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立川陸軍飛行場と日本・アジア №182 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

立川陸軍飛行場と日本・アジア №182

             近現代史研究家  楢崎茂彌

  前回、早い夏休みを取って10月上期から復活します、と書いたのですが、下期になってしまい申し訳ありません。7月から8月に上映したシリーズ「立川の戦争」3本は、どの回も60人前後の方に来ていただき、盛況でした。参加者の中には空襲体験者もおられて、またお話を聞くことが出来ます。9月14日、15日に行なわれた「立川名画座通り映画祭」では、僕が制作した“砂川に墜落したB29”が全体のトリを勤めさせてもらいました。今後も戦争体験者の方々に取材して、戦争の実態を伝えて行きたいと思います。

 第三中隊にコンクリートの整備地盤を新設
182-1.jpg連載NO175で触れましたが、陸軍飛行第五連隊は編成替えにより、第三・第四中隊には戦闘隊が配置され、それに伴って様々な整備が行なわれました。飛行回数の激増に対応して、整備隊の兵舎が増築され、まず手始めに第三中隊にコンクリートの整備地盤が新設されます。「読売新聞・三多摩読売」(1933.10.24)は“この結果戦闘整備隊の頻繁なる飛行演習に敏速なる作業を実施し得るため飛行練習その他演習が著しく経済化される筈で頗る期待されている”と書いています。戦闘隊の格納庫から整備を始めたことからも、第五連隊の性格が大きく変わり始めていることが分かります。しかし、上の写真を見ても、コンクリートの整備地盤とはどんな物なのか分かりませんね。
182-2.jpg  昭和16(1941)年6月に旧陸軍が撮影した空中写真でみると整備地盤とは、右下(東南)に南から北へ第1~第4中隊の順に並んだ格納庫から西に細長くのびるコンクリートの野外作業場のことのようです。南から5棟目の建物は格納庫ではなく材料廠です。
  左下(西南)の多数の飛行機は、陸軍航空廠立川支廠にやって来た新造機や修理機です。立川陸軍飛行場には昭和16年になってもコンクリートの滑走路がなかったことが分かりますね。
 
