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『知の木々舎』第287号・目次(2021年4月上期編成分) [もくじ]

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【文芸美術の森】

ケルトの妖精 №48               妖精美術館館長  井村君江
   あとがき
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-8

じゃがいもころんだⅡ №39             エッセイスト  中村一枝
 毎日が春の雨
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-14-5

渾斎随筆 №78                        歌人  会津八一
 街上の文化 
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-6

石井鶴三の世界 №184               画家・彫刻家  石井鶴三
 法隆寺中門仁王 1963年/法隆寺中門仁王・阿形像 1963年 
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-7

過激な隠遁~高島野十郎評伝 №48      早稲田大学名誉教授  川崎 浹
  第七章 「小説なれゆくはて」 12
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-5

西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い!」№55 美術史研究家 斎藤陽一
 歌川広重≪東海道五十三次≫ 「三島朝霧」
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-4

往きは良い良い、帰りは……物語 №93  俳句・こふみ会同人  多比羅 孝
  コロナ禍による在宅句会 その8
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-3

【ことだま五七五】

日めくり汀女俳句 №79               中村汀女・中村一枝
 八月十九日~八月二十一日
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-2

草木塔  №85                       俳人  種田山頭火
 旅心 1
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-1

読む「ラジオ万能川柳」プレミアム №108            川柳家  水野タケシ
 3月17日、24日放送分
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-30

【核無き世界を目指して】

はるかなる呼び声 №12                               作家  中山士朗
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-12-7

【心の小径】

論語 №117                                                     法学者  穂積重遠
 三六五 子のたまわく、驥(き)はその力を称せず、その徳を称するなり。
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-28-1

批判的に読み解く「歎異抄」№25     立川市・光西寺住職   渡辺順誠
 「歎異抄」の著者(唯円)の立場  歎異抄の批判的読解
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-28

【文化としての環境日本学】                     

日本の原風景を読む  №22                       早稲田大学名誉教授 原 剛
 山 天に掛かる岩の梯子 磐梯山        
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-28-8

【雑木林の四季】

浜田山通信 №284                                 ジャーナリスト  野村勝美
 人類最悪の愚行
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-29-6

私の中の一期一会 №234          アナウンサー&キャスター    藤田和弘
 ワクチン接種は予定通りに行きそうもない。コロナ治療薬はまだ先・・・
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-29-7

BS-TBS番組情報 №231                               BS-TBS広報宣伝部
 2021年4月のおすすめ番組(上)
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-29-5

バルタンの呟き №94             映画監督  飯島敏宏
 「春ですが・・・」
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-29-4

医史跡を巡る旅 №85            保健衛生監視員  小川 優
 江戸のコレラ~安政五年 長崎、京都そして大阪
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-29-3

海の見る梅 №4                                渋澤京子
 April in Paris                    
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-29-2

梟翁夜話 №84                               翻訳家  島村泰治
 「新Nボックス来る」
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-29-1

検証 公団居住60年 №76  国立市富士見台団地自治会長 多和田栄治
 小泉「構造改革」と公団住宅民営化の道 
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-29

地球千鳥足 №141    グローバル教育者・小川地球村塾塾長  小川彩子
 「生涯精進!(母84歳)」、「直進!(父88歳)」の遺訓、守れているかな?
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-02-13

【ふるさと立川・多摩・武蔵】                                                   

道つづく №7                       鈴木闊郎
 念佛
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-28-6

線路はつづくよ~昭和の鉄路の風景に魅せられて №171         岩本啓介
 しなの鉄道    
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-28-5

押し花絵の世界 №131                                押し花作家  山﨑房枝
 「桜色のスマホケース」
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-28-4

ミツバチからのメッセージ №43 造園業・ミツバチ保護活動家  御園 孝
 イタリア 3
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-28-3

多摩のむかし道と伝説の旅 №59              原田環爾
 中世の軍道、深大寺道を行く 5
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-28-2

国営昭和記念公園の四季 №79
  チューリップの森
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-31-1

【代表・玲子の雑記帳】           『知の木々舎 』代表  横幕玲子
https://chinokigi.blog.ss-blog.jp/2021-03-29-8





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ケルトの妖精 №48 [文芸美術の森]

あとがき

        妖精美術館館長  井村君江

 本書はイギリス各地方に伝わる伝承を、柳田国男の『遠野物語』のように「昔ばなし風な語り口」で書き下ろしたものである。アイルランド、コーンウォール、イングランド、スコットランド、ウェールズ各地方に特有の風土(ある土地の気候、気象、地味、地形、景観の総称 - 和辻哲郎¶風土』 による) からは、特色ある容姿、服装、性質を備えたグロテスクで恐ろしい、または優美なそしてコミカルな妖精たちが生まれ、昔から現代に至るまでの人々の間に息づいている。その中から代表的な妖精の、面白い話を選んでみた。妖精はケルトの神々と密接に関連し、またアーサー王伝説との結びつきも深いので、それらの中からも幾つか選んだ。古代では恐ろしい存在とされ、触れないほうが賢明と避けられてきた妖精を今日見るような人間に親しい小さく美しい存在という映像に定めたのはシェイクスピアである。彼の劇作晶『夏の夜の夢』 の中から代表敵な妖精も取り上げておいた。
 こうして見ると、「民間伝承」「神話」「伝説」「文学」の領域にわたった、各種の妖精が登場することになった。以前『ケルト・ファンタジィー 英雄の恋』の挿絵を描いた画家の天野青草氏が、レプラホーンやピクシーなど独特の妖精を視覚化してくれた。創造の筆を自在に飛翔させる天野氏の筆敵は、繊細で天衣無縫で、この世に執着しない妖精に相応しく、物語の世界の雰囲気をよく醸し出してくれている。
 コーンウォールでは、ピクシーやノッカーたちと人間が織り成す不思議な話を集めたパンフレットが毎年新たに出されている。この夏もコーンウォールから帰った私の鞄のなかには『コーンウォール昔話』(D・ロー)『コーンウォール古典逸話集』(P・ホワイト)『ピクシー物語』(F・コッカートン)などが入っている。コーンウォールでは自分の住んでいる土地に対する愛着、いわば郷土愛は驚くほど強く、このような本を書いたり、郷土の文化に貢献のあった人々は、毎年九月の第一土曜日に行われるコーンウォールのケルト祭「ゴーゼス・ケルノー」でバード(吟遊詩人)に選ばれ表彰される。今年はリスカードの町で祭典は行われ、麦の穂を持った豊作の女王と十二人の妖精たちの踊りや、アーサー王のエクスキャリバーを捧げ持った人、それに続く青い衣の三百人のバードたちがハープに合わせて歌う賛歌、そして祈りの儀式などが盛大であった。まさにアーサー王物語、妖精伝承、ケルト神話の世界を目の当たりにする思いがあった。こうした人々によって妖精たちは命を吹き込まれ、現代に生かされているのである。
 九月一日の『デイリー・テレグラフ』誌を開けると、シシリー・パーカーの可愛い花の妖精画と、「コティングリー・フェアリー事件」 の少女エルジー・ライトを囲む妖精たちの写真(当時真贋を巡って話題になった)が掲載され、それに挟まれるようにスコットランドの英雄ウィリアム・ウォレスを描いた『プレイプ・ハート』を監督、主演したメル・ギブソンの写真が目に入った。
「妖精は幻想の飛行のために羽を広げた」という題の下に、彼が今、「コティングリー・フェアリー事件」の映画をハリウッドで制作中(メル・ギブソンはアーサー・コナン・ドイル役)という記事を中心に、「国立妖精愛好会」(NFAS)がイギリスで昨年夏に結成され、すでに六百人のメンバーを数えること、オーストラリアのメルボルンに三百に近い妖精グッズ店ができていること、これらにはロンドンのおもちゃのデパート「ハムレイズ」に一九九四年、五年と展示された妖精人形のクリスマス・ディスプレイの刺激が大きかったことなどが書かれていた。この記事の中では残念ながら日本の事情には触れられていない。しかしわが国では「フェアリー協会」なら四年前の一九九二年にすでにできているし、フェアリー・グッズの店などではなく、芸術性の高いヴィクトリア妖精絵画を主体にした「妖精美術館」が一九九二年には開館している(福島県金山町、井村君江館長)。「ハムレイズ」のウィンドウの十三体の妖精人形たちや花々は、いま全部東京・日野のわが家に来ている。
 一九九七年にはロンドンのロイヤル・アカデミー、スコットランドのナショナル・ギャラリー、アメリカのアイオワ大学美術館で、妖精絵画展が予定されているが、その翌年の一九九八年には、わが国の東京、大阪、名古屋で1妖精の世界展」(朝日新聞主催、大丸美術館)が行われることになっている。まさに二〇世紀世紀末の現在、洋の東西を問わず、妖精は羽を広げて人々の間に幻想と夢をもたらしているといえよう。
 妖精は森や木や草や花、湖や丘に住む自然の精霊である。都会のメカニカルな文明に渇きを覚え、自然の潤いを求める人々の心に、そうした自然の息吹を妖精が運んでいるのであろう。ビルが立ち並び車が走る物質文明は、妖精たちを二度追いやってしまったが、物質文明の限界を知ってしまった人々は今、目に見えないもの、心を尊重する方向へ向かっているように見える。木々が美しく茂り、花が咲き、川が澄めば、妖精たちは再び帰ってくるであろうが、目に見えないもう三の世界を心の中に広げれば、それは心の豊かさ、心の余裕に通じていく。
 妖精の翼にのれば、限りあるこの現実の時間も空間も自在に越えられる。創造力は超自然を自在に飛翔できるからである。妖精は都会と地方、東と西、古代と現代、現実と超自然、物質と心、こうした二つの世界の境界を自在に飛び回り、未知の消息をもたらしてくれる。古代の人たちがもっていたような素朴なこころ、澄んだ感性、おおらかな気持ちが妖精とつきあうには大切であろうし、妖精の発信する消息を受け止めるアンテナを出していることも大切であろう。妖精は信じる人の心を糧に生きるものなのである。

『ケルトの妖精』 あんず堂


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石井鶴三の世界 №184 [文芸美術の森]

法隆寺中門仁王 1963年/法隆寺中門仁王・阿形像 1963年

       画家・彫刻家  石井鶴三

1963法隆寺中門仁王.jpg
法隆寺中門仁王 1963年 (197×148)
1963法隆寺中門仁王・阿形像.jpg
法隆寺中門仁王・阿形像 1963年 (202×184)


 **************  
【石井 鶴三(いしい つるぞう)画伯略歴】
明治20年(1887年)6月5日-昭和48年( 1973年)3月17日)彫刻家、洋画家。
画家石井鼎湖の子、石井柏亭の弟として東京に生まれる。洋画を小山正太郎に、加藤景雲に木彫を学び、東京美術学校卒。1911年文展で「荒川岳」が入賞。1915年日本美術院研究所に入る。再興院展に「力士」を出品。二科展に「縊死者」を出し、1916年「行路病者」で二科賞を受賞。1921年日本水彩画会員。1924年日本創作版画協会と春陽会会員となる。中里介山『大菩薩峠』や吉川英治『宮本武蔵』の挿絵でも知られる。1944年東京美術学校教授。1950年、日本芸術院会員、1961年、日本美術院彫塑部を解散。1963年、東京芸術大学名誉教授。1967年、勲三等旭日中綬章受章。1969年、相撲博物館館長。享年87。
文業も多く、全集12巻、書簡集、日記などが刊行されている。長野県上田市にある小県上田教育会館の2階には、個人美術館である石井鶴三資料館がある。


『石井鶴三素描集』形文社

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渾斎随筆 №78 [文芸美術の森]

