台湾・高雄の緑陰で №35 [雑木林の四季]
どうなる、来年の台湾総統選挙
在台湾・コラムニスト 何 聡明
台湾では來年1月13日に総統選挙が行われる。与党民進党は元台南市長と行政院長を務めた現副大統領の頼清徳を候補に立てた。野党中国国民党は現新北市長候友宜を候補に、2019年8月に発足した民衆党は党首で元台北市長の柯文哲が立候補したので、来年の総統選挙は三候補鼎立の選挙になる。
若し民進党の頼清徳が当選すれば現総統蔡英文の対内外政策が受け継がれるほか、更に台湾主権の維持が強調されるであろう。若し中国国民党の候友宜が当選すれば台湾の主権を多少犠牲にしてでも中国共産党と和解する政策を取るであろう。民衆党の柯文哲は常に自分のIQの高さを鼻にかける機会主義者で蝙蝠型政客であるので当分当選できないが、自党支持者のほか一部元民進党と元国民党支持者の協力を得て、国会である程度の席次を維持すれば、中国国民党候補の総統当選にあわせて中国国民党と連合政府を組むであろう。若し民進党候補が当選し、政治目標の異なる民衆党との連合政府を受け入れなければ、民衆党は同じ野党同志の中国国民党と組み、国会で民進党政府に難癖をつけ続けるであろう。
総統選挙に勝利した政党は同日に行われる立法委員(国会議員)選挙で総席次113席の過半数を越える席次を獲得せねば政党の政策を有利に運用できないので、国会で過半数の席次は不可欠である。
さて、来年1月13日の総統選挙と立法委員選挙の結果がどうなるかは予断できないが、台湾の前途が掛かる選挙であることに違いはない。
2023年5月22日
BS-TBS番組情 №282 [雑木林の四季]
BS-TBS 2023年6月のおすすめ番組
BS-TBSマーケティングPR部
沢田研二 華麗なる世界 永久保存必至!ヒット曲大全集

2023年6月13日(火)よる9:00~10:54
☆「ザ・ベストテン」「レコード大賞」など貴重映像で綴るスーパースター・沢田研二のすべて!
1970~80年代、日本の音楽シーンが隆盛を極めていた時代。沢田研二は、そのど真ん中に君臨し続けたウルトラ・スーパースターだった。
1960年代後半からGSバンド「ザ・タイガース」「PYG」のメンバーとして活躍。1971年にソロデビューし、以降、日本のトップ・ミュージシャンとして活躍。ソロとしてのシングル総売上は1,241万枚を記録。日本レコード大賞をはじめ数々の賞を獲得した。
そのポップな楽曲の数々は常にヒットチャートのトップを飾り続け、妖艶かつ奇抜なコスチュームの数々は常にテレビの話題となった。
俳優として映画、舞台などにも数多く出演。近年では映画「土を喰らう十二ヵ月 」(2022年)で「第96回キネマ旬報ベスト・テン」主演男優賞、「毎日映画コンクール」で男優主演賞を受賞。「キネマの神様」(2021年)で急逝した志村けんの代役として主演を務めたことも記憶に新しい。
またミュージシャンとしてライブ活動も精力的に続けており、2022年7月からライブツアー「LIVE2022ー2023『まだまだ一生懸命』」を開催中。 6月25日(日)にはツアーファイナル&バースデイライブを「さいたまスーパーアリーナ」で迎える。
半世紀以上に渡って、ミュージシャン・俳優として活動を続けるジュリー。
当時の音楽シーンにおいて、まさに「特別な存在」だったジュリー。
しかし現在、視聴者がテレビで彼が歌う姿を見る機会はない。
番組では、「輝く!日本レコード大賞」「ザ・ベストテン」をはじめ、TBSが所蔵する音楽番組のアーカイブから沢田研二の歌唱映像をできる限り数多くご紹介することをメインテーマに構成。ザ・タイガース時代の曲から、ソロ2曲目「許されない愛」、レコード大賞 大賞受賞曲「勝手にしやがれ」、「ザ・ベストテン」1位獲得の「サムライ」「ダーリング」「カサブランカ・ダンディ」など、さらにライブで披露している近年の楽曲も含め、現時点で30曲近くある候補楽曲のなかから、今後ラインナップを決定していく。
さらに、テレビ番組の共演者や当時の関係者へのインタビューも予定。
当時「ジュリーは特別な存在」だと誰もが言い、そこに理由はなかった。
ウルトラ・スーパースターのカリスマ性をもちながらも、その人柄は決して尊大でなく、偉ぶってもいない、常識的な折り目正しい人物だった。
なぜ、ジュリーだけが特別だったのだろうか──?
この番組を見れば、その理由がわかるかもしれない。
ステキな犬物語

2023年6月5日(月)よる11:00~11:54
☆犬にまつわる様々な物語をワンコ大好き芸能人と一緒に楽しむ“オンリーワン”の番組
出演:関根麻里、岡部大(ハナコ)
MC2人が都内の人気ドッグカフェを訪問。
看板犬たちと触れ合いつつ、全国各地で取材した笑いあり涙ありの犬物語をじっくりと味わう。
かつて犬を暮らし、今は犬飼いたいモード一色のMC2人のトークも楽しむ。
▽どんくさすぎる……でもそれが可愛い!チャウチャウ犬の愉快な日々とは?
▽全飼い主の夢が実現!?ボタンで話すワンコ
▽人間に捨てられた犬が、人間を救う災害救助犬へ──
▽お年寄りの最期に寄り添う看取り犬
クイズ!薬丸家のSDGs生活

2023年6月3日(土)よる6:30~7:00
※毎月第1土曜放送
☆薬丸パパとその家族がSDGsを少しずつ学びながら、地球の未来について楽しく考える持続可能なクイズバラエティ!
出演:薬丸裕英、ナダル(コロコロチキチキペッパーズ)、岡田結実、山内あゆ(TBSアナウンサー)
#19「東京SDGs探し!下町リバークルーズ」
今回の薬丸家は、東京・日本橋から「東京SDGs探し!下町リバークルーズ」と題して東京の川を巡りながらSDGsを学んでいきます。
水路の案内役は、東京の川だけでなく地形にも詳しいスペシャリストの皆川典久さん。
日本橋川から神田川、隅田川を経由して小名木川へと続く東京の街を川から見る楽しさを皆川さんが薬丸家の皆に楽しみながら教えてくれます。
そして、何と言っても東京の川にはSDGsな秘密が山盛り!
いったい、どんなSDGsな川巡りが展開されるのか、乞うご期待!
海の見る夢 №54 [雑木林の四季]
海の見る夢
―Wanna Be Startin Somethin ―
澁澤京子
~人生は芸術を手本にしない。質の悪いテレビ番組を手本にするんだ。~ウディ・アレン
社会の「分断」ということが言われているけど、今起こっている「分断」はかつてのように、議論の余地のあるイデオロギーの対立ではなく(最初に結論ありきの予定調和な議会は政治にはよくありそうだが・・)あるいは、国会答弁のように話がかみ合わないまま、むしろ他人に対する無関心、そして無知なための偏見から起こった「分断」じゃないかと思う。セクハラにしても、LGBDにしても、その言葉だけに反応する人がすごく増えたような気がする、個人というものは千差万別で、そうした言葉でひとくくりにできないものだと思うが、何でもカテゴリーに分類して「わかったつもり」になることを偏見というのである。
自身を顧みても、偏見は自分の苦手な人間に対して持ちやすい。つまり親しみを感じる人よりも、相手のことがよくわからないので勝手にネガティブに決めつけてしまうのである・・イメージと文字情報のみのインターネットは、偏見のような「わかったつもり」の万能感を人に与えがちなのではないだろうか?そして、特に日本では他人に無関心かというと、無関心なのは他人の意見や業績であり、他人の私生活や動向、ゴシップやスキャンダルには、興味津々なのである。
「Wanna Be Startin Somethin」はマイケル・ジャクソンの曲で、パパラッチを風刺したもの・・パパラッチじゃなくとも、詮索好き、醜聞好きの人間は結構世の中には存在する。悪い噂は、時として相手から社会的地位や仕事を奪うほどの暴力に変貌する事がある・・悪意のある噂は、そうした暴力性を常に秘めているのである。
マイケル・ジャクソンは生前、小児性愛などの疑惑など黒い噂を立てられていたし、今、ハリウッドでも次々と映画監督や俳優が追放されている。最近、ピカソの価格が暴落したのも、なんと生前のピカソの女性関係と女性蔑視にあるという・・いくらなんでもこれは行き過ぎでは?モラハラ、セクハラ、パワハラなどの被害者の声を取り上げる#Me Too運動には賛成である・・伊藤詩織さんの「睡眠薬使用」による暴行(これはひどい事件だと思う、複数による暴力、脅し、あるいは未成年への性行為など不可抗力のものはもちろん、セクハラというより犯罪であって告発されてしかるべきだろう。しかし、不可抗力のものではないセクハラになるとケースバイケースで、極めて慎重な判断が必要になってくるんじゃないだろうか・・
モラハラを行使する側はたいてい弱者・被害者の立場をとり、道徳を盾にして相手を追い詰め、相手を破滅させたり、思い通りにコントロールしようとするのが目的。あるいは、受動的攻撃性といったらいいだろうか・・弱者であることを武器にした受動的なものなので一見、攻撃に見えないところが厄介なのである。最近の「受動的攻撃性」のいい例は、ウィシュマさんの死を支援者の責任にすり替え、支援者を糾弾した某国会議員などに見られる。
ちなみに、ウィシュマさんがたとえば白人女性だったらこんなひどい扱いを受けただろうか?という疑問もおこる・・自分も同じ有色人種でありながら、アジア、アラブ、アフリカ系の人を差別する日本人もいるからだ。ベトナム人技能実習生が、ひどいいじめを受けていたのは記憶に新しい。人種と関係なく、世の中には優秀だったり、善良だったり、あるいは浅はかだったり・・つまり様々な個人がいるだけじゃないかと思うが。
怖いのは、今の#Me Too運動に便乗して、自分にとって都合の悪い人間の評判を落とすために、明らかに悪意のある噂、あることないことを吹聴するような酷い人間もいる、ということだ・・香川照之さんへのバッシングも、まるでリンチのようだったが、今回の、歌舞伎役者の猿之助さん一家を追い詰めたのは、まさにスキャンダル好きのマスコミや、バッシングを止めるどころか平気で煽るような、世の中の風潮かもしれない。
それにしても、芸能人や芸術家、ミュージシャンは全員、石部金吉のようなお堅い人間じゃないといけない、ということなのだろうか?(それって面白いだろうか?・・)別にセクハラを擁護するわけじゃないが、世の中全体がまるで風紀委員のように潔癖、クリーンになることを危惧しているのである。そうなると、逆に水面下でますます悪質な性犯罪が増加するだけじゃないだろうか。
それより、重要な問題は、他にたくさんあるだろう、まずクリーンでオープンにしてほしいのは政治。世襲議員が多く(ここは歌舞伎と似ているが)、不透明な政治資金の使い方(内部告発が必要だと思う)、オリンピックや国葬などのイベントが好きで「お体裁だけ整える」といった中身のなさ、都合の悪い学者を平気で排除したり(研究費も削減)、目先の利益ばかり追求し、既得権益は守られたままなので改革とは程遠く(これこそ老害だろう)、人間よりも企業や組織が当たり前のように優先され、都合の悪いジャーナリストは排除され、統一教会の問題はいつの間にかうやむやにされ、こんな国では希望も持てず、少子化になるのも無理はないと思う。イエスマンの、周囲の顔色ばかり窺う社会では当然モラルは崩壊する・・あまりに理不尽が多すぎるのである。若者、子供の貧困問題、日本の治安が悪化し、それにも関わらず防衛費は増額され(また税金が上がるのでは)・・マスコミの報道は芸能人のスキャンダルより、こうした重要な問題を優先して報道してほしいものだ。2023年の今、日本の報道自由度は世界ランク68位、韓国、中国よりもずっと低いのである・・民度が低いと思われても仕方のない順位だろう。
何が善であり、何が悪であるのか、それこそ社会や法、文化,慣習によって違ってくる相対的なものだ。そうした基準のない今の時代は、他人に流されやすくなり、ネットやニュースを見て、「みんなが悪いというものは悪いのだ」式の判断が起こりやすくなる・・そうすると、本当に追及すべき悪を見逃してしまうのではないだろうか。権力はいくらでも、大衆の目をそらすために、誰かを叩くニュースを流すだろう。
~「あなたたちの中で罪を犯したことのないものが、まず、この女に石を投げなさい」
ヨハネ8・3~
思春期の頃、毎朝の礼拝の時間にいつも先生のお説教を聞かず、聖書をむさぼるように読んでいたが、ある日、この章を読んで考えている時に、いわゆる社会ルール(法)と宗教倫理が違う次元のものであることにはじめて気が付いたのである。姦淫した女は石打ちの刑で殺されてもいい時代に、イエスは、一人の女に石を投げている民衆に語ったのである「他人の姦淫を大勢で糾弾する己の姿をとくと観よ」ということか・・もちろん、イエスは姦淫を肯定しているわけじゃない。しかし、一人の女を集団で非難しリンチする人々に、そうした行為は正義どころかむしろ野蛮であると呼びかけたのである。
社会的慣習や社会の「法」という相対的なものでは必ず零れ落ちてしまうものがある、それを救うのがおそらく神の「法」だろう、あるいは、カントのいう「自律」的な人間であるということだろう。キリスト教において、個人主義と博愛主義は結びつき、さらにカントの「君は‥人間性を手段としてではなく、目的として使え」となるのである。社会的な慣習以外の、自分なりの倫理基準をしっかりと育てて、人ははじめて自律的な成熟した人間になる。周囲に影響されやすく、他人の動向をキョロキョロと伺う他律的な人間ばかり増えればこうした複数から起こる集団リンチはいつまでもなくならないだろう・・つまり、「自律的」であるためには他人の痛みに対する共感能力と想像力、そして柔軟さが必要なのである。あるいは、「生」というものを深く体験した人間は、自分の中にそうした「核」をしっかりと持つのである。
悪質なセクハラ、モラハラ、パワハラは実際に存在するし、どんどん被害者は声を上げるべきと思う。しかし、それが過熱すればリンチのようになる、あるいは、事実かどうかわからない噂も混合している場合もある、中には都合の悪い人間の評判を落とすために故意に流された悪質なものもあるだろう。(菅政権の時、前川元文部次官に対して実際にあったように)花見の会だの、オリンピックやG7に浮かれ、本当に重要な問題は見て見ぬふり、今の日本社会は多様性社会とは正反対の方向に向かっているような気がするのだが・・
かつて三島由紀夫は「空虚な‥空っぽの‥日本人」と述べたが、まさに、金銭や損得、自己利益のために汲々として生きる、今の、中身のない空っぽの日本人のことだろう。空虚から逃れるためにスマホにかじりつき、人間関係はすべてビジネスのように利害関係で割り切り、夫婦の関係ですら経済だけでつながる事の多い日本人。まるではりぼてのような「美しい日本」。派閥や人間関係につまらないエネルギーが使われ、個人の良心や意志というものが押しつぶされてしまうような政治の世界は、他人の意見・業績には関心を持たず、人というものを肩書などの表層的な部分でしか判断できない日本社会の反映されたものだろう。平等というと、他人の足を掴んで引きずり落とすことであり、他律的で何のヴィジョンも持たず、自己保身のための処世術だけ長けた人間が頭角を現すようでは、社会はいつまでも閉塞感に覆われたままだろう。第一、異常気象など様々な問題が山積みになっているこれからの時代を、一体、処世術だけ長けた人間がどうやって乗り切っていくのだろうか?