 別影と雲秀が引退
  別影・雲秀と言っても相撲取りではありません。東京府下に置かれた唯一の憲兵分遣隊である立川憲兵分遣隊の二182-3.jpg頭の軍馬です。連載NO.89には“分遣隊長以下6名と馬一頭”と書きましたが、いつの間にか拡充していたのですね。別影は18才、雲秀は15才、老齢でその職に堪えずとして現役を退くこととなった訳です。日本ダービーの出走馬は3才ですから、確かに高齢です。2頭は東京の憲兵隊に送られたのち、民間に払い下げられるのですが、2頭の面倒をみてきた馬丁の前橋西松君は次のように語ります。“軍馬もつまりませんね。思えば気の毒ですよ。充分働ける内はよいとして、老後を保証されないのですから。別影とは去年の十一月からですが、雲秀は三年間の交際で私の気持ちはすっかり知っていますから、実際二頭とも今後どうなるかと思うと可哀想でなりません”(「読売新聞・三多摩読売」1933.11.16)。前橋君はせめてものはなむけに二頭と記念写真を撮りました。
  記事も“軍都立川や多摩の山野にカツカツたる蹄鉄の音高く闊歩した雄志を最後として野に下る良馬の将来は、だれが幸福であると予想しようか”と同情的です。
 世間でも同じような声が高まっていたようで、この年(昭和8年)11月、財団法人・軍馬愛護協会が設立されます。趣意書は、満州事変では軍用動物が活躍し表彰されることがあるが、現役を去ったのちの末路は“無理解なる飼養者の手に委せられむか、或は彼等の酷使虐待の下に其の余生を終わり、或は転々流浪して遂に茅野に斃るるものなきを保ちがたし“と嘆き、軍馬愛護協会寄付行為は“第二章 目的及事業  
本会ハ出征軍馬ヲ慰撫シ功労アル軍馬ニシテ除隊セラルルモノヲ表彰シ、其ノ余生ヲ完カラシメ延イテ国民ノ軍馬ニ対スル愛護観念ヲ助長スルコトヲ以テ目的トスル”と謳っています。
  大正3(1914)年に陸軍省が発行した「馬事提要」も、軍馬の除役の節で“第十七 除役馬ハ懇切ニ取リ扱ヒ愛護ノ精神ヲ以テ軍馬奉公ノ労ニ犒(ねぎら)ヒ購買者ニ対シテモ愛養ヲ望マザルベカラズ”としているのに、それから20年も退役軍馬の扱いはあまり変わっていないようです。
  182-4.jpg別影と雲秀が引退した6日後に、満州の第一線から桃川号と寿号が立川憲兵分遣隊に着任します。両馬は昭和6(1931)年4月に新京(現・長春)に出動し、満州事変が始まると吉林に出動、いずれも大尉が乗馬していました。桃川号は15才、寿号も15才、何と“老齢でその職に堪えず”とされた雲秀と同い年です。「馬事提要」によれば、軍馬は、軍馬補充部が2~3才で購入して育成する“育成馬”、5才~6才で購入して直ぐに部隊で使う“牡馬”、部隊の定数外になったがまだ軍役に堪える“過剰馬”に分けられます。つまり、前線部隊の過剰馬が立川憲兵分遣隊に赴任してきたわけです。「馬事提要」は、“第十三 軍馬ノ服役期間ハ概ネ八年乃至十年トスルモ各馬ノ素養及保育ノ良否ニヨリ著シキ差ヲ生スルヲ以テ取扱者ハ深クコノ点ニ注意スルヲ要ス”としています。15才の桃川号と寿号は退役してもよい年です。憲兵隊の陸軍内での地位を窺わせる人事じゃなくて馬事ですね。
  なお、「読売新聞・三多摩読売」(1933.11.24)は、憲兵分遣隊から払い下げになった別影号は、立川町名誉助役の井上権吉氏が購入し、同好の士を集めて乗馬倶楽部を組織することになったと報じています。まずは良かった。
 
  喜びの除隊式  求職者は全員就職決定
  11月18日、現役兵174名、幹部候補生30名の除隊式が行われました。除隊した現役兵たちは、20日には、地方服(軍隊では一般社会のことを“地方”と言いました)に着替えて父母や親戚に迎えられて郷里に帰ります。この年の求職依頼者は例年に比べると40名と少なく、連隊が四方八方手を尽くして全員の就職が決まりました。「読売新聞・三多摩読売」(1933.11.19)によると、就職先は、三菱9名、石川島飛行機製作所2名、中島飛行機2名、東京無線2名、明野飛行学校5名、陸軍航空本部技術部1名、治工塗料1名、巡査1名で、さらに、17名がスミダ自動車製作所に採用予定であるとしています。スミダ自動車とは、乗用車「スミダ」を製造した石川島自動車製作所のことです。石川島自動車製作所(現・いすゞ自動車)は日本初の乗り合いバス「スミダM型バス」を昭和4(1929)年に製造しています。このバスは「近代化産業遺産」に認定されました。
  就職先をみると、この除隊兵たちは有能な技術者に育ったように思われます。
 
  写真1 「新設工事中の整備地盤」 読売新聞・三多摩読売 1933.10.24
  写真2 「立川飛行場」    旧日本陸軍 1941.6.25撮影(国土地理院提供)
  写真3 「前橋君と老軍馬二頭」  読売新聞・三多摩読売 1933.11.16
  写真4 「武勲の両馬」      読売新聞・三多摩読売 1933.11.24


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線路はつづくよ~昭和の鉄路の風景に魅せられて №136 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

