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『知の木々舎』第313号・目次(2022年5月上期編成分) [もくじ]

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【文芸美術の森】

妖精の系譜 №26               妖精美術館館長  井村君江
 シェイクスピアの妖精 3
石井鶴三の世界 №209              画家・彫刻家  石井鶴三
 座像2点 1930年/1932年 
過激な隠遁~高島野十郎評伝 №72     早稲田大学名誉教授  川崎 浹
  ノート 11
武州砂川天主堂 №1                 作家  鈴木茂夫
 第1章 慶應四年 明治元年 1
西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い!」№81 美術史研究家 斎藤陽一
 喜多川歌麿≪女絵(美人画)シリーズ≫第9回「歌撰恋之部」
行くも良い良い、行かぬも良い良い句会物語 №106 
                       俳句・こふみ会同人  多比羅 孝
  コロナ禍による在宅句会 その21
エラワン哀歌 №25                    詩人  志田道子
 ふやけたままなのに……1960秋
【ことだま五七五】

日めくり汀女俳句 №104               中村汀女・中村一枝
 十一月五日~十一月七日
読む「ラジオ万能川柳」プレミアム №135            川柳家  水野タケシ
 4月20日、27日放送分
【心の小径】
論語 №140                                                       法学者  穂積重遠
 四四四 子のたまわく、郷原(きょうげん)は徳の賊なり。
現代の生老病死 №17              立川市・光西寺   寿台順誠
 質疑応答
【文化としての環境日本学】

日本の原風景を読む  №48                     早稲田大学名誉教授  原 剛
 塩の神様への畏敬-塩竈神社 
【雑木林の四季】

私の中の一期一会 №259           アナウンサー&キャスター    藤田和弘
 行動制限なしの大型連休は3年振り、連休明けのリバウンドはあるのか?
BS-TBS番組情報 №257                                     BS-TBS広報宣伝部
 2022年5月のおすすめ番組(上)
医史跡を巡る旅 №106           保健衛生監視員  小川 優 
  安政五年コレラ狂騒曲~戸塚村、磯子村

海の見る夢 №30                                   渋澤京子
  薔薇色の人生-
梟翁夜話 №110                                 翻訳家  島村泰治
 「聡太君の入れ知恵」
検証 公団居住60年 №111  国立市富士見台団地自治会長  多和田栄治
 規制改革路線をひきつぐ民主党政権。迷走の3年余 5 
台湾・高雄の緑陰で №32      コラムニスト・在台湾  何 聡明
   ウクライナ戦争と台湾
【ふるさと立川・多摩・武蔵】                                                   

線路はつづくよ~昭和の鉄路の風景に魅せられて №197             岩本啓介
 氷見線     
押し花絵の世界 №157                                     押し花作家  山﨑房枝
 「ノイシュヴァンシュタイン城の夕暮れ」
ミツバチからのメッセージ №65   造園業・ミツバチ保護活動家  御園 孝
 ブータン 11
赤川ボンズと愉快な仲間たちⅡ №9        銅板造形作家  赤川政由
 「ピーターパンのフック船長とウエンディ」
多摩のむかし道と伝説の旅 №78                                             原田環爾
  幻の旧五日市鉄道廃線跡を行く 4
国営昭和記念公園の四季 №105
 シャクナゲ  日本庭園
【代表・玲子の雑記帳】                 『知の木々舎 』代表  横幕玲子


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妖精の系譜 №26 [文芸美術の森]

 月の女神の性質を持つ妖精女王ティタニア

     妖精美術館館長  井村君江

 オベロンの妃のティタコアの素性は、古典世界のきらびやかな神話体系に属する。ティタコアという名はオウィディウスの『転身物語』の中でダイアナに与えられているいくつかの異名のひとつであって、ダイアナはウラノス(天)とガイア(地)との間に生まれたタイタン族(巨人神族)の一人である太陽ソルの姉妹であるところから、ダイアナにもタイタンの生まれを意味するタイタニア(巨人の娘)、転じてティタニアという名がつけられたわけである。そして妖精の女王がティタニアと呼ばれる理由としてはおそらく以下のような推定が可能である。すなわち当時のイギリスではギリシャ神話に数多く登場するニンフやナイアドを自分たちの頭にあるフェアリーと同じものと考えていた。例えばオウィディウスの『転身物語』は、この時代にアーサー・ゴールディングによって英訳され、シェイクスピアが読んだのもこの訳だと思われるが、この英訳の中でニンフないしナイアドはみな「フェアリー」とか「フェアリー・エルフ」あるいは「ウォーター・フェアリー」とおきかえられている。そのため妖精=ニンフ、そして妖精の女王はニンフを多く引き連れる月の女神ダイアナとなったと推定されるのである。
 ジェイムズ一世はその著『悪魔学』の中で、ダイアナとそのさ迷う侍女たちはフェアリー〈phairie〉と呼ばれると言っており、ダイアナと妖精の女王を重ねているし、またスペンサーも妖精の女王をダイアナ、シンシア(月の女神)、フィーピー(輝ける女)とも呼んでおり、月と妖精、「月の女神」と「妖精の女王」とを結びつけることは当時は一般的だったようである。スペンサーの『妖精の女王』の成功は確かに影響が大きく、例えばジョン・リリーによる、ハートフォード伯爵が「バンプシャーのエルベサムを御巡幸中の」エリザベス女王に捧げた余興の仮面劇(一五九一)では、フェアリー女王は「オレオーラ」という名のもとに白銀の杖を手に現われ、エリザベス女王を讃え歌うが、女王は月の女神フィーピーとして輝くというように描写されている。

  地下に住むこのわたくし、
  オレオーラはフェアリ1の国の女王にして、
  夜ごとに彩りはなやかな花の輪のなかで
  踊りまわり、エリザベスの名を称え歌う、
  陛下に義務を尽さんとするわがために、
  海の神(ネレウス)と森の神(ウルバン)が、近ごろ、
    英国の女王陛下を歓迎し、
  魔法の枚で大地を開いたと聞く、
  フェアリーの王オベロンより与えられたる
  この花の冠を戴き、恭しく陛下に御挨拶申し上げる。

 しかし、この映像にティタニアという名を作って付したのは、シェイクスピアである。
 シェイクスピアの喜劇に登場する女王ティタこアにもこのギリシャの女神の悌(おもかげ)は濃厚に残っているが、乙女であることと純潔の守護神としての資質は失われている。彼女には夫があるし、「月夜に出会うとは運が悪いな、高慢ちきのティターラ」と夫から言われて、「何ですって、嫉妬(やっかみ)やのオベロン、あちらへお行き、妖精たち、こんな人とは共寝はおろか遊んでもやらないと決めたんだから」ときりかえすところなどなかなか活発でコケティッシュでもある。惚れ薬のせいとはいえロバの頭をかぶったボトムに熱をあげるところや、我儀で高慢で強情で、自分の過失をなかなか認めない点などまったくシェイクスピアの喜劇の中の女性であるが、それでも女神ダイアナの性質は残っていて、「月が、ほら、泣いているみたい。月が泣くと小さな花も一輪残らず渦を流す。きっとどこかで乙女が積されたのよ」などと言うのは月の女神として当然だろうし、露のおりた夜、空飛ぶ獲物を追い求める不思議な女狩人になるのもダイアナの資質である。ティタニアも侍女たちも夜に属していて明け方がくるとどこかへ去ってしまう。
 妖精たちは花々や昆虫に囲まれて暮らしており、「からし種」や「蜘妹の巣」「豆の花」「蛾の君」という名からも判るとおり、植物や花、蝶や昆虫のようであり、微小で、繊細で美しい。女王ティタニアのベッドの天蓋は甘い香りを放つスミレやスイカズラ、窮香薔薇でできており、蛇のエナメルの皮や蠣幅の皮の翼は妖精の服になり、妖精たちは蜂の巣から蜜嚢を、リスの倉からクルミを集め二月夜の原で唄に合わせて輪踊りをしておくれ」とティタニアは言うが、妖精たちが歌うのは子守唄であり、トカゲ、ハリネズミ、イモリ、蛇などに象徴されているように「わざわい、まじない、あやしいものは、女王さまには近よるな」という守護の歌で安らかな眠りをさそい、夢路に導く幻想的な呪(まじな)いの歌である。
『夏の夜の夢』と同年に出版された作者不詳の『乙女の変身』、そしてジョン・リリーも『エンディミオン』で小さい妖精をすでに描いているので、極小の妖満はシェイクスピアが初めて創作したものとは言い切れぬところがあるように思われる。次の一節は『乙女の変身』の中の、身体がハエに乗れるほどの大きさの妖精の描写であ。、「からし種ほどの大きさ」に等しいようである。

 妖精1 花々の上を飛び跳ねて、
     林をあちこち駆けまわり、
     それから蝿にまたがって、
     み空を高く運ばれて、
     さあさ、旅にお出ましだ。

 フロリス・ドラットルはこの『乙女の変身』の妖精とシェイクスピアの極小の妖精の描写に関して、「シェイクスピアの作品ではさらに見事に発展させられてはいるが、こうした類似は単なる偶然の一致というにはあまりに似すぎている」と指摘しており、妖精の極小さがシエイクスピアだけの創造ではなく、当時他の作家たちも妖精をそうした小ささで描いていたのではなかろうかという推定を立てている。
 ティタコアと並んで、シェイクスピアが妖精の女王に与えた名前にマブがある。マブ女王は『ロミオとジュリエット』のマキューシオの台詞に登場し、「妖精の産婆」と呼ばれ、人の頭に夢を生む妖精の女王になっている。昔から、眠っている者、とくに女性の上に乗って圧迫し苦しめて悪夢(性的な夢)を見せる夢魔(インキユバス、ナイトメア)の存在が信じられており、これは女性への欲情ゆえに堕ちた堕天使といわれているが、マブ女王も、「仰向けに寝ている娘を押さえつけ、重い荷物をのせることを教え、亭主思いの良妻賢母に作りあげる」とあり、女の夢魔(サッキユバス)の性質を備えていることが見られる。
 妖精に夢魔の性質を見ていたことは、『シンベリン』の中でイモージュンが寝室で眠りにつく前に、「妖精たちや夜の誘惑者たちから、どうか私をお守り下さい」と祈る言葉にもうかがえるが、さらに妖精が夜の魔物として恐れられていたこともこれらの台詞からわかってくる。この場合にはフェアリーと「夜の誘惑者」をならべて書くことで、実はインキュバスを暗示しているのではないかとも思われる。インキュバスは夜中に眠っている乙女のもとへ忍びこんでこれを犯すと信じられた一種の魔物で、中世にはその存在が広く認められ、これの扱いが法律にまで定めてあった。つまりシエィクスピアは処女イモージュンの心理の奥にある性に対する恐怖を巧みに表現し、それによってイモージュンの清純な性格を逆に強調しているといえよう。

『妖精の系譜』 新書館


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石井鶴三の世界 №209 [文芸美術の森]

座像2点 1930年/1932年

     画家・彫刻家  石井鶴三

1930座像2.jpg
座像 1930年 (213×146)
1932座像.jpg
座像 1932年 (184×193)


