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国営昭和記念公園の四季 №164 [国営昭和記念公園の四季]

清見亭のもみじ  日本庭園

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『知の木々舎』第374号・目次(2024年12月上期編成)分 [もくじ]

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【文芸美術の森】
石井鶴三の世界 №269               画家・彫刻家  石井鶴三
 左官 1943年/おうらいてふ 1943年
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29-17

西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い!」№141 美術史研究家 斎藤陽一
 江戸・洋風画の先駆者たち 亜欧堂田善 4 
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29-16

浅草風土記 №39                作家・俳人  久保田万太郎
 夏と町と 不動様 3
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29-15

山羊の歌 №5                        詩人  中原中也
 朝の歌
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29-14

霧笛 №1                                                                  作家  大佛次郎
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29-13

【ことだま五七五】

こふみ句会へGO七GO №137                  俳句 こふみ会     
 「時雨」「湯豆腐」「曼珠沙華」「新種」
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29-12

読む「ラジオ万能川柳」プレミアム №196                川柳家  水野タケシ
 11月6日、13日放送分
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29-11

【雑木林の四季】

BS-TBS番組情報 №317                            BS-TBSマーケテイングPR部
 2024年12月のおすすめ番組(上)
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29-9

海の見る夢 №90                                     渋澤京子
  静かな言葉
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29-8

住宅団地 記憶と再生 №50    国立市富士見台団地自治会長  多和田栄治
 武蔵野緑町団地 7 
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29-7

地球千鳥足Ⅱ №58            小川地球村塾村長  小川律昭
 奔放の旅 2
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29-6

美味懐古 №5                          加茂史也
 クイーン・アリス
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29-5

【ふるさと立川・多摩・武蔵】                                                   

線路はつづくよ~昭和の鉄路の風景に魅せられて №237       岩本啓介
 熊本・肥後線 球磨川第一橋梁
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29-3

夕焼け小焼け №49                        鈴木茂夫
 平和と独立の配布・小河内村山村工作隊 1     
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29-4

押し花絵の世界 №214                                       押し花作家  山﨑房枝
 「ビオラと粉雪のスマホケース」
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29-2

赤川ボンズと愉快な仲間たちⅡ №66       人形作家  さとうそのこ
 そのこ人形 3
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29-1

多摩のむかし道と伝説の旅 №135                  原田環爾
 古歌に詠われた向ノ岡から多摩の横山道を行く 1
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29

国営昭和記念公園の四季 №164
 清見亭のモミジ 日本庭園
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29-19

【代表・玲子の雑記帳】                   『知の木々舎 』代表  横幕玲子
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2024-11-29-10


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石井鶴三の世界 №269 [文芸美術の森]

左官 1943年/おうらいてう 1942年

         画家・彫刻家  石井鶴三

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左官 1943年 (132×176)
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おうらいてう 1943年 (134×179)

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【石井 鶴三(いしい つるぞう)画伯略歴】
明治20年(1887年)6月5日-昭和48年( 1973年)3月17日)彫刻家、洋画家。
画家石井鼎湖の子、石井柏亭の弟として東京に生まれる。洋画を小山正太郎に、加藤景雲に木彫を学び、東京美術学校卒。1911年文展で「荒川岳」が入賞。1915年日本美術院研究所に入る。再興院展に「力士」を出品。二科展に「縊死者」を出し、1916年「行路病者」で二科賞を受賞。1921年日本水彩画会員。1924年日本創作版画協会と春陽会会員となる。中里介山『大菩薩峠』や吉川英治『宮本武蔵』の挿絵でも知られる。1944年東京美術学校教授。1950年、日本芸術院会員、1961年、日本美術院彫塑部を解散。1963年、東京芸術大学名誉教授。1967年、勲三等旭日中綬章受章。1969年、相撲博物館館長。享年87。
文業も多く、全集12巻、書簡集、日記などが刊行されている。長野県上田市にある小県上田教育会館の2階には、個人美術館である石井鶴三資料館がある。

『石井鶴三素描集』形文社
 

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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №141 [文芸美術の森]

           シリーズ:江戸・洋風画の先駆者たち
              ~司馬江漢と亜欧堂田善~
                  第10回 
              美術ジャーナリスト 斎藤陽一
       「亜欧堂(あおうどう)田(でん)善(ぜん)」 その4

≪遊郭の光と影≫

 前回に続いて、先ず、亜欧堂田善が文化年間に制作した小型の銅版画シリーズ「東都名所図」(全25図)の中から、吉原を舞台に描いた作品を紹介します。
 まず、下図は「新吉原俄之図」(しんよしわら・にわかのず)。

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 吉原遊郭では、毎年夏、芸者たちが仮装をして、趣向を凝らした出し物で郭内の通りを練り歩く「俄」(にわか)と呼ばれる行事がありました。

 この場面は、吉原のメインストリート「仲之町」に面した「引手茶屋」の座敷を舞台に、通りを練り歩く「俄」の行列を見物する人たちを前面に大きく描く。
 中景には屋台に乗って演技する男女の芸者たち、その向こう、通りを隔てた向かい側の茶屋にも、二階まで大勢の見物客がびっしりと描き込まれている。
 座敷の人たちが手にする団扇や大きな蝋燭の炎が、暑い夏の夜の行事であることを示す。

141-2 のコピー.jpg 右側にいる黒い着物の男がこの宴席の主客。裕福な家のあるじでしょう。
 というのは、格式の高い「大見世」と呼ばれる妓楼で遊ぶ場合、先ず、「引手茶屋」に上がり、そこに花魁を呼び出して飲食、芸者たちの遊芸で散財したあと、「花魁道中」をして妓楼に行くのが決まりでした。
 このような、上等な「引手茶屋」の特等席の座敷を借り切って、「俄」(にわか)を楽しむには、相当な金持ちでなければ出来なかったのです。

 そのお大尽の傍らで、身をくねらせているのは、お大尽の相方の「花魁」(おいらん)。

141-3 のコピー.jpg 左側にいる男たちは、主客のお伴で登楼した男たちや吉原の男衆か。
 身を屈めて主客に何か話しかけているのは、この引手茶屋の主人、左端の扇子を手に持つ男は「幇間」(ほうかん:たいこもち)かも知れない。
 田善は、それぞれに描き分けています。
 座敷には「大蝋燭」が二つ灯され、その周囲を明るく照らしていますが、少し離れると影が濃くなっている・・・
 大蝋燭の明かりは、天井にも反映し、二つの丸い光となっている。光と影の表現が卓抜です。
 
 次は、同じ「銅版画東都名所図」シリーズの中の1点「品川月夜図」

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141-5 のコピー.jpg この絵は、品川の海に面した遊郭の座敷に立って月を眺める遊女を描いています。
 月の光が海面にきらめき、行燈の光とともに、遊女の姿を浮かび上がらせる。

 細部をご覧ください。
 田善は、夜の情緒を表現するために、実に様々な「線刻」を試みていることが分かります。
田善は、「銅版画の魅力は、あらゆる種類の「描線」の組み合わせと、その濃淡のグラデーションの表現にある」ことを発見しており、今や、その技を自分のものにしています。
 それにしても、この遊女の立ち姿は、どこか西洋画の女性のように見えるところが面白い。

 もうひとつ、「両国橋」を望む料亭の座敷を描いた田善の銅版画を紹介します。
 こちらは、22.2×28.5cmと少し大き目なサイズ。

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 ここは、隅田川沿いの料亭の座敷。遠くには両国橋が見える。
田善は、この風景を「遠近法」で効果的に描いていますが、二階から見下ろす視点をとっているため、川沿いの通りを歩くたくさんの人々が俯瞰的に捉えられています。
川面には、無数の遊覧船が浮かんでいる。両国界隈の活気が伝わってきます。

座敷では、3人の人物がなにやら談笑している。
その中の右端の人物は、亜欧堂田善自身だという伝承もある。

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   手前の大皿の上には、ひときわ大きな鯛が載せられ、あたかも、この場面の「主役」のようにも見えるところも可笑しい。
 この絵でも、田善の細部の質感描写へのこだわりが随所に見られます。たとえば、畳や天井などをよくご覧ください。

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 次回は、亜欧堂田善が試みた独特の「油彩画」を紹介します。
(次号に続く)


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浅草風土記 №39 [文芸美術の森]

と町と 不動様  3

       作家。俳人  久保田万太郎

         五

 日くコンクリートのベンチ。
 曰くくコンクリートの藤棚。
 日くコンクリートの土橋。
 日くコンクリートの…・
 一ト足、不動さまの境内へ入ったとき、われわれのまえにあったのはそれらの施設でした。秩序ただしい植込、整然と小砂利の敷ならされた歩道、そうしたものを外輪にもった当世ようの小公園。一昔日の、梅ばやしのあった時分の閑寂なふぜいは、ただその植込の一部の、浅い茂りを透してみえる川の水、その水のうえを行くおりおりの船のかげだけにしか残っていない……ということをもう一つはッきりさせたものに、間もなくそこに展けた広っ場の光景がありました。……すなわち例月二十八日の賑い……むかしながらの、うちみはむかしにちっともかわらない昼縁日のあらわなけしきがありました。
 まえに、うしろに、右に、左に、いくつにもわかれて出来た人の輪の、そのほうぼうの間を縫ってそこにもここにも荷を下ろしたおでんや、パンや、氷や……浪の花をうず高くもり上げたうで玉子や、旗を立てたアイスクリームや、赤い薄荷を硝子の壷に入れたお好み焼や。……ですが、天気のわるいせいか、どの荷のまえにも、屋台のさきにも、うらみッこなしに一人の客も立っていないので。――いえば.だから、いたってのしらじらとし
た感じ……
 第一の人の輪のなかをわれわれは覗きました。盲目が浪花ぶしをやっていました。ひしゃげた鳥打帽子にお約束の色の剥げた紋つきの羽織、四十恰好の小柄な男が三味線を抱えてしきりに牡蠣のような眼をむいていました。何をやっているのか分らなかったものの、津の国屋津の国屋とうるさくいっていたのに徴して「安政三組盃」かも知れないとおもいました。――抱えた三味線の、どの糸だかの切れてだらりと下っているのも惨めな感じでした。
 第二の人の輪のなかを覗きました。白足袋、表附の下駄、綿の袴を穿き、縫紋の単羽織を着た四十七歳のきわめて薄い髭をもった紳士(なぜ四十七と分ったかといえば自分からはッきりそういいましたから)がすなわち夏外套を脱いで助手の大学生にわたしながらしきりに何か薬の効能を説いていました。いやしくも人間なら誰でもがもっている病気、そうして古来、どんな医者でも薬でも決して直らないとされている病気、それを即座に、みているまえですぐにでも直してみせることの出来る薬を発見した、そのためにはしかし学校を出たあと二十年の年月を無駄にした、二十万円の金をつかい果した、もしうたがわしくぼ牛込喜久井町所在のなにがし合資会社をたずねて来い、自分がその会社の代表社員ということはこれこの免許状がこの通り説明している。――そうしたことばかりいつまでも饒舌りつづけてついにその薬が何に効く薬かはッきりさせません。――しびれを切ちしてそこを退きました。
 第三の人の輪のなかを覗きました。紺の腹掛、うでぬき、脚絆といった恰好の草鞋はき。
……そうした古風ないでたちの若い男が大きな声でしきりに何か饒舌っています。これは面白そうだと無理から前へ出ました。
 が、すぐ、いそいでまた外へ出ました。――蛇です、蛇つかいです……

