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山猫軒ものがたり №21 [雑木林の四季]

 囲炉裏とかまど 1

        南 千代

 新しい山猫軒は、築後約百十年経つ民家である。造りがしっかりしていたため、ほとんど修理の必要もなく、越してくるとさっそく私たちは、持ってきた山猫軒の表札を出した。
 越生町は、池袋から電車で七十分。人口約一万三千人。奥武蔵の山々を背に関東平野の外れに位置した、梅と柚と林業の町である。
 ここ龍ケ谷は、越生駅から車で二十分。約五十戸の家が散在する山里だが、私たちが住む入組(いりぐみ)は、龍穏寺周囲に九戸の家が龍ケ谷川に沿って並ぶ、小さな集落だ。

 シュン、、ジュン、シュン。囲炉裏で、鉄瓶が白い湯気を立てている。かまどでは、薪が勢いよく燃え、釜の蓋の間からブクブタと泡がふいてきた。おいしいご飯が炊けそうだ。かまどの横には手押しポンプ。井戸から水を汲み上げる。
 新しい山猫軒には、ガスが入っていなかった。数年前まで住んでいたおじいさんとおばあさん、つまり大家の両親が年老いた身にはかえって危ないと、ガスを入れないで暮らしていたためだ。暖房は囲炉裏に掘ごたつ、風呂も薪のボイラーだった。
「ガスのない生活、つてどんな暮らしかなあ。不便じゃなかったのかしら」
 私が想像していると、夫が言った。
「慣れてれば、そんなことないだろ。昔はみんなガスなんてなかったんだよ」
 そう言われてみれば、そうだけど。
「しばらくこのまま、ポクたちもガスを入れないで暮らしてみる?」
 また、いつもの好奇心が頭をもたげてしまい、私は夫に同意した。大変だったら、すぐにプロパンガスを入れればよいことだ。
 囲炉裏とかまど、薪ストーブを駆使しての台所仕事は、思った以上に合理的だった。火力がほしい妙め物は、薪の火の強力な熱カロリーで見事に調理できる。場げ物は、細い薪で火を調節する。
 二升釜で炊くご飯の味も最高。ただ、これは少量は炊けないので、二人家族の私たちにとって、二食目からは冷やご飯となる。ふかし直す、妙める、雑炊にするなど工夫する。田舎家は、大家族向きに出来ているので仕方ない。
 煮豆など、とろとろ煮込む料理はストーブの上で。鍋はいつまでもさめないよう囲炉裏の自在かぎにかけて、下では魚を焼く。
 セットさえすれば炊き上がる電気釜や、火力の調整がつまみひとつで一定に保てるガスコンロと適い、僻の火は足したり引いたり、こまめな火の概括が必要だ。しかし、その手間をおしみさえしなければ、料理は薪の方がおいしくできる気がする。
 薪で沸かす風呂も時間はかかったが、肌にまったりしたいい湯だ。寒い冬の夜、この家で全身を暖めることができるのは、熱い風呂だけである。
 囲炉裏は、体の表側だけは熱いが裏の背中は寒い。掘ごたつは、下半身は暖かいが上半身は冷たい。越してきた最初の夜、あまりの寒さに眠れなくて、私たちは掘ごたつに足元が入るように布団を敷き直し、ようやく寝た。
 家は、下駄箱や文机の中も、たんすの中も仏壇も、炊事場の牛乳瓶も、すべてが暮らしの途中で一時中断されたままの状態で、老夫婦は明日にも帰ってきそうな気配だった。
 実際、彼らは高齢ゆえに体調を崩し、家主である長男の家に引き取られていったのだが、本人たちは、元気になったらまた帰ってくるつもりで出たのではないだろうか。
 そう思うと、家族みんなの名がある表札や、部屋に飾られた賞状や、棚の上に大事に置かれた古いラジオも、外す気になれない。このままにしておかなければ悪いような気がした。
 大家は、不要なものは自由に処分するように言ってくれたが、結局、テーブルや椅子やベッドなど、これまでの暮らしで使っていた私たちの家財道具は、隣の毛呂山町に小さな倉庫を借りて入れておくことにした。
  暮れには、家を紹介してくれた鶴先生の所で一緒に餅をつかせてもらった。夫は、この地域独特の縦型のしめ縄作りも習い、自分で作った。縄をない、途中にワラの手を縦左右に二本出す。紙でできた四手もはさみこむ。これを二本作って、玄関の左右に飾るのだ。
 地元の人が、お正月さまと呼ぶお札も配られてきた。ここでは、龍ケ谷・入組の一員として今度は、組づきあいもすることになっていた。
 大晦日の夜。神棚の灯明に火をともしたついでに、横にある古いラジオのスイッチをひねってみた。ザージージージーキューン、くぐもった雑音の中からアナウンサーの声が出てきた。
「今年の紅白歌合戦は、……ザーザーザー……今、優勝旗が手渡されて……ジージー……」
 私はあわてて夫を呼んだ。
「ねえねえ、昔の紅白やってるよ。昭和何年頃のだろうね? おもしろいね」
 背伸びしてつまみを回しながらチューニングしている私に、夫が言った。
「それ、今の番組だよ」
 この二週間ほど、文机の中に昭和二十五年の出納帳を見たり、裁縫箱でエボナイトの万年筆を見つけたり、手押しポンプで水を汲んでいたおかげだ。私の頭の中まで時代錯誤を起こし、一瞬、古いラジオからは古い番組が流れてくるのだと、思い込んでしまっていた。
 龍穏寺から、除夜の鐘が聞こえてきた。猫のウラもようやく新しい山猫軒に慣れたようだ。

『山猫軒ものがたり』 春秋社



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