**************  
【石井 鶴三(いしい つるぞう)画伯略歴】
明治20年(1887年)6月5日-昭和48年( 1973年)3月17日)彫刻家、洋画家。
画家石井鼎湖の子、石井柏亭の弟として東京に生まれる。洋画を小山正太郎に、加藤景雲に木彫を学び、東京美術学校卒。1911年文展で「荒川岳」が入賞。1915年日本美術院研究所に入る。再興院展に「力士」を出品。二科展に「縊死者」を出し、1916年「行路病者」で二科賞を受賞。1921年日本水彩画会員。1924年日本創作版画協会と春陽会会員となる。中里介山『大菩薩峠』や吉川英治『宮本武蔵』の挿絵でも知られる。1944年東京美術学校教授。1950年、日本芸術院会員、1961年、日本美術院彫塑部を解散。1963年、東京芸術大学名誉教授。1967年、勲三等旭日中綬章受章。1969年、相撲博物館館長。享年87。
文業も多く、全集12巻、書簡集、日記などが刊行されている。長野県上田市にある小県上田教育会館の2階には、個人美術館である石井鶴三資料館がある。

『石井鶴三素描集』形文社

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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №81 [文芸美術の森]

        喜多川歌麿≪女絵(美人画)≫シリーズ
         美術ジャーナリスト  斎藤陽一
          第9回 「歌撰恋之部」

81-1.jpg

≪もの思う恋≫

 今回は、歌麿の全盛期と言われる寛政中期に制作された全5枚の大首絵のシリーズ「歌撰恋之部」(かせんこいのぶ)の中から、「物思恋」(ものおもうこい)と「深く忍恋」(ふかくしのぶこい)の2点を紹介します。歌麿の代表作とされる作品です。

 「歌撰恋之部」というシリーズ名は「六歌仙」などを連想させ、和歌にちなんだ連作かと思ってしまいますが、必ずしも、特定の和歌に関連した内容ではありません。
 このシリーズは、「恋する女」六態を描いて、それぞれの内面までも表現しようという意欲的なものです。

 そして、このシリーズで描かれるのは、いずれも堅気の女性たちです。いわゆる“水商売”の女性、たとえば芸者や遊女、水茶屋の女といった人は一人も描かれていない。

 上図は、その中の1点「物思恋」(ものおもうこい)。とりわけ世に知られている作品です。眉を剃っているところから、人妻、それも、着ている着物から見て裕福な商家の若奥さん、といった風情です。
 
81-2.jpg 眼を細めて、何やら物思いにふけるような虚ろな眼差し、軽くついた頬杖に軽く曲げた指先、ずり落ちそうな前ざしの簪(かんざし)・・・これらの微妙な描写によって、既に人妻となっていても、今なお忘れられない恋に思いを馳せている様子を表現しています。

 全体に抑え気味の渋い色調ですが、わずかに袖口にのぞく下着と唇に鮮やかな紅色を用いることによって、女の中に今なおくすぶる熱い情念を暗示しています。

 髪の毛の細かな彫りこみの線にも注目!
 彫師と摺師の超絶技巧がそろって、はじめて可能となる見事な描写です。
 その結果、入念に結い上げた、つややかで美しい黒髪が表現できました。江戸の浮世絵版画の技術は、このような高度な水準に到達したのです。ちなみに、左右に張り出した独特のヘヤースタイルは、「灯籠鬢」(とうろうびん)と呼ばれました。

 構図にも注目しましょう。
 女性の体と顔は、右下から左上にせり出すような形で描かれ、そのラインを、左右に大きく張り出した「灯籠鬢」が受け止め、さらに、左下から右上に伸ばされた頬杖の腕が支えることによって、画面はかろうじて均衡を保っています。まことに大胆で独創的な構図であり、歌麿の大首絵の特徴をよく示した作品です。

≪深く忍ぶ恋≫

 次も、「歌撰恋之部」シリーズの中の1点、「深く忍恋」(ふかくしのぶこい)です。

81-3.jpg

 この構図も大胆です。
 女性の体は右を向いていますが、首だけをぐいと左に向けて、下の方を見つめています。女性の首と顔が作るラインは、右下から左上に流れ、それを大きな髷(まげ)が受け止め、女性の腕の作る「くの字」が安定感を生み出しています。

 使われている色彩は数少なく、抑さえた色調ですが、着物にかけられた黒襟と丸髷の「黒」が画面を引き締め、同時に、女の肌の「白さ」を引き立てている。そして、煙管と襟、帯の「紅色」が鮮やかなアクセントとなっています。

 この女性は、やや年増の人妻でしょうか。口もとからわずかに鉄漿(おはぐろ)が見えます。
彼女は、一体何を思っているのだろうか?
題名の「深く忍恋」からは、『拾遺和歌集』にある、よく知られた平兼盛の和歌:
      忍ぶれど色に出にけりわが恋は
            ものや思ふと人の問ふまで
を連想します。おそらくこの女性の恋は、人に知られてはならない恋なのでしょう。

 先ほど見た「物思恋」が、はるか若い日の恋を思っているような、遠くを見つめる眼差しを示しているのに対して、この女性は、今もなお、心の中の恋の炎が消えていない、というような風情を漂わせています。

 次回は、「吉原遊郭の遊女たち」を主題とした異色の「大首絵」を紹介します。
(次号に続く)


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武州砂川天主堂 №1 [文芸美術の森]

第一章 慶應四年・明治元年 1

         作家  鈴木茂夫
 
 武州(ぶしゅう)多摩郡砂川村は、東京・日本橋から西へ九里(約三十六キロメートル)、武蔵野のただ中にある。
 村の中央を東西に五日市街道が貫通する。街道の両側にはケヤキの並木。その最も高いものは、十七間(三十メートル)を超える。葉を散らした小枝が重なり合って冬の中空に延びている。それは十七世紀の半ば、村が誕生した頃に植えられ、星霜を重ねてきたのだ。
 村人は約二千人、五日市街道に直交して短冊形に土地割りし、一番組から十番組までの集落を形成している。水利に恵まれないので、農作物は、陸稲、麦、甘藷、茶、桑酉など。街道の北を流れる玉川上水の水を分配されて、生活用水としている。
 ここは、韮山(にらやま)代官江川家の管轄。村の名主は代々砂川家が勤めてきた。二百年を超える。
慶應四年元旦、武州・砂川村。
 新春の阿豆佐昧天(あずさみてん)神社は、初詣の村人で賑わっていた。御祭礼と記した一対の天職が据えられている。敷石で固めた参道の脇には、べっこう飴、櫛や算、縁起物のダルマ、富山の薬など露店が並んでいる。頭巾の上に烏帽子をかむり、曲芸する放下僧もいる。子どもたちは、群れなしてあちこちと走り回ってはしゃいでいる。
 境内の神楽舞台では、祭り嚇子が奏でられている。

  前の門(かど)よりこの座を指して
  七福神が舞い込んで、
  ぐるりと並んでお酒盛り
  布袋に福禄、毘沙門や
  弁天様のお酌にて
  飲めよ大黒、させ恵比寿
  中で鶴亀舞い遊ぶ

 正月恒例の伊勢音頭だ。
 村人は誰も火慰斗(ひのし)をかけた紺無地の袷を着た晴姿だ。初詣を終えると、社殿の前に立つ名主砂川源五右衛門に深々と頭を下げた。
 「おめでとうさんです。旦那様、きょうは良いあんばいのお日和でねえ」
 「めでてえこった。この分じゃ今年もきっと豊作にちがいなかんべえ」
 源五右衛門は当時三十斎。さっぱ声音で口上をのばた。身の丈六尺(一・八メートル)、面長の顔に花宇治が通り、唇は横一文字に結んでいる。太い眉、両の眼は黒目がちに澄んでいる。羽織袴の腰には大小の刀を下げていた。苗字帯刀を許されているのだ。
 江戸での刺帆他行の成果で、精悍さが全身にみなぎっている。
 二番組の組頭内野藤右衛門が笑顔で挨拶してきた。
 「旦那、正月がめでてえことはの結構だが、おらにはちっとばかり見当がつかねえことがある。ぜひとも教えてくらっせえ」
 「そりゃ藤右衛門さん、なんのこったい」
 「いえね、俺は学問がねえから、世の中の動きがつかめねえ。去年の秋、『たいせいほうかん』てのがあったというが、ありや一体何のこっちゃ」
 「ふむ、そりゃ、大政奉還のことだあね」
 「そう、それが分かんねえ」
  「一口で言えば、将軍様が将軍を辞めたってことだよ」
  「将軍様ってえのは、徳川様のことですかい」
  「そうだ。徳川慶喜公は、徳川第十五代の将軍様だ。その慶喜公が将軍を辞めたんだ」
  「将軍様が将軍を辞めると誰に言ったんだい」
  「天朝様(てんちょうさま)と大名衆に言ったんだ」
  「天朝様ってのは何だい」
  「天子様とも言う。この日の本の国の元締だ。この天子様が徳川様に将軍を勤めるように頼んだ方だんべ」
  「よく分かんねえが、天子様って人が、日本の元締なら、徳川様を将軍にしないで、自分でこの国を治めりやいいんじゃねえか」
  「藤右衛門さんの言うことには一理がある。しかし、天子様の家来には武士がいなかった。武士がいなきや抑えがきかねえ。そこで武士の棟梁に、この国を治めて欲しいと頼み込んだ。それからざっと四百年間、将軍を努める家柄は、何度か変わり、徳川様となって二百数十年続いてきた」
 「将軍様は、うまくこの国を治めてきたんじゃねえんですかい。それがここに来て、なぜ突然、将軍を辞めることになったんですかね」            うわさばなし
 「俺のような百姓には、その辺から先のことは分からねえ。江戸の町の噂話をひっくるめて、こんなところだろうと見当をつけてるだけ。少し前から、異国の船がやってくるようになった。交易をやりたい、異人を住まわせたい、だから港を開いて欲しいと申し込んでくる。異国の船は、風で走るばかりでなく、船に取り付けた水車のような代物を回して走る。そして船に積んである大砲は、とてつもねえ威力がある。長く砲弾が飛び、大きな爆発力がある。しかし、徳川様にも大名衆にも異国の船を退治する大砲も船もねえ。将軍様は、長崎、横浜、兵庫、新潟、箱館の港を開放した。そして交易もするとした。つまり開国の方策だな。そこで手詰まりを起こしたんじゃねえかと思う」
 「天子様が自分で国を治めても、抑えのきく武士の家来衆がいねえのなら、どうにもならねえんじゃねえんですかね」
 「話がそうなると、俺には分かんねえ。」
 「旦那、話の切り口を変えてみてはどうでしょう。公方様が、将軍をやめて何になったんですかい」
 「将軍様ってのは、徳川様ってことだ。つまり慶喜公だ。将軍を辞めれば、大名だな」
 「旦那、徳川様が大名になったというのは変じゃねえですかい。徳川様は、四百万石の大大名、日本一の大名だからこそ大名の元締の将軍様だったんじゃねえですかい」
 「あんたの言うとおりだ。そして俺たちは、徳川様の領民だ」
 「旦那、そんなことで成り行きは、収まるだんべえか」
 「頭を抱え込んじまうのは、その点だ。何かどでかい変わりようになってしまうような感じもする。つまり、将軍様も、大名も吹っ飛んじまうような様変わりがあるんじゃねえかと思うんだ。士農工商って言葉がある。世の中にある身分とその順序のことだ。その一番上に立つ『士(さむらい)』、武士が揺れているんだ。異国の力の前に、何もできないでいる。そうなのに、国の中じゃ、刀を振るってる。それは、国が根元から揺らいでいるってことじゃあねえだろうか」
 「今年はえれえことになりそうな気配なんですかい」
 「将軍様は、この前、長州藩がけしからんと、軍勢を繰り出しただろ、一回目は勝ったが、二回目は、大負けだった。徳川が戦って負けるなんてことは考えてもみなかった。でも、そうなっちまったんだから、つまり、徳川の力が弱くなっているってことだよな」
 「徳川に代わって天朝様というか、天子様が元締になるってことですかね」
 「今言えるのは、何かがおわり、なにかがはじまるっていう気配じゃないだろうか。それ以上のことは、分かんねえさね」