          

 そのあと、第四の、第五の、第六のそれぞれの輪の中を覗いてあるきました。が、どれもすべて一ト眼では要領のえられないものばかり、五分と十分その饒舌るのを聴くのでなければ何を売るのか、何をしてみせるのか、かいくれ見当のつかないものばかりでした。と同時にかつての猫八のような、松井源水のような、ああした身についた芸……とにかく芸とよぶことの出来るもの、一流の、外にどこにも類をもとめることの出来ないことさらなもの……そうした技術……そうした、すぐれた、錬磨された技術をみせたり聴かせたりする寂しい漂泊者を、その広っ場の、どこにもわれわれ見出すことが出来ませんでした。
――失望してわれわれ、最後の大きな輪……多分には、いずれは字でも書いて見せたんでしょう、うしろ鉢巻の、汚れくきったワイシャツ一つの男が細長い紙を地べたに拡げて、何か矢っ張、しきりにそう講釈をいっている群のなかを出抜けたとき、たまたまそこに、あたりのそうしたいたずらな人だかりに頓着せず、おでんや、パンや、アイスクリームやそうした身近に散在するものの折々の異動にも心を止めず、薄い茣座(ござ)のうえに一人つつましく足を組んで熱心に鋸の目を立てている老人のいるのをみつけました。勿論そのまえにはすでに出来上ったものとおぼしい鋸が、ほんのわずか、しるしばかりに並んでいます。――いかにもそれが「深川」らしい、不動さまの境内らしい、そうしてそこに梅雨の来るまえらしい、季節的な鬱屈をわれわれに感じさせました。
 永井荷風先生に「深川の唄」というお作があります。明治四十二年の二月の「趣味」……そのころあった「趣味」という雑誌に出たもので、四十二年といえば、先生まだ「牡丹の客」も「歓楽」も「すみだ川」も書いておいでになりません。西洋から帰ったばかりの主人公がある偶然の機会に昔馴染の深川をたずね、不動さまの境内に、おぼつかなく三味線を抱えて「秋の夜」をうたう盲目のものもらいをみ出して、傾く冬の日かげの中にうつし身のいい知れぬ哀しみを知るという筋の、「夕日が左手の梅林から流れて盲人の横顔を照す。しゃがんだ哀れな影が如何にも薄く、後の石垣にうつる。石垣に築いた石の一班毎には、奉納者の名前が赤い字で彫りつけてある。芸者、芸人、鳶者、芝居の出方、ばくち打、皆近世に関係のない名ばかりである。」だの「自分はいつまでもいつまでも、暮行くこの深川の夕日を浴び、迷信の霊境、内陣の石垣の下に仔んで、ここにかうして歌沢の端唄を聴いていたいと思った。永代橋を渡って帰って行くのが、堪へられぬほど辛く思けれた。いっそ明治が生んだ江戸詩人斎藤緑雨の如く滅びてしまひたいやうな気がした。」
だのといわれたあと「ああ然し、自分は遂に帰らねばなるまい。それが自分の運命だ。ああ、河を隔て、堀割を越え、坂を上って遠く行く大久保の森のかげ、自分の書斎の机には、ワグナーの画像の下に、ニイチエの詩ザラツストラの一巻が開かれたままに自分を待つでゐる……」と、先生、その作の最後を結んでおいでになります。

『浅草風土記』 中公文庫


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山羊の歌 №5 [文芸美術の森]

朝の歌

         詩人  中原中也

天井に 朱(あか)きいろいで
  戸の隙を 洩れ入る光、
鄙(ひな)びたる 軍楽の憶ひ
  手にてなす なにごともなし。

小鳥らの うたはきこえず
  空は今日 はなだ色らし、
倦(う)んじてし 人のこころを
  諫(いさ)めする なにものもなし。

樹脂(じゅし)の香に 朝は悩まし
  うしなひし さまざまのゆめ、
森竝(もりなみ)は 風に鳴るかな
ひろごりて たひらかの空、
 土手つたひ きえてゆくかな
うつくしき さまざまの夢。

[中原中也全詩集』 角川ソフィア文庫


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霧笛 №1 [文芸美術の森]

霧笛 1

           作家  大佛次郎

 窓の外の道路に、人の来る足音が聞えたときに、千代吉は我知らず身を起⊥ていた。宵の口からさびしい居留地の屋敷町であった。それに、ただ外を通るだけの、このへんの居住者だったら、屋敷仕えの日本人にしても靴をはいているはずなんだが、千代吉が聞いたのは小石につまずいた駒下駄(こまげた)の音だった。それも、近くまで来て、急に音をひそめて近寄ってきたものなのである。
(来た!)
 その感じは、なにか、それまでの、ちっとも落着かなかった気持にあるかいをつけてくれたようでむしろ思いがけないものだった。
 千代吉は、耳をたてて外の気配を聞いた。怖れる気持は微塵(みじん)もなかった。案のとおり、すぐ窓の下で、ひくい口笛を吹く音が、しんとした外の夜気の中に流れた。
 千代吉は立っていって、まだ開けてあったガラス窓から首を出した。
 夏の晩だった。通りを隔てたフランスのプレッキマンの屋敷でも、まだ窓から灯影(ほかげ)が庭にさして、よく警た植込みの影が黒々としていた。通りまで伸びている枝の即に鉄の柵がめぐらしてある。口笛を吹いた男は、その前に立って、煙草(たばこ)の火を赤くぽつんと、ともしている。
 白がすりの単衣を着て髪をきれいに分けた女のようにきざな優形の男なのだ。どこかの塾生だという話だけれど、そんなことはほんとうのことかどうかわからない。
 にらむように男に向けた千代吉の目には、底深い軽蔑(けいべつ)の色だけがこめられていた。独立祭の花火の晩に向うから千代吉に突っかかってきて、かなわないと見て捨てぜりふを残して逃げた弱虫なんだ。今日向うから呼びだしに来たというのは仲間をかたらって、その復讐をするつもりなのだ。なんとかの身内を知らねえかといった。
「今晩は」             
 と、なれなれしい声でいって、闇の中で生白(なまじろ)い顔が笑った。
「兄(あん)ちゃん、手紙、見たかい?」
 千代吉は答えなかった。育ちぎかりのこの半年で、めっきり幅の広くなった肩が窓にいっぱいになっている。異人屋敷の食事は、油っこくて、肉類が多い。ここへ来る前は、悪いときははきだめのものまで食ったことのある千代吉が、急に肥えたのだった。境遇の自然と変ったせいだった。
 男は千代吉が黙っているのを見て煙草を横に啣(くわ)えた。
「来るんだろうね?」
 声にそれとない威嚇(いかく)の響がこめられてきていた。
 千代吉は無言のまま大きい身体を引っこめて窓を閉めた。それから、机のランプを吹き消して、出口のドアのところまで行った。そのとき、夕方台所からそっと持ってきて戸棚の隅に入れておいた肉切庖丁のことが頭にうかんだ。相手が幾人いるかわからないから隠して持っていくつもりだったのだ。母屋の主人の書斎の机の引出しにあるピストルを持ってくることまで一応考えたくらいだったが、それだけは主人に知れる場合の怖ろしさを思って、ただ空想しただけであった。
 (なんだって庖丁なんか持ってきておいたんだろう?)
 千代吉は、二時間前の自分を軽蔑しながら狭い階段を降りた。下は主人の馬車を入れる小屋になっている。裏門はもう閉めてあった。かんぬきをぬこうとしたが不用心なのに気がついて、側(そば)の鉄柵を乗り越すことにした。
 気がついてみると、白がすりのほかに、もう一人来ていたのだ。鉄柵の上へ身体を乗りだしたとたんに、隣屋敷の門の前に黒い影が動いたのが、それであった。そいつは千代吉の前に出てこなかった。どこへ廃れたのか二度と見えなくなった。
 白がすりが薄く笑って、
「じゃア……」
と、歩きだしただけだ。千代吉は、まるい肩をまるめて、牛のようにのっそりと尾いて
いった。いつどこから襲われても相手をたたきのめすだけの自信が、実際の年齢の二十一歳よりずっとませた大きな身体の筋肉に、強いはずみをこもらせていた。/
 これまでが、これまでであった。殴られたり蹴られたりするようなことが、千代吉にとっては珍しいことでなかった。思いだしてみれば、赤ん坊のときから殴られて育ってきたようであった。かなわないと思ったら黙って殴られているのである。気の遠くなるような苦痛の中に、千代吉はおぼろげに理由の知れない快感さえも感じる場合があった。じっとして目をつぶっていると、こちらが物足りないと思うくらい、殴る方で疲れてしまうのである。
 「いい加減、骨身にこたえたろう」
 そういう声が耳に入る。                   
 千代吉が黙っていても、たいていそれで解決する。警察でも、こちらから有無をいわずに罪を認めてしまえば、痛い目に逢うことはない。いつから、そのこつを呑みこんだのか、千代吉はそう信じている。      
 ただ、それが今夜の相手のように、世間の堅気(かたぎ)でない輩(てあい)、やくざな仲間が相手の場合には、事情は反対であった。この社会ほど卑怯(ひきょう)で臆病(おくびょう)な人間のそろっているところはなかった。下手に出たらどこまでも踏みつけられる。調子次第でどんな残忍なことでもやらかすのである。こんな相手には、死力を尽して闘わなければならない。
 まず、相手を多少でも恐怖させたら、向うは普通よりも弱くなる。勝負はほとんどこちらのものなのである。逆に、こちらが臆病に出たら、どこまで、やられるかわからない。千代吉は、それを知っている。
 木立(こだち)の間に赤いものが見えたと思うと、月だった。白がすりの男について歩いている道路がいつもより明るかったのも、そのせいだ。月は、怖ろしくまるく大きかった。道路には人がいないが、歩きながら見る両側の異人館の窓はまだ明るいし、庭で話し声がしている。芝生へ椅子を出して涼んでいるのに違いないのだ。
 白がすりの男は、啣(くわ)えていた煙草が燃えつきたので、裸から袋をだして、新しい一本を口に啣えた。平静らしく見せているが、落着いていなかった。
「兄ちゃんも、どうだい?」
 と、わざとなれなれしくいった。
 千代膏は相手が袋から押しだしてくれたのを、抜き取ると黙って男の目の前で二つに折って、地面に捨てた。相手の見せた笑い顔は、急に腺病なものになった。
「まあ、いいや。とにかく、行こう。煙草を喫(す)うなら、いまのうちなんだが…⊥
 靴の音が行く手に聞えた。
 脚の長い犬が先へ走ってきて、石垣の陰になっている暗(やみ)の中から口笛を吹きながら飼主の白服の姿が出てきた。千代吉がはっとしたのは、その異人が、自分の主人の親しくしているのっぽのディセムというイギリス人だったからだ。
 ディセムが主人に告げることはないだろうか?
 不安は瞬間のものだった。ディセムは、手巾(ハンケチ)をだして鼻をふきながら、千代吉とは気がつかずに大股で、靴の音を規則正しく、通り過ぎていった。
「こっちだ!」
と、白がすりの男は、道ばたの空地へ登りながら指図した。草っ原を、港の一面に見える
崖の鼻まで行くのだ。二、三本、枝の繁った木が月あかりの中に黒々と立っているところがある。その木の下に誰かいて、ベンチに腰かけたままこちらを向いて待っている。
(一人なのか?)
 千代吉は、多少意外に感じた。草の中から出て、向うの顔を真向(まっこう)から見おろすと、大きな男で、上着のないシャツの胸をあけて、どす黒く笑いながらいなにかいおうとした。


