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国営昭和記念公園の四季 №162 [国営昭和記念公園の四季]

コスモス センセーション  みんなの原っぱ

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『知の木々舎』第372号・目次(2024年11月上期編成分) [もくじ]

現在の最新版の記事を収録しています。ご覧になりたい記事の見出しの下のURLをクリックするとジャンプできます。

【文芸美術の森】

石井鶴三の世界 №267               画家・彫刻家  石井鶴三
 岡本 1928年/森田・山﨑 1928年
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-10-30-14

西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い!」№139 美術史研究家 斎藤陽一
 江戸・洋風画の先駆者たち 亜欧堂田善 2 
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-10-30-13

浅草風土記 №37                 作家・俳人  久保田万太郎
 夏と町と 不動様 1
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-10-30-12

山羊の歌 №3                        詩人  中原中也
  サーカス
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-10-30-19

【ことだま五七五】

こふみ句会へGO七GO №136                 俳句 こふみ会     
 「松茸」「千秋楽」「夜学」「秋の空」
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-10-30-11

読む「ラジオ万能川柳」プレミアム №194              川柳家  水野タケシ
 10月2日、9日放送分
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-10-30-10

【雑木林の四季】

BS-TBS番組情報 №315                          BS-TBSマーケテイングPR部
 2024年11月のおすすめ番組(上)
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-10-30-8

海の見る夢 №88                                    渋澤京子
  It's Only A Paper Moon
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-10-30-7

住宅団地 記憶と再生 №46   国立市富士見台団地自治会長  多和田栄治
 武蔵野緑町団地 5 
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-10-30-6

地球千鳥足Ⅱ №56            小川地球村塾村長  小川律昭
 母の姿甦る路線バスの旅~エクアドル共和国
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-10-30-5

美味懐古 №3                        加茂史也
 オー・シザーブル
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-10-30-4

衆院選挙結果を受けて                     永田五郎
   新たな政局の展開の前に
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-10-30-18

【ふるさと立川・多摩・武蔵】 
                                                 

線路はつづくよ~昭和の鉄路の風景に魅せられて №235      岩本啓介
 廃線つづくJR北海道
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-10-30-2

夕焼け小焼け №47                      鈴木茂夫
 プラークの栗並木の下で 2     
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-10-30-3

押し花絵の世界 №212                                     押し花作家  山﨑房枝
 「薔薇とラナンキュラスのミニ額」
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-10-30-1

赤川ボンズと愉快な仲間たちⅡ №64      人形作家  さとうそのこ
 そのこ人形 1
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-10-30

国営昭和記念公園の四季 №162
 コスモス センセーション  みんなの原っぱ北側
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-10-30-16

【代表・玲子の雑記帳】                 『知の木々舎 』代表  横幕玲子
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-10-30-9

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石井鶴三の世界 №267 [文芸美術の森]

岡本 1928年/森田・山崎 1928年

        画家・彫刻家  石井鶴三

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岡本 1928年 (131×183)
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森田・山崎 1928年(131×183)

**************  
【石井 鶴三(いしい つるぞう)画伯略歴】
明治20年(1887年)6月5日-昭和48年( 1973年)3月17日)彫刻家、洋画家。
画家石井鼎湖の子、石井柏亭の弟として東京に生まれる。洋画を小山正太郎に、加藤景雲に木彫を学び、東京美術学校卒。1911年文展で「荒川岳」が入賞。1915年日本美術院研究所に入る。再興院展に「力士」を出品。二科展に「縊死者」を出し、1916年「行路病者」で二科賞を受賞。1921年日本水彩画会員。1924年日本創作版画協会と春陽会会員となる。中里介山『大菩薩峠』や吉川英治『宮本武蔵』の挿絵でも知られる。1944年東京美術学校教授。1950年、日本芸術院会員、1961年、日本美術院彫塑部を解散。1963年、東京芸術大学名誉教授。1967年、勲三等旭日中綬章受章。1969年、相撲博物館館長。享年87。
文業も多く、全集12巻、書簡集、日記などが刊行されている。長野県上田市にある小県上田教育会館の2階には、個人美術館である石井鶴三資料館がある。

『石井鶴三素描集』形文社

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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №139 [文芸美術の森]

         シリーズ:江戸・洋風画の先駆者たち
            ~司馬江漢と亜欧堂田善~
                   第8回
               美術ジャーナリスト 斎藤陽一

       「亜欧堂(あおうどう)田(でん)善(ぜん)」 その2

≪一気に向上した銅版画技術≫

 亜欧堂田善は、白河藩主・松平定信の命により、51歳頃に江戸に出て「銅版画の技術習得」に励んでいましたが、文化年間、60歳頃から、その銅版画技術は一気に向上します。
 たとえば、下図「雲龍図」を見てみよう。

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 古来、中国や日本でしばしば画題となってきた「雲龍図」を、田善は「銅版画」で試みています。
 渦巻く雲と逆巻く波の動きが一体となった空間を、二匹の龍が勢いよく飛翔するありさまを、巧みな構図と精緻な技で表現しています。
 渦巻く雲を表わすのに、同心円状の円を幾重にも重ねていますが、その曲線には迷いがなく、力強い。

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  一方、龍の鱗の描写は繊細そのもの。大きさの異なる扇上の線を根気よく幾重にも重ねて、くねり曲がる龍の胴体の動きを表現している。
 龍の顔はわずか5cm程度の大きさですが、細かい点描が施され、立体感が表わされている。顔つきはどこかユーモラスですね。

 意欲的な田善は、「銅版画による水墨表現」にも挑んでいます。
 たとえば、下図の作品。
 これは、田善の郷里、須賀川の3人の俳人の句に、河豚の絵を取り合わせた俳句摺物「河豚図」

 本来、水墨画は、墨のにじみやかすれが持ち味ですが、一方、銅版画は、細い線刻によって対象を描く、という根本的な違いがあります。おそらくそこに田善は挑戦意欲をかき立てられたのでしょう。
 その結果、ご覧のように、河豚のふっくらとした丸味だけでなく、ぬめりのある質感まで見事に表現しています。

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 版画家で東京藝術大学教授の三井田盛一郎氏によれば、田善は、墨色の濃淡のグラデーションをつけるために、銅板に、縦・横・斜めの無数の引っ掻き線を引いたあと、表したい濃淡に応じて、腐蝕液を何回も塗り重ねるという独自の工夫をし、それぞれの腐蝕度の違いによって水墨のような濃淡を生み出した、と言います。

 このような根気のいる工夫によって、墨絵のような味わいを出しただけでなく、河豚のふっくらとしてぬめりのある質感まで、見事に表現するに至りました。
 司馬江漢がわが国で初めて成功させた「銅版画」を、より高度なところまで持っていったのが亜欧堂田善でした。

 次回もまた、亜欧堂田善が制作した「銅版画」の数々を紹介します。
(次号に続く)

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浅草風土記 №37 [文芸美術の森]

夏と町と
不動さま 1

       作家・俳人  久保田万太郎

           

 深川座という劇場のあったことを御存じですか?
 無論御存じの方もあれば御存じない方もあるだろうとおもいます。……いいえ、御存じ
ない方のほうがことによると多いかも知れないとおもいます。何せ古いことで、そのうえ
いたって場所の辺鄙なところ、本所深川以外に住んだ方たちには全く用のない場所だった
ろうとおもいますから。――というのは、そういうわたくしにして矢っ張、たった一度し
か……あとにもさきにもたった一度しか、足を入れた覚えがありませんので、……それも
立見、ほんの一トまく覗いた丈で、長い時間そのなかの空気を吸ったのではないので……
 さアどの位になりましょう、いまから?――たしかあれは中学の三年……じゃアない、
四年……四年ですからいまをさるざっと二十一二年まえになります。年にして十八九……ちょうど俳句のおぼえはじめで、出来た三四人の仲間と一しょにヒマさえあれば「やかな」に憂身をやつしていた時分、ある日その仲間の二人が突然来て「運座へ行かないか、運座へ」とやや昂奪したさまにいったものです……
 自分たちだけの間ではみんなもういッはしの作者のつもりで、何のかのとうるさいこと
この上なかったものの、かなしいかな、誰もまだ世間の、そんな気のきいた場所へ出たこ
とのあるものは一人もありません。そういう場所の存在することは知っていても、どうし
たらそういうところへ行けるのか、それさえはッきり分らないわれわれでした。――とは
いえ、勇気は、身うちにみちみちていました。――わけを聞いて、その仲間の一人の伯父
さんの始終行く会で、どうせお前たちが行ったって抜けッこはないが、もし行くんなら連
れて行ってやる。――そういうしだいと分ったとき異議なくわたくしは承知しました。で、
その晩、同人一同、轡をならべて出陣したのが深川の不動さまの境内の金鍔や……何とか
いう講茶屋の奥座敷で毎月開かれる或秋声会系の運座でした。
 こまったことにその晩、われわれ一同、はじめてその他流試合に大へんな成績をあげま
した。五十人近くあつまったその晩の人たちをものの美事に蹴散らして、ふんだんにおの
おの景物の葉書をせしめました。その仲間の一人の伯父さんの驚きはいうまでもなく、一
座挙って、それこそ床の間のまえに居流れた有名な先生たちまでこの若い闖(ちん)入者の群の上に怪訝の眼をそそぎかけました。われわれの得意おもうべしです。――ということは、哀れにもそれが病みつきとなり、それからというもの、毎月欠かさず、どんな雨のふるときでも風の吹くときでも一同手を携えて出席しました。そうしてふんだんにいつも葉書を稼ぎました。さきの人たちにしたらどんなに苦々しく思ったでしょう。……だって、あなた、その連座へ来る人たちはそんな三十台から四十台の人たちばかり、その仲間の一人の伯父さんだの、いつもその床の間のまえに居流れる有名な先生たちだのにいたっては、みんな五十、六十という年配の人たちばかりだったんですから。・