『武州砂川天主堂』 同時代社



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エラワン哀歌 №25 [文芸美術の森]

ふやけたままなのに……2016秋

       詩人  志田道子

 頭の芯には酷暑の熱が未だ残り ふやけたままなのに
 いつの間にか秋だ
 落ち葉や柿の匂いに混じって
 記憶のなかをいくら探しても見つからない
 甘い匂い がある
 紫蘇の匂いでもない
 なぜ懐かしいのか分からない

 「区立保護樹林」の看板を掲げた家
 生垣に囲まれ雑木が密生するなか
 白樺の木が一本だけ聾えるその庭に
 降り注ぐ秋の日差しがまぶしくて
 生垣の周りをぐるぐる歩いた
 何回も 何回も
 そうして晩秋の青い空が
 いつの間にか忘れさせてくれていた
   いろいろなことを
 ……その家に住む少女はそのとき
 窓辺でうたた寝をしていた……らしい

     *

 特急列車が通り過ぎたばかりの
 ホームの端に立って
 この頃すっかり負けているオレは
 北風に背を丸めた
 そしてホームの人の視線を意識した
 夏の間穿き続けて色槌せたズボンを
 中古品売り場で買ったばかりの上着を意識した
 オレはテレビの画面の中のアイドルのように
 両足を開き
 片手を上げて振り下ろし
 両肩の力を抜いて顎を引き
 演技終了の決めポーズを採る オレに向かって

『エラワン哀歌』 土曜美術出版社販売



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行くも良い良い、行かぬも良い良い……句会物語 №106 [文芸美術の森]

行くも良い良い、行かぬも良い良い……句会物語
こふみ会通信 №106 (コロナ禍による在宅句会 その21)
「桜鯛」「走り梅雨」「春愁」「蝶」
                俳句・こふみ会同人・コピーライター  多比羅 孝

下戸氏と一遅氏の連名にて、≪令和4年4月の句会≫の案内が全会員に届きました。下記のとおりです。

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こふみ会『4月小網句会』のご案内です。4月幹事  一遅・下戸
目黒川に花筏が浮かぶと、1年で一番過ごしやすい季節が始まります。
ちょっと遅くなりましたが、4月のこふみ会のご案内です。
今月は、いつもよりスケジュールがタイトになりますが
短期集中、イマジネーションをポンと飛躍させて作句しましょう。
よろしくお願いします。

● 兼題 【桜鯛】 【走り梅雨】 【春愁】 【蝶】
● 上記兼題4句を4月16日(土)〜18日(月)に投句して下さい(厳守)
● 選句締切は4月27日です。
投句は下の幹事宛てにお願いします。
   幹事=森田一遅/大取下戸

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 
【上載の通知によって作成・作句された今回の全作品】は下記のとおり。14名 56句

【桜鯛】
海馬緩む桜鯛一尾跳ねるとき(矢太)
桜鯛えびすがひとつ大あくび(一遅)
桜鯛姿凛々しく板の上(紅螺)
隠し事ぜんぶ打ち明け桜鯛(下戸)
桜鯛左刺身に右蒸しに(尚哉)
瀬戸内に季節告げるや桜鯛(玲滴)
さくら+目出たい=桜鯛(a+b≑c) (鬼禿)
桜鯛良い名をもらったね君は(孝多)
水を切る鰭のとがりも桜鯛(すかんぽ)
去る春の色を喰らうぞ桜鯛(兎子)
頬に鱗光らせ料る桜鯛(弥生)
桜鯛卓上まなかに置かれをり(小文)
桜鯛ただいっときの恋の色(茘子)
染付の微かに透けて桜鯛(虚視)

【走り梅雨】
走り梅雨草木虫魚蘇生させ(茘子)
万物の生命の匂い走り梅雨(鬼禿)
子も母もこぶら濡らして走り梅雨(すかんぽ)
走り梅雨前線あそこ雲の龍(尚哉)
核の傘ズシリと重し走り梅雨(下戸)
走り梅雨濡れた裾ふく軒の下(紅螺)
走り梅雨濡れたからだで駆けてこい(矢太)
走り梅雨小さき命の慈雨となれ(一遅)
忘れ傘今はいづこに走り梅雨(弥生)
ストライプシャツにアイロン走り梅雨(小文)
田の緑やや広がりて走り梅雨(虚視)
もう来たか走りの梅雨の静かなる(孝多)
緑道の童の像や走り梅雨(玲滴)
巣立ちの日決意をくじく走り梅雨(兎子)

【春愁】
春愁か日差しのぬくさに涙ぐむ(兎子)
春愁や船着き場まで2往復(下戸)
孫去りし部屋片付けに春愁う(玲滴)
春愁やラジオは男の長科白紅螺(尚弥)
春愁やまた今日も探しものしている(一遅)
春愁や誰も笑わぬオンライン(尚哉)
日々春愁うれいの秋とはまた違う(孝多)
春愁やとぎれとぎれに二胡聞こゆ(弥生)
春愁や車窓の町の遠ざかり(虚視)
春愁といふ季語虚しジェノサイド(矢太)
春愁の真中に御座す弥勒像(茘子)
春愁の胸にカヌーを浮かべけり(すかんぽ)
春愁や喧嘩相手がいない席(鬼禿)
春うれい深呼吸して髪束ね(小文)

【蝶】
着地まで16コマの蝶となる(下戸)
キャベツ食みやがては白き蝶と飛べ(弥生)
生きている嬉しさに蝶舞い立ちぬ(孝多)
蝶々や黒海渡れ赫き地へ(矢太)
路地裏を広く遊ぶやしじみ蝶(すかんぽ)
しばらくはここにいるよと肩の蝶(小文)
独り居の猫の額に蝶の舞う(玲滴)
蝶々が園児のぼうし数えゆく(鬼禿)
初蝶ですお届け物ですごきげんよう(尚哉)
蝶が舞うひらひら笑う蝶のよに(兎子)
夢というかたちのあらば蝶なるか(虚視)
戦火の報夢に無数の蝶が哭く(一遅)
人混みの街に舞立つ蝶一羽(紅螺)
銀座裏鳳蝶ふわりビルに消ゆ(茘子)

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【天句の鑑賞】
「天」に選んだ句とそれに関する鑑賞短文を簡潔に書くというこふみ句会の約束事。

●春愁の胸にカヌーを浮かべけり(すかんぽ)
鑑賞短文=いま鬼の胸はウクライナでいっぱい。そんな隙間にカヌーを胸の上に浮かべる血
              は・・。うまい。ほんとうにカヌーでも笹船でも浮かべたい気持ちです。
             (鬼禿)
鑑賞短文=何となく気だるく心の晴れぬ時、心にヌーを浮かカべることは詠者にとって癒し
             であり希望の象徴なのでしょう。魅力的な句でした。(弥生)

●しばらくはここにいるよと肩の蝶(小文)
鑑賞短文=ふと、蝶と心が通い合うかに思える瞬間が見事に捉えられています。春ですね
              ぇ。(虚視)

●夢というかたちのあらば蝶なるか(虚視)
鑑賞短文=蝶は、ギリシア語でプシュケー。人の魂の変じたものです。独自の切り口で、兼
              題を消化されていますね。(尚哉)

●ストライプシャツにアイロン走り梅雨(小文)
鑑賞短文=ストライプ柄が雨垂れを想起させて、とてもいい取り合わせです。アイロンの乾
              いた印象が走り梅雨と響き合っています。(すかんぽ)

●万物の生命の匂い走り梅雨(鬼禿)
鑑賞短文=錆びついた五感を蘇らせてくださる句です。(小文)
鑑賞短文=さまざまな命のはじまる季節。雨の匂いの中に希望が見えます。いい句ですね。
             (一遅)

●春愁やとぎれとぎれに二胡聞こゆ(弥生)
鑑賞短文=二胡の音色は、心ふさぐ春の心情そのものですね。(紅螺))

●路地裏を広く遊ぶやしじみ蝶(すかんぽ)
鑑賞短文=中7の「広く遊ぶや」で決定でしたね。小さな蝶の舞う姿や、まわりの様子など
              までも、くっきりと浮かびあがって来ます。良い句をご提示いただき有難うござ
              いました。(孝多)

●春愁やまた今日も探しものしている(一遅)
鑑賞短文=年老いてひょいと物を置いて置き忘れ、探しまわっては落ち込む日々、これが春
               の季節ともあれば憂いはなおのことと、身につまされる句でした。(玲滴)

●去る春の色を喰らうぞ桜鯛(兎子)
鑑賞短文=発想の秀逸さに脱帽!(茘子)

●桜鯛ただいっときの恋の色(茘子)
鑑賞短文=桜鯛は季節限定の名前、それを「ただいっとき」としたところが上手い。色っぽ
              い。恋の色のくだりは、感動的です。(下戸)

●忘れ傘今はいづこに走り梅雨(弥生)
鑑賞短文=あの忘れ傘、この忘れ傘。いろんな忘れ傘があるなあ。でも、どの忘れ傘も思い
              出せない。(矢太)

●初蝶ですお届け物ですごきげんよう(尚哉)
鑑賞短文=ほのぼのと、あっけらかんとして、のびのびとしている。暗いニュースばかりの
              この時期に、心が軽くなりました。(兎子)

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≪今月の天地人≫

【天】鬼禿四三点
    代表句=万物の命の匂い走り梅雨
【天】すかんぽ四二点
    代表句=春愁の胸にカヌーを浮かべけり
【人】弥生三五点
    代表句=春愁やとぎれとぎれに二個聞こゆ

◆上位作の皆さん、おめでとうございました。

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≪幹事より、ひと言≫

パンデミックや戦争など、なかなか日々の季節感を明るく楽しむ日常ではない時代です。こんな時、自分の気持ちと俳句を、どのように折り合いを付けるのか、あまり答が見いだせずにいます。これからも、こふみ会にその答を探し続けていきたいと思います。  ( 一遅)
                                                 


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日めくり汀女俳句 №104 [ことだま五七五]