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こふみ会へGO七GO №137 [ことだま五七五]

こふみ句会へGO七GO  №137
「時雨」「湯豆腐」「曼珠沙華」「新酒」 
                           俳句・こふみ会

幹事さんから、≪令和6年10月の句会≫の案内状が送られました。

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こふみ句会の尚哉です。
来たる11月9日のリアル句会、ご案内いたします。
私・尚哉と、兎子さん、弥太さんが、幹事をつとめますので、
どうぞよろしくお願いいたします。
会場は、いつものTCCクラブハウス。
13時に、兼題2句を持参のうえ、お集まりください。
その際、お弁当代と諸雑費に充てるために、
1,500円をお願いします。
現地で席題2題を発表いたしますので、
お弁当を食べながら考えていただき、
投句、選句とすすみ、
16時には終了、といった段取りになります

さらに、今回は兼題を考える期間が短いため、
前もって発表させていただきます。
弥太さんから、いただきました。

     時雨 湯豆腐

この2句を、9日当日にお持ちください。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 
当日は席題「曼珠沙華」「新酒」が示されて、60句があつまりました。

席題「曼珠沙華」
01 緋の色は誰の怒りか曼珠沙華 玲滴
02 曼珠沙華にぎりこぶしを開くごと 華松
03 曼珠沙華きっとあの世も花盛り すかんぽ
04 長い坂かけおりて会う曼珠沙華 兎子
05 チャイナドレスの君紅濃くて曼珠沙華 彌生
06 夕映えに赤、赤々と曼珠沙華 紅螺
07 捨てられし子猫守りし曼珠沙華 茘子
08 その紅は誰のためかよ曼珠沙華 一遅
09 曼珠沙華あのよとこのよの境いなき なつめ
10 唐突に咲いてサヨナラ曼珠沙華 丁子
11 遠い日の粗相の記憶曼珠沙華 尚哉
12 曼珠沙華はづかし気もなく咲きにけり 矢太
13 忘れたる嘆きを放つ彼岸花 蕃茄
14 京アニ燃ゆ 炎上の日の曼珠沙華 鬼禿

兼題「湯豆腐」 
15 月消えて湯豆腐少し崩れゆく 虚視
16 いいじゃないひとり湯豆腐いいじゃない 丁子
17 余命知る口に震える湯豆腐や 蕃茄
18 湯豆腐やも少し生きてみようかい 矢太
19 湯豆腐に家族集まる外は雨 玲滴
20 湯豆腐のとうふ百円妻げんき すかんぽ
21 じわじわと口紅溶かす湯豆腐や 華松
22 湯豆腐や寝ざめの悪い夢をみて 兎子
23 蘊蓄聞きつ食む湯豆腐や南禅寺 彌生
24 湯豆腐や路地の靴音待ち人か 茘子
25 湯豆腐の湯気越しに妻大まつ毛 尚哉
26 湯豆腐に揺れて定まる迷いかな 英愛
27 湯豆腐の残りのつゆや老二人 鬼禿
28 湯豆腐や言葉少なき父と母 紅螺
29 湯豆腐でこの脆弱な国家を語る 一遅
30 湯豆腐や揺れる想いのもどかしさ なつめ

兼題「時雨」
31 時雨る夜の土香とわずかな音のあり なつめ
32 時雨来て保育園児の列乱る 尚哉
33 人も街も影絵となりぬ夕時雨 茘子
34 参道に人影まばら時雨ける 玲滴
35 時雨るや光りとどかぬ高速船 兎子
36 コップ酒おととと時雨宿りかな すかんぽ
37 西行の足を留めし時雨かな 華松
38 時雨去り蜘蛛の在処(ありか)を露にす 虚視
39 出所する兄を待つ朝時雨傘 一遅
40 閉店の貼紙ぬらし夕時雨 彌生
41 しぐるるやとつぜん疼く古い傷 矢太
42 時雨来て記憶の隙間濡らしけり 英愛
43 肩の荷を降ろせと諭す時雨かな 蕃茄
44 名も知れぬ訃報一通 宵ひ時雨 鬼禿
45 時雨去り急ぐ背中の丸みかな 丁子
46 時雨降る遠野の里の宿あかり 紅螺

席題「新酒」
47 祖父の造りし新酒白菊遠き夢 彌生
48 大事なき検診結果や新酒汲む 尚哉
49 新酒酌む明日の出来事思い出す 矢太
50 裏山のもののけと酌む新酒かな なつめ
51 新酒とかどうでもいいや最後らへん 丁子
52 新酒汲む外濠通りの立ち呑み屋 紅螺
53 元気かい貴様はどうよ今年酒 すかんぽ
54 亡き友の言葉が欲しい新酒酌む 茘子
55 呑めぬのにこの時ばかりは新酒きく 玲滴
56 杉玉の蒼き喝采 新酒くむ 鬼禿
57 新酒待ち宅配便を確認す 華松
58 ヌーヴォーのお祭りさわぎ夢のあと 兎子
59 新酒待つ妻のコップはほろ酔いで 蕃茄
60 この星に生まれて良かった新酒来る 

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久し振りのTCC会場で
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オンラインの参加者にも対応しました。
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お楽しみは米八のお弁当

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【天句の鑑賞】今回は地句人句も紹介します。

すかんぽ選
【天句】時雨去り蜘蛛の在処(ありか)を露にす (虚視)
        時雨の止んだ瞬間を蜘蛛の囲で見事に表現されています。
        まるで雲の切れ目から陽光が差すように。        
【地句】曼珠沙華にぎりこぶしを開くごと (華松)
【人句】新酒とかどうでもいいや最後らへん (丁子)

尚哉選
【天句】時雨去り蜘蛛の在処(ありか)を露にす (虚視)
        雨上がり日が差して、蜘蛛の巣の水滴が光るあの感じ。
        生き物の営みのすごさ、です。        
【地句】西行の足を留めし時雨かな (華松)
【人句】曼珠沙華あのよとこのよの境いなき (なつめ)

玲滴選
【天句】人も街も影絵となりぬ夕時雨 (茘子)
        浮世絵の世界を思いうかべました。
        美しい幻想的な絵のような・・・。        
【地句】閉店の貼紙ぬらし夕時雨 (彌生)
【人句】夕映えに赤、赤々と曼珠沙華 (紅螺)

紅螺選
【天句】時雨去り急ぐ背中の丸みかな (丁子)
        止んだ雨を見計らって、急ぎ足で立ち去る人の
        うしろ姿。景が浮かびます。        
【地句】閉店の貼紙ぬらし夕時雨 (彌生)
【人句】人も街も影絵となりぬ夕時雨 (茘子)

茘子選
【天句】肩の荷を降ろせと諭す時雨かな (蕃茄)
        時雨が体全体をつつみ込んでくれる。
        だれしも、こんな時は日頃のうさを忘
        れることができるのでは。
        言葉で表現する心の空気。
        そうだなあと思う。        
【地句】閉店の貼紙ぬらし夕時雨 (彌生)
【人句】夕映えに赤、赤々と曼珠沙華 (紅螺)

彌生選
【天句】時雨去り蜘蛛の在処(ありか)を露にす (虚視)
        いっとき降った時雨が去ったら、
        蜘蛛の巣に雨粒が光って美しい。
        こんな所に蜘蛛の巣があったのだと
        思わぬ発見をすることがあります。        
【地句】余命知る口に震える湯豆腐や (蕃茄)
【人句】西行の足を留めし時雨かな (華松)

矢太選
【天句】忘れたる嘆きを放つ彼岸花 (蕃茄)
        忘れたい嘆き、抱ききれないほど持っている。
        誰しも。嗚呼。        
【地句】曼珠沙華あのよとこのよの境いなき (なつめ)
【人句】唐突に咲いてサヨナラ曼珠沙華 (丁子)

蕃茄選
【天句】亡き友の言葉が欲しい新酒酌む (茘子)
        新酒を飲む喜びと声なき友との会話の切なさとの
        コントラストが見事でした。       
【地句】湯豆腐や揺れる想いのもどかしさ (なつめ)
【人句】京アニ燃ゆ 炎上の日の曼珠沙華 (鬼禿)