           二

 けど、こっちは子供です、そんな頓着はありません。頓着ないばかりでなく、むしろそ
の大人たちの、下らない、他愛のない……一ト言でいって月並……月並すぎるほど月並な
のに間もなくあきれました。「いい年をして」と時には義憤をさえ感じました。――それ
が作られる旬のうえばかりでなく、席上での、そのあつまった色んな人たちのいったりし
たりすることがそれほどすべてわれわれに陳套(とう)な無知な感じを与えました。ですから、はじめ、勝手のよくまだ分らなかった時分には、われわれでも知っているようなことがことさらな問題になったり、だれでも、そんな本、読んでいるに違いないとおもわれるような本のどんなめずらしいものででもあるように評価されたりした場合、屡々われわれ、腑に落ちない眼をひそかにみ合せたことでした。
 そのなかでいまだに一つ覚えていることがあります、「地芝居」という題の出たときで
すから秋時分のこと……九月か十月の会のときだったに違いありません。「地芝居や野風
に消ゆる面明り」という句が大へんに抜けました。勿論いい加減な句で、こういう句が抜けるんだから大ていお察しはねがえるとおもいますが、それよりも先生たちのなかの一人が文台のまえにいざそれを披講するとなったとき「野風に消ゆるおもあかり」……「つらあかり」といわないで「おもあかり」とこれを読んだものでした。
 はじめのうちは誰も音なしくだまって聞いていましたが、あんまりその句が抜けている
んでとうとうたまらなくなったらしいその作者、「おもあかりじゃアありません、つらあ
かりで」と、遠くから大きな声で訂正しました。
 「つらあかり?……」
 急にそういわれて、先生、それがくせの眉をすこしひそめるようにして「おもあかりじ
ゃァいけませんか?」
 「いけませんとも!」
――先生のその、にわかにそれを肯(うべな)いそうにないさまをみると、作者に代って、矢っ張その句を抜いたとおぼしい選者の一人が言下にそうはッきりいいました。「どこの国へ行ったってそんなおもあかりなんてものはありません。」
 いかにも歯切れのいい言い方なのにみんな思わず声のほうをふり向きました。そこにい
たのはGというその会の定連の、代言人時代からの古い弁護士、あから顔の、白い髭をはやした老人で、平生いたって色ッぽい意気な句の好きな、そのくせ口のわるい、皮肉な、
始終酒の気をたやさないでいるという大江戸ッ子でした。
「では訂正いたします、『おもあかり』ではなく『つらあかり』――野風に消ゆるつらあ
かり……」
 先生は相手が悪いとみてすぐにそういうことを聞きました。――が、表面はどこまでも
強情にひるまないかおをみせました。
 けど、驚きました、われわれ。――驚いたというよりむしろ不思議な気がしました。――なぜならその先生-Sというその先生です、そもそも新派の俳句というものをうちたてた大先輩で子規さえある時代には兄事したことのあるという有名な先生です。博識を
以て天下に鳴っている先生です。その先生が面明りを知らない、中学生のわれわれでさえ
知っている簡単な劇場用語を知らない。……いいえ、うそにも知っていればそんな強情を
張るわけがありません……

『浅草風土記』 中公文庫


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山羊の歌 №3 [文芸美術の森]

サーカス
     
        詩人  中原中也

幾時代かがありまして
  茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
  冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
  今夜此処(ここ)での一と股盛(きか)り
    今夜此処での一と般盛り

サーカス小屋は高い梁(はり)
  そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒(さか)さに手を垂れて
  汚れ木綿の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
それの近くの白い灯が
  安値(やす)いリボンと息を吐き

観客様はみな鰯(いわし)
  咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

     屋外(やぐあい)は其ッ闇(まっくら) 闇の闇
     夜は劫々と更けまする
     らくかがさめ
     落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルヂアと
     ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

『中原中也全詩集』 角川ソフィア文庫



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衆院選結果を受けて [雑木林の四季]

新たな政局の展開の前に

           永田五郎    

10月27日第50回衆議院総選挙が行われた。 その結果は、
      政党名         獲得議席数     増減             比例区票数     増減
   自民党      191 議席     55議席減        1458万票       555万票  減
    立憲民主党     148 議席     50議席増        1156万票          7万票  増              
   国民民主党     8 議席      1議席増           617万票        358万票 増
   公明党              24 議席     8議席減          596万票        114万票  減
   日本維新の会     38 議席     6議席減          510万票         300万票  減
   日本共産党         8 議席      2議席減          336万票          80万票  減    

自民党は大敗、公明党も敗北。立憲民主党と国民民主党が躍進した。 
選挙結果を見て行くには比例区の得票数を検討すると分かりやすい。各政党の支持率では、自民党が31%台、立憲民主党が9.2%。、日本維新の会が3.4%。 公明党が4.4%、共産党が2.9%、国民民主党が 2.3%、特に支持している政党がないが34% 
選挙の結果を左右するのは,特に支持している政党がないという無党派の動向だ。

無党派のかなりの票は自民党を支持してきていた。しかしスキャンダルが起きると、自民党の一党単独優位は崩れる。550万票と55議席を失った。その票はどこへいったのか。それまで自由民主党にに集まっていた票が、受け皿としてどうも国民民主党に多く流れたのではないか。同党は自由民主党と政策面で大きい隔たりはない。、
有権者の選択は厳しかった。しかしそれでも第一党だ。自民党は不安定な機軸政党なのだ。
自民党が姿勢を正して反省すると票は戻るだろう。来年7月の参議院選挙はその結果となるだろう。

立憲民主党は55議席を増やした。大勝利だ。しかし比例区の得票数はほぼ同じ。どうも その勝利は、立憲民主党への支持が増えたのではなく自由民主党の失策によるのではないだろうか。立憲民主党の地方下部組織の基盤は弱い。この勝利を安定して維持して行くには、それを強化していくことがなにより大切だ。

国民民主党は、立憲民主党に比べて,穏和な主張をするから、影がい薄く見えることが多い。地方組織、党員もいないから組織力は脆弱だ。組織の強化が望まれる。日本最大の労働組合の連合の考え方、方針と近い。連合は労使協調を基本線としている。立憲民主党と競り合いながら、体力をつけるのが一番の課題だ。
そして政党は時に協調により自らの政策を実現するのも賢明な方策だ。
自民党が協力(連立?)を求めるのは,自然の成り行きともいえる。

公明党は背景に信者数827万世帯を誇る創価学会をもち、選挙での不敗神話を守って来ていた。それに変化が見えてきていた。前回の選挙ですでに700万票台に落ち込んでいたのだ。それがさらに今回100万票の消失だ。
また埼玉14区では国民民主党の鈴木義弘氏が70608票、公明党代表石井啓一氏が60249票と1万票の差をつけられて落選した。これまでの公明党の組織力からは考えられない事態だ。創価学会会員の高齢化による会員の減少と若い信仰二世の継承に陰りが見えるという世評がうすずける。 

日本維新の会は、一時期支持か増えていたのが、急速に停滞。300万票を失ない,43議席から5議席減らして38議席となった。党内で馬場代表が敗戦の責任をとって辞任すべきとの声が出ている。

共産党はさきごろ新たに田村委員長を起用して選挙に臨んだが、先回の410万票から80万票減らした336万票に低落、これまでの8議席を6議席に減らした。最盛時には40万人を数えた党員も,現在は27万人、その3分の1は65歳以上の高齢者だという。若い戦力たりうる日本民主青年同盟、,略称民青も1万人にとどまる。共産党、共産主義とは関係なくなったというロシアだけれど、ウクライナ侵略は旧ソ連のイメージと重なる。中国も,習近平の神格化がすすむ。香港の民主化を強権で抑圧し、独裁化、思想統制下の専制国家だ。圧倒的な共産主義に対する不信感,、恐怖感がある。凋落する日本共産党に明日はあるのだろうか。

自民、公明両党合わせても。 215議席。 過半数の。 233議席には。18議席足りない。
石破内閣を続けていくには、野党のいずれかと連携、連立する必要がある。 それなしには政権運営が難しい。
まず、衆議院選挙の特別国会は11月11日に開かれ。 首班指名選挙が行われる。 野党はそれぞれの党首を首班に指名すると言っている。 
衆議院には17の常任委員会と8の特別委員会がある。これらの委員会の委員長を与党で確保するのは難しい。野党も一定数を占めることになる。そうなると、自民党の主張を押し出した強気の委員会運営はできない。野党と協調せざるを得ない。それに加えて石破総理の党内基盤は強くないと言われている。内閣独自の政権運営は望むべくもない。  