街上の文化

            歌人  会津八一

 年末年始の新潟の市街の賑はひは、ほんとにたいしたものだ。ことに私のやうに、五六十年も前の、もとの新潟の寂びれはてた姿をまざまざと記憶してゐるものの目には、ほんとに夢のやうな欒り方だが、その賑はひの中を、ぶらぶら歩きながら、いくらか私の気にかかることが無いでもない。
 昔の新潟の街では、何所へ行つても、看板や掲示などを、英語で書いたのはなかった。ただ所々の町角に、木で作った四角の柱のやうな郵便箱があって、その差入口に、POSTの四字が横に書いてあつたのを覚えてゐる。これは、その頃は、もう残り少くなって、殆どそれぞれの本國へ引き上げて行った外國人のための心使ひであったらしい。ところが、今の新潟の市中は、どこへ行つても、商店のひさしにも、店の中にも、英語が氾濫してゐる。これは、アメリカの人たちもこちらに住んで居るからでもあらうが、それにしても、私などには全く無茶としか思はれないやうなまちがひが多いのには、驚くよりはかない。
 まづ商店の看板には、その店の商賣を正しい英語に話しもせずに、日本語の読み方のままに、それをローマ綴りにして、クスリヤをKUSURIYA、クツ屋をKUTSUYAとかいつた風に、れいれいと書かせておくのが、かなりたくさんある。一體これは誰に見せるための看板か、私にはわからない。アメリカさんが見ても、何を賣るのかわからないし、日本人でも、ローマ字の讀めない人には、何の店ともわからない。つまりこの店は、外国の文字で看板を書いておくほどに、進歩的な店だといふことを同胞の日本人に見せつけるためといふよりほかに、何も意味の無いやり方だ。私などが學校を出たばかりに、東京で中學校の教師をして居る頃に、その學校の近くに、SEIJOTENといふ看板を出してゐる店があることを聞いたが、何うした商賣か想像がつかぬので、よく査べて見たら、それは畳屋であった。それを、そのままTATAMIYAとすれば、日本人なら誰でもわかるところを、少し気取って「製畳店」といふ新語を作り上げて、それを、そのままローマ字に書かせたために、誰一人として読めない看板が出来上ったわけだ。しかしこれは四十年も前の昔噺であるから、新興の北海の大都會を目ざす新潟の、しかも目ぬきの大通りで、そんな不見識な眞似くち繰り返したくないものだ。外國の文字さへ使へば高尚だとか立派だといふのは、二流三流の國民を以て自ら任じてゐることを天下に廣告してゐると同じことだ。立派な英
語なり、併蘭西語なり、獨逸語なりで書いても、それはそれでよろしい。が日本語を日本の文字で正しく書く方が、もつと大切なことだといふことを、皆で、よく承知してもらひたいものだ。
 けれども、伺うしても外國話で書かなければならないところは、それぞれの國の人たちがそれてを見て、よくわかるやうに、はっきりと立派に書いて貰ひたい。そこで、この市で、道路工事の時などに、「諸車止め」といふことが、英文で、エナメル製の制札となって用ゐられるが、その文句は、形容詞も、名詞も、前置詞も、動詞も、ぎっしりと一とつづきになってゐて、急いで読みにかかつても何のことか解りかねる。そのために諸車が止まらなければ、これこそ危険な制札といふべきだ。こんなところは、やはり漢字か假名で、明瞭に願ひたい。さもなければ、もつと正しく英語でやつてもらひたい。随分つまらぬことをやかましく云ひたてるやうに思ってはならない。かうするのも文化生活向上の一つの手だてだ。
 それから、少し汚ない話になるけれども、市中にある共同便所には、漢字は一つもなく、ただ英語でW.Cとある。これはいふまでもなくWATER CLOSETを省略したものだから、略したしるしに小さい點がWの下にもCの下にもあるべきところを、新潟のにはCの方にそれがない。無ければ何のことか解らなくなるといって、ひどく心配するほどのことでもないが、いやしくも市營のものにこんな誤りがあるのは、こんな點からも、市そのものの文化的水準の低さが見くびられる證據にならないとも保證が出来ない。
 道路工事でも便所でも、いづれも市役所のご管轄かと思ふが、あの立派な市役所の建物の、向って左の端の入口に、何とか協會とでもいふものの看板を、英語で書いたものが出て居た。それは私が罹災して故郷へ帰って来た頃のことだ。その看板では ASSOCIATIONとあるべきところがASSACIATI0NとなってゐたのでASSASSI2ATI0N(暗殺)といふ物騒な言葉を聯想して、あの前を通るごとに、私はいつもひそかに、陰気な不愉快な恩ひをしてゐたものだ。
 それから、これは市の方のご関係でないかもしれぬが、何年か前に、今のC・L・Eの圖書館が立派に新設されて開館式のあった時に、私なども招待を受けて行って見ると、出来たばかりの表門の扉に刻まれてゐる英語に一字まちがひがあるので、私は、ほんとに御気の毒でならなかった。しかしそれを気にする人があまり見當らないので、何うかと思って帰ってくると、その後暫らくして前を通って見ると、立派に造り直されてゐた。たぶん、アメリカさんから目玉の飛び出るほど叱られて大急ぎに直したのであらう。市にせよ、縣にせよ、そのやり方は随分いい加減のものだといはなければならない。
 私は、ついいろいろと恨まれ口を叩いてしまったが、私には、自分の郷里をもつと文化的に向上させたいといふ一心のほかに何の心もないものだといふことを、ここに特に念を押しておく。そして市の營局者たちも、負けをしみのやうな言譯などはやめにして、もつと文化的な向上を、われわれ新潟市民に、遂げさせるやぅに、態度を改めてかかってほしいものだ。
                         『新潟日報』昭和二十九年一月一日

『会津八一全集』 中央公論社

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過激な隠遁~高島野十郎評伝 №48 [文芸美術の森]

第七章 「小説なれゆくはて」 12
 
      早稲田大学名誉教授  川崎 浹

「命のキケンさえ感じる」

 九月一日
 柏に出て局に行き特別配達郵便受け取る。差し押さえの件について尋ねるから、二十八
日出頭せよとの通知だ。何のことか分からないがとにかく期日はすでに過ぎている。仕様
もない。

 九月二日
 昨日買ってきた園芸用コテで玄関前のクソをはぎ起こして片づける。

 九月三日
 とにかく弁護士に相談してみなくては分からなくなったので出かけ、光ケ丘に廻って米
屋で米、石油等を注文して松戸廻りで姪の斐都子(ひずこ)の夫で弁護士の田場川を訪ねる。幸い在宅、すぐ裁判所に電話していたが今度は別に屋敷を差し押さえている。これについて高島の言い分を訊問するのだそうだが局からの通知で高島通知書受けとったと裁判所に知らされていた。道理で何の事だか分からなかった。今度は十九日十一時との事、一緒に行ってくれる事、相談に行ってみてよかった。

 九月四日
 朝から工事はげしく始める。玄関前の侵略はげしい。池を埋め玄関前の通路西側の木も
草花も一挙に埋め立てた。裏にも土盛り始めた。全く一せい攻撃音と震動で家の中に居ら
れない程。十時頃田場川夫妻来た。どこから入ってきたのか勇敢に越えてきたらしい。妙
な二人が来たと工事一寸静かになった。松戸裁判所に行って調べて見る処だから委任状を
サインしてくれとのこと、三枚書く、急いで去った。その後叉工事はげしく始めた。画室
の建物まで土を推して来た。北の方は松の木など四方からどんどん押してくる。
 昼頃京都からケガ見舞い送って来た小包配達員も玄関に来て驚いている。こんな事見た
のは初めてだ、ひどい事だ、うんと賠償取っていいじゃないですかなどと言っていた。全
く家はもちろん命のキケンさえ感じる。その上出入り不能にするためか山のように土を盛
り、裏の方だって向こうの森が見えない程三メートル位高い土盛り。
 二時頃米屋持って来た、よく土盛りの上を来たものだ、土方達米や石油を運び込むのを
見ていて変な顔をしている。まだロージョウするのかと不思議な顔。
 昼過ぎ事務員が親方を事務所まで来てくれと呼びに来た。事務所二階から仕事の様子を
双眼鏡で見て指令しているのだろう。今日の攻撃は全く工事とはいえない。この家をつぶ
す一斉攻撃だ。エンコン、フクシユウのシウチだ。夜になってゴミ捨てに一寸裏に出たら
山の森でバサッという音がした。たしかに人間の音。

 九月五日
 朝、土佐組の連中らしい声がしていたが、いつの間にか消えてしまった。土方も車も土
佐組は一つも見えない。引き上げて行ったらしい。もしかしたら弁護士裁判所からストッ
プかけさせたのか。今日は静かだ。向ふ山の方では前からいたブルドーザー連東山に集ま
って休止していたのか、下りて来て道の方や向ふ山などをそろそろとやっている。三時半
頃になって裏口に首長い溝堀機が来て台所からまっすぐに溝を掘り始めた。その土を庭の
柿の横につみ上げて高く盛り始めた。前の高い盛土の頂上に事務員が一人立って見守って
いる。裏は盛土山と溝で全く出入り不能、この首長車には東急建設と書いてある。

『過激な隠遁~高島野十郎評伝』 求龍社


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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №55 [文芸美術の森]

                       歌川広重≪東海道五十三次≫シリーズ

           美術ジャーナリスト  斎藤陽一

                            第6回 「三島朝霧」

55-1.jpg


≪朝霧の中へ旅立つ≫

 箱根の峠を下ると三島宿に着きます。上の絵は、「東海道五十三次」第12図の「三島・朝霧」です。このシリーズの中でも、とりわけ斬新な技法が使われています。

 描かれているのは、早朝の朝霧の中、三島宿を旅立つ人々の姿ですが、中央の駕籠と馬の旅人一行が輪郭線と彩色によってはっきりと描かれているのに対して、それ以外の背景はすべて、霧に煙るシルエットとして表現されています。
 右側の鳥居と社は三島大社ですが、青と墨色のシルエットで表わされています。背後の森や家々もそうですね。
 左側には、徒歩で旅立つ人たちの姿も、青と墨色のシルエットです。
 さらによく見れば、中央の一群以外のすべては、輪郭線を用いず、濃淡の色の組み合わせとぼかしによって描かれています。

 このような描法によって、霧に包まれたおぼろげな光景と、まだ眠りから完全には覚めていない宿場の静寂さが見事に表現されています。

≪後ろ姿の旅人≫

 もうひとつ、広重描く「旅もの」の人物表現の特徴を指摘しておきます。

 それは、「笠で顔を隠しうつむき加減に歩く姿」、とりわけ「後ろ姿の旅人」という描写が多い、ということです。

55-2.jpg この絵では、中央グループの中で駕籠かきや馬子は顔を見せていますが、旅人たちは皆、笠で顔が見えない。
 また、左にシルエットで描かれた旅立つ人たちは、後ろ姿に描かれている。
 旅人たちのこのような描写によって、哀愁を帯びた旅の情感が醸し出されるのです。

 この絵では、そのような人物描写により、早朝の旅立ちの押し黙ったような、物憂い気分が見事に表現されています。
 これが、広重絵画の「俳味」であり、広重の絵を見ると、「俳句のひとつでもひねってみようかな」という気分にさせられるのです。

 話の流れついでに、「朝霧」を詠んだ句をいくつかご紹介します。

    朝霧や絵にかく夢の人通り     与謝蕪村
    朝霧の影かたまりて人となる    山元土十
    白樺を幽かに霧のゆく音か     水原秋櫻子
    朝霧の一隅赤き焚火かな      斎藤陽一  (失礼しました)

 ちなみに、「うしろ姿」には哀愁が感じられるということに関連して、放浪の俳人・種田山頭火の自由律俳句をひとつ:

    うしろすがたのしぐれてゆくか   種田山頭火


55-3.jpg

 皆さんも一句どうぞ。
 次回は、三島宿の次の宿場町沼津を描いた「沼津黄昏図」を紹介します。


                   

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往きは良い良い、帰りは……物語 №93 [ことだま五七五]

往きは良い良い、帰りは……物語
こふみ会通信 №93 (コロナ禍による在宅句会 その8)
「若鮎」「水温む」「東風(こち)」「3・11」
                俳句・こふみ会同人・コピーライター  多比羅 孝

当番幹事さん(舞蹴&下戸氏)から連名で≪令和3年3月の句会≫の案内が届きました。

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●日程:本日(3月1日)出題
    ・3月8日(月)~10日(水)の間で投句を。
    ・14日頃、投句リストを返信。
    ・15日(月)~17日(水)の間で選句を。
     天句にはコメントをお願いします。
    ・3月21日(日)午後1時に、結果発表予定。
●兼題:  ①【若鮎】
      ②【水温む】
      ③【東風(こち)】
      ④【3.11】 無季。季語を選んで作句を。
●投句先:マイケル(nagai@paradisetokyo.com〉                   
          下戸〈kisoji2025@gmail.com〉

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【通知によって作成・投句された今回の全作品】 17名  68句

<若鮎>
若鮎がくるりと跳ねて山は晴れ(一遅)
堰(せき)挑む若鮎の背虹かかる(茘子)
空青し川青し風青し鮎青し(矢太)
釣り上げし若鮎を流れに返す人(孝多)
若鮎の宙を飛びゆく調布堰(すかんぽ)
若鮎の食み跡薄し岩の苔(可不可)
パシャーッ!若鮎が・璃花子が跳ねる
若鮎や背越しに抜ける京の風(小文)
若鮎よ食べ頃というおそろしさ(兎子)
若鮎のカステラが好き求肥も好き(尚哉)
群れるほど若鮎たちの美しき(下戸)
魚道のぼる若鮎命きらめかせ(弥生)
若鮎やすでにはらわたほろ苦き(虚視)
若鮎は息を溜めつつ跳ぶを待ち(華松)
若鮎を汲みし川面に水光る(玲滴)
若鮎のぱしゃぱしゃ跳ねて姿無し(舞蹴)
若鮎は右に左に水草の川(紅螺)

<水温む>
寝続けて許されるよに水温む(兎子)
足かけて甕のぞく猫水温む(弥生)
犬と猿どっちもどっち水温む(下戸)
人々の噂話や水温む(舞蹴)
水温む金魚よタンゴを踊ろうよ(茘子)
水温みザブザブ音立て濯ぎたり(華松)
水温む・・北極海の薄氷(鬼禿)
水温む天地に万物育ぐくまる(孝多)
水ゆるむ体の森をゆるゆると(矢太)
水温む柱時計のボーンボン(虚視)
水温む日ごと延びるや散歩道(小文)
ぬか漬けを切る朝楽し水温む(一遅)
太陽をぐるり一周水温む(すかんぽ)
水温み理系男子も薄化粧(紅螺)
水温み一週分の髭を剃る(可不可)
水温む今日猪苗代のあたりまで(尚哉)
閉園の昭和の池も水温む(玲滴)