華松選
【天句】その紅は誰のためかよ曼珠沙華 (一遅)
        実にきっぱりと濁りのない赤さは何のため、
        誰のため、と私も感じていました、
        ズバリ直球。嬉しくなりました。       
【地句】出所する兄を待つ朝時雨傘 (一遅)
【人句】唐突に咲いてサヨナラ曼珠沙華 (丁子)

兎子選
【天句】曼珠沙華にぎりこぶしを開くごと (華松)
        怒りや悔しい気持ちを、
        そのこぶしに閉じ込めていた曼珠沙華。
        それをゆっくりと開き、この世に解き放っている。        
【地句】裏山のもののけと酌む新酒かな (なつめ)
【人句】月消えて湯豆腐少し崩れゆく (虚視)

鬼禿選
【天句】時雨来て記憶の隙間濡らしけり (英愛)
       時雨、特に「蝉時雨」という季語は大好きです。
       80過ぎに感じる悲しさを、よく詠み切っています。
       いい句です。ただお若いAIさん作に仰天です。        
【地句】西行の足を留めし時雨かな (華松)
【人句】唐突に咲いてサヨナラ曼珠沙華 (丁子)

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【今月の天地人】

【天】華松 30点
   代表句=曼珠沙華にぎりこぶしをひらくごと
【地】虚視 29点
   代表句=時雨去り蜘蛛の在所(ありか)を露にす
【人】なつめ   24点
   代表句=曼珠沙華あのよとこのよの境いなき  

十一月の天地人句
【天句】時雨去り蜘蛛の在処(ありか)を露にす(虚視)23点
【地句】閉店の貼紙ぬらし夕時雨(彌生)17点
【人句】曼珠沙華にぎりこぶしを開くごと(華松 )15点

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天句に選ばれて手にする短冊も格別
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今オンライン参加の虚子さんの短冊も一緒に今月の天地人

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【幹事よりひと言】

久しぶりのリアル句会で、皆様にお会いできて楽しかったです。
事前投句あり、メール投句あり、zoom参加も視野に入れて開催しました。
段取りに手間取り、ご迷惑をかけたかと思います。
蕃茄さんにもお手伝いいただき、とてもありがたかったです。
虚視さんは兼題のみの事前投句で、総合得点「地」、「天句」を獲得され、さすがだなと感服いたしました。
リアル句会の開催方法は、毎回検討しブラッシュアップしていきたく考えています。                                                       兎子

みなさまの温かいご支援により、なんとか幹事役を務めることができました。
虚視さん、鬼禿さん、参加してくださり、ありがとうございました。
それにしても、現場で私の集計ミスにより、間違った結果をお伝えしてしまったこと、ほんとうに、申し訳なく思っています。
この場を借りて、深くお詫びいたします。
とくに華松さん、虚視さん、申し訳ありませんでした。
今後こういうことのないよう、糧にしてゆきたいと思っています。
                                                                尚哉


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読む「ラジオ万能川柳」プレミアム №196 [ことだま五七五]

   読む「ラジオ万能川柳」プレミアム☆11月6日、13日放送

        川柳家・コピーライター  水野タケシ 

川柳家・水野タケシがパーソナリティーをつとめる、
読んで楽しむ・聴いて楽しむ・創って楽しむ。エフエムさがみの「ラジオ万能川柳」、
11月6日の放送です。

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8日(金)は田名公民館で句会!

「ラジオ万能川柳」は、エフエムさがみの朝の顔、竹中通義さん(柳名・あさひろ)が
キャスターをつとめる情報番組「モーニングワイド」で、
毎週水曜日9時5分から放送しています。
エフエムさがみ「ラジオ万能川柳」のホームページは、こちらから!
放送の音源・・・https://youtu.be/-LA7-0Gyt6U

先週のボツの中からあさひろさんイチオシの句をご紹介!!
 あさひろさんのボツのツボ
「聞いてよで始まる君のマシンガン」(水谷裕子さん作)

(皆さんの川柳)※敬称略
※今週は178の投句がありました。ありがとうございます!
・少しだけ高いクリーム冬はじめ(大柳王・すみれ)
・投句よりトークが目立つ句会かな(矢部暁美)
・相模原イベント多く日々迷う(相模のトムクルーズ)
・AIに負けてたまるかAI(愛)で勝つ(のりちゃん)
・レンチンのおかずを置いて妻フェスへ(ワイヒデ)
・ハートごと持っていかれた別れ雨(水谷裕子)
・反省は裏金よりもバレた事(荘子隆)
・気がつけば誰だ鏡のお婆さん(ぱせり)
・ビールかけ立っていたいな口開けて(なつ)

☆タケシのヒント!
「ビール掛けやシャンパンファイトを目にした1週間でした。なつさんはお酒好きでしょうか。絵を想像すると面白いですね。」

・ヒゲを剃る息子の年をきづかされ(とんからりん)
・若い時よりも気持ちが若いのよ(大柳王・平谷妙子)
・不倫中バレる確率フィフティフィフティ(大塚敦也)
・爪飛んだ距離に驚く三メートル(雄之丞)
・下手すると歩きスマホも罰金性(柳王・東海島田宿)
・スクワット腹より先に気がへこみ(大名人・やんちゃん)
・ポスターは笑顔選挙が終わっても(初投稿・夏風かをる)
・落ち葉まで回覧板に紛れ込み(柳王・はる)
・赤か青超大国の大一番(シゲサトシ)
・危うい政治危うい自分(大名人・高橋永喜)
・いつも何着てたんだっけなぁ冬着(柳王・せきぼー)
・「おはよう」も「おやすみ」もなく続く日(大柳王・アンリ)
・数グラムまだまだ880トン(柳王・ワイン鍋)
・優しさに囲まれ抜けた胸のトゲ(大名人・くろぽん)
・療養は入院選ぶ妻の知恵(柳王・ポテコ)
・冬の陽はストンと音がして暮れる(大名人・じゅんじゅん)
・諦めは愚者の決断下克上(大柳王・ 入り江わに)
・テレビでも仲畑さんはカッコいい(名人・しゃま)
・デコピンのファンで大谷見るニュース(しゃまママ)
・そこからが観たかったオーマイゴッド!(大柳王・けんけん)
・喜ばすことがナンパの第一歩(ナンパも大名人・soji)
・大雨の度に泣きそう雨漏りで(名人・のりりん)
・大勝で大輔涙の日本一(名人・せ・ら・び)
・正夢になっちゃったじゃん日本一(名人・パリっ子)
・パリっ子さん狂喜乱舞の姿見え(柳王・咲弥アン子)
・手取り増やす小渕内閣思い出す(がんにぼうず)
・パンスト被る強盗見なくなり(全裸名人川柳家・そうそう)

◎今週の一句・ビールかけ立っていたいな口開けて(なつ)
◯二席・ヒゲを剃る息子の年にきづかされ(とんからりん)
◯三席・不倫中バレる確率フィフティーフィフティー(大塚敦也)

【お知らせ】
先週金曜日の11月1日に、西新宿カルチャープラザで、
「やさしい!楽しい!はじめての川柳句会」が無事立ち上がりました!!
西新宿カルチャープラザにご参加の皆さん、ありがとうございました!!
ラジオ、聞いてますか?

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【編集後記】
まわりにけっこうコロナの方がいます。
そろそろインフルエンザの予防注射も。
まだまだ寒暖差がありますから、皆さまもご自愛くださいね。
私も気をつけます!!(水野タケシ拝)

○11月13日の放送

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祝モーニングワイド25周年宿

モーニングワイドの歴史がわかる「コミニティFM大図鑑」はコチラから!
放送の音源・・・https://youtu.be/hc-RTE3MyN8

先週のボツの中からあさひろさんイチオシの句をご紹介!!
 あさひろさんのボツのツボ
今週はお休みです!ごめんなさい!

(皆さんの川柳)※敬称略
※今週は181の投句がありました。ありがとうございます!
・さざん花が咲けば会いたき人ばかり(大柳王・すみれ)
・大谷の優勝よりも子の一勝(大名人・美ら小雪)

☆タケシのヒント! 
「大谷、大谷の世間を皮肉る、ということでもないのでしょうが、それより嬉しいのは、やっぱり我が子の活躍ですよね。説得力のある一句でした。」

・太陽に話しかければ雲答え(初投稿・浜田明子)
・あの国も人手不足か返り咲き(初投稿・のりちゃん)
・優勝と完走ゲット横浜で(辰五郎)
・孫帰り風呂場に忘れしアンパンマン(ワイヒデ)
・銀杏の匂いたまらず避ける道(相模のトムクルーズ)
・悩み事解決できる辞書欲しい(ゆかいな仲間)
・私にも確かにあった二十代(ぱせり)
・貯金額妻8ケタで俺2ケタ(大塚敦也)
・総理より大統領に期待する(名人・遊子)
・ 一番に頭が冬を感じ出す(雄之丞)
・アホかいな予算委員長譲るとは(初投稿・光が丘の親分さん)
・天災と人災どっちがコワイだろう(大柳王・平谷妙子)
・ジェネリック知らんが頼む安いほう(柳王・せきぼー)
・来年もお会いしましょう北九州(大名人・マルコ)
・それなりの顔を浮かんでる美人の湯(大名人・やんちゃん)
・凄いこと4時半起きで25年(名人・居酒屋たつみ)
・先輩が女(ひと)は選べとアドバイス(恋愛名人見習い・名もなき天使)
・湘南会辰五郎さんありがとう(柳王・はる)
・きっとそう今が私の集大成(大柳王・けんけん)
・お財布にないけれどある固い紐(柳王・ぼうちゃん)
・こんな日は焚き火の匂い似合いそう(柳王・ワイン鍋)
・ロマンスの神様訪ね北の宿(大名人・じゅんじゅん)
・朝晩はなんか懐かしあの酷暑(大柳王・里山わらび)
・北九州笑顔の渦が目に浮かぶ(大名人・くろぽん)
・なんで今不倫なんだよ全くもう(名人・大和三山)
・北九州ナンパしましたマルコさん(ナンパも大名人・soji)
・七五三成人式より行儀良い(大柳王・入り江わに)
・ポテコさんブログ読み胸痛くなり(名人・しゃま)
・療養期食べて食べても減り続け(大柳王・ポテコ)
・母さんは逝ったが変わらず朝は来る(名人・のりりん)
・ DMの一寸先は闇バイト(夏風かをる)
・「ラジ川でまた会いましょ」とsojiさん(全裸名人川柳家・そうそう)
・川柳は無限とおもう水曜日(柳王・咲弥アン子)
・はじめての使いのように行くスーパー(大柳王・アンリ)

◎今週の一句・大谷の優勝よりも子の一勝(大名人・美ら小雪)
◯二席・それなりの顔を浮かんでる美人の湯(大名人・やんちゃん)
◯三席・お財布にないけれどある固い紐(柳王・ぼうちゃん)

【お知らせ】
先週もお話しました、相模原市は水郷・田名の川柳句会、11月8日に行ってきました!!
ご参加のみなさま、本当にありがとうございました!!

