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郷愁の詩人与謝蕪村 №16 [ことだま五七五]

春の部 13

       詩人  萩原朔太郎

白梅(しらうめ)に明ける夜ばかりとなりにけり

 天明(てんめい)三年、蕪村臨終の直前に咏えいじた句で、彼の最後の絶筆となったものである。白々とした黎明れいめいの空気の中で、夢のように漂っている梅の気あいが感じられる。全体に縹渺ひょうびょうとした詩境であって、英国の詩人イエーツらが狙らったいわゆる「象徴」の詩境とも、どこか共通のものが感じられる。しかしこうした句は、印象の直截鮮明を尊ぶ蕪村として、従来の句に見られなかった異例である。かつどこかスタイルがちがっており、句の心境にも芭蕉風の静寂な主観が隠見している。けだし晩年の蕪村は、この句によって一ひとつの新しい飛躍をしたのである。もしこれが最後の絶筆でなかったならば、更生の蕪村は別趣の風貌ふうぼうを帯びたか知れない。おそらく彼は、心境の静寂さにおいて芭蕉に近づき、全体としての芸術を、近代の象徴詩に近く発展させたか知れないのである。そしてこの臆測おくそくは、蕪村の俳句や長詩に見られる、その超時代的の珍しい新感覚――それは現代の新しい詩の精神にも共通している――を考え、一方にまた近代の浪漫ろうまん詩人や明治の新体詩人やが、後年に至って象徴的傾向の詩風に入った経過を考える時、少しも誇張の妄想でないことを知るであろう。

『郷愁の詩人与謝蕪村』 青空文庫


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