「‥べらべらしゃべるほど無粋じゃありません。」とセクハラ報道の取材を拒否した歌舞伎座裏の老舗和菓子屋のご主人。このご主人の態度は実に清々しい。「粋」という言葉は花街や歌舞伎役者などから生まれたもの。いくら芸能人とはいえ、他人の私生活のあれこれを詮索するなどは、まさに「野暮」であり、「下世話」な人間のやることだろう。日本人が本来持っていた、美意識と結びつく思いやりというものはとっくの昔に失われてしまったのだろうか?キリスト教やカントがなくとも、日本人には倫理でもある洗練された美意識が、かつてはあったのである・・
ウディ・アレンの「人生は芸術ではなく、質の悪いテレビ番組に似ている」は、今の日本にピッタリの表現かもしれない。
住宅団地 記憶と再生 №14 [雑木林の四季]
Ⅲ ベルリン
-ブルーノ・タウトと6つの世界遺産団地
国立市富士見台団地自治会長 多和田栄治
10.田園都市フアルケンベルク Gartenstadt Falkenberg(Bohnsdorf. Akazienhof, Am
Falkenberg,Gartenstadtweg,12524Berlin)
ベルリンの東南部、S8バーンのグリューナオ駅前からブルーノ・タウト通りをしばらく行くと、前方はやや丘状になっていて、フアルケンベルク通りに出る。右折するとすぐ団地のアカーッイエン・ホーフ街区の入り口である。
ニセアカシアの並木道をはさんで2階建て、高さに変化をみせる三角屋根の、長屋形式やアパート形式の住宅ブロックが、間を隔てて並んでいる。中庭の小道を奥にすすむと、ガルテンシュタット通りの両側に、2階に屋根窓のある、しかし各戸の規模も建築様式もさまざまなミックス住棟が、ふしぎなリズムと統一性をみせている。両街区で総戸数は127戸、敷地面積は4・4ヘクタール。
小規模な団地で一見まとまりを感じさせながら、戸別にみると、おなじ住棟でも住宅規模をはじめ、外壁も玄関扉や窓枠などの細部も意匠は多様をきわめ、その文章表現はわたしの手に負えない。その上さらに見るものの目を奪い、錯乱させたのち魅入らせるのは、建物全体に非対称的にはどこされた彩色の鮮やかさ、豊かさだった。窓枠と十字の桟は白色で統一されていたように思う。外壁の明るい赤褐色、深く濃いブルーが印象的だった。それに緑色、黄色、黄土色、オレンジ色、.黒色も。この団地がまさに「絵具箱ジードルング」といわれる所以である。
フアルケンベルクの住宅の様式は、それ以降の団地に比べると、建設費節倹のため各戸の面積はせまく(40㎡台が多い)、親格化されて間仕切りも画一的だが、その制約のなかで設計に多様なデザインを駆使し、住棟の列にも変化をつけ、色彩の魔術をくわえて視覚的なリズムと楽しい刺激を与え、連続する住戸ごとの個別化を演出している。住民の「わが家」意識をつよめるにも必要な手法なのであろう。この団地はさまざまな面で多分に実験的な設計に思えた。
と同時にわたしには、この「絵具箱ジードルング」に魅入りながら、こんな疑問が去来した。タウトは生来絵画への志をいだきつづけ、色鮮やかな自筆の画帖も残している。表現主義者といわれたかれが、強烈な色彩を放つことに不思議はない。ならばなぜ、タウトはのちに1933年5月3日、敦賀港に着くと翌4日の自身の誕生日には桂離宮を訪ね、その「簡素・静閑」とともに、「彩色も装飾もない材料の美しさ」をたたえたのか。ついでにいえば、ベルリンで1万2000戸もの集合住宅群を建設しながら、日本では鴨長明の『方丈記』のドイツ語訳(英訳から)を試みる気になったのか。
だが、その謎解きはすぐに忘れて、小雨降るなかをわたしはいつまでも離れがたく小さな団地のなかを歩き回っていた。住棟は中庭に接し、その区画は各135~600㎡弱といわれる。中庭には菜園があったり、さまざまな草花が咲いて住棟の色合いと競いあっている。樹種ゆたかに、果実のなる木々も配され、中庭のなかの小道は行き止まり、袋小路になっている。団地にフアルケンベルクの森は近い。
中庭には、食料自給も考えて菜園が設計され、植えられた木々は田舎の風情をかもし、袋小路は子どもたちの安全な遊び場、住民相互のふれあいの場、コミュニティづくりを図ったのだろう。ルードヴィヒ・レツサーによる庭園設計も高く評価されている。
タウトは1913年にベルリン貯蓄建築協会Berlmer Spar-und Bauvereinからボーンズドルフの、ダーメ川とグリューナオの森に近い75ヘクタールの広大な上地を委託され、7,500人が住む1,500戸の田園都市建設の準備にはいっていた。しかし14年の第1次大戦勃発でこの計画は中断され、構想をかえて自立した小都市の建設から大都市へ交通アクセスのよい郊外住宅地の建設に転じた。小規模な団地だけにタウトには設計思想全開の満足はあったろう。それでも、かれが日本滞在中に書いた『ジードルング覚え書』には、完成までに「堅忍不抜の闘争と無際限の談合」が必要だった経過を打ち明けており、とくにかれの彩色構図にたいする反発はつよく、その一例に、第1次大戦中本省の建築技師が、たいへん愛国的な興奮に燃え「厳粛なるべき戦時を弁えぬはなはだ不真面目な態度である。よろしく禁錮の刑に処すべし」と吐いたと記しているのは興味深い(タウト全集第5巻、279~280ページ)。
『住宅団地 記憶と再生』 東信堂
『住宅団地 記憶と再生』 東信堂
地球千鳥足Ⅱ №24 [雑木林の四季]
アライグマに囲まれて
小川地球村塾村長 小川律昭
小川地球村塾村長 小川律昭
アメリカは動物を大事に扱うところである。ペットとしての犬、猫は当然であるが、自然に棲息する動物たちも同様だ。少なくとも危害を加えることはない。道路標識にも鹿やバイソンの飛び出し注意をよく見かける。ぶつかれば交通事故の原因にもなるからだろうが、もともと彼ら動物たちの棲家を人間が占領したのだから当然だ。その中で人々にあまり受け入れられないのがアライグマである。彼らは狂犬病を持っていたり、ゴミ箱をひっくり返して悪さをするからという。
このアライグマたちが、林の中の我が家に餌をねだりに乗出して十年になる。定宿は我が家のテラスの下、最初は土管や木の穴であったが餌をもらうのに近くて便が良いから移住して来た。我々は長期日本に帰っていることもあり、その時は我が家の留守の様子から他所へ移り、忘れた頃にひょっこり顔を見せるのである。この近辺を徘徊しているのだろう。お立っちするしぐさは同様でも、その顔を見てワイフは名前を言えるから不思議である。その性格を観察分析しながら餌をやるからであろう。彼女は彼らが餌をねだりに来たかどうか、微かな物音でも窓外に北ことを感知する能力をもっている。喉から搾り出す徴かな声も聞き取れるらしい。
彼らは母系家族、今はひ孫の代であり、成長すると大抵の子供が棲家を出て行くが、母になると子供を連れてやってくる。利口であったステファニーを初代として、食い意地の張ったトツド (性別不詳で男名がついた)、そして今のはその娘のメレッサであり、メレッサは子供の頃はおっとり、のろまで餌をもらうのにいつも立ち遅れていた。今、彼女は、二匹の子供を連れて来る。子供の頃と同じようにテラスの手すりの上で前足を高く上げて頂戴をする。これは祖母から伝わった芸、習性であろうが親子三代それぞれしぐさにも特徴があった。
人間の居る部屋を求めてその窓へ自分の姿を見せ、存在を強調しながら餌をねだる初代のステファニー一家、我々の食事の部屋とは反対側のバルコニーを支えている柱を登って中の人間を確かめる。餌をやらず知らぬそぶりをしていたら、サッシのパッキングを爪でもぎ取ってしまった。油断も隙もないしつこい彼らは、家中の人間を監視していたように早朝や夕刻になると現れるのである。トツドは子供の時から敏捷で頭の良い、ずる賢い奴だっ。他のアライグマに餌を投げると、落ちたその昔で、食べている餌はそのままにし、すかさず音の方へ飛んでいって捕らえる。それを食べ終えてから、もとの場所の食べ残しを食べるのである。そのトッドに子供五匹を連れてテラスの下に住みつかれた時は、餌のパンの在庫はすぐになくなるわ、真夜中、地下で騒ぐわ大変だった。
次の年は子供の数も減って三匹、パンを与えるとまずは全員の取り合いだが、母親であるトツドは一切れを食べながら、もう一切れは足で押さえて子供に食べられないようにする。子供が食べているものまで追っかけて行って横取りする、それはそれは欲すっぱな母親であった。親としての愛情は離乳するまでで、餌を食べるようになったら競争相手である。浅ましく思えるが、厳しい自然界に生きる子供たちを甘やかすより厳しさを身体で覚えさせているのだろう。
今、来ているトツドの娘、メレッサは子供たちをジツと見まもり、自分に与えられたものだけを食べる。子供が食べ終えて親の食べているのを狙って取りにくれば、取られまいとして階段の下に運ぶが、追っかけられて少しは取られる。その分自分の食い量が減る。優しいお母さんだが、自然界に生きるにはその愛情が子供の独立を妨げるのではなかろうか。だが兄弟?同士は子供なりに競争し声を上げて餌を奪い合う。
子供は厳しく育てた方が達しくなり、生存競争に勝ち、生き残るはずである。労なくしてもらえるパンの味がミミズや昆虫より、おいしいからねだりに来る習慣がついたのはあたりまえ、手なずけた人間のせいで、結果的にゴミ箱をあきることも覚えたのだろう。
与えられるパンをお立っちして掴むしぐさは可愛く滑稽だけれど、これが燃えている赤い炭火でも多分掴もうとするだろう。それほどに人間を信じているメレッサの行動も悲しい限りだ。だが危険を察知する能力は本能的に優れていて、ちょっとした物音でも敏感に反応する。動物を良くも悪くもするのは人間のようだ。 (二〇〇〇年七月)
『万年青年のための予防医学』 文芸社
『万年青年のための予防医学』 文芸社
山猫軒ものがたり №18 [雑木林の四季]
栗林の豚小屋 2
南 千代
家捜しが緑で知り合った一人に、五日市で椎茸栽培をしている吉沢さんがいた。その彼のすすめもあり、夫は椎茸栽培を始めた。
南 千代
家捜しが緑で知り合った一人に、五日市で椎茸栽培をしている吉沢さんがいた。その彼のすすめもあり、夫は椎茸栽培を始めた。
春になって旬を迎えたのは、玉子だけでなく、この椎茸も同様である。これまた、ニョキニョキと芽を出し、傘を開いてきた。玉子と違い、干して保存しておくことができるものの、天日干しでは天気の具合もあり、限界がある。頭を抱えてしまった。
「どうするのよ、こんなに作って。ほだ木を置いたり、菌を打ち込むときにもう少し考えればよかったのに」
夫がせっせとほだ木を並べたり、菌を打ち込んでいたのは知っていたが、その頃私は他の仕事に忙しく、状況を子細に把握していなかった。どれだけ椎茸が出るものやら、全く見えていなかった。しかし、夫の言い分も、もっともであった。
「椎茸菌だって千個からの注文だったし、大家に杉山を借りてほだ木を置かせてもらうのに、十本や二十本というわけにもいかないだろう」
椎茸のほだ木にするコナラやクヌギなど、広葉樹が多い小野路では、椎茸を作っている農家も多かった。ということは、地元では玉子のようにさばけないということである。
私たちは、ない知恵をしぼった結果、店を広げて直売することにした。場所は、買手の多そうな国立市の富士見通り。カフェ・ひょうたん島の店先を借り、にわか露店を出す。自然栽培で肉厚の立派な椎茸だ。市価よりうんと安くすれば、何とか売れるだろう。売れなかったら、ひょうたん島に来た客にやってしまおう。
その場で焼き、味見をしてもらおうと七りんと炭も用意した。これは、立川に住む友人のボンちゃんのアドバイスだ。買ってくれる人へのおまけにと、桃の花も持っていくことにした。
ついでに、みんなに愛想をふりまく為朝も連れていき、通行人の足をとめてもらおう。あわよくば、仔犬の飼い手も見つかるかもしれない。為朝と華の間には、この春また、七匹の仔犬が生まれていた。為朝には、首に 「ぼくの子供を差し上げます」という看板を下げてやった。子犬の引き取り先を捜すのもなかなか大変だ。父犬にも少しは努力をしてほしい。
露店を出すことなど、学生時代のバザー以来である。私たちは、ひょうたん島に着くと、緊張しながら、台を置いたり店開きの用意を始めた。
すると、準備している間もなく、パックに計り入れるそばから売れていく。きちんと、露店らしいたたずまいが整った時には、もう三分の一ほどの量が売れていた。
ボンちゃんや、エンちゃん、伊藤暢子さん、角張さんなど。国立近辺の友達に声をかけておいたのも功を奏した。評判も上々。はやばやと店じまいした後も、注文が相つぐほど、思いもよらぬ結果であった。
山猫軒に帰り、テーブルの上にお金箱をひっくり返し、百円玉を十枚二十枚と数えたときの何とも言えない快感!本業での収入とは、比べようもなく微々たる金額なのだが、百円玉を積み上げながら数えていく行為には、実に、売り上げた、という説得力がある。
「近いうちに、豚の仔が産まれると思うからよ。気をつけといてくんな」
高橋さんがそう言い、自分が来る前に膿み始めた均分の対処の仕方を、敵えて州った.二日後、猪豚の仔が産まれ始めた。
母親の体内から、二十センチほどの赤ン坊がピョコンと出てくる。教えられた通り、全身にかぶっている薄い膜を布で取り除き、口の中をふいてやる。こうすると、オッパイの飲みがよくなるのだそうだ。高橋さんもやってきた。やがてヒョコヒョコと歩き出す。
夜は保温してやったり、孔の飲みが憩い子には牛乳を飲ませてやったりと、何かと手がかかる。猪と豚のあいの子という改良された家畜のせいだろうか。少し育つと、小屋の中を一直線にビューツ、ビューツと駆け始めた。さすがに猪の血をひいている仔豚だ。
大家は、ただ猪豚を飼っているのではなく、年に一度ほど肉用に出荷した。トラックに乗せて屠畜場に運ぶのだが、豚も気配を察して、なかなか荷台に乗ろうとしない。そんな時、どうするのかというと、酒を飲ませる。
豚が酒を好きかどうか、豚に開いても答えないので正確にはわからないが、とにかく、いやがらずに飲む。そして、酒につられるのか緊張感がほぐれるのか、おとなしく荷台に乗って屠畜場へと運ばれていく。
「さようなら、豚ちゃん」
元気でね、と言えないのが心苦しい。
動物に限らず、さまざまな虫や鳥の習性も身近に観察するとおもしろいことがたくさんある。たとえばショウピタキ。このところ、庭においている車のサイドミラーの手前がいつも、小鳥の糞で汚れている。おかしいな、と思い気をつけていると、ある朝、それがジョウピタキのしわざだとわかった。
サイドミラーの前を、尾を上下にふりながら行ったり来たり。クックックッと鳴きつつ、ときには鏡をつつきつつ、小一時間ほど飛び回っている。次の朝も、その次の朝も。鏡をのぞいて朝の身だしなみでも整えているのだろうか、と思ったが、まさか。
鳥類図鑑で調べてみた。ジョウピタキは、なわばり意識がとても強く、ガラス窓に自分の影が映ったりすると、他の鳥が侵入してきたと思い、追い払おうとすることがあるのだそうな。サイドミラーに映った自分の姿を、他の鳥と間違えていたのだ。
何しろ相手は鏡。いくら威しても逃げるわけがない。ずいぶんしつこい侵入者だと思ったことだろう。春が過ぎ、冬鳥のジョウピタキは姿を見せなくなった。来年も、またやってきてくれるだろうか。
『山猫軒ものがたり』 春秋社
『山猫軒ものがたり』 春秋社
BS-TBS番組情報 №281 [雑木林の四季]
BS-TBS 2023年5月のおすすめ番組(下)
BS-TBSマーケテイングPR部
ステキな犬物語

2023年5月30日(月)よる11:00~11:54
2023年6月5日(月)よる11:00~11:54
出演:関根麻里、岡部大(ハナコ)
☆犬にまつわる様々な物語をワンコ大好き芸能人と一緒に楽しむ“オンリーワン”の番組
犬にまつわる様々な物語をワンコ大好き芸能人と一緒に楽しむ“オンリーワン”の番組。
MC2人が都内の人気ドッグカフェを訪問。看板犬たちと触れ合いつつ、全国各地で取材した笑いあり涙ありの犬物語をじっくりと味わう。
かつて犬と暮らし、今は犬飼いたいモード一色のMC2人のトークも。
名曲をあなたに うた恋!音楽会

2023年5月23日(火)よる9:00~10:54
※月1回放送
☆歌姫、由紀さおりとビタミンボイス、三山ひろしが司会の音楽番組。
華やかな歌い手達による心を奪われる、歌に恋する2時間!
