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山猫軒ものがたり №30 [雑木林の四季]

迷子のガルシィア

         南 千代

 木立ちをぬい、大地を渡ってくる緑の風。足元に冷たく透き通る、渓流のせせらぎ。夕立ち。蝉しぐれ。飛びかう蛍を眺めながら、縁側で食べる西瓜。線香花火の懐かしい硫黄の匂い。
 冬が寒かった分だけ、山猫軒の夏は快適だ。地元ではクーラーの入っている家はどこもなかった。
 西瓜やビールは、川で冷やす。小さな道をはさみ、山猫軒の前を流れている川には、この家の洗い場があった。渓流は、少しだけ溜りになるように川辺に引き込まれ、洗いものができるようになっている。たくさんの泥つき野菜を洗ったり、障子の貼り替えに戸板などを準っには格好の洗い場である。
 渓流は、私たちや動物にも天然の涼を与えてくれた。水は、暑い季節でも素足を五分もつけているとしびれてくるほどに冷たい。犬たちは、山を走り回って帰ってくると、まずこの洗い場にトコトコおりて、流れに腹ばいになって身体を冷やしている。
 川には、石を返すと小さな沢蟹たちもいた。この沢蟹は、時には家の土間まで這ってきて、猫たちのオモチャになっていた。小野路と変わらず、蛍がいたのもうれしかった。
  雨の日、ガルシィアが行方不明になった。為朝と華は山の中で育ったので、たまに自分たちだけで山を駆けて、一日中遊んでくることがある。朝、連れて出た散歩の途中で、スキを狙って姿を消すこともあれば、日中、フッと気が向いて遠出することもあるらしい。
 こちらのスキとは、歩きながら、何か他のことを考えたりしてしまう時。そのほんの瞬間をついて、二匹でいっせいに猛スピードで脱兎のごとく、走り去る。ハッと気づいて大声で呼び戻そうとするが、こんな場合は全く無駄。ふだんは、呼ぶと素直に、しつぼをふりふり来るのだけれど。つないでいなくても、常に犬たちの動きに関心を払っている時は、絶対に脱走しない。
 ガルシィアは、呼べば必ず来る犬で、脱走を企てる犬ではない。が、その日は、二匹の悪友にそそのかされて、ついフラフラと山へついていってしまったらしい。
 為朝と華が一緒だから大丈夫だろうと思っていたが、泥んこになって夕方帰ってきた二匹のそばに、ガルシィアの姿がない。
「ガルシィアはどうしたの?」
 と聞いても、為朝と華はしらんフリ。
 実は、ガルシィアが来て間もない時にも、同じようなことがあった。その時は雪。やはり、二匹についていき、迷子になったのだ。さんざん貼り紙をして、親切な人の電話で見つかった。場所は山ひとつ隣の集落である麦原の山奥。ムラの家の土間に、縄でつながれていた。
「また、ガルシィアを捨ててきたんじゃない?」
 私は、二匹の犬に言った。特に為朝は、夫と私が、賢く素直なガルシィアをいつもほめるのをおもしろく思っていないようだった。ほんとに、捨ててきてるんじゃないだろうか。そんな気もチラリとしたが、思い直して、ガルシィアを捜索することにした。
 名を呼びながら、パイクで山中捜したがいない。麦原にもいない。地図を広げて、考えてみた。
 龍ケ谷の山を沢沿いに最後まで上がると、地元の人が龍ケ谷富士と呼ぶ飯盛峠に出る。犬たちが、ここらまで上がったとする。そして、やがて腹もすき、家に帰ろうと思ったとする。
 しかし、近接している沢筋を一本間違えると、龍ケ谷ではなく麦原に降りてしまう。飯盛峠の下からは数本の沢が下っているが、さらにもうひとつの沢を降りると隣村の都幾川(ときがわょの氷川辿ることになり、椚平(くぬぎだいら)に出る。
 沢沿いの地形は、どこもよく似ている。ガルシィアが一度目に麦原で見つかった時、もしかして降りる沢を間違ったのでは、と感じていた。
 飯盛峠を中心に、またあちこち貼り紙をして捜すことにした。峠を尾根伝いに走るグリーンラインにも、また安原にも、隣の都幾川村の川沿いにも、貼り紙をした。南側の猿岩林道や窯山の集落も捜しに歩いた。
 今度は、なかなか見つからない。首回りの毛がライオンのように長く、毛玉になるので首輪もしていなかったのが、余計悪かった。それにしても、犬なのだから自分で帰ってきてもよさそうなものなのに。
 やはり、お坊っちゃんのせいだろうか。川の水にはようやく慣れたけれど、相変わらず、栗林は、散歩の時も遠回りをしてついてくる。栗のイガが嫌いらしい。でも、これは小さい時の環境なので、仕方がない。為朝と華にしても、社会見学をさせようと、小野路の山から初めて町へ連れ出した時には、道を走り抜ける車が怖くて、通路にはりついて伏せたまま、一歩も動こうとしなかったではないか。
 心配なままに、あれこれ思い巡らせ捜し歩き車を走らせ、ガルシィアがいなくなって、一週間が過ぎた。雑種ではなく毛並みも性格もよいし、どこかでかわいがられているに違いない、とあきらめかけた頃、電話があった。
「あの、お宅が捜してらっしやるようなコリーが、最近、近所のバス停で寝泊りしているんですが」
「バス停で?」
「バスの折り返し地点で、屋根のある待合所があるんですよ」
「場所はどこでしょうか」
「都築川の奥で……」
 やっぱり。今度は椚平だった。ガルシィアに違いない。私は、ていねいに礼を言い、夫とすぐに車を飛ばした。
 山の上なら、龍ケ谷川の源流から水川の源流まで、約一キロしか離れていない距離も、それぞれの里に下り、ここから椚平を訪ねるには車で三十分の距離となる。教えてもらったバス停をめざす。着いた。
 が、ガルシィアはいない。また、どこかに行ってしまったのだろうか。ゆっくり車を走らせつつ、あたりを捜す。見つけた。日も暮れかけた山道を、心なしか後ろ姿も情けなく、肩を落としてトポトボと山に向かい、歩いている。
「迷子のガルシィア君、どこいくの?」
 安心した私は、車を降り、ガルシィアの後ろから声をかけてみた。ガルシィアは、その声に立ち止まり一瞬キョトンとして周囲を見回し、後ろの私たちに気づくと、走り寄ってきた。
「どこ行ってたの、バカたん」
 夫と二人でそう言いつつ頭や体をなで始めた次の瞬間、ガルシィアは鼻先を私たちに必死で擦りつけ、すすり泣きともうれしさともつかない、かすれた声を立て続けた。
 電話をくれた家を訪ねて礼を言い、ガルシィアは無事に山猫軒に帰った。しかし、以降しばらく後遺症が残った。三匹を連れて山に出かけても、家から二キロほど離れるとガルシィアだけは、そこから一歩も前に進もうとしない。
 今日は一緒だから大丈夫だと、いくら言い開かせてもダメ。それでも私たちが、先へ行こうとすると、自分だけはくるりとUターンをして、すたすたと一人で家に帰ってしまう。迷子になったのが、よほどこたえたらしい。これだけは、言うことをきかなかった。
私は、迷子の貼り紙をはがして回った。二度までも、親切を好意の電話で救われたガルシィアも、私たちもほんとにラッキーである。感謝。
【山猫軒ものがたり』 春秋社



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