはパリが好き。できれば、もう一度行きたいわ・・春のパリってすごくいいのよ、お花がたくさんあって・・」
「・・いいわねえ・・」
恋人がフランス人だったのか、あるいは恋人と一緒に一時期パリに住んでいたことがあるのだろう。パリだったらこんな風に好奇の目で人からじろじろ見られることもなかったのじゃないだろうか?それから彼女は商店街で私の買い物に付き合ってくれて、また一緒に戻ってきてからようやく私の家の近くで別れた。まだ私とおしゃべりをしたそうだったけど、その頃子供が小さくて、私は急いで夕食の支度をしなくてはならない忙しい主婦だったのだ・・またこの辺でばったり会ったらおしゃべりしようね、と約束してから別れた。その後、夕方の同じ時刻に何度も犬を連れてその近辺を歩きまわったけど、彼女とはもう二度と会えなかった。

『チョコレートドーナツ』という映画を観て、その彼女の事を思い出した。捨て子のダウン症児を引き取って育てたというゲイの実話をもとにした話。映画ではゲイであるために親権を獲得することができず、法に訴えるが負けてそのために悲劇が起きる。
主人公のマルコを演じた子供がとても可愛い、子供を引き取って育てるクラブ歌手のゲイ役のアラン・カミングという俳優の優しく温かな感じもよくて、ゲイであるというだけで世間の偏見と差別に傷つけられているクラブ歌手が、障害を持った無垢な少年に癒されていく過程がじわじわと伝わってきて、二人の交流がとてもいい。

この映画を観ると、常識や偏見を振り回す世間一般の人々の狂気と暴力が逆に浮き彫りにされ、実際は誰がまともで誰がまともでないのか、とても考えさせられる。(頭の堅い人ほど自分が常識的でまともであることを信じて疑わないのだ・・・)

ホーソンの『緋文字』は私生児を生んだだけで額に焼印を押され村八分になって生活する女性の悲劇だったけど(アメリカの田舎町で起こった実話を元にした小説)こういった差別と排除は形を変えて続いていくのかもしれない、誰かを非難することが、自分は道徳的でまともであるという安心感につながり、誰かを非難したり排除することで人と団結する(国家は意図的に仮想敵をつくることで偽の団結を図ろうとする)・・信頼のない、バラバラの人間関係ではこういった仮想敵による絆しか持てなくなるのだろう。

同性愛に対する差別も、恐らく黒人差別・人種差別と同じように、これから何年たっても解決されることは難しいかもしれない。警官に取り押さえられて死亡した黒人の理不尽な事件はついこの間のことだったし、ビリー・ホリディの歌った「奇妙な果実」に見られるような人間の狂気は形を変えて続いていくのかもしれない。(その頃の、リンチで吊るされた黒人を囲んでお祭り騒ぎのアメリカ人の写真を見たことがある・・)

ようやくテレビから消えてくれたけど、白人至上主義で保守主義、女性蔑視、人種差別者のトランプを支持する人々はいまだに多い・・「お金がすべて」というわかりやすいイデオロギーも差別心も排外主義もトランプが堂々と正直に代弁してくれるからだろう。(マイケル・ムーアによるとその率直さが民衆に受けるところがヒトラーと似ているらしい)
トランプという人は(売上のためなら手段選ばず・弱者切り捨て)のアメリカ型自由経済の究極にはこういう人間が出来上がるという見本のような人じゃないだろうか。これを書いている今も、アメリカでのアジア人襲撃がニュースになっているけど、差別というものは誰かが先陣切って過激な発言をするとイモヅル式にあとからあとから湧いて出てくるものかもしれない・・

しかし、今アメリカで、グレタさんと同世代くらいの若い子たちが立ち上がり、銃規制問題や人種差別、政治や環境問題に積極的に取り組んでデモしたり発言したりしているのは、民主主義の健全さが保たれているようで実に頼もしい。

正義は時には暴力になりやすい。フランス革命がそうであったし、文革もルサンチマンによる残酷な暴力でしかなかった。国家の正義というものがただのプロパガンダで暴力でしかないのは、理不尽なイラク戦争があったことで私たちの記憶に新しい。しかし、ポストモダン以後の野放しの相対主義(正義の相対性による基準の喪失)もまた暴力と差別の温床になっているだけじゃないだろうか。理性や判断力を喪失すれば、人は集団同調を起こしやすくなる、あるいは誰かを否定することが己のアイデンティティの確認になる、見せかけの平等社会では、自分の不安を弱者にぶつける人、誰かを見下すことでかろうじて自分の優越感を維持しようとする人が多くなるだけで、こういった差別と暴力はなかなか根絶できないのかもしれない。普遍や理念を喪失すれば、自分を計るモノサシは常に他人との比較だけ。何の目的も考えも持たず、自己保身と他人より優位に立つことだけが唯一の目的の、不毛な競争社会になるのかもしれない。