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句会はお題「水」で、私が特選に選んだのは、ラジセンの大柳王でおなじみのすみれさん
「蛇口からポトリ真夜中ミステリー」でした。
すみれ大柳王、おめでとうございます!!

【編集後記】
こども川柳の選者をつとめていますが、
キラキラ名に四苦八苦。
老眼気味もあって、スマホで難漢字がなかなか探せないないのです。
こどもたちのフレッシュな視点は楽しみなのですが、キラキラ名は好きになれません。
(水野タケシ拝)
===================================
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 水野タケシ(みずの・たけし)
1965年生まれ。コピーライター、川柳家。東京都出身
著書に「水野タケシ三〇〇選」(毎日新聞東京センター)、
「いちばんやさしい!楽しい!シルバー川柳入門」(河出書房新社)、
「これから始める俳句・川柳いちばんやさしい入門書」(神野紗希さんとの共著、池田書店)。
ブログ「水野タケシの超万能川柳!!」  http://ameblo.jp/takeshi-0719/


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雑記帳2024-12-1 [代表・玲子の雑記帳]

2024-12-1
◆11月初め、福島へのツアーに参加して、二本松や飯館村の復興の現状を見てきましたが、下旬には、「福島を丸ごと食べる」集いがありました。場所は今はやりのコワーキングスペース「千代田プラットホームスクエア。今年オープンしたばかりのビルの1階にある 「結ぶ食房 しまゆし」が会場でした。

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「しまゆし」は、客が持ち寄った故郷の食材を調理し、提供してくれる店です。なんだか暖かなイメージがあります。この日はタイトルの示すとおり、福島の阿武隈高原の野菜や卵、飯館村の飯館牛が食材でした。

阿武隈で有機農業を営む農家の菅野正寿さんを講師に、集まった人の中には、東京で有機栽培にとりくむ練馬の農家、白石さんの顔もみえました。

講師の菅野さんは、水田3ha、トマト14a、野菜・雑穀1haを耕す一方、農産加工所や農家民宿を通じて、里山と都市をつなぎ、食と農の価値を伝えてきました。

菅野さんによると、この日の朝の気温は-3度。安達太良に雪が降る、今年一番の寒さでした。けれども、福島はこの半年、10月になっても30℃を越える日が続き、四季がずれて紅葉は短かったそうです。

大豆は花の時期が高温だったため不作でした。季節をずらして植えた自家用の味噌の豆も足りない。トマトやニンジンも実がならない。リンゴはカメムシの被害にあった。東北にはいなかったカメムシが北上中ということを実感したということです。これは温暖化というよりも、気候の危機的状況ではないかとさえ思えてくるというのです。

菅野さんは詩人でもあります。私たちは、この日、菅野さんの詩を通して「復興を越えて進む地域農業の今」を学んだのです。

       田んぼのとんぼ

  6月の終わりの 生暖かい初夏の朝
  僕は棚田に水を引くため あぜ道をいく すると
  稲の葉から ヒラヒラと 羽化したとんぼが飛び立った
  1つや2つではない 20羽、50羽、いやいやもっと飛び立った
  ヒラヒラ ヒラヒラ やわらかな羽が 朝陽に輝き銀色に光ってる
  僕はあぜ道に立ちつくす なんて美しいんだろう
  緑の葉と葉の間には くもが糸をはる タガメがいる カマキリがいる
  カエルが足元で飛びはねる 田んぼは小さな生命の世界
  暑い夏に里山に上り 自由に空を飛ぶ
  稲穂が黄金色になるころ とんぼはつがいでふるさとに帰ってくる
  穂波に小川に産卵をする

  田んぼから飛んだので とんぼというのだ

菅野さんはポット苗で稲を育てています。
ポットの間隔をあけて植えると光が当たって稲は太くなり、病気や雨風に強くなる。
農業は教育と似ている。40人学級よりも30人学級、20人学級の方が子どもが育つ。
薦められて殺虫剤をまいたらトンボがいなくなった。有機リン系の殺虫剤は後年禁止になったが、殺虫剤をつかわなくなって6~7年経ってようやくトンボが羽化した。
農家は野菜をつくっているだけでない、生き物を育てているのだと感じた瞬間でした。そして、都会の消費者に田んぼの光景を通して里山を丸ごと伝えたいと思った矢先に起こったのが原発事故でした。

       土の力 稲の力

  耕す 耕す 土を信じて
  ぼくは種をまく 野菜をつくる
  原子の鬼を土の中に 閉じ込めて耕す
  土へんに鬼で「塊」だ この鬼を退治する
  土はいきている 土のふところを
  ぼくは信じて 今日も耕す

  どんな冷害も 干ばつも乗り越えて
  3000年 種は生きている
  原子の鬼を塊にして 閉じ込めて耕す
  葉が茎が籾が 種を守り 実をむすぶ
  田んぼは生きている 稲の力のふところを
  ぼくは信じて 明日も耕す

  君よ 忘れないで 生きている土の営みを
  君よ 忘れないで 未来に続く稲の道

福島では2011年の夏から放射線量の調査を始めました。研究のためではなく、住民のための調査をと依頼にこたえた新潟大の調査で、耕したいい土ほどセシウムを吸着して、野菜の根からは放射線が検出されないことがわかったのです。

かって東北は冷害に苦しみ、東北の歴史は冷害と闘った歴史でした。その中で生まれた雑穀や山菜、南瓜等の野菜たちが造り出した豊かな食文化を、わずか50年の歴史しかない原発に奪われていいはずがない。

        阿武隈の詩(うた)

  わらび ぜんまい たらの芽の いのちの芽吹く里の山
  耕す春に心が踊る 耕す春に躰がうずく
  黒い土が顔を出し カエルがぴょんと飛び跳ねる
   ああ 君はわすれていないか いのちの春を

  トマト、なす きゅうり 汗ばむ躰を冷やすから
  丸かじりして田んぼに走る 夕立の来る入道雲
  穂に花柵 稲妻の夏
   ああ 君はわすれていないか ホタルの光を

  きのこ 白菜 大根 里いも 芋にで躰を温めて
  飴色の稲穂に 山の神 田の神 水の神が舞い降りて
  老若男女が酔いしれる 秋の祭り
   ああ 君は忘れていないか 優しいさざめきを

  干し柿が北風に輝き 臼から上がる白い湯気 白い餅
  みそ 納豆の仕込むころ 甘酒できたと
  ばあちゃんのこたつに入る 寒いな
   ああ 君はわすれていないか 里の温もりを

   ああ 君と歩きたい 美しい野の道を
   ああ 君と歌いたい あぶくまの道 

山菜にはカロリーはなくても新芽の命をいただく。その山菜も今は出荷停止です。きのこも摂取制限、そして、避難した住民の、村によっては6割、9割がまだ戻らないのが現状です。干し柿や干しいもは干して水分を抜くとセシウムが凝縮されると言われて作らなくなった。芋煮会は冬の風物詩でした。もう一度旬を取り戻したい。旬を食べる大切さを農家は伝えていかなくては。菅野さんの願いです。

最後に菅野さんがとりだした紙には「風味」と「案山子」の文字が書かれていました。10月になっても暖かく湿気が多い今年は、稲の自然乾燥に苦戦したということです。冷たい風にさらす干し柿や干しいもの「風味」のある文化も残したい。
刈り取りの終わった田んぼにたてる案山子にこの字をあてるのはなぜ? 実は案山子は山の神様を案内する子どもなんです。山の神と人間が一体になった稲作文化を伝えたい。

都会に住む私たち消費者は食べることでしか応えることはできませんが、耕す農村へ思いをいたすことを忘れずにいようと思います。農村と消費者が一体となって作る共生社会は、菅野さんのいうように、消費者自身も耕す時代なのかもしれません。

この日のメニューは、阿武隈山麓の東和町産の野菜の前菜に、飯館村の飯館牛のしゃぶしゃぶ、締めの雑炊でした。

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あとで知ったことですが、菅野さんは有機農業を始めるにあたり、山形県高畠町の星寛治さんに弟子入りしたそうです。高畠は、戦後の食糧増産が叫ばれて化学肥料や農薬が推奨された時代に、その政策には乗らず、昔ながらの米作りを選択した先駆の町です。そのリーダーだった星さんは「西の山川(聡一)、東の星(寛治)」と呼ばれた詩人でした。『知の木々舎』では星さんの詩を連載させてもらったことがあります。
お二人が亡くなって、農の語り部がいなくなったと先述の白石さんは哀しんでいましたが、私はこの日、新しい語り部に出会えた気がしました。

◆今年は、東京は10月をすぎても30℃を超える暑さが続き、紅葉が遅れました。平地では色づくまで待てずに葉が落ちたり、紅葉しても色がさえないと感じた人も多かったと思います。国営昭和記念公園も、楓やイチョウは今一つ、元気だったのが原種シクラメンでした。昭和記念公園の遅い秋です。

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日本庭園
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原種シクラメン(花木園)
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つわぶき(日本庭園)
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楓風亭のお菓子のお題は「里の秋」


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BS-TBS番組情報 №317 [雑木林の四季]

BS-TBS 2024年12月前半のおすすめ番組

        BS-TBSマーケティングPR部

Musical Stage 24

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12/1(日)よる9:00~10:54

☆人気、実力共に話題沸騰中の豪華アーティストが集う一夜限りのステージ

8月19日(月)に横浜市の関内ホールで開催されたライブ「Musical Stage 24」をドキュメンタリー映像と共に12月1日(日)に放送!