十一月五日~十一月七日

    俳句  中村汀女・文  中村一枝

十一月五日
玉霰(あられ)雪ゆるやかに二三月
           『汀女句集』 霰=冬

 医療ミスの多きにははじめの内驚いていても、段々なれっこになる。痛院に入院している時も点滴のぴんを見ながら、薬間違えたらこわいな、と不図思った。絶対起きる筈はないという確信があったから想像もできる。今ではそれが現実だからこわい。ただ入院していると、病棟のお医者さん、看護婦さんの忙しさはいやでも目に入る。当時、待遇改善のビラが壁にはられていたがひそかに共感していた。あれだけ働いたら、疲れもたまる、注意力も散漫になるのは当然に思える。それでも笑顔を絶やさない多くのナース達はやはり、白衣の天使にみえた。

十一月六日
雨寒き池に金魚のよく泳ぐ
        『芽木威あり』・寒し=冬

 駅の改札口を出た所で、夫婦らしい二人がしゃがみこんでごそごそやっている。やがて二人の間から白いプードルがぴょんととび出した。バッグの中に入れ電車に乗ってきたのだろう。十年前には同じことをしていた私は、思わず笑ってしまった。ずっと犬を乗り物に、それも素で乗せて貰いたいと思ってきたが、いまだに龍やバッグに入れないと乗車拒否。かつて十三キロの犬を運んできた体力はもうない。犬の乗車賃をとるなり、人犬共用車輌を作るとか、1Rも考えてくれないかな。もちろん飼い主のマナーは一番として。

十一月七日
吹きもどす風ぞはげしき落葉かな
         『芽木威あり』 落葉=冬
 辻井喬氏の近著『風の生涯』。モデルになっているのが戦後異色の経営者といわれ、敵にも味方にも畏怖された元産経新聞、フジテレビ、文化放送社長水野成夫。私の父尾崎士郎とは肝胆相照らす友人であった。私はその緑で文化放送に入った。
 本を読みながら、子どもの頃接したおじさんの茫洋として温かい人柄が懐かしく思い出された。彼は自分流の全社再建のため辣腕(らつわん)を振い、多くの人に憎まれもした。私の友人たちの中には、いまだに彼を敵としている人が多い。同じ一人の人間の裏表、どちらも真実だと思う。

『日めくり汀女俳句』 邑書林



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読む「ラジオ万能川柳」プレミアム №135 [ことだま五七五]

     読む「ラジオ万能川柳」プレミアム☆ 4月20、27日放送分

     川柳家・コピーライター  水野タケシ

川柳家・水野タケシがパーソナリティーをつとめる、
読んで楽しむ・聴いて楽しむ・創って楽しむ。エフエムさがみの「ラジオ万能川柳」、
4月20日放送分です。  

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久しぶりの雨。。。

「ラジオ万能川柳」は、エフエムさがみの朝の顔、竹中通義さん(柳名・あさひろ)がキャスターをつとめる情報番組「モーニングワイド」で、毎週水曜日9時5分から放送しています。
エフエムさがみ「ラジオ万能川柳」のホームページは、こちらから!
放送の音源・・・https://youtu.be/pxb19R2W1F0
【あさひろさんのボツのツボ】
先週のボツの作品から、あさひろさんセレクトの1句をご紹介!!

(皆さんの川柳)※敬称略  今週は172句の投稿がありました!
 ・腹立てた人をやさしく思い出す(翔のんまな)
・録画して見ないで消してまた録画(東孝案)
・花粉症目玉洗っている夫(カラリ)
・最近はジイちゃんプーがよく出ます(名人・六文銭)
・メガネかけくもらぬマスクほしいもの(大名人・東海島田宿)
・キーウでもキエフでもいい銃を置け(パリっ子)

☆タケシのヒント!
「プーチンの侵略によりロシア語からウクライナ語読みになったウクライナの首都。でも、そんなことよりも、一刻も早く侵略をやめろ、銃を置け、と作者。大共感の一句です。」

・ジェノサイドまた嫌な言葉覚えたよ(大名人・恋するサボテンちゃん)
・後期ガクッ傘寿になってさらにガクッ(大名人・龍龍龍)
・ガードルは苦しいだけで効果なし(名人・メン子ちゃん)
・ワイン鍋さん女性だと思っていた(高橋永喜)
・連敗は連勝よりも難しい(おむすび)
・タラの芽とタケノコわらび里の春(名人・はる)
・母怒る心配だから怒っている(名人・じゅんじゅん)
・うれしいな季節の花の絵手紙が(くろぽん)
・手帳にも少し戻ったスケジュール(柳王・アンリ)
・予報士も冬物はもうしまってた(名人・ワイン鍋)
・ランドセル慣れてきたのか立ち話(大名人・重田愛子)
・請求書見るのハラハラ電気ガス(名人・里山わらび)
・密を避けラジ川聴いて速歩き(名人・まご命)
・見ているよお天道様と衛星が(柳王・入り江わに)
・大リーグ朗希欲しいと騒ぎ出す(名人・グランパ)
・プーチンのトリセツ売っているアマゾン(柳王・平谷妙子)
・ラジ川の締切追われはや5月(soji)
・頭ポンそこから恋が始まった(柳王・荻笑)
・東大に相撲部なんてという偏見(名人・不美子)
・ボツ続きメールフォームの所為にする(大名人・フーマー)
・現実は王子も試験落ちるのね(しゃま)
・朝ドラのあんな娘かなあワコリンは(柳王・けんけん)
・庭先でバリカンの音つばめ飛ぶ(柳王・かたつむり)  

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・脇役の花が主役になる小瓶(名人・ぼうちゃん)
・義父の世話買った惣菜増える日々(大名人・ポテコ)
・豊国屋奥様から来た!リアクション(辰五郎)
・美ら親子思いつ見てるちむどんどん(大名人・咲弥アン子)
・戦争のニュースを見ると胃が痛い(柳王・春爺)
・ほめられて鼻だけのびるお母さん(名人 ・わこりん)

◎今週の一句・キーウでもキエフでもいい銃を置け(パリっ子)
◯2席・現実は王子も試験落ちるのね(しゃま)
◯3席・連敗は連勝よりも難しい(おむすび)

【質問】
スランプに陥っている柳友がいます。何でも全然句が詠めないどころか、句会に出るのも辛いのだとか。
タケシ師匠もスランプになったことはありますか?もしそうなら脱し方を教えていただけると嬉しいです。(sojiさん)

【放送後記】
久しぶりの雨でした。雨で良いのは、花粉症が少し落ち着くこと。
目だけが妙にショボショボするのです。
そろそろヒノキも落ち着くころなのですが、
そうするともう春は終わって、初夏なのですね。
もう一度春をやりなおしたい。

◆4月27日の放送

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来週は祝日のためお休みです

放送の音源・・・https://youtu.be/ePpTXEMdJv0
【あさひろさんのボツのツボ】
先週のボツの作品から、あさひろさんセレクトの1句をご紹介!!
(皆さんの川柳)※敬称略  今週は169句の投稿がありました!
 ・さくらさくピンクのリレー北国へ(ぶたのはなこ)
・昼間からあおるビールは何故旨い(カラリ)
・ありがとうこだまし帰るありがとう(柳王・平谷妙子)
・この時期は見えそで見えぬ富士の山(大名人・東海島田宿)
・戦争の記憶忘れぬ昭和の日(名人・やんちゃん)
・地下室で想い描くよ春の虹(大名人・恋するサボテンちゃん)
・献血に行って判明高血圧(居酒屋たつみ)
・本物の阪神愛を試される(名人 ・せきぼー)
・入院のたびにナースに惚れる夫(名人・グランパ)
・嫌われる害虫だけど生き延びたい(くろぽん)
・タケシ師匠拾いやすいねワコリン句(そうそう)
・亡き義父(ちち)の十三回忌に句が載って(柳王・アンリ)
・審判を宥めに入る名女房(大名人・フーマー)
・背に湿布うまく貼れたね早や10年(名人・じゅんじゅん)
・君が好き言えない人を好きになる(名人・どんぶらこ)
・おそらくは軍事産業高笑い(名人 ・ワイン鍋)
・気持ちいい季節はどこへ行ったやら(名人・はる)
・新緑がきれい体調いいんだな(柳王・光ターン)
・床につき今日の良い事ふりかえる(名人 ・里山わらび)
・売り上げが多分落ちてる鼻毛切り(柳王・入り江わに)
・新緑に元気をもらう雨上がり(名人・不美子)
・党名を変えて命をつなぐ党(しゃま)
・おばあちゃん密になってよ骨密度(柳王・鵜の森マコピイ)
・葬儀中経よりゴキに気を取られ(大柳王・ユリコ)

☆タケシのヒント!
「お葬式の句なのに、大笑いしてしまいました。絵が浮かびますね。私ならどうするだろう。やっぱり、ゴキに気を取られるんでしょうね。」

・ラジ川が終わり始まる一週間(柳王・けんけん)
・しまいたい連休中にストーブを(名人・キジバト交通)
・赤ワインコップに注ぐとぶどう酒に(名人・ぼうちゃん)
・伝説の作家の名前見て興奮(大名人・咲弥アン子)
・薬にも「いただきます」と手を合わせ(柳王・かたつむり)  /
・プチ断食で食糧危機に備えてる(大名人・マルコ)
・制服はゆとりを持ってLL (ツーエル)よ(名人・メン子ちゃん)
・入選の時より嬉しいボツの壺(soji)
・念のため鼻毛を切って歯科へ行く(たごティ)
・日にひとつ心愉しむ事をせり(大名人・重田愛子)
・ 2週ボツママのやけ食い止まらない(名人・わこりん)

◎今週の一句・葬儀中経よりゴキに気を取られ(大柳王・ユリコ)
◯2席・新緑がきれい体調いいんだな(柳王・光ターン)
◯3席・地下室で想い描くよ春の虹(大名人・恋するサボテンちゃん)

【お知らせ】
来週5月4日はみどりの日でお休み、次回放送はもう11日の水曜日となります!!
ちょっと寂しいのですが、明日4月28日には、新しくなったタウンニュースの発表があります!
今回から、ありがたいことに、オール相模原に掲載されることになりました!!

