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地球千鳥足Ⅱ №35 [雑木林の四季]

コリーとトレッキング
  ~アルゼンチン共和国①~

       小川地球村塾村長  小川律昭

 氷河観光の拠点、南パタゴニア(アルゼンチン)のカラファテには、リオ・ガジエゴスからとチリ側プエルト・ナターレスからと、いずれもバスで行ける。どちらも半分はジャリ道で揺られることになる。カラファテで氷河を歩くつもりだったが、突然の、横腹から背中にかけての痺痛で3晩苦しんだ。旅に出て以来、長引いていた風邪で咳が続き、その咳による身体への衝撃で呼吸も止まらんばかりの激痛に襲われ、体をすくめてその痛さに耐えてきた。そのため当初予定していた氷河歩きを取りやめた。病院での医師の診断による注射と投薬が効いたのか、それとも安静からの免疫回復力が強かったのか、痛さが和らぎほっとした。
 翌々日、カラファテから奥地のチャルテンまで150キロのジャリ道の道程を、バスで4時間強かけて上った。丘陵地帯の原野をビエドマ湖に沿うようにして道は走っていた。地面にへばりついたような枯れ草以外植物らしきものはなかった。何千年後も変わらぬであろうこの風景、夏季・冬季や乾期・雨期の相違こそあれ、厳しい環境の中に耐えられる植物のみが育つようだ。放牧させるための柵が今は用をなさなくなったのか、壊れたままになっていた。湖に通ずる川沿いを選んでかつて人が住んでいたであろう家屋も、半壊状態で置き去られていた。自然の厳しさが人間の居住を否定したのだ。万年雪に覆われた山々と、氷河の解けた水を溜めた碧い湖の美しさ。風雪に耐えた枯れ草の中に、ときおりヤマを見かけたが、人間を含め、生きものには厳し過ぎる大自然の環境だ。
 チヤルテンは50軒足らずの村落で氷河登山の基地である。チヤルテンからのトレッキングでは氷河に削られた尖峰がひと際高く天を突くフィツツロイ山(3441メートル)を目前に見ることができる。残雪と山肌との色合いの調和が陽光を浴びて一際美しかった。
鋭角に尖った峰は雲に覆われ、瞬時のみその姿を現した。
 ふと鼻息を感じ振り向くと、宿のコリー犬が知らぬ間について来ていて「帰れ」と言っても開かない。もともと野兎を追っかけて走っていたが、いつの間にか方針を変えて私について来ていたのだ。トレッキングの最後まで私の前になり後になりして坂道を上り下りした。川の丸木橋は渡れないからザンブリ入ってついてくる。私が腰を下ろして休むと一緒に休む。私を主人に決めたようだ。昼はビスケットを分け合った。最初は遠慮していたがそのうち食べた。テントを担いだ若者も、中年の日帰り組もいて、犬連れの私を羨ましがった。
 小さい氷河が押し出された湖まで行った。奥深くに登るほど湖の紺碧度はさらに濃くなり、吹く風も冷たい。眼前に迫ったこの奇怪な山々、現実離れのした未知の世界に引き込んでくれる魅力に溢れたチヤルテンの情景から去りがたい思いでいっぱいであった。フィッツロイの麓まで行けたらなぁ。おそらくそこは氷河に囲まれた神秘の氷界、人など決して寄せ付けないだろう。
 翌日はジープのツアーでチャルテンの奥地37キロまで行くことにした。朝起きた時私を見て嬉しそうに飛びついてきたコリーと今日も行動を共にしたかったが、宿主の許可もなく昨日客と出歩いた罰なのか、私が出かける時には繋がれていた。私の顔を見ると、ちぎれるほビシッポを振り飛びついて来た。その両目が『今日も一緒に行きたい!』と語っていた。その日の行程はすれ違いもできない道とも川ともつかないジャリで固めた川底を登って行くのだが、山間から水が流れ込むので、水のある川底を走っている時が多かった。約1時間半で終点。そこには氷河に直接繋がる青緑色のデシェル湖があった。湖の左側を山頂に向けて急な坂を登ること30分、そこには氷河が押し出され、幻想の中に引き込まれそうな自淡青色の池を見た。その名はウエルマ湖、小さな氷河を源泉としていた。氷の妖精が棲んでいるのか、誘い込まれそうに魅了する湖の表情、吹く風は氷河の表面で撫でられるように冷たく、せせらぎの音が異様に周辺に響き渡り、現実を超越した幻想の世界を肌で感じた。            (旅の期間一2008年 律昭)

『万年青年のための予防医学』 文芸社



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