11月1日現在。与野党の間で、さまざまな会合、会談が開かれている。
国民民主党は、連立には参加しないが、個別の問題ごとに自民党と話し合って 協力して行くことにしたいとしている。 

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こふみ会へGO七GO №136 [ことだま五七五]

こふみ句会へGO七GO  №136
「松茸」「千秋楽」夜学」「秋の雲」 

                              俳句・こふみ会

幹事さんから、≪令和6年10月の句会≫の案内状が送られました。

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こふみ句会の皆さま
10月幹事の下戸です

やっとのこと過ごしやすい気候になりました。
いよいよ俳句の季節です。
10月のこふみ句会のご案内をさせていただきます。

【兼題】(各兼題一句、計4句投句してください)
●松茸・茸
●千秋楽・楽日・楽
●夜学
●秋の雲 鰯雲、鯖雲、鱗雲

【スケジュール】
10月17日(木)24:00投句締切(下戸に送付お願いします)
10月22日(火)24:00選句締切(下戸に送付お願いします)

今回も、兼題は弥生さんにお手伝いいただきました。
過去の兼題とかぶらないように心がけているつもりですが…。
さて、メンバーも増えてにぎやかな10月のこふみ句会。
皆さまのご健吟を、楽しみにしています。

【トピックス】
今月より兎子さんの紹介で、丁子さんが仲間煎りしました。総勢19名。
にぎやかになrますね。

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案内に応じて以下の句があつまりました。19名76句。

【松茸・茸】
01 久しぶり松茸の香スリリング(茘子)
02 松茸も大き過ぎては持て余し(華松)               
03 松茸を裂きて移り香指先に(虚視)
04 松茸を焼いて一日終えにけり(尚哉)
05 松茸や箸のときめき老いし指(英愛)
06 いいじゃない松茸風味混ぜ御飯(八傘)
07 酒呑まぬ身に松茸の香(か)しみじみと(玲滴)
08 松茸の礼は輪バラに包まれて(審茄)
09 松茸や山里おもう通勤バス(兎子)
10 松茸や十秒かけて吸い込めり(なつめ)
11 松茸やかつて少年期のありしこと(矢太)
12 銀座なり地味な茸ほど毒がある(下戸)
13 松茸のどこがうまいと姪が問い(丁子)
14 しゆわつちと大き松茸引き抜けり(すかんぽ)
15 きのこきのこ誰か足りなくなつてをり(高久麻里)
16 茸雲? オッペンハイマーの愁傷(鬼禿)
17 松茸を志野の土瓶で手酌酒(紅螺)
18 その昔松茸という珍味あり(一遅)
19 一夜茸(ひとよだけ)一夜にかけし命かな(彌生)

【千秋楽・楽日・楽】
20 千秋楽テレビ桟敷の晩ごはん(一遅)
21 五分の星明日は楽日であとがない(紅螺)
22 千秋楽負け越し力士足重く(尚哉)
23 羽織もの一枚増えて楽日かな(丁子)
24 The End は 千の楽とや千秋楽(矢太)
25 楽日来て次の楽日に向かうかな(華松)
26 ひび割れて千秋楽の土俵かな(すかんぽ)
27 千秋楽スマホに迫る幕の端(英愛)
28 小さき劇場(こや)短き出会い明日は楽(虚視)
29 奥席に楽日五街道ひとり飲る(八傘)
30 楽の彼殺人者の顔は脱ぎ(兎子)
31 升席にシャネルただよう楽日かな(下戸)
32 昨日より今日より明日の楽日かな(なつめ)
33 楽日に進退かける土俵ぎわ(玲滴)
34 このオレもチョンと木が入りゃ千秋楽(鬼禿)
35 楽の夜は井原西鶴闇深し(茘子)
36 憂きことを抱え楽日の喧噪に居る(彌生)
37 星さえも朧げになり千秋楽(審茄)
38 千秋楽の呼吸に浅き深きかな(高久麻里)

【夜学】
39 立て看と夜学早稲田に在りし日よ(彌生)
40 夜学にて好きなひとつを見つけたり(華松)
41 すれちがう皆無口なり夜学生(なつめ)
42 現場から夜学へ直行 外来生(鬼禿)
43 夜学子のネクタイは風神楽坂(審茄)
44 夜学へと眠気払いし珈琲香(英愛)
45 夜学終えふうと虚空に息消えて(虚視)
46 遅刻して作業着のままの夜学生(紅螺)
47 校門を踏み出すまでの夜学生(すかんぽ)
48 IT系 化粧直して夜学かな(下戸)
49 酒持ちておっとり刀の夜学かな(尚哉)
50 それからの夜学に風の抜けるかな(高久麻里)
51 夜学の灯路傍の石を慈しむ(茘子)
52 ネトフリで地面師を知る夜学かな(兎子)
53 幾万の夜学の灯あり大東京(一遅)
54 午後の陽の机にぬくし夜学かな(丁子)
55 アフガンの建設目指すN校生(八傘)
56 牛乳とパンの給食夜学かな(玲滴)
57 夜学出を自慢に生きた叔父逝きぬ(矢太)

【秋の雲 鰯雲、鯖雲、鱗雲】
58 いわし雲隣を訪う救急車(兎子)
59 鱗雲仰ぎ8号ガゥヴォオ(八傘)
60 明日からまた仕事カァ鰯雲(丁子)
61 トルコへと孫の機離陸うろこ雲(彌生)
62 透き通る寂寥(さびしみ)は不意鰯雲(虚視)
63 分断の壁の上にも鰯雲(紅螺)
64 秋の雲とほく鳥の名くりかへす(高久麻里)
65 お散歩の園児の声や鰯雲(玲滴)
66 鰯雲を飛行機雲が二等分(矢太)
67 うろこ雲甲府盆地を湖にして(すかんぽ)
68 入道を追い立ててゆく鰯雲(茘子)
69 鰯雲頭と尾鰭はどこに消え(華松)
70 ドヤ街を金閣に染めて秋の雲(下戸)
71 鰯雲指でなぞれば空の詩(英愛)
72 てのうらの皺増えにけり秋の雲(なつめ)
73 踏切を待つ間もうれし秋の雲(一遅)
74 鰯雲テトリスのよな街静か(尚哉)
75 悪友を見舞いし宵の鰯雲(審茄)
76 鰯雲 ロス ガザ ヒロシマ うちの空(鬼禿)

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【天句の鑑賞】

虚視選
明日からまた仕事カァ鰯雲       (丁子)
ゴロンと大の字になっているのでしょう。
カァでばーっと目の前に鰯雲が広がりました。

矢太選
きのこきのこ誰か足りなくなつてをり  (高久麻里)
森のどこまで奥深くまで踏み込んだのか。森があの子を飲み込んだのだよ。

八傘選
酒持ちておっとり刀の夜学かな    (尚哉)
まさにボクがこれ。
Wの二文。同人誌合評会の夕べは一口飲ったのを提げて持ち寄りました。

下戸選
このオレもチョンと木が入りゃ千秋楽   (鬼禿)
ポジティブに自分をさらけだすパワーに圧倒されました。
一瞥して焼き付いて、ぐるぐる回ったあと、天に決めました。

鬼禿選
すれちがう皆無口なり夜学生     (なつめ)
「夜学」私には死語に近い兼題でしたが、実に着眼が素晴らしい。
内にスマホ以外では孤独な今時の若者を表しています。地句と並んで
夜学生への応援歌ですね。

彌生選
夜学の灯路傍の石を慈しむ      (茘子)
通りかかった道に夜学の灯りがもれて路傍の石を照らしている。
夜学生と路傍の石を同じように慈しむ優しく深い想いを感じました。

茘子選
ドヤ街を金閣に染めて秋の雲    (下戸)
金閣の表現が大胆!一瞬で情景が浮かびます。

紅螺選
夜学出を自慢に生きた叔父逝きぬ  (矢太) 
夜学で学んで 立身出世の人生を終えられた男性の矜持が偲ばれます

華松選
羽織もの一枚増えて楽日かな    (丁子)
僅かニ週間で真夏から秋になる気温差を羽織もので表現されました。
感服しました。

なつめ選
酒持ちておっとり刀の夜学かな   (尚哉)
仕事の後の一杯は格別です。ついつい飲み過ぎたのでしょう。
遅刻しながらも机に向かう心構えは立派です。
周りはたまったものではありませんが…。

一遅選
分断の壁の上にも鰯雲      (紅螺)
世界情勢も社会も、さまざまな分断の時代。
それでも四季は訪れる。憂いの名句です。

尚哉選
羽織もの一枚増えて楽日かな    (丁子)
・・・・相撲にしろ芝居にしろ、興行のあいだにも、確実に季節はすすみますね。
ほんとうにそうだな、と肯かせる秀句だと思います。

兎子選
透き通る寂寥(さびしみ)は不意鰯雲  (虚視)
寂寥をさびしみと読むことで、寂しさの深みが増すように感じます。
空高く流れる鰯雲が、その寂寥を優しく見守っている。

