SSブログ

山猫軒ものがたり №33 [雑木林の四季]

 ムラの名人たち 1

          南 千代

 捨て子の仔犬がようやく、洗剤のひと箱や、菓子折りなどに姿を変えて消えていった。捨て猫は、一匹だけが引取り手がなく残ったので、これは絵筆と名をつけて山猫軒で飼うことにした。白黒のブチで、白い尾の先だけが黒く、絵筆のようになっている。
 ボロボロの障子もようやく貼り替えた。計二十八枚。セピア色だった室内が、急に白々と明るい。たくあん漬けも終えた。ウラが、樽の重石そっくりの姿で囲炉裏端に丸まっている。

 コンニャク玉を掘り上げる時期になり、私は、作り方を習おうと、おシゲさんの家を訪ねた。龍ケ谷では、たいていの家でコンニャクを作るが、おシゲさんの作るものがおいしいと評判であった。私も一度もらったが、ほんとにおいしい。
 地元には、その道の名人と呼ばれる人がいる。ワラ空の名人は赤岩さん、うどん打ちならハツばあちゃん、自然薯(じねんじょ)掘りは吉山さん、コンニャク作りはおシゲさん、梅干なら和子さん、キコリなら小沢さん、といった具合である。
 おシゲさんの家は、下の集落で製材工場をやっている。若夫婦は、工場の方に住み、おシゲさん大姉だけが能ヶ谷に住んでいた。
 コンニャクはサトイモ科の植物で、その茎はまだらになっており、マムシ草に似ている。裏庭の斜面に五月頃ニョキニョキと伸びてくる。土の下の根が玉になっていて、玉は年々大きくなる。掘って使えるほどの大きさになるまで四、五年かかるとか。混ぜものなしの生芋で作ったコンニャクは、プリプリしていて肉のような食べ応えがある。
 秋になるとコンニャクの地上部は枯れてしまう。芋の掘り時だ。茎の大きなものを教本掘る。真っ黒な玉が出てくる。
 「この黒い皮をむいて作れば真っ白なコンニャク、皮が残ってると黒くなっちまうけどよ。まあだいたいむいて、なよ」
 へえ、そうだったんだ。おシゲさんは、ゆでたコンニャク玉を次は、ゆで汁ごと数回に分けてミキサーにかける。
 「おろし金ですりおろしてから煮る人もいるけどよ、この方が手間なくていいんだ。私はかまわず、こうしてよ」
 それをまた鍋に戻して温度を上げ、溶かした石灰乳を入れる。かき混ぜていると、だんだん固まってきて重くなる。バットに移し平らにする。こうして十分ほどおくときれいに固まる。切り分けて、たっぷりの湯でゆで、水にさらしてアク抜きをする。
  一キロほどの芋で、大きなコンニャクが八丁もできた。
 「石灰乳がない時は、コンニャク用のカセイソーダを売ってるからよ。それでいいんだ」
 と教えてくれる。この町では、雑貨屋にそうしたものをいまだに売っている。ヘチマから取ったヘチマ水も、薬局に一升瓶で持っていくと化粧水にしてくれる。私も持っていき、一年分ほどの化粧水を作ってもらった。
 できたコンニャクは煮て使ってもよいが、刺し身風にわさび醤油や柚入りの酢味噌で食べてもうまい。この地方では、おでんというと、このコンニャクの熱いものに練り味噌をつけたものを呼ぶ。寒い季節にフーフ-吹きながら食べるおでんも、またうまい。
 さっそく家にもどって、忘れないうちにと復習してみる。柔らかすぎたり、固すぎたり。おシゲさんと一緒にやった時は、あんなにうまくできたのに。一人で作ってみると、なかなかうまくいかない。水の量と石灰孔の加減が難しい。
 水の量は、掘りあげて間もない芋か、乾燥した芋かなどでも違ってくるという。おシゲさんも料理の本のように、芋何キロに水何リットルと教えてくれるわけではない。コツがわかりかけた頃には、山猫軒の炊事場はコンニャクの山となった。

 コンニャクが何とかできるようになると、次に、そば打ちを習うことにした。習ったのは、組内の和子さんと、ハツぱあちゃん。二人は、わざわざ山猫軒まで出向いてきてくれた。
 そばは、徳打ち棒での伸ばし方がうどんより簡単、ゆでるのもサッと上がってラクだと言う。そば粉は、和子さんの家でとれたものだ。
 道具は、この家にあった瀬戸のこね鉢や、半畳ほどの薗打ち台、打ち棒を使った。和子さんは、ちょうど私の母ぐらいの年、ハツぱあちゃんは、そのまた母親ほどの年齢である。
 私は、高校を卒業すると同時に宮崎の実家を離れ、親に家事や料理を習うことなどいっさい経験することなしに今まできてしまっていた。このように、世代の違う先輩主婦と行き来できる時間は、同世代の女友だちと過ごす時間とは、また違った温もりのある時間であった。
 一般にムラによそから移り住むのは、人間関係において何かと難しいと言われがちだが、少なくとも龍ケ谷の入組では、その心配はまったくなかった。この土地の人々は、皆、ほんとに人が良く、親切だ。

『山猫軒ものがたり』 春秋社



nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。