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【放送後記】
ジメジメ、ムシムシ、4月だというのに
なんだか梅雨のようです。
季節が1カ月前倒しになったみたい。
ま、蒸し暑いとビールは美味しいのですが(笑)。
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水野タケシ(みずの・たけし)
1965年生まれ。コピーライター、川柳家。東京都出身。
ブログ「水野タケシの超万能川柳!!」 http://ameblo.jp/takeshi-0719/ 


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雑記帳2022-5-1 [代表・玲子の雑記帳]

2022-5-1
◆金沢は「空から謡が降ってくる」城下町です。そこには前田家の戦略があったのです。

2月に茶の湯文化を訪ねて北陸へ行ったところ、雪まみれの冬の北陸にすっかり魅了されました。今回は桜花爛漫の金沢に、百万石の藩主が愛した能の世界をたずねました。

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能の鼓をイメージした金沢駅の鼓門(つづみもん)

能の起源は古く、奈良時代にさかのぼります。6世紀、中国から「雅楽」とともにもたらされた民間芸能が「散楽」とよばれていました。それが日本古来の芸能とまざりあって、「猿楽」として流行したのが起源とされています。
鎌倉時代には、農耕儀礼から生まれた「田楽」や、僧侶たちの寺院芸能である「延年」が流行しました。こうした芸能に、歌曲や舞が加わって、ストーリー性のあるものが構成されていきます。
そして、室町時代、観阿弥・世阿弥父子の登場によって、王朝文芸とまざりあった、洗練された高度な舞台芸能へと大成されていきました。
こうした歴史を持つことで、「能楽」はユネスコによって日本で最初の無形文化財に登録されたのでした。

能楽はシリアスは歌舞劇である能と、写実的な演技によって滑稽な人間の姿を描く狂言とで構成されています。能は仮面劇でもあり、題材は神話や伝説、或いは伊勢物語や源氏物語、平家物語などからとられています。

能には観世流を初めとして、宝生、金春、金剛、喜多の5流があることがしられています。
金沢は加賀宝生の名で有名ですが、これにも歴史があるのです。
桃山時代、能は武将の重要な社交の手段でした。秀吉が金春流を贔屓にしていたため、、前田家の初代利家は金春流でした。江戸時代には武家の必須教養となり、前田家では権力者の好みを反映させながら、能楽を保護育成していきます。その結果、藩主お抱えの専業役者「御手役者」だけでなく、町人専業の「町役者」が活躍するようになりました。こうして、植木職人や左官にいたるまで、能を謡い舞う風土がつくられたのでした。
そして、5代綱紀が将軍綱吉お気に入りの宝生9世に入門して御手役者も町役者も宝生流に転流させたのが加賀宝生のはじまりでした。以来、金沢では宝生の伝統を今もうけついでいるのだということでした。

おもてと呼ばれる能面は無表情に見えますが、じつは僅かな角度の変化や動きで様々な表情が感じられる工夫がされています。豪華な装束もまた、舞台を読み解く重要なカギです。
金沢能楽美術館は加賀宝生に伝わる能面や能装束を収蔵展示する施設として建てられた市立の美術館です。金沢能楽堂の復元模型も展示されているほか、1階展示室の壁にはおなじみの世阿弥の言葉の数々も紹介されています。曰く「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」曰く「命には終わりあり、能には果てあるべからず」・・・

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市立能楽美術館
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翁と媼の能面
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装束と面をつけてもらってちょっぴり能の世界を体験

百万石の加賀藩はその財力で幕府から一目置かれると同時に危険視もされたはずです。前田家が茶の湯や能などの文化・芸術に力を注いだ(それも権力者の好みを反映させながら)のは加賀藩の保身の策だったのでは、と、この日の講師、宝生流能楽師の渡辺茂人さんの言葉にもありました。

金沢には能楽の拠点として、もう一つ、県立能楽堂があります。建物の中にある能舞台は、上記の金沢能楽堂を県が譲り受けて移築したものです。舞台の各部分の名称には子供用の解説書もあって、なるほど、当地では子どもころから能に親しんでいるのだと納得しました。年間を通して子供向けの狂言や謡、仕舞の教室も用意されているようでした。面白いと思ったのは、役者が橋がかりに入る揚げ幕が普通5色であるのに、宝生流では4色、白がないのです。徳川に遠慮してのことだという話でした。
能舞台に屋根が有るのは、能がかって野外で演じられていた名残です。

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県立能楽堂
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能楽堂内にある能舞台

昔、松山にある母の実家に遊びに行くと、リタイアした祖父がなにか唸っていたのを思い出します。子ども心には退屈この上ないものでしたが、後に、祖父が喜多流をたしなんでいたことを知りました。女系家族の中で引退すれば居場所もなく、所在無げだった祖父の唯一の楽しみだったのだと思うと、ほろ苦く、おじいちゃんにもっと優しくしてあげれば良かったと後悔したものです。
或いは小学校高学年だったころ、学校の講堂で狂言を見たことがありました。その時の記憶は強烈で、役者は舞台で三角に動くという話だの、太郎冠者を追う長者の声が今でも耳に残っています。今回の旅で、戦後衰頽した能楽をささえるために、能楽師達が手分けして全国の小中学校を巡っていた時代があったことを知りました。
祖父の記憶と言い、初めてみた狂言の記憶と言い、無縁だと思っていた能楽の世界とも、実は意外な処で接点はあったのですね。

能楽堂で、講師の渡辺さんの仕舞をたのしみ、謡曲「高砂」の譜面を読んだ後のお楽しみは加賀料理です。加賀料理と言えば治部煮。金沢名物のすだれ麩と共に味わいました。

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先付(桜胡麻豆腐)
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八寸(上・海老うま煮、花見団子、左・五郎島金時カステラ)
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椀物(海老新丈、菜の花)
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向付(鮪、替、カンパチ、あしらいに蓮の茎)
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治部煮(鴨、すだれ麩、生麩)
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焼き物(鰆の幽庵焼き、しらがねぎ、はじかみ、わらび)

金沢のシンボル、金沢城は、復旧なった石垣が見事です。金沢城公園は天守も御殿もないけれど、無料で市民に公開されているのが自慢だとは、案内してくれたガイドさんの言葉でした。訪れた日は4月の中旬で、東京では桜はおわっていましたが、金沢はちょうど満開を迎えたところでした。しかも、「弁当忘れても傘を忘れるな」と言われる金沢で、なんとこの日の天気は日本晴れ。随所で桜を楽しむことができました。

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石川門方面を望む桜並木

国内3名園に数えられている兼六園は観光客も多く、誰もの知る所ですが、隣接する「成巽閣(せいそんかく)」を訪れる人はあまり多くはないようです。

文久3年(1863年)に加賀藩13代藩主・前田斉泰が母・真龍院(12代斉広夫人)の隠居所として建てた歴史的建造物で、前田家の奥方御殿として国の重要文化財に指定されています。時節柄か前田家伝来の雛人形道具特別展がひらかれていました。残念ながら内部の写真撮影は禁止されていますが、縦横文化財の建物は一見の価値ありです。

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成巽閣
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成巽閣庭

石川門の反対側、金沢城公園の鼠多門側にあるのは「玉泉院丸庭園」です。前田家3代の利常の時代に作庭がはじまり、幕末まで歴代藩主が愛した庭園ということで、小さいながら兼六園よりも古いのです。
庭園を巡ればいくつもの石垣、中でも有名なのが色紙短冊積石垣です。石垣の上部に滝を組み込んだ特別な石垣で、石樋からの落水の背後に色紙形の石を段違いに配して、城郭石垣の技術と庭園としての意匠とが見事に融合した金沢城ならではの傑作とされています。TV番組「プララモリ」で、この石垣を見上げたタモリさんが、「加賀の殿様、石で遊んでいますね」と言ったのはまだ記憶に新しいところです。

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玉泉院丸庭園
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色紙短冊形石垣

金沢では「弁当忘れても傘忘れるな」は本当です。庭園を巡った日は「運よく」以外のなにものでもありませんでした。前日は昼間晴れていたのに、夕方になると急に空がくもり、雨が降り始めたのです。天気がいいに超したことはないけれど、雨が降ればそれなりにまた別の風情があるものです。人(ひと)気のないひがし茶屋街で雨宿りして抹茶を頂いたのも思い出です。


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加賀棒茶をたのんだらこんなかわいいお菓子がついてきました


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私の中の一期一会 №259 [雑木林の四季]

   行動制限なしの大型連休は3年振り、連休明けのリバウンドはあるのか?
    ~新変異株も出現、「第6波」がこのまま収束するとは考えにくい~

           アナウンサ&キャスター  藤田和弘-

 昨年の年末頃から始まったオミクロン株による「第6波」は、ピークを越えたと聞いてから久しいが収束への見通しは霧の中である。
 東京都は28日、5394人の感染を確認したと発表した。
 先週の木曜日より1319人減り、17日連続で前の週の同じ曜日を下回っている。
 地域によってバラつきはあるが、現状では感染者数が減少傾向にあるのは確かだろう。
 この傾向を受けて都は、3カ月半ぶりに感染状況の警戒レベルを1段階下げることになった。
 だが、「感染者数はまだ高い水準にあり。下がりきっていない」として警戒を緩めてはいない。
 29日から始まった今年のゴールデンウィークは、5月2日(月)と6日(金)に休みを取ると最大で10連休になり、文字通りの大型連休となる。
 さらに今年は3年ぶりに“緊急事態宣言”や“まん延防止措置”などの行動制限がない。
 帰省や家族旅行など、人の流れが活発になることは必至とみていいだろう。 
 小池都知事は「開放的な気分を味わうことも出来ると思いますが、そんな時こそ“いつもの感染対策”を忘れないでください」とクギを刺すことを忘れなかった。
 羽田空港は連休初日の29日、朝から搭乗客で大混雑だったという。
 出発便は軒並み満席で、全日空は29日だけで12万人が搭乗したと伝えた
 連休中は、来月8日までの旅客数が昨年の凡そ2倍になるとみている。
 東京駅でも朝早くから、大きな荷物を抱えた家族連れなどで混雑した。
 構内の土産物店も人で溢れていたという。
 午前6時発の“のぞみ1号”は自由席の乗車率が140%だったと聞くと、何だかやりきれない気分になった。
 連休中は都県境をまたぐ人の移動が普段より大幅に増えることが予想される。
 都は主要5駅に無料の抗原検査所(事前予約制)を設け感染拡大を防ごうとしているというが効果のほどは分からない。
 国立感染症研究所の脇田所長は27日夜の会見で、大型連休での人の移動や接触の機会が増えることが見込まれるとして「ゴールデンウィークが感染を増加させる要因になることは間違いない」と指摘した。
 厚労省の調査によれば、今年1~3月に自宅で亡くなった人や入院待機中に亡くなった人を集計したところ男性 が352人、女性が203人の555人であることが分かった。
 自宅で死亡した感染者の約4割はワクチン2回接種済みの人だった。
 昨年夏の第5波では、自宅での死者は202人だったから、第6波では倍以上になっている。
 年代別では。9割が60歳以上だったという。
 未報告の自治体もゼロではないので、実際の死者数は更に増える可能性が残っている。
 コロナは、封じ込めによって一部の地域で部分的に収束したとしても、人の動きを前提にしたグローバル資本主義社会では、他の地域からの持ち込みによって リバウンドするリスクを常に抱えていると言えるのである。
 最近、ワシントンでコロナ感染が拡大しているというニュースがあった。
 ホワイトハウスのべディングフィールド広報部長(女性)がコロナに感染していることが29日に判明した。
 症状は軽いので自主隔離し、自宅から業務を続けているらしい。
 バイデン大統領は27日にこの女性と同席する機会があったが、大統領はマスクをしていたしディスタンスも維持されていたので濃厚接触者と見なされていない。
 他に、ハリス副大統領,サキ報道官、ペロシ下院議長などの陽性も判明している。
 アメリカでは、すでにマスク着用は珍しい状況になっているようだ。
 フロリダ州の連邦地裁が18日に“交通機関におけるマスク着用義務は違法”という判決を出した。
 今や航空会社、鉄道、配車サービス業などが、次々にマスク着用義務を解除しているとのこと。
 イギリスでは、すでに1月の公共施設などのマスク着用義務が撤廃されている。
 ロンドンでは多くの市民が、当たり前のようにマスクなしで出歩き、パブで楽しんでいる。
 フランスでも、ほぼみんなマスクなしになっている、
 感染者は数万人という日が毎日続くし、1日100人以上が亡くなっているというのに・・である。
 日本医師会の中川会長は「ウイズコロナで、マスクを外す時期が日本に来ると思わない」と発言していたが、常にマスクをしたほうがいいと言っているわけではないと釈明して「熱中症には十分気を付けて欲しい。屋外など人と距離があるときはマスクを外す対応もありだ」と述べた。
 この発言がきっかけかどうかは分からないが、専門家の何人かがマスクを外すタイミングなどについて語った。
 まとめてみると以下のようになる。
 インフルエンザに感染すると、症状が出てから咳などでウイルスが周囲に飛散する。
 だから咳エチケットやマスクが有効な感染対策だった。
 しかし、コロナは感染して症状が出る前にウイルスを飛散させるため咳エチケットだけでは感染を防げない。
 感染して症状のある人だけでなく、周囲の健常者もマスクをするという感染対策が必要になる。
 マスクをしてウイルスを吸い込まない効果を期待する訳だが、感染者がウイルスを飛散させない効果を主な目的にしていると言っていいだろう。
 もともと四六時中マスクをしている必要はないのだ。
 屋外で人が密でない場所にいたらマスクをしなくても構わない。
 問題は、屋内でいつマスクを外せるかではないだろうか?
 例えば、混んだ電車内や大声を出すイベント会場ではマスクをしていたほうが無難だろう。
 密で人と距離がない場所はコロナが収束するまでマスクを外さないほうがいいかも知れない。
 日本人は義務的な強制が無くても自主的にマスクをする素晴らしさを持っているが、3年も続けばさすがにマスク生活に嫌気がさしてきても不思議ではない。
 夏、マスクをしていると“喉の渇きに気付きにくい”とも聞いた。
 もうすぐ熱中症の季節がやってくる、水分補給をするときはマスクを外すことにしよう・・・ 