玲滴選
透き通る寂寥(さびしみ)は不意鰯雲  (虚視) 
若いころ、秋になると、わけもなく寂しかった。暮らしに追われ夢中で生きた間にいつかわすれてしまっていたこの感覚をとりもどした気持ちになりました。

高久麻里選
すれちがう皆無口なり夜学生     (なつめ)
全日制と比べて、夜学の人間関係はおそらくドライなものだろう。
クラスメイトの素性を聞くこともなければ、聞かれることもない。
そんなよそよそしい距離感を、うまく捉えている句だと思った。

英愛選
分断の壁の上にも鰯雲      (紅螺) 
「分断の壁の上にも鰯雲」は、人間社会の対立と自然の普遍性を対比させた秀逸な一句です。社会問題を示唆しつつ、その上に広がる鰯雲の描写が、問題の矮小さと自然の大きさを感じさせます。壁を超えて空を共有する人類の姿を想起させ、深い余韻を残します。

蕃茄選
幾万の夜学の灯あり大東京      (一遅)
兼題の「夜学」を夜学生と見るか、夜の勉強と見るかで迷った自分の小ささを恥じ入りました。
子どものころに見た、煌々と光る夜間中学の窓が思い出されます。

すかんぽ選
羽織もの一枚増えて楽日かな     (丁子)
千秋楽までの15日間、その間の季節の移ろいをさりげなく詠むことにより
数々の熱戦があったことを見事に想起させてくれています。

丁子線
鰯雲 ロス ガザ ヒロシマ うちの空 (鬼禿)
遥かな気持ちになりました。なんとスケールの大きい。秋の空にぴったりです。「ロス」はドジャースですよね?打球音が聞こえてきました。自分でつくりたかった句です。

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【今月の天地人】】

【天】丁子さん 42点
【地】紅螺さん 41点
【人】すかんぽさん 35点

【十月の高得点句】

【天句】分断の壁の上にも鰯雲(紅螺)31点
【地句】羽織もの一枚増えて楽日かな(丁子)29点
【人句】ひび割れて千秋楽の土俵かな(すかんぽ) 22点

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【幹事よりひと言】

丁子さん、初参加で総合天、おめでとうございます。
地は紅螺さん、人にはすかんぽさんが入りました。
今回は、味わい深い句がたくさん投句され、
盛り上がり(私ひとり興奮していたのですが)、
点が割れました。とりわけ千秋楽の季語で詠まれた
句には、うならされっぱなしでした。
皆さま選句一覧をじっくりとお楽しみください。
今回も、円滑なご協力ありがとうございました。下戸

*丁子さんの拝命は、当初「丁字」で連絡がありましたが、
ご本人の希望により「丁子」に改められました。
以後、丁子さんでよろしくお願いします。

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読む「ラジオ万能川柳」プレミアム №194 [ことだま五七五]

     読む「ラジオ万能川柳」プレミアム☆10月2日、9日放送

           作家・コピーライター  水野タケシ 


川柳家・水野タケシがパーソナリティーをつとめる、 
読んで楽しむ・聴いて楽しむ・創って楽しむ。エフエムさがみの「ラジオ万能川柳」、 
10月2日の放送です。
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句会の季節が始まります!!

「ラジオ万能川柳」は、エフエムさがみの朝の顔、竹中通義さん(柳名・あさひろ)が
キャスターをつとめる情報番組「モーニングワイド」で、
毎週水曜日9時5分から放送しています。
エフエムさがみ「ラジオ万能川柳」のホームページは、こちらから!
https://fm839.com/program/p00000281

放送の音源・・・https://youtu.be/k74jE4W_PUM

先週のボツの中からあさひろさんイチオシの句をご紹介!!
 あさひろさんのボツのツボ
「世の中に鰻が有るは知っている」(桐山榮壽さん作)

(皆さんの川柳)※敬称略
※今週は186の投句がありました。ありがとうございます!
・クラス会ハゲ爺さんを君で呼ぶ(東孝案)
・見守って欲しいはきっとほっといて(水谷裕子)
・哀しみを軸に地球儀回りだす(野村齋藤)
・あれこれと聞かなくていいよセルフレジ(名人・遊子)
・秋風を感じた今日に付箋つけ(柳王・恋するサボテンちゃん)
・山ガール言われて私若返る(なつ)
・石破(いしやぶ)る意思を示して変革を(ヴィノクロ)
・ヒリヒリ後シャンパンシャワーの夢叶え(ココナッツ)
・ポイ捨てはゴミまでにして猫はダメ(大柳王・平谷妙子)
・枯れた脳水をやっても花咲かず(ぱせり)
・優勝で扱い小さな巨人です(名人・居酒屋たつみ)
・評判の医者で2時間待たされる(大名人・やんちゃん)
・カツカレー食べたつもりが負けカレー(柳王・東海島田宿)
・デパートで鏡にうつる我なげく(ゆかいな仲間)
・ちょっとだけ触ってみたい秋の川(名人・バレリア)
・モノマネをされてるうちは売れている(新新大名人・おむすび)
・空を飛ぶアンパンマンに時代(とき)の風(シゲサトシ)
・川柳を詠もう人生変えるなら(名人・大和三山)
・天使の句見て反省をさせられる(ナンパも大名人・ soji)
・神様は居ないのですか能登地方(大名人・高橋永喜)
・トラブルが続けど進むデジタル化(刑事コロンダ)
・冷蔵庫でひっそり生きていたアサリ(柳王・ぼうちゃん)
・放牧されてるようなうろこ雲(柳王・アンリ)

☆タケシのヒント! 
「アンリさん、10回目の秀逸で大柳王昇進です。おめでとうございます。『放牧』が良いですね。命あるような雲の群れが目に見えるよう。秋らしい、爽やかさに満ちた1句です。」

・あったよね髪と青春アンタにも(雄之丞)
・ポテコさんの笑顔に会えた田名講座(大柳亭王・すみれ)
・セルフレジ機種が違って脳トレに(大柳王・里山わらび)
・タキシード着て将軍が賞もらう(秀クリーム)
・もういくつ寝ると小田急会と数え(名人・しゃま)
・年金者創意工夫で食いつなぐ(じゅんちゃん)
・ 一年の早さ染み染み一周忌(柳王・はる)
・一段と口曲がったネ麻生さん(名人・のりりん)
・楽しみは待った分だけ燃え尽きる(大柳王・けんけん)
・米がある新米だとは言ってない(大柳王・入り江わに)
・エアコンからストーブまではあっちゅー間(柳王・咲弥アン子)
・写真拒否するくらいなら受けるなよ(柳王・はる)
・どこまでもヒールが似合う麻生太郎(柳王・フーマー)

◎今週の一句・放牧をされてるようなうろこ雲(柳王・アンリ)
◯二席・ 一年の早さ染み染み一周忌(柳王・はる)
◯三席・あれこれと聞かなくていいよセルフレジ(名人・遊子)

【お知らせ】
こどもタウンニュース相模原版、9月30日号が発行され、
 恒例の第6回さがみっ子川柳入選20句が発表されました!!
今回のお題は「私の夢」。相模原市の小学生70人から、84句の秀作川柳が集まりました!!
今回の秀逸は、中央区にある向陽小学校学校の5年生、山田結唯(ゆい)さんの
「将来があたりまえにくる世界がいい」。
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【編集後記】
新総裁が誕生して、10月中の選挙がうわさされます。
が、大地震の後に大水害の能登は選挙などできる状態なのでしょうか。
しか総裁候補の皆さんで被災地に行かれていたような気もするのですが……。
相変わらず自分たちの勝ち負けしか考えていない政治家にあきれ果てています。(水野タケシ拝)

〇10月9日の放送
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秋雨前線停滞中。。。。


先週のボツの中からあさひろさんイチオシの句をご紹介!!
あさひろさんのボツのツボ
「あれば買う電車の揺れが付いた椅子」(雄之丞さん作)

(皆さんの川柳)※敬称略
※今週は183の投句がありました。ありがとうございます!
・スランプも味方につける秋夜長(矢部暁美)
・エンディングノートダメ出しする娘(東孝案)
・能登支援また選挙で遅れ出し(一刀両断)
・超刺激ワハハ本舗は笑うツボ(柳王・ポテコ)
・残り香に彼女を想うワンルーム(恋愛名人見習い・名もなき天使)
・この時期に応援できる幸せよ(名人・パリっ子)
・忘れてた夢を探しに旅に出る(なつ)
・朝起きて夫が言ったアンタ誰 (ぱせり)
・終わっても十数えるの漏れ防止(名人・遊子)
・朝散歩一緒に歩いた老犬死す(初投稿・渡辺章良)
・空と海丸く描かれた水平線(大名人・じゅんじゅん)
・気遣いの幹事は酔っていられない(柳王・東海島田宿)
・誰だって叩けばホコリ二つ三つ(シゲサトシ)
・目をこすり何度も見ても値上げです(柳王・恋するサボテンちゃん)
・孫が聞くジイジがバアバに惚れたわけ(大名人・やんちゃん)
・美女多く句に身が入らぬ小田急会(雄之丞)
・「ついて来い」今じゃスーパーついて行く(大柳王・里山わらび)
・半袖と長袖迷う嫌な秋(大柳王・アンリ)
・とうしゅせん野球じゃないよ選挙だよ(初投稿・大塚敦也)
・値上げでもハガキへ一句生きる欲(大柳王・すみれ)
・相模原駅にいる人待つオダサガ(柳王・ぼうちゃん)