多摩モノレール                                   

                       岩本啓介                                       

ライオン号と曼珠沙華  

 
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私が通う泉体育館(立川市)の曼珠沙華が今年も咲きました                         
例年より1週間ほど遅れたようですが これも温暖化の影響でしょうか               
ライオン号が来るまで藪蚊に悩まされながら待った甲斐がありました                 

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押し花絵の世界 №96 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

「コスモスの押し花葉書」           

               押し花作家  山﨑房枝

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サイズ 14.7cm×10cm

押し花専用の葉書の上に押し花を並べて文字を書き、その上に薄い和紙を被せてレジンを塗り、お花が取れないように固定しました。
手作りの葉書で季節を感じる事ができるのもまた楽しみです。

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ミツバチからのメッセージ №16 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

 野生トウヨウミツバチの南限―3

             造園家・ミツバチ保護活動家  御園 孝

 首都ディリビーチホテルに1泊して、朝食はトーストとコーヒーで何も問題は無かったと思うのですが、顔を洗い歯を磨き水道水でうがいをしました。コップの残り水は薄茶色をしていて、飲まないからいいと判断したのですが、間もなくひどい下痢が始まり首都ディリで資材調達しなければならない中、トイレ探しが仕事になってしまいました。街中には全くトイレがなく人でごった返しているので始末が悪いのです。もうミツバチがいても見る気にもなりません。
 翌日最初の目的地アイナロ県のマウベシに出発しました。ディリが気温30度だと標高1500mほどのマウベシは10度くらいです。片道4時間ほど悪路を登っていくのですが、まだ前日の下痢が収まらず、何度も車を止めて森に駆け込みました。
しかしこの日は車窓をずっと見続けていて、とうとう念願のオオミツバチの巣を発見しました。樹高30mほどのサムトゥク(レインツリー)の木の枝に直径1mほどの巣が付いています。この巣を見つけたことで体調は一気に快方に向かい、楽になってしまいました。一つ見つけると幾らでも見つかり、150くらいの巣を確認できました。
  オオミツバチはコガタスズメバチほどの大きさで執念深くしかも刺されると非常に痛いそうです。この高い場所で刺されながら蜂蜜を採る作業はしんどいと感じました。
  マウベシの事務所から車で5分ほどの高台のボウサダにホテルがあり、そこを根城にして活動することになりました。ホテルに着いたとき土砂降りの雨で、翌日が心配されましたが、一夜明けるとすっかり晴れ渡り下界には雲海が広がっていました。
  マウベシの事務所には前もってミツバチの巣箱を30組ほど作ってもらっていて、それをもってハヒタリ集落へ出発しました。昨日悪路といったのは失言で、今日の道が本当の悪路だったのです。道というより泥沼で、坂道というより崖といった感じでした。深く亀裂の入った道を4WDのオフロード使用でやっと動いている状態です。行きは下りが多い分帰りは車が動けるのか心配です。ハヒタリの8人と我々4人は巣箱や資材や食料を持ち、細い山道を2時間ほど前日の雨でぬかるんだ険しい山道を、現地の人たちは何事もないように山道を歩きますが、私たちはあえぎながらで声も出ませんでした。やっとハヒタリに到着しました。

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森にはオオミツバチの巣が沢山有る。
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ボウサダでは毎朝雲海が出る
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巣箱を作っておいた
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車でいけない山奥の集落が多い
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荷物をかついで山道を歩く 


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線路はつづくよ~昭和の鉄路の風景に魅せられて №135 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

函館本線 霧の噴火湾                              
                   岩本啓介                               

噴火湾(内浦湾)をぐるっと回る函館本線                         
私のお気に入りは 海に近い『野田生~落部』区間                         
海が荒れると、線路の一部は波を被るほどの近さ   

一番列車は長~い貨物   
 
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霧の落部始発前の貨物

始発の下り長万部行の前に貨物列車がやってきす                   
霧が広がり、後方の駒ケ岳は影も形も見えません                           


濃霧の中から下り長万部行 

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桐の落部:下り長万部行

すごい濃霧で 海と空の境目が分かりません                               
こんな時でも 定刻通り 下り長万部行が通ります                         


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押し花絵の世界 №95 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