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BS-TBS番組情報 №257 [雑木林の四季]

BS-TBS 2022年5月のおすすめ番組

       BS-TBS広報宣伝部

中村勘九郎親子のよくわかるSDGs
~地球世直し!未来を守る知恵~ 第3弾

258よくわかるSDGs第3弾.jpg
2022年5月8日(日)よる6:00~6:54

☆シリーズ第3弾!今回は次男・長三郎も加わり、親子3人共演ナレーション!
  「日本全国SDGsの旅」をテーマに、各地のSDGsの取り組みを旅気分でご紹介。

ナレーション:中村勘九郎、中村勘太郎、中村長三郎 / 山本里菜(TBSアナウンサー)

2021年元日、2021年11月に続く「中村勘九郎親子のよくわかるSDGs」の第3弾!
「地球の未来を明るくするチャレンジ」として、日本各地のSDGsの取り組みを紹介してきたこちらの番組。今回はゴールデンウィーク中の放送ということで、「日本全国SDGsの旅」をテーマに、「旅気分」も味わって頂きながら日本各地のSDGsの取り組みをご紹介していく。
そして、過去2回のナレーションを担当した中村勘九郎、勘太郎(11歳)親子に加えて、今回は次男・長三郎(8歳)も参加!親子3人共演のナレーションでお届けする。
▽温泉を活用したSDGsな街(大分県別府市)
SDGsな料理法「地獄蒸し」って?/暖房も電気いらず、フルーツも温泉栽培で。/湯治文化の根付くまちで進む「温泉ワーケーション」
▽森の恵みを生かしたまちづくり(岐阜県 高山市・飛騨市)
地域の森林の7割を占める「広葉樹」の可能性が地域を活性化!/「サスティナブルツーリズム」って?/廃線を利用したアクティビティ/獣害から森を守り 命をありがたく頂くジビエ料理
▽海を守るための取り組み(京都府与謝郡伊根町)
湾に沿って約230軒の「舟屋」が並ぶ美しい景観/無駄にしない伝統の「もんどり漁」って?/昭和平成の後継者不足を経て、いまUターンの若者が町の危機を救う!/宮津市と共同で「世界で最も美しい湾クラブ」に加盟。世界に認められる海へ。

憧れの地に家を買おう~住んだ気になる世界紀行バラエティ~

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毎週月曜 よる11:00~11:54

☆いつか住んでみたい国内外の憧れ物件を、不動産案内人がおススメする世界紀行バラエティ。
  物件購入を本気で考える武井壮が、世界移住を夢見るゲストと夢を語ります!

MC:武井壮

貴女はどこでどんな家での暮らしに憧れますか?
「ビーチまで徒歩1分!カリフォルニアの夕日絶景プール付き物件」?
あるいは「パリの街角カフェがお向かい!エッフェル塔ビューのレトロアパルトマン」?
はたまた「ライン川沿いにそびえる王家伝来秘密の古城」?
この番組は、いつかきっと住んでみたい国内外の憧れ物件を、不動産案内人がリアルにおススメしちゃう前代未聞の世界紀行バラエティ。
番組MCは、海外物件購入を本気で考える「人生を楽しむ達人」武井壮!
世界移住を夢見るゲストとともに、さまざまな国の家と暮らしをめぐり、共に夢を語ります!

■5月2日
#12(再)「ニューヨークに家を買おう」
ゲスト:市川紗椰

■5月9日
#19「ノルウェー・オスロに家を買おう」
ゲスト:赤江珠緒

美しい日本に出会う旅

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毎週水曜 よる9:00~9:54

☆ボクたちと一緒に、出かけましょう。

旅の案内人・語り:井上芳雄、瀬戸康史、松下洸平

井上芳雄、瀬戸康史、松下洸平。3人の気ままな旅人が、あなたを美しい日本にいざないます。
花咲く春。青葉が繁る夏。紅葉に色づく秋。雪景色の冬。移ろう季節とともに表情を変えるふるさとの海や山。一度は見たい絶景と美食を堪能しましょう。
どこか懐かしい町並やかわいい手仕事。日本が誇る世界遺産に国宝の数々。大興奮の祭りに、温泉めぐり。美しくて美味しい日本を楽しくご案内します。
お気に入りのおやつとお茶を用意したら…ボクたちと一緒に、出かけましょう。

■5月4日
#369「穴場だらけ!桜色の鳥取 幸せの麒麟獅子と日本一の絶壁国宝」
語り:井上芳雄
井上芳雄さんが案内する鳥取県の旅。市場で見つけた春のハタハタ。絶品!脂の乗ったトロハタとは?自由で個性的な鳥取民芸。黒白緑の釉薬が創り出す美しい陶芸に感動!鳥取市内に点在する麒麟のベンチ。麒麟獅子舞のナゾを大調査!ローカル線・若桜鉄道で倉吉へ。伝統工芸・倉吉絣は美しい。三朝町はSDGs温泉の街。浸かる・飲む・吸う・寝るが体験できる木屋旅館で一泊。旅の最後は日本一危険な絶壁国宝“投入堂”へ!

■5月11日
#360(再)「ストーブ列車で雪深い青森へ 雪見風呂とかわいい冬雑貨がいっぱい!」
語り:松下洸平
松下洸平さんが案内する真冬の青森・津軽の旅。大間のまぐろと並ぶ絶品の三厩まぐろを堪能したら津軽鉄道のストーブ列車に乗車。車内ではダルマストーブで焼いたスルメとお酒をグイっと!弘前では洋館めぐり。雑貨屋で見つけた「こぎん刺し」や「津軽系こけし」。カワイイ雑貨がいっぱいです。ねぷたの山車を再利用。オシャレな灯篭作りにも挑戦。宿は黒石温泉郷。天然温泉とあんこう鍋で温まります。


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海の見る夢 №30 [雑木林の四季]


    海の見る夢
        -薔薇色の人生―
               澁澤京子

 昔、経済的にも精神的にもかなりどん底の状況にあった時、ラウル・デュフィの「薔薇色の人生」の絵の小さなポストカードを、お守りのように持っていたことがあった。薄い薔薇色の壁紙、テーブルの上に赤い薔薇の花の飾ってある室内の絵。ピンク、赤、黄色など、下手すると悪趣味にもなりやすい色の組み合わせだけど、デュフィのその絵はとても温かく上品。デュフィの抜群の色彩感覚もあるが、何よりもこの絵は、彼が最も経済的に困窮している時に描かれた絵。困窮のどん底にある時にこうした明るい幸福な絵を描く・・その気持ちはとてもわかる。

人はどん底の状況にある時、暗いニュースや、他人の不幸話のような重い話は聞きたくなくなるものだ。まるで暗がりにいる虫が灯りを求めて探すように、不幸な状況にいると人は、とにかく明るくて軽いもの、それがたとえ他人の幸福であっても幸福を観ていたくなる。中途半端に不幸な人間は、他人にケチをつけて自分を慰めることが多いが、本格的にどん底の状況にいると、誰を見ても自分よりはまともそうに見えるし、まさに不幸とは孤独なのである。本当に不幸になると、人は案外それを誰にも話せなくなるものだ。

あのデュフィの「薔薇色の人生」の小さなポストカードはいつの間にかどこかにいってしまった。今はその頃に比べるとずっと状況は改善されたが、時々、「幸福」について考えると、私が「幸福」の本質というものを一番よくわかっていたのは、デュフィのポストカードをお守りにしていた、あの最もどん底の時期だったんじゃないかという気がする。不幸な状況になって初めて人は、ごく普通の平凡な日常がどんなに輝いて幸福かという事に気が付く・・

エディット・ピアフの『薔薇色の人生』は、彼女が恋人と別れた後に書かれた歌といわれている。

生後三か月で母親に捨てられ、祖母の働く売春宿で育ち、栄養失調のため失明寸前までいったエディット・ピアフ。(ルルドの奇跡で治ったという)

歌手としての才能が認められてからも、貧しい時代に裏社会の人間と関わりがあった事から殺人の濡れ衣まで着せられ、苦しい恋を何度も経験し、やっと巡り合った最愛の恋人(ボクサー マルセル・セルダン)も、幸せの絶頂期に飛行機事故で失ってしまう。死んだ恋人と会話したいために怪しげな霊媒師に莫大なお金を使ったり、アル中、ヘロイン中毒と、身も心もズタズタになって47歳の若さでこの世を去った。

エディット・ピアフの出演している映画『9人の合唱団・心はひとつ』をアマゾンで観た。貧しい合唱団と歌手(エディット・ピアフ)にクリスマスの夜、奇跡が起こるという他愛のない話なのだけど、エディット・ピアフの歌と魅力に思わず惹きこまれてしまった。小柄で猫背、それほど美人でもないのに、彼女のいかにも正直な、純真な可愛らしさに思わず魅入られてしまう。

ディートリッヒからプレゼントされた金の十字架を、ピアフは死ぬまでお守りとして、肌身離さず身に着けていたという。

贅沢でエレガント、女神のようなディートリッヒと、その名の通り小雀のように可憐で純真なピアフ。正反対の二人だけど、レジスタント運動に協力したりする「反骨」なところも、困窮している人たちに手を差し伸べるなど、常に「与える人」であり「愛する人」であったところも、二人はそっくりなのである。ピアフのアメリカ公演で出合って以来、二人は無二の親友となる。ディートリッヒは表面的なものにとらわれないで人を視る事のできる、頭の良さそうな女だけど、彼女にはピアフが自分と同類の人間であることが瞬時にわかったんじゃないだろうか。ヒットラーを拒絶しアメリカに亡命したディートリッヒにとって、ピアフは心から信頼できる友人だっただろう。