司会:由紀さおり、三山ひろし
ゲスト:安田祥子、松前ひろ子、鳥羽一郎、市川由紀乃、Baby Boo
ゲストには安田祥子、松前ひろ子、鳥羽一郎、市川由紀乃、Baby Booが登場!
時代を飾った歌手や作詞・作曲家、歌手が残した珠玉の作品を貴重映像とエピソードで紹介する「うたのレジェンド」では、昭和のヒットメーカー、浜口庫之助と、日本の童謡・唱歌を多数手がけた詩人の野口雨情、サトウハチローの作品を特集する。
安田祥子&由紀さおり♪「野口雨情メドレー」
市川由紀乃♪「横笛物語」
鳥羽一郎♪「兄弟船」
Baby Boo♪「涙をこえて」
ほか
最前線!密着警察24時

2023年5月28日(日)よる9:00~10:54
☆日本全国で日々発生する様々な事件、事故を激撮!
リアルな警察活動の最前線に完全密着!
出演:全国の警察官ほか
ナレーター: 生野文治、高川裕也、高山みなみ
日本全国で発生する事案を激撮!リアルな警察活動の最前線に完全密着!
身近に迫る薬物汚染、虚偽の勧誘で金を請求する悪質な犯罪や飲酒運転など、全国で発生するトラブル・犯罪の数々。それに伴い、犯罪や事故に巻き込まれない安全な社会・治安維持が求められ、一般市民はこれらの事案に対峙する警察官の活動に注目している。
この番組では、全国で発生する事件事故・犯罪の現場に駆けつける警察官の活動に密着。「事件事故の現場」「検挙・逮捕の瞬間」、知られざる実態に迫る。
海の見る嫁 №53 [雑木林の四季]
海の見る夢
―鳥の歌ー
澁澤京子
・・The birds in the sky,
In the space,
Peace! Peace! Peace!
Pau Casals
昔、子供が小さい時に連れて行った井の頭公園の大きなゲージに様々な鳥がいて、一羽のカケスが、弱って動けなくなったほかの種類の小鳥に、しきりに餌を運んでは懸命にお世話しているのを見て感動したことがあった。人間に例えれば、見知らぬ弱った人を介抱したり食事を提供してお世話しているのに似ている。もしかしたら、種類の違う小鳥に懸命に求愛していたのかもしれないが・・
最近の心理学の実験では、ネズミではなく鳩を使うことが一般的なのだそうで、鳥は嗅覚より視覚(遠くから獲物を見つけられるように視覚が発達している)で判断するところが人に似ているのだという。~『鳥脳力』渡辺茂著 つまり、鳥を観察すれば人がわかるとか・・昔は、三歩歩けば忘れる・・など脳の軽く小さい鳥はバカにされていたが、とんでもない。体全体に対して脳の比率が大きいうえに、人間とは違う複雑な神経網を持っていて、鳥はとても賢いのである。鳥の脳は(量より質)なのである。(最近、鳩を使った実験で、鳥は嗅覚も発達していることがわかったらしい)
動物を飼ったことがある人、動物が好きな人だったら動物というものが非常に豊かな感情を持っていることに気が付くだろう。子供の時からいつも犬を飼っていて、犬が感情を持った賢い動物であることは知っていたが、オカメインコ(オウムの仲間)を飼い始めて、鳥も賢いということにはじめて気が付いた。鳥というと、スズメのひなを拾って成鳥になるまで育てたのと、私の不注意でうっかり逃がしてしまったセキセイインコだけだったが・・
朝、ケージを開けると真っ先に頭だけ出して(早く頭をなでてくれというアピール)、私の姿が見えないとピーピー鳴くので、肩に止まらせたまま、歯を磨き、料理をして・・かまってあげないと寂しがったり、すねるところが犬にそっくり。椅子の脚をかじられたが、叱ったら二度としない。朝、テーブルの上でリンゴやキウィのかけらを食べた後は、人が手を洗うように、果物でベタベタした嘴をテーブルクロスにこすりつけて丁寧にきれいにする(鳥はきれい好き)オカメインコは寒い時と眠い時は羽毛をふくらませふっくらするが、基本的には首が長く細くとてもスリム。テーブルの上を気取って歩いたり、つま先立ちして花瓶の花や葉をつまもうとする様子は、まるで小さなバレリーナみたいだ。
ある日、薬膳スープを作っていて、火を止めて菜箸で鶏の手羽先を取り出しとたん、肩に止まっていたチル(オカメインコの名)がギャアアと悲鳴を上げて飛んで逃げた。やはり嗅覚ではなく、スープをとった手羽先に視覚で反応したのだ。それ以来私は、好きだった鳥のスープも焼き鳥もあまり食べたくなくなってしまった・・遊びに来た友人の肩に止まらせると暫くじっと横顔を観察する、私の顔もよく横からじっくりと観察しているが,視覚の優れた鳥から人間は、どんな風に見えているのだろうか、と気になる。
パブロフの犬の実験が失敗したのは「因果を論理で説明しようとすれば破綻するからである」とグレゴリー・ベイトソンは述べる~『精神と自然』。そう、犬は(ベルの音→唾液→・・)とバカみたいに繰り返す反応機械じゃない。犬は学習していくうちに現実でもっと臨機応変に(時には餌をもらえない場合とか)柔軟に対応できるようになる・・自然が偶然によって進化するように、何が起こるか予測できないからこそ生物の創造力というものが出てくる。動物にも人にも、未来を予測できないために、創造力が備わっているのだ。(たとえば、天候不順な土地にいるマネシツグミのほうが歌のレパートリーが多いという~『鳥 驚異の知能』ジェニファー・アッカーマン)人もハングリーであるほうが、より創造的であるのと同じだろう。パンデミックに、気候変動、貧困問題など私たちは多くの問題を抱えているが、逆にこういう窮地にある時こそ、爆発的な人の創造力や天才が生まれてくるチャンスなのかもしれない・・
時間の変化を記述できない論理には、因果についての説明は不可能なのである・・教科書丸暗記では決して教養にはならない、それらの知識が身体化したとき、はじめて「わかる」になるのが教養であり、それには「時間」が必要なのである。
~今よりもう年取らないってこと?ある意味、安心ね。~『不思議の国のアリス』
この間、家に遊びに来た友人と「不思議の国のアリス」の話がちょっと出たが、「不思議の国のアリス」のあの奇妙な世界は、言葉の世界の話。不思議の国に入った途端、アリスが一体自分が誰なのかわからなくなるのも、言葉遊びの、時間のない抽象世界にいるからだろう。ヤン・シュバンクマイエルは映画「アリス」で、三月ウサギに剥製のウサギを使っていたが(かなり不気味)、言葉は現実の「剥製」ということなのだろうか。しかし、現実ではもっと予想もつかないことがおこるのである・・(偶然こそ生物進化に不可欠であると考えるベイトソンは、獲得形質の遺伝を唱えるラマルクや、進化には超自然的目的があると考えるダーウィン否定論者を批判する)
人は何にでも「原因」を探り、抽象化するのが好きだ。そして、何でも言葉に落とし込み、(わかったつもり)で落ち着きたい・・これらをベイトソンは「堕落」と言い、「還元主義の愚」という。ベイトソンによると、私たちは言葉にとらわれて、ホリスティックな(全体を統括する)大きな視野を持てなくなったのだ
というわけで、最近は鳥関係の本ばかり読んでいるが、『アレックスと私』というヨウムの話が面白かった。著者は鳥類の認知機能とコミュニケーションを研究している比較心理学者のアイリーン・ペパーバーグ。ヨウムであるアレックスは色、形、モノの名前、数字をある程度理解している。「紫色で三角はどれ?」と質問されれば紫色の三角をくわえて持ってくる。餌付けされた機械的な行為ではなく、ちゃんと自分で考えて判断しているのである、「リンゴはいくつ?」と聞かれれば数は正確に答える。足し算もできるし、なんとゼロの概念も理解している。そこに存在しないものを聞かれれば「None」(何もない)と答える・・つまり、知識を与えられれば、それを使って考え、臨機応変に対応できるのだ。「キウイが欲しい」「バナナが欲しい」と自分の要求を伝えるし、嫌なとき、できないときは「ノー」、怒られた時、間違ったときなどは「アイム・ソーリー」。これらは研究室での学生たちのやり取りを見て覚えたらしいが、他のヨウムが質問されて答えられないと、得意そうに先に正解を言ったり、あるいは間違ったことを教えてからかったりしたという・・現在、孫が、数や色、モノの名前を学習中だが、人の一歳十か月よりすごいのではないか・・「鳥の歌は人間の言葉に一番近い」といったダーウィンは正しかったのだ。(鳥にも人と同じく地域によって方言があるらしい~『鳥 驚異の知能』)
音楽が変わると自分で振り付けを考えて踊るオウムのスノーボール君(you tubeで観ることができます)もすごいが、アレックス君はまさに天才。人間社会でも天才は世の中を変えるが、アレックス君は、鳥類に対する人の認識を変えただろう。ある夜、いつものように「アイ・ラブ・ユー」さらに「また来て」(これはいつも言うわけじゃない)と挨拶してケージに入った後、翌朝、突然死しているのが発見された・・在りし日のアレックス君の写真を見るといかにも知性を感じさせる、焦点の定まった眼差し。人間でも動物でも知性や性格が目に現れるのは同じなのか。どんなに知能が高くても動物には自意識がないので、その愛情は豊かで、直接こちらに伝わってくる。(愛情の伝達は人より動物のほうが優れているような気がする)アレックス君を突然失った、アイリーンさんはどんなに衝撃を受けただろうか・・
意識が意識を観察することができる・・そこから客観的に自己を見る自意識や、抽象能力が生まれた。人は他の生物に比べて世界(環境)から自由であり、その抽象能力・思考能力によってさらに世界から自由になり、技術の発達、芸術、宗教を持つようになった。言葉を持っているために私たちは古代ギリシャに書かれたものや「平家物語」を読むことができるし、「人間とは何か」も考えることができる。しかし一方で、自意識は自他を比べる、そして、他人より優位に立ちたいという人の名誉心、欲望が最もよく表れているのが「戦争」だろう。
大気汚染のひどいデリーで、汚染された空気で真っ先に犠牲になるのは鳥。弱ったトビを治療するインド人獣医師のドキュメンタリーを見たが、そうした公害を引き起こすのも人間なのである。人は与えられた抽象能力を間違って使い、とんでもないことを起こす。それでは思考や知識を捨てればいいというのは短絡的で、人は、知識や思考の使い方をまだよくわかっていないだけではないだろうか?おそらく思考には、臨機応変に対応できる頭の柔軟さが必要だし、(文字通り)にしか思考できなければ、それこそ「パブロフの犬」の実験のように、犬を神経症にして苦しめるだけになってしまう。特にこれからの時代、いわゆる教科書的な優等生より、思考の「柔軟さ」がますます求められてくるのではないだろうか。
モーツァルトは椋鳥やカナリアをペットにして愛した。You tubeで観ることができるが、気流に乗った椋鳥の群舞は実に美しい。本来、思考というものは椋鳥の群舞のように流動的なエレガントなものなのかもしれない。そしてエレガントな思考能力の人は、その柔軟さによって他人のことがわかるんじゃないだろうか。我が強ければ、他人のことを自分の規格で憶測してわかったつもりになるだけだが、柔軟さは、自然な形で相手の呼吸や波長に合わせることができるのである・・
鳥の視覚が非常に発達していることから、「鳥脳力」の著者である渡辺茂チームは、鳩にピカソとモネの識別をさせる視覚や認知機能の面白い実験を行っている。確かにマイコドリの素晴らしいダンス、ニワシドリの芸術的なディスプレイ能力(オスがメスの気を惹くためにディスプレイするが、若いオスより年期の入ったオスのほうがより洗練されたディスプレイを行うとか)を考えると、鳥には人の美意識に似たものがあってもおかしくないような気がする。いや、バレエやフラメンコのポーズや振り付けを思うと、むしろ人が鳥の仕草を真似たと考えてもいいのかもしれない。進化の過程で、その前脚でものをつかむのではなく飛翔することを選んだ鳥たちのほうが、私たちの知らない優れた感覚を持っているのかもしれない。
チル(オカメインコ)の羽毛は、薄いクリーム色にシナモン色が混ざり、頬には丸いオレンジのアクセントと、とてもオシャレ。抜け落ちた羽毛があまりに美しいので、捨てるのがもったいなくていくつか拾って保管してある。インコやオウムなど、特に南の鳥の色彩がカラフルなのはなぜだろう?鳥の先祖の翼竜は割とカラフルだったというが、その名残なのだろうか。ブラジルで羽毛のある翼竜の化石(トゥパンダティルス)が発見されたらしいが、復元図で見るとオレンジに濃紺の美しい色彩で、チルのようにとさかがある。およそ2億年前の白亜紀の翼竜の子孫が私の肩に止まって親しく甘えていると思うと、なんだか誇らしい気持ちにもなる。鳥がそんなに長いこと進化の過程で存続できたのは、あの椋鳥の群舞のように柔軟性があるからじゃないだろうか。
鳥は地球の磁場の向きを感知することができ、また、星々の回転を元に南北を知るらしい・・鳥の研究はここ10年でかなり大きく進歩したらしいが、まだはじまったばかりらしい。鳥の脳や能力については、これから次々と解明されてゆくだろう。鳥についての本を読めば読むほど、鳥の能力のすごさがわかり、最近は、街を歩いて出会う鳩にも思わず微笑みかけてしまう私。
「あなたの翼の陰にわたしは避け所を見出します」~詩編57 のように詩編には「翼の陰に」という記述が頻繁に登場する。天使の翼はまさに鳥の翼そのもので、古代の人々には鳥の賢さも愛も、今の私たちよりもずっとよくわかっていたのかもしれない。
参考「鳥脳力」渡辺茂
「精神と自然」グレゴリー・ベイトソン
「鳥 驚異の知能」ジェニファー・アッカーマン
「アレックスと私」アイリーン・ペパーバーグ
「鳥を識る」細川博昭
住宅団地 記憶と再生 №13 [雑木林の四季]
Ⅲ ベルリン
-ブルーノ・タウトと6つの世界遺産団地
国立市富士見台団地自治会長 多和田栄治
歴史上の遺跡ではなく、いまも大勢の人たちが暮らしている住宅団地か「世界遺産」になったというニュースには驚いた。日本なら老朽化したと当たりまえに取り壊すにちがいない団地が、ベルリンでは「モダニズム住宅団地」として6つの団地を世界遺産に申請し登録され、これからも誇りたかく輝きつづけることになる。世界遺産にまでしたベルリン当局者の真意も知りたいし、そこにすむ住民の思いはいかばかりか興味がある。
2010年1月にベルリンにいく機会があって、このさいぜひ訪ねよう、ちょうどインゼルの新美術館が修復をおえ再開されたばかりで、エジプトの王妃ネフェルティティにも会えると、心はずませて出かけた。その冬は4団地しか回れなかったが、同年10月のフランクフルト国際書籍市のついでに、ルール地方、フランクフルト近郊の団地をめぐったあと、ベルリンにも寄って、あとの2団地も訪ねることができた。
じつはそれ以前にも、世界遺産になるまえに見ている。わたしの関心の原点は、建築家ブルーノ・タウトBruno Tautt 1880~1938にあった。わたしが知っているのは、『ニッポン』(1934年)や『日本美の再発見』(1939年)の著者、石川淳の『白描』(1939年)のモデルとしてのタウトでしかない。かれが建築家であるからには、桂離宮や伊勢の外宮、飛騨の白川郷をたたえ、日光東照宮をくさしたタウトの、かれが建てた建物を実地に見たかった。その望みは一部すぐにかなったが、世界遺産登録まえであり、のちに世界遺産になった6団地のうち4団地がタウトの作品とあっては、なんとしても改めてすべてを見なければと急き立てられた。