タケシのヒント! 
「毎回ハプニングがある小田急沿線句会ですが、今回のそれはこれでした。ラジ川リスナーの方で小田急沿線句会に興味がある方は、ぜひぜひお気軽にご参加ください。この句の意味が実感できますよ。」

・値上げしたハガキ紙まで薄くなり(柳王・ワイン鍋)
・心配が募るお米の高止まり(とんからりん)
・物価高松茸高く感じない(名人・まご命)
・君のこと好きな自分を好きになり(大柳王・平谷妙子)
・くやしいが釣りは要らんと切手貼る(柳王・せきぼー)
・ミシュランに負けぬかおりのナポリタン(名人・しゃま)
・行事済むまでは体調保ちたい(柳王・はる)
・さつまいも茎のおいしい季節です(大柳王・ユリコ)
・解散がボロ出る前は笑わせる(全裸名人川柳家・そうそう)
・きっかけはいつも少しの勇気から(新大名人・おむすび)
・雄之丞さんの周りは美女だらけ(ナンパも大名人・soji)
・タケシ師匠もっとモノマネ練習を(名人・のりりん)
・ナンパとは違う顔知るsojiさん(大柳王・けんけん)
・もういくつ寝ると4月の小田急会(柳王・咲弥アン子)
・初句会よっしゃと拳つきあげた(楠亀えり香)
  (添削例)初句会よっしゃと拳つきあげる

◎今週の一句・相模原駅にいる人待つオダサガ(柳王・ぼうちゃん)
◯二席・きっかけはいつも少しの勇気から(新大名人・おむすび)
◯三席・値上げでもハガキへ1句生きる欲(大柳王・すみれ)

【お知らせ】
金曜日は西新宿で、そして昨日はここ相模原で
川柳講座の体験講座が立て続けにありました。
西新宿と相模原の体験講座にご参加の皆さん、大変に世話になりました!!
さて、西新宿も相模原もこれから本格的に講座がスタートします!
西新宿は11月1日金曜日11時から、相模原は10月22日火曜日10時30分からスタート!
笑いの絶えない楽しい句会を通して、川柳を学び合いたい、という方、いつからでも受講できます。お気軽にご参加ください。
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【編集後記】
街を歩いていると半ソデ短パンという方をまだ見かけます。
雨の日はまだいいのですが陽が差すと本当に暑い。
いつまでこの調子なのでしょうか。
あとひと月もすると冬になってしまうと思うのですが。(水野タケシ拝)
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 水野タケシ(みずの・たけし)
1965年生まれ。コピーライター、川柳家。東京都出身
著書に「水野タケシ三〇〇選」(毎日新聞東京センター)、
「いちばんやさしい!楽しい!シルバー川柳入門」(河出書房新社)、
「これから始める俳句・川柳いちばんやさしい入門書」(神野紗希さんとの共著、池田書店)。

ブログ「水野タケシの超万能川柳!!」 http://ameblo.jp/takeshi-0719/ 

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雑記帳2024-11-1 [代表・玲子の雑記帳]

2024-11-1
◆江戸中期、同じ場所で同じ時代に活躍した画家たちを産んだ「京都ルネサンス」は、伊藤若冲、与謝蕪村につづいて円山応挙です。10月はその1回目でした。

応挙の凄いところは、それまで日本絵画になかった写生をもちこんだところです。
江戸時代、狩野派の粉本主義は、お手本を模写し、筆使いまで忠実に学び継承することが大切とされていました。いわば型の文化だったのです。応挙は型にとらわれず、目の前のものを観察して正確に写しとろうとしました。写生に基づく現実感溢れる表現は、それまでの伝統的な装飾文化に新風を吹き込み、日本絵画史に革命を起こした画家でした。同時に、絵画の様々なジャンルに挑戦、近代日本画へとつながる道を開いて、全ては応挙に始まるとさえ言われています。

応挙の作品の多くが重要文化財になっています。そのひとつ、「写生図鑑」を開くと、昆虫やや草花、動物が精緻に、いきいきと描かれています。例えば、「たけのこ」の図をクロ-ズアップしてみると、笹の露、蜘蛛や蛍、イナゴや小鳥たち、竹だって一種類ではありません。そして、生写した図のいたるところに細かいメモが残っています。これは後に本画を描くのを想定して応挙が書き込んだものです。
応挙はこの写生図鑑のあと、研鑽をつんで、13年後に本画を描いています。

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弟子の山埼鶴嶺の描いた応挙像を見ると、いかにも実直そうです。まさにそのとおり、生涯を通じて徳実の人だったようで、多くの弟子に恵まれました。一派は、弟子たちの集まった応挙の住居が円山にあったので「円山派」と呼ばれ、門下の呉春の開いた「四条派」と合わせて「円山四条派」と呼ばれるようになりました。

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1733年(享保8)、応挙は丹波国穴太(あのう)村の農家に生まれました。穴太は当時、石工の集団として知られていました。生家が貧しかったので、幼いうちに寺の小僧に出され、15歳で京都に出て、商家に奉公しながら絵を学ぶことになります。

商家の名は玩具屋の尾張屋。店で扱っていた眼鏡絵制作を手伝うために、応挙の腕を見込んだ主が狩野派に入門させてくれたのです。狩野派の絵を学びながら眼鏡絵の制作に励むなかで、応挙は西洋風の遠近法を身につけ、空間を立体的にとらえる修練をしたのです。尾張屋での奉公は後に応挙が絵師として立つのにおおいに役にたちました。
このころ、若冲は「動植綵絵」を描いています。

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狩野派に学ぶ一方で、応挙は中国の水彩画にも親しんでいました。独立する前の「白鷹図」は狩野派を越えたリアルな捉え方をしており、淡い墨のグラデーションに応挙の独自性がでています。
南宋時代の絵画を模写した「花鳥図」は模写でありながら模写を越え、羽毛の柔らかさにも応挙の独自性が見られます。

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34歳で初めて雅号「応挙」を名乗り、絵師として独立します。応挙の名は生涯変わることはありませんでした。

独立してからの応挙は様々なジャンルに挑戦し、全ては応挙に始めるといわれる多彩な世界を展開していきます。
先ず「淀川両岸図」をごらんください。

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早朝に伏見の港を出た舟が、夕方、大阪に到着するまでを、船中の旅人の視点で両岸の風景がえがかれています。時間の経過と共にある川沿いに住む人々の暮らしぶりも入っています。舟に乗っている旅人の目線なので、風景は右岸と左岸ではさかさまになっています。12mを越える絵絹がつかわれた大作です。

応挙は人物画も描いています。下は「大石良雄図」。

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玩具屋の尾張屋は人形もあつかていたので、応挙は眼鏡絵だけでなく、人形の色付けもしていました。現実感のある肉付けはその時代に学んだものです。「人物を描く際には裸体に衣装をつけるべし」という応挙の言葉が残っていますが、おそらく裸体は人形をモデルにしたものでしょう。まことに応挙は修練の人でした。

10月3日、若冲と応挙の合作屏風絵が発見されたと、各紙が大きく報じました。

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当時、すぐ近くに住んでいた画家同士に合作を依頼するようなパトロンがいたことは、容易に想像できます。応挙の犬の絵に蕪村が賛を付けた色紙もみつかっています。
画家としての力量と温厚な人柄で多くの弟子を集めた応挙にも、パトロンがいました。天台宗問責寺院円満院門主祐常が良き理解者として、応挙を支えました。
10歳年上の祐常は本草学に関心があり、応挙に物事を観察する指導もしたようです。
「七難七福図巻」は、言葉よりもリアルな描写の方が説得力があると、祐常が依頼したもので、3年かけて制作された大作です。祐常が序文を書いています。

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「牡丹孔雀図」は最上級の絵の具が使われ発色がいい。細部もみごとです。当時、孔雀茶屋なるものもあったようなので、恐らく実際に見て生写したのでしょう。

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滝のない円満院のために描いた「大瀑布図」は中国山水画の「三遠法」を応用した描き方をしています。なだれ落ちた俯瞰部は畳の上にはうように置かれるので、近くによってみると、本物の滝をを見るような臨場感があります。「虚実一体空間」の先駆けとなった作品です。

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祐常とのつき合いの中で画風を確立した応挙でしたが、41歳の時、祐常が亡くなりました。祐常がなくなった2年後に描いた六曲一双の「雲竜図屏風です。

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右隻の、垂らし込みやぼかしなど水墨画の技巧をこらした迫力ある雲の描写は、まるで宙(そら)を駆け下りる、龍そのものが動いているように感じさせるのです。
左隻に使われている金泥は光を感じさせます。龍の表情は生き生きとし、うろこの一つ一つにも明暗があり、微妙な陰影には現実感と立体感があります。
いずれも、この世に存在しないものを現実にあるかのように感じさせる「虚の写生」なのです。

同じ年に応挙が描いた「雨竹風竹図屏風」です。右に雨竹、左に風竹が描かれています。墨色だけの画面は、一滴の雨も一陣の風も描かれていないにも拘らず、竹の葉や枝のしなりで雨竹なのか風竹なのかがわかります。描かれない気象や湿気さえ見る者に感じさせる、応挙の「生を写して気を描く」到達点でした。

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◆10月の三光院の献立は、里いものあんかけがメインでした。9月には畑で収穫されたばかりの、一口ほどの小さかった里いもがすっかり大きくなりました。ご飯は大黒のあばんです。
通常「花の餐」のコースをいただていますが、今月は少し奮発して「月の餐」にしたところ、「粟麩のおでん」が加わりました。

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BS-TBS番組情報 №315 [雑木林の四季]

BS-TBS 2024年11月前半のおすすめ番組

       BS-TBSマーケテイングPR美

中村勘九郎親子のよくわかるSDGs
       ~地球世直し!未来を守る知恵~ 第6弾

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11月3日(日)午前11:00~11:54
☆中村勘九郎・勘太郎・長三郎が親子共演ナレーション!日本各地のSDGsの取り組みをご紹介する第6弾!

