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山猫軒ものがたり №8 [雑木林の四季]

祭り喋子 1

           南 千代

 アケビの実が紫色に色づき、ススキがやわらかな銀色の穂を風に揺らし始めると、山猫の森を、どこまでもどこまでも歩いていけそうな気がした。
 ところどころに、畑が現れたり、西の方に丹沢山系や富士山が見える小径をぬいながら。犬たちと一緒に、夫と私は歩いた。トライアルバイクを走らせることもあったが、脇道に分け入ってしまった犬たちを追いかけたり、道端の珍しいきのこや虫に目をとめるにも、歩いたほうが都合がよかった。
 山猫の森の中ほどまでくると、小野路城跡に出る。この城跡は、都内の古城牡では最も古いもののひとつで、築城は承安年間(高倉天皇朝の時代で一一七〇年代)とか。といっても、小高い丘が今に残るだけである。
 この付近の土地や地形は、八百年あまりも以前のままなのだろうか。そう思うと、空気までもが、圧縮されてまだらに歪んで感じる。森の中をひとりで歩いているときなど、ほんとにタイムスリップしてしまいそうである。
 史跡は他にもある。旧小野路城水源地の滝壷や小町井戸。小町井戸は、昔、小野小町が目をわずらったとき、ここに湧く仙人水で目を洗い、全快したと伝えられる井戸だ。白山権現跡に神明社跡。中には、昔、麦こがし(こうせん)にむせて死んでしまった老婆の墓だという、こうせん塚というのもある。死んだ婆さんには悪いが、何だかおかしい。
 友だちが訪ねてくると、山歩きがてら、弁当を作って出かけることもよくある。そんなときにはとっておきの、お弁当広場がある。
 小町井戸の横の崖を這って下り、かぐや姫が出てきそうな見事な竹林を抜ける。すると、ぽっかりと、広々とした野原が現れる。ここを、私たちはお弁当広場と呼んで山歩きの休憩地にしている。起伏の続く丘陵地には珍しく平地で、柔らかな牧草の原っぱだ。
 原っぱは、谷戸へと続き、やがて六地蔵のある万松寺に出る。谷戸とは、この付近の田んぼの呼び名で、自然の地形と湧水を利用したローム台地特有の田である。
 万松寺からは、小野路牧場へと坂を登る。牛の大きな鼻づらをちょっと触ったりして遊び、ゆるやかな広い道を下ると、今度は猪豚を飼っている小屋だ。小屋からまた坂を行くと、大家のばあさんの家であった。
 私は、山猫の森の絵地図を作った。主要な道を描き込み、目印になる木や塚やお地蔵さんなどの絵も入れたオリジナルマップだ。
 地図を使って遊びたい、と、まず行ったのが「お宝捜し山歩きの会」である。集まったのは、友人、知人約三十人。山猫軒からのコースを設定し、こうせん塚、小町井戸などポイントごとに各種の点数札を隠しておき、それを捜しながら森を回り、ゴールまでの得点数で優勝を競う。かなり単純なゲームだが、自然を舞台にすると探検気分も加わって、なかなかおもしろい。
 途中、お弁当広場でおにぎりタイム。弁当は各自持参である。八王子の半田さん家族、、川崎の黒崎さん家族など、子供や犬も交えての山歩きもふだんと違ってまた楽しい。
 この日の優勝者は、国立の伊藤暢子さん。「ひょうたん島」に貼っておいた絵地図を見て訪ねてくれた人である。
 この絵地図はまた、意外な所でも役に立った。山で暮らしていると、水汲み、薪集めなど、生活の雑事に使う時間はかなり多い。締め切り時間のある仕事で、机に向かっていることもある。不意にやってきた客の相手をしたり、森を案内する時間がとれない時は、絵地図を渡し、好きに山で遊んでもらうことにした。
 深い山ではないので、迷ってもたいしたことはない。(この項つづく)

山猫軒.jpg

『山猫軒ものがたり』 春秋社
              
              


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