わたしが初めに見たのは、30年前の1990年10月である。この年はフランクフルト書籍市の日本テーマ年で、そのあとベルリンの古書店めぐりをしていたとき、旧知の写真家マリオ・アンプロスイウスがちょうどベルリンに滞在していて、マイカーで連れて行ってくれるという。もう日は傾きかけていたが、タウトの代表作といわれるツェーレンドルフの、アカマツと白樺の並木のなかの「アンクル・トムの小屋」団地の家並みを眺め、ノイケルンの馬蹄形団地にむかった。団地に着いたときは夕闇がせまり、広い窪地の真ん中にある池の水面だけが明るく、白樺の木々はもう陰っていた。まわりに大きく円弧をえがいて建ち並ぶ建物は、点々とつながる窓の灯りをみせるだけで、黒く寝静まっていた。当時すでに築60年をこえる建物は、近づくと古びて、傷みもあちこちにあったのを思い出す。
つぎは2010年1月6日、いちめんの雪景色のなかに色鮮やかに立ち現われた馬蹄形の連続住棟は、20年前のくすんだ団地ではなかった。くすんで見えたのは、夕闇のせいだけではなかった。この間の20年は、建物を補修し、外壁、建具、窓枠の色も塗り替えて原型に復し、まわりの環境も再整備し、世界遺産登録にこぎっけるのに必要な歳月だった。馬蹄形団地には、その後も2019年9月4日にたずね、住人にインタビューすることができた。
世界遺産になった他の団地も、1997年にユネスコに名乗りをあげるかなり前から、2008年に登録が決定されるまでの間、おなじ経過をたどってきたのであろう。わたしはこれら6団地すべてを歩くことができた。ベルリン記念建造物保護局が編集した『ベルリンのモダニズム住宅団地-ユネスコ世界遺産に登録』Siedlungen der berliner Moderne/Berlin Modemism Housing Estates 2.Aufl. 2009を参照し確認しながら、建設年代の古い順につぎの6団地と、世界遺産には登録されなかったが、わたしの好きな、またタウトの代表作ともいわれる「森の団地オンケルトムス・ヒュッテ」についてその見聞を書きとめることにする。
1.田園都市フアルケンベルク 1913~1916年
2.シラーバルク団地 1924~1930年
3.ブリッツの大団地(馬蹄形団地) 1925~1930年
4.住宅都市カール・レギーン団地 1928~1930年
5.ヴァイセ・シュタット団地 1929~1931年
6.大団地ジーメンスシュタット 1929~1931年
7.森の団地オンケルトムス・ヒュッテ 1926~1931年
ベルリンの団地はたんに「ジードルング」とよばれ、はじめに書いたルール地方の団地の「アルバイタージードルング」(労働者住宅団地)とは異なる。ルール地方でみたのは、クルップとかティツセンなど企業主が自社の炭鉱、=湯で働く労働者のために建てた団地である。これにたいしベルリンの団地は、労働者階層を主な入居対象にした集合住宅群にはちがいないが、行政がi二噂し、建設・管理は協同組合など非営利組織にゆだねられた社会的・公益的な団地である。この供給主体のちがいのはかに、労働者住宅団地は1850年代から1920年以前に建てられた団地をさし、建設年代のはか建築様式等にも関係があるのだろう。
かつて企業家たちは、都市から離れた地に工場を建設するさい、そこで働く労働者家族に生活の喜び、文化として住居を与えようと意図した。それなしには労働力を損なうことを知っていた。イギリスにはじまる「田園都市」のイデー実現の試行の跡も労働者住宅団地にはみられる。しかし20世紀にはいると企業家の、いわば「篤志」は消えうせ、都市の拡大とともに労働者の住宅難は深刻さをまし、居住は悲惨をきわめていた。
ドイツは第1次大戦に敗れ、財政は危機、経済は最悪の状態のなかで、政治的には革命をへて1919年にヴァイマル共和国が誕生した。住宅政策・都市計画のうえでは改革の機運が急速に高まっていた。ベルリンに「大ジードルング」建設が本格化したのは1918年以降、主導したのは建築家マルテイン・ヴァグナーMartin Wagner1885~1957である。社会民主党員のかれは1918年、33歳にしてシェーネベルク市(1920年にベルリン市に合併)の建設参事官に就くとともに、19年に労働者のための住宅建設会社ドイチェ・バウヒュッテDeutsche Bauhiitte mbHを創立し、気鋭の建築家たちをあつめて革新的な建築行政を推進し、労働者住宅運動をはじめた。24年には労働者、サラリーマン、官吏のための全国的な住宅供給のネットワーク、ドイツ住宅福祉協会Deutsche Wohnungsfursorge AG=DEWOGを組織し、ベルリンにおいては非営利の協同組合、公益住宅貯蓄建築会社ゲハーグ社Gemeinndtzige Heimstatten-,Spar- und Bau-Aktlengesel1schaft=GEHAGを設立して団地建設の実績をあげ手腕を発揮した。26年にはルートヴィヒ・ホフマンの後任として大ベルリン市の都市建設参事官(都市建設局長に相当)に抜擢された。
ベルリンで「ジードルング」と名づけた最初の集合住宅は、ヴァグナーがシェーネベルクに建設したリンデンホーフ団地(1918~19年)であり、その設計にはブルーノ・タウトも加わっている。しかしそれ以前に、企業家たちの「篤志」は消失し、ヴァイマル期にはいってヴァグナー指導の「社会主義的」計画が出現するまでの間も、それをつなぐ先駆的な集合住宅建設の努力はおこなわれていた。ブルーノ・タウトが設計した田園都市フアルケンベルクをその代表作として位置づけることができる。
タウトの作品歴をみると、1913年までは主に3~5階建て貸賃アパート、事務所ビル等を建ててきたが、13年に当時ドイツ田園都市協会Deutsche Gartenstadtgesellschaftの建築顧問であったかれが「田園都市」を冠してフアルケンベルク団地を設計、建設に着手し16年に完成させた。このことからも、20世紀初頭までの労働者住宅団地と20年代以降のモダニズム住宅団地とのあいだに通底したのは田園都市構想であったことは明らかだし、この運動を支えた人脈が、理念を発展させ大きく花開かせた。この評価とともに、ベルリンのモダニズム団地が、現代の都市住宅建設に記念碑的影響をもたらすことへの期待が世界遺産登録の理由なのであろう。
『住宅団地 記憶と再生』 東信堂
地球千鳥足Ⅱ №23 [雑木林の四季]
警察署でインテグリティー説教
~ドミニカ共和国~
小川地球村塾塾長 小川彩子
カリブ海に浮かぶイスパニョーラ島のドミニカ共和国はコロンブスが第一歩を印した地、ハイチと隣り合う国だ。経済発展よろしく物乞いは見かけない。国産ビール、presidentのせいか老いも若きもおなかポッコリだ。プンタカーナ近くのリゾート、ババローで淡碧色のカリブ海を満喫した後、カリブ諸国中の最大都市、新大陸最古の町、サント・ドミンゴにやって来た。クリストファー・コロンブスの子孫が3代にわたって住んでいた建物、アルカサールは、優雅なダマス通りをちょっとそれると行き着く旧市街の中心にある。他の見どころは観光バスで回ろうとホテルで予約した。
やって来た男は小さな旅行会社の副代表と言い自称マイク、お祭り会場のマイクのごとく調子よく喋った。「市内観光バスと同じ費用で見どころ15か所をタクシーで巡ってあげる」と観光地の写真を見せ、喋りまくった。この地でよく見かけるイモリにそっくり。車に乗ったら「あれは別予算、これも別」とマイクは約束を守らず領収書もなし。「よし、時間があったら教育してやろう」と教師の血が騒いだがその時は胸に収めた。
トレス・オホス (3つの目)という湖に行けたのは幸いだった。洞窟の長い階段を降りると現れる翡翠(ひすい)色で底なしの湖。畏怖を感じる静寂の中、引き込まれそうに美しい。もちろんインディへナの神聖な場所だったが、インディへナはスペインの征服者に皆殺しにされたという悲しい歴史がある。「絶対再訪するぞ!」と思う特別神秘な湖だ。
マイクの車を降り、北海岸に向かい、プエルト・プラタの白い砂浜や要塞、ポカ・チカの例を見ない遠浅の海岸で多くの純情な人々との交流を楽しみ、5日後サント・ドミンゴに戻って来た。
旧市街にある小さい警察署に立ち寄った。若い柔和な警察官が最初から好感を持って聞いてくれた。単なる騙され話ではつまらないのでレシートなしの税金逃れを中心に。報告中に彼がどこかに電話した気配もなかったのに10分後「その男が警察署に来ています」という。署の要員が気を利かして呼んだらしく、イモリ君ことマイクは入り口の門の桝に立っていた。警察署の近く、コロン公園に奴の事務所があったのだ。事件後5日も過ぎていて何事かと不安になったのか、彼は公園にたむろしている子分を連れており、紙幣をちらつかせ、言い訳を準備していた。彼いわく、「あの日はコンヒューズ(混乱)していました…‥。いくらお返しすればいいですか?」。「領収書はすぐ書きます」。子分らしき男も「コンヒューズ、コンヒューズ」と口真似した。警察署の入り口に人だかりができ始めた。制服警察官と小回り署員、日本人の女とその夫、公園周辺で顔を利かすイモリ連、という顔ぶれが立っているのだから通行人の興味を惹いたのだろう。私の出番だった。
「そんなお金が欲しくて旅の道中、貴重な時間を割いて警察署に立ち寄ったのではない。私は嘘つきは嫌いだ。車に乗る前の説明と実際とが異なるのが問題だから来たのだ。私は大学で多文化教育を教えている。特にインテグリティー(Integrity)の重要性について話すことが多い。インテグリティーとは信用、即ち『言ったことと行動が一致すること』だ。私たちがドミニカ共和国で会った人たちはみんな純情で素敵だった。マイクを除いて—」
とイモリ君を指差した。拍手が起こった。若い警察官や彼を呼んでくれた署員を始め、イモリの子分まで笑った。“Except for MIke「(「マイク以外は」皆さん素敵)が受けたのだった。指を差されたマイクまで苦笑いした。やがて警察署員2人が「来てくださって有難う!」と育ってくれた。小さな事件を知らせに立ち寄ったことを親切と受け止め、巷の情報も役に立ち、警察署門前の説教も喜んでくれたのだった。
警察署を出るとすぐマイクは先ほどちらつかせたお金は引っ込め、「コーヒーは好きですか?」と聞いた。彼はドミニカ・コーヒーを買ってきて手渡し、子分と一緒に消えた。
日本に戻り、私は「お喋りイモリ君」を思い出しながら今香りの良いコーヒーを飲んでいる。 (旅の期間一2010年 彩子)
『地球千鳥足』 幻冬舎
『地球千鳥足』 幻冬舎
山猫軒ものがたり №17 [雑木林の四季]
栗林の豚小屋 1
南 千代
ゴーン、バラバラバラ、ゴーン。朝、トタン屋根に石でもぶつけられているよう音で、目が覚めた。何だろう。庭に出てみて音の正体を知った。栗の実がはじけて屋根の上をころがっている。大家から拾っていいと言われていたので、それからの食卓は栗攻めであった。
ゆで栗、栗ごはん、中華風炒め煮、渋皮煮、栗きんとん、栗甘納豆にマロングラッセ。この時とばかりに、あらゆる栗料理を作ったが、何日も続くとさすがに飽きる。
食べるのが飽きるのではなく、栗の皮むきが大変なのだ。スーパーに、皮のむいてある栗が並んでいる理由がよく解る。あれは、パートのおばさんがむいているのだろうか。それとも、栗の自動皮むき機というのがあるのだろうか。
それでも、拾うことは楽しかったので、拾い続けて、もっぱら友だちへの手土産にすることにした。
ここへ越してきて、しぼりたての牛乳も手に入るようになった。
自然卵養鶏法では、鶏の体液の弱アルカリ化や卵黄のコレステロールを下げるためなど、さまざまな効用からノコクズ発酵飼料をエサに混ぜる。私たちは、合板など薬剤のしみ込んでいないノコクズをもらいに、渋谷の恵比寿まで定期的に出かけていた。そこで軽トラックいっぱいにノコクズを満載してくる。その量は、余るほどあった。
そこで、ちょうど牛舎の敷きワラ代わりにノコクズを必要としていた丘の上の牧場にも分けることにした。お礼にと毎週、一升瓶一本の牛乳がもらえた。
しぼりたての牛乳は、口あたりがアッサリしている。しぼりたて、というと観光牧場などで飲むようにコクのある濃い味をイメージしていた私は、なぜだろうと思った。調べてみると、市販牛乳のように、ホモゲナイズしていないためだとわかった。その代わり、しばらく置いておくと、上部に生クリームの層ができる。
ホモゲナイズというのは、このように脂肪が分離してクリーム状になってしまうことを防止するためと、消化吸収をよくする目的で、脂肪球を機械的に細分、均一化する処理である。
市販ヨーグルトのひとさじをスターター(種)としてヨーグルトを作ってみたり、水分を絞ってカッテージチーズにしたり。牛乳として用いる以外にもさまざまな使い方を試してみた。
バターやチーズなどに自分で加工して使いたい場合は別だが、牛乳としてそのまま飲むのであれば、そのままの生乳よりホモゲナイズしてある方がおいしいと、私は思う。
もっとも、市販している牛乳は、観光牧場の「しぼりたて」といえども、殺菌してホモゲナイズして売られているので、生乳を一般に手にする機会はあまりない。
予定より一カ月早く、暮れの十二月にちらほらと卵を産み始めた鶏たちは、春になるといっせいに産んだ二羽ずつ狭いケージで飼う企業養鶏のように、毎日一個も二個も産むわけではなかったが、それでも玉子の旬である春には、毎日三十個は採れた。当然、自家用を上回ってしまう。しかし、余る玉子をどうするかという問題は、すぐに解決した。
最初は、ようやく産み始めたというので、大家を始め、世話になった地元の人たちにあげた。すると、定期的に分けて欲しいという人が、出てきたのである。主にお年寄りである。
「昔の玉子の味がするよ」
「孫が、この玉子なら生で食べるんだ」
などというのが、その理由である。散歩がてら山猫軒にやってきては、臭いひとつしない鶏舎の中で、走り回ったり砂遊びをしている鶏を眺め、玉子を買っていってくれる。
玉子は、箸で黄身をつまんで持ち上げることができるほどに、丈夫で新鮮、おいしい。
『山猫軒ものがたり』 春秋社
『山猫軒ものがたり』 春秋社
BS-TBS番組情報 №280 [雑木林の四季]
BS-TBS 2023年5月のおすすめ番組(上)
BS-TBSマーケテインブPR部
報道1930特別番組「ウクライナ戦争とSDGs」

2023年5月14日(日)よる9:00~10:54
キャスター:松原耕二
コメンテーター:堤伸輔
コメンテーター:堤伸輔
昨年ギャラクシー賞月間賞を受賞し、世界情勢以外にもジェンダーギャップの問題などSDGsの題材も放送している「報道1930」のスペシャル番組を生放送でお届けする。
ウクライナ侵攻がもたらすもう一つの危機「環境破壊」に目を向け、戦地や世界の現状と課題に迫る。
※タイトルは変更となる場合があります
ウクライナ侵攻がもたらすもう一つの危機「環境破壊」に目を向け、戦地や世界の現状と課題に迫る。
※タイトルは変更となる場合があります
中村勘九郎親子のよくわかるSDGs
~地球世直し!未来を守る知恵~ 第4弾
~地球世直し!未来を守る知恵~ 第4弾

2023年5月20日(土)午後1:00~1:54
☆中村勘九郎・勘太郎・長三郎が親子共演ナレーション!日本各地のSDGsの取り組みをご紹介する第4弾!