差別を問題にすると必ず出てくるのが「偽善者」という批判であって、確かに人には個人的な好き嫌いはある。しかし、差別となると単なる社会的な、あるいは教育や文化の刷り込みでしかないのではないだろうか?もちろん個人の好き嫌いも、取り巻く文化や周囲からの刷り込みであることは多いが・・大切なのは自分がどういう偏り、価値観を持っているのか、自分自身を客観的に見る視点を持つことなのかもしれない。

頭のいい人ほど、物事や人に対して(先入観抜きの)白紙で向かうことができて、それゆえ的確に対象を理解できるように、明晰で洞察のある人ほど、こういった差別や偏見、思い込みから自由になれる人が多いような気がする。

『ヴィクトリア女王最後の秘密』は晩年のヴィクトリア女王とアブドゥルというインド人従僕との友情の実話をもとにした映画で、映画でインド人の青年アブドゥルは女王の信頼と寵愛を受けたために女王の周囲の宮廷の人間や貴族たちから大変な嫌がらせを受けるけど、実際インド人であるという理由だけでも、宮廷では差別や陰険な嫌がらせをずいぶんと受けたのだろう。(しかも、アブドゥルはイスラム教徒であった)しかし、ヴィクトリア女王はアブドゥルから素直にイスラム教の教えを聴いてその教えを尊重する・・アブドゥルを、なんとか実の息子や臣下たちの悪意や陰謀から守ろうとするヴィクトリア女王の毅然とした態度と、アブドゥルに対する変わらない愛情と信頼が心を打つ。

ロックフェラーの娘で男爵夫人だったニカも、そういった偏見や差別からは自由な一人で、セロニアス・モンクのパトロンとして面倒を見て、最後まで看取った。ある日、ラジオから流れてきたセロニアス・モンクのピアノを聴いて、天啓を受けたような気持ちになってそのままジャズにのめり込んだのだ。セロニアス・モンクのピアノって、荒々しいけど本質を摑んだ確かなデッサンみたいで、その魅力にとりこになった気持ちはわかる。(ニカはチャーリー・パーカーの最後も看取っている)

セロニアス・モンクはニカと一緒にアメリカ南部をドライブしていたときに、洗面所を借りただけで不審者扱いされて不当な逮捕をされる。(ニカの奔走によって無事に釈放されたが、ニカはそのために自分の実家とは縁を切ることになる)ヴィクトリア女王やニカのように、つまらない差別・偏見と闘う勇敢な人たちはいつの世にもいる。
しかし、差別といっても、トランプのような人種差別者を差別することは決して「差別」にはならないだろう・・そして、差別や偏見から自由だということは人の本質を見抜けるということなのかもしれない。それは臣下のお世辞や悪意ある告げ口など、腹黒い人々にとり囲まれたヴィクトリア女王が、たった一人のインド人の青年に正直さと真の友情を見つけたように。

結局、愛だけが人を本当に理解する鍵であるということを、『チョコレートドーナツ』のゲイの青年、そしてヴィクトリア女王とニカは教えてくれる。

セロニアス・モンクの『April in Paris』のピアノソロが好きだ。春の雨の降る静かな日に、じっと雨だれの音を聴いているようで、とても優しい気持ちになれるからだ。


nice!(1)  コメント(0) 

梟翁夜話 №84 [雑木林の四季]

「新Nボックス来たる」

           翻訳家  島村泰治

これはひたすら拘りの所為で、私奴(わたくしめ)は車はホンダと決めてゐる。宗一郎氏の一徹さとこの会社が作り出す車の面白さに惹かれて、帰国以来一貫してホンダの車に乗ってきた。

ほんのいっときは、乗り口の出っ張りが気に入ってビートルならぬフォルウスヴァーゲンに傾き、小粋なミニクーパーに惚れ込みもしたのだが、誰だかに誘はれて3ドアの初代アコードに試乗しておやと気が変わった。暫く乗ってみてくれとの誘いに乗せられて、この車にひと月タダ乗りしてすっかりホンダ贔屓になった。路面に吸い付く感覚が何ともいい。即座にブラウンのアコードを買い求めた。

あのブラウンの3ドアアコードが、私奴が乗った初めてのホンダ車、今では名車として殿堂入りのしてゐる車だ。それからシビック、インスパイア、レジェンド、キャパ、インサイトと乗り継ぎ、直近がNボックスとホンダ一辺倒だ。これが妙に肌身にあって何と十年乗り回し、まだいけるぞと買ひ替えは思っても見なかったのだが、店の巧みな売り込みもあり、昨今のIT化で安全機能が進んでゐることに愚妻の目が眩んで、急に替へることになった。

そして決めた新車が新モデルのNボックス。

その納車が決まり今日、三月十四日、二人揃って店に出向いた。折角の買ひ替えなら他の車種をといふ想ひは毛も浮かばなかったところが粋とは思われぬか。このNボックスといふ車、いま軽自動車市場を席巻してをり、他社が似非車を作って追随するほどの人気だ。ホンダ車特有の視界の広さ、ハンドルの操作性が抜群なことからこれは当然、糅(か)てて加えてわが家の主席運転手である愚妻が、この車をいたく気に入っていることが何よりなのだ。