「So Beautiful」                     

              押し花作家  山﨑房枝

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サイズ 外寸27cm×27cm

色鮮やかなコスモスを数種類使用して、シンプルにコスモスのみで仕上げました。
背景はレース、中マットもレースペーパーやカラーペーパーをカットしてオリジナルで制作しました。


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ミツバチからのメッセージ №15 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

 野生トウヨウミツバチの南限―2

           造園家・ミツバチ保護活動家  御園 孝

 成田からガルーダ航空でバリ島のデンパサールへ行き1泊して、翌日デンパサールから東ティモールの首都ディリへ2時間弱で到着します。これは東ティモール行の便が少ないため已むをえません。メルパチのk飛行機に乗ると眼下には大小多くの島があり、バリ島とロンボク島の間が良く見え、ここが有名なウォーレス線か!としばし感激しました。ウォーレス線を境に西側はアジア系生物で、東側はオーストラリア系生物に分かれています。ロンボク海峡は1000mと深く生物の行き来を分断したのでしょうか。
  島の周りの浅瀬はエメラルドグリーンで島々の裸地は赤色です。それに加え森の緑と空の青が美しく、間もなく到着する島への不安がやわらげられます。治安は安定しているというがどの程度なのか、毒蛇がいると聞いているし汽水域にワニがいるというし、デング熱やマラリアなど恐ろしい病気にかかる恐れがあるのも心配です。ホテルの水でさえ飲んではいけないと言われていました。タイガの森から帰国後に聞いた話では、ダニによる急性脳症は刺されて24時間で死ぬといわれました。コレラや狂犬病の心配など、日本人は考えたこともないような心配をしなければなりません。
  ディリ空港に到着して外に出ると、パルシック職員のミヤッチとシゲさんが車で迎えに来ていて、パルシック事務所に向かいました。道路わきには露店がどこまでも続いていたのですが、突然のスコールでも全てそのままで、販売品の衣類などびしょぬれなのが気になりました。
  事務所の周りの植物がかなり気になったのですが、ノニの花に野生ミツバチが盛んに訪花していました。これはかなり期待できそうな気がしてきました。事務所では現地のスタッフとの顔合わせと、今回のミツバチ大作戦の目的の確認及び視察調査の内容を煮詰めました。
  夜ホテル近くの真っ暗な海岸で、露店で買ったものをつまみにしてビールを飲みましたが、食べ物が安いわりにビールが高く、1日の日当100円に対して缶ビールが200円というのに驚きました。

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眼下に島が点在
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巨大なガジュマルの木
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露店は賑やか
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ノニの花に野生ミツバチが頻繁に訪花
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ノニの花 


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旬の食彩 僕の味 №106 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

前菜の盛り合わせの意義

   レストラン「ヴァンセット」オーナー  大澤 聡

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前菜盛り合わせの意義。なんて言うと大げさな話しですね。

この盛り合わせのスタイルの始まりは実はスタッフとのワインと料理のマリアージュを試作するときの料理が始まりです。

スタッフと試食の際にワインを10種類以上開けての食事になるため一皿に色々な食材を盛り付けることが多くあります。

ソースなども何パターンかつけて、チーズやフルーツなどハーブなども。
その中でワインとの食材の出会いが予想もしないような発見を生み出します。
そして野菜やチーズ絵などの味でワインの味の変化も知ることができてとても面白いのです。
食材もただ盛り付けるわけではなくそれぞれ色々なかたちで調理をすることでより変化のある前菜盛り合わせになっていると思います。

そして量も重要です。あくまで前菜です。メイン、デザートまで楽しんでいただくため全体の量が多すぎないことも大事だと考えています。

アルコールを飲まない場合でも野菜と、フルーツ、ソースなどの組み合わせで意外に発見があるのでこれも楽しい。
スタッフの試食会の楽しさをお客様にも共感していただきたいと考え始まった盛り合わせなのです。

