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山猫軒ものがたり №34 [雑木林の四季]

ムラの名人たち 2

             南 千代

 私が料理を習っている間、夫は薪集めの毎日だった。ガスのない暮らしが不都合もなく続いていたため、台所に風呂に暖房にと、一年に使う薪の量は、四トン車でおよそ二、三台分。
 夫はコーさんに紹介されて、キコリの名人である小沢さんの山仕事の加勢に行くようになっていた。一緒に出かけて仕事の手伝いをし、不要な枝を薪用にもらってきていたためである。
 木には「伐り旬」とキコ与たちが呼ぶ伐りどきがある。秋から冬にかけての季節だ。つまり、木が根から水分を吸い上げていない時期である。この頃になると、キコリたちは忙しい。倒された木の、要らない枝を集める夫も忙しい。地下足袋に脚絆(きゃはん)を巻き、弁当とチェンソーとついでにカメラも持って、彼らと共に、朝七時半に家を出る。
 枝といっても直径二十センチ、長さ数メートル。とても男一人が持てる重さではなく、チェンソーで切った後、クレーンで積み下ろしする。こうして何日も山に通った後、はじめて薪になる材料が集まる。
 ケヤキ、カシ、エノキ、ナラ。集めた木は、切りやすく割りやすい生木のうちに薪にする。ストーブに入る五十センチ程の長さに切り揃えた後、斧で割る。割る作業は、薪作りの過程のフィナーレみたいなものだ。
 これを家の周りにグルリと積んで半年ほど乾燥させた後、薪になる。灯油を買ってきて使うことを思うと、おそろしく時間がかかるのは、米や野菜作りと同じである。
 「何だって今の世の中は、買った方が安くつくよ。でも……」
 と夫は、囲炉裏に薪をくべながら言う。
 「薪が暖めてくれるのは、こうして燃えている時だけじゃないんだよ。チェーンソーを振り回している時も、薪割りをしている時も体があったまるよ」
  キつりたちとのつきあいやおしゃべりは心を暖めてくれ・家の周りに積まれた薪は、断熱材代わりとなって家自体をも暖めてくれるというわけだ。
  さて、キコリたちの主な仕事はもちろん木を倒すことだが、伐り倒す行為自体は、米作りにおける田植えや稲刈り、薪作りにおける薪割りと同様、作業全体のクライマックス的一部にすぎない。チェーンソーが使えさえすれば、木を伐ることは誰にでもでき、名人とはならない。
 しかし、たとえば。木のすぐそばに家や電線があったら、大木が杖を張ったその姿のまま倒れる空き地がなかったとしたら、単純に根元を伐るだけで木を倒すわけにはいかない。
 地元では空師と呼ばれている名人・小沢さんの仕事は、そのような木を伐ること。作業の大部分は、十数メートルの高木の上で行われる。

 はしごも届かない高い木には、クレーンで移動する。クレーンのフックに足を乗せ、サーッと木の頂上あたりに運ばれると、木に飛び移り、まるでセミみたいにピタリと張りつく。そこで足場を確保しながら、チェーンソ1でまず枝の先を切り落とす。
 手頃な足場がないときは、ロープで腰を木に縛りつけた格好でチェーンソーを奮う。太い枝は、クレーンのロープで枝を縛った後に切り放し、吊られた状態で下ろす。胴体だけになった木も同様に上から少しずつ、つめていく。
 クレーンアームの位置や木の重心を見極めないと、木を吊った位置や切り放した角度によって空中で木が安定を欠いて大きく振れ、危険を招く。
 木が倒れても大丈夫を長さにまで切りつめた後、地面に降り、予定した方向と場所へ木を倒す。ようやく、根元へチェーンソーを入れるわけだ。望む方向へ木を倒すには、あらかじめ木の倒す側に、角度をつけて切り込みを入れ、受け口を作る。反対側にチェーンソーを入れると、木は受け口の中心に向かって倒れることになる。
 このように、空の上で仕事をする空師は、近隣でも数えるほどしかいないとか。倒せる高さにまで木をつめた後、隣の木でもう一度同じ作業をしなければならない場合がある。そんなとき、地面に降りて再び隣の木に登るのは時間がかかる。どうするかというと、木から木へロープを渡して空中移動、ロープを伝って隣の木まで這っていく。軽業師顔負けの芸当である。
 小沢さんが木の上で作業をしている間、一緒に仕事をする他のキコリたちは、ロープを引っ張ったりして彼の作業を助ける。落ちてくる枝を集める、チェーンソーで整理する、運ぶ、トラックに積むなどの作業もある。
 倒した後は、木の売れる部分は市場に持って行き、商品価値のない枝などの部分は、処分する。夫は作業やトラックの運転を手伝い、この部分を薪用にもらってくる。
 夫は、加勢の合間に小沢さんの仕事ぶりを、写真に撮っていた。しかし、その身のこなし、スリリングな速さや強さに、唖然として見とれてしまい、つい、手の中のカメラを忘れてしまうことも度々あるらしい。キコリの加勢はまだまだ続きそうだ。
 チェーンソーを振り回すおかげで、夫の腕にはポパイのようなカコブができた。
 「南さんはカメラマンにしとくのは惜しいや、うちで働かねえか」
 夫は、小沢さんに誘われ、苦笑していた。

『山猫軒ものがたり』 春秋社



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