<東風(こち)>
東風吹けば山軽々と降りてくる(矢太)
朝東風をぐいぐい進むおさげ髪(すかんぽ)
強東風に襟かきあはす逢瀬かな(弥生)
東風に載せ届けやりたきふれ太鼓(尚哉)
天神の杜(やしろ)の絵馬の東風の梅(孝多)
東風ぬける湯島天神男坂(鬼禿)
東風吹けば礼拝堂の風見鶏(紅螺)
おかえりと風鈴鳴らす東風の家(下戸)
人絶えし雑踏の街東風の吹き(虚視)
朝東風や襟元押さえ駅急ぐ(小文)
東風吹いてさっちゃんそろそろ三輪車(一遅)
東風の色花粉をまぶして薄黄かな(華松)
東風吹きて錆つきし胸ギイと鳴る(茘子)
東風吹いて今年は孫も高校生(玲滴)
石を捨て枯れ草を焼き東風がくる(兎子)
東風吹くや天婦羅さらっと軽く揚げ(可不可)
東風吹いて式終えし子の安堵かな(舞蹴)

<3・11>
振り返る十年振り返れぬ十年3.11(一遅)
3月や神はいまだに現れず(矢太)
海底(みなそこ)へ許せ許せと桃の花(茘子)
春だっちゃ? 春が来たっちゃ3.11(尚哉)
トモダチを3.11 忘れない(下戸)
生き延びし婆は種蒔く丘の上(すかんぽ)
3・11 拾ふ記憶の桜貝(小文)
10 年の日曜大工か3.11(華松)
憐むな3.11 地虫出づ(兎子)
3・11 今なお癒えず春の雨(孝多)
すがた無き人行き交いて春浅し(虚視)
逝きし人まだここにおわす3・11(紅螺)
黒い波帰れぬ故郷三一一(舞蹴)
3・11 あの日から雪降り止まぬ水の底(鬼禿)
コロナ禍に3・11を生きる春(玲滴)
悲しみの色は鈍色春の海(可不可)
余震なほ3.11 傷深きかな(弥生)

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【天句鑑賞】

●強東風に襟かきあはす逢瀬かな【弥生】
・色っぽい!和服の似合う美しい女性。逢瀬羨ましいな〜。故・安西水丸さんの句のようで好きです!(舞蹴)
・色気のある句。東風が吹いているときに、なにをしてるの、と思われても止まらない逢瀬かな。(下戸)

●東風吹きて錆びつきし胸ギイと鳴る【茘子】
・さまざまなものを目覚めさせる東風。作者もまた、遠い日の何かが心の中に目覚めたのでしょうか。中七下五が絶妙と感じました。ただ、投句は半角空けになっていますが、意図なき文字間空けは本来無用と存じます。(すかんぽ)

●水温む金魚よタンゴを踊ろうよ【茘子】
・大胆な視線で意表をついた。なんともアナーキーでいいなあ。(矢太)
・翻る金魚の裳裾からタンゴへの飛躍。窓辺の金魚鉢は光煌めくクリスタルのホールに。素敵だ。(虚視)
・見事な擬人法です。「水」は空気、「金魚」は赤いドレスを着た美人。佳句をお示し頂き、誠に有難うございました。(孝多)

●すがた無き人行き交いて春浅し【虚視】
・図らずも整理番号311。この句を筆頭に上位5句すべて「311」から選びました。この兼題は実にタイムリーで作句時期いやでも被災の現場に追いやられました各人のあの時の実感を直に表現されたいい句多かったようです。中でもこの天句は今回私が見た「現場取材の映像」の奥に必ず居た『すがた無き人々』の実像(霊?)でしょう。「悲しく切ないなんとも優しい寒春の詩」をありがとう。(鬼禿)

●水温む今日猪苗代のあたりまで【尚哉】
・修辞の面白さ、作者のおおらかな行動範囲、ロードムービーならぬロード俳句の名作だと感じました。(一遅)
・水を張った田んぼが見えるようです。[苗代]の選択に脱帽です。(華松)

●生き延びし婆はタネ蒔く丘の上【すかんぽ】
・映像が大きく広がります。この10年過ごした婆の心が、生き延びしの言葉で引き出されてきます。背を丸めてタネを蒔く、婆の背景の空の色まで感じさせてくれる。深い、深い句だと思います。素晴らしい!(茘子)
・私の知人は亡くなられましたけれど、この方は助かって本当によかった。種蒔いて明るい未来を感じます涙が出そうないい句です(紅螺)

●東風ぬける湯島天神男坂【鬼禿】
・東風というと誰でも「東風吹かば…」の歌と道真、天神様が浮かぶと思いますが、そこに男坂をもってきたことで句がしまり、格調高くなったのではないでしょうか。音読した時のリズムも美しいと思います。(弥生)

●若鮎やすでにはらわたほろ苦き【虚視】
・「若さ」は全てがポジティブで肯定されるべきものであると描かれがちだけれど、そこにはやはり、現在と未来に対する憂いがある。そのことを思いおこしました。(兎子)
・いかにも鮎好きの人の句だなぁーと。(可不可)
●海底へ許せ許せと桃の花【茘子】
・帰らぬ人を助けられなかった自責の念。それでも何事も無かったかのように四季は巡り
春は来る。人間は無力である。(小文)

●水温み一週分の髭を剃る【可不可】
・無為自然の境地。漢詩の世界にも通じます。(尚哉)

●空青し川青し風青し鮎青し【矢太】
・青をたたみかけることで、爽やかな季節の到来を感じます。(玲滴)

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【今月の成績一覧】
トータルの天=茘子・54点
    代表句=水温む金魚よタンゴを踊ろうよ
トータルの地=虚視・48点
    代表句=すがた無き人行き交いて春浅し
トータルの人=可不可・45点
    代表句=若鮎の食み跡薄し岩の苔
トータルの次点=すかんぽ・39点
    代表句=朝東風をぐいぐい進むおさげ髪
  ◆秀句沢山! 皆さん、おめでとうございました。◆

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ところで先日、面白い記事を、某俳句雑誌で読みました。その句は、このブログ上では伏字ですが、漢字まじりの≪△△の△△の△△△の△≫という句です。つまり、一句中に「の」が三つ。あとは名詞のみで、形容詞も動詞も無いという一句。勉強になります、という紹介。
そこで申しあげますが、実は、私・孝多の今月の「東風」の句には「の」が四つです。はっきりと意識して創りました。
何か、汲むところ、ありましたでしょうか・・・。          (孝多)
 

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日めくり汀女俳句 №79 [ことだま五七五]

八月十九日~八月二十一日

    俳句  中村汀女・文  中村一枝

八月十九日
ややあれば茂'(しげり)離るる風の筋
             『紅白梅』 茂=夏

「外にも出よふるるばかりに春の月」汀女の句の中でも評判が高い。私も大好きな句だ。
初めてこの句を見た時私は何だか、食べられそうに大きい柔らかな月が、手の届く所にあ
る気がしたものだ。
 汀女がこれを作った昭和二十一年は、きびしい食糧難のさなか。汀女はとうもろこし粉
で作るドーナツ型のパンを焼くのだけは得意だったそうだ。戦前は高級官僚で何不自由な
い暮らしだった中村家も、公職追放でヤミ米の買い出しにも行った。日常のひもじさとは
まったく別の所で、豊かに生きている汀女に驚く。

八月二十日
夕蝉のいつほどとなく日のつまる
           『春雪』 蝉=夏

 涼しい所に住んでいると、夏の暑さのしのぎやすさは格別だが、秋が目に見えぬ速さで
近づいてくるのも、山の上ならではの事だ。
 風立ちぬ、ではないけれど、ある日頬をなぶる風の中に微妙な何かが通り過ぎる。高地
とは言え、戸外の気温は三十度近く強烈な紫外線が肌にちりちりする。その日光の中に一
抹の秋の匂いが。朝、夕の気温がある日ぐんと下がり始めれば、それはもう確実、山に秋
がきたのだ。長く厳しい冬に比べて何と短かく華やかな夏の日々、木々の葉が黄ばんでく
る。
 ほんの束の間の夏だからこそ、寒い所に住む人々は盛夏の輝きを人一倍大事にするのだ。

八月二十一日
雨の日は夏寒ざむと巴里の路地
          『薔薇粧ふ』 夏寒=夏

 汀女がヨーロッパ旅行に行ったのは四十四年の初夏、六十九歳の時である。出発するま
での過労が集ったのか、途中倒れて、パリのパッシー病院に入院した。そこでの待遇はま
さに貴婦人扱いで、院長先生ほうやうやしく汀女の手をとり、手の甲にキスをして礼をつ
くした。そのとき、パリ在住の私の友人が案内をした。靴屋さんがたくさんあるのね、と
目を丸くし、みんな靴をはいている、とこれまた素直な感想。ケーキ屋さんがいっぱいあ
るとまた目を見張る。年齢を超えた新鮮な好奇心にびっくりしたそうだ。

『日めくり汀女俳句』 邑書林


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草木塔 №85 [ことだま五七五]

旅心 1

          俳人  種田山頭火

 葦の穂風の行きたい方へ行く

 身にちかく水のながれくる

 どこからともなく雲が出て来て秋の雲

 飯のうまさが青い青い空

 ごろりと草に、ふんどしかわいた

 をなごやは夜がまだ明けない葉柳並木

 秋風、行きたい方へ行けるところまで

 ビルとビルとのすきまから見えて山の青さよ

 朝の雨の石をしめすほど


『草木塔』 青空文庫

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読む「ラジオ万能川柳」プレミアム №108 [ことだま五七五]

     読む「ラジオ万能川柳」プレミアム☆ 3月17日、24日放送分

          川柳家。コピーライター  水野タケシ

川柳家・水野タケシがパーソナリティーをつとめる、
読んで楽しむ・聴いて楽しむ・創って楽しむ。エフエムさがみの「ラジオ万能川柳」
2021年3月17日放送分です。11  

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桜が咲き始めました!!

「ラジオ万能川柳」は、エフエムさがみの朝の顔、竹中通義さん(柳名・あさひろ)が
キャスターをつとめる情報番組「モーニングワイド」で、
毎週水曜日9時5分から放送しています。
エフエムさがみ「ラジオ万能川柳」のホームページは、こちらから!
https://fm839.com/program/p00000281
放送の音源・・・https://youtu.be/6ouhEBrGaLs

【質問】
いつも有り難うございます。今日は些細な質問ですがお願いできますか?
添削の例句に「今朝も又叱られちゃった鏡から」という句がありました。
「叱られちゃった 」 のように「行っちゃった」「 見ーちゃった 」「 ちょっとだけ」 と、
私はよくこの小さい「  っ 」 を使ってしまいますが、
こういう時は何か他の言葉を探した方がいいのてしょうか?(けんけんさん)
https://youtu.be/6ouhEBrGaLs

(みなさんの川柳)※敬称略 今週は182句の投稿がありました!
・シャトルバスVIP待遇俺1人(まご命)
・しゃまさんの一日俺のニ年間(パリっ子)
・コクられて相思相愛孫と俺(東孝安)
・「うっせえ」と言われた頃が懐かしい(名人・重田愛子)
・川柳と歩いてく何処に住もうとも(美ら小雪)
・周り見ずにおしゃべりしてた観覧車(模名理座)
・ふるさとは近くて遠き春彼岸(名人・やんちゃん)
・青リボン胸ですっかり色が褪せ(翔のんまな)
・腹をポン音で体重ピタリ当て(くろぽん)
・訳もなく涙流るる時もある(恵庭弘)
・辛いわあヘンな自分とお付き合い(大名人・平谷妙子)

☆タケシのヒント!
「平谷さん7つめの秀逸で見事、柳王に昇進です。おめでとうございます!ヘンじゃない人の方がよっぽどヘン。早く気づいてよかったですね!みんなヘンなんですから、そのヘンさを愛していきましょう。」

・会議では決まり後から出る文句(おむすび)
・しみじみと校歌を歌う卒業式(大名人・荻笑)
・伝わらない早口小声多い父(大名人・ポテコ)
・スーパーでよそ見運転するカート(大名人・アンリ)
・祝杯のグラス合わせる音恋し(ワイン鍋)
・いちご咲くケーキ屋通過ダイエット(初投稿・芭南南)
・7億のギャラに見合った大爆露(大柳王・ユリコ)
・眠れない夜にそなえて昼寝する(じゅんじゅん)
・これ息子母も女だホワイトデー(柳王・入り江わに)
・「けんけんに会いたかった」と年下が(柳王・けんけん)
・ヒトの身が花粉ごときに蝕まれ(名人・不美子)
・気がつけば両手に花の準大賞(soji)
・去年の巣下見にやって来たツバメ(名人・はる)
・仕事まで雪崩なんです年度末(しゃま)
・使途不明ウチじやあ1000円大問題(のりりん)
・えええええ?真っ正面にワンピース(大名人・かたつむり)
・人間も花粉も散歩する弥生(咲弥アン子)
・朝一番病院行けば帰り2時…入院へ(大名人・フーマー)
・コロナ前の社会を知らぬ0歳児(名人・ぼうちゃん)
・目が合うとついて来るけどよその猫(里山わらび)
・高級なホテルでおいしいカップめん(名人・わこりん)
・もう待てぬさぁこれに貼って半額シール(まんじゅうこわい)
・怒られてもマスクの中であっかんべー(がんにんぼうず)
・コロナより文春怖い議員たち(クッピー)
・絶対に守りたいことあるこの世(バレリア)

☆あさひろさんのボツのツボ
「ラジオ万能川柳。相模原市消防局では市独自の「開花宣言」を16日に出しました。平年より10日、去年より2日早い開花。チェックする標準木は東京は“靖国神社” 相模原市は消防局近くのソメイヨシノ。基準は5~6輪が開花だそう。そこでボツの壺『4輪じゃダメだと帰る気象台』つや姫。FMHOT839の標準木。

◎今週の一句・辛いわあヘンな自分とお付き合い(大名人・平谷妙子)
◯2席・しみじみと校歌を歌う卒業式(大名人・荻笑)
◯3席・眠れない夜にそなえて昼寝する(じゅんじゅん)

【お知らせ】
私が今、東京・竹橋の毎日文化センターで主宰している句会は、
「仲畑流万能川柳句会」「はじめて川柳句会」「Zoom仲畑流万能川柳句会」の3つあります。
非常事態宣言が伸びてしまったので実際に教室で行う句会は
3月はステイホーム句会になってしまったのですが、
1月からスタートしたZoom仲畑流万能川柳句会は、通常通りそのまま行いますよ!!  
           