今では、季節の食材をぐるっと並べることで生まれる見た目の美しさも加わりました。美味しさも美味しさの一部でありますし、食材は30種類以上皿に盛り付けることに。お客様がいらっしゃってからの作業となるため時間のかかる作業にはなりますが、この盛り合わせを客席へ持っていった時のお客様の反応を見ると喜んでいただけているので、盛り付けのやりがいになっています。

先日お客様からこれはヴァンセットの名物だね。と言っていただいたのでこれからも季節の食材を使い楽しく美味しい前菜盛り合わせを作りたいと思います。これから秋、冬とぜひお客様には楽しんでいただきたいです。

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東京都立川市柴崎町3-5-2 むつ花ビル2F  042-526-6716
ヴァンセット27シェフブログ  http://www.sprasia.com/tv/user/vanset/blog
ヴァンセットHP http://www.restaurant27.hello-net.info/

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押し花絵の世界 №94 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

「Thank you」

             押し花作家   山﨑房枝

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41cm×34cm

黒いクッション紙を切り抜いた台紙の中に、マイクロアジアンタムやアリッサムなどで風景を作り、周りは変わり咲のコスモスをメインにリボンをあしらって可愛いおとぎの国をイメージして制作しました

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ミツバチからのメッセージ №14 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

野生トウヨウミツバチの南限―1

               造園家・ミツバチ保護活動家  御園 孝

 野生トウヨウミツバチの南限のティモール島は、日本の真南で赤道を超えた南半球にあります。オーストラリアの北側に位置し島の西側はインドネシアです。
  東ティモールは16世紀以降ポルトガルに支配されていましたが、19世紀にはいると島の西半分をオランダに編入されました。第二次世界大戦中連合国に侵攻され、それを日本軍が攻撃して終戦まで日本が軍事支配しました。戦後ポルトガルによる植民地支配が続き、東ティモール独立革命戦線(フレテリン)が結成されたのですが、それをつぶすためにアメリカなどの支援の下に、インドネシアが進行し軍事占領しました。
  過酷な占領下の中人々は自由・独立への戦いをあきらめず、1999年国連による住民投票が行われ8割の人が独立に1票を投じました。それを認めたくないインドネシア軍は森や街を燃やし人々を殺害し続けていたのですが、多国籍軍の介入でようやく治安が回復し、2002年5月独立国になり、長い支配から解放されました。しかしどの村にも土着の信仰があったのですが、すべての人がキリスト教を信仰するように洗脳され、村々にはその名残が今も残されていて残念です。
 特定非営利活動法人パルシックは東ティモールで多くの支援活動をしていますが、その中の一つとして有機によるコーヒー栽培を指導し、フェアトレードでの販売を成功させています。そのコーヒーの花に野生ミツバチが頻繁にやってきて蜜を吸っているが、野生ミツバチの飼育は可能なのだろうかと相談されました。なぜならこの地域にはオオミツバチと小型のトウヨウミツバチが混在しているのですが、オオミツバチの巣は樹高30mほどの木にあって、蜂蜜を採取するには決死の覚悟がいるからです。日本でも韓国でも当たり前に行われている野生ミツバチの養蜂ですから簡単にできるでしょうと話したところ、では来てくださいとなりました。

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コーヒーの花に訪花するトウヨウミツバチ
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コーヒーの花に訪花するオオミツバチ
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宗教はすべてキリスト教に代わってしまった
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かろうじて残った信仰の場所



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線路はつづくよ~昭和の鉄路の風景に魅せられて №133 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

もう列車の来ない線路                                   
                岩本啓介         

旧ふるさと銀河鉄道 999 

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道の駅りくべつ旧ふるさと銀河鉄道

日本で一番寒い 陸別 で 999が走っていたとは・・・・                        
道の駅『りくべつ』は旧ふるさと銀河鉄道の駅と『道の駅』を兼ねた『道と鉄道の駅』 
ホームや999車両、除雪車両、転車台などが保存されています                                    
旧国鉄士幌線 幌加駅  