思へば、私奴の運転歴は延べ五十年、在京時代も電車は乗らず車一辺倒の生活で、隅田川の東こそ疎いが東京を隈なく乗り回し、なお貰ひ事故以外は事故なしの名伯楽ぶりだったが、寄る何とやら、この数年はハンドルを握ることがめっきり減ってゐる。それと言ふのも、生まれつき車好きの愚妻が、これ幸いと運転席を乗っ取ったからだ。

半世紀も車を転がしてゐれば、助手席に踏ん反り返ってゐれば何処へでも行けるのは、これ将に贅沢。味を占めれば止められない。そんなこんなで、わが家の運輸大臣は外務、大倉を兼務する愚妻で、私奴はいまや浮世離れの境地、どうせITまみれのこの新車は手に負へまいと観念してゐる。

この新Nボックス、見れば何とも優雅なメタリックな深緑色、我らの齢相応に落ち着きがあり、乗れば十年の差は明らか、居住性は抜群だ。センシングがどうの、オートクルーズはかうなってゐるなど、新装の装備を確認しつつ驚き喜ぶ愚妻をみれば、これはなかなかよき買い物をした、と実感しきり。

ことと次第によっては、私奴の運転歴も程なく終焉することになるやも知れぬ。IT重装備の新Nボックスを操って愚妻の運転技能がさらに冴へ、私奴は事もなく助手席生活を全うできれば、それはそれでよし、とせねばなるまい。




nice!(1)  コメント(0) 

検証 公団居住60年 №76 [雑木林の四季]

ⅩⅢ 独立行政法人化して都市再生機構に改組

 
    国立市富士見台団地自治会長  多和田栄治

 4.公団住宅「改革」と公共住宅制度の破壊

 国土交通省は閣議決定にもとづく法案作成を急ぎ、2002年7月には、03年の法案提出、公団廃止を1年早め04年7月の都市再生機構設立の意向を固めた。都市公団は03年4月からの第7次家賃値上げを発表した。
 小泉構造改革が真っ先にねらったのが公団住宅制度と住宅金融公庫の廃止であり、わが国公共住宅政策の解体宣言であった。したがって、閣議決定にもとづく検討、新機構法案の作成をまつまでもなく、ただちに実施に移され、2002年度の住宅予算にあらわれた。04年の都市再生機構、05年の住宅金融支援機構の設立につづき、住宅政策体系の大転換を期する06年の住生活基本法の成立にむかう小泉路線の方向を見定めるうえで、02年当時の住宅予算、郡市公団の事業、地方自治体(東京都)の住宅行政の特徴をみておく必要が
ある。

 住宅予算の大幅削減
 2002年度の国の住宅予算(当初)を前年度対比でみる。住宅対策費(住宅金融公庫をのぞく)は国費9,278億円、10%減、事業費は1兆7,901億円、22%減と大きく削減している。うち公営住宅等は国費3,739億円、11%減、事業費8,312億円、12%減。とくに都市公団の予算減は際立ち、国費(出資金)は136億円、27%減、補助金・補給金は02年度からゼロ、事業(居住環境整備)費は5,064億円と25%も削られている。このうちの住宅整備計画の内訳をみると、その特徴がはっきりする。
 住宅整備費4,067億円のうち、公団賃貸住宅に8,500戸分、2,181億円、再開発関連住宅に2,500戸分、1,741億円をあてる。前年度にくらべると、賃貸住宅は4,200戸減、予算は1,808億円減、じつに45.3%の減である。再開発関連は2,500戸と変わらず、しかも予算は805億円増、85.9%もの増額である。1戸当たり額で新たな再開発関連には2・6倍もの予算計上である。施設整備は事業費が半減、予算も68・3%減となり、団地内施設の衰退がいっそう懸念された。
 公団事業予算が17.6%減のなかで、居住環境整備は25%減と大きく、都市整備は7.6%減にとどめたのにたいし、土地有効利用の35・1%増が目につく。
 ここで国の住宅対策費(国費)の推移をみておくと、橋本内閣が終わる1998年度は1兆6,714億円(歳出予算総額に占める比率は1・90%)、以降年々実額、比率ともに下落しつづけ、とくに小泉内閣2年目の2002年度9,799億円(1.17%)を境に急落して、最後の2006年度には7,179億円(0・9%)へと削減されている。ちなみに、住生活基本法が制定されて後の10年度は2,017億円(0.22%)、15年度1,527億円(0・15%)である021世紀の15年間に国の住宅対策費は、なんと10分の1以下への大激減が現実である。公共住宅政策は撤退にもひとしい。

