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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №117 [文芸美術の森]

         奇想と反骨の絵師・歌川国芳
          美術ジャーナリスト 斎藤陽一
       第12回 反骨と風刺の錦絵 その2

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≪壁の落書きなら文句はあるめぇ≫

 上図をご覧ください。どう見ても、壁や雑紙などに描いた落書きに見えますね。でもこれは、版元や歌川国芳が制作・販売したれっきとした浮世絵なのです。これは、国芳が嘉永元年頃に描いた「荷宝蔵(にたかぐら)壁のむだ書」なる絵。

 老中・水野忠邦が断行した「天保の改革」では、「役者絵」を制作・販売することは禁止されていました。
 水野忠邦は、弘化2年には老中職を罷免され失脚したので、役者絵の禁令は多少ゆるみを見せていたとは言え、取り締まりの目は光っていました。
そんな中、国芳は、土蔵の壁の落書きを装って「役者の似顔絵」を描いているのです。

 題名の「荷宝(にたから)」は、「似ている」をもじったもの。「宝蔵」には「江戸の宝」という意味が込められ、「役者絵」を禁止した当局への当てこすりもある、と指摘する研究者もいます。

 「役者絵がダメだというなら、それに代わる新しい趣向で行こう、壁の落書きなら文句はあるめぇ」という反骨精神が感じられます。当局が文句をつけてきたときには、「これはあくまで壁の落書きでして・・・」と逃げられる、なかなかしたたかな精神です。

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 「荷宝蔵壁のむだ書」は5枚で一組の作品ですが、上図は、この中の二図。

 どの顔も、釘で引っ掻いたような、いかにも壁の落書き風に描かれていますが、当時の江戸っ子には、これでどの役者か分かったと言います。
 また、この絵の中に書かれた文字にも注目!
 「大でき、大でき」「なるほどそっくり」と、人を食っています。

 江戸っ子たちは、こんな錦絵を見て、その趣向に喝采を送ったことでしょう。歌川国芳はまた、「趣向の絵師」でもあり、たえず人々を唸らせるような新しい趣向を探求した画家でした。

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≪幕府風刺の判じ物?≫

 次は嘉永6年、国芳57歳の時に描いた2枚続きの錦絵「浮世又平名画奇特」(上図)。
 右下の人物が「浮世又平」、すなわち江戸時代初期の絵師・岩佐又兵衛。又兵衛は浮世絵の祖と言われ、「浮世又兵衛」などと呼ばれました。

 又兵衛はまた、近江国大津近辺で売られていた素朴な民衆絵画「大津絵」の祖という伝説もあり、この絵に描かれている人物や鬼たちは「大津絵」ではおなじみのモチーフです。

 この絵が出版されたのが嘉永6年(1853年)6月のこと。この6月3日には、ペリー提督率いるアメリカ艦隊が浦賀沖に来航して、世間が大騒ぎをしていた時期です。そんな中で、「この絵は幕府を風刺する判じ物だ」との噂が広まりました。

117-4のコピー.jpg たとえば、大津絵の中の鷹匠姿の若衆が着ている着物の袖に「かん」という文字があるのは、神経過敏で激しやすい性格から「癇性公方(かんしょうくぼう)」と言われた将軍徳川家定と判じられました。

 その他の人物も黒船来航にあわてる幕府要人たち、と様々に噂されました。
 「浮世又平」は徳川斉昭だとか、左に描かれた「奴(やっこ)」は老中・阿部正弘だとか、人心の不安を反映して、噂は広まったのです。
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 この騒ぎに、老中・阿部正弘は隠密周り同心に「国芳の身辺調査」を命じました。
 その報告書(「市中取締類集」)が残っており、隠密周り同心による報告の概要は次の通り:
 「国芳は家族のほかに弟子3、4人と暮らしている。妻子は相応の衣類を着ているが、国芳は着替え衣類などは少ない。注文を受けた絵は相応に賃金は受け取るが、弟子たちにも分けてしまう。欲が無く、暮らし向きには無頓着で、借財もあるようだ・・・・
 国芳は、版元からの注文があっても、仕事の中身が気に入れば安くても引き受けるが、気に入らないといくら賃金を多く出すと言われても断ってしまう。浮世絵師は職人気質が多いが、特に国芳はそうであり、闊達な気質である。」

 この報告書を書いた隠密周り同心は、どうやら、国芳に好意を持ってしまったような書きぶりです。
 そして報告書の最後には「国芳に不正のところはない」と締めくくられている。そのためか、国芳には、この一件でのお咎めは無かったといいます。

 勇み肌の江戸っ子絵師だった歌川国芳は、文久元年(1861年)3月5日、65年の生涯を終えました。明治維新まであと7年という幕末期でした。

 これで、「奇想と反骨の絵師 歌川国芳」全12回を終了します。

(次号に続く)


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