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地球千鳥足Ⅱ №14 [雑木林の四季]

学生気分で

       小川地球村塾村長  小川律昭

 この年になって、学び舎で学生と一緒に勉強しようなんて考えてもみなかった。しかも外国でのこと。正確には州立シンシナティ大学芸術学部絵画科。BasicDrawingのコース。在籍ステイタスはパートタイム学生。新学期より一か月強続いている。二十代の六人の学生と一緒に講義を受け、絵を描くのだから楽しいし、得るものが大きい。教授にもよるだろうが若い学生とまったく同じ待遇であり、今回は白、黒の基色による色々な画法を学ぶ授業である。宿題も学期で百枚は描かされるし発表もやらされるという。前期のテスト用提出画もあった。定年後油絵を始めたが、我流で丁寧に描くだけで、塗り込めた絵に感情を喚起するものが無かった。そうか、基礎から学ばないと進歩しないのか、と大学の講座に飛び込むことにした。

 アメリカではコンティニユイング・エジユケーションといって、誰でも勉強する意志さえあれば大抵のコースを選択出来、勉強を許される。学生数が少ないコースならばその教授の許可を得て受け入れられるのだ。事務局でその交渉をしてくれるが、自分で直接折衝して事務局に報告し、入学手続きをとってもよい(ディグリープログラムは別であるが)。熟年であっても年齢で差別されることはない。特にシニア(六十歳以上)は月謝が無料である。日本では考えられないシステムである。ちなみに、最初登録事務局で書類に希望学科を記入して提出したところ、授業料がたった一コース (これは週八時間のコース)で一学期、一五六〇ドルの請求書が早々にきた。無料のはずなのに、と思って問い合わせたら書き込む書類が異なっていた。シニア用は、別書類であった。このようにシニアは費用免除の恩典があるが、授業のクラスは若者と同じで受ける授業も差別されない。

 教わったらすぐに描かされる。宿題の絵はすべてクラス全員でディスカッションし、評価し合う。何が良くて何が良くないか、教わったことがその絵に生かされているか、など。仲間の描いた絵から教わることが多い。教わったことを実行し、多くの意見を言うことが良い成績の条件となる。教授と学生は対等であり、教授の方が気配りしているようだ。学生は講義を中断させて質問するのはもちろんだが、仲間の作品については結構鋭い批評をする。堂々としているといった方がよいだろう。学期末には教授の評価が学生から出される。

 教材は図書館の画集、学校内の展示画、教室外の風景、建物などだが、市内に出かけることもある。強調されるのは観察力の重要性。観察したものを記憶し、流れるような速度で描き上 げること。措く対象の印象ポイントを掴む訓練である。次は創造性ある個性的な絵を措くことである。そのために絵画哲学の講義も徹底的に受ける。多くの言葉が聞き取れなかったが授業の流れや配布物から多分そうであると解した。
 学部内には多くの学生の描いた作品の展示場がある。展示物のほとんどが抽象、または半抽象画である。自然主義を超越し、常識を否定した個性画が推奨される。行きつく所は狂人が描く絵になってしまうのか。写実で表現出来ないものを描くのだから、考えさせる作品になるのは当然であろう。写真との違いが表現出来、アピールする主題が描かれていれば一人前だろう。

 ところで学園の雰囲気だが、いやー、自由の上に、自己を強烈に表現している。己の存在を主張する一方で自己責任も自覚しているようである。九月の学期始まりはプールにでも来ているような上半身はだか同然の恰好した女子学生も多く、パンツといえばジーンズ姿が大半、短いせいか尻が大きいのか、屈んだり伸びをしたりするたびに腰やへそを出して寒くないかな、と思うが平気である。タバコは建物の外でないと吸えないが、寒い日でもわざわざ外に行って吸う女子学生が結構いる。男子学生も耳のピアスはよく見かける。服装はぼろを着ている割にはオシャレのようだ。ブレイク時間になると必ず売店に飲食を求めて集まる。スナック類やパンにジャムをつけたりした簡単なものを仲間とおしゃべりしながらたのしんでいる。彼らには三度の食事時問という考えはないようだ。身体が要求した時間にいつでもどこでも飲食する習慣があるが、教室によってはフード持ち込み禁止の貼り紙を見かける。

 二十歳前後の彼らと一緒になってワイワイガヤガヤ、と言いたいところだが、本当は何を喋っているかわからない、若者は早口だから…。でも気分はルンルン。血色が悪く皺やシミのある世代より…自分もそうなのに…艶があり活気に満ちた若者の表情の方が、見ごたえがするし気分がいい。大学生というコンテンポラリーの仲間の中で、今までなかった自分の扉を開いて現代を生きなきやあいかんと思い、コースを取ったが、それが実現出来るのだからアメリカの学校制度を見直した。
                       (一九九九年十一月)

『万年青年のための予防医学』 文芸社
 


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