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【放送後記】
暑さ寒さも彼岸まで、といいますが、
暑くも寒くもなく、今が一番いい季節なのではないでしょうか。
早くコロナが収束して、何の憂いもなくお花見(酒)を楽しみたいのものです。(タケシ拝)

◆3月24日放送分です。 

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緊急事態が解除されてもまだ用心!!

放送の音源・・・https://youtu.be/5H_X6_w2B6o

【お知らせ・その1】
緊急事態宣言もあけまして、少しずつ日常を取り戻してる感じですね。
やっと対面も打ち合わせもOKになり、
明日も東京で打ち合わせがあります。
私のまわりでは4月から、それから5月くらいから新しい企画が2つぐらい決まっています。
その他にも皆さんをワクワクさせる刺激的な企画も目白押しですので、
川柳の最新情報はぜひ私のブログ、水野タケシの超万能川柳をチェックしてください!
https://youtu.be/5H_X6_w2B6o

(みなさんの川柳)※敬称略 今週は236句の投稿がありました!
・むつかしい話は要らん花の下(翔のんまな)
・ワンパクも注射のときはおとなしい(名人・グランパ)
・マンスリーならばホテルに住めるかも(おむすび)
・つつがなく過せた一日幸思う(くろぽん)
・子育ては「こうするのよ」とクロネコが(名人・重田愛子)
・誤解されたままに別れた友想い(模名理座)
・ボクなんか120句を6時間(恵庭弘)
・お花見は歩きながらのワンカップ(名人・六文銭)
・太陽に春が来るよと言われている(名人・和こころ)
・苦みにも甘さがあると分かる時(バレリア)
・九十の母にせがまれ美人の湯(名人・やんちゃん)
・ドラ1がもはや助っ人やん阪神(せきぼー)
・栃若が聞けば激怒のまた休場(大名人・東海島田宿)
・感染で観戦できぬ夏五輪(初投稿・ぽこにゃん)
・クラス会薬博士の談話会(まご命)
・情報があちこち漏れるLINEかな(居酒屋たつみ)
・安倍マリオ見たときからヤな予感した(ワイン鍋)
・カナリアも歌を忘れて自粛中(じゅんじゅん)
・あなただけはずっとマスクで黙ってて(恋するサボテンちゃん)

☆タケシのヒント!
「マスクいつまで?って記者に感じ悪く逆質問したあの人を詠んだ句です。もうすぐ選挙がありますから、選挙区の皆さん、よ〜〜く考えて投票してくださいね。」

・ヘンな人いなきゃこの世に進歩ない(柳王・光ターン)
・落ち着なぁホテルの人も訛ってる(美ら小雪)
・おいしいな宿題しながらちんすこう(名人・わこりん)
・暁にジョギングシューズの紐しめる(芭南南)
・北の富士ときどき力士の名を違え(新柳王・平谷妙子)
・地震あり揺れ方違うZoom句会(soji)
・五輪意義あったいろんな膿が出た(大名人・荻笑)
・褒められて総理会見上手くなる(柳王・けんけん)
・晴れの日に参列できぬじじとばば(柳王・入り江わに)
・ひさびさのメイクやだわぁ厚くなり(紗月めい)
・春の日にまぶしすぎますユニフォーム(大名人・かたつむり)  

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・おもろないダジャレも暴露された人(大柳王・ユリコ)
・セルフレジ未だに並ぶ勇気ない(りんご)
・期待より不安の多い花が咲き(大名人・アンリ)
・Zoom会ある方からのサプライズ(大名人・ポテコ)
・今週はタイムアップの轍踏まん(名人・ペンギン)
・夢の中名句できたがメモできず(咲弥アン子)
・合格のスクショ孫から届く春(名人・ マルコ)  

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☆あさひろさんのボツのツボ
「ラジオ万能川柳。今週も政治経済、スポーツ、ゴッシプから身近な話材まで、236の投句でした。マスクは何時までするの?「家に帰るまで」と誰かが。ボツの壺『正月の冷凍カズノコ今日食べた』のりりん。先日 あさひろ家も冷凍庫から去年夏収穫したインゲンが出てきました。冷蔵庫の隅何かが出てきます。」

◎今週の一句・あなただけはずっとマスクで黙ってて(恋するサボテンちゃん)
◯2席・九十の母にせがまれ美人の湯(名人・やんちゃん)
◯3席・五輪意義あったいろんな膿が出た(大名人・荻笑)

【お知らせ・その2】
好調、テレビ朝日の「川柳居酒屋なつみ」、
今週26日は、24時50分からテレビ朝日で放送されます!!
今回のゲストはミュージカル俳優で歌手の山崎育三郎さんです。

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松也さんと親しいんですね。親友同士ということで大いに盛り上がりました!!
もちろん、川柳もたっぷり紹介しますので、こちらもお楽しみに!!

【放送後記】
緊急事態は解除されましたが、じつはこれからが本当の「自粛」なのかも。
何はともあれ、ワクチンを受けるまでは(受けても)、まだまだ油断禁物ですね!(タケシ拝)
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水野タケシ(みずの・たけし)
1965年生まれ。コピーライター、川柳家。東京都出身。
ブログ「水野タケシの超万能川柳!!」 http://ameblo.jp/takeshi-0719/ 






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雑記帳2021-4-1 [代表・玲子の雑記帳]

2020-4-1
緊急事態宣言解除の予報が出た週末、久々の街歩きにでかけたのは日本橋川クルーズ。

例年になく早い桜の開花でしたが、まだ満開には遠く、川風も冷たい週末のことでした。
乗船場は日本橋の南東詰にありました。ここは江戸時代、近くの小伝馬町に収容されていた罪人の晒し場でした。

乗船所2 のコピー.jpg
乗船所 奥に見えるのは野村證券のビル

日本橋川の9割は首都高速の下を流れています。
40年前の東京オリンピックに合わせて用地買収の不要な川の上に高速道路を作ったためでした。なんとも無粋な景観だと嘆く声も聞かれましたが、高速道路のなかった時代を知る人は少なくなりました。

日本橋 のコピー.jpg
日本橋のアーチ 川の上を首都高速が走る

それでも、江戸のまちを川から眺めるクルーズでは、地上を歩いているときには見えないものが見えてきます。先ずアーチの橋梁にある獅子のレリーフ。獅子は東京を守護する、日本橋のシンボルです。

日本橋レリーフ のコピー.jpg
橋にかかる獅子のレリーフ

乗船場を出てまもなく見えてくるのが一石橋です。以前雑記帳でも紹介しましたが、日本銀行の前にある一石橋は、江戸時代、迷子のお尋ね場所でもありました。金座や商店、魚河岸の並ぶ繁華街はさぞかし迷子も多かったのでしょう。この橋の再建を援助したのが2軒の後藤家だったので、「五斗+五斗」で「一石」だともじったのが由来です。

大正12年(1923)に起きた関東大震災後の復興事業では東京市内の川に架かる橋の再建も大きな課題でした。日本橋川に架かる橋には昭和に再建された橋も多い中で、復興橋梁と呼ばれる橋がいくつか残っています。1925年から32年に架けられたものです。

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復興橋梁にかかる「復興局」の印

常盤橋御門のあった常盤橋公園には澁澤栄一の像が立っています。奥州街道につながる重要な地点として設けられた常盤橋御門でしたが、明治維新後にとり壊されるところを、保存に尽力したのが澁澤だったのです。

鎌倉橋は、江戸城の石垣の石を伊豆から運んで荷揚げした場所、その舟が鎌倉を通って来たからというのが名の由来です。橋には空襲の跡が残っています。
当時からにぎわった橋の周辺は今、再開発された大手町。コロナ前の昼間の人口は23万人を数えたそうです。テレワークが普及した現在はどれくらいなのでしょうか。

歴代将軍が上野寛永寺へ参詣する時に渡ったで御成橋と呼ばれた神田橋やアールデコの錦橋を過ぎれば一ツ橋です。
錦橋辺りから続く石垣の雑な摘み方は後世に修復された証、当時のまま残っている一ツ橋の石垣は、石工の心意気を見せて、隙間のない見事な積み方です。

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石垣が続く

靖国神社につづく靖国通りにかかるので幅も広い俎板橋。神田川開削の折に埋め立てられたため堀がここで終わっていたというので堀留橋(埋め立て地は1903年に再び開削されて日本橋川と神田川はつながりました)。次に来るのがあいあい橋です。「あいあい」の名は飯田橋の「IIDA」からとったのだそうです。

あいあい橋を過ぎて、JR総武線中央線が走る鉄道橋が見える三崎橋で日本橋川は神田川と合流します。運よくゴミ運搬船にであいました。自力では動けない運搬船は毎日、ひき舟に曳航されて中央防波堤まで通っています。くらしに欠かせない仕事を人知れず黙々とこなす運搬船(と乗組員)に思わず拍手が起きました。

ゴミ運搬船 のコピー.jpg
ゴミ運搬船 カラフルな曳舟が後方に見える。

神田川にかかる小石川橋から水道橋一帯は水戸徳川家の領地でした。
水道橋は神田川の掘削と同時に架けられた橋で、本橋の下流に神田上水掛樋があったことに由来しています。掛樋は江戸時代に作られた上水道で、神田上水の水を江戸市中に通水するための水道管の橋でした。
水道橋を過ぎればお茶の水。崖すれすれにあるようなJRお茶の水駅のホームを川から見上げれば、正にここはその名の通りお茶の水渓谷だということがよくわかります。2代将軍の時代、神田川の原型を作ったのは仙台藩でした。幕府には東北の雄藩の力をそぐ狙いもあったのでしょう。重機のない時代、台地を削り水路を掘る工事はすべて手掘りでした。

お茶の水渓谷 のコピー.jpg
お茶の水渓谷 右手前方に見えるのがお茶の水駅ホーム

聖橋は御茶ノ水駅のホームから一番美しく見えるようにデザインされているそうです。、神田川両岸の湯島聖堂とニコライ堂の二つの聖堂をむすぶことから名付けられました。アーチ型の美しい橋はライトアップもされています。

聖橋 のコピー.jpg
聖橋

昇平橋、万世橋にはかって、それぞれ、中央本線の駅がありました。橋に因む名前の駅は廃駅になりましたが、どちらも東京駅よりも古く、駅舎は都内最古の鉄道駅遺構です。煉瓦造りの重厚な昌平橋駅は今はカジュアルな飲食店が入るビルになり、万世橋駅はホームが残されてカフェやショップの並ぶ商業施設になっています。

慢性橋駅 のコピー.jpg
万世橋駅あと

舟が隅田川にちかづく頃見えてくる柳森神社は太田道灌が江戸の鬼門よけに設けた神社です。椙森神社、烏森神社と並んで江戸三森の一社と呼ばれました。
浅草橋の歴史は古く、1605年頃にはすでに存在していました。

上方から来た荷は江戸湾から隅田川(大川)に入り、いくつもの水路を通って荷揚げされました。荷揚げ場だった柳橋は神田川のほぼ入り口にあります。賑わいは柳橋芸者の名に残り、今でも船宿が残っています。

柳橋3 のコピー.jpg
柳橋には今も船宿が残り、屋形船が並ぶ。

柳橋から隅田川に入ると、広い川幅といきなりの波。カメラをもってうっかり立ち上がれないほどの揺れに驚きました。隅田川が海につながっていること、江戸の人々が大川と呼んだことが実感できるのでした。

その隅田川は全長23,5キロ。一部ではありますが、両国場や隅田川大橋、清洲橋、名だたる橋をくぐりました。

隅田川新大橋2 のコピー.jpg
隅田川大橋

両国橋は武蔵と上総の2つの国にまたがる橋です。千住大橋以外に橋のなかった隅田川に。明暦の大火で大勢の死者を出したことから、2番目の橋として架けられました。
隅田川大橋からはスカイツリーの絶景が見られます。

大橋よりスカイツリー のコピー.jpg
隅田川大橋から振り返って見た清洲橋とスカイツリー

永代橋(1609年頃)から佃島を眺めれば、タワーマンションの林立する光景はまさに東京のマンハッタン。佃は徳川家康が江戸の町づくりを進める中で、摂津の佃から漁師を呼んで住まわせた地として知られています。佃煮発症の地です。

佃島 のコピー.jpg
東京のマンハッタン・佃島

神田川、隅田川を渡ってきた舟が豊海橋から日本橋川に入ると、日本橋袂の船着き場までは残りもわずかです。

湊橋のそばにたつミツカンは、江戸時代から此の地にありました。
ゆりかもめの群れとぶ岸辺を見ながらさらにすすむと、萱場橋や鎧橋。萱場橋はカヤの荷揚げをしたことから名づけられました。鎧橋のあたりは兜町です。鎧に兜とは言いえて妙ですね。そして、最後の橋が江戸橋でした。

