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論語 №158 [心の小径]

四九五 子張、孔子に聞いていわく、いかにせばここに以て政に従うべきか。子のたまわく、五美を尊び、四悪を屏(しりぞ)けば、ここに以て政に従うべし。子張いわく、何をか五美と謂う。子のたまわく、君子は恵にして費やさず、労して怨まれず、欲して貪(むさぼ)らず、泰(やす)くして驕(おご)らず、威ありて猛からず。子張いわく、何をか恵にして費やさずと謂う。子のたまわく、民の利する所に因りてこれを利す、これ亦恵にして費やさざるにあらずや。労すべきを択(えら)びてこれを労す、又誰をか怨みん。
仁を欲して仁を得たり、又なんぞ貪らん。君子は衆寡(しゅうか)となく、大小となく、敢(あ)えて慢(あなど)ることなし、これ亦泰くして驕らざるにあらずや。君子はその衣冠を正しくし、その贍視(せんし)を尊くし、厳然として人望みてこれを畏(おそ)る、これ亦威ありて猛からざるにあらずや。子張いわく、何をか四悪と謂う。子のたまわく、教えずして殺す、これを虐(ぎゃく)と謂う。戒めずして成るを見る、これを暴と謂う。
慢(ゆる)やかにして期を致す、これを賊と計う。猶(ひと)しく人に与うるなり、出納吝(やぶさ)かなる、これを有司(ゆうし)と謂う。

          法学者  穂積重遠

 本章は例の「斉論(せいろん)」から加わったものらしい。

 子張が孔子様に向かって、「どうしたら政治を担当することができましょうか。」とおたずねした。孔子様がおっしゃるよう、「五美を尊んで四悪を除けば、政治に従事し得るぞ。」「五美とは何を申しますか。」「人の上に立つ者は、『恵にして費やさず』『労して怨まれず』『欲して貪らず』『泰くして驕らず』『威ありて猛からず』でなくてはならぬ。これが五美じゃ。」「それでは『恵にして費さず』とはどういう意味でござりますか。以下順次ご説明を願います。」「必ずしも金をかけずとも、人民の利益になるような施設を工夫してきて生活の便をはかってやれば『恵にして費さず』ではあるまいか。人民を使役するだけの十分の理由のある仕事を択んで働かせれば、人民は喜んで勤労する、何で誰を怨もうや。当局者の欲するところが私利でなくて仁であれば、その結果おのずから民心と風俗とが振興される次第であって、すなわち『仁を欲して仁を得たり』ということになるのだから、その上何をよくぼる必要があろうか。君子は相手が大勢でも小人数でも、事が大きくても小さくても、あるいは恐れてしりごみしたりあるいは侮り軽んじたりすることがないから、すなわち『泰くして驕らず』ではないか。君子はまた衣冠をキチンとつけ、目のつけどころに心を用いてキョロキョロしたりしないから、『威あって猛からず』ではあるまいか。」「それでは四悪とは何でござりますか。」「四悪とは、虐・暴・賊・吝じゃ。人民に為すべき事、為すべからざる事を教えてもおかずに、悪事をしたからとてこれを殺すのが『虐』である。十分に指導し警告もしないで、足元から鳥が立つごとく成績を督促するのが『暴』である。命令をゆるがせにしておきながら期限に間に合わぬとて罰したりするのは、人民をそこない害するものであるから、これを『賊』という。どうせ与えねばならぬ金だのに何のかのと出し惜しみをするのが『吝』であって、それが『官僚』というものじゃ。」

 この「官吏論」とでもいうべきものは、恐ろしいほど戦争中から今日にかけてのわが国の行政状態に適切で、いろいろと思い当ることがある。「五美」の方では、「労して怨まれず」がおもしろい。戦争中から今日にかけて、政府のすることなすこと国民に怨まれどおしなのは、どうしたものだ。怨む国民必ずしもすべて正しいとはいえぬが、怨まれる政府のやり口はいかにもへただと思う。第一次世界大戦の初期、私は参戦直前の米国にいたが、当時大統領ウイルソンは、既にピシピシと統制を行っていた。それで私はある米人に「米国は自由の国と聞いたが、相当不自由ではないですか。ウイルソンもなかなかデスポティツク(専制的)ですね。」と言ったところ、その米人が開きなおって、「ノー、ウイルソンがデスポティツクなのではない、われわれがデスポティツクなのです。」と言った。なるほどこれが本当のデモクラシーなのだ。デモクラシーとは、指導者なしに国民各自がかって気ままをすることではない。国民全体が指導者を通して秩序ある共同生活を営み、必要に応じては自ら専制をもすることだ。それでこそ「労して怨まれず」である。最後の「これを有司と謂う」に至っては、孔子様も相当に皮肉辛辣だ。役人根性ばかりではない。私交上でも、「ひとしくこれ人に与うる」ならば、気持よく与えたいものだ。古川柳にいわく「ひとに物ただやるにさえ上手下手。」

『新訳論語』 講談社学術文庫



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