二人は全く違うタイプでありながら、自由奔放なところも、勇敢で利他的なところも、そして、全身全霊で恋をするところも、似ていた。(ピアフが最愛の恋人を飛行機事故で失ったときも、ディートリッヒは傍らに付き添っていた)

ピアフは極貧の育ちと壮絶な人生を送ったのにもかかわらず、お金に無頓着で人を疑わなかったらしい。スケールの大きさとおおらかさは生まれつきのものなのか、どこか世俗を超越したようなところがあって、ピアフには舞台装置のようなパリの街の灯、夜空に浮かぶ、つくりものの月や雲など、おとぎ話のような風景がよく似合う。もしかしたら、娼婦たちに囲まれて育った幼い頃、あるいは大道芸人の父親に連れられて巡業していた貧しい子供時代、現実から逃れるためにいつも歌や空想の世界に没頭していたのだろうか。そうした豊かな想像の世界を持っていたからこそ、彼女はどんなに傷ついても、無防備に生きることができたのかもしれない。

ディートリッヒがどんな衣装をまとっても何をしても、あたりにエレガントな空気を漂わせてしまうように、ピアフは歌い出した途端、目の前に恋の物語の風景を繰り広げることができる。ディートリッヒが「夢の女」とすると、ピアフは「夢見る女」かもしれない。極めて人間らしく生きた、強い個性を持つ二人。ファシズムの吹き荒れる暗い時代(ファシズム体制にとって、ほとんどの映画、音楽、芸術は役に立たないただの気晴らし、退廃と見なされただろう)、彼女たちは、どんなに人々に生きる力を与えたことだろうか? 

チルチルとミチルは夜の国で、輝きながら夜空に飛び交う青い鳥を夢中になって捕まえるが、捕まえた途端に青い鳥は死に、青く輝いていた羽根はみるみるうちに輝きを失い、黒ずんでしまう。暗い夜空を背景にして青い鳥が光輝くように、本当の幸福がわかるのは、苦しみや悲しみのわかる人間だけなのかもしれない。




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梟翁夜話 №110 [雑木林の四季]

「聡太君の入れ知恵」

            翻訳家  島村泰治

例へ数へでも米寿と聞けば心穏やかならず、立ち居振る舞ひも人並みに老爺らしくおっとりとして来るから妙だ。煎じ詰めれば、たしかに足腰は弱体化してゐるし物忘れも人ほどではないが無くはない。周りがしきりに歩けと急かし、自分でもさうかと折々に出陣するがそれは一日二日、長くは続かずに歩かぬ日が続く。そんな日々にある日、一片の朗報が届く。

朗報とは他でもない、例の将棋の天才、藤井聡太竜王(二十歳を待たずにすでに五冠、A級に上り詰めて名人位も指呼の身だ)は散歩について何とも味のある感想を述べたとの報道だ。盤を前に駒を並べまくる日々、周りが散歩を勧めるのは当然で、ならばと聡太君、ある日散歩を試みたと云ふ。どこをどう歩いたか、散歩から帰っての感想に曰く、「往きはとまれ帰るのが億劫だからこれを最後にもう歩かぬ」、と。

私は庵近くのグリコ工場を周回して三千五百歩を目掛けて歩くのだが、その無作為性が嫌いで滅多に出向かぬ。そこに聡太君の名言が飛び出し、遥か年若のこの天才が将棋のみならずレトリックにかけても並々ならぬ才を潜ませてゐることに、驚きかつ感心した。グリコを周回する無意味さは、彼の帰路が辛いとの感覚と並行しており、散歩など何たるものぞ、の依怙地に通じてをる。

散歩の虚しさを紛らす手立てと、私はウオークマンにデータを仕込んで聞きつつ歩くことにしてをる。データの量を加減して近道を選び遠道も試みる。それはそれで歩く動機付けにはなるのだが、帰るのが億劫だからほどのズバリ感はない。あれを聞いて以来、私の散歩はめっきり減った。行きはよいよいとはよくぞ申された。何ぞが見たいからと散歩に出たまではいいが、それが遠道だったら帰るのがきつい、見たければ車でいけばいいまでだから、取り敢えず不毛な散歩は辞めとこう、となる

実は私の散歩観もどうやら遠からずで、散歩するからには先で見たいものがあるか否かが励みになる。重い腰を上げて歩くからには、歩くごとにその励みが欲しい。運動のために散歩する曰くや道理は判っても、グリコ周りのやうに、見るものとて何も無いまま只管《ひたすら》ひたひた歩く単調が何とも耐へ難い。ウオークマンとて、そんな人間のうさを晴すには限度があると云ふものだ。

帰るの億劫だから散歩は止すと喝破する聡太君の潔さが何とも眩しい。眩しいのだが、ほいほいと追随するには流石に躊躇する事情もあるのだ。聡太君が将棋盤なら私には文机、ほぼ四六時中座《ざ》して過ごす場所である。動き回ることは稀で、勢ひ脚の萎えること夥《おびただ》しい。時折の畑仕事でも二十分ほど毎に座り込む情けなさ、側の目にもさぞ痛々しからう。それを思えば脚力は何とかせねばならぬ。室内サイクルもあるが効果は知れてゐる、やはり実地の歩行訓練が地味だが効率がよいとは知らぬではない。懊悩《おうのう》が尽きぬ道理だ。日頃から私の散歩を促す仕草を絶やさぬ女房どのの気掛かりも分かるだけに、聡太君の一件に動揺する私を咎める目付きが一際厳しい。

となれば、折角の彼の啓示(?)を活かすに何か他の手立てを考えねばならぬ。気を引き締めて考える。運動に散歩は格好だ、遠くへ行き過ぎて帰りが億劫になった、散歩は懲りた・・・情報はここまでだ。散歩は懲りたが運動をせぬ、とは聞き及んでおらぬ。まだ十代とはいえ聡太君は並みの人物ではない。将棋盤に張り付いた生活の不健康は十分すぎるほど知ってをられやう。だからこその散歩の試みだったはずだ。

はたと思ひ当たる。聡太君には常人にない特異脳があるではないか。他ならぬ読みの力、将棋の手を探り尽くす読みの力だ。AIをも凌ぐと云ふ「手を読む力」、散歩は止めたと決める裏にこの力が働いてゐたら、「歩かぬ代わりにこの手を打つ」との読みがあるとしたら・・・。さうだ、聡太君は散歩を凌ぐ対策を読み切ってゐたと考えるのが至当だ。もう歩かぬと云ひながら、きっと他の手立てを考えてをる筈だ。室内サイクル然り、水泳然り、若さで試みる手立てが豊富だらう。ならば、聡太君の入れ知恵を幸便に散歩を止めるのは拙速の極み、読みにせよそれは文字通り勝手読みだ。

と気づいた私は、聡太君に肖《あやか》って自分なりの読みを深めることにした。コロナでスポーツクラブを中断、好きな水泳をできなくなって健康維持の手手立てがぐんと減ってゐる。室内サイクルか所詮は散歩か、それとも新機軸の運動を企てるか。ここ一番、将棋こそ手は読めぬが、聡太君に倣《なら》って奇策を練ってゐる。いずれ何やらの思ひつきをご報告する所存だ。

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検証 公団居住60年 №111 [雑木林の四季]

XⅥ 規制改革路線をひきつぐ民主党政権、迷走の3年余

   国立市富士見台団地自治会長  多和田栄治 

5.民主党内閣を動かした自治協の家賃値上げ反対運動

 都市機構は2010年9月、2年間先送りした継続家賃改定を2011年4月1日に実施する計画をしめした。機構が09年度に予定していた第10次改定は、国土交通大臣の要請により「当面延期」していた。そのため09年度の家賃収入ははじめて前年度実績を下回わり、①09~10年度の見送りによる減収見積額約30億円については行政刷新会議の事業仕分けでも指摘された。またその間、②市場家賃と継続家賃との禾離がひろがり、「全76万戸のうち、約13%にあたる約10万戸が近傍同種家賃より低い家賃で入居している。近傍同種家賃の方々との家賃負担の格差是正を早期に図る必要がある」という。くわえて、③株価の上昇、大企業の景気指数を例に「経済状況は改善された」と、家賃値上げの3つの理由をあげる。
 大企業の景気は考慮しても、家賃を払う居住者の経済状況には見向きもせず値上げをする機構の方針は論外として、「市場家賃との承離」から「負担の不公平」をとなえる筋立てもひどい暴論である。
 機構のいう「市場家賃」は、すでに述べたように、機構が査定を日本不動塵研究所に丸投げして得た結果でしかなく、それをもとにした家賃設定が空き家を増大させている現状が証明するように、客観的な市場性のない価格といわなければならない。空き家発生の原因は第一に高家賃であり、全国平均で機構の空き家率は11%をこえ、2割、3割の空き家もめずらしくない。空き家による家賃減収は数百億円にのぼるはずである。空き家を解消しうる家賃水準にもどしてこそ市場家賃といえよう。
 したがって「市場家賃との禾離」も「約30億円の減収」も、実体的な根拠のない作り話でしかない。約30億円の増収目標が先にあり、そのための理由づけとして考え出したのが「市場家賃との承離」であり「負担の不公平」論である。また「市場家賃との承離」論はそれだけでなく、引き下げるべき継続家賃を高止まりのまま据えおく理由、論拠にもしている。2009年度決算では家賃収入5,622億円から純利益634億円をあげ、10年度は空き家の増大等による減損損失315億円を計上し、家賃収入は5,567億円に減、それでも純利益276億円を上げている。
 家賃のくりかえし値上げによる退去、空き家増大の現状を、「空き家入居は定期借家契約で」「高額家賃物件は売却、処分を」の閣議決定と重ねあわせると、たんに市場家賃との格差是正ではなく、ねらいは居住者追い出しではないかと言いたくなる。定期借家契約の入居者がふえ、借家契約の終期を調整しておけば、機構の思惑どおりに団地処分もできる。