第5弾に続き“小学生科学者”でCO2吸収ドローンを開発した加藤じゅの君が登場!!
加藤君がレポーターとなり、食べ物に関する最先端の現場を徹底調査!
中村勘九郎・勘太郎・長三郎による親子のやり取りも注目です!

◇ダチョウが地球の救世主!?代替肉に大きな卵…“奇跡の鳥”と呼ばれるワケ
◇お茶の産地で作るコーヒー豆!秘境温泉の排水が町を救う!?
◇ひとり親家庭を救う!子ども食堂で”孤食”解消へ

***
番組のテーマは「地球の未来を明るくするチャレンジ“SDGs(持続可能な開発目標)”」。SDGsとは、地球で抱える様々な問題を2030年までに解決しようと国連で採択された17の目標のこと。SDGsの達成を目指して、行われている日本各地のチャレンジを紹介します。

<ナレーション>
中村勘九郎
中村勘太郎
中村長三郎

出水麻衣(TBSアナウンサー)

THE ALFEE  Memories~50周年とその先へ~

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11月3日(日)よる7:00~8:54
☆THE ALFEEが50年続いた真実に迫る!

当番組は過去のアーカイブ映像を振り返ると共に、結成の地・明治学院大学でのTHE ALFEEのインタビュー、また、彼らをよく知る人物にメンバーが納得する“50 年も続いた理由”“50 年目の真実”を分析してもらう。

THE ALFEE は 2024 年8月25日(日)にデビュー50 周年を迎えた。
桜井賢、坂崎幸之助、高見沢俊彦の3人からなる THE ALFEE は、メンバーチェンジはもちろん活動休止もすることなく、半世紀にわたり新曲をリリースし続けてきた世界的にも稀有なバンドである。
一体なぜ THE ALFEE は変わらず3人で 50 年も続けることが出来たのか…
その理由を3人に聞いてみると、メンバーから返ってきた答えは、
「自分たちにも分からない。好きな音楽も違うし、もともと偶然が重なって結成したようなバンド。3人とも 50 年も続くとは思っていなかった。誰かに分析してもらって的確な理由を教えてほしい」
そこで、THE ALFEE をよく知る周辺の人々…南こうせつさん、研ナオコさん、大野真澄さん(元ガロ)、スタッフが“本気”で分析する。今回脳科学者の中野信子さんも登場。中野さんによると、THE ALFEEの関係性は夫婦が長く続くためには…という一般的な問いにも応用できるといい、問いに対して専門家の立場から実に興味深いコメントをした。
さらに、これまでカメラが収め続けてきたTHE ALFEE のアーカイブやライブ映像も振り返る。「ザ・ベストテン」などでの楽曲披露や、BE∀T BOYS の映像なども掘り下げ、様々な視点からメンバーが納得する“50 年も続いた理由” “50 年目の真実”を導き出す!
こうした“周辺の証言”や“ファンの考察”、さらに自身の“アーカイブ”を踏まえた上で
最終的に桜井さん・坂崎さん・高見沢さんが出した全体テーマに対しての“答え”とは…

◆キャスト
出演:THE ALFEE(桜井賢、坂崎幸之助、高見沢俊彦)
THE ALFEEをよく知る人物:中野信子、南こうせつ、研ナオコ、大野真澄(元ガロ)

X年後の関係者たち あのムーブメントの舞台裏

315X年後の関係者たち.jpg
11月11日(月)午後11:00~11:54
☆大ヒット企画の“関係者同窓会”を開催!なぜブームになったのか?ヒットとなる過程には何が?

#76 ドラゴンクエスト
日本が誇るRPGの金字塔「ドラゴンクエスト」。シリーズ累計8000万本を超えるメガヒットタイトル。1988年の「ドラクエⅢ」発売時には、家電量販店や玩具店の前に長蛇の列が並び、社会現象に。
今回、スタジオには、生みの親であるゲームデザイナー・堀井雄二氏と、シリーズのプログラムを担当してきたゲームクリエイター・中村光一氏が登場!制作現場のど真ん中にいた2人をお迎えし、ドラクエがなぜ愛されるのか、そこに至るまでどんな苦労があったのか、知られざるエピソードを紐解く。

MC:カズレーザー(メイプル超合金)
<関係者>
堀井雄二(ゲームデザイナー/ドラゴンクエストの生みの親)
中村光一(ゲームクリエイター/ドラクエ「V」までのプログラムを担当)


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海の見る夢 №88 [雑木林の四季]

                 海の見る夢
          -Its Only A Paper Moon―
               澁澤京子

私はゲイ・おかまと呼ばれる人達と割と相性がいいのかもしれない。学生の時、友人N君がどうしても行ってみたいというので、新宿三丁目のゲイ・バーに同行したことがある。なぜか私はそこですごくモテたのだが、N君はゲイたちから「アンタって偉そう!」などさんざん罵声を浴びせられ、泣き笑いのような強張った微笑みを浮かべていたのを今でもよく覚えている。

世田谷に住んでいた時に、犬の散歩で知り合った、派手な短パンに網タイツをはいたおじさん。一緒に犬の散歩についてきて、恋人と長い間パリに住んでいた話をしてくれたことがあった。「ああ、パリに帰りたいわ。お花がとってもきれいなのよ、今頃のパリはねえ・・」ちょうど五月で若葉の季節だった。おじさんは、恋人と別れて日本に帰ってきたのだろうか?私の知っている限り、ゲイと呼ばれる人達は実はとても繊細で優しい人が多い。おそらく差別された経験によって、あるいは豊かな想像力によって弱者の視点を持てるからだろう。あの網タイツのおじさんは、今でも元気だろうか?

彼らが得てしてオーバーなほど芝居がかっているのは、虚構の世界に住んでいるからであり、ロマンティックな物語の世界に引き込むエンターテイナーでもあるのだ。女装した時点ですでに虚構の世界の住人なのであり、最初からそれが虚構であることをはっきりと自覚している彼らは、虚構と現実のはざまの住人なのであり、あらゆる芸術もまた、虚構と現実のはざまに存在する。

一方、虚構であるという自覚がなく、「私は物事の裏(真実)を知っている」と思い込んでしまうのが陰謀論で、虚構を虚構と自覚しているゲイや芸術の世界とは正反対に「闇の勢力」とか「ディープステート」とか「工作員」という言葉を好み、彼らの世界ではそれらがリアリティを持つ。一般人はマスコミに洗脳されていて、温暖化もウソであるし、ワクチンも陰謀によるものとなってくる。しかし、今や二酸化炭素犯人説はほぼ承認されているし、製薬会社に闇が多いのは事実かもしれないが、ゴシップに飛びつくのと同じ感覚でそうした裏話に飛びつくのだろう。

インターネットの登場とともに、バーチャルが現実を凌駕して、現実とバーチャルの境界があいまいになってきた。かつてのオウム事件では、外部からの情報の閉ざされた教団内部では陰謀論が信じられたが、今はインターネットなど様々な情報があるのにも関わらず人が陰謀論を信じてしまうのは、「悪の組織」を設定すれば、この理不尽な世界を簡単に説明できるからなのかもしれない。〇〇のせいで、自分たちは不如意な生活をしなくてはならないと対立軸を設定すれば、○○を排除すれば暮らしは良くなる、といった短絡思考となり、そこから暴力が生まれる可能性もある。治安を悪くしているのは移民や難民など外国人ではなく、むしろ他者に対する感受性と想像力の欠如した日本人なのではないだろうか。

複雑な現実の多様性を単純化して表象するのが「言葉」だが、ある意味でバーチャル世界というのは非常に合理化、単純化された世界なのだ。バーチャルによる単純化がどんなに暴力的になるかというと、たとえば、イスラエル兵がゲーム感覚で操作するドローン攻撃を思い浮かべてほしい。攻撃の対象になった人間にどんな家族や人間関係があるか、彼が何を考えているかとかそうした複雑な事情もまるでお構いなしに、ただの敵として標的にされて殺される、殺した兵士は自分の手を血で汚すこともなく、もしかしたら、たいして葛藤も罪悪感もなく任務を終えたら家族の元に帰ってゆく。それってとても恐ろしいことではないだろうか。