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鎧橋の傍には澁澤栄一の邸宅だった日証館がたつ。

明治44年に架けられた石造りの日本橋は、今年、110歳になります。
江戸時代には度重なる火事や水害で15年に一度はかけ替えられたという日本橋でしたが、石造りになってからは長寿の橋になりました。

橋の両側にある麒麟と獅子の像の作者渡辺長男(おさお)は彫刻家・朝倉文雄の長兄です。
獅子は東京を守護し、麒麟は繁栄を意味すると言われています。獅子は東京都の紋章を抱えています。

日本橋麒麟 のコピー.jpg

江戸時代、日本橋は国内五街道の起点だったことから、橋の中央に「日本国道路元票」が埋め込まれています。首都高速の高架橋上にも道路元標地点碑のモニュメントがあります。

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この下に道路原票がある安愛は高速道路にもかあけられている。

日本橋名 のコピー.jpg
「道路原票」の字は佐藤栄作なら「日本橋」の字は徳川慶喜。

橋北詰には魚河岸がありました。一日に千両の金が飛び交うといわれた魚河岸は、大正12年(1923)関東大震災で築地に移るまで、300年間、江戸・東京の庶民の台所でした。
魚河岸記念碑の反対側には高札場の跡。明治10年に廃止されるまで、撰銭や切支丹、火付けや駄賃などの一般法令を周知させるために江戸市中に幕府が設けた高札の一つです。

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日本橋高札場の跡

およそ2時間の船旅はなかなかに充実したたものでした。お昼は高札場あとのそばの「イチノイチノ」で鯛飯をいただきました。




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私の中の一期一会 №234 [雑木林の四季]

  ワクチン接種は予定通りに行きそうもない。コロナ治療薬はまだ先のおハナシ
  ~世界中が恐れるのは英国、南アフリカ、ブラジル由来の変異株だという~

      アナウンサー&キャスター  藤田和弘

 厚労省の役人23人が先週24日に、銀座の飲食店で午前0時直前までマスクもせずに送別会を行い、飲食していたことが分り、大きなニュースになった。  
 緊急事態宣言が全面的に解除されて、まだ1週間ほどしか経っていない。
 各地で新規感染者数はリバウンド傾向にあり、変異種によるものだろう「第4波」が到来しているという声も聞えてくるというのに・・・
 英国で見つかったウイルスの変異株が世界の100カ国以上に拡大していることが29日、イギリスの大学の調査で分かった。 
 南アフリカ株、ブラジル株を合わせれば約120カ国で変異株が確認されている。
 三つ全てが見つかっている国は約20カ国で、その中には日本も含まれている。
 日本は聖火リレーでオリンピックムードを高めるつもりらしいが、〝そんな場合か!”と言いたくもなる。
 政府は宣言を前面解除した後も、夜遅くまでの飲食や歓送迎会、卒業に伴う謝恩会など大人数の会合・会食を控えるよう要請していた。
 厚労省の役人たちは、分っているけど〝バレなきゃいい”とでも思ったに違いない。
 歓送迎会などは民間だってやりたいのを、国が〝自粛しろ”と言うから我慢しているのにフザケた話しだという怒りの声はネットにも多く見られる
 コロナ感染防止対策をリードする立場の厚労省職員がこの体たらくでは、政府が何を言っても国民は耳を貸そうとしないだろう。
 私は26日、近くのハートクリニックを受診した、毎月1回の定期受診である。
 診察を終えて、「4月になったらワクチン接種の案内がいくでしょう。このクリニックで接種できますから予約してください。6月には打てるでしょう」と主治医は言った。
「えっ、4月に予約しても、6月なんですか?」と私は思わず口にした。
「今のところそうなります」というのが医師の答えだったが、コソコソと宴会はやるけど感染症拡大防止には熱心さを欠く厚労省なんて頼りにならないなと改めて思った。
 ワクチンはまだ感染していない人に接種して感染しにくいようにしたり、重症化しないようにする予防薬であって、コロナ治療薬ではない。
 コロナに特化した治療薬がないから、感染者の治療には、他の病気に使う既存薬を転用して対処するしかないのが現状だ。
 日本では20年5月、レムデシベルがコロナ治療薬として特例承認された。
 アビガンやベルクリーという抗ウイルス薬なども使われているという。
 風邪のような症状や味覚障害など症状が軽い場合は、咳止めや解熱剤などの対処療法を行う。
 軽症であれば8割が自然に治ってしまうのも特徴だろう。
 問題は重症化リスクの高い高齢者や基礎疾患を持つ人の場合で、まず入院が必要になる。
 中等症で、セキ・タン、呼吸困難などに肺炎症状が見られる場合は、酸素吸入と合わせアビガンやレムデシベルなどの抗ウイルス薬の出番となる。
 重症化して人工呼吸器が必要になれば、サイトカインという過剰な炎症反応が起こっているとみて炎症を抑えるアクテムラなど抗体医薬品を使うことが多い。
 だが、WHO(世界保健機関)はレムデシベルを「積極的に推奨しない」と公表している。
 世界各地の入院患者に対して行った臨床試験(治験)で死亡率の改善を証明できなかったからである。
 レムデシベルは、もともとエボラ出血熱の治療薬として開発されたもので、重症患者を対象に特例承認されたものだが、この1月から仲等症患者にも投与されるようになった
 入院患者の回復を5日ほど早めたというNIAID(米国立アレルギー研究所)の治験を基に、世界の500国で承認されている。
 それなのに、まだ確かなエビデンスがないというのも不思議な話だ。
 デキサメタゾンは、重症感染症や間質性肺炎などの治療薬として承認されているステロイド薬。
 英国で行われた大規模な臨床研究で、重症患者の死亡を減少させたという報告があった。
 厚労省の「診療の手引き」にもデキサメタゾンは標準的な治療法として掲載されている。
 ノーベル賞受賞者大村智博士が開発したイベルメクチンがコロナの予防と治療に有効という医学報告が世界各地から多数上がっている。
 イベルメクチンは、もともと抗寄生虫病薬だが、最近になって〝コロナの特効薬”として注目を集めるようになった。
 南米のペルーで昨年、コロナの第1波が来た時、60歳以上の住民にイベルメクチンを無料で配布したことがあった。
 新規感染者と死亡者数が一気に減少したというエピソードがあるのだ。
 第2波が来ても下げ止まったままだったという。
 イベルメクチンの治療効果としては、バングラデシュ、エジプト、トルコ、インドなど世界27カ国で臨床試験や観察研究が行われている。
 そうした海外からの報告が増えているが、質の高い大規模な治験で有効性は証明された訳ではない。
 日本で開発された薬だが、日本でも未承認薬のままである。
 そんな折、米ファイザー製薬が、コロナの経口治療薬の初期段階の治験を開始したという日経新聞の記事を目にした。
 コロナに感染した人の体内でウイルスの増殖を防ぐ作用を持つ薬で、口から服用できる。
 注射するより簡単に済むのが利点だ。
 治験は、健康な成人を参加者にするそうだが、治療薬は人の体内で感染を広げる酵素の働きを阻むものである。
 ファイザーでは、入院患者に静脈注射で投与する治療薬の治験も進めている。
 コロナウイルスは1カ月に2回のペースで変異してしまうため、薬が〝標的”を定めにくいことが治療薬造りを難しくしているらしい。
「風邪に特効薬がないのと同じだ」という物知りの説も聞かされた。
 ワクチンは兎も角、治療薬はどうなっているのか知りたいと思う人は多いだろう。
 昨日、今日のニュースを見れば、宣言解除のリバウンドで「第4波」の疑いが濃くなっているのが分かる。
 筑波大の倉橋節也教授のまとめによると、変異株が平均2週間に1回程度のペースで変異する。
 ウイルスが変異すると増殖する過程で遺伝子情報も変化する。
 世界的に警戒されているのは主に英国、南アフリカ、ブラジル由来の変異株である。
 ウイルス表面の501番目のアミノ酸が変化したもので、従来より感染力が強いそうだ。
 この変異株は「E484K」という変異も併せ持っていて免疫が効きにくい可能性もある。
 南アフリカ、ブラジル由来の株もワクチン効果が低減する恐れもあるようだ。
 国立感染症研究所によれば、外国由来のE484Kの変異株による感染者も400人弱見つかっているが、これらは何処から来たのか不明だという。
 舘田一博東邦大教授は、変異株への感染対策も従来通りで変わらないと話す。
 マスク着用と手洗を徹底して欲しい。
 変異株にも「正しく恐れることが大事」だと強調した。
 ワクチン接種は予定通り進まないだろうし、治療薬もまだまだ先のハナシのようだ。
 コロナの収束なんて、何時になるか誰にも分からない。
 ガ―ス―政権のほうがコロナより早く消え去ってしまいそうにも見える。
 我々国民は冷静に正しくコロナを恐れ、ウイルスに感染しないようにするしかない。
 ヤレヤレ・・・   
  
 


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浜田山通信 №286 [雑木林の四季]

人類最悪の愚行

       ジャーナリスト  野村勝美

 何事も続くばかりがよい訳ではない。やはりいいことは長く続いてほしいし、よくないことはなるべく早くやめてほしい。しかし世の中、よいことはなかなか長続きしないし、よからぬことはいつまでも続く。コロナは志村けんが死んでからもう一年以上になり、加えて変異性ウイルスなんてものまで現われて、国内の感染者は合計すると50万人を越える。ワクチンも4月末にはくるといっているが、数は少ない。オリンピックは無観客であっても何が何でもやると言っているようで、現に聖火リレーは3月25日から始まった。1本71940円するそうだからランナーになって貰うにしてももの入りだ。外国人観客は入れないというし、日本人も制限される。それでもテレビの視聴率はいいだろうし、スポンサーもつくだろう。いったいいつになったらコロナは終息するのか。
 一方で終わってほしくないものは終わる。2011年の福島第一原発事故をきっかけに毎週金曜日の夜、首相官邸前で行われてきた「反原発デモ」が3月26日の400回で終わりになった。原発は「人類史上最大の愚行」と、私と毎日新聞同期入社の高榎堯君は言い続けてきた。昔は『世界』などに反対を書き続けた。しかしジャーナリズムはいつも新しい者を求め、老人を相手にしなくなる。高榎君の論文、評論が日本のジャーナリズムに掲載されることはなくなった。彼の主張は、たんに、原子爆弾だけにとどまらない。核爆発をともなう原子力発電をもさす。核の平和利用といってジャーナリズムが大騒ぎしたもう50年前から彼の姿勢は一貫していた。いったん生み出された核物質は捨てるにしてもなくすにしても、その方法がない。ドイツのように地中深く埋めてもなくならず、永久的に地球上に残されていく。原子力発電が続々と生み出す使用済み廃棄物は増える一方で人間の手に負えないものになる。
 福島県を見よ、だ。事故10年たってジャーナリズムは大騒ぎしたが、山と摘まれた冷却水のドラム缶の山、漁協などが風評被害を恐れて海に捨てて処分することもできない。冷却水も廃棄物も増える一方で、いったん放射性物質が流れたフクシマの北西方向の地区は、自分の家にも帰れない。
 首相官邸前の抗議デモは、こうした原発反対の象徴として続いてきたものだ。ピーク時には20万人が集まったが、最後は200人になってしまった。10年続けても何の効果もなければ人間だれでもいやになる。国内の原発は、建設中の全60基のうち24基の廃炉が決まり、9基が再稼働したそうだ。東海村の原発は裁判で危険が指摘され、柏崎刈羽原発もいまだにゴタゴタが続いている。
 反対デモのためのステージや大型スピーカーの保管料が払えなくなったのがデモ中止の理由らしい。10年たって反響は年々小さくなり、政府は何かするポーズさえ見せない。一度も反対デモに参加したことのない老人が寂しがる権利もないが、世界中でヒロシマ型原爆を毎日3、4個分燃やしている、人類史上最悪の愚行を何とかとめられないか―。

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BS-TBS番組情報 №231 [雑木林の四季]

BS-TBS 2021年4月のおすすめ番組(上)

                               BS-TBS広報宣伝部

新・地球絶景紀行 憧れのハワイ 6島巡り 秘境!裏マウイの素顔

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2021年4月3日(土)よる7:00~8:54

☆地球を旅し、そこで出会った絶景を紹介。今回はハワイ!

ナビゲーター:吉田羊
旅の達人:隈研吾(建築家)
絶景ハンター:武田康男(空の探検家)

今回の新・地球絶景紀行2時間スペシャルはハワイ特集!
知られざる裏マウイの大自然を新撮ドローン映像でお届け。
天国の街、太古の峡谷、夕陽の絶景ポイントなど、魅力たっぷりでお送りする。
旅の達人は、建築家の隈研吾。
彼の意外な旅のスタイル、そして、建築家人生を変えた旅、とは?
絶景ハンターは、空の探検家・武田康男。
世界の美しくも不思議な空の映像。
そして、吉田羊が心をつかまれた旅ベスト5もお届けする。

噂の!東京マガジン

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2021年4月4日スタート

毎週(日)午後1:00~1:54

☆TBS「噂の!東京マガジン」がBS-TBSにお引越し!