ナレーション:中村勘九郎、中村勘太郎、中村長三郎 / 山本里菜(TBSアナウンサー)
2021年元日、2021年11月、2022年5月に続く「中村勘九郎親子のよくわかるSDGs」の第4弾!
中村勘九郎と、長男・勘太郎(12歳)、次男・長三郎(9歳)、親子3人共演のナレーションでお届けする。
番組のテーマは「地球の未来を明るくするチャレンジ“SDGs(持続可能な開発目標)”」。「SDGs」とは、地球が抱える様々な問題を2030年までに解決しようと国連で採択された17の目標のこと。SDGsの達成を目指して行われている日本各地のチャレンジをご紹介する。
昨年、SDGs未来都市に選ばれた長野県のとある村。そこでは、森を守るための驚きの方法が!!
他にも、深海魚で地域の活性化!?下水処理場でアユの養殖!?など、様々な工夫で地域を守る人々に密着。
そして、今回はタイムマシーンに乗って江戸時代に学ぶSDGsや「未来」に向けた活動もご紹介します。
中村勘九郎と、長男・勘太郎(12歳)、次男・長三郎(9歳)、親子3人共演のナレーションでお届けする。
番組のテーマは「地球の未来を明るくするチャレンジ“SDGs(持続可能な開発目標)”」。「SDGs」とは、地球が抱える様々な問題を2030年までに解決しようと国連で採択された17の目標のこと。SDGsの達成を目指して行われている日本各地のチャレンジをご紹介する。
昨年、SDGs未来都市に選ばれた長野県のとある村。そこでは、森を守るための驚きの方法が!!
他にも、深海魚で地域の活性化!?下水処理場でアユの養殖!?など、様々な工夫で地域を守る人々に密着。
そして、今回はタイムマシーンに乗って江戸時代に学ぶSDGsや「未来」に向けた活動もご紹介します。
美しい日本に出会う旅
毎週水曜よる9:00~9:54

☆ボクたちと一緒に、出かけましょう。
旅の案内人・語り:井上芳雄、瀬戸康史、松下洸平
井上芳雄、瀬戸康史、松下洸平。3人の気ままな旅人が、あなたを美しい日本にいざないます。
花咲く春。青葉が繁る夏。紅葉に色づく秋。雪景色の冬。移ろう季節とともに表情を変えるふるさとの海や山。一度は見たい絶景と美食を堪能しましょう。
どこか懐かしい町並やかわいい手仕事。日本が誇る世界遺産に国宝の数々。大興奮の祭りに、温泉めぐり。美しくて美味しい日本を楽しくご案内します。
お気に入りのおやつとお茶を用意したら…ボクたちと一緒に、出かけましょう。
花咲く春。青葉が繁る夏。紅葉に色づく秋。雪景色の冬。移ろう季節とともに表情を変えるふるさとの海や山。一度は見たい絶景と美食を堪能しましょう。
どこか懐かしい町並やかわいい手仕事。日本が誇る世界遺産に国宝の数々。大興奮の祭りに、温泉めぐり。美しくて美味しい日本を楽しくご案内します。
お気に入りのおやつとお茶を用意したら…ボクたちと一緒に、出かけましょう。
■5月3日(水)
#366(再)「銀河鉄道でゆく手仕事の岩手 職人技!南部ほうきと座敷わらしの宿」
語り:井上芳雄
井上芳雄さんが案内する新春の岩手。旅は朝市からスタート。4月でも寒い日は朝ごはんにラーメン!?南部鉄器の工房で伝統の手仕事を見学。水が美味しい岩手は酒もうまい!酒蔵を巡ったら美味しいお酒と料理で乾杯!宮沢賢治のふるさとを走る鉄道はその名も「いわて銀河鉄道」。お土産は南部ほうきに決定!高級品といわれる秘密とは?仲良し夫婦が焼く南部せんべいにほっこりしたら座敷わらしの宿へ。素敵な出会い満載です!
#366(再)「銀河鉄道でゆく手仕事の岩手 職人技!南部ほうきと座敷わらしの宿」
語り:井上芳雄
井上芳雄さんが案内する新春の岩手。旅は朝市からスタート。4月でも寒い日は朝ごはんにラーメン!?南部鉄器の工房で伝統の手仕事を見学。水が美味しい岩手は酒もうまい!酒蔵を巡ったら美味しいお酒と料理で乾杯!宮沢賢治のふるさとを走る鉄道はその名も「いわて銀河鉄道」。お土産は南部ほうきに決定!高級品といわれる秘密とは?仲良し夫婦が焼く南部せんべいにほっこりしたら座敷わらしの宿へ。素敵な出会い満載です!
■5月10日(水)
#395「瀬戸康史×山内圭哉in福岡!前編 ふるさと珍道中~博多前寿司・貴族の牛乳・百花蜜」
旅人:瀬戸康史、山内圭哉
語り:瀬戸康史
瀬戸康史さんが故郷・福岡へ!博多櫛田神社の祇園山笠、大行列が絶えない博多前寿司。さらに、瀬戸さんが生まれ育った嘉麻市ではプライベートで仲良しの山内圭哉さんに地元をご案内。ジャージー牛を育てる牧場では驚きの出会いが!ここでしか飲めない特別牛乳は貴族の味?牛乳瓶を再生させるアート工房ではガラス細工に初挑戦。ここでもハプニングが!コップを作るつもりが...。笑いが絶えないほのぼの2人旅をお楽しみに!
#395「瀬戸康史×山内圭哉in福岡!前編 ふるさと珍道中~博多前寿司・貴族の牛乳・百花蜜」
旅人:瀬戸康史、山内圭哉
語り:瀬戸康史
瀬戸康史さんが故郷・福岡へ!博多櫛田神社の祇園山笠、大行列が絶えない博多前寿司。さらに、瀬戸さんが生まれ育った嘉麻市ではプライベートで仲良しの山内圭哉さんに地元をご案内。ジャージー牛を育てる牧場では驚きの出会いが!ここでしか飲めない特別牛乳は貴族の味?牛乳瓶を再生させるアート工房ではガラス細工に初挑戦。ここでもハプニングが!コップを作るつもりが...。笑いが絶えないほのぼの2人旅をお楽しみに!
■5月17日(水)
#396「瀬戸康史×山内圭哉in福岡!後編 ふるさと珍道中~博多曲物・桜テラス・赤崎牛」
旅人:瀬戸康史、山内圭哉
語り:瀬戸康史
瀬戸康史さんが故郷・福岡へ!博多では、伝統工芸・博多曲物の絵付けに挑戦。瀬戸さんの地元・嘉麻市ではプライベートで仲良しの山内圭哉さんと2人旅。桜が咲き誇るカフェで絶品の嘉穂牛バーガーにかぶりつく!さらに、知る人ぞ知る「馬見神社」へ。神聖な空気が漂います。老舗の着物屋では瀬戸さんが若旦那に大変身!?旅の最後は幻の焼き肉屋へ。分厚いお肉を頬張ります。笑いが絶えないほのぼの2人旅をお楽しみに!
#396「瀬戸康史×山内圭哉in福岡!後編 ふるさと珍道中~博多曲物・桜テラス・赤崎牛」
旅人:瀬戸康史、山内圭哉
語り:瀬戸康史
瀬戸康史さんが故郷・福岡へ!博多では、伝統工芸・博多曲物の絵付けに挑戦。瀬戸さんの地元・嘉麻市ではプライベートで仲良しの山内圭哉さんと2人旅。桜が咲き誇るカフェで絶品の嘉穂牛バーガーにかぶりつく!さらに、知る人ぞ知る「馬見神社」へ。神聖な空気が漂います。老舗の着物屋では瀬戸さんが若旦那に大変身!?旅の最後は幻の焼き肉屋へ。分厚いお肉を頬張ります。笑いが絶えないほのぼの2人旅をお楽しみに!
海の見る夢 №52 [雑木林の四季]
海の見る夢
ー夜の女王のアリアー
澁澤京子
~しばらくの間、無言のまま私は自然の豊かさと人間のはかなさに思いを寄せた~
~しばらくの間、無言のまま私は自然の豊かさと人間のはかなさに思いを寄せた~
『アメリカのデモクラシー』トクヴィル
「わたしたちはブラウニー、お母さまのお手伝い~わたしたちはブラウニー、困った人を助けます~」小学校低学年の時、ガールスカウトに入った時にはじめて覚えた歌。「からだをひねってクルリと回ったら、わたしに小人を見せてね~水の中をのぞいてみたら、わ・た・しが見えました~」うろおぼえだが、人のお手伝いをする善良な小人がいて、どんな小人だろう?と思っていたらそれは自分だったという歌もあった。(私はお手伝いするような良い子でもなかったが・・)ガールスカウトには、そうした奉仕の歌が多かった。キャンプファイアーの歌には好きなものが多く、特に「クムラタビスタ」はそのアフリカっぽいビートが子供心にもかっこよかった。森で拾ってきた小枝をよく洗い、マシュマロを刺して焚火であぶり、溶けてきたらビスケットにチョコレートとはさんで食べるおやつ、サマーキャンプで、小さな男の子を見かければ「まあ!かわいい!」とみんなで走り寄ってあれこれお世話(おせっかいな)しようとしたのも、そうしたガールスカウト独特の奉仕の精神?のせいか?その後、ボーイスカウトのデン(洞窟)マザーをして、小学生の男の子たちをキャンプに連れて行ったりしたが、ガールスカウトや、(備えよ常に)のボーイスカウトは私にとってアメリカ文化だったのである。
なぜ、こんな思い出を書き始めたかというと、モーツァルトの「魔笛」。魔笛に登場する、神官ザラストロ率いる教団のモデルであるフリーメーソン・・この謎の団体について調べているうちに、フリーメーソン会員であった英国人ベーデン・パウエルがフリーメーソンの子供版として作ったのがボーイスカウトであることを知ったからである。政治とも宗教とも中立であるフリーメーソン・・私にとっては家族や学校以外の同年代の友達との集まりであり、一緒にサマーキャンプに行ったりハイキングに行く仲間だったが、おそらくアメリカにはこうしたアソシエーションがたくさんあるのかもしれない。
しかし、フリーメーソンは秘密結社。謎の通過儀礼があり、特にモーツァルトの時代にはフランス革命の黒幕と噂され、確かに(自由、平等、博愛)はフリーメーソンの理念でもあり、事実フランス革命を起こした人間にはフリーメーソンの会員が多かったのである。また、カトリック教会とも対立し、フリーメーソンは人々の中傷の標的であった。フリーメーソンの会員であったモーツァルトと、ドサ周りの劇団の座長であったシカネーダー(フリーメーソン会員であったが放蕩のため追放)が共同して執筆したのが『魔笛』なのである。モーツァルトを寵愛したヨゼフ二世は、王でありながら平等思想の持主であったのでフリーメーソン的な思想の持主。渦巻く中傷と陰謀論からフリーメーソンを弁護するためにモーツァルトが書いたのが「魔笛」だったのだ。
「魔笛」あらすじ
大蛇に追いかけられてきたタミーノ王子は、(夜の女王)の三人の侍女に助けられる。そこに鳥刺しパパゲーノが登場、パパゲーノは大蛇を倒したのは自分だと嘘をついたので口に錠をかけられてしゃべれなくなる。(夜の女王)の娘パミーナは悪人ザラストロに誘拐されていて、パミーナの肖像に一目ぼれしたタミーノ王子は魔法の笛をもらいパパゲーノと一緒にパミーナの救出に行く。ところが神殿につくと、ザラストロは立派な神官で(夜の女王)こそが悪党であると二人は告げられる。タミーノ王子とパパゲーノの二人は、ザラストロ率いる教団に入団すべく「沈黙の行」を修行することになるのだ・・パミーナが話しかけても、修行中のタミーノ王子は無視するが、おしゃべりなパパゲーノは老婆に話しかけられついしゃべってしまう・・うっかり掟を破ったパパゲーノは老婆と結婚の約束をさせられるが、約束したとたん、老婆は若い娘に変身していなくなってしまう。娘が姿を消してしまい、絶望のあまり自殺しようとしたパパゲーノの前に、再び若い娘は現れ、そこで歌われるのが「パパパの二重唱」。沈黙の修行を終えたタミーノ王子とパミーナ、パパゲーノと若い娘は結ばれハッピーエンドとなる。一方、復讐をしに来た(夜の女王)は自滅してしまう・・
夜の女王を「迷妄」「闇」のメタファーとすれば、神官ザラストロは「理性」の光ということなのだろうか。『モーツァルトのオペラ 愛の発見』岡田暁生著によると、「魔笛」は絶対王政から民主主義への推移を描いたオペラらしい。神官ザラストロの被害者であると思われた「夜の女王」がザラストロ側から見れば実は悪党であったり、パパゲーノがおしゃべりした老婆が次には若い女に変身したり、ここでは善悪も、古さも新しさも次々と万華鏡のように変化していくのである、時間の推移の中では、何一つ変わらないものはない・・「夜の女王」の住人である侍女たちは余計なおしゃべりばかりし、やはり住人であったパパゲーノは嘘つき、「夜の女王」はザエストロの悪口を吹聴する思い込みの激しい人であり、要するに言葉に引っ掛かりやすい性質を持つのが「夜の女王」の世界の住人たちで、それはまた陰謀論を信じやすい人の特徴の一つでもあるんじゃないだろうか?状況は常に変化してゆくのに対し、言葉は物事を「固定」する作用があるので、たとえば言葉に引っ掛かりやすければ言葉を文脈の中で微妙に変化させて捉えられず、また、「~は~である」という定義を何にでも当てはめて考えようとしたり、なかなか臨機応変な対応ができない。あるいは学歴など肩書の固定されたイメージだけで人を判断するとか、人は「言葉・イメージ」に引っ掛かりやすいのである・・
フリーメーソンについては、『フリーメーソン』橋爪大三郎著と、『魔笛』ジャック・シャイエ著が最もわかりやすかった。つまりフリーメーソンは「理神論」なのである。人は「理性」によって神の領域に近づけるというのが「理神論」で、当時の啓蒙思想とも相性がいいものだった・・フリーメーソンの「理神論」はその後、アメリカ建国の礎の思想にもなった。キルケゴールは「・・結婚は少しも音楽的でない・・」と『魔笛』に対して酷評したが、貴族や上流好みの『ドン・ジョバンニ』『フィガロの結婚』などと違い、大衆向けに書かれたオペラである『魔笛』が「正しい結婚」という市民道徳的なハッピーエンドになるには、フリーメーソンの思想の影響があったのだ。(確かに天衣無縫のモーツァルトには堅い市民道徳より「ドン・ジョバンニ」のほうがふさわしい)ワシントンなど、歴代アメリカ大統領にはフリーメーソン会員が多く、ちょうど『魔笛』が上演されたころは民主主義の曙の時代だった。
