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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №96 [文芸美術の森]

          東洲斎写楽の役者絵

         美術ジャーナリスト 斎藤陽一

第3回 都座「花菖蒲(はなあやめ)文禄(ぶんろく)曽我(そが)」その2

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≪石井源蔵の家来・田辺文蔵とその妻おしず≫

前号では、父の仇・藤川水右衛門に返り討ちに遭った石井源蔵とその妻の話をしましたが、今回は、石井源蔵の家来・田辺文蔵とその妻おしずを描いた写楽の絵を紹介します。

 上図左は、三世市川八百蔵扮する「田辺文蔵」です。敵討ちの際に、文蔵は主人の石井源蔵とともに藤川水右衛門に立ち向かいますが、足を斬られ、命はとりとめたものの歩行困難となります。
 その後、文蔵は、貧窮のあまり借金をし、娘を遊女に売るなど辛酸をなめますが、それでも最後は、石井源蔵の弟二人を助けて、仇討を遂げさせます。

 写楽描くこの「田辺文蔵」は、浪人となって借金を重ねたあげく、娘のおみつを遊女として売り渡すところとされています。
 みすぼらしい着物を着た文蔵は、腕組みをして何やら思案をしている。
 「参ったなぁ、万事休す・・・どうしたらいいのやら・・・」
 このあと文蔵は娘に向かって手を合わす。「おみつ、許してくれ!・・・」
 この絵からは、文蔵の哀れな境遇と悲しみが伝わってきます。

 上図の右は、歩行困難となった夫・田辺文蔵とともに、苦労を味わう妻のおしず。
 頭に巻いているは「病鉢巻」(やまいはちまき)。髪の毛もほつれている。病で臥せっているところに客が来て起き上がったところとされています。

 これを演じているのは、当代随一の人気女形と言われた三世瀬川菊之丞。帯の間に軽く手を差し込んで、ちょいと色っぽい科(しな)を作っています。
 しかし写楽の筆は辛辣です。当時44歳になった瀬川菊之丞の大きな鼻やたるんだ頬など、その容貌をそのままに描いてしまいました。

≪金貸し・石部金吉≫

96-3 のコピー.jpg この舞台(「花菖蒲文禄曽我」)には、右図のような人物も登場します。これは、田辺文蔵の家に行き、貸した金を厳しく取り立てる強欲な金貸しの石部金吉(いしべのきんきち)。まことにぴったりの名前です。

 「貸した金は返してもらわにゃ納まりがつかねぇ。さぁさぁさぁ、どうしてくれる・・・」と腕まくりして借金の返済を迫る姿を描く。舞台では、石部金吉が文蔵を足蹴にする場面もあったようです。
 その結果、田辺文蔵は泣く泣く娘を売ることになります。

 石部金吉に扮している役者は、悪役として人気があった二世嵐龍蔵で、その大ぶりな顔で憎々しく演じている様子が描写されています。

≪亀山藩家老・山岸蔵人とその妻やどり木≫

96-4 のコピー.jpg こちら(右図)は、亀山藩桃井家の執権(家老)の大岸蔵人(おおぎしくらんど)です。
 大岸蔵人は、祇園の茶屋で藤川水右衛門と囲碁をしているとき、水右衛門の悪事を悟り、水右衛門に殺された石井源蔵の二人の弟の手助けをして、見事に仇討を成功させるという人物です。
 このような役どころを「捌き役」(さばきやく)といい、格の大きさが必要とされる。

 それを、美男役者で「和事」(わごと:男女間の濡れ事)を得意とする三世沢村宗十郎が演じています。
 「仮名手本忠臣蔵」の要(かなめ)の役どころである「大星由良助」(大石内蔵助)と同じような役どころであり、こちらもまた沢村宗十郎得意の役だったようです。

 写楽が描いたこの場面は、碁盤を眺めながら、なにやら思案している大岸蔵人。おおらかな芸風の沢村宗十郎の「静の芝居」をとらえています。
 「水右衛門の悪事を知ったからには、見逃すわけにはいかぬ。うむ、ここが思案のしどころじゃ」、蔵人は静かに扇を動かしながら、ゆったりと考えているのです。

蔵人が手に持つ扇の流水文は沢村家の染め模様。これによって描かれているのが沢村宗十郎であることを示している。この扇の配置と緑色の色彩が画面構成の上でよく効いていますね。

 写楽は、家老・大岸蔵人の妻「やどり木」も描いていますので、見ておきましょう。

 家老の奥方らしく、やどり木は上等な着物を着ている。この場面は、第一幕の石井源蔵と千束の祝言の場で、夫の蔵人とともに仲人をしているときの扮装とされます。

96-5 のコピー.jpg やどり木を演じている役者は、二世瀬川富三郎。当時、江戸っ子から「いや富」とか「にく富」とかいうニックネームをもらっていたと言います。つまり「いやったらしいほどの芝居をする」「憎々し気な演技をする」富三郎との意味です。
 江戸っ子は瀬川富三郎の演技を見て「いや富の芝居はてぇしたもんだ、憎ったらしいほどのにく富だ」などと言い合ったのでしょう。

 この絵では、祝言の仲人をつとめる場面なので、それほどの演技は見られないが、写楽は、瀬川富三郎の男っぽい顔つきや骨格をそのまま描いています。

 次号でも、引き続いて、都座の演目「花菖蒲文禄曽我」登場人物の写楽の「大首絵」を紹介します。

(次号に続く)


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