出演
森本毅郎 小島奈津子
井崎脩五郎 清水国明 山口良一 笑福亭笑瓶 風見しんご 深沢邦之

現在TBSテレビで毎週日曜午後1時から放送中の人気番組「噂の!東京マガジン」が、2021年4月からBS-TBSにお引越し!
4月4日からは毎週日曜午後1時という放送時間はそのまま、全国無料BS放送のBS-TBSで全国の視聴者の皆さんにお楽しみ頂きます。
「噂の!東京マガジン」は1989年10月1日(日)に放送開始。地上波TBSでの放送は、最終日となる3月28日(日)までで31年半、放送回数としては1484回となる大長寿番組です。
4月からのBS-TBS放送では、総合司会の森本毅郎をはじめ、井崎脩五郎、清水国明、山口良一、笑福亭笑瓶、風見しんご、深沢邦之、小島奈津子(6代目アシスタント)らレギュラー陣の顔ぶれは変わらず(週替わり出演予定)。各地で起こっている問題について現場を取材する「噂の現場」や、街の若者が様々な料理に挑戦する「やって!TRY」などの人気コーナーもそのまま。これまではTBSとJNN系列9局での放送でしたが、放送地域を全国に拡大して、「身近な出来事から世の中が見える番組」というモットーのもと、TBSからのバトンを引き継ぎ、視聴者の生活に寄り添うコンテンツをお届けし続けてまいります。
どうぞご期待ください!

ハンターシェフ~生命をいただく究極料理人~

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2021年4月11日(日)よる10:00~11:54

☆自ら狩り、ジビエ料理を提供する「ハンターシェフ」たちが登場。狩りから調理に至るまで、その暮らしに密着する。

出演
國井克己(愛知県名古屋市「百獣屋 然喰(ももんじ ぜんくう)」
首藤正人(大分県玖珠郡九重町「樂樂(らくらく)」)
草野貴弘・亜李砂(大分県日田市「奥日田獣肉店」)

ハンターシェフ。それは、みずから、野生鳥獣の猟に赴き、仕留めた獲物でジビエ料理を提供する狩猟料理人。
食材について深い知識を持ち、その味わいの魅力を最大限に客に提供する。自然の偉大さ、命の尊さ、人間が原初から続けてきた狩りという営みの深淵に触れるハンターシェフたち。
ジビエ料理の本場、ヨーロッパでは当たり前の存在だが、近年は、日本でもハンターシェフを名乗る者が少しずつ増えてきている。
番組では、3組のハンターシェフを密着取材。狩猟や調理はもちろん、地元の協力者との関わりや道具選び、ジ
ビエと組み合わせる食材へのこだわりなど、その生き方・暮らしぶりに迫る。
▽名古屋市の國井克己さんは猟師であり、ジビエを囲炉裏で焼いて提供する「百獣屋然喰(ももんじぜんくう)」のオーナーでもある。バイアスロンの選手でもある國井さんの雪山でのイノシシ猟に密着する。
▽大分県玖珠郡九重町で、ジビエをはじめ地元の食材を使った料理を提供する人気店「樂樂(らくらく)」を営む
首藤正人さん。狩猟歴は長く、様々な猟法を使い分けて、キジ、カモ、イノシシ、シカをはじめ、あらゆる獲物を捕らえる。
▽大分県日田市在住の草野貴弘・亜李砂夫妻。貴弘さんは元ラッパー。罠猟歴4年だが、年間100頭のペースで獲物を捕獲。獣肉処理場を営み、妻の亜李砂さんはキッチンカーで夫が獲った猪肉や鹿肉を売る。
・・


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バルタンの呟き №94 [雑木林の四季]

「春!ですが・・・」

          映画館時  飯島敏宏

 春です! 一斉に、というよりも、先を争うように桜満開!という情報を各地が競って発信しています。待ちに待った緊急事態宣言が解除されて、まるで鬨の声を上げるように、各観光地が悲願の人寄せの為に発している開花情報なのです。強引とも見える緊急事態宣言解除に応えるように、そして、初夏並みと言われる気温の上昇と共に、サクラの名所ばかりか、各地の繁華街の人出も一気に増えて、新聞、テレビ、その他のメディアにその情景が映像化されて広がっています。さらに、「人類がコロナウイルスに打ち勝った証として」という決まり文句で胸を張り続ける菅総理の号砲一発、福島発の2021東京オリンピック・パラリンピック聖火リレーも、見切り発車(?)され、各地の桜だよりと交錯しながら、国内外に中継されているオリンピック・パラリンピック主催国平和ニッポンの春の情景です。世論調査では大方70パーセントもの国民が開催を危ぶむ中で・・・
その一方、対する新型コロナウイルスCovid19は、制圧されるどころか、さらに変身して伝染力を増し、すでに海外からニッポンに侵入して、第4波パンデミックを仕掛けています。
 海外からの観客は、既に望めなくなり、主要各国首脳の来場も、なんとなくあやふやな状況を見せ始め、肝心の競技大会の主戦級の海外プロ有力選手の中にも、拒否、あるいは辞退をする可能性も噂される状況です。まして、もしこのまま日本国内の感染状態が広がって行けば、観客制限どころか、無観客競技大会になりかねない情勢もうかがわれてきたような気がするのですが・・・
我が街の、桜満開の中央公園での話題も、コロナコロナです。ついに、この街からも明白な形でコロナ感染死者が出たことが露見して、この所、早朝ラジオ体操参加者が減少、震撼しているのです。
今朝、第一、第二と、ラジオ体操を終えて、さて、日々恒例の歩きに、という時でした・・・
「いっそ、この際思い切ってGo to!もオリンピックも中止したらどうなんですかねえ!」
最近顔を見せるようになった元教員という傘寿老が、周囲の常連に発した一言が、たちまち炎上してしまったのです。
「冗談でしょう!そんなことをしたら、この国は、破産しちまうよ!」
新顔の声を聞きとがめた古株の元証券会社の米寿老が、いきり立ちます。傘寿でも此処ではザラな歳なのです。
「?」
傘寿氏には、どうやらその脈絡が読めないようでした。
この街は、証券会社関連の大手不動産が分譲した住宅地ですから、50年に近い年月を経た今日では、超高齢の街であり、住民も、証券会社、銀行その他金融関係、商社OB主流の街なのです。
「すでに莫大な費用をかけて設備を整えた上に、もし、中止、つまり日本の事情でキャンセルでもしようものなら、あんた、損害賠償として絶大なキャンセル料をIOCに支払う事になるんですよ!」
「でも、今のまま、少数観客や、無観客で開催したら莫大な追加費用が掛かるでしょう?」
果敢にも、傘寿翁が反論を試みます。
「中止したら、その上に、天文学的損害が生じるのはお判りでしょう、あんた、無収入になるんですからね!膨大なテレビ放送料や広告収入が、ゼロになるわけですから比較にもなりませんよ!」
「オリンピックを当て込んでいた不動産業界、ホテル業界、観光業界、宣伝業界なんかの損失は東京都や首都圏ばかりではなく、全国的なものですからね・・・」
だんだん傘寿翁を囲む人数が増えて、マスクを吹き飛ばさんばかりの百家争鳴になってしまいました。
「それに加えて、選挙の事もあるしね・・・」
「選挙?」
とんでもない方に飛び火して、傘寿翁がきょとんとします。都議会議員選挙の事でしょう。
小池がとか、知事と対立してきたこの街を地盤とする保守系都議の名などが上がります。
「菅さんも、大変だ・・・ここへきて二階さんが・・・」
こちらは、さらに飛び火して国会議員選挙レベルの話です。近ごろでは、杖をつく人が増えて、階段を上る山道を避けるコースになってしまった「歩こうかい」に議論が持ち越されて、リベラル発言の傘寿翁は、公園に置き去りになってしまいました。
「それでいいんですよ。ありがとう」
しょんぼりしかかった彼の肩を叩いたのは、米寿の僕です。
「え?」
「誰も違う声をあげない状態は、危険だからです。あなたは、今、日本が、戦争の危機にさらされているとお思いになりませんか?」
「戦争?」
傘寿翁には、突然戦争などと言い出した僕の言葉が、突飛に響いたのでしょう。
「ある意味で、今のニッポンは、世界がうらやむほどに、平和ですが・・・なんだか、誰も声を上げようとしなくなっている気がするんですよ・・・あの戦争の時と同じように」
「あの戦争?」
「第二次世界大戦、大東亜戦争ですよ」
「はあ・・・?」
敗戦後76年、いまや、若い世代どころか傘寿翁にして、「あの戦争」と「あの敗戦」は、平和ムードの中で、他人事のように遠ざかってしまったのです。
「全国民、みんなが、見ざる聞かざる言わざるになってしまったから、ずるずるとあの戦争を始めてしまったのです。中庸を貫いている心算の僕も、この公園では、かくれ左翼と言われていますからね。でも、実はみんな耳を貸しているんです。あなたも、ぜひ、疑問がおありでしたら今日のように、声を挙げて下さい。ディベートが大切なんですよ、この街には・・・」
 北朝鮮対策には、大日本帝国を暴挙に追い込んだABCD包囲陣が、日韓米軍事同盟に日独伊三国同盟の脆さなどが重なって見える今日、この街の朝を目覚めさせるには・・・」
傘寿翁を急き立てて、遥かに遠ざかってゆく面々を追うのですが・・・僕とほぼ同年齢の半藤一利さんを偲びながらの拙い呟きですが、地道にでも続けてゆこうと思うのです。


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医史跡を巡る旅 №86 [雑木林の四季]

江戸のコレラ~安政五年 長崎、京都そして大阪

     保健衛生監視員  小川 優

「感染拡大防止に、もはや打つ手なし」との理由で緊急事態宣言が解除されて2週間。大方の予想通り、新規感染者数は増加に転じています。感染して直ちに症状が出る、あるいは検査陽性となるわけではないですから、現在新規感染者として数字が上がってきている人々が感染したのは、宣言解除前と考えられます。解除後の人出、とくに花見など季節に誘われて、または退職、転勤、卒業そして入学、入社シーズンに伴う会食機会の増加を考えると、いつ爆発的に感染者が増えても不思議はありません。

2月末を以て先行して宣言対象地区から外された関西圏では、大阪を中心に再燃傾向が明らかで、さらにその内訳も変異型が多くを占めるようになってきました。
3月30日時点の大阪府の発表によると、大阪モデルのモニタリング指標である新規陽性者における感染経路不明者の7日間の移動平均が188.43、直近1週間の人口10万人あたりの新規陽性者数は24.75、患者受入重症病床使用率が40.2パーセントという数字です。ちなみに1週間前の数字は、それぞれ80.71、12.21、27.2パーセントです。わずか1週間の間に、濃厚接触者やクラスター以外の感染経路がわからない陽性者、そして新規陽性者(感染者)全体数はそれぞれ倍になり、その陽性者のうち発症して症状が重くなる人も増えたことで重症患者病床の圧迫度が10パーセント近く高まった、ということになります。ちなみに発症数の増加は、およそ1週間後の重症患者の増加に反映する傾向があります。
もうひとつ注意すべきは、陽性者中に占める変異株の割合です。NHKの報道による大阪府のスクリーニング検査の結果では、2月14日から20日までは13.2パーセントだったものが、3月14日から20日まででは45.2パーセントまで跳ね上がっています。
変異株については、従来型に比べて感染力が強いということを以前お話ししましたが、そればかりではなく、重症化の懸念と、ワクチン有効性の疑問もあります。

そのワクチンも、相変わらず供給予定の具体的な数字が見えてきません。優先接種以外の接種計画が決まらないというのに、薬事承認も未了なファイザー社製以外のワクチンを、本人希望により選択可能であるなどとワクチン担当大臣補佐官が先走って明言し、慌てて担当大臣が否定するドタバタもありました。モデルナ社製、アストゼネカ社製、シノバック社製ともに、まだ日本における安全性が確認されておらず、具体的な供給の目途もたっていない段階で、情報をミスリードすることは、国民のワクチンへの信頼性と、期待を裏切ることにほかなりません。
ならば早く他社のワクチンも承認してしまえばいい、すでに外国で相当数の接種実績があるにもかかわらず、なぜ日本でも独自の審査を行わなければならないのかという疑問もおありだとは思います。それは残念なことにワクチンの効きめ、安全性について、人種の差がある可能性があるからです。例えばワクチンによる重篤なアレルギー反応とされるアナフィラキシーの発生状況ですが、アメリカでは100万回あたり4.7件、イギリスでは同じく18.6~19.4件なのに対して、日本では47件(3月21日までの578,835回接種中)、100万回あたりに換算すると81件報告されています(3月26日開催、厚労省審議会資料より)。※ただし、集計の方法や症例定義が必ずしも一致しないため、単純に比較することはできない、とのコメントあり。
現在接種が進められているファイザー社のワクチンは、承認前の大規模な臨床テストがアメリカ、アルゼンチン、ブラジルで行われ、アジアの国では実施されませんでした。これらの国の臨床試験では白人が58パーセントを占め、ヒスパニック・ラテン系が26パーセント、黒人が10パーセント、アジア系にいたってはわずか5パーセントしか行われておらず、アジア系に対する十分な臨床例が集まっていなかったのです。その後国内でも臨床試験を行ってデータが集められ、安全性を確認したうえで承認に至ったという流れです。

あだしごとはさておき。
江戸のコレラ、序章文政篇に引き続き、安政篇になります。

1840年に始まり、収束までに20年を要した3回目のコレラ・パンデミックは、日本にも大きな影響をもたらします。その頃の日本は、嘉永6年(1853)にペリー来航、翌年の日米和親条約および下田条約の締結を経て、安政5年(1858)6月19日アメリカ軍艦ポーハタン号艦上での日米修好通商条約の調印と対外的に翻弄されている時期でした。また条約締結は朝廷の意志を無視する形で行われ、大老井伊直弼は反対派の弾圧のために安政の大獄を強行したため、幕府に対する反発が強まり、攘夷思想の広まりと倒幕のうねりが生じます。
政治的な激動ばかりではなく、嘉永7年4月京都大火で禁裏が炎上、同11月安政東海地震、翌日に安政南海地震が発生、安政2年2月には飛騨、10月には江戸、翌3年7月には八戸沖と大地震が頻発し人災、天災が相次ぎます。
一方以前から欧米列強で唯一、日本と交流のあったオランダからは安政3年(1857)、海軍伝習所教官として軍医ヨハネス・ポンペ・フアン・メーデルフォールトが派遣され、彼と門下生の松本良順らの尽力により医学伝習所が設立されます。