テーマは「ミュージカルスターが挑む、新しいステージ」。
日本のミュージカル界を牽引するトップスター中川晃教と、幅広いステージで活躍する加藤和樹を筆頭に唯月ふうか、辰巳ゆうと、新浜レオンといった豪華キャストの歌唱力・表現力で様々な音楽を披露するまったく新しいライブエンターテイメント。
往年のミュージカルナンバーから、時代を超えて愛される歌謡曲、大ヒットJ-POPソングまで…
新進気鋭の若手歌手も交えながら、ここでしか聞けない「Musical Stage 24」スペシャルアレンジを迫力の生バンド演奏と共にお届け。
また、会場は関内ホール(横浜市)ということもあり、横浜にちなんだ曲を披露する「YOKOHAMA STORY」コーナーも。
番組ではライブ映像に加え、稽古の様子や舞台裏も放送。
24時間ミュージカルを堪能したい人の為の「Musical Stage 24-Songs&Dance&The history of Pops-」
人気、実力共に話題沸騰中の豪華アーティストが集う一夜限りのステージをお見逃しなく!

出演者:中川晃教、加藤和樹、唯月ふうか、辰巳ゆうと、新浜レオン
中川 賢

内野まことのフラフラタビ

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12/3(火)から4週連続放送
火曜よる11:00~11:30

☆大人気観光地ハワイの知られざるローカルエリアの魅力を発掘!
次ハワイに行ったらマネしたくなる玄人情報満載の番組。

「吉田類の酒場放浪記」「町中華で飲ろうぜ」など街ブラ+酒というBS-TBSの伝統文化がハワイという新たな舞台へ!
これまで何度となくハワイを訪れている視聴者を唸らせる情報や、ガイドブックに載っていない現地民から愛される食事や酒などを紹介する。人とは被らない、次ハワイに行ったらマネしたくなる玄人情報満載の番組。

番組がフラフラ(訪れた)したのは観光客で賑わうワイキキ周辺のアラモアナや観光地の喧騒から離れたカイムキ、かつて王族の静養地でもあったサンドアイランド地区などで、紹介する店は昔ながらのポリネシアンスタイルのバーや町中華、日本料理店など様々。食事やお酒の紹介だけではなく、お店はその場所にどのくらい根付いているのか、毎日どんなお客さんが来ているのかなど、この番組でしか知る事の出来ない情報をお伝えします。約40年間、ハワイをフラフラしてきた内野さんだからこその自然体な姿にも注目だ。

ゲキ推し旅!

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12/7(土)よる7:00~8:54
☆独自の「推し」を持つ3人の芸能人が「推し」に会いに旅に出る!

独自の「推し」をもつ3人の旅人が、
是非見てみたいという「推し」に会うためにそれぞれ旅にでる。

  松本の推しは「多肉植物」。結婚の際に松盆栽をプレゼントされて以来植物にハマったといい、現在は多肉植物を中心に飼っているという。そんな松本が選んだ「推し旅」の舞台は長崎。長崎の多肉植物好きが集まる園芸栽培の「エコグリーンヒガシ」や準絶滅危惧種になっている「ツメレンゲ」に会いに対馬に向かう。
  2人目の旅人、森崎の推しは「飛行機」。子どもの頃にパイロットに憧れ、それ以来、飛行機が好きになったという。そんな森崎が選んだ「推し旅」の舞台は、空港周辺。「飛行機撮影の聖地」と言われる大阪「千里川土手」や日本一のエアターミナルである羽田空港、日本海と砂丘の上を飛ぶ飛行機を見ることができる鳥取空港(鳥取砂丘コナン空港)を旅する。
  3人目の旅人、菅井の推しは「馬」。小学5年生の時に親友に誘われ乗馬を始め、中学から馬術競技に熱中した。そんな菅井が今回選んだ「推し旅」の舞台は北海道。馬グッズを集める菅井が行ってみたかった馬具メーカー「ソメスサドル」を訪れる。また、菅井が見てみたいという競走馬の育成や、憧れの馬であるイクイノックスにも対面し、熱き想いが溢れた。

出演者:松本利夫(EXILE)、森崎ウィン(俳優・アーティスト)、菅井友香(俳優) 


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海の見る夢 №90 [雑木林の四季]

      海の見る夢
        -静かな音楽ー
                澁澤京子

・・あの青い空の波が聞えるあたりに
  何かとんでもない落とし物を
  ぼくはしてきてしまったらしい 
                    「かなしみ」谷川俊太郎


まだ子供が小さかったから、今から30年位前にもなるだろうか。その頃、フランスから友人が帰国していて、彼女とその夫(仏人)を骨董市に案内しているうちにすっかり骨董にはまって、暇を見つけては骨董屋巡りをしていた。もちろん、そんなにお金がなかったので買うのは安物ばかりだったが。

ある秋の夕暮れ、半地下になった骨董屋に入って店の中を眺めているうちに、店内に渋い枯葉色のセーターにジーンズをはいた男の客がいて、そのセーターの色があまりに素敵だったので、骨董よりもそのセーターに目が釘付けになった。たぶんシェトランド毛糸で編まれたセーターだったけど、見たこともないような見事なグラデーションの色彩でジーンズのブルーにこれ以上ないほど合っていて、その枯葉色のセーターを着ていたのは谷川俊太郎さんだった。(さすが!)である。谷川俊太郎さんは骨董のお皿を手に取ってしきりに眺めていらしたが、衣服にしても、お皿にしても、車でも家でも、(あるいは)恋人にしても、谷川俊太郎さんはきっと、吟味の上に吟味を重ねた美意識で選ぶ人に違いない、と感心したのであった。(私は茶系のセーターが好きだけど、いまだに谷川俊太郎さんが着ていらしたような枯葉色のセーターには巡り合えずにいる)

谷川俊太郎さんが亡くなった。大好きだった「鉄腕アトム」のテーマ曲の作詞は谷川俊太郎さんだった。ちなみに私が小さかった頃は、土曜日の夜の「夢で逢いましょう」、日曜の朝の「題名のない音楽会」、「あなたのメロディ」では毎回、高木東六さんの朗らかなおしゃべりが聞けて、テレビをつけるとクレイジー・キャッツが大活躍していた。その頃は、とても良質の音楽があふれていたような気がする。

今年の夏、入院した時に友人が送ってくれた谷川俊太郎さんの絵本で心が慰められただけに、なんとも言えず寂しい。最近の、暴力や脅しのあった滅茶苦茶な兵庫県知事の選挙といい、何の恥らいのかけらもなく大声で他人のプライヴァシーを踏みにじり、まっとうな言論を平気で踏みにじる人間が勝つような、まさにフェイクファシズムという表現がぴったりの狂乱の世の中で、温かい灯りがひっそりと静かに消えた。

・・ネロ
  お前は死んだ
  誰にも知られないようにひとりで遠くに行って
  お前の声
  お前の感触
  お前の気持ちまでが
  今はっきりと僕の前によみがえる・・
                                              「ネロ」谷川俊太郎

谷川俊太郎さんの詩で私が最も好きなのは、谷川さんの若い時のもので、教科書にも載っていた「ネロ」という死んだ犬に捧げた詩だった。

萩原朔太郎や室生犀星には猫が似合いそうだけど、西脇順三郎や谷川俊太郎には犬がよく似合う。萩原朔太郎や室生犀星は着物がよく似合い、玄関が引き戸になっている日本家屋に住んでいそうだが、西脇順三郎や谷川俊太郎にはセーターとジーンズが似合う。そして、佐藤春夫の小説に出てくるような暖炉のある小さな西洋館に住んでいて、落ち葉の積もった散歩道を、犬を連れて軽快に歩きそうな雰囲気がある。

いい詩というのは、人の心の中に埋もれている、何かとてつもなく懐かしい感じのものを掘り起こしてくれるのである。谷川俊太郎さんほど、小さな子供からお年寄りまで幅広く愛された詩人ってなかなかいないだろう。そして、大衆に愛されながらも、決して最後までそのレベルの高さを落とさなかった。

今頃、谷川俊太郎さんは仲の良かった武満徹さんとともに、森の中で静かな音楽を聴いていらっしゃるような気がしてならない。


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住宅団地 記憶と再生 №50 [雑木林の四季]

Ⅵ 武蔵野線町団地(武蔵野緑町パークタウン)
 
     国立市富士見台団地自治会長  多和田栄治

建て替え20年後の現実

 ひさしぶりに2020年2月に線町団地を訪ねた。武蔵野住宅のバス停をおりると、まわりは高層の建物ばかりで記憶にのこる光景は一変しており、団地の方角に一瞬戸惑った。団地のなかに円弧を描く道路と集会所のある建物のまえの広場や木立ちに、ややかつての面影は見いだせるが、やはりまったく新規の団地にはちがいない。
 他の建て替え団地も念頭におきながら、自治会が住民案をしめして公団原案を修正させたいくつかの点を確認して歩いた。なかでも関心をもったのは、ユニット戸数の少ない住棟づくりと、1階に設けられた出会いの場、潜り抜け通路の設置である。自治会はなによりも住民コミュニティの形成を第一に団地設計も要求してきたが、やはり戸数の少ない住棟のはうが住民同士まとまり、交流しやすいことは確かなようだ。わたしはドイツの団地で、エレベーターの有無にかかわらず片廊下式の多階住棟は見たことがない。コミュニティの形成を図るなら階段室式であるべきだと思っている。エレベーターを共用する戸数が少なければ片廊下式でも階段室式の効果があるのだろう。
 建て替えは、従前居住者が全員戻り入居してもこれまでに築いたコミュニティをご破算にすることであるし、隣人関係の原状回復は望めない。ましてこの団地では、建て替え後家賃があまりにも高くて、戻り入居者は当初おそらく30%程度、10年間の家賃減額期間が終わるところには戻り入居者の多くが定年期をむかえ、再退去をよぎなくされて20%に、さらに高齢化、所得低下もすすみ、いまでは10%を切っているのではないか。
 コミュニティの形成が困難なのは、従前からの継続居住者が極端に少ないからだけではない。より大きな問題は入退去の頻発である。この団地855戸のうち最多の2DK、2LDK(45~68Iポ)で家賃は概ね10~18万円である。民間家賃より高いとの世評もあり、年間120~130件の入退去をくりかえし、「定期借家」を理由に家賃割り引きをし空き家を埋めてはいるが、10%は常時空き家である。安定した継続居住がなければ、継続居住によってこそ育まれる住民の連帯、地域への愛着なしに、コミュニティが形成され、成熟する道理はない。「公共住宅建て替え」の意味をきびしく問われなければならない。
 政府・都市機構がつくりだした困難な条件のもとで、この団地の自治会も、きっとどこかで「賽の河原」の虚しさを感じながらも、必死にコミュニティづくりに努力しているのであろう。入居の新旧を問わず住民共通の関心事である「防災」をテーマに活動を強め、全戸の安否確認訓練、炊き出しなどのほか、夏祭りや喫茶「グリーングラス」、映画会、コンサート等々だれもが参加できるイベントを重ねている。こうして培われている住民パワーは、居住を守る対抗力にもなりうる。
 旧縁町団地の敷地内に道路をはさんで都営住宅が併設された。戻り入居のできない人たちも同じ地域で住みつづけられる点では、自治会運動の一定の成果ではある。併設された都営住宅240戸のうち120戸は、緑町団地はか他の建て替え団地からの転居先に確保されている。ともに新設された隣り合わせの両団地の住民どうしの交流、親睦の実情についてたずね、所得によって住む建物をあからさまに区分する差別政策が人心に及ぼす影響を知らされた。近隣ではあっても人工の壁が人びとの交流を阻んでいる。都営に移って両団地合同の老人会を立ちあげ、盛りたててこられた故Yさんのご苦労をうかがった。
 古くからわたしが見知っていた人たちはもうこの団地には住んでいないようで、別れを告げるような思いで帰途についた。

