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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №124 [文芸美術の森]

            明治開化の浮世絵師 小林清親
             美術ジャーナリスト 斎藤陽一
                 第7回 
     ≪「東京名所図」シリーズから:一日の中の光の変化≫

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 小林清親は、江戸から東京へと移り行く風景を、「光の変化」の中にとらえようとした画家でした。
 前回は、小林清親が「朝の光」のもとに描いた作品を紹介しましたが、引き続いて、「一日の光の変化」をとらえた作品を鑑賞していきます。

≪午後の光≫

 まず「午後の光」をとらえた作品をひとつ。

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 これは、午後の光の中の「赤坂紀伊国坂」を描いています。坂道の、日の当たるところと影に沈む部分とを描き分けていますね。

 江戸時代、この坂の西側、この絵では右側に、広大な紀州徳川家の屋敷があったところから「紀伊国坂」と呼ばれました。現在、右手にはホテル・ニューオオタニがあります。左側に見える水面は「弁慶堀」です。
 坂の上から、下のほうを見下ろす構図で描かれており、下に広がる家並みは、現在の赤坂界隈。

 さりげない一枚ですが、一日がゆったりと穏やかに過ぎていくことを感じさせて、しみじみとした味わいを生んでいます。

≪黄昏どき≫

 とりわけ、光がドラマチックに変化する「黄昏どき」は、小林清親の「光線画」の重要なテーマでした。
 下図は、そのような黄昏時を描いた1枚です。

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 小林清親が明治13年に制作した「橋場の夕暮れ」。

 描かれているのは「橋場の渡し」。浅草・浅草寺の北にある橋場と、対岸の向島とを結ぶ渡しです。
 夕立の後でしょうか、空にはまだ雨をもたらした雲が複雑な陰影で表わされている。雨上がりの空には虹が現われ、今しも、一艘の渡し船が、虹のかかる対岸に向かって漕ぎ出して行く。

 清親は、水平線を思い切って下の方に低く設定し、画面の4分の3を「空」が占めるという大胆な構図をとっています。この空と雲との陰影に富んだドラマチックな描写こそ、この絵のみどころ。雨上がりの湿った空気感さえ感じられる、味わい深い作品です。

 小林清親の絵に繰り返し登場するのが隅田川とその界隈の風景。
 ゆったりと流れる川と、その上に広がる空は、刻々と変化する光を反映して、さまざまな表情を見せる。そのような幼少年時の視覚体験が、清親の光に対する繊細な感受性を育んだのでしょう。

≪暮れなずむ空≫

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 この絵の舞台は、隅田川の両国界隈。向うには両国橋が見える。
 手前には、河岸の浸食を防ぐための「棒杭」(ぼうぐい)が沢山描かれる。ここは「千本杭」と呼ばれたところ。川面には、釣り糸を垂れる船が。

 このあたりは、墨田川東岸から西に両国橋を望んだ風景なので、日没直後の残光が照らす、暮れなずむ空の美しさを描くことが清親のねらいでしょう。
 水面のきらめきの描写もまた繊細で美しい。木版画なのに、水彩画のような味わいが感じられる。
 構図上、注目すべきは、手前の棒杭をきわめて大きく描いているところで、真ん中の一本などは、橋よりも高く、空に屹立する姿に描かれる。
 このように、近くのものを大胆なクローズアップでとらえ、遠景を小さく描くことによって、深い奥行き感が生まれる。この描法は「近接拡大の技法」と呼ばれ、晩年の歌川広重が連作「名所江戸百景」の随所で使った手法です。

 広重は、これに加えて、近くのものの全景を描かず、大胆に切断して「部分」だけを提示するという「切断画法」を同時に用いることによって、絵画的な強さを生み出しました。

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 上図の右の絵は、歌川広重晩年の連作「名所江戸百景」の中の「亀戸梅屋舗」です。
 梅の古木を前面に大きく「クローズアップ」でとらえ、しかも古木の上下・左右を大胆に「切断」(トリミング)することによって、奥行きが深まるだけでなく、力強い絵画となっています。ゴッホがこの絵の斬新な構図と力強さに魅了されて模写していますね。

 普通、浮世絵の「風景画」のジャンルでは、風景の広がりを表現するために「横長」サイズの画面に描くことが多かった中で、広重は、「名所江戸百景」シリーズをすべて「縦長」サイズとしました。そして、風景画には不向きと思われた「縦長」画面を逆手にとって、インパクトのある斬新な「風景画」を生み出したのです。その時に使ったわざが「近接拡大」と「切断」の技法でした。

 広重の作品は、清親の幼いころからその脳裏に摺りこまれていたと考えられるので、この「千本杭両国橋」を描く時に、ほとんど無意識のうちにそのイメージが作用したように思えます。

 次回もまた、小林清親の「東京名所図」シリーズの作品を鑑賞します。
(次号に続く)


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