 公団事業の変質と「都市再生」への暴走
 郡市公団「改革」は、「特殊法人等整理合理化計画」の閣議決定を先どりして進められ、2003年度予算概算要求にすでに具体的な姿をあらわした。2、000年3月に策定したばかりの「中長期業務運営方針」も01年に大幅改定するとともに、「ストック再生・活用計画」(2001~05年度)を作成した。改定方針は、公団業務の基本に「構造改革の重要課題の一つである都市再生に貢献」を打ちだし、業務内容として、①「市街地の整備改善」、②「賃貸住宅の供給および管理」をあげた。ストック再生・活用計画では5年間に4万戸着手、3万戸の建て替えのほか、新たに「トータルリニューアル」をかかげた。棟単位に全世帯の明け渡しをもとめて大規模改修をする検討にはいったが、結果として実現をみることはなかった。
 「都市再生」は小泉構造改革の目玉の一つである。小泉内閣は発足するとすぐ、01年用に首相を本部長とする都市再生本部を設置し、牧野徹が都市公団総裁をやめ、首相補佐官として担当した。小泉政権のもとで23の「21世紀型都市再生プロジェクト」が指定された。環状道路をはりめぐらし、空港をひろげ、都市部に超高層ビルをどんどん建設していこうという計画である。このうち第3次決定(01年12月)は、「公共賃貸住宅約300万戸について今後10年間の建替え、改修、用途廃止等の活用計画」を2002年度中に策定するよう求めた。
 従来型のばらまき型公共事業には国民の批判が高まっていた。「効率化・重点化」と称して形をかえた大都市集中の公共事業であり、ねらいは局地的なバブルの再現であった。02年に都市再生特別措置法を成立させ、都市再開発法等を改正した。この法律で「都市再生特別地区」「緊急整備地域」に指定されると、日照権や容積率などほとんどの規制がはずされ、都市開発が民間企業に丸投げされ、住民を追い出しやすくする仕組みがつくられた。都市公団が実施する市街地再開発事業も、一部は「緊急整備地域」の指定をうけ、都市再生の実現にふみだしていた。
 東京では超高層ビルの建設ラッシュとなり、早くもオフィス「バブル」の崩壊がいわれていた。ヒートアイランド現象、学校も公共施設も近くにないマンション建設など住宅環境の破壊は深刻になっていた。住民にとってコミュニティがこわされ、再開発事業から追い出され、あとに「再生」される地域が人間の住み働く生活空間になるのか。

 地方自治体の住宅行政の後退
 住宅「問題」は一般的に、利潤を求めて資本が集中する大都市に固有の問題であり、住宅確保を住民各自の「自助努力」に負わせるのは欺瞞もはなはだしく、住民の身近な守り手であるべき地方自治体の役割と責任は大きい。2001年にはいっての東京都の住宅行政の現状をみておく。
 東京都は01年5月の「住宅政策ビッグバーン」答申にもとづく形で「東京都住宅マスタープラン」(第3次)を作成した。時代状況の変化を理由に、市場の活用(住宅供給は民間が基本)、ストック活用(新規建設をやめ、既存住宅の建て替え・活用に重点)、既成制度の見直し(都営住宅制度の抜本改革)を柱にした政策転換を提言し、市場原理万能主義と行政の役割縮小論をとなえた。
 東京の持ち家率は41.5%、借家が全住宅数の55.6%をしめる(全国平均60.5%、38.1%)。居住面積は狭く、最低居住水準に満たない世帯は、民営借主では19.3%、公的借家で17.4%あり、住居費負担率も高く(民間借家で22..8%)、いずれの点でも全国最悪である(1998年住宅・土地統計調査)。都営仕宅への応募倍率に都民の切実な住宅要求があらわれている。空き家募集で10倍以上、新築では30倍以上、50倍、200倍の例もみられる。石原慎太郎郁政が新規建設ゼロをきめた2000年以降、この倍率は上がりつづけている。これにたいし東京都は、都営住宅の絶対量の不足はそのままに、「不公平感」をなくす名目で収入基準を引き下げ、入居を期限つきにするなど、重大な制叱改悪にのりだした。
 都営住宅を民設・民営方式に移行していく。都営住宅とその敷地(1,900ha)を有民間市場に放出する。期限つき入居制度の導入、入居にあたり課税所得以外こ資産調査、使用承継制度の見直しなど、都営住宅制度の改悪をはかり、公営住宅法のさらなる改悪をうながした。行政組織の上でも、02年度から都営住宅の管理業務を住宅供給公社に全面的に委託を拡大し、建設・管理に「経営的視点の強化等が可能となる」特別会計を導入するはか、住宅局の再編をすすめた(04年4月に住宅局を廃止、都市整備局に再編した)。

『検証 公団居住60年』 東信堂


nice!(1)  コメント(0) 

私の中の一期一会 №233 [雑木林の四季]