ユダヤ陰謀論が一因となって起きた「ホロコースト」でも、まるで工場で次々と処理される食肉のように、番号札だけつけられた多くのユダヤ人たちがいとも簡単に殺されていった。ナチスは科学を信頼したが、同時に魔術やオカルトにも関心があった。科学も魔術も、人や自然の神秘を把握してコントロールできるという欲望から生まれた、という意味では同根のものなのかもしれない。

実際にドイツが貧しくなったのは第一次大戦後に課された多額の賠償金が大きいのだが、人々の反感はごく身近にいるユダヤ人に向けられた。身近にいたユダヤ人は「ユダヤ人」とひとくくりに抽象化された存在となり、マイナスのイメージやレッテルを貼られて排除されていったのである、ちょうどアラブ・イスラム=テロリストといった偏見が広がったように。「陰謀論」と「ホロコースト」。両方に共通するのは(現実の虚構化)であり、物事の単純化であり、ホロコーストのように人を人とも思わない効率化なのである。こうした単純化・効率化は今の社会のあちこちに見られる現象であるが。

経済学者の故・宇沢弘文は、ベトナム戦争でいかにコスパ良くベトナム兵を殺せるかといった議論に衝撃を受けて、シカゴ大学の教授職を辞退して日本に帰ってきたが、(コスパがいいとか悪いとか)といった物事の効率化は、つきつめてゆくと非人間的なものとなりやすい。宇沢弘文は、小泉内閣で導入された(痛みを伴う構造改革)である市場原理主義経済に反対した経済学者であるが、構造改革と規制緩和以後、日本でも中流階級は転落し、経済格差はじわじわと広がるばかり。今の日本で起こっている経済格差のルーツは、自由放任の市場原理主義経済にある。構造改革のころ、ちょうどイラク人質事件が起こりSNSでは「自己責任」の大合唱で人質たちは非難され、ひどいリンチを受けたが、市場原理主義経済(新自由主義)と「自己責任」という言葉は、国家や福祉に頼らず「自己責任」でという意味では実に相性が良い。

宇沢弘文は企業の金儲けのための市場原理主義経済ではなく、「人間のための経済・社会的共通資本」を唱えた。「社会的共通資本」は人が生きるためのインフラ、教育や医療制度、自然環境の充実のことで宇沢は早くから地球温暖化と環境問題に取り組んでいた。経済というのは目的ではなく、あくまで手段にしかすぎないのである。経済的利益のみを目的にすれば、逆に貨幣という虚構に人が翻弄されるはめになる、ちょうど虚構、デマ、陰謀論などに人が翻弄されるように、だ。もし宇沢弘文が生きていたら.今の日本の状況をいったいどう思うだろうか?

今、私たちに必要なのは、「人間らしい暮らし」を見直すこと。そして、現実と虚構をはっきりと区別する媒体である文学や映画、また、音楽、美術などの芸術は、これからますます重要なものになってくるのではないだろうか。


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住宅団地 記憶と再生 №46 [雑木林の四季]

Ⅵ 武蔵野線町団地(武蔵野緑町パークタウン)
 
     国立市富士見台団地自治会長  多和田栄治

「文集らくがき町」

 住民一人ひとりの記憶と思いを束ねたのが「文集らくがき町」である。いずれも説明会のあとに書かれた文章、イラスト、短歌、川柳など150編がよせられている。建て替え着手に強いて功績を一つあげるとすれば、居住者がふりかえって緑町団地のすばらしさを再発見し讃えるきっかけをつくったことであろう。自然がいっぱいの環境のなかでの暮らしと子どもたちの成長、歳月をかけて育まれた豊かな隣人関係への思い出、あふれんばかりの懐かしみが、建て替えの刃をむけられ、言い知れぬ怒り、深い悲しみと不安に転じるさまが読みとれる。住宅が古いの新しいのが声になる余裕はない。ここに略してごく一部を引用しておく。

○木登りできて、昆虫を追いかけ、泥んこ遊びのできる、こんなステキな環境でわが子を育てることができて幸せです。
○若かったお母さんがそれぞれ孫をもち、住みなれた線町にいまも暮らしています。夕方、買い物に出ると幾人かの顔見知りと会い、「こんにちは」「寒いですね」と声をかけあいます。こんなに心やすらかに毎日を送れる緑町を離れることなど考えると胸が痛みます。
○じんちょうげ、梅、こぶし、しだれ桜、そしてもちろん満開の桜…懐 かしい花々が、ヒマラヤ杉、けやき、くす、しいの木々の間に、いとまなく季節の移り変わりを知らせてくれる。小鳥ならずとも歌いたくなる。自然を間近に感じてここに住むことの幸福を幾度となく味わって時を経てきた。/新しい部屋の間取りと値段を見せつけられ、引越料をしめされて希望を問われ、こんなに高くては住めないし、結局ここに住めない。出ていくしかない。年老いて追い出されるのだということに気づく。部屋にいると四六時中思い悩むはめになる。公団は生きている人のことはほとんど考えないでやっているらしい。
〇人々の犠牲の上に建て替えがすすめられ、それが国の方針であるとしたら、私共は何をもって対処していったらよいのであろうか。せめて年金生活者でも食べていける家賃にしてほしい。すべて家賃で消えてしまう。この心配さえなければ建て替えに反対しない。残り少ない老後を緑とともに暮らしたいと願うのは贅沢なのだろうか。いろいろ支えてくださった友達、日夜活動してくださる役員の皆々様には感謝します。
〇ブルドーザーで思い出を根こそぎ掘り返して殺風景な団地を建設しないよう私は願っています。

『住宅団地 記憶と再生』 東信堂


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地球千鳥足Ⅱ №56 [雑木林の四季]

母の姿蘇る路線バスの旅
  ~エクアドル共和国他~

       小川地球村塾村長  小川律昭

 海外バックパックの旅ではよくバスを使う。経費も安く土地の人々を通してそのお国柄や文化を知ることができるからだ。夜行バスを利用し宿泊代も浮かしたりする。途中下車のない急行バスより乗客の入れ替わりが激しい路線バスのほうがより変化に富んでいて面白い。中南米のバスの発展には目を見張る。大都市のバスターミナルでは、150か所ぐらい行き先があるのはざらである。サンパウロでは地下鉄と連携しており便利だが、ブエノスアイレスもそうだ。エクアドル共和国の首都キトーにも近代的なターミナルがある。
 キトーから乗車したリオパンパ行きの路線バスは4時間の予定だったが5時間以上かかった。標高2000メートルのアンデスを縦走するコースのバスになんとトイレがなかった。乗客は地元の人たちでのんびりムード。停車ごとに入れ替わり立ち替わり乗り込んでくる食べ物売りのお蔭で飲み食いの心配はないが出すほうが心配だ。かつて利用した中南米の多くのバスには便所休憩があったが、このバスではそれがない。初体験である。男は停車を利用して外で用を済ませるが女性は大変だろう。放牧されている牛や馬のように青天井の下で行うことを当然とし、インディへナの人たちは黙つて辛抱しているのだ。地元の輸送機関はバスだけ。バス会社は「バスを通してやっているのだ」というお上意識なのだろうか。人権無視もはなはだしいと妻と共に憤りつつ、「途上国でバスに乗るには大人用おしめが必需品だ」と悟った。この経験により、リオパンパ左アヤキル間の5時間乗車ではバスにトイレがあることを確かめてチケットを買った。
 しかし、車掌に用をたしたい旨を伝えても「その先で止まるから外でどうぞ!」と言って相手にされない。鍵のかかったトイレって何のためにあるのか。壊れているのか?掃除が大変だから使わせないのか?やがて車掌が「鍵を開ける」と妻に言ってきた。我々が外国人だから気を遣ったのか。妻がトイレを使ったところ、「待ってました!」とばかりに女性客が並んで続いたのは言うまでもない。帰路はトイレのことを考え航空機にしたが、悠長なバスのほうがもちろん魅力がある。
 ニカラグア共和国でも各都市の移動にバスを選んだ。路線バスは社会発展の指標だ。バスは地域の人々の移動手段、日本の1世紀前の状況だが、違いは舗装道路が増えていたことだ。乗車は4時間以上、乗り継ぎも経験したが、人々の生活は17年前の近隣国グアテマラの状況と変わっていなかった。その折は1列に6人がけ、通路側に半分尻をのせて2人並んだが、乗客の逞(たくま)しさをそこに見た。郊外の集落では乗客の家に近い所で停車したりする。乗り降りは路上で手を挙げればよい。大きめの荷物がある人は後ろのドアを開けた車掌の手伝いで乗る。赤ん坊を背負った子ども連れや年寄りの乗客が多い。入り口に近い場所ほど入れ替わりが激しい。物売りが入れ替わり立ち替わり乗り込んで来る。飲食物が中心だ。混んでいても乗り込んでくる。車内は乗客同士の情報交換で煩(うるさ)いし、ラジオを勝手に鳴らせて賑やかな音楽に興ずる人もいるが周りも同調するのだから仕方がない。乗り降りが頻繁で車掌は忙しい。乗客からその都度車内で料金回収をするのだが、混む場合はまとめてする。よく乗客の顔が覚えられるものだと感心する。力仕事もあり若い男性でないと難しい。日本だって同じ過程を経て今日に至ったのだ。
 現今の日本ではバスを待つ人々を見ても何も感ぜず一つの風景にしか見ないだろう。シニアか家に運転者がいないか、趣味の乗車か、と思うだけ。だが私は途上国で見かける「バスを待つ人」に想いを馳せるようになった。私の母親が92年前に子ども連れで実家に帰った折の写真を見たが、我が母の時代の暮らしをしている人たちがこの地球上にいるのだ、と感嘆した。暑い中、露天で座るところもない停留所、子ども連れ、手荷物の山、どれだけ遅れるかわからないバスを待つのは大変なことだ。それに耐えなければ目的が果たせない生活状況の国に生きているのだ。「時間ではなく日が単位」の暮らしをしている人々。生まれた国、育った生活環境でしか暮らしていけないのだ。
                   (旅の期間‥2013年 律昭)