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国鉄士幌選・幌加駅

国鉄民営化直前の1984年3月に廃止された士幌線                                  
幌加駅ほホームや駅名表示板は健在です                                    
廃線ツアーの皆さんが 沢山やってきました                                     

止まったままの日高線  

 
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日高本線サラブレッド

2015年の高波被害で普通が続く 様似~鵡川                                     
サラブレッド銀座と呼ばれる日高線沿線 ですが                                 
競走馬と列車のコラボ写真は もう無理のようです                                     

森の中にポツンと 駅ホーム
  

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札沼線・豊ケ岡駅

札沼線・北海道医療大学前~新十津川 の廃止が決定                               
札沼線の秘境駅と呼ばれる 豊ヶ岡駅も見納めです                                     

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押し花絵の世界 №93 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

「ガーベラの花束」

              押し花作家   山﨑房枝

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41cm×41cm

美しい大輪のガーベラを丁寧に押し花にしてデザインしました。
作品に入っているリボンも実際に花束に付いていたものを使用しています。


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ミツバチからのメッセージ №13 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

野生トウヨウミツバチの北限―6

          造園家・ミツバチ保護活動家  御園 孝

  いよいよ野生ミツバチの営巣場所を探しに行くことになりました。猟師のサーニャさんが猟銃をかついで同行してくれたのですが、クマとトラは神様だから撃ちませんというのです。出会わないことを祈るしかありません。
  雨が続いていたためビキン川はかなり増水して濁流が渦を巻いていましたが、小さな船で3時間ほどさかのぼっていくと、だいぶ水は落ち着いてきて安心しましたが、小さな虫が大量に飛んでいて目を開けていられないほどでした。
  船を降り山に入っていくと虫はいなくなりホッとしたのですが、連日の雨でぬかるんだ険しい斜面をあえぎながら数時間登っていくと、パッと開けた場所にたどり着き耳を澄ますと、かすかに羽音が聞こえ、音のする方へ近づいていくと、ウダイカンバの根元の洞へミツバチが沢山出入りしていました。とうとう野生ミツバチの自然巣に出会うことができました。野生ミツバチの生息北限と言われた場所より500kmも北で、真冬には零下40度になる地域に住み着いていたのです。
  クマがミツバチの巣を捕ろうとして、かじったり引っかいたりした跡が生々しく残っていましたが、ウダイカンバは硬くてあきらめたようです。
  なぜこのような場所で越冬することができるのか考えてみました。冬になると雪が1mほど積もるそうで、巣は雪でそっくり覆われ外気を遮断するため、寒さをやわらげ越冬できるのだろうと推測しました。
  帰国のため森に囲まれた一直線の砂利道を走っていた時、はるかかなたで右の森から左の森に横断する大きな生き物が見えました。トラだ!アムールトラだ!サーニャさんは目が良く見逃しませんでした。その場所にかなり近づくと、左から右へと戻ってきたのです。トラだ!アムールトラだ!今度ははっきり見えました。今回の案内人エイイチロウは20年で70回タイガの森に来ていますが、一度もアムールトラにあっていませんし、この時も後ろの車なので見ることはできませんでした。福島県の4倍の広さに40頭しかいない野生アムールトラに出会うことは奇跡です。

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雨で増水したビイン川を小舟でいく
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3時間上流まで行くと水は穏やか
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森の奥深くに自然巣を発見
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巣門の周りはクマにかじられた跡がある



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国営昭和記念公園の四季 №40 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

ひまわりの丘

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左クリックしてご覧ください

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線路はつづくよ~昭和の鉄路の風景に魅せられて №132 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