      世界の111か国でコロナ変異種が流行、それでも東京五輪を強行するのか
      ~国民の80%が五輪開催反対なのに、海外の観客なしでも開催に拘る~

      アナウンサー&キャスター  藤田和弘

 男子プロゴルフの世界ランク1位、ダスティン・ジョンソン(米)が13日、東京五輪が開催されても参加しない意向を示したとゴルフダイジェスト・オンラインが伝えた。
 五輪のゴルフ男子大会は7月29日からの予定だが、「PGAの大きな大会の中間に五輪大会がある。日程が複雑だし、酷暑の中の移動は容易ではない」と言うのが欠場の理由である。
 言われてみれば、確かに大変だなと思う。
 全英オープンの11日後に五輪大会があり、五輪の翌週が世界選手権シリーズのセント・ジュード招待というスケジュールになっているからだ。
 PGAツアーを優先させるためにアメリカ代表を辞退することにしたと述べている。
 D・ジョンソンは2016年のリオデジャネイロ五輪でも代表を辞退しているが、あの時は現地の〝ジカ熱”への心配があり、健康上の理由からだった。
 今回もコロナ不安が一番の理由なのかと思ったがそうではではないらしい。まあ本当のところは分からないが・・・
  今月25日に福島県相馬市から聖火リレーがスタートするようだが、ランナーとして参加する筈だった著名人やタレントの辞退が、ここへきて相次いだ。
 歌手の五木ひろし、女優の常盤貴子、将棋の藤井聡太二冠、大相撲の大関正代など続々で、〝辞退ドミノ”が止まらないと報じたメディアもあった。
 2012年のロンドン・パラリンピック競泳の金メダリストで伊勢原市の秋山里奈さんも辞退した。
「五輪の開催に疑問がある」というのが辞退の理由であった。
 五輪から遠ざかる人が増えているというのに、政府やIOCは「絶対に開催する」という姿勢を変えていない。
 しかし、ホントに五輪を開催する自信なんてあるのだろうか?
 このほど大手広告代理店が緊急アンケートを実施した。
 テレビ視聴者(14歳以上)の男女900人ずつの合計1800人に、東京五輪の開催を支持するかどうかについて回答を求めた。
 年代にバラつきがあるが全体としては・・・
「積極的に開催を支持する」は7.5%で、無観客や一部開催などの「条件付き開催支持」が9.8%だった。両方を合わせても「開催を支持する」は20%にも満たない結果であった。
 一方で「開催に反対する」は70.3%に達しダントツに多かったのである。
「どちらとも言えない」が12.4%あったが、〝多くの国民はこの夏の五輪を望んでいない”ことが確かめられた。
 東京都は11日、335人の感染を発表した。前日と2日連続で300人を越えた。
 この時、ネットに「PCR拡充もダメ。ワクチンは遅い。変異株追跡はままならない。打つ手と言えば〝お願いCM”だけ。これじゃ第4波は防げない。五輪なんてこの政権にはとてもムリだ」という投稿があった。
 国民の多くがガース-政権に〝不信感”を抱き、〝不満満載”なのがネットを除いていると分かってくる。
 オリンピックを強行して、そのオリンピックが原因で更にコロナが蔓延したら、一体誰が責任を取るのだろうか?
 IOCは日本任せだろうから責任をとるかどうか分からない。
 政治家は任期切れで「俺は知らん」とソッポを向きそうだ。
 菅政権も「ご指摘はあたらない」とか何とか言ってウヤムヤにしそうではないか。
 誰も責任をとらない!・・それが安倍&菅政権の得意技だ。
 世界の111カ国で〝変異株が流行しているのが現状だ”そうだが、それでも五輪開催にこだわるなんて「日本はクレージーだ」と海外では呆れているだろう。
  21年7月23日に開会式予定の東京オリンピックまであと4カ月に迫っている今。首都圏のコロナ感染拡大は収まる気配が見えてこない。
  一時より感染のスピードは衰えたようにも見えるが、日本でも変異種による感染があちこちで確認されていて、楽観したくてもその根拠を見つけにくい状況が続いている。
 その中で、ガースー政権は、海外からの観客受け入れを見送る方向で五輪の調整に入った。
 五輪組織委の橋本聖子会長は、有観客での開催は「安全・安心が保たれる実感が国民になければ難しい」との見解を示し、観客の受け入れは3月25日までに決断を下すことに決めたと表明した。。
 英ロンドンタイムズ紙などは、リチャード・パリー編集長が「五輪大会は中止すべきだ」という厳しい主張を発信している。
 この夏、東京に海外から大勢のアスリートが集まるオリンピックは、コロナの感染を広げてしまう可能性がある。
 コロナ感染拡大のリスクは、日本だけでなく世界にとっても大き過ぎるリスクになると主張した。
「開催に向けて突き進む日本は、〝止められない暴走列車”に等しい。しかし、世界最大の都市で開く4週間のイベントは〝明白に中止すべき”である」と強調。
 ロンドンタイムズは1月にも、日本の政府与党の情報として政府が内密に〝東京五輪中止を決定した。2032年に東京五輪開催プランが水面下で進行中・・」という特ダネ記事を報じていた。
 日本政府は、この報道を直ちに否定したが、火のないところに煙は立たないから・・・
 また、米ワシントンポストは「海外からの観客は禁じられる可能性が高い。国内の観客も人数制限することになりそうだ」と伝えている。
 海外からの観客をシャットアウトする理由は「アスリートは合宿地や選手村の大部分で隔離されるだろうが、海外の観光客は東京周辺を出歩くだろう。外来変異種への感染不安は都民を脅えさせることになるのは必定」だからだ。
 安全・安心な大会を確かなものにするには、海外の観光客を入れないことが一番なのである。
 菅政権は五輪で訪れる100万人規模の観客のインバウンド効果を期待していた。
 GoToでも分かるように。ガ-ス―首相はインバウンドを経済の起爆剤にと目論んでいたに違いない。
 哀れ、その目論見は外れたことになる。
 首相は、五輪の安心・安全について何の対策も説明しないから、五輪はコロナ禍の今、安全‣安心を脅かすものと見られているかも知れない。
 ワクチン接種を義務づけても、ワクチンを打っていれば感染しないという保障はないのだ。
 ワクチンを接種していても感染することがあり、感染すれば他人に移す懸念もあるのだ。
 だからワクチンを接種した善意の感染源が、もしあちこちにいたら都民は溜まったものではない。
 日本を含めて世界がコロナウイルスの感染拡大と戦っている最中であり、多くの国がワクチンを手にしていない。
 次々に変異するウイルスに、五輪期間中なんて関係ない。
 今夏に、安全・安心の五輪を開催しようとすることには無理がある。
  無理なら、「中止する」しかない。



