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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №113 [文芸美術の森]

          奇想と反骨の絵師・歌川国芳
           美術ジャーナリスト 斎藤陽一

            第8回 「奇想の展開」

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≪国芳は妖怪好き≫

 日本美術研究家の辻惟雄氏が昭和45年(1970年)に出版した『奇想の系譜』の中で、岩佐又兵衛や伊藤若冲とならんで歌川国芳が取り上げられていたことから、国芳もまた「奇想の画家」と言われるようになりました。これまで紹介した絵の中にも、そのような国芳の特徴はいたるところに見られましたね。

 上図は、国芳の奇想がよく出ている「道化化もの夕涼み」(天保13年頃)。
 北斎をはじめ他の浮世絵師も妖怪や化物をよく描きましたが、とりわけ国芳は妖怪が好きな絵師であり、しばしば画題にしています。

 この絵は化物を描いたシリーズの1枚で、化け物たちが浴衣を着て、茶店で夕涼みしている光景を描いたもの。さまざまな化物がおしゃべりしながら楽しそうにくつろいでいます。

113-2 のコピー.jpg 左上に書き出された茶店のメニューも変わっている。
 右から、生姜湯、真っ暗湯、化物くづ湯、不気味湯、天狗の卵湯と読めます。
 その横には「千客万来」をもじって、化物たちの世界だから「千化万出」と書かれている。
 屋台に置かれているのは、お湯を沸かす「分福茶釜」。狸の顔と尻尾がついている。どこまでも人を食った絵です。

113-3 のコピー.jpg 縁台には、いずれも化物の男たち。
 右端に立つ男が着ている浴衣には「ドロドロ」というカタカナも文字が書かれ、その前に座る男の着物には「卒塔婆模様」が描かれるという具合。

 茶店の客たちは、いかにも「江戸っ子」そのもののような姿で、夕涼みを楽しんでいる。何よりも、こんな化物たちをつぎつぎと画面に創り出す国芳自身が楽しんでいることが伝わってきます。

 現代の漫画にもつながる国芳得意の戯画です。

≪国芳の遊び心「寄せ絵」≫

 次は、国芳の遊び心にあふれたこんな絵を見よう。

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 これは、いくつもの人間の姿を合成して描いた男の顔。「寄せ絵」とか「嵌め絵」などと呼ばれる戯画です。
 この男は、一見、強面(こわもて)で恐ろしそうに見えますが、右上の赤い囲みの中に「見かけは怖いがとんだ114-4.jpgいい人だ」と書かれており、実は「見かけによらずいい人なのだよ」というひねりをきかせている。国芳は、こんな「遊び心」の溢れた絵をいくつも描いています。

 近寄ってこの顔を見ると、さまざまなポーズの人間の身体が見える。
このように、変形した人間の身体を組み合わせて、いかに巧みに面白い顔つきを作り出すか、国芳自身がにんまりと楽しみながら描いています。

 国芳のこのような「寄せ絵」は、西洋で「奇想の画家」と言われた16世紀イタリアのアルチンボルド(1527~93)を思い起こします。アルチンボルドは、右図のような、野菜や果物で合成された人間の顔をいくつも描きました。

 勿論、アルチンボルドは国芳よりも150年も前のイタリアの画家なので、鎖国時代の日本の国芳がアルチンボルドの絵を見たことは考えにくいのですが、どこか共通したユーモアと怪奇趣味が感じられて面白い。

≪猫好き国芳の「当て字」≫

 国芳は大の猫好きでした。

 下図は、少年時代に国芳に入門した河鍋暁斎が、のちの明治時代になって思い出して描いた「国芳の住まい」。猫をふところに抱いて少年・暁斎に教えているのが国芳。そのまわりにも何匹もの猫が描かれています。
 ときには、懐の子猫に物語を聞かせたりしたともいいます。
 国芳のざっくばらんな気性と、一門のアットホームな雰囲気が伝わってきます。

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 そんな国芳が、猫たちの身体で、好物の魚の名称を表わすという趣向の「猫の当て字」シリーズを描いています。全部で「ふぐ」「たこ」「うなぎ」「かつお」「なまず」の5点ぞろい。
 そのうち、左図が「ふぐ」、右図が「たこ」ですが、読めますか?

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113-8.jpg それぞれ左上にはシリーズ名の「猫の当て字」が描かれていますが、ふぐのほうは「ふぐと網」、たこのほうは「たこと網」でデザインされており、なかなか洒落ている。

 「ふぐ」の「ふ」は3匹の猫と1尾のふぐで合成されていますが、「ぐ」の字は、右図のように、7匹の猫で組み立てられ、柔軟な猫の身体をうまく使っています。

 歌川国芳が、現代に先駆ける「グラフィック・デザイナー」と言われるゆえんです。

 次回は、国芳の独壇場ともいうべき、三枚続きのパノラマ画面に描いたワイドな「武者絵」を紹介します。
(次号に続く)


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