『住宅団地 記憶と再生』 東信堂


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地球千鳥足Ⅱ №58 [雑木林の四季]

奔放の旅 2

       小川地球村塾村長  小川律昭

 ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで航空機のチケットを紛失し、やってきた空港カウンターでの出来事。コンピューターには予約されていることがわかっていても、お金を支払ったかどうかわからないから領収証を見せろと言う。その領収証も紛失したと言ったら、改めて航空券を買えと言う。そんな無茶な! 夜だから代理店は閉まっており連絡のしようもない。運良く切符を買った航空代理店のスケジュール表と購入金額の記載したコピーがあったので提示した。押し問答の末に係員が上司に相談することになった。その結果は再発券、手数料七〇ドルを支払って乗ることが出来た。言葉は満足に通じないし、汗みどろだった。航空券と領収書は大事なものだからと一緒に切符袋に入れて携帯しがちだが、両方失うとこんな苦労が待ち受ける。最近では大抵E(電子)チケットなので紛失しても大丈夫なのだが。

 同じチケット関連で別の冷や汗。これは自分のミスではなくどこかの空港のチェック・イン・カウンターの係員のミスだが、乗り継ぎを繰り返したグァナアキル(エクアドル)でのこと。行き先ごとにチケットを一枚ずつ取られていくのだが、「貴方のサンホセ(コスタリカ)行きのチケットがない」と言う。そんなはずはない。サンホセから来たのだから。「前の乗り換え時、空港の誰かが間違って二枚取ったのだろう」と言い合いになる。よくあることだ。結果は「上司に相談して」と言うことで当然ながら搭乗出来たが、その間三十分は待たされた。この時はガラパゴス諸島を観光しての帰りであり、乗り継ぎ時間を気にしながらの降って湧いたようなトラブルだった。個人旅行をしていると次には何が起こるかわからない、と覚悟すべきだが時間さえ余裕があればクリアー出来るだろう。

 これもエクアドルのグァナアキルだが、ヒッチハイクをあてにして温泉に行くことにした。行きは長距離バスがあり、同じバスで下車した地元の人の迎えの事に乗せてもらって温泉へ。大きい浴槽、砂浴、泥浴とそれらしき設備はあったが、お客を歓待するには何とも質素な施設であった。車でしか来れないのでパラパラ程度のお客だった。それでも温泉地、近辺に食事をする場所もあり、温泉に浸かった気分になった。帰りの草はヒッチハイクしかない。教えられたそれらしき場所で待つこと一時間以上。地元のおじさんも同じく待っていた。せっかく温泉浴をしたのに、イライラと時間を過ごしたせいか汗もかき不快になったが仕方ない。

 その時一台の事が猛スピードで目の前を通りぬけた。何と無謀な運転だ、と目を見張っているうちに道路をはみ出しヤブの中に突っこんで止まった。隣のおじさんが駆けて行った。運転者が車から出てきて、ボンネットを開けてなにやらしている様子。再び車をバックさせ、元の道路に戻ってきた。おじさんが呼んだので乗せてもらえることになったのだ。大丈夫かな?このボンコツ車、アクセルが元に戻らなくて止まらなかったというのに…。だが他に車が来ないのだから、乗せてもらうしかない。いざという時、車から飛び出せるよう、ドアロックが開けられれば、と捜したが、壊れていた。外からでないと開けられない始末。乗ったからには運は天に任せようと観念した。生きた心地のしない十五分間だった。どうにか主要道路のバス停に出てホッと一息ついたが、とんだ温泉行きだった。

 ところで旅をするにあたっては、まずおおざっぱな計画を立てる。実行の段階では、状況次第で計画の変更も柔軟に。宿や交通機関を予約すれば、却って行動の制約を受ける。後ろ髪を引かれる思いはしたくないし、二度と来られないかも知れぬ土地、気にいれば滞在を延長、気にいらねば省略する気ままさがあってよい。予約がないことの不安もあろうが、「心配しないで!」と言いたい。たとえ出迎えを予約してあっても、その時の事情で相手が来られないことだってある。一人旅の体験はとっさの判断の訓練にもなる。

 提案をひとつ。海外ビジネスで現地法人に出張する場合、迎えなどしてもらわない方がよいと思う。国際感覚を体得するためにも、事務所やホテルまで一人で行っていただく方が好ましい。海外で、初めから日本人に会って、日本語を使って、日本食を食べたのでは、グローバルに仕事の出来る人間は育たない。まずその国を体験し、人々に交わることだ。

 本稿では紙面の都合上第二部は中南米中心になったが、次稿では「地球千鳥足」としてより広範囲に及ぶ国々の旅を紹介したく思っている。

 旅を通じて思うこと。とっさの判断を要求される場面や文化、習慣の違いから起こる問題への対応と、みずからの汗を流さざるを得なかった体験は、長く脳裡に刻まれる。私の族は緊張感と解放感が隣り合わせで大変楽しいものだった。もちろん日本の生活は忘却のかなた。旅は私にとって心身の活性化、老化防止、つまり「予防医学」そのものなのである。
      (二〇〇二年四日

『万年青年のための予防医学』 文芸社



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美味懐古 №5 [雑木林の四季]

クイーン・アリス

             加茂史也

  前説・世の中の移り変わりに消えていった店がある。1950年代から1970年にかけ東京   
  にあった店。今も憶えている店。そんな店を心の内に訪ねてみた。

六本木の交差点から青山へ向かう坂道を降りて中程、西麻布にクイーン・アリスの店がある。オーナーシェフ石鍋裕が構築した白色で統一した洒落た洋館だ。ヨーロピアンスタイルの室内は、豪華なインテリアで魅了する。部屋が明るい。

石鍋さんは1948年の横浜生まれ。19歳で料理人の道を選び、東京の何軒かの店で修行。
28歳でフランスへ渡り、名店マキシム・ド・パリ、ヴィヴァロア、ムーラン・ドゥ・ムージャンで働いて帰国。六本木“ビストロ・ロテュース”のシェフを6年問勤めて1982年にこのクイーン・アリスを創設した。

多くの女性雑誌に取り上げられているからだろう。着飾った若い女性が席を占めて賑やかな話し声。
白衣の石鍋さんがテーブルをめぐってにこやかに声をかける。それに応える客の歓声が潮騒のようだ。

 メニュー
  桃のカクテルミント風味と揚げ春巻きのカレー風味
  ホタテ貝のコート・ダジュール風
  フォア・グラのソテー、茄子添え
  ヴィシソワーズ
  軽い自家製のスモークド・サーモン
  山ブドウのグラニテ
  牛ヒレ肉網焼き
  鴨のステーキ・黒ごま風味
  骨付き仔羊のバジリコ風味
  仔牛の舌のアリス風網焼き

私は
  ホタテ貝のコート・ダジュール風
  ヴィシソワーズ
   骨付き仔羊のバジリコ風味
を注文した。なぜか皿の上の飾り付けが洒落ている。細やかな味の仕上がりだ。量も適当にあって人気を呼んでいる理由を納得。

  「いったい、美味しさとはなになのでしょう。
  汽車に乗っているあなたが、同じ速度で走る汽車を車窓に眺める時、まるで自分の汽車は動いていないかのように思うのと同様に、美味しさも相対的なものだと言えましょう。
  美味しさが単に皿の上だけにとどまらず、皿が登場する背景をも含んでしまうこと、これは、レストランのサーヴィス、雰囲気、料理の旨さ、というギード・ミシュランの三大定義ではひとまとめにできない、美味しさの魔術です」
      -『石鍋裕のすペシャリテ』- 
                             -                            
1980年代にレストランチェーン「クイーン・アリス」を各地で経営していたが、現在は横浜ベイホテルの東急内の店舗のみで営業している。。


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夕焼け小焼け №49 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

平和と独立の配布・小河内村山村工作隊 1

             鈴木茂夫

 昭和26年11月10日火曜日。
 党の細胞会議が開かれた。文学部地下のソビエト研究会の部室でだ。40人でタバコの煙が充満している。
 私は露文科のクラスの党員や文学部の前の広場によくいる党員学生と話しあううちに、ずるずると党組織・細胞の会議に顔をだすようになっていた。党員ではなく党の支持者・シンパとしてでいいという条件でだ。だから党費を払ったことはない。
 日本共産党新宿地区委員会で学生を担当している常勤の林田が話し始めた。
 「同志諸君、党が進駐軍や治安当局の弾圧を受け、幹部は地下に潜り込む緊迫した情勢になっている。われわれの置かれている状況を簡単に述べ、行動目標を明らかにしたい。
 さる2月23日、第4回全国協議会・4全協が開かれ『軍事方針』が提起された。
『敵の軍事基地の拠点の麻痺・粉砕』『軍事基地、軍需生産、輸送における多種多様な抵抗闘争』『意識的な中核自衛隊の結集』『自衛闘争の中からつくりだされる遊撃隊』などが発表された。党地下軍事組織は『Y』と呼ぶ。また山村地区の農民を中心として全国の農村地帯に『解放区』を組織することを指示した」
 林田はそこでタバコに火をつけた。
「10月には第5回全国協議会・5全協が開かれた。『日本共産党の当面の要求――新しい綱領』(51年綱領)が採択され、「われわれは、武装の準備と行動を開始しなければならない」とする軍事方針が打ち出された。その骨子は『 われわれが軍事組織をつくり武装し、行動する以外にない。われわれの軍事的な目的は、労働者と農民のパルチザン部隊の総反抗と、これと結合した、労働者階級の武装蜂起によって、敵の兵力を打ち倒すことである。同志諸君には、軍事方針の徹底のため,頑張ってもらう」
 それだけ言うと林田は去った。
 執行部の杉谷は
 「軍事方針およびYの担当任務については個々の同志に連絡する。同志鈴木には平和と独立の配布責任者になっもらおう」
 非合法機関紙「平和と独立」は、1950年8月に創刊されたタブロイド判だ。この編集、発行、所持にかかわると,ポツダム政令325号違反として逮捕され、進駐軍の軍事裁判にかけられる。
 私は仕事をはじめた。指定された無人のポストへ行き、新聞の包みを受け取り、今度はそれを別の何カ所かのボスとに配布するのだ。
 はじめて指定された集配ポストへ行く。  
 大隈講堂を後にして、郵便局、蕎麦屋金城庵を過ぎる、都電の早稲田停留所前だ。電車道から神田川にかかる豊橋を渡る。通りの両側には雑貨屋や八百屋、魚屋が軒を並べている。
 そこから4つばかりの丁字路や十字路を過ぎて直進。その右手に木造二階建てのアパートがある。そこの木造の階段の下に、10数個の郵便受けがある。その中の一つにハトロン紙で包んだ「平独」があった。私は包み紙を肩で担ぐようにした。重い。
 通りがかりの理髪店に私の姿が映っている。長く伸びた髪、すり切れた背広、陸軍払い下げの編み上げ靴、それは明らかに左翼学生の姿だ。これでは警察に怪しまれても不思議ではない。姿形を普通の学生のように変えなければいけない。
 私は帰宅して、「平和と独立」を開いてみた。