釧網本線

                      岩本啓介

硫黄岳、斜里岳、羅臼岳と絡めた写真を計画したのですが
曇り空 濃霧で山々には嫌われた釧網本線です

緑いっぱい びるわ駅

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硫黄岳を諦め ふらっと立ち寄った美留和駅
『びるわ』なんか いいひびきの駅名
次はこの駅で 列車を撮ろう

白い花はジャガイモの花 斜里岳は裾野だけ

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花びらの白い色は恋人の色[ムード]
そんな歌 ありましたね
白い花びらの ジャガイモの花がいっぱい

夏の花 エゾキスゲ 知床の山々雲隠れ

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エゾキスゲの群落が見られただけでも 良しとしよう

目の前はオホーツク 北浜駅

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ここでも知床連山は雲の中でした
ローカル線はいずこも朝夕の通学時間帯中心
最後に女子高生が乗車しました?

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ミツバチからのメッセージ №12 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

野生トウヨウミツバチの北限―5

       造園家・ミツバチ保護活動家  御園 孝

  クラスにヤール村到着の翌日、早速分封群の入ったアンナさんのお宅を訪問しました。入ってまだ3日で巣作り最中と思われるため、巣箱の中をのぞくことはやめておきました。出入りするハチは日本ミツバチとそっくりの黒っぽく小さなもので、野生トウヨウミチバチとすぐに解りました。セイヨウミツバチの養蜂をしているアンナさんにセイヨウミツバチの冬対策を聞いてみました。真冬になると零下40度になるため、家の中には穴が掘ってあり(素掘りで地下室とは呼べない)、11月20日から3月31日までそこに巣箱ごと入れて冬眠させるそうです。
  タバシクチ ハバゴウ オロンの三か所でセイヨウミツバチの養蜂が大きく行われているのですが、数日前にタバシクチの養蜂場にアムールトラが表れて、恐怖におびえた犬が家の中に逃げ込み、眠れない夜を過ごしたそうです。20年前にアンナさんの家にアムールトラが入ってきて、捕ってきたシカを食べられてしまったそうです。今いる場所は大自然の真っただ中で、自己責任で行動するしかないと実感しました。彼らにとっては人も餌なのですから。
  アンナさんがレピョーシカ(ロシアのパン)を作ってごちそうしてくれたのですが、森で摘んだブルーベリーのジャムを塗って食べました。あまりにおいしく私も採りに行きたいというと、人を集めるから何日か待つように言われました。何故か聞くとヒグマがブルーベリーを食べに集まっているから大勢でいかないと襲われてしまうからだというのです。
  当日10人ほどが集まり出発したのですが、川には橋などなく水量もかなり多く、日本だったら危険だからとだれも渡らないような場所を、女子供が当たり前のようにわたっていく様は、ぬるま湯にとっぷり浸かった日本人には考えられませんでした。ブルーベリーは見渡す限りどこまで続いているのか想像つかないほど、30分もするとバケツ一杯取れてしまいました。しかしそれ以上は誰も採りません、ほかの動物も食べるからだそうです。来て最初に気が付いたのですが、これはブルーベリーで無くクロマメノキ(日本では採取禁止の天然記念物)だと。
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このメンバーで野生ブルーベリー採りに出発。ウデヘはモンゴロイド系ロシア人です、
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川をいくつも超えて森の奥に入ります。
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30分もあればこんなにたくさん採れますが、それ以上は採りません・
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赤川Bonzeと愉快な仲間たち №131 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

安東ケイさんの作品

           銅板造形作家  赤川政由

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長年、ボンス工房で、修行した、アシスタントの、安東けいさんが、独立して次々と、素敵な作品を、うみだしてます。今回の作品は、立川市の南口にある、美容院の、外壁に、とりつけられた、作品群。ヨーロッパの、お話から、出てきたような、作品を作ったと、本人の、弁、なかなかよくできてますね。技術的には、だいぶ上達してきた。あとは、何を作り、何を表現するかに、なってくる。町に飾る場合は、なおさらですが、町にすこしでも、たのしさを、あとは、温かさを、演出できるかに、かかってくる。そういう意味では、立派な、作家に、なったなと。うれしくなる。今後もどんどんいいしごとを、してほしい。今後が、たのしみだ。


