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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №112 [文芸美術の森]

                  奇想と反骨の絵師・歌川国

         美術ジャーナリスト 斎藤陽一

   第7回 「おきゃんで色っぽい美人画」

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「武者絵の国芳」と呼ばれた歌川国芳は、当時、「美人画は得意ではない」と言われることもあったようですが、なかなかどうして、現在、彼が残した「美人画」を見ると、どこかおおらかで、それでいておきゃんで色っぽい独特の味わいを持つものが多い。

 上図は、当世美人を伝統的な画題に見立てて描く「見立て絵」の趣向で描かれた「大願成就有ケ滝縞・文覚」と題された作品。
 左上の四角い枠内に描かれているのは、平安時代末期から鎌倉時代初期の真言宗の僧・文覚上人の姿。
 彼は元北面の武士(遠藤盛遠)でしたが、誤って女人を殺してしまったことから出家し、熊野の那智の滝で荒行に励みました。その様子を「コマ絵」にしています。

 画面に大きく描かれた女性は、滝の流れを模様にした着物を着て、数珠に見立てたほおずきを輪にしたものを手に持っている。

 この絵の題名の「大願成就有ケ滝縞」とは、「願いがかなって有り難い」という意味と、この女性が着ている「滝の縞模様」とをかけています。女性が手に持つ団扇には水玉模様が描かれていますが、これは「滝のしずく」を表わしたものでしょう。

 この絵の女性は、普段着をあっさりと身にまとった気取らない格好をしており、こちらに何か話しかけてくるような笑みを浮かべています。おきゃんで色っぽい雰囲気を感じさせますね。

 このように、おおらかで格好つけない、親しみやすい「美人画」を描いたのが国芳でした。

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 上図は、団扇型の紙に描いた国芳の「団扇絵」です。
 「団扇絵」と言っても、必ずしも団扇に貼り付けて使うものばかりではなく、このように一つの趣向として団扇型の紙に描き、それを掛軸や屏風などに貼り付けて楽しむものもありました。国芳は、美人画を描くとき、この形式を好んで使っています。

 この絵の主役は、物干し台の手すりにもたれて、夕風に吹かれながら涼をとっている女性。髪の毛のほつれが涼風の気配を伝えます。
 西の空にはかすかに残光が見えますが、空の色はだんだんと濃紺に変わりつつある。そこに、ウロコ雲がゆっくりと動いている。暮れなずむ黄昏時の情感を巧みに表現しています。

 手すりに身体を持たせかけた女は、浴衣の腕をまくり上げて、涼風を楽しんでいる風情。口もとには、国芳描く女性特有の笑みがこぼれている。
 この絵の女性からも、日常の一コマを切り取ったような親しみやすさが感じられます。

112-4.jpg 次は、こんな「美人画」(右図)はいかが・・・・

 この絵は、美人と子どもを組み合わせて12カ月の風物を描いた「美人子ども十二カ月」シリーズのひとつ「清月の月」。
 「清月」とは「旧暦八月」のことで、「清月の月」はすなわち「中秋の名月」のことです。この絵でも、右上の空には満月が浮かんでいます。

 ここは、隅田川に臨む二階の座敷。
 板敷に座って、女と子どもが名月を眺めている。女は手に湯呑を持ち、ゆっくりとお茶を楽しんでいる・・・

 右上の丸い「コマ絵」には、永代橋と千石船の白帆が描かれる。遠くの背景にシルエットで見えているのは佃島らしいから、ここは深川の遊郭かも知れない。してみると、女は遊女、子どもは禿(かむろ)という設定も考えられます。

 左側に描かれた障子を見てください。満月の光に照らされたススキの影がくっきりと映っています。よく見ると、板敷には人物や手すりの影もありますね。しかし、女と子どもの姿そのものには「影」が描かれていない。
 一般的に、日本絵画には「影」を描きこむという伝統はないのですが、この絵の「影」は、国芳が西洋画から学んだ陰影表現でしょう。

 次に、女が着ている浴衣の鮮やかな青の模様に注目してください。(下図)
実はこれ、「雪の結晶」を描いたものです。

 この絵が描かれる4年ほど前の天保3年に、古河の大名・土井利位(どいとしつら)が出版した『雪華図説』で初めて雪の結晶図が紹介されました。
 国芳は、当時知られたばかりの新しい「結晶図」を、早速、着物の柄に取り入れたのです。国芳は、新しい趣向に積極的でした。

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 近年、歌川国芳は「奇想の画家」として注目を集めていますが、次回は、そのような特徴が顕著に出ている「戯画」や「動物見立て絵」といったジャンルの絵を紹介します。

(次号に続く)


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