    平和と独立 第68号 1951年11月5日
   主張
   第5回全国協議会の実践に立ち上がれ
   わが党は、凶暴な弾圧に抗して、10月はじめ第5回全国協議会を開催した。この会議
   には地方党機関紙の代表、主要な大衆団体グループ代表、および中央党機関の同志が
   参加した。
   この会議は、わが党にとって歴史的な重要性を持つものである。
   第20回中央委員会によって決定された「日本共産党の当面の要求・新しい綱領草案」の
   審議を終結し、大会に代わって満場一致これを採択した。
   この綱領草案は、発表以来全党に感激を持って迎えられ、かつてない熱心な討議が全
   細胞で行われた。
   全国協議会は、この細胞の討議を基礎に、これを審議したのである。
   これによって綱領は、全党の行動の基準となり、全国民の勝利の旗印となった。
   わが党は、既に規約で定められている通り、この綱領を認め、党費を規則的に納め、   
   党の一定の組織の中で活動するものの組織であり、この綱領に反するいっさいの分派
   思想や分派組織を許さない鉄の規律によって固められているのである。
   われわれは今後この綱領と規約によって党の団結を一層強めなければならない。

 党の軍事方針の対象とは何を想定しているのか。日本の警察権力か、アメリカ占領軍のいずれかか、その両方なのか。
 日本共産党は、国際共産党の指導機関であるコミンフォルムが、日本共産党の方針を批判したことで党内が分裂状態となり、武装方針に変更したのだ。党は独立自主の党ではないことは明かだ。
 私は軍事方針の必要なことの理由が分からない。と同時にその相手が巨大であることに怖れを感じる。
 戦後の日本共産党の叫び声は、焼け跡の町に明るく響いた。占領軍を解放軍とし、議会で活動をする姿は悪くなかった。だが共産党は場合に応じて七変化するのか。
 名状しがたい疑いを抱きながら,私は共産党の方針に従っている。

 1952年(昭和27年)3月31日午後。
 緊急細胞会議だという。文学部地下のソビエト研究会に党員が集まった。
 細胞指導部の村山が口を開いた。
 「きわめて重大な事態が発生した。一昨日29日の早朝、国家地方警察東京都本部は、青梅、五日市、福生、八王子の各警察署に指令。約100人の警官隊を動員して、小河内村に定住して活動していた同志23人を逮捕した」
 発言を求める声。
 「俺たちが小河内へ行こう」
 「指導部としての意見も、小河内村の拠点は守り抜くとした。早稻田の細胞は弾圧に屈しない。新たな第2次山村工作隊を派遣することにしたい。その氏名は指導部に一任してほしい」
「異議なし」
「指導部としては、明朝先発隊10人を送り出す。その任務は寝泊まりする場所を確保する。食器、毛布を運び込む。つぎに今度の日曜日の6日、本隊として約20人を送り出す。学内の文化団体に呼びかけ、平和ハイキングとして行こう」
 私は第2次本隊に指名された。「平独」の配布で、かなり露出しているので、その任務は終わって小河内に行くというのだ。手当たり次第、危険な仕事を回してくるようだ。


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線路はつづくよ~昭和の鉄路の風景に魅せられて №237 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

熊本・肥薩線   

           岩本啓介                                                                                                              
球磨川第1橋梁を渡るキハ40 

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2020年7月3日からの豪雨で球磨川流域では甚大な災害が発生、第一橋梁が崩壊しました                                                                            
60数年ぶりの帰省した時の写真です。この時は水害前で 橋梁も健在でしたが・・・   
この景色が再び見られる事を期待しています                                                                                                            
2015年10月12日11:35


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押し花絵の世界 №214 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

「ビオラと粉雪のスマホケース」

           押花作家  山﨑房枝 

2024.12月上.jpg
 
冬のガーデンを可愛らしく彩ってくれるビオラをメインに、キラキラ輝く冬の夜をイメージしながら粉雪のような白いレースフラワーをふわりとアレンジして、仕上げに金箔を散りばめました。


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赤川ボンズと愉快な仲間たちⅡ №66 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

そのこ人形 4

       人形作家  さとうそのこ

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多摩のむかし道と伝説の旅 №135 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

           多摩のむかし道と伝説の旅(№31)
      -古歌に詠われた向ノ岡から多摩の横山道を行く-1
                原田環爾

 万葉の昔、多摩丘陵は多摩の横山と呼ばれた。縦の川としての多摩川に対し、その右岸一帯に横へ長々と伸びるなだらかな丘陵を総称して多摩の横山と呼んだ。多摩の横山には古代、辺境の防備兵として北九州へ赴いた防人達が歩いた道筋や、中世の頃、東国の武士達が武門の都鎌倉との往還に踏み固めた古道が残されている。その横山の尾根筋には今日都市基盤整備公団によって全長9.5kmの「多摩よこやまの道」が整備されている。また多摩の横山の東端の多摩川を望む連光寺辺りは古くから向ノ岡(むかいのおか)と呼ばれた。武蔵国の国衙があった府中から多摩川の対岸に優美な丘が望めたことからこの名があるのであろう。明治天皇の行幸の地としても知られ、丘陵上には広大な桜ヶ丘公園がある。多摩の横山には万葉集に多摩の防人の妻が詠んだ歌が、また向ノ岡には平安朝の歌人小野小町の詠んだ歌が残されている。今回はこれら古歌に詠まれた向ノ岡から多摩の横山を辿る旅をしたい。。京王聖蹟桜ヶ丘駅を出発し大栗川と乞田川の合流点を経て向ノ岡に上り、桜ヶ丘公園を抜け。多摩東公園近傍の丘の上広場から多摩よこやまの道に入る。よこやま道には唐木田までの東路と唐木田から長池公園までの西路がある。本稿では東路を終着小田急線唐木田駅までの実踏経験を詳述し、西路については伝説等を簡潔に紹介する。以下3章(Ⅰ向ノ岡、Ⅱよこやまの道東路、Ⅲよこやまの道西路)}に分けて順次解説する。

31-1.jpg

[Ⅰ]古歌に詠まれた向ノ丘を行く

WS012 のコピー.jpg 聖蹟桜ヶ丘駅から車が行き交う賑やかな川崎街道に出る。街道に沿って東へ進む。歩道に楽人のプラッツ像という面白い彫像が立っている。鎌倉街道との大きな交差点に出る。交差点を渡って街道の東側歩道に入る。新大栗橋で大栗川を渡り、その橋の袂から川沿いの小道に入るとそこは乞田川との分岐点になっている。分岐点の乞田川の上には向ノ岡橋という名の小橋が架かっている。小橋の袂から大栗川の下流を望むと向ノ岡の丘陵へ上がって行くように一定の勾配をつけて架かる大きな新向ノ岡橋が目に入る。向ノ岡は古より多摩の横山の一つとして和歌にも詠われた丘陵だ。乞田川左岸に沿って堤の道を進むと程なく行幸橋と呼ぶいかにも一時代昔の名前の橋と人道橋がある。かつて明治天皇がこの地で兎狩りをした折に渡ったことを記念して名付けられたのであろう。ここから向ノ岡の丘陵越えが始まる。

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 行幸橋を渡り上り坂を左にカーブしつつ上って行く。坂道の途中左手には春日神社があるが、切り通しの上なのでうっかりすると見過ごしてしまう。由緒書によれば連光寺一帯は稲毛三郎重成の所領で、平安末の治承5年WS013 のコピー.jpgWS014 のコピー.jpg(1181)建立という。小さな神社であるが境内に大欅が2本立っている。更に坂道を進むとバス停「春日神社」があり、そのすぐ横の丁字帯から右側の丘陵に立ち並ぶ住宅街へ入る記念館通りと言う道がある。都立桜ヶ丘公園はこの記念館通りに入るのであるが、それは一旦後に回して、先にこの近くにある2つの旧跡に立ち寄ることにする。
 バス停先から左斜めに入る街路を採る。道は大きく右に回WS015 のコピー.jpgり込む上り坂となり、上がり切ると川崎街道に架かる桜橋の袂に至るのであるが、その途中に対鴎台公園という一風変った名の公園がある。園内の奥には「明治天皇行幸所対鴎荘」と刻んだ石碑が立っている。対鴎荘とは明治維新で活躍した公卿三条実美公の別荘に由来する。別荘は元は隅田川河畔の橋場(台東区)にあったもので、三条実美が明治6年(18733)に建てた。明治天皇は征韓論の政争で病に倒れた実美公を対鴎荘に見舞いに訪れたという。実美の死後、対鴎荘を買い取った豪商が昭和4年(1929)保存のために多摩の連光寺に移築した。当初は観光客も多く訪れ、戦後は料亭として利用されたが、老朽化が激しく昭和63年(1988)取り壊された。そこで近年対鴎荘のあったごく近くのこの高台にその名に因んで対鴎台公園が整備されたという。(この項つづく)


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