nice!(1)  コメント(0) 

浜田山通信 №285 [雑木林の四季]

もろい鉄筋コンクリート造

         ジャーナリスト  野村勝美

 我が家のマンション団地は京王井の頭線の浜田山駅から百メートル弱のところにあり、一棟が1階に3戸、2,3階で一戸が4戸の計7戸、メゾネットタイプという。広い敷地に10棟あり、 駅前からの中心通りの両側には商店街もある。築40年、去年の夏頃から大規模修繕工事が進んでいる。一棟すっぽり足場が組まれ、網目のシートがかぶさっている。壁面に飾られている煉瓦タイルがはがれたり、継ぎ目のセメントがボロボロになったので雨水が染み込んで台風の時など天井にまで入り込んでくる。
 セメント、コンクリートというものは実は弱いものだ。鉄筋コンクリート造は半永久的なものだとばかり思っていたが、たかだか40年だ。
 浜田山の駅から西永福寄りに7、80メートル行ったところにあるイイダヤという中堅スーパーのビル(2F)は、昭和60年定礎と金属板がはめこまれているからまだ36年しかたっていないが、家主は全面建て替えで3月末から一年数か月スーパーは休業する。 
 ヨーロッパの古い建物は、ローマで見た石造建築など30年ほど前に旅行した時、いまだに使用していると言っていた。石造と鉄筋コンクリート造は全然別物だ。ヨーロッパは地震もなく地盤がしっかりしているので、2000年前の、鉄筋なしの石造建物がどっしりと建っている。
 それにしてもコンクリートがこんなにもろいとは思わなかった。タワーマンションなどどうなるのだろう。まったく人間の作るものなどロクなものはない。その最悪な物は原爆だ。そして原発だ。フクシマはどうにも手をつけられないで、現状のまま凍結させておくしかない。原爆被害の生き証人だった関千枝子さんは中山士朗君との往復書簡を残して先立った。核廃絶を訴え続けた関さんは、早大露文科卒の私と中山君の一つ年下で、毎日新聞でも一年下の入社だった。私は会社が倒産の危機に陥ったとき、肩叩きにあって退社したが、関さんはミッチーブームの取材の後退社している。彼女との繋がりは、それだけではない。『県立広島第二高女二年西組』は筑摩書房から出版されたのだが、その時の編集者は中川美智子さんというベストセラー作りの敏腕編集者だった。私は彼女と能、狂言、文明批評家として有名だった戸井田道三先生の所で知り合い、今も時折、おもしろそうな本があると推薦してもらっている。持ち込み原稿や無名の人の作品を取り上げるのは、編集者として頭の痛いところだが、『県立広島高女二年西組』が文庫となり、10刷ぐらいまで行ったのは筑摩書房のためにも良かった。私は関さんや中山君と比べると、文章といい論旨といい、ボヤけたものしか書いてこなかったので、恥じ入るばかりだ。ことしの関さんからの年賀状に「浜田山通信、怒っていますね。楽しみに読んでいます」と添え書きがあった。情けない一年先輩へのシッタ激励だった。中山君との往復書簡、実にみごとなものです。もっともっと多くの人にすすめてください。      

nice!(1)  コメント(0) 

BS-TBS番組情報 №230 [雑木林の四季]

BS-TBS 2021年3月のおすすめ番組(下)

                          BS-TBS広報宣伝部

脇道ヒミツのお楽しみ 盲腸線の旅

230盲腸線の旅.jpg

2021年3月20日(土)よる11:00~12:00

☆大路線とは違う独自の魅力がある「盲腸線」の旅!

