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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №109 [文芸美術の森]

         奇想と反骨の絵師・歌川国芳
              美術ジャーナリスト 斎藤陽一   
                    第4回 「和洋融合・シュールな光景」

≪勇ましい遊女≫

 葛飾北斎も実に多様なジャンルの絵を描きましたが、歌川国芳もまた、浮世絵のさまざまなジャンルに積極的に挑戦した絵師でした。
 その上、好奇心が旺盛で研究熱心、オランダ渡りの「蘭書」なども入手して絵画の研究を行っていたようです。
 今回は、国芳のそんな一面を物語る作品を紹介します。
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 上図は、歌川国芳が天保2~3年頃(36歳頃)に描いた絵「近江の国の勇婦於兼」。
 ここに描かれた女性は、近江の国の宿場・海津の遊女、お兼で、疾走してくる暴れ馬の引き綱の端を下駄で踏んで鎮めたという逸話の持ち主です。
 国芳は、今まさに、下駄で引き綱を踏みつけているお兼の勇ましい姿を描いています。暴れ馬は後ろ足を蹴り上げて、まだ、荒れ狂っています。

 国芳描くお兼は、ぬか袋を口にくわえ、手ぬぐいを肩にかけた浴衣姿、まるで風呂帰りの江戸女のような粋な姿に描かれている。
  その仕草も、歌舞伎役者が舞台で見得を切っているような「型」で表わされ、「これぞ浮世絵!」という描き方です。その上、お兼の姿は陰影感がなく、まさに「型」を貼り付けたよう・・・
 ところが、暴れ馬に目をやると、こちらには、西洋絵画のように濃淡の陰影がつけられており、馬の量感が表現されています。

 さらに、背景に目を向けると、山々や雲の描写は、西洋の銅版画のようであり、風景は西洋風遠近画法で描かれている。

 つまり、この絵には「和」と「洋」の異なる描法が融合しているのです。これは、描法的にはミスマッチというべきでしょうが、かえってその結果、まことに斬新、不思議にシュールな雰囲気が生まれています。

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 近年の研究で、この絵は「西洋の書物の挿絵を参照にしている」ということが分かりました。(勝原良太氏、勝盛典子氏の研究)

 上図を見てください。
「馬」は西洋版『イソップ物語』の中の「馬とライオン」の挿絵から。馬の描き方がそっくりですね。但し国芳は、ライオンのところをお兼に変えています。
 
 また、背景の海や山なみ、雲などの描写は、1682年にオランダのアムステルダムで出版されたニューホフ著『東西海陸紀行』の中にある銅版挿絵から借用しているようです。もしかしたら国芳は自らこの本を所有していた可能性もあります。だとしたら、当時、貴重で高価な蘭書を、どのようにして国芳が入手したのか分かりませんが、彼の旺盛な研究心をうかがい知ることができます。

≪赤穂浪士の討ち入り図≫

 もうひとつ、ちょっと不思議な感覚を与える絵を見てみましょう。
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 上図も、同じ頃に描かれた作品:「忠臣蔵十一段目夜討之図」。御存じ、赤穂浪士による吉良邸討ち入りの場面です。
 雪が降り止んだ深夜、月明かりのもとで、赤穂浪士たちが吉良邸に侵入しようとする様子を、モノトーンの不思議な静けさの中で描いている。
 建物や通りは、西洋風の遠近法で表わされ、黒や灰色の濃淡による陰影がつけられて立体感がある。このような陰影法は、それまでの日本絵画の伝統にはない表現法です。

109-4.jpg 実は、この「討ち入り図」もまた、先ほど紹介したオランダの書物、ニューホフ著『東西海陸紀行』の銅版挿絵(右図)を参照していることが指摘されています。

 この挿絵の右側の建物は南国バタビアの領主館ですが、それをそのまま吉良邸に移し替え、そのうしろの109-5.jpgヤシの木は松の木に、領主館の前で前方を指さすカピタンは、浪士たちを指図する大星由良助(大石内蔵助)となっています。
 だから、この「討ち入り図」はどこか異国風で不思議な感じを与えるのです。
 
 大石内蔵助の指揮のもと、かねての打ち合わせ通りに、粛々とそれぞれの任務を遂行する浪士たち・・・人物たちの影が、静かな中にも緊張感を醸し出しています。

 しかし、全体図を見ると、月は右上に輝いています。つまり、月は吉良邸の向う側の空にあるので、塀の影や人物たちの影がこのようになるわけはありません。国芳もそれを承知の上で、討ち入りを前に、粛々と動く浪士たちの緊迫感を表現するために、絵画的効果を考えてこのような陰影をつけたのでしょう。

 かくして、この絵は、蘭書の銅版挿絵を借用しながらも、伝統的な「討ち入り図」には見られないシュールで斬新なものとなっています。

 次回も、歌川国芳が描いた不思議な感じの「風景画」を紹介します。

(次号に続く)

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