『地球千鳥足』 幻冬舎


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美味懐古 №3 [雑木林の四季]

オー・シザーブル

              加茂茂也

前説・世の中の移り変わりに消えていった店がある。1950年代から1970年にかけ東京にあった店。今も憶えてい          る店。そんな店を心の内に訪ねてみた。

この店の名前は、「六本木」をフランス語でいうとこうなるとか。
六本木交差点から青山の方へ向かい初めての横丁を左へ曲がると裏手に店が見つかる。
扉を開くとテーブル席17卓のこぢんまりした店だ。常連客に評判が良いせいでいつも混んでいる。
ぎっしりと詰め合わせて坐る客の雰囲気が醸し出す独特の気配がある。幾組もの話し声が弾んでいる。
マダムが混み合った客の間をすり抜けるようにして注文をとる。マダムの勧める献立に応じる客も少なくない。

  メニュー
  野菜の煮込み・ジュレー添え
  フォアグラノソテー・オニオンソース
  リー・ド・ヴォーとフォアグラのポアロー包みサラダ添え
  エスカルゴのラビオリ・コンソメソース      
  コチの詰め物アンチョビソース
  マダイノポアレー・ノイリ風味
  カモの薄切り赤ワインソース
  仔牛ノフィレ肉トリュフ風味
  マルキーズショコラ
  バナナのスフレグラストカラメルのアイスクリーム

私はここで味わった料理を記憶している。
出される料理は流行しているヌーベル・キジィーヌと言った最新の傾向ではない。ごく普通のこれまで通りのものだ。しかし創り上げるには手がかかっていると思われる。
カモの胸肉の塩漬けを岩塩で包み、それを外してパプリカとかイエンヌを酢で溶いたものを塗布し風干しにする。それを薄切りにして提供するのだ。さりげない一品。それが旨いのだ。
仔羊の肩肉のスパイシーな煮込みを玄米と煮込み。スパイシーさが麦や玄米とよく合う。
グリンピースの冷製スープは、グリンピースの香りがふわっと香って美味しいです。
季節の食材キノコ。茸を主役にした、芳醇な香りが威力発揮したスープ。茸のフリッカッセのようにきのこのみじん切りもいっぱい。

この店は一人で行くと味気ない。男でも良い、女でも良い。語り合う、共に食べる 楽しい人と行くべきだ。

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夕焼け小焼け №47 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

プラークの栗並木の下で 2

          鈴木茂夫

 5月20日。本番の日が来た。大隈講堂に看板をだした。
 座席には大勢の若い観客が座っている。
 開幕のベルが鳴った。私は舞台の袖にいた。私は感動していた。その感動の根源は,私が舞台に立っているのか、舞台に立っているマチェクの私なのか。私は瞬時にして理解した。俳優はこの感動を体感する。この感動を体感するため、俳優は舞台に立つ。
 私たちは客席から俳優を見る。つまり芝居を見るのだ。
私はマチェクに扮し、マチェクを演じているのか、私がマチェクになっているのか、それからが渾然として私を包んだ。

  第三幕

  ボジェーナ    ユリー、ピアノの前に座って頂戴。
  マチェク   何のために。
   ボジェーナ   私歌うからこれをやって頂戴。(一本指でひく。マチェクはアコードを選ぶ。)
  ボジェーナ いいえ、駄目だわ。よして。この方がいいわ。(マチェクに譜を渡す。マチェク弾く。ボジェー                        ナ 長い沈黙ののち歌い出す。)

   プラーグの栗並木の下で
   君と坐れば
   栗の葉がヒラヒラと舞い落ちる
   ものみなは過ぎゆき過ぎゆきて
   語りし言葉
   枯れ葉となり 川に落ち流れ行く

 マチェク 私の最後の言葉です。あなたは明日私の妻にならなければなりません。 一日ものばすことはできま                    せ ん。                                         
 ボジェーナ (非常に静かに。疲れたように) ユリー、あなたには何もお解りにならなかったのね。私は決して                     あなたの妻にはなりません。
 マチェク   でもあなたは私の許嫁になることを承知なさったじゃありませんか。
 ボジェーナ (静かに)   それはドイツ軍のいた時のことよ。あの頃はまるで棺桶なかにひっそりしていて、私は                  もうどうでもよかったの。私はまたあなたを怒らせたのね、ごめんなさい。あなたの気を悪くしたく                  はなかったんだけど。(沈黙)  ユリー,私は今までとは違うほかの世界を見たの。他の人間を、全然                    別 の人間を。
 マチェク どこで。コンセントレーション・キャンプで。
 ボジェーナ そうなの。その時からなの。あなたとまるで別の人間。そしてもし私が別の世界の人で、あの人 達                    の世界に入ることができないなら、あなたのそばで退屈して、あなたを苦しめるより、この戸の前                      で 死んだ方がましなんです。私がどんなに話しているかおわかりでしょう。私の約束の言葉を私に                    返して,私を許して下さいまし。ではさようなら。
 マチェク   あとで残念に思うようなことはありませんか。
 ボジェーナ    決して
 マチェク     さようなら (退場)

 私はピアノが弾けない。舞台に面したピアノの前に道具箱のようなものを置いた。宇野誠一郎君が私の前にかがみ手を伸ばして弾くと、宇野君の姿は観客には見えない。宇野君はピアノの鍵盤面をみないで弾いた。名人芸だ

  幕が下り、見物席から拍手が聞こえてきた。舞台では、ひどくおごそかな静けさが支配していた。
 純ちゃんが俺たちの歌を歌おうと叫んだ。
 幕を上げ劇団員が全員並んだ。自由舞台の歌を歌う。

    自由舞台 劇団歌
                     (「線路は続くよ」のメロディーで)
    輝く太陽 大空に 自由の世界に さあ手に手をとって
    行こうよ 共よ 足並みそろえて 明るい希望の 歌声に
    
    どんなに辛く 苦しくても 大きな誇りと 喜びをもって
    行こうよ 友よ 足並みそろえて  明るい希望の 歌声に
     
  客席からも歌声が聞こえる。

 私は自分が観客から弾かれたような気分になった。
 私はもう演じなくていい。マチェクはいなくていいのだ。私からマチェクが消えて、そこには大きな空白が残っている。
 「プラーグの栗並木の下」は終わった。公演は大成功だった。

 私の演劇との関わりも終わった。演劇・映画の世界に入ることはない。自由舞台での体験は愉しく貴重だった。そして演出の仕事にも俳優にも、むいていないと分かった。

 公演の後に
 5月に『プラーグの栗並木の下で』の公演を終え、秋を迎えた。


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線路はつづくよ~昭和の鉄路の風景に魅せられて №235 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

廃駅続くJR北海道  

          岩本啓介
      
①留萌本線・明日萌駅と秋の雲

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 NHKの朝ドラ60作目、1999年度は『すずらん』北海道・留萌線『恵比島駅(ドラマでは明日萌あすもえ』でした。ヒロインは青年期【遠野凪子】、老齢期【倍賞千恵子】でした。2023年3月31日に廃駅に。
 でも、ドラマのセット『足萌駅』は現在でも保存されているようです。
    
 2022年10月20日8:16
                  
②根室本線・布部駅とラベンダー

235布部駅ラベンダー● のコピー.jpg
        
みなさんもご存じの1980~90年代に放送されていた国民的ドラマ『北の国から』にゆかりのある駅です
布部ぬのべ駅は放送1回目に登場した駅で、駅の開業は昭和2年でしたが、2024年3月末に廃駅に
 駅前のは畑のラベンダーが とても綺麗でした
       
 2022年7月5日9:43


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押し花絵の世界 №213 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

「薔薇とラナンキュラスのミニ額」

            押し花作家  山﨑房枝

2024.11月上.jpg
21cm×17cm

お祝いの花束を小さい額に入れてプレゼントしたいとご要望をいただいたので、花束に入っていた薔薇とラナンキュラスの花びらを1枚1枚乾燥させてから丁寧に組み立て、小ぶりなサイズのお花を作りデザインしました。
どこにでも飾りやすいコンパクトサイズなので手軽に喜んでいただけて嬉しいです。


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赤川ボンズと愉快な仲間たちⅡ №69 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

そのこ人形 1

       人形作家  さとうそのこ

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国営昭和記念公園の四季 №161 [国営昭和記念公園の四季]

シュウメイギク  こもれびの里

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