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論語 №137 [心の小径]

四三二 陽貨(ようか)、孔子を見んと欲す。孔子見えず。孔子に豚を帰(おく)る。孔子その亡きを時として往きてこれを拝(はい)す。これに塗(みち)に遇(あ)えり。孔子に謂いていわく、来(きた)れ、われなんじと言わん。いわく、その宝を懐(いただ)きてその邦(くに)を迷わすは仁と謂う可きか。いわく、不可なりと。事に従うを好みてしばしば時を失うは知と謂う可きか。いわく、不可なりと。日月逝く、歳われと与にせずと。孔子いわく、諾(だく)、われ将(まさ)に仕えんとす。

       法学者  穂積重遠

 陽貨はすなわち例の陽虎(ようこ)、季氏の家臣だが、主人李桓子(きかんし)を押しこめて国政を専らにした。そしてしきりに孔子を招いた。その教えを受けて道を行おうというのではなく、孔子をまるめこんで批判を避け、また国民の尊敬する孔子をひきつけて自分の重みをつけようというのらしい。

 魯の大夫に粁しぶった陽貨がしきりに孔子を招いて会おうとするが、孔子が応じなので、何とかして孔子が来訪せねばならぬようにしむけようと思い、孔子に豚の贈物をした。大夫から物を贈られたときには、その家に行って拝するのが礼ということになっていたからである。しかし孔子はどうしても陽貨に面会したくないので、わざと陽貨の不在の時をねらって訪問し、札を言いおいて帰ろうとしたら、折あしく帰り道で陽貨とバッタリ出あった。そこで陽貨は孔子に向い、「まあ宅へ釆なさい、話がある。」と言うので止むを得ずその家に行って対談し、次のような問答があった。「せっかくの宝を懐中で持ち腐れにし、国が乱れ民が苦しむのを傍観しているのは、仁というべきだろうか。」「仁とは申せません。」「政治をするのはきらいでないのに、しばしばその機会をとりはずすのは、知というべきだろうか。」「知とは申せません。」「歳月流るるがごとく、お前さんもだんだん年を取る。何とか思案したらどうだろうか。」「心得ました。いずれそのうちには御奉公致すこともござりましょう。」

 孔子様を貴高顧問にでも迎えようと思うならば、いわゆる三顧の礼を尽すべきだのに、自分の方へ呼びつけようとするのみか、大才を自国に施さずまた諸国をめぐって志を得なかったことを仁でない知でないとあてつけがましく批難して、それで孔子を承服させようとは、無礼はもちろん、愚の骨頂だが、孔子様はかような無法者を相手にしてもつまらぬと思われ、当らずさわらずの挨拶をして帰られたのだ。

四三三 子のたまわく、性相近し、習い相違し。

 孔子様がおっしゃるよう、「人間の生れ得た本性はだいたい似たり寄ったりの近いものだが、その後の習慣教養で善悪賢愚の遠いへだたりができる。心すべきは環境と教育じゃ。」

 私が子供の時漢文の手ほどきとして読んだのは、これまた渋沢祖父からもらった『三字経』で、繰り返し音読してほとんど全文を暗諭した。その書物はたいせつにして持ち続けたが、戦災で焼いてしまい、惜しいことをした。この『三字経』なるものは、児童用の絶好な儒教入門で、うちの子供らにも『論語』の前にまずこれを読ませたが、その書き出しに「人之始。性本善。性相近。習相違。」とあって、この『論語』の本文から出ているのだ。

『新訳論語』 講談社学術文庫


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