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山猫軒ものがたり №38 [雑木林の四季]

小屋を建てる夢 2

            南 千代

 高橋さんも考えこんでしまった。和風なのか、洋風なのか、昔的なのか、現代的なのか、そのいずれのことばを使ってもピッタリ説明できない。私たちは、彼のアドバイスで、望む家のイメージを捜すために、さまざまな建物を見て回ることにした。
 高橋さんの知り合いや、私たちの友人から紹介を受けた個人住宅、狭山の東野高等学校、川崎の民家園、川島町の遠山記念館などなど。洋書や国内建築誌も開いた。小屋ひとつ造るのに、何もそこまでする必要はないのかもしれないが、多種多用な建築物を、造る、あるいは住むという目で見て回るのは、楽しく おもしろいことだった。
 民家園では「こんな家だったら今度は、馬も飼える」とうれしくなったり、遠山記念館では其のぜいたくなつくりに、優雅に暮らす自分を想像したり。雑誌を聞いては、英国のコテージ風にしたら花は何を植えようか、とプランしたり。
 イメージが次第にふくらみ始めた。高橋さんは、木造伝統⊥法を試してみることをすすめてくれた。真壁(柱が見える建築)で梁組を見せる日本の在来工法(基本構造の締結部に金具を使わず、木組だけで支える、昔の寺社や民家建築に見られる工法)である。この構造は、建物の大小を問わず、住まいの空間である本屋を造り、その上に小屋を組み屋根をかけ、床や壁などの造作をして一軒の建物とする。建物の主体である本屋と小屋は、一度組んだら何百年、時には一千年以上生き続ける、という。
 川崎の民家園の見学は、それを実際に確かめるためでもあった。民家園には、代表的なところでは、たとえば岐阜の白川郷の家のように、国内各地の古い民家が集められている。
 民家は、海辺の家は浜風で曲がってしまった松をそのまま梁に用いたり、川辺の家は杉皮の屋根の押さえに、川石をずらりと並べたり、屋内の土間が匠ほど広く、作業場を兼ねた家があったりと、それぞれの家が地域性や住む人の暮らしを語っていて、個性的である。
 日本の住まいには、同じ木でもログキャビンではなく 日本のその地域の気候風土が育てた家が、科学的にも景観的にもあうのではないだろうか、と思い始めた。
  昔ながらの伝統工法による建築物といえば、山猫軒もまさしくそうである。百十年前に、分家としての初代である恰五郎という人が造ったそうだ。専門とする大⊥に頼むところもあったかもしれないが、当時この地元においては、石垣の石組ですら自分でやれる所は自分で造ったそうである。思えは、今の時代だからこそ自給自足は、暮らし方のひとつの提案になりうるが、ひと苦前の農村部においては、あたり前の生活だったのかもしれない。
 陽あたりのよくない山猫軒から避難するために、模索した家造りの方法は結局、山猫軒に習うことになりそうだ。
 さまざまな家を見学して回る過程において、木の入手の相談をしながらっプランを酒の話題にしながら。私たちは、友人、知人、ムラの人、キコリたちなど、すでに多くの人を巻き込みつつぁった。集まった人たちと夜な夜な話を重ねる中で、家の顔が次第に見え始めた。
 「何百年も生き続ける家を造ろう。せっかくだから、ぼく、麻布のスタジオも今度造る家に移そうかな」
 夫が言い出した。数坪の小屋のつもりが、話がだんだん大きくなっていく。夫の目のレンズには、すでに伝統工丁法による家がしっかり映っているようだ。私はこれから長く生きても数十年、百年以上ももつ家など必要ないのではと思ったが、夫の目がキラキラと輝いているので、黙っていることにした。
 だが、そうなると、とても夫が自分だけで造ることはできない。結局、最初はアドバイスと協力を頼む予定だった高腑さんにも、全工程に関ってもらうことになったが、高橋さんとて家を建てるのは初めての経験。全く素人の    夫と共に、家を造ろうと、よく決意してくれたものだ。
 高橋さんだけではなかった。川合さん、井野さん、れい子さん、古山さん、小沢さん、みんなできることは協力するから、やろう、と言ってくれた。何ものにも代えがたい、仲間たちの大きな力を得て、私たちは家造りのスタートを切った。
 今日は大黒柱にする木を伐ってくる、今日は梁になる木を。夫は、造ると決めてからは、ほとんど毎日、弁当を持ってキコリと一緒に朝七時半には家を出るのだった。
 木の伐採地は、建てる現場予定地の裏山をはじめ、この近辺の山々が中心だ。犬の為朝も、お供に通う。為朝は、夫と一緒に軽トラックで出かけるのが大好きで、エンジンがかかると、自分で飛び乗ってしまう。田に畑に山に、為朝はいつも夫と一緒だ。
 高繚さんが家のカタ千を考えてくれている間に、夫は木を伐り集めた。伐った木は、製材に出し、高橋さんの工房そばに借りた作業所に運び、貯めておく。木を雨露にあてた後、ここで約半年乾燥させる予定である。

『山猫軒ものがたり』 春秋社


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