出演:西村和彦、山口智充

運行する距離が短く、起点・終点が他の路線に接続していない“行き止まり”の路線「盲腸線」。日本には現在、280路線ほど存在しているというが、大路線とは違う独自の魅力があり、鉄道ファンの間で盛り上がりを見せている。
番組では、全国の盲腸線で行き止まり駅まで向かう。枝分かれした路線だからこそ育まれた文化や、そこでしか見られない風景と出会い、紹介していく。

笑い!涙!感動! 博多大吉の追跡!投書物語

230投書物語.jpg

2021年3月28日(日)ひる12:00~12:54

☆「投書」にまつわる心温まる物語をお届けします。

出演:博多大吉

TV、新聞、ラジオ、雑誌...。
古今東西ありとあらゆるメディアの片隅にそっと存在し続けてきた“投書コーナー”。
投書に綴られているのは、「人生の一大事」から「日常のふとした疑問や悩み」、ときには「社会への問題提起」まで、いま人々が感じている率直な気持ち、日常生活での「気づき」や「教訓」が、投書コーナーにはあふれています。
番組では気になる投書を紹介し、投書したご本人にも取材。
いったいどんな人が、どんな思いで投書をしていたのか...。
さらに気になる投書の“その後”まで。
心温まる時間を届けます。

ゴルフ3キングダム春の大感謝SP
男子vs女子vsシニア プロNo.1決定戦Ⅱ

230ゴルフ3キングダム春の大感謝祭SP.jpg

2021年3月28日(日)夕方5:00~6:54

☆ゴルフ界を代表するスター選手が夢の共演を果たす第2弾!男子、女子、シニアのプロゴルファーがチームを結成して対決。プロNo.1の称号はどのチームに?!

【男子プロチーム】矢野東プロ、塚田陽亮プロ、塩見好輝プロ <応援団長:レッド吉田(TIM)>
【女子プロチーム】金田久美子プロ、永井花奈プロ、北田瑠衣プロ <MC・応援団長:コカドケンタロウ(ロッチ)>
【シニアプロチーム】深堀圭一郎プロ、田中秀道プロ、桑原克典プロ <応援団長:芹澤信雄プロ>

解説:菊地智哉(「月刊ゴルフダイジェスト」編集長)

ゴルフ界を代表するスター選手が夢の共演!賞金100万円をかけて、男子、女子、シニアのプロゴルファーが3人1組のチーム戦で対決します。
男子プロチームはツアー3勝の矢野東、国内メジャー勝者の塚田陽亮、若手の塩見好輝。

女子プロチームは美女ゴルファー金田久美子、シード選手の永井花奈、初代女子ワールドカップチャンピオン北田瑠衣が参戦。
そしてシニアチームは、国内メジャーを含むツアー8勝をあげた深堀圭一郎、USPGAでも戦った田中秀道、日本プロマッチプレーを勝った桑原克典。
普段は個人で戦う選手たちがチームを組んでどう戦うのか。プロならではスーパーショットはもちろん、選手同士の作戦会議やラウンド中のトークも必見。
トップアスリートの楽しくも熱い戦いをご覧ください!





nice!(1)  コメント(0) 

バルタンの呟き №93 [雑木林の四季]

「九官鳥」を知っていますか?

