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山猫軒ものがたり №33 [雑木林の四季]

米だ!米だ! 3

           南 千代


 私が大好きを稲ワラの使い方は、ワラを積み上げた納屋の二階で昼寝をすること。誰にも普請にも邪魔されず、絶好の隠れ家となる。太陽の匂いとワラの素朴な香りに包まれて眠る気分は最高だ。
 モミ殻は、苗代を作る時に焼いて使う。太陽熱の吸収をよくして地温を上げる、根元に酸素をいき渡らせる、苗取りをラクにするなどの効果がある。また、箱にこのモミ殻を敷いて玉子を詰めて贈り物にしたら、とても喜ばれた。
 クズ米やシイナ(まだ未熟だった米)は鶏のエサにした。鶏は、一定期間ごとにヒナを入れて、二百羽になっていた。養鶏は、卵を採る目的もあったが、もうひとつの大きな目的は、鶏糞によって自然循環型農業を営めることである。
 鶏糞を田や畑の肥料の一部として作物を育て、クズ野菜やクズ米は鶏のエサに使う。これを食べて鶏は卵を産む。玉子やたまにつぶす鶏は私たちの食糧となり、余りは売って現金にする。この一連のサイクルの中で、捨てるという無駄はいっさい出さずに済んだ。
 夫は、発酵飼料を自分で作り、オカラを豆腐工場に引き取りにいき、さまざまな材料を混ぜて鶏のエサを自分で作っていた。動物に正月や盆や日曜日はない。年中、一日の休みもなく水をやりエサを与え、玉子を集め、と世話を続けた。
 田畑もひと段落する頃、私たちは柚もぎと出荷の最盛期を迎えていた。鶏を放す借りために借りていた数百坪の上地は、斜面も含めて全面柚畑だった。私たちは、その下の土地だけを借りており、柚の木までは借りていなかった。
 柚は、虫がつかないよう、年に何回も木に農薬をかける。その下で鶏を飼っていたので、できれば消毒はしてほしくなかった。柚の持ち主も、老齢での斜面の消毒はきついし、真夏の風のない日を選んで行う農薬散布は、防護服を着て行っても、終わると二、三日は寝込んでしまうほど体の具合を壊すという。
 それなら散布をやめればよいのにと思うが、そうすると虫がついて肌の悪い果実が多くなり、出荷できる実が少なくなる。また、虫によるホシ(白い斑点)が入ると農協での引き取り価格も低くなる。消毒の有無など関係なく、見た目に大きくきれいな果実がいい柚として取り引きされているからである。
 柚で生計を立てている農家のほとんどは、その出荷先は農協であるから、虫がつかないように農薬を散布する。これは、もうひとつの越生町特産物、梅についても同様だ。
 そこで、私たちは柚畑の持ち主に頼んで、柚の木も借りることにした。農協に出荷する気は毛頭ない。販売先は、知り合いの自然食品屋に紹介を受け、都内近郊の自然食品店に野菜や食品を卸しているJAC(ジャック/ジャパンアグリカルチャーコミュニティ)に出荷できることになった。
 問題は収穫だ。柚は、枝に強く鋭いトゲがあるため、ミカンのように気軽な収穫はできない。地面から手の届く所は普通のせん定鋏で一個ずつ用心してとればよいが、手の届かない位置がほとんどである。そんな柚は、独特の長い柚取り鋏を高く差し上げ、一個ずつ収穫する。
 実は地面に落とすとキズがつく。鋏は、実のついた枝を切り、挟んだまま下ろせる仕組みになっている。収穫に慣れない私たちは、速くて一分間に三個、とりづらい高みになる実は一個とるのに二、三分もかかってしまう。荒くとると、枝のトゲで実を傷つけてしまう。とったときには気がつかなくても、トゲで少しでも傷ついた柚は、保管している間に、そのピンホールから腐ってくる。
 最初はとるのもおもしろかったが、陽もあたらない斜面で、毎日、毎日、毎日、柚をとり続けているとさすがに飽きる。毎日上を向きっぱなしで、首も肩もコリコリ。
 やっとカゴいっぱいになった柚カゴを背負い、斜面を降りる。足を滑らせてこけてしまい、おしりには柚のトゲ、カゴの柚はひっくり返っていっせいに下の道路までバラバラコロコロの失敗などすると、私はほんとに泣きたくなった。
 収穫した柚は、葉や枝を整理し、パックに並べて葉をつけ、ダンボールに納めて出荷する。買う立場にいたときは柚って高いなあと思っていたけれど、作る側に立つと何と安いのだろうと思ってしまうのは、野菜と同じだ。大きなキャベツが一個百円でならんでいると、これでは大量に化学肥料や農薬や除草剤をばらまいて、手早く効率的に、たくさん作らないとほんとに農家の生計は立たないだろうな、と思ってしまう。

『山猫軒ものがたり』 春秋社


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