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山猫軒ものがたり №18 [雑木林の四季]

栗林の豚小屋 2

            南 千代

 家捜しが緑で知り合った一人に、五日市で椎茸栽培をしている吉沢さんがいた。その彼のすすめもあり、夫は椎茸栽培を始めた。
 春になって旬を迎えたのは、玉子だけでなく、この椎茸も同様である。これまた、ニョキニョキと芽を出し、傘を開いてきた。玉子と違い、干して保存しておくことができるものの、天日干しでは天気の具合もあり、限界がある。頭を抱えてしまった。
「どうするのよ、こんなに作って。ほだ木を置いたり、菌を打ち込むときにもう少し考えればよかったのに」
 夫がせっせとほだ木を並べたり、菌を打ち込んでいたのは知っていたが、その頃私は他の仕事に忙しく、状況を子細に把握していなかった。どれだけ椎茸が出るものやら、全く見えていなかった。しかし、夫の言い分も、もっともであった。
「椎茸菌だって千個からの注文だったし、大家に杉山を借りてほだ木を置かせてもらうのに、十本や二十本というわけにもいかないだろう」
 椎茸のほだ木にするコナラやクヌギなど、広葉樹が多い小野路では、椎茸を作っている農家も多かった。ということは、地元では玉子のようにさばけないということである。
 私たちは、ない知恵をしぼった結果、店を広げて直売することにした。場所は、買手の多そうな国立市の富士見通り。カフェ・ひょうたん島の店先を借り、にわか露店を出す。自然栽培で肉厚の立派な椎茸だ。市価よりうんと安くすれば、何とか売れるだろう。売れなかったら、ひょうたん島に来た客にやってしまおう。
 その場で焼き、味見をしてもらおうと七りんと炭も用意した。これは、立川に住む友人のボンちゃんのアドバイスだ。買ってくれる人へのおまけにと、桃の花も持っていくことにした。
 ついでに、みんなに愛想をふりまく為朝も連れていき、通行人の足をとめてもらおう。あわよくば、仔犬の飼い手も見つかるかもしれない。為朝と華の間には、この春また、七匹の仔犬が生まれていた。為朝には、首に 「ぼくの子供を差し上げます」という看板を下げてやった。子犬の引き取り先を捜すのもなかなか大変だ。父犬にも少しは努力をしてほしい。
 露店を出すことなど、学生時代のバザー以来である。私たちは、ひょうたん島に着くと、緊張しながら、台を置いたり店開きの用意を始めた。
 すると、準備している間もなく、パックに計り入れるそばから売れていく。きちんと、露店らしいたたずまいが整った時には、もう三分の一ほどの量が売れていた。
 ボンちゃんや、エンちゃん、伊藤暢子さん、角張さんなど。国立近辺の友達に声をかけておいたのも功を奏した。評判も上々。はやばやと店じまいした後も、注文が相つぐほど、思いもよらぬ結果であった。
 山猫軒に帰り、テーブルの上にお金箱をひっくり返し、百円玉を十枚二十枚と数えたときの何とも言えない快感!本業での収入とは、比べようもなく微々たる金額なのだが、百円玉を積み上げながら数えていく行為には、実に、売り上げた、という説得力がある。

「近いうちに、豚の仔が産まれると思うからよ。気をつけといてくんな」
 高橋さんがそう言い、自分が来る前に膿み始めた均分の対処の仕方を、敵えて州った.二日後、猪豚の仔が産まれ始めた。
 母親の体内から、二十センチほどの赤ン坊がピョコンと出てくる。教えられた通り、全身にかぶっている薄い膜を布で取り除き、口の中をふいてやる。こうすると、オッパイの飲みがよくなるのだそうだ。高橋さんもやってきた。やがてヒョコヒョコと歩き出す。
 夜は保温してやったり、孔の飲みが憩い子には牛乳を飲ませてやったりと、何かと手がかかる。猪と豚のあいの子という改良された家畜のせいだろうか。少し育つと、小屋の中を一直線にビューツ、ビューツと駆け始めた。さすがに猪の血をひいている仔豚だ。
 大家は、ただ猪豚を飼っているのではなく、年に一度ほど肉用に出荷した。トラックに乗せて屠畜場に運ぶのだが、豚も気配を察して、なかなか荷台に乗ろうとしない。そんな時、どうするのかというと、酒を飲ませる。
 豚が酒を好きかどうか、豚に開いても答えないので正確にはわからないが、とにかく、いやがらずに飲む。そして、酒につられるのか緊張感がほぐれるのか、おとなしく荷台に乗って屠畜場へと運ばれていく。
「さようなら、豚ちゃん」
 元気でね、と言えないのが心苦しい。
 動物に限らず、さまざまな虫や鳥の習性も身近に観察するとおもしろいことがたくさんある。たとえばショウピタキ。このところ、庭においている車のサイドミラーの手前がいつも、小鳥の糞で汚れている。おかしいな、と思い気をつけていると、ある朝、それがジョウピタキのしわざだとわかった。
 サイドミラーの前を、尾を上下にふりながら行ったり来たり。クックックッと鳴きつつ、ときには鏡をつつきつつ、小一時間ほど飛び回っている。次の朝も、その次の朝も。鏡をのぞいて朝の身だしなみでも整えているのだろうか、と思ったが、まさか。
 鳥類図鑑で調べてみた。ジョウピタキは、なわばり意識がとても強く、ガラス窓に自分の影が映ったりすると、他の鳥が侵入してきたと思い、追い払おうとすることがあるのだそうな。サイドミラーに映った自分の姿を、他の鳥と間違えていたのだ。
 何しろ相手は鏡。いくら威しても逃げるわけがない。ずいぶんしつこい侵入者だと思ったことだろう。春が過ぎ、冬鳥のジョウピタキは姿を見せなくなった。来年も、またやってきてくれるだろうか。

『山猫軒ものがたり』 春秋社



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