               映画監督  飯島敏宏

 「九官鳥?」ご存じない方が殆どでしょう。近頃、全くお目にかかることがなくなってしまった、忘れられた鳥、ですから。ちなみに手元の辞書(広辞苑)を引くと、スズメ目ムクドリ科、全身が黒紫色、嘴はオレンジ、全長約30センチメートル、巧みに人語や物音を真似る。とあります。戦前、つまり、今から76年以上前の都会の街々では、あちこちの家や遊園地に吊り下げられた鳥籠の中で、人々から掛けられた声や歌を、見事に似た声色で鳴き返してみせる鳥だったのです。僕の通った小学校の、小使室(常勤用務員の部屋)の軒先にもその鳥籠が吊り下がっていて、行き帰りに声を掛けたりしたものです。クラス一番のおどけ者のBちゃんなどは、当時人気の喜劇俳優高瀬実の声色で「ワシャかーなわんよ!」なんて声を掛けたものですが、見事な声色と抑揚で、「ワシャかーなわんよ!」と返したものです。
 九官鳥と聞いて、すぐに思い当たる方は、恐らく、超高齢の方々で、「それは、鸚鵡(オウム)と、違うの?」と思われるのが大方の人、すでに鸚鵡の物まねさえ、若い人たちには忘れられてしまっているかもしれません。
   鸚鵡返しという言葉があります。相手の言ったことを、そのまま真似て言い返すことで、歌舞伎には、名台詞を書きぬいた鸚鵡石というものもあるらしい(広辞苑)のですが、それでも、良くお分かりにならなければ、ぜひ、最近の国会中継をご覧になって、閣僚や、官僚の方々の答弁をお聞きになれば、直ちに、納得がいきます。官僚が作った文章や、上司の答弁をまるで鸚鵡のように、そっくりそのまま読み上げて答弁する、あれです。昨今は、鸚鵡はいても、なかなか九官鳥にはお目にかかれないのですが・・・
 ところで、昭和一桁生まれの僕ら昭和の子は、どこかで九官鳥や、鸚鵡に出逢うと、必ずと言っていいほど、大きな声で、「オターケサーン!」と呼びかけて、「オターケサーン!」と、そっくり真似て鳴き返すのを期待したものです。なぜ「オタケサン」なのかは、知りませんが、察すると、多分、当時は、どの家庭にもざらにいた女中さん(行儀見習いのお手伝いさんの差別語)にたけという名が多かったのでしょう。それに続けて、「オバーカさん!」とやると、「オバーカさん!」と返ってきて、周りにいた人も、一緒になって笑うのです。
 国会答弁だけではなく、与論という大きな声が、ジェンダー、と言ったとたんに、大臣から官僚から委員会から、地方選の立候補者まで一斉に女性になってしまうのも、ちょっと鸚鵡返しと言った感じがするのですが。
 ところが、僕、バルタンは、鸚鵡はそうであっても、九官鳥は、ちょっと違うと申し上げたいのです。なるほど九官鳥も「オターケサーン!」と言えば、鸚鵡に負けないほどそっくりの声で「オターケサーン!」と鳴き返しては来るものの、九官鳥からは、なぜか一筋縄ではいかない感じを受けるのです。体形が、鸚鵡のように円くなく、カラスに似て瘦せ身で黒く、体色と極端に対比的な黄色い嘴も尖っていて、奥まった目には、何かの思いが潜んでいる気がするのです。この鳥が名付けられた「九官」の由来は、中国の、舜の時代に定められた九つの官の総称で、政、法、農から、汎く音曲に至る万事を司る万能という意味ですから、この鳥を、九官と名付けたのは、この鳥が、よほど巧みに人語や物音、音曲を真似たからではないでしょうか。鸚鵡には申し訳ありませんが、「オターケサーン!」と返して、あとは黙りこくって褒美に貰った豆粒を噛んだりしている鸚鵡と違って、九官鳥は、声を掛けた僕らが立ち去った後に、自分本来の持つ美しい声を思い切り大きな声で鳴くのではないか、という気がするのです。ひょっとすると、中国からやってきたこのムクドリ科の真似上手な鳥を九官鳥と名付けた人は、その声を、九官鳥が自分自身の美しい声で鳴くのを聞きつけたからこそ、この鳥の名に九官と冠したのではないか、と。
 西暦2021令和三年の今年、コロナ騒ぎと、過剰な経済競争、民族と宗教、気象変動・・・全地球が揺れています。地上、海上はおろか、宇宙にまで戦争が広がろうとしている事実に、気づかなければならない時なのです。
米英撃滅!一億一心火の玉だ!本土決戦!一人一殺!ラジオも、映画も、絵画も、文学も、歌も、ポスターも、全      国民が声をそろえて、軍国主義政権の呼びかけを、鸚鵡返しに叫んで、滅亡への道を突き進んで行きました。後方からは自国軍の銃剣で追い立てられ、上陸した連合国軍の火炎放射器と連発銃に、無手で立ち向かって殲滅された沖縄戦線の一般人、あるいは、現在も引き続いているミャンマー国軍が自国同朋の市民を無差別無容赦に撃ち殺す映像を見るたびに、もし、75年前のあの時、少年戦士として教育され、洗脳されたぼくら少国民が、鸚鵡のように声をそろえて竹やり、火叩き、鳶口で、上陸した連続速射砲や連射拳銃で装備された兵士や、陸揚げされた装甲車、戦車の火砲の掃討射撃に立ち向かっていたら・・・当然、僕の一生は終わっていました。
 鸚鵡のように、自国繁栄の為に戦争をいとわない国々と同じように鳴き返していては、危険なのです。覇権を争う戦争は、今も、身近にあります。今こそ、決して戦争をしないと誓ったわが国は、叡知を絞って、双方に非戦を説く道を選択する時ではないでしょうか。それこそが、先の首相が称え、現内閣が継承したいわゆる積極的平和主義の真髄ではないでしょうか。今こそ、宇宙にまで戦争を持ち込もうとしている今こそ、九官鳥は、自分の声で、高らかに鳴かなくてはならないのだと・・・


nice!(1)  コメント(0) 
前の20件 | - 雑木林の四季 ブログトップ