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地球千鳥足Ⅱ №24 [雑木林の四季]

アライグマに囲まれて

       小川地球村塾村長  小川律昭

 アメリカは動物を大事に扱うところである。ペットとしての犬、猫は当然であるが、自然に棲息する動物たちも同様だ。少なくとも危害を加えることはない。道路標識にも鹿やバイソンの飛び出し注意をよく見かける。ぶつかれば交通事故の原因にもなるからだろうが、もともと彼ら動物たちの棲家を人間が占領したのだから当然だ。その中で人々にあまり受け入れられないのがアライグマである。彼らは狂犬病を持っていたり、ゴミ箱をひっくり返して悪さをするからという。

 このアライグマたちが、林の中の我が家に餌をねだりに乗出して十年になる。定宿は我が家のテラスの下、最初は土管や木の穴であったが餌をもらうのに近くて便が良いから移住して来た。我々は長期日本に帰っていることもあり、その時は我が家の留守の様子から他所へ移り、忘れた頃にひょっこり顔を見せるのである。この近辺を徘徊しているのだろう。お立っちするしぐさは同様でも、その顔を見てワイフは名前を言えるから不思議である。その性格を観察分析しながら餌をやるからであろう。彼女は彼らが餌をねだりに来たかどうか、微かな物音でも窓外に北ことを感知する能力をもっている。喉から搾り出す徴かな声も聞き取れるらしい。

 彼らは母系家族、今はひ孫の代であり、成長すると大抵の子供が棲家を出て行くが、母になると子供を連れてやってくる。利口であったステファニーを初代として、食い意地の張ったトツド (性別不詳で男名がついた)、そして今のはその娘のメレッサであり、メレッサは子供の頃はおっとり、のろまで餌をもらうのにいつも立ち遅れていた。今、彼女は、二匹の子供を連れて来る。子供の頃と同じようにテラスの手すりの上で前足を高く上げて頂戴をする。これは祖母から伝わった芸、習性であろうが親子三代それぞれしぐさにも特徴があった。

 人間の居る部屋を求めてその窓へ自分の姿を見せ、存在を強調しながら餌をねだる初代のステファニー一家、我々の食事の部屋とは反対側のバルコニーを支えている柱を登って中の人間を確かめる。餌をやらず知らぬそぶりをしていたら、サッシのパッキングを爪でもぎ取ってしまった。油断も隙もないしつこい彼らは、家中の人間を監視していたように早朝や夕刻になると現れるのである。トツドは子供の時から敏捷で頭の良い、ずる賢い奴だっ。他のアライグマに餌を投げると、落ちたその昔で、食べている餌はそのままにし、すかさず音の方へ飛んでいって捕らえる。それを食べ終えてから、もとの場所の食べ残しを食べるのである。そのトッドに子供五匹を連れてテラスの下に住みつかれた時は、餌のパンの在庫はすぐになくなるわ、真夜中、地下で騒ぐわ大変だった。

 次の年は子供の数も減って三匹、パンを与えるとまずは全員の取り合いだが、母親であるトツドは一切れを食べながら、もう一切れは足で押さえて子供に食べられないようにする。子供が食べているものまで追っかけて行って横取りする、それはそれは欲すっぱな母親であった。親としての愛情は離乳するまでで、餌を食べるようになったら競争相手である。浅ましく思えるが、厳しい自然界に生きる子供たちを甘やかすより厳しさを身体で覚えさせているのだろう。
 今、来ているトツドの娘、メレッサは子供たちをジツと見まもり、自分に与えられたものだけを食べる。子供が食べ終えて親の食べているのを狙って取りにくれば、取られまいとして階段の下に運ぶが、追っかけられて少しは取られる。その分自分の食い量が減る。優しいお母さんだが、自然界に生きるにはその愛情が子供の独立を妨げるのではなかろうか。だが兄弟?同士は子供なりに競争し声を上げて餌を奪い合う。

 子供は厳しく育てた方が達しくなり、生存競争に勝ち、生き残るはずである。労なくしてもらえるパンの味がミミズや昆虫より、おいしいからねだりに来る習慣がついたのはあたりまえ、手なずけた人間のせいで、結果的にゴミ箱をあきることも覚えたのだろう。
 与えられるパンをお立っちして掴むしぐさは可愛く滑稽だけれど、これが燃えている赤い炭火でも多分掴もうとするだろう。それほどに人間を信じているメレッサの行動も悲しい限りだ。だが危険を察知する能力は本能的に優れていて、ちょっとした物音でも敏感に反応する。動物を良くも悪くもするのは人間のようだ。                                                                (二〇〇〇年七月)

『万年青年のための予防医学』 文芸社 


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