条約調印1か月前の安政5年(1858)5月21日アメリカ軍艦ミシシッピ号は、上海寄港の後長崎に入港します。ミシシッピ号は嘉永6年に、ペリー東征艦隊として来航した黒船の一隻です。同艦には上海でコレラに感染した乗組員がいて、乗組員の上陸とともに長崎で広まります。
医学伝習所のポンペと、松本良順ら門下生は予防と治療に努めますが、当時の再先端医療である西洋医学の知識をもってしてもコレラを効果的に治療する術はなく、長崎で700人以上が犠牲になったとされます。それでも罹患者中の死亡者数は、明治になってからの流行時の死亡率より低くかったようです。ポンペは最新の知見であるウンデルリッヒの治療法に基づいて治療指針をまとめ、松本良順がこれを日本語に訳してひろめました。この中では治療薬として、マラリアの特効薬であり、キナの樹皮から得られるキニーネと、アヘンを用いていました。またこの時に治療のために開設されたのが長崎養生所で、初の西洋式近代病院と言われます。またポンペの助言により、7月にはアジ、サバなど一部の食品の売買を禁止するお触れが出されています。

「松本良順墓」

86画像①.jpg
「松本良順墓」 ~神奈川県中郡大磯町東小磯 妙大寺

5月に長崎から日本に侵入したコレラは、その後九州各地や山陰・山陽を席巻し、一説には6月に京都まで達したといわれます。ただし「日本疾病史~コレラ記事」には「安政五年戌午、仲夏より深秋に至り、諸国にコロリ病大に流行す、八月下旬に至りて京師初めて行わる」、「彦根市史 中冊」には「安政五年九月中旬ヨリ大阪ノ辺ヨリ一日転ト云フ疫病京都エ渉リ」との記述があり、寺院の過去帳から超過死亡者を割り出した研究によれば7月中旬と9月上旬にピークが見られることから京都で感染が始まったのは7月以降とみるのが妥当と考えられます。
この時の流行は年を越して翌年にまで続き、に安政6年7月には猖獗を極めます。朝廷のお膝元だけあって、幕府も傍観することもできなかったようで、施政者の対応の流れを追ってみましょう。
京都町触集成によると安政6年「未七月」に「流行病除方之御法書」という心得が発せられます。現在の「三密防止」や「新しい生活様式」のようなものですね。続いて未八月十二日付けで、「流行病并外病にして相果てし候者、先月十二日より今十二日まで洩れず」届ける旨、また今後は死亡者あるたびに届けるようお達しがあります。これは江戸時代版HER-SYS(新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム)とでも言えるでしょうか。
このほかにも禁裏の医師に治療薬を調合させて市中に配布したり、困窮者に対する定額給付金にあたる、「鰥寡孤独貧窮もの」や「一人暮ニ而世話いたし候もの無之」者などへの救済の指示を出したりしています。因みに救済も町年寄に対する指示であって施策ではなく、町民の相互扶助に頼るなど、まずは自助、共助に頼る現政権と同じやり方です。結局は今も昔も変わらず、後手後手で無策に等しく、効果的に感染を抑制したり、民衆を安心させられるような効果はほとんど見られませんでした。
役所が当てにならぬならと、頑張ったのが町衆です。現在も続く筆、墨、紙を商う鳩居堂の当主熊谷直恭は、感染者を収容し、看護するために病人世話場という施設を木屋町御池に設けました。しかし自らもコレラに感染し、安政6年9月に亡くなります。
更に人々は祇園祭でもないのに、町ごとの山車を祇園社に繰り出したり、踊りながら上御霊社、北野天満宮、伏見稲荷に詣でたりしました。その様子は「神いさめ都の賑」という刷り物に残されています。刷り込まれた説明文には、以下の一文があります。

きのふ見し娘もけふは あら男 ころりと替る 神のいさをし

諦めを通り越して笑いに転じる、なんと諧謔に富んだ文章ではありませんか。これは流行真っ最中の安政6年8月に発行されたものです。
最終的に京都における死者は洛中1,869人、洛外835人との記録があります。

そのころ大阪では緒方洪庵が治療に奔走しています。

「緒方洪庵像」

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「緒方洪庵像」 ~大阪府大阪市北浜3丁目 適塾

弘化2年(1845)現在も保存されている適塾の建物に転居、開業し、診療の傍ら医学教育と、種痘を広めることにも多忙な日々を送っていた洪庵も、コレラ禍に巻き込まれます。大阪でコレラが流行しだしたのは、安政5年8月。直ちに洪庵は洋書を調べ、コレラについての治療法が記載してある三書を選び出します。すなわちモストの「医家韻府」、コンラジの「病学各論」、カンスタットの「治療書」でこれらを抄訳、更に伝え聞いたポンペの治療法を比較検討します。

「虎狼痢治準」

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「虎狼痢治準」 ~復刊本 著者蔵

更に自分の治療経験を踏まえ、ポンペの治療法により供給が追い付かなくなっているうえ、病期の進行状況では却って危険であるとしてキニーネの濫用を戒めます。こうした内容を同月中には「虎狼痢治準」にまとめて100部を刊行、治療に当たる医師に無料で配布します。

「虎狼痢治準」

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「虎狼痢治準」 ~復刊本 著者蔵

洪庵の治療法で優れているのは、一辺倒に同じ治療を行うのではなく、患者の病態をよく見極め、状況に応じた治療を施すとした点、塩類の静脈注射を採用した点、さらに薬に頼らず、体を温めたり、温湯、米の煮汁(重湯のこと?)や、コーヒーを与えるなど、看護法についても言及している点です。

「虎狼痢治準」
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「虎狼痢治準」 ~復刊本 著者蔵

長崎に始まった流行は、大阪、京都を経て東海道または中山道を伝わって東上したと考えられていましたが、参勤交代の宿地毎に飛び火的に、あるいは廻船の寄港地に侵入し、その周辺に広がった可能性も否定できません。
次回はそのあたりの謎に迫ります。


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海の見る夢 №4 [雑木林の四季]

April in Paris

                                          澁澤京子

 昔、犬の散歩の途中、しゃがんで犬のウンチをビニール袋に入れようとしていたときの事だった。「なんてかわいいワンちゃんかしら!」と上の方で声がして、見ると目の前には一部破れのある網タイツにハイヒールを履いた足が見える。見上げるとジーンズの短パンを履いた年配のゲイのおじさんがこちらを見下ろしていた。おじさんの顎にはうっすらと髭が生えていた。
「ねえ、ワンちゃん触ってもいい?」
「どうぞ、どうぞ。」家族以外の人にはめったに慣れないうちの犬が珍しくしっぽをふって歓迎しているではないか。

「あたしねえ、犬が好きでとっても飼いたいのね・・でもあたしの住んでるアパートは犬飼えないし夜はお仕事があるしょう・・」やがて、人懐こい彼女?は私と犬と一緒に歩き始めた。子供の時から動物が好きだったのだとか、いろいろな話をはじめておしゃべりがなかなかとまらない。おしゃべりが止まらないところが女っぽい。やがて商店街に出て人通りが増えてくると、前から歩いてくる人たちの視線が、まず一斉に私の隣を歩いている彼女に釘づけになり、それから私を見る。一方、並んで歩いている私には彼女の短パンと大胆な網タイツ姿は見えないし、第一、話しているうちに彼女が繊細なさびしがり屋であることがなんとなくわかってきたので、彼女に対する違和感はまったくなかった。

「あたしはね、昔、パリに住んでたことがあるのよ。」と彼女は話し始めた。
「まあ、素敵。」
「・・すごく楽しかったわよ・・あたしはパリが好き。できれば、もう一度行きたいわ・・春のパリってすごくいいのよ、お花がたくさんあって・・」
「・・いいわねえ・・」
恋人がフランス人だったのか、あるいは恋人と一緒に一時期パリに住んでいたことがあるのだろう。パリだったらこんな風に好奇の目で人からじろじろ見られることもなかったのじゃないだろうか?それから彼女は商店街で私の買い物に付き合ってくれて、また一緒に戻ってきてからようやく私の家の近くで別れた。まだ私とおしゃべりをしたそうだったけど、その頃子供が小さくて、私は急いで夕食の支度をしなくてはならない忙しい主婦だったのだ・・またこの辺でばったり会ったらおしゃべりしようね、と約束してから別れた。その後、夕方の同じ時刻に何度も犬を連れてその近辺を歩きまわったけど、彼女とはもう二度と会えなかった。

『チョコレートドーナツ』という映画を観て、その彼女の事を思い出した。捨て子のダウン症児を引き取って育てたというゲイの実話をもとにした話。映画ではゲイであるために親権を獲得することができず、法に訴えるが負けてそのために悲劇が起きる。
主人公のマルコを演じた子供がとても可愛い、子供を引き取って育てるクラブ歌手のゲイ役のアラン・カミングという俳優の優しく温かな感じもよくて、ゲイであるというだけで世間の偏見と差別に傷つけられているクラブ歌手が、障害を持った無垢な少年に癒されていく過程がじわじわと伝わってきて、二人の交流がとてもいい。

この映画を観ると、常識や偏見を振り回す世間一般の人々の狂気と暴力が逆に浮き彫りにされ、実際は誰がまともで誰がまともでないのか、とても考えさせられる。(頭の堅い人ほど自分が常識的でまともであることを信じて疑わないのだ・・・)

ホーソンの『緋文字』は私生児を生んだだけで額に焼印を押され村八分になって生活する女性の悲劇だったけど(アメリカの田舎町で起こった実話を元にした小説)こういった差別と排除は形を変えて続いていくのかもしれない、誰かを非難することが、自分は道徳的でまともであるという安心感につながり、誰かを非難したり排除することで人と団結する(国家は意図的に仮想敵をつくることで偽の団結を図ろうとする)・・信頼のない、バラバラの人間関係ではこういった仮想敵による絆しか持てなくなるのだろう。

同性愛に対する差別も、恐らく黒人差別・人種差別と同じように、これから何年たっても解決されることは難しいかもしれない。警官に取り押さえられて死亡した黒人の理不尽な事件はついこの間のことだったし、ビリー・ホリディの歌った「奇妙な果実」に見られるような人間の狂気は形を変えて続いていくのかもしれない。(その頃の、リンチで吊るされた黒人を囲んでお祭り騒ぎのアメリカ人の写真を見たことがある・・)

ようやくテレビから消えてくれたけど、白人至上主義で保守主義、女性蔑視、人種差別者のトランプを支持する人々はいまだに多い・・「お金がすべて」というわかりやすいイデオロギーも差別心も排外主義もトランプが堂々と正直に代弁してくれるからだろう。(マイケル・ムーアによるとその率直さが民衆に受けるところがヒトラーと似ているらしい)
トランプという人は(売上のためなら手段選ばず・弱者切り捨て)のアメリカ型自由経済の究極にはこういう人間が出来上がるという見本のような人じゃないだろうか。これを書いている今も、アメリカでのアジア人襲撃がニュースになっているけど、差別というものは誰かが先陣切って過激な発言をするとイモヅル式にあとからあとから湧いて出てくるものかもしれない・・

しかし、今アメリカで、グレタさんと同世代くらいの若い子たちが立ち上がり、銃規制問題や人種差別、政治や環境問題に積極的に取り組んでデモしたり発言したりしているのは、民主主義の健全さが保たれているようで実に頼もしい。

正義は時には暴力になりやすい。フランス革命がそうであったし、文革もルサンチマンによる残酷な暴力でしかなかった。国家の正義というものがただのプロパガンダで暴力でしかないのは、理不尽なイラク戦争があったことで私たちの記憶に新しい。しかし、ポストモダン以後の野放しの相対主義(正義の相対性による基準の喪失)もまた暴力と差別の温床になっているだけじゃないだろうか。理性や判断力を喪失すれば、人は集団同調を起こしやすくなる、あるいは誰かを否定することが己のアイデンティティの確認になる、見せかけの平等社会では、自分の不安を弱者にぶつける人、誰かを見下すことでかろうじて自分の優越感を維持しようとする人が多くなるだけで、こういった差別と暴力はなかなか根絶できないのかもしれない。普遍や理念を喪失すれば、自分を計るモノサシは常に他人との比較だけ。何の目的も考えも持たず、自己保身と他人より優位に立つことだけが唯一の目的の、不毛な競争社会になるのかもしれない。

差別を問題にすると必ず出てくるのが「偽善者」という批判であって、確かに人には個人的な好き嫌いはある。しかし、差別となると単なる社会的な、あるいは教育や文化の刷り込みでしかないのではないだろうか?もちろん個人の好き嫌いも、取り巻く文化や周囲からの刷り込みであることは多いが・・大切なのは自分がどういう偏り、価値観を持っているのか、自分自身を客観的に見る視点を持つことなのかもしれない。

頭のいい人ほど、物事や人に対して(先入観抜きの)白紙で向かうことができて、それゆえ的確に対象を理解できるように、明晰で洞察のある人ほど、こういった差別や偏見、思い込みから自由になれる人が多いような気がする。