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立川市内の赤川ボンズ作品マップ

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線路はつづくよ~昭和の鉄路の風景に魅せられて №131 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

花咲線                                                                     

                   岩本啓介                                        

『花咲線』というのは愛称で、北海道いち長い鉄道路線『根室本線』のうちの釧路と根室を結ぶ135.4キロの鉄路を『花咲線』と呼んでいます

厚床駅2番ホームのファミリーシート  

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何気なく立ち寄った厚床駅、 現在は使われていない2番ホームに残された駅名掲示板とプラのカラー椅子。 
その先は ず~と牧草が続きます   
この景色 2000年の『青春18きっぷ』のポスターに選ばれました  
 
線路のとなりは昆布干場 

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昆布盛駅ちかくの線路脇は小石を敷き詰めた『昆布干場』が続きます     
夏の北海道でしか見られないけど 何故か のどかな風景です  

崖の上を列車が走る落石海岸   
 
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海の先に突き出し、急峻な崖となって海へ降りていく落石岬    
ここは日本なのか?と思ってしまうは不思議な景色です        
時に あたりが霧に包まれる乳白色の海岸は美しい景色です    

ルパン三世 別寒辺牛湿原に登場

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別寒辺牛湿原は、タンチョウやオジロワシ、ヒグマなどが生息する湿原です
私が撮影した近くに なんと ヒグマのフンの落とし物がありました
そんな大自然の湿原をルパン三世ラッピング列車が走ります    
花咲線沿いの浜中町は漫画家モンキーパンチさんの故郷                                        

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ミツバチからのメッセージ №11 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

 野生トウヨウミツバチの北限―4

      造園家・ミツバチ保護活動家  御園 孝

 2013年8月8日成田11時30分発アエロフロートでハバロフスク16時20分着のフライトですが、時差が2時間あるため2時間50分で日本からロシアまで行けてしまうのです。ハバロフスクから車で8時間ほどの道のりですが、市街地を離れると幅20mほどの砂利道が一直線に延々と伸びていて、両側には深い森が続き、林縁にはヤナギランが至る所に咲いていました。針葉樹だけの森を連想しがちですが、シラカバやイタヤカエデなどの広葉樹もふんだんにあり、ハギやクサフジ(ヘアリーベッチ)などミツバチの大好きな植物が多く、野生ミツバチの存在をますます確信しました。
 2011年に訪れた方たちが、集落に分封してきた野生ミツバチを確認しているのですが、自然の森の中に営巣している野生ミツバチを確認しないことには、全く話にならないと思って来た次第です。目的地少数民族ウデヘの住むクラスニヤール村には夜中に到着したため、真っ暗闇でどのようなところなのかさっぱりわかりません。朝になるのが楽しみで眠れませんでした。朝早く外へ出ると日本では考えられない風景が広がっていました。
  7月末からタイガフォーラムのエイイチロウが乗り込み情報収集をしていました。7月は雨が多く後半にアムールシナノキ(優秀な蜜源)が咲き誇りセイヨウミツバチの巣箱は蜂蜜が満杯になったそうです。私が来る2日前の8月6日に最初の分封が確認されました。アンナさんのセイヨウミツバチの空箱に見慣れないミツバチが出入りしているというのです。なんとアルカディさんの空の巣箱には6日に1群とそれ以前に1群が入ったそうです。その後滞在中に2群帰国後に1群が入ったのです。この現象は日本ではありえないことで、ところ変わればこのようなことがあるのだと認識しました。

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日本人では使うことができない建物の色
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当たり前に牛が散歩しています。
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零下40度になる地域なので水道はありません。
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アルカディさんの巣箱に野生ミツバチが入った。

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