そのころはカリオストロ伯爵のように夫婦で教祖様になるような、いかがわしい詐欺師的な人物も少なくなかった。絶対王政が崩れる時は、ロシア革命の時のラスプーチンのように怪しいオカルトな人物が横行するのだろうか。しかし、フリーメーソンの場合は、むしろオカルトの反対で、啓蒙主義に限りなく近い・・それにしても、『魔笛』の神官ザエストロはあまり魅力のない堅物だし、主役のタミーノ王子も真面目過ぎて、このオペラの中で魅力的な登場人物は羽目をはずしがちな嘘つきのパパゲーノ(しかしパパゲーナに対しては純情)と、沈黙の行のタミーノ王子に無視され、てっきり失恋したと思い込んで自殺しようとするパミーナだろう。二人とも人間らしくてかわいいのである。
・・嘘つきはみんなこの錠前を 口にはめられてしまえばいい
そうすれば 憎しみも中傷も怒りも消えて
愛と親密な絆がうまれるのに 『魔笛』
大蛇を退治したのは自分だと嘘をつくパパゲーノの口に錠をかける三人の侍女たちだが、「夜の女王」が敵である神官ザラストロを「悪党」呼ばわりして中傷するさまは、今の陰謀論者たちがやたらと「フェイク」「洗脳されている」と糾弾するのに似ている。トランプを支持するQアノンと、故安倍元総理を支持の日本のネット右翼が似ているのは、特定の政治家を熱狂的に支持するところと、そうした「フェイク」「(マスコミによる)洗脳」発言だろう。敵と味方を分け、故意に醜聞を流して相手を貶め(アメリカでヘイトスピーチが過激化し、三つの無差別銃乱射事件が起こることによってだいぶQアノンは鎮静化したが、トランプが再選されたらまた活発になるだろう・・)Qアノンのような陰謀論者からヘイトスピーチや無差別銃撃事件のような暴力が生まれやすいのは、彼らの虚構と現実の混同にあるのかもしれない・・人生はゲームのように簡単にリセットできるわけじゃない・・数字や暗号など謎を解くのが好きなのも陰謀論者の特徴で、それはフリーメーソンが数字にこだわったからかもしれない。
当時のフリーメーソンは平等主義を志向する、多様性尊重の革新的な集団で、カトリック教会と対立したし、保守的な民衆からも中傷され、まるで今のディープステートのような闇の集団よばわりされていた。(トランプはディープステートと闘う救世主らしい・・)実際、謎の通過儀礼と秘密主義のために、どうしてもフリーメーソンが怪しげになってしまうのは否めない。その秘儀のルーツにはフランス王に迫害されたテンプル騎士団や、薔薇十字のような思想があるからだろう。ちなみに古のテンプル騎士団も、当時「子供を食べる」などのデマを飛ばされたらしい(それは今日のQアノンによる「エリート集団による小児性愛」というデマに似てないだろうか?)
フリーメーソンと関係ある、薔薇十字の思想。薔薇十字の創始者といわれるローゼンクロイツ(実在したかは不明の架空?の人物)は、数学研究と楽器制作、瞑想の日々を送っていたといわれているが、それは、なんとなくピタゴラス教団を連想させる。音楽家であるモーツァルトが、音楽と数学を重視するピタゴラス教団に似たフリーメーソンに惹かれるのも無理はない。(モーツァルトは数学が得意だった)フリーメーソンで、コンパスと定規が紋章になっているのも、「幾何学を知らざるもの、この門くぐるなかれ」のプラトンのアカデメイアや、入団する際に厳しい数学の試験があったというピタゴラス教団を連想させるが、おそらくルーツはピタゴラス教団にあるのではないだろうか。
『魔笛』の儀式にエジプトの神(イシスとオシリス)が登場するのも、ピタゴラスがエジプトで宗教と数学を学んだことと関係あるのだろうか?万物の根底には数学があるというピタゴラス教団の考え方は、キリスト教を合理的に解釈するフリーメーソンの「理神論」、(理性によって神に到達)と、宗教と理性を一致させようとするところは同じ。しかし、宗教と科学(理性)を一致させようとすると「・・心霊を科学する」のように、どうしてもオカルト的な方向に向かう危険がある・・
ユダヤ陰謀論など、「陰謀論」というのは反理性のネガティブな部分から生まれてきたものだが、それでは、「理性」は万能だろうか?
信仰の深かったジョン・ロックは、人は「信仰」によって人生に意味を与えると合理的に解釈し、トクヴィルは「そもそも、人間が、(理性)にとって限界があるのだ」と考えた。
大自然を動かす自然法則は「神の法則」なのだろうか?自然法則(科学)と神の法則(宗教)が一致するとすれば、橋爪氏の言うように、資本主義経済における市場での「神の見えざる手」が働くという発想も当然生まれてくる。そして、格差経済は「自然の摂理」の結果ということになる。
フリーメーソンのルーツとされているテンプル騎士団の生き残りはポルトガルに逃げ、そこから大航海時代、資本主義の源でもある植民地の搾取が生まれたという説もあるが、つまり、テンプル騎士団の「聖杯」は今や「貨幣」になったということだ。(この考え方は魅力的だが、安易に受け取ればユダヤ陰謀論などにつながりやすいだろう)
古代、ピタゴラス教団は(自然法則と神の法則)二つのものの一致には、数学が鍵となると夢見た・・ここではないどこかに調和した数学的秩序があるだろう、と。そして、争いや暴力などは人間の不調和から生まれると考えていた・・つまり、私たちの世界が不調和なのは、自然法則や理性に問題があるのではなく、私たち自身に問題があるということだ・・
「理性」の反対の「無知」「迷妄」からは陰謀論が生まれるだけ・・市場の自由経済にゆだねても「神の見えざる手」で格差が起こるだけで、さらに科学の発展は、核兵器や原発事故を見てもわかるように人間のコントロールを遙かに超えてしまうのである。そして、自然法則も神の法則も一体なんなのかよくわからないまま、AIの時代に突入し、私たちはこれからまさに「理性」から、「人間とは何か?」を問われる時代を迎えようとしている・・
トクヴィルが洞察したように、そもそも人間が「理性」から見れば限界があるのだ・・すると「人間の限界」を知ることが、今の私たちにとって最も必要なことじゃないだろうか・・
トクヴィルは民主主義よりも、むしろアイルランドから移住したカトリック集団に、真の共和制を見たが、宗教には合理主義を遙かに超えた「不可知なもの」に対する尊敬があり、世界に対して謙虚な姿勢を持つからだろう。
神学者ヘンリ・ナウエンによると「愚かさ」(absurd)にはラテン語の(surdus)つまり耳が聞こえないという意味があるという。頭の中が偏見と思い込みでいっぱいだと、他人の言葉が耳に入らず相手の意図が理解できないように、愚かさは他人にも世界に対しても、結局心を閉ざしてしまう。思い込みだけで人は「わかったつもり」になったり、「魔笛」にあるように言葉は人を欺く力も持つし、また明らかな悪意の含まれたヘイトスピーチや中傷は人を傷つけ対立を煽る・・今の社会の様相を見ていると、結局、私たちは一体、どれだけ人間のことをわかっているのだろうか?という疑問が起こる。インターネットからQアノンが生まれたように、まさに「文字情報」「言葉」によって対立が深まったのだ・・決して「言葉」そのものが悪いのではなく、それを発信する側と、あるいは受け取る側の人間の資質に問題があるのだ・・往々にして受け取り手に問題がある場合、文脈の中で言葉を微妙に変化させてとらえられていないことが多いが‥結局、私たちはいまだに「理性」というものをうまく使いこなせないということじゃないだろうか?
『魔笛』を聴いていると、モーツァルトはもしかしたら、なによりも信じていたのは「音楽」だったんじゃないか、と思う。そして、「音楽」だけが、彼の心をすんなり伝えることができたのだろう。
住宅団地 記憶と再生 №12 [雑木林の四季]
II フランクフルト・アム・マイン-エルンスト・マイと「ダス・ノイエ・フランクフルト」 6
国立市富士見台団地自治会長 多和田栄治
ハイムヒェン団地 Heimchen(Heimchenweg 60,65929 Frankfurt am Maln)
フランクフルト近郊でみた年代的にもっと古い労働者住宅が、つぎに向かうハイムヒェン(こおろぎ)団地である。フランクフルトの最西端にあたる。アイゼンバーナー団地のバス停からへヒスト駅経由、ウンターリーダーハハ地区に向かった。
ハイムヒェン通りに着いて辺りを探したが、古い労働者住宅地らしい区画は見あたらない。産業遺産の観光ルートになっていて建て替えられてはいないはずだから、100戸足らずの小さな住宅群でもすぐに見つかるだろうと高をくくっていた。目当てのハイムヒェンヴェク60番地にくると、さすが築120年を思わせる古風な建物が1棟だけあった。3階建て煉瓦づくりで木組み構造、急勾配の三角屋根を組み合わせた建物である。これは団地の住宅の原型そのままのモデルハウスであって、1900年のパリ万博に展示されグランプリをとったという記念建造物が、表通りに保存されていた。中はお土産店になっている。ハイムヒェン団地はすこし離れたドロッセル通りとシュターレン通りのあいだにあった。
1890年代にこの地方に発達した染色工場が労働者向けに建てたもので、モデルハウスは1896~97年、現存する団地は1912~14年に建設されている。それぞれの建物はモデルハウスよりもやや規模は大きく、外形はいくらかは補修されているにせよ、ほぼ原型どおり、田園都市構想を思わせる住宅群が並んでいた。茶褐色で急勾配の三角屋根、屋根裏部屋・出窓つきの1階ないし2階建て、庭つき住戸が2戸または数戸つづく住棟で、それぞれ生垣でかこまれ、そんな住宅ブロックがいくつもある。
この住宅にかぎらずドイツの住宅をみて感心するのは、どの生垣も高さ、形がいつもきれいに揃えて努定されていることである。聞けば、記念建造物に指定されると、建物の手入れはもとより生垣の勇定までもきびしい決まりがあるようだ。「デンクマールシュツ」(記念物保護)の語をやたら見かけるが、こうしてドイツの街並みはどこもきれいに保たれているのだと改めて思った。
フランクフルトの労働者住宅は3団地だけ、建設年代の新しい順に回ったことになる。産業革命の発達にあわせドイツの労働者住宅群の建設も19世紀末、20世紀にはいり20年代の終わりにかけて大いにすすんだ。その設計思想、建設様式とデザイン、生産工法等にも革新的な進化がみられた。わたしのような素人目にも大きくは、戸建てから長屋、集合住宅へ、平屋から中層建てへ、三角屋根から平屋根へ、戸別の専用庭、囲いから開かれた共同化、相聞づくりへの流れが読みとれる。建設主は個々の企業家から自治体または公益団体へ、対象住民は企業従業員から一般労働者、広範な市民に変わった。
そんな、いわば当たり前のことよりも、考えさせられ、感動をおぼえるのは、いまも誇らしくその住宅に、修繕し改修しながら、かりに建て替えても原型をのこして、人が住んでいることである。旅行者には、住宅内の、まして台所等をのぞくことはできないが、内部は大幅に改造されているにちがいない。
まちの景観、記憶を守ることと生活様式を近代化することにかんして一言記しておく。わたしのフランクフルト定宿に近い、映画館やレストランなどのはいったビルが何年もかかって建て替えを終えた。工事中も、もとのビルそのままの色彩、外形を措いたテントでおおわれ、完成後も景観に違和感はなかった。どこがどう変わったのか思い出せない。ビルの内部は、もちろん一新されていた。
市のごく中心部にフランクフルトにかぎっては超高層ビルも珍しくはないが、中心部をめぐる緑地帯のこの辺りになると、建て替えや大改修はされているのだろうが、懐かしい景観が保たれている。わたしは、定宿を出てこの緑地帯を、エツシェンハイマートア一、アルテオパー沿いに歩き見本市会場へ行き来していた。
『住宅団地 記憶と再生』 東信堂
『住宅団地 記憶と再生』 東信堂
地球千鳥足Ⅱ №22 [雑木林の四季]
天国に一番近い島の異邦人
~ニューカレドニア(フランス領)~
小川地球村塾村長 小川律昭
地球上最も天国に近いという所はあちこちにある。ここニューカレドニアもその一つだ。
宣伝効果もあるのか日本から新婚さんはもとよりリゾート目的の家族やマリンスポーツを楽しむ若者が多くやって来る。長さ400キロ、幅50キロの細長い島だ。1600メートル級の山もあって自給自足の生活もできるが、豊かな暮らしは観光収入がもたらしてくれる。国際空港から首都ヌメアまで50キロと遠いのはなぜか。政治的な意図で周辺の発展を促すためか。観光客には迷惑な距離だ。滞在したのは滑るようなフランス語が飛び交うアンスバタのヌバタパークホテル、特に印象に残るのはサンセットだった。ビールを飲みながら浜辺で観賞する日没前の太陽は過去、現在すべてを忘れさせてくれる。我が余生に残照の輝きを与えてくれるのではないか、との思いでいつまでも入り日の残像と余韻を味わうことができ、天国にいるような幸せを感じた。ホテルの一角で日本の若者がダイビング資格取得教室を開いていた。日本語でビジネスしている観光会社も沢山ある。
150年前この国でニッケル鉱が発見され、明治末期から大正にかけて日本から鉱山労働者が5500人ほど出稼ぎに来た。ここで死亡した人たちのお墓参りをした。刻まれた百数十人の名前を見て往時を偲んだが、出稼ぎ当時の日本の貧しい暮らしが容易に想像できた。いつの時代にも勇気ある者は新開地を求めて国を飛び出す。日本の大先輩たちの歴史的海外移住経緯を知るために墓地を訪ねるのも我々夫婦の旅である。バスで最寄りまで行ったがわからず、訊く人もいなかった。が、やがて車で通りかかった青年に救われた。車に乗せて墓地の入り口まで送って頂き、果物や水まで頂いた。その親切に感謝して墓参、帰りも別の家族連れの車に拾われ、ヌメアへのバスの便数が多いバス停まで乗せてもらった。大先輩たちの苦難の人生は歴史的事実、日本人として忘れてはならないと肝に銘じた。