『ヴィクトリア女王最後の秘密』は晩年のヴィクトリア女王とアブドゥルというインド人従僕との友情の実話をもとにした映画で、映画でインド人の青年アブドゥルは女王の信頼と寵愛を受けたために女王の周囲の宮廷の人間や貴族たちから大変な嫌がらせを受けるけど、実際インド人であるという理由だけでも、宮廷では差別や陰険な嫌がらせをずいぶんと受けたのだろう。(しかも、アブドゥルはイスラム教徒であった)しかし、ヴィクトリア女王はアブドゥルから素直にイスラム教の教えを聴いてその教えを尊重する・・アブドゥルを、なんとか実の息子や臣下たちの悪意や陰謀から守ろうとするヴィクトリア女王の毅然とした態度と、アブドゥルに対する変わらない愛情と信頼が心を打つ。

ロックフェラーの娘で男爵夫人だったニカも、そういった偏見や差別からは自由な一人で、セロニアス・モンクのパトロンとして面倒を見て、最後まで看取った。ある日、ラジオから流れてきたセロニアス・モンクのピアノを聴いて、天啓を受けたような気持ちになってそのままジャズにのめり込んだのだ。セロニアス・モンクのピアノって、荒々しいけど本質を摑んだ確かなデッサンみたいで、その魅力にとりこになった気持ちはわかる。(ニカはチャーリー・パーカーの最後も看取っている)

セロニアス・モンクはニカと一緒にアメリカ南部をドライブしていたときに、洗面所を借りただけで不審者扱いされて不当な逮捕をされる。(ニカの奔走によって無事に釈放されたが、ニカはそのために自分の実家とは縁を切ることになる)ヴィクトリア女王やニカのように、つまらない差別・偏見と闘う勇敢な人たちはいつの世にもいる。
しかし、差別といっても、トランプのような人種差別者を差別することは決して「差別」にはならないだろう・・そして、差別や偏見から自由だということは人の本質を見抜けるということなのかもしれない。それは臣下のお世辞や悪意ある告げ口など、腹黒い人々にとり囲まれたヴィクトリア女王が、たった一人のインド人の青年に正直さと真の友情を見つけたように。

結局、愛だけが人を本当に理解する鍵であるということを、『チョコレートドーナツ』のゲイの青年、そしてヴィクトリア女王とニカは教えてくれる。

セロニアス・モンクの『April in Paris』のピアノソロが好きだ。春の雨の降る静かな日に、じっと雨だれの音を聴いているようで、とても優しい気持ちになれるからだ。


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梟翁夜話 №84 [雑木林の四季]

「新Nボックス来たる」

           翻訳家  島村泰治

これはひたすら拘りの所為で、私奴(わたくしめ)は車はホンダと決めてゐる。宗一郎氏の一徹さとこの会社が作り出す車の面白さに惹かれて、帰国以来一貫してホンダの車に乗ってきた。

ほんのいっときは、乗り口の出っ張りが気に入ってビートルならぬフォルウスヴァーゲンに傾き、小粋なミニクーパーに惚れ込みもしたのだが、誰だかに誘はれて3ドアの初代アコードに試乗しておやと気が変わった。暫く乗ってみてくれとの誘いに乗せられて、この車にひと月タダ乗りしてすっかりホンダ贔屓になった。路面に吸い付く感覚が何ともいい。即座にブラウンのアコードを買い求めた。

あのブラウンの3ドアアコードが、私奴が乗った初めてのホンダ車、今では名車として殿堂入りのしてゐる車だ。それからシビック、インスパイア、レジェンド、キャパ、インサイトと乗り継ぎ、直近がNボックスとホンダ一辺倒だ。これが妙に肌身にあって何と十年乗り回し、まだいけるぞと買ひ替えは思っても見なかったのだが、店の巧みな売り込みもあり、昨今のIT化で安全機能が進んでゐることに愚妻の目が眩んで、急に替へることになった。

そして決めた新車が新モデルのNボックス。

その納車が決まり今日、三月十四日、二人揃って店に出向いた。折角の買ひ替えなら他の車種をといふ想ひは毛も浮かばなかったところが粋とは思われぬか。このNボックスといふ車、いま軽自動車市場を席巻してをり、他社が似非車を作って追随するほどの人気だ。ホンダ車特有の視界の広さ、ハンドルの操作性が抜群なことからこれは当然、糅(か)てて加えてわが家の主席運転手である愚妻が、この車をいたく気に入っていることが何よりなのだ。

思へば、私奴の運転歴は延べ五十年、在京時代も電車は乗らず車一辺倒の生活で、隅田川の東こそ疎いが東京を隈なく乗り回し、なお貰ひ事故以外は事故なしの名伯楽ぶりだったが、寄る何とやら、この数年はハンドルを握ることがめっきり減ってゐる。それと言ふのも、生まれつき車好きの愚妻が、これ幸いと運転席を乗っ取ったからだ。

半世紀も車を転がしてゐれば、助手席に踏ん反り返ってゐれば何処へでも行けるのは、これ将に贅沢。味を占めれば止められない。そんなこんなで、わが家の運輸大臣は外務、大倉を兼務する愚妻で、私奴はいまや浮世離れの境地、どうせITまみれのこの新車は手に負へまいと観念してゐる。

この新Nボックス、見れば何とも優雅なメタリックな深緑色、我らの齢相応に落ち着きがあり、乗れば十年の差は明らか、居住性は抜群だ。センシングがどうの、オートクルーズはかうなってゐるなど、新装の装備を確認しつつ驚き喜ぶ愚妻をみれば、これはなかなかよき買い物をした、と実感しきり。

ことと次第によっては、私奴の運転歴も程なく終焉することになるやも知れぬ。IT重装備の新Nボックスを操って愚妻の運転技能がさらに冴へ、私奴は事もなく助手席生活を全うできれば、それはそれでよし、とせねばなるまい。




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検証 公団居住60年 №76 [雑木林の四季]

ⅩⅢ 独立行政法人化して都市再生機構に改組

 
    国立市富士見台団地自治会長  多和田栄治

 4.公団住宅「改革」と公共住宅制度の破壊

 国土交通省は閣議決定にもとづく法案作成を急ぎ、2002年7月には、03年の法案提出、公団廃止を1年早め04年7月の都市再生機構設立の意向を固めた。都市公団は03年4月からの第7次家賃値上げを発表した。
 小泉構造改革が真っ先にねらったのが公団住宅制度と住宅金融公庫の廃止であり、わが国公共住宅政策の解体宣言であった。したがって、閣議決定にもとづく検討、新機構法案の作成をまつまでもなく、ただちに実施に移され、2002年度の住宅予算にあらわれた。04年の都市再生機構、05年の住宅金融支援機構の設立につづき、住宅政策体系の大転換を期する06年の住生活基本法の成立にむかう小泉路線の方向を見定めるうえで、02年当時の住宅予算、郡市公団の事業、地方自治体(東京都)の住宅行政の特徴をみておく必要が
ある。

 住宅予算の大幅削減
 2002年度の国の住宅予算(当初)を前年度対比でみる。住宅対策費(住宅金融公庫をのぞく)は国費9,278億円、10%減、事業費は1兆7,901億円、22%減と大きく削減している。うち公営住宅等は国費3,739億円、11%減、事業費8,312億円、12%減。とくに都市公団の予算減は際立ち、国費(出資金)は136億円、27%減、補助金・補給金は02年度からゼロ、事業(居住環境整備)費は5,064億円と25%も削られている。このうちの住宅整備計画の内訳をみると、その特徴がはっきりする。
 住宅整備費4,067億円のうち、公団賃貸住宅に8,500戸分、2,181億円、再開発関連住宅に2,500戸分、1,741億円をあてる。前年度にくらべると、賃貸住宅は4,200戸減、予算は1,808億円減、じつに45.3%の減である。再開発関連は2,500戸と変わらず、しかも予算は805億円増、85.9%もの増額である。1戸当たり額で新たな再開発関連には2・6倍もの予算計上である。施設整備は事業費が半減、予算も68・3%減となり、団地内施設の衰退がいっそう懸念された。
 公団事業予算が17.6%減のなかで、居住環境整備は25%減と大きく、都市整備は7.6%減にとどめたのにたいし、土地有効利用の35・1%増が目につく。
 ここで国の住宅対策費(国費)の推移をみておくと、橋本内閣が終わる1998年度は1兆6,714億円(歳出予算総額に占める比率は1・90%)、以降年々実額、比率ともに下落しつづけ、とくに小泉内閣2年目の2002年度9,799億円(1.17%)を境に急落して、最後の2006年度には7,179億円(0・9%)へと削減されている。ちなみに、住生活基本法が制定されて後の10年度は2,017億円(0.22%)、15年度1,527億円(0・15%)である021世紀の15年間に国の住宅対策費は、なんと10分の1以下への大激減が現実である。公共住宅政策は撤退にもひとしい。

 公団事業の変質と「都市再生」への暴走
 郡市公団「改革」は、「特殊法人等整理合理化計画」の閣議決定を先どりして進められ、2003年度予算概算要求にすでに具体的な姿をあらわした。2、000年3月に策定したばかりの「中長期業務運営方針」も01年に大幅改定するとともに、「ストック再生・活用計画」(2001~05年度)を作成した。改定方針は、公団業務の基本に「構造改革の重要課題の一つである都市再生に貢献」を打ちだし、業務内容として、①「市街地の整備改善」、②「賃貸住宅の供給および管理」をあげた。ストック再生・活用計画では5年間に4万戸着手、3万戸の建て替えのほか、新たに「トータルリニューアル」をかかげた。棟単位に全世帯の明け渡しをもとめて大規模改修をする検討にはいったが、結果として実現をみることはなかった。
 「都市再生」は小泉構造改革の目玉の一つである。小泉内閣は発足するとすぐ、01年用に首相を本部長とする都市再生本部を設置し、牧野徹が都市公団総裁をやめ、首相補佐官として担当した。小泉政権のもとで23の「21世紀型都市再生プロジェクト」が指定された。環状道路をはりめぐらし、空港をひろげ、都市部に超高層ビルをどんどん建設していこうという計画である。このうち第3次決定(01年12月)は、「公共賃貸住宅約300万戸について今後10年間の建替え、改修、用途廃止等の活用計画」を2002年度中に策定するよう求めた。
 従来型のばらまき型公共事業には国民の批判が高まっていた。「効率化・重点化」と称して形をかえた大都市集中の公共事業であり、ねらいは局地的なバブルの再現であった。02年に都市再生特別措置法を成立させ、都市再開発法等を改正した。この法律で「都市再生特別地区」「緊急整備地域」に指定されると、日照権や容積率などほとんどの規制がはずされ、都市開発が民間企業に丸投げされ、住民を追い出しやすくする仕組みがつくられた。都市公団が実施する市街地再開発事業も、一部は「緊急整備地域」の指定をうけ、都市再生の実現にふみだしていた。
 東京では超高層ビルの建設ラッシュとなり、早くもオフィス「バブル」の崩壊がいわれていた。ヒートアイランド現象、学校も公共施設も近くにないマンション建設など住宅環境の破壊は深刻になっていた。住民にとってコミュニティがこわされ、再開発事業から追い出され、あとに「再生」される地域が人間の住み働く生活空間になるのか。

 地方自治体の住宅行政の後退
 住宅「問題」は一般的に、利潤を求めて資本が集中する大都市に固有の問題であり、住宅確保を住民各自の「自助努力」に負わせるのは欺瞞もはなはだしく、住民の身近な守り手であるべき地方自治体の役割と責任は大きい。2001年にはいっての東京都の住宅行政の現状をみておく。
 東京都は01年5月の「住宅政策ビッグバーン」答申にもとづく形で「東京都住宅マスタープラン」(第3次)を作成した。時代状況の変化を理由に、市場の活用(住宅供給は民間が基本)、ストック活用(新規建設をやめ、既存住宅の建て替え・活用に重点)、既成制度の見直し(都営住宅制度の抜本改革)を柱にした政策転換を提言し、市場原理万能主義と行政の役割縮小論をとなえた。
 東京の持ち家率は41.5%、借家が全住宅数の55.6%をしめる(全国平均60.5%、38.1%)。居住面積は狭く、最低居住水準に満たない世帯は、民営借主では19.3%、公的借家で17.4%あり、住居費負担率も高く(民間借家で22..8%)、いずれの点でも全国最悪である(1998年住宅・土地統計調査)。都営仕宅への応募倍率に都民の切実な住宅要求があらわれている。空き家募集で10倍以上、新築では30倍以上、50倍、200倍の例もみられる。石原慎太郎郁政が新規建設ゼロをきめた2000年以降、この倍率は上がりつづけている。これにたいし東京都は、都営住宅の絶対量の不足はそのままに、「不公平感」をなくす名目で収入基準を引き下げ、入居を期限つきにするなど、重大な制叱改悪にのりだした。
 都営住宅を民設・民営方式に移行していく。都営住宅とその敷地(1,900ha)を有民間市場に放出する。期限つき入居制度の導入、入居にあたり課税所得以外こ資産調査、使用承継制度の見直しなど、都営住宅制度の改悪をはかり、公営住宅法のさらなる改悪をうながした。行政組織の上でも、02年度から都営住宅の管理業務を住宅供給公社に全面的に委託を拡大し、建設・管理に「経営的視点の強化等が可能となる」特別会計を導入するはか、住宅局の再編をすすめた(04年4月に住宅局を廃止、都市整備局に再編した)。

『検証 公団居住60年』 東信堂


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