 全国自治協が、とくに与党民主党の旧公団居住安定化推進議員連盟にたいし家賃値上げ中止の働きかけをねばり強く要請したことはいうまでもない。2010年統一行動をしめくくる12月8日の全国公団住宅居住者総決起集会には全国から160団地1,068人が参加し、269団地約13.2万世帯、25.6万人の統一署名が集約された。集会では民主、自民、公明、共産、社民の5党から10人の議員が自治協の要求支援を表明し、野党から家賃値上げ中止は「民主党の決断しだい」をうながした。
 11年1月早々には機構は家賃値上げ通知の準備を終えていたが、発送を見合わせた。1月14日には管直人首相の内閣改造により国交大臣は馬渕澄夫から大畠章宏にかわった。この機をとらえて全国自治協はなんとしても値上げ実施をくい止めようと、通常国会召集日の翌日の1月25日、「家賃値上げ反対!団地自治会代表者国会要請集会」を衆院第2議員会館で急きょ開いた。
 集会は大きくもりあがった。92団地自治会の役員約150人が参加、与野党5党の国会議員18人と代理15人も出席、こぞって4月の家賃値上げ見送りをとなえた。機構の家賃改定方針を馬渕前大臣がすでに容認した経過はあるが、この国会集会のパンチは大畠新大臣に一定の影響をあたえたにちがいない。2月10日夜、大畠大臣は全国自治協役員と会見、そこには民主、自民の議連役員も同席した。要請をうけて大臣は「馬渕前大臣の方針を踏襲したい」とのべたうえで、「要望は十分に受けとめるべき」と都市機構に伝ぇると明言した。全国自治協は2月22日に機構本社に家賃値上げ実施の見合わせを申し入れた。
 都市機構は11年3月2日になって「UR賃貸住宅の継続家賃改定(家賃の格差是正)及び負担軽減措置について」と題し、7万8,000戸を対象に4月からの家賃値上げを発表した。ただし9月までは値上げ分「全額免除」、10月から12年3月までは「2分の1免除」、翌年4月から全額値上げを実施するという。
 全国自治協は同日これに抗議し、見解を表明した0値上げ世帯に通知をしたのは実施日のわずか20日前、3月11日であった。社会通念に反するばかりか、あまりにも強権的である。東日本大震災がおきたのは、その日であった。
 前回改定期の09年から2年間の家賃値上げ延期にくわえ事実上6か月さらに延期させるまでの自治協運動とその成果をどう評価するかはともかく、11年4月値上げにかんする馬渕、大畠両国交大臣の発言における変化は注目に値する。機構賃貸住宅の「市場家賃部分は民間へ移行」等の実施を10年12月7日に閣議決定した馬渕大臣は12月24日、当然のように機構の家賃値上げを容認した。しかし、年があけ1月25日の国会集会をヤマ場にした自治協の波状的な要請行動、各党議員の国会質問をうけて大畠新大臣の自治協役員との会見、機構への再要請となった。機構は大臣要請にこたえ、準備した値上げ通知発送を中断し、「措置」内容の再検討をせまられた。
 値上げ分の一時的免除という「負担軽減措置」が、「2011年4月実施」の実績づくりのための姑息な手法であるにしても、自治協運動と国会勢力等の支援なしには実現しえず、機構がよぎなくされた事実上の値上げ延期であることは明らかである。

『検証 公団居住60年』 東信堂

 

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日本の原風景を読む №48 [文化としての「環境日本学」]

塩の神様への畏敬-塩竈神社 

  早稲田大学名誉教授・早稲田環境塾塾長  原 剛                 

 海の労苦を背負う捜土老翁神

 『古事記』、『日本書紀』に由来する神話が宿る塩竃神社の野口次郎禰宜は、その瞬間、凶暴で鳴る須佐之男命(スサノヲノミコト)の乱暴狼籍を目撃した心境になったと顧みる。直近の塩釜湾から立ち上がった真っ黒い水の壁が人家を蹴飛ばし、田畑を一瞬に消し去った。「丁寧に作ってきた田や畑、ビニールハウスが押し寄せる津波に一瞬に飲み込まれていくさまに、須佐之男命の蛮行を嘆き悲しむ天照大神を思いました」。

 塩竈市中心の高台に鎮座する塩竈神社に、東日本大震災直後大勢の氏子が集い、恒例行事に代えて復興祈願が行われた。主神は「おらが塩竈さん」と親しみ呼ばれる塩の神様「鹽竈土老翁神(しおつちおじのかみ)」である。野口次郎禰宜が語る。
 「イメージは白い顎髪をたくわえていて、知恵の深い、物をよく知る、民を守ってくれる老翁です」。
 暑い盛りの七月四日から六日にかけ、塩竈神社で塩竈の町の名前の由来にもなった旗作りの祭り「藻塩焼神事」がとり行われる。鹽土老翁神が塩を作ったと伝えられる四つの神釜に一年間溜めておいた海水を、新しい海水と入れ替え、窯に火を焚いて塩をつくる。天変地異が起こるときには、水の色が変わると言い伝えられている。釜社守(かましゃもり)の目視によると、「今度の大震災の前に海水がおかしな色に変わりました」(野口禰宜)。伊達藩の時代は、神釜の水色を見守る記録係がいた。
 多くの灯篭が倒れたが「塩竈さん、以前の通りだね。ほっとした、とか気持ちが前に戻れた、とか、そういう言葉を漏らす参拝の方たちに多く接しています。神社の境内で見る風景が、以前と同じであるということが、被災者たちの心の救いになっているように思えます」(野口禰宜)。
 塩竃神社の社殿構成は特殊である。盤上老翁神、武餐槌神(たけみかつらのかみ)、経津主神(ふつぬしのかみ)三柱を祀るが、主神である竈土老翁神の拝殿は正面ではなく右側に祭られている。
 神社の社殿は普通南向きに建てられるが、塩竈神社の拝殿は西向きに、海に背を向けている。野口禰宜はその理由を説明する。「神社の本殿は三つ、拝殿が二つあります。主神である竈土老翁神の拝殿は、海に背を向けて立っている。地元の人は海から上がった竈土老翁神が、そのまま海の苦労を背負っていてくれている、という言い方をします。この地方では津波のたびに、鹽の神様が千々に乱れた世の中を収赦し、鎮めることの繰り返しだったと思います」。
 人間が中心ではありえない、知を超えたところに我が身を置く。救いを求める。頼む。祈る。「見えない何か」と対話する。祈りの核心である。

暮らしの智恵 ― アニミズムとマナイズム

 風景論の第一人者で環境庁参事官をつとめた大井道夫氏は、文部省(当時)が主催した「文明問題懇談会」(昭和五十~五十一年)での文芸評論家山本健吉の見解を次のように紹介している。
   - 文学や芸術にあらわれた日本人の自然観の際立った特徴は、古代人が持っていたアニミズムとマナイズムである。アニミズムとは自然の中に霊魂を見ることであり、どちらかと言えば人間と自然の親密感を表すものである。マナイズムとは自然の中に超自然的な威力を感じることであり、それは自然に対する人間の畏怖の念をあらわすものである。古代日本人はこの両者をもっていたが、時代の経過とともにそれを失ってきた。とくに、明治以後、欧米文化が移入されるとそれらは迷信として排斥されるようになった、と山本氏は述べ、次のように指摘している。「しかし、単に迷信として捨ててしまっていいものかどうか、むしろそれは日本人が古来生きるための大変な知恵じゃなかったか、そういう考え方が、人間の生活を快適に暮らせてくれたんじゃないか。そういうプラスの面を考えていいんじゃないか。      (『大井道夫著作集』二〇〇ヒ年)

祭りは地域の尊厳

 神社は神を祭るのにふさわしい小高い所や森の奥に建っているので、多くの社は津波を免れた。しかし東日本大震災では一七九の寺院、三〇九の神社が全半壊し、住職三人、神官八人が死亡、行方不明となった。しかし壊滅した海辺の集落から残存した神社を足場に、尺取虫のように人々の動きが地域に広がっていった。最初にアニミズムとマナイズムをないまぜにした民俗芸能「祭り」が復活の動きをみせた。神輿や山車が修復され鹿踊り、虎舞、神楽が数少ない踊り手によって舞われた。
 浜辺の人々の多くが、神への奉献に由来する数々の神事に、地域立ち直りの手がかりを得ようとした。岩手、宮城、福島の三県で神楽、獅子舞など民族芸能が八百件、七夕、火祭りなどの祭祀行事約五百件が伝承されている。その理由はそれらが人々の絆を結び、心のよりどころとなっているからだ。
 脚本家内館牧子さんは仕事を休み、東北大学大学院で三年間宗教学を学び、祭りを追って東北の各地を巡った。
  ― 私はかって歩き回った地や、追いかけた祭りを思った。美しい山々や、豊かに広がる田畑を思い、そこで生きる人びとの笑顔や優しさを思った。そして、ハッキリとわかった。
 東北にとって、「水」と「緑」と「祭祀」は、尊厳に関わるものなのだと。この三つを無視する復興策を進めたなら、それがいかに利便性に富み、最新の町であろうと、東北ではなくなる。東北の尊厳に関わる部分に触れることは、断固として拒否しなければ、町は死ぬ。巨大な観覧車が夜空をかき回す景観や、万博会場のように整備されつくした町は、東北とは相いれない。私はそう思い復興構想会議でも言い続けた。
 驚いたのは、震災からほどなく、東北の人たちは、祭りの復活を目指したことだ。大切な人を亡くした悲しみも癒えず、ガレキも片付かず、放射線の状況に一喜一憂する中でも、祭りを準備する動きが出始めた。それは紛れもなく「尊厳に関わること」だと証明していた。たとえ一基の山車であっても、一人の雌子方であっても、町々で復活した。
 震災から三回目の夏、ぜひ東北の祭りを見ていただきたい。大きくよみがえったそれには東北の尊厳に全国の尊厳が重なる。全国の我が地、我が祭りの尊厳が宿っている。
                   (『朝日新聞』二〇一三年七月十八日「発言」)
 
 地域に潜在し受け継がれてきた日本文化の基層が、大震災によって鮮やかに掘り起こされ、人々の心をつなぎ、共有されているようだ。海の労苦を背負って立ってくれている軽土老翁神への畏敬は、歴史に鍛え抜かれた日本人の心の原風景像であるといえよう。

『日本の「原風景」を読む~危機の時代に』 藤原書店



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線路はつづくよ~昭和の鉄路の風景に魅せられて №197 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

氷見線 

         岩本啓介                                

釣る人 撮る人   

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小さなトンネルを抜けて海岸に列車が出てきます                            
偶然見つけた釣り人と タラコ色の気動車とコラボしてみました                              

2022年3月10日  越中国分駅~雨晴駅       


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押し花絵の世界 №157 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

「ノイシュヴァンシュタイン城の夕暮」

          押し花作家  
山﨑房枝

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70cm×54cm

押し花絵画「創造展」第18回コンテスト特別出品作品
ドイツの古城、ノイシュヴァンシュタイン城をギンポプラ、紅葉の葉、筍の皮、とうもろこしの皮などで制作しました。
山は高菜やサニーレタス、空はポピーと紫陽花を使用して、全て自然の植物だけで仕上げました。


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ミツバチからのメッセージ №65 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

ブータンー11

    造園家・ミツバチ保護活動家  御園孝

 苗代に籾ふり(種まき)をした一か月後、田植えをするために再びブータンを訪れました。まず前回苗代を最初に作ったパロの農家へ行き、苗代の苗が育っていることを確認しました。この農家は西岡京治氏(人生をかけブータンの農業と生活指導をされた方)のお弟子さんです。
 前回時間の都合でここでは、ため池つくりをしていなかったので、今回ため池を作ってから、代掻きをしました。代掻きをすると雑草の種が沢山浮いてきて、それを丁寧に取り除きました。大勢で田植えをしたので、かなり早く完了しました。
 この田んぼはパロ国際空港の離着陸する飛行機より高い位置にあり、田植えする人たちの下を飛行機が飛ぶという不思議な景色が見れます。

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大荷物を持ちブータン入り
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代掻き
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田植え
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休憩
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農家の人
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室内の家具


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