サンゴ礁に囲まれた澄明かつ紺碧の海で南国の太陽をいっぱいに浴びて泳ぎ、砂浜では甲羅干しを楽しんだ。ここに来ているヨーロッパ人は上半身裸で身体を焼いていた。丸出しはやはり中年が多かったが母と娘が並んで胸を見せ、寝転がっている姿もあった。シドニーから1週間と余裕ある旅を組んできたなら、周辺の島めぐり等で地上の楽園を味わえる。本島や周辺の島、ラグーン全体が世界自然遺産で、サンゴ礁の代表格であるウベア島には行けなくともアメデ烏やシータクシーでも行けるメルト島などで興ずることもできた。
近くの砂浜で会った親子3代の家族連れ、老紳士と娘親子を紹介したい。言動からしておじいさんが孫のために海外の海を楽しませてやろうといった感じだった。お金を与えるより体験をプレゼントすることの意義を重視したのだろう。微笑ましい光景だった。美味しそうな食事を囲んでの会話は絵になるシーンだった。孫の素晴らしい人生が予見できる感じがした。体験こそ財産。シニアの行動見本の一例を見せられた思いだった。
最近は若者や家族連れよりシニアたちの存在を意識するようになった。自分たち夫婦と比較するからだろう。もちろんそれぞれの境遇の中での生き方を考える。私たちは結婚50周年記念、世界二周の旅で立ち寄った。天国に最も近い所とはどんな所だろうかと。単なるリゾートか。複雑な人間関係から逃れてボヤーツと無心で過ごせる所だろうか。自然環境の抜群さから健康的で心身を活性化でき、自然を相手に年齢なりの行動が楽しくやれるから、か。添加物いっぱいの食品類から解放されて魚や果物、野菜類の自然食で伝統的食生活が味わえ、健康や精神の高揚に役立つからか。それぞれの願いは違っても現況の俗っぽい社会環境では体験できない異なる生活がここに存在するということだ。
天国に近いこの島へ来てから結構お金がかかったことも事実だ。いずれ本物の天国に行きたいのなら「お金の価値はここで使って試してください。海に突き出したピアーでワインとフランス料理を楽しんでください!」。せっかくのお膳立て、素直に参加すべきだ。
(旅の期間‥2011年 律昭)
『地球千鳥足』 幻冬舎
『地球千鳥足』 幻冬舎
山猫軒ものがたり №16 [雑木林の四季]
私はヒヨコのお嫁です 2
南 千代
朝の味噌汁を飲んでいると、軽トラックのエンジン音が聞こえてきた。同時に、庭の向こうで猪豚がブヒーツ、ブヒーツと騒ぎ始めた。豚は、朝夕の二度、エサを運んでくる大家の高橋さんの車の音がすると、こうして騒ぎ立てる。エサがうれしいのだ。
南 千代
朝の味噌汁を飲んでいると、軽トラックのエンジン音が聞こえてきた。同時に、庭の向こうで猪豚がブヒーツ、ブヒーツと騒ぎ始めた。豚は、朝夕の二度、エサを運んでくる大家の高橋さんの車の音がすると、こうして騒ぎ立てる。エサがうれしいのだ。
同じ車種の軽トラックでも、他の車の音では喜ばない。ちゃんと、高橋さんの車の音だけに反応する。なかなか頭がいい。
猪豚は、猪と豚とのかけ合わせだが、豚より体がずっと大きく、皮膚は堅い褐色の毛でおおわれている。雄は立派な牙まであって、見かけはまるで猪だ。猪豚は四頭いた。
「おはようございます」
外に出た。栗の若葉の菓影から、さわやかな五月の光がシャワーのように注いでいる。
「ああ、今日はよく晴れてらあな」
高橋さんは、運んできた筍やキャベツのくず葉を小屋の中に放り込み、餌箱へ飼料のフスマを入れ足している。
「豚って、稲も食べるんですか?」
「好物だ。ほれ、よく食うだろ。ちいっと伸びすぎたやつだけんど」
豚はまず、その日によって違うくず野菜などを食べた後、餌箱のフスマを食べる。その様子を小屋の鉄柵にもたれてタバコを一服しながら眺め、吸い終わると帰っていくのが、新しい大家の朝の日課だった。
高橋さんは、小野路の街道沿いに住んでおり、最近ではこの付近でも珍しい専業農家である。豚小屋の周辺や、桃畑から小野路牧場にかけて手広く耕していた。
「どうだい、住み心地は」
「おかげさまで、ありがとうございます」
「中をずいぶん立派にしちゃってよ。今度、峰岸さんの奥さんも見に行くべ、ってよ。まったく、元とは見違えるようだな」
大家が言うように、豚小屋を私たちは快適な住まいにすることができた。作業を急いだため、半田さんの紹介で八王子から大工にも来てもらい、夫も一緒に十日ほどで造った。
大工は、東北出身のとても人の良いおじさんで、普通の職人ならいやがるに違いないこんな仕事を快く引き受け、毎日弁当を抱えて雪の中をバイクで通ってきた。家の仕上げには、たとえ借り住まいでも神棚はきちんとしなさや、と方角を考えて神棚まで造ってくれた。
私たちは、とりあえずこの豚小屋に住みながら腰を据えて新天地を捜すことに決めていた。よい環境とはいえ、サンクチュアリみたいなこの一画では、いつまた、開発の波が押し寄せないとも限らない。
より暮らしの広がる自然のステージを求めて、私たちは再び真剣に家捜しを始めた。その一方で、養鶏や茸栽培も少しずつスタートした。
夫は、五十羽の鶏のヒナを岐阜の酵卵場に予約注文した。鶏の種類は、赤い卵を産むゴトウ130という品種。ある程度育ったヒナを仕入れて成鶏にする方法もあるが、初めての経験なので一から携わってみたいと、生まれてすぐの初生雛を注文した。
ヒナは卵黄の一部を胃の中に蓄えて生まれてくるので、孵化して四十八時間は、エサも水もなしで生きている。その間に、鉄道の貨物便で輸送されてくる。
七月十日、岐阜からヒヨコを駅留めで送るとの知らせに、二人で小田急線の登戸の駅まで迎えに行った。五十羽で、小さな薄いダンボールひと箱。これが注文の最小単位なのだ。中からは、ヒヨヒヨピヨピヨと、けなげを声が聞こえてくる。ヒヨコたちが入ってきたダンポールベッドの蓋には、こんな、お願いが書かれていた。
愛情豊かな鉄道の皆様!私はヒヨコのお嫁です。
黄金の玉子を産みまして、家を富ませ、国興す。
小さな体に大きな他命/私はお味に行きまする.
暑さ、寒さが怖いです。早くお届け下さいませ!
お願いでございます。
少々時代がかってはいるが、いいコピーだ。夫が運転している横で、私は揺れが少ないようダンボール箱をヒザの上に両手で抱えた。私の手の中に五十の命がある。大切に育てよう。
夫がやろうとしている養鶏方法は、地面の上で鶏を放し飼いにするやり方だ。新鮮な空気と水、たっぷりの太陽のもとで、薬剤や添加物ゼロの自家配合餌と緑餌を食べさせ、健康な卵を産ませる。つまり、ひと昔以前の農家の庭先でなら、普通に見ることができたはずの、鶏の飼い方である。
この自然卵養鶏法では、副業として生計の足しにするなら二百か三百羽。多くても、人ひとりが持てる労力のことを考えると千羽止まりにしなければならず、あえて「労力をかけて少なく生産する」ことをめざす。今の時代には珍しい「進歩、発展向上、繁栄へのコースを逆にたどる」養鶏法だ。
夫は、ヒナの育て方や餌の配合、鶏や卯のことに熱中し、寝ても覚めても中島氏の養鶏本を開いている。
何だか顔つきが鶏に似てきて、ヘアスタイルまで鶏のとさかのように見えた。
もう少し、このうねの芋ほりまで、もう少し、そうしているうちに、陽は西の山に沈んでしまったようだ。枯れ薮を渡る風の声に、思わずあたりを見回すと、立木の影から、蒼い闇がこちらをうかがっている。
掘りあげた里芋をせわしなくカゴに集めて背負い、たそがれ時の家路をたどる。夏の夕刻には白いレースの花を広げていた烏ウリは赤紅色に熟し、空洞になった実が心もとなく揺れている。動物たちが待っているだろうな。
家に着く。犬、猫、ウサギ、豚たちにひととおり声をかけながら様子を見る。おまけが入っていたため五十五羽だったヒナたちも、育雛箱から初雛バタリーへ、大雛バタリーへと移動し、もうじき、夫がようやく完成させた五坪の成鶏舎へ入る。
収穫してきた野菜の整理をしながら、薪ストーブに火を入れ、夕食の支度にとりかかるひととき。快い疲労感と共に温もりの充足感が満ちてくる。
コピーの仕事には相変わらず恵まれ、こんな生活を始めたというので、外資系の自然化粧品の広告を受け持ったり、大手農機具メーカーやリゾート企業の仕事を依頼されたりもした。
自然の中での暮らしが私の世界を広げたのか、以前と違い、仕事にもラクに息をしながら取り組めるようになっていた。私を捉えていた呪縛が、足元の地面や、風や、多くの生き物の営みの中に、解け去ってしまったのだろう。
『山猫軒ものがたり』 春秋社
『山猫軒ものがたり』 春秋社
私の中の一期一会 №273 [雑木林の四季]
全員野球で、世界一になった「サムライジャパン」
~大谷の完璧なスライダーに空振り三振のトラウト「1ラウンドは彼の勝ちだ」と・・~
アナウンサー&キャスター 藤田和弘
今年のWBCはホントに面白かった。
嬉しいことに、日本代表の「侍ジャパン」が“全員野球”で、14年振りに世界一の栄冠を手にするという素晴らしい結末になった。
振り返ってみると、メキシコとの準決勝にサヨナラ勝ちしたことが大きかったと思う。
メキシコは強く、試合は大接戦となった。
4-5と1点ビハインドで迎えた9回裏、先頭の大谷が右中間に二塁打で出塁した。
大谷がホームに帰れば同点だ。
続く4番吉田は打撃好調だが、冷静にボールを見極めフォアボールを選んで村上につないだ。
栗山監督は、吉田の代走に足のスペシャリスト周東を1塁に送った。
このノーアウト1,2塁のチャンスに、5番村上の逆転サヨナラ二塁打が飛び出し勝利をもぎ取ったのである。
メキシコはショックだっただろう。
かくしてWBC決勝は日本とアメリカの対決になった。
連覇を目指すアメリカはバリバリのメジャーリーガーが顔を揃え、一発を秘める強力打線である。
侍ジャパンは、大谷、ダルビッシュ、今永、戸郷、伊藤。高橋ら大会NO1と言われる投手陣で対抗した。
先発の今永は2回にトレイ・ターナー(フィリーズ)にソロホームランされたが、その後は抑えた。
2回裏、先頭の村上が先発ケリーの初球を捉えライトスタンド深くに一発を叩き込んだ。
先制された直後に1-1と追いついたことが大きかった。
4回には岡本がホームランを打って、3ー1と日本はリードを広げて8回を迎えた。
ダルビッシュがマウンドに送られたが、フィリーズの主砲カイル・シュワーバーにソロホームランを打たれ1点差に迫られるハラハラする展開だった。
3-2と日本リードで迎えた9回裏は大谷がクローザーとしてマウンドに立った。
先頭打者に四球を与えてヒヤリとしたが、次の打者を内野ゴロ併殺に切り抜けたところで、この大会で最高の場面が出現した。
9回裏2アウトランナー無し、大谷が迎えるバッターはメジャーを代表する強打者のマイク・トラウト。
エンゼルスのチームメイト同志の対決というドラマが待っていた。
野球ファンなら誰もが見たいと思うだろう“夢の対決”が実現したのだ。
大谷は160キロを超える速球でトラウトを追い込み、フルカウントから外角へのスライダーで空振り三振に仕留めた。
マウンド上の大谷は帽子とグローブを放り投げ、キャッチャー中村と抱き合い喜びを爆発させた。
最期の打者になったトラウトは「ショウヘイは素晴らしい球を投げてきた。望んでいた結果にはならなかったが楽しい体験だった。第1ラウンドはショウヘイの勝ちだね」と潔く負けを認めていた。
このアメリカとの決戦を前にして、ロッカールームで大谷が円陣の声出しを担当した。
その時、チームメイトに訴えた言葉が「名言」と評価されている。
確かに素晴らしいと私も思った。
「僕から1個だけ。“憧れるのを辞めましょう”と言いたい。
ファーストにゴールド・シュミットがいる。
センターを見たらマイク・トラウトがいるし、ムーキー・ベッツも外野にいる。
野球をやっていれば誰もが名前を聞いたことがある選手たちがいる。
だけど、今日一日だけは彼らに憧れるのをやめましょう。
憧れてしまっては彼らを超えられないんでね・・
僕らは今日、アメリカを超えるために、トップになるために来たのだ。
今日だけは彼らへの憧れを捨てて、勝つことだけを考えていきましょう。
さあ行こうぜ!」
大谷翔平は、居並ぶメジャーリーグのスターたちを前に、代表チームが気後れしていては力を出せないことを心配しての声出しであった。
トラウトとの対決についても「トラウトの凄さは誰よりも見ている。
彼の人間性も含めて凄さを分かっている。
自分のベストを超える様な投球をしないと抑えられない。
そういう気持ちで投げた」と後に語っている。
大谷翔平は世界中で最も人気がある野球選手の一人だ。
メジャーリーグで投手と打者を兼ねる天才であり、希少価値も高い。
WBCでも日本の優勝に大きく貢献した。
彼の評価は今後も更に上がることだろう。
日本の31日、メジャーリーグは開幕した、
エンゼルスの大谷は開幕投手を務め、アスレッチクスと対戦している。
NHKがテレビ中継したので見ていたが、大谷は6回93球を投げ、2安打、10三振、無失点でマウンドを降りた。
大谷が投げていた時は1-0でエンゼルスがリードしていたが、リリーフ投手が打たれ大谷の勝ちはなくなりエンゼルスは敗れた。
トラウトも打てなかった。
だが、大谷翔平の一挙手一投足が毎日ニュースになることは間違いないだろう。
BS-TBS番組情報 №279 [雑木林の四季]
BS-TBS 2023年4月のおすすめ番組(上)
BS-TBSマーケティングPR部
BS-TBSマーケティングPR部
オトナを楽しもう 春のよいの日 生放送スペシャル

2023/4/1(土)よる7:00~8:54
☆BS-TBS人気番組の出演者がスタジオに大集合!オトナの楽しみ&春の大宴会を赤坂から生放送!
総合司会
薬丸裕英(クイズ!薬丸家のSDGs生活)
進行
日比麻音子(TBSアナウンサー)
出演
吉田類(吉田類の酒場放浪記)
玉袋筋太郎(町中華で飲ろうぜ)
高田秋(町中華で飲ろうぜ)
坂ノ上茜(町中華で飲ろうぜ)
馬場裕之(走る別荘!車中泊の旅)
武井 壮(憧れの地に家を買おう)
倉本康子(おんな酒場放浪記)
きたろう(夕焼け酒場)
武藤十夢(夕焼け酒場)
1週間にわたってお届けする「よいの日WEEK」の締めくくり!
BS-TBS人気番組の出演者がスタジオに集合し、それぞれの「カッコいいオトナの楽しみ方の極意」を視聴者の皆さんと一緒に楽しむ2時間の生放送。
出演者たちの「自分流で人生を楽しむ姿」をご紹介します。
そして!
BS-TBSを代表する人気酒場番組「吉田類の酒場放浪記」の吉田類さん、「町中華で飲ろうぜ」の玉袋筋太郎さん、「夕焼け酒場」のきたろうさんの3人が、これまでに番組の中で食べてきた料理のなかから「もう一度食べたい至極の逸品」をスタジオに用意!
料理に合うオススメのお酒を飲みながら、みんなで味わいます。
木曜ドラマ23「僕らの食卓」

2023/4/6スタート
毎週木曜よる11:00~11:30
☆癒し人気コミックスが待望の実写化!食と家族のハートフルドラマ
原作:「僕らの食卓」三田織/幻冬舎コミックス
脚本:下亜友美、石橋夕帆、飯塚花笑、上村奈帆
監督:石橋夕帆、飯塚花笑、上村奈帆
出演
犬飼貴丈 飯島寛騎 前山くうが
古畑星夏 市川知宏 てつじ(シャンプーハット) 玉田志織 長谷川葉生
原田龍二
誰かと一緒に食べるごはんが
こんなにうれしくておいしいなんて、僕は知らなかった。
会社員の豊(犬飼貴丈)は、家族と疎遠で人と食事をするのが苦手。ある日、公園で年の離れた兄弟・穣(飯島寛騎)と種(前山くうが)に出会い、なぜか「おにぎりの作り方」を教えることに。それ以来、一緒に食卓を囲み食事をすることが増えた豊たち。やがて、家族のような存在となり、そして豊と穣の距離も次第に縮まっていく…。
食事を通し、人のつながりを描く人間ドラマ。
走る別荘!車中泊の旅

2023/4/14スタート
毎週金曜よる9:00~9:54
☆車中泊用にカスタムされた車を相棒に自由気ままな旅へ!
出演
馬場裕之(ロバート)
芦名秀介(デカダンス)
時間を気にせず、より道も思いのまま。
旅館やホテルの予約も必要なし、眠たくなったら車でお泊まり!
旬な食材を見つけて料理をしたり、アクティビティを体験したり、焚火をしたり、温泉や絶景を堪能したりと、車中泊仕様にカスタムされた車で全国を自由気ままに旅します。
■4月14日(金)
#1「軽キャンで巡る西伊豆!豪華海鮮、料理旅」
出演:馬場裕之(ロバート)
今回の舞台は、菜の花や桜が咲き、春を感じる西伊豆!
三島駅をスタートし、1泊2日で絶景夕日スポットの黄金崎を目指します。
青の洞窟をめぐる堂ヶ島クルーズを楽しんだり、壮大な富士山を望むRVパークで車中泊をしたり。もちろん馬場ちゃん得意のアドリブ料理も披露!駿河湾で獲れる新鮮魚介を使った絶品料理とは!?
海の見る夢 №51 [雑木林の四季]
海の見る夢
―バッハBWV721―
澁澤京子
~力は弱さの中でこそ発揮されるのだ~「コリント2 12-9~」
『みえない汚染 飯館村の動物たち』というドキュメンタリー映画を観た。事故から三年。放射能汚染地域に指定された村に、いまだに放置された飼い犬150匹、猫400匹以上がいる。犬は鎖につながれたままドロドロに汚れ、飼い主の許可がいるので鎖をはずすわけにもいかない。(鎖が絡まったまま死んでいた犬も)時折、犬の様子を見に来る飼い主はほんの少数で、ほとんどの犬や猫は放置されたまま。(被災した飼い主の状況はそれどころではないかもしれない)とても直視できないような悲惨な状況に置かれた犬ばかり。鎖につながれているので逃げることもできずに、野生動物に襲われて死んだ犬も少なくないらしい。(飼い主が存在するので鎖をはずすわけにもいかない)平山さんやボランティアたちが車を運転して犬に餌をあげたり水を変えたり、雨を防げるように小屋を整備したり、一匹ずつ散歩したり、そうした世話をずっと行っている。あちこちに点在する犬の面倒を見るため一日中車で移動するのも大変なので、犬と猫のシェルターを一か所に造ろうと役所に掛け合うが(もちろん自腹で)、行政からは支援金はもちろん、シェルターを作る許可すらおろしてもらえない・・平山さんやボランティアは、犬の飼い主一軒ずつに電話して了解をとり、引き取った動物の新たな里親を探す傍ら、半ば強硬的にシェルターを設置するのだが・・シェルターを快く思わない人たちもいる中、それでもめげずに、犬や猫のシェルターである「福光の家」は今も継続している。
「純粋のみが悲惨を見つめうる」はシモーヌ・ヴェイユの言葉だけど、たいていの人は悲惨なものは見たくないし、できれば知りたくもない、私自身がまさにそうなので、正直、見るのがとてもつらい映画だった。平山さんたちはその悲惨を直視し、さらに行動を起こしたのだ・・彼らの動物を救うための地道な活動と勇気には、ひたすら頭が下がるばかり。動物の世話というのは、糞尿の始末から小屋を清潔に保つとか、犬の場合は散歩に連れて行ったり、汚れたら体を洗ったり、病院に連れて行ったりと、基本は汚れ仕事だし、労力を要する。もちろん、そんなものは労力とも言えないほど、動物はたくさんのものを人に与えてくれるが、犬150匹に猫400匹とは・・ただの「かわいい」「かわいそう」ではとてもできない行為だと思う。
こうした地味な活動はもちろん平山さんだけじゃない、放射能汚染をものともせずに、立ち入り禁止地域に入って、犬や猫を助けた若い学生のグループ(you tubeで観ました)、あるいは残された動物の世話のために、避難せずに福島の立ち入り禁止地域に住み続け、一人で何十匹もの動物の世話をしていた男性(以前、ツイッターで知り合った)・・置き去りにされた動物たちのことを考え、いてもたってもいられなかった心優しい人達。彼らは何もしない行政の代わりに引き受けたのである。もちろん、動物のことだけじゃない。福島復興のために無償で尽力している縁の下の力持ちはたくさんいる。
平山さんが何度かけあっても「前例がないから」とけんもほろろの態度で断る行政。「命の大切さ」という言葉は、行政から出てきた標語ではなかったか。トルコ地震で、がれきに埋まった犬を何時間もかけて救出する映像を見たが、どこの国にだって「動物を大切にする人間」は存在する。「自然に優しい日本人」なんて特権意識を私たちは持てるだろうか。「自然と一つになる」は、鎖につながれたまま雨ざらしで放置された犬や、餌をもらえず餓死した猫と一つになるということでもあるだろう・・
「福光の家」で検索すると案の定、貶めるコメントが少なくない。こうした活動に対しあたかも「偽善」であるかのようにケチをつけたがる人は多い。自分は何もせずに批判だけするなんて本当にくだらない。
第一、今の日本には、偽善どころか、嘘をついても開き直って堂々とすれば、いつかそれは真実となる、とばかりに、平気で開き直る人々のほうが政治家を筆頭にたくさん存在するじゃないか。今、高市氏で問題の放送法。「政治的圧力」と「脅し」、そして彼女の「開き直り」。それから、逮捕されても誰一人悪びれる様子もみせない強盗集団の開き直りがある・・なんでも「偽善」と暴いた挙句に、残った本音は結局、高市氏の「開き直り」に見られる「~何が悪い」であり、そうした開き直りは強盗集団のように人を平気で脅したり、殺して踏みにじる態度と本質は同じなのだ・・ニヒリズムと利己主義が蔓延し、これといった倫理基準がなければ、「お金を盗って何が悪い」の「開き直り」になるのだろう。いままでヤ○ザの手法だった「脅し」「開き直り」「突っ張り」が今や政治家をはじめとして、当たり前のように広がっているのだろうか?
「自己責任」と「他人に迷惑かけるな」。これがあたかも最も重要な道徳であるかのように声高に言われるようになったのは、私の記憶だとイラク戦争から。「自己責任」は「迷惑かけるな」と同様に、他人を非難するために使われたことが多かった気がする。本当に責任感の強い人、スケールの大きな人はその責任範囲が自分や家族を超えて広がるのであって、そうした責任感の強い人間は「自己責任」なんて言葉はそもそも使わないし、まして他人を非難などしないだろう。ネットやコンビニの普及により、お金さえあれば誰でも一人で生きていける社会となって、利益だけを優先した日本は殺伐とした国となり、さらにコロナで人とのリアルな関係も薄れた。
それは、よく晴れた日曜日の夕方のことだった。街は買い物する人、これから食事に行こうとする家族づれでとても混雑していた。買い物袋を提げて歩いていた私の前方には、ひときわ輝いて楽しそうな三人家族がいて、見ると小学校低学年(当時)の息子の同級生のT君一家だった。T君は脳腫瘍になって長いこと入院していたが、やっと退院できたのだ・・家族三人、あまりにも楽しそうなので声をかけることは遠慮したが、その時、「本当の幸福とはこういうものなのだ」と思ったのである、三人の姿があまりに明るく光輝いていたからだ・・また再入院するという話はT君のお母さんから聞いていたが、退院したひと時の、普通の人にとってごく当たり前の日曜日の午後、それが三人にとっては、どんなにかけがえのない時間だっただろうか・・
人は絶えず自分の外側に向かって何かを追い求める。しかし、それに対し、深刻な悩みや心配事からの解放は、それがたとえつかの間のものであっても、日常や本来を取り戻すことであり、それによって初めて凡庸な日常の、生の素晴らしさに気が付くことがある・・そして、おそらく「幸福」というのは、(自由と呼び変えてもいいが)後者のことじゃないかと思う。そしてそうした幸福は、場合によってはそれをきっかけにして人の人生観を変えるほどの体験となって力を持つだろう。そうした幸福(自由)は、自己満足の幸福(自足)とはまったく違うものなのである。自足は自己完結した閉鎖的なものであるが、自由は欠落からの回復を契機に起こった自我からの解放であり、プラトンの「想起」のように(あらかじめ存在したもの)の発見であり、それを取り戻すことなのである。
パウロは落馬し、失明することによってはじめて回心した・・苦しみや死とギリギリの経験が宗教的な神秘体験につながりやすいのは、人はいったんどん底の状況になることによって(その時は夢中で気が付かないが)、「個」が粉砕され、はじめて見えるものがあるからだ・・アウグスティヌスが言うように、まさに「はじめに神が我々を愛した」のであって、それは、すでに私たちは救われていた、ということだと思う。そして、それに気づいて味わう解放感は、やはり「自由」という言葉がぴったりなのだ・・そして、苦しみの経験は、人を他人の苦しみに敏感にさせる回路を作る。「金持ちとラザロ」のラザロの存在を無視できないのは、ラザロの苦しみに共感できる(開かれた)人だけだろう・・
そして、ラザロの苦しみを分かる人、つまり心のオープンな人が、「今・ここ」に生きている本当の幸せのわかる人じゃないだろうか。
完全な人など、誰もいない。人はそれゆえに平等であり、また不完全で弱いからこそ、人は助け合わないと生きていけない。弱さというのは常に他者や世界に向かって開かれているものなのである。
※バッハBWV721は、富田一樹さんの演奏が素晴らしいです(you tubeで聴くことができます)
住宅団地 記憶と再生 №11 [雑木林の四季]
II フランクフルト・アム・マイン-エルンスト・マイと「ダス・ノイエ・フランクフルト」 5
国立市富士見台団地自治会長 多和田栄治
アイゼンバーナー団地Eisenbahnersiedung Nied(Am Selzerbrunnen,Grune Winkel,65934 Frankfurt am Main)
10月5日はフランクフルトを出てへヒストの1駅手前ニート駅で下車し、バスでアイゼンバーナー(鉄道員)団地にむかい、ノイマルクトで下りた。地図をみるとマイン川に合流するニッダ川の東部にあたる。
ほとんどが2階建て、三角屋根に屋根裏部屋と煙突がみえ、外の通路から出入りできる半地下室がある。玄関に郵便受けが5戸分あったから、5世帯ユニットの長屋である。長屋と長屋は、物置、車庫、たばこ屋などの小商店、ユーティリティに使われている建物でつながり、ところどころに裏側への抜け道がある。建物の色は、棟によってちがうが、薄みどり、ブルー、濃い茶色が多かった。道路に面した玄関側から裏に通り抜けると、生垣で仕切られた小庭園である。果樹と花木の庭、もっぱら野菜づくり、バーベキュウのできる場所、ブランコとベンチのある遊び場だったりする。よく手入れされたところ、そうでないところ、まちまちである。樹木はごく少ない。部屋から見ていたのであろう、ベンチにかけて軽食をとっていたらウチの庭だと出てきた男がいた。各戸に小庭園がつき、全体として広々としたオープン・スペースでありながら、公共的な公園とか遊園地のようなものは、まだこのころの団地にはつくられていない。
5戸長屋ばかりでなく、あとからの建築であろうか、規模の大きい2戸続きの住宅や3階建ても団地の外周には見かけた。近年建てられたレストランもある。
しかし、1,000戸をはるかにこえる団地のまわりは市街化がすすんでいる様子はなく、スーパーマーケットや商店街を団地内には見かけなかった。両側に古風な長屋が建ち並ぶ道路を歩きながら、映画の時代劇セットに紛れ込んだような錯覚をおぼえた。ウイークデイの昼間のせいか、クルマの往来、人の姿もなかった。
この団地もすべて賃貸住宅のようで、出会った老夫婦に闇いたら、2人暮らしの年金生活、70㎡で家賃は600ユーロ(約70,000円)、払えないので家賃柚助をうけているという。
この団地は、フランクフルト鉄道員貯蓄・建設協会Frankfurter Spar-und
Bauvereins von Eisenbahnbediensteten eGmbHの委託をうけ1918年から30年にかけて、当時すでにドイツにひろまっていた田園都市構想をもとに王立プロイセン機関車本社工場用地に建設され、1933年に学校、ホール、教会等が建てられて完成をみた。労働者住宅そのものは19世紀半ばから産業革命の世展にともなって建設されていたが、20世紀にかけて様式はコツテージ風から長屋風に変わり、庭園をそなえた規模の大きい団地を形成するようになった。この団地は伝統的な労働者住宅団地の最終期の典型といえるかもしれない。
「ダス・ノイエ・フランクフルト」運動がおこったのは20年代半ばだから、同地のデザイン、住宅設計、意匠と色彩にレーマーシュタット団地にみたようなモダニズム様式の証しは、まだこの団地にはない。
【住宅団地 記憶と再生」 東信堂
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