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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №95 [文芸美術の森]

            東洲斎写楽の役者絵

           美術ジャーナリスト 斎藤陽一

第2回 都座「花菖蒲(はなあやめ)文禄(ぶんろく)曽我(そが)」その1

 東洲斎写楽のデビュー作28点は、寛政6年5月、「都座」「桐座」「河原崎座」の三座で舞台にかけられた第1期興行の五つの演目から主題をとっています。
 この第1期の28点こそ、世間に衝撃を与えた大首絵でした。

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 今回と次回は、第1期のうち、まず、都座の舞台「花菖蒲文禄曽我」から主題をとった写楽の大首絵11枚を紹介します。
 この演目のあらすじは次の通りです。下図を参考にしてください。

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 父を殺し、秘伝の巻物を奪った藤川水衛門を、長男・石井源蔵とその妻・千束、家来の田辺文蔵が討とうとしますが、源蔵夫婦は返り討ちに遭い、家来の文蔵も太ももを斬られて歩行困難となります。
 しかし、亀山藩桃井家の家老・大岸蔵人の尽力により、源蔵の二人の弟と家来の田辺文蔵による仇討が実現する・・・というストーリーです。この芝居で写楽は11枚の絵を描いているので、ひとつずつ見ていきましょう。

≪敵役 藤川水右衛門(三世・坂田半五郎)≫

 まずはじめは、石井兄弟の父・石井兵衛を闇討ちで殺した敵役・藤川水右衛門を描いた大首絵。これを演じている役者は三世坂田半五郎です。

 この場面は、藤川水右衛門が石井源蔵とその妻千束を返り討ちにするところと言われます。
 敵役の藤川水右衛門は、口を「への字」に結び、眼をかっと見開いて、「父の仇!」と迫る源蔵たちに凄んでいる。これを演じる悪党役者の坂田半五郎が「かたき討ちたぁ、しゃらくせぇ、討てるもんなら討ってみやがれ!」と、舞台で大見得を切ったところでしょう。

95-3.jpg 第1期の「大首絵」28点の背景はすべて「黒雲母摺り」(くろきらずり)となっています。これは、摺る際に黒雲母を砕いて作った高価な顔料を使った技法。黒雲母摺りの浮世絵を手に持って動かせば、いぶし銀のようにきらめく。
 そのため、前景に描かれた人物がほの暗い中に浮かび上がるような感覚が見る者にもたらされ、顔のクローズアップと相まって、その人物の心理まで伝わってくるような錯覚効果を与えます。

 この絵の藤川水右衛門は、互い違いに組んだ腕を袖の中に入れていますが、よく見ると両腕の描写に、不自然なねじれ方や寸法のおかしいところがあり、人体描写の修練を積んだプロの絵師ならばこんな風には描かないと思うのですが、それがかえって敵役の迫力を増していますね。

≪返り討ちに遭う石井源蔵(二世・坂東三津五郎)≫

95-4.jpg こちらは、やっと見つけた父の仇・藤川水右衛門に向かって刀を抜こうとしている石井源蔵です。
 あまり剣には自信がないのでしょう、どこか弱気を感じさせるキャラクターですが、それでも、やっと見つけた敵に挑まんとねじり鉢巻きにたすき掛け、伸びた月代(さかやき)やざんばら髪に悲壮感が漂う・・・・

 しかしこのあと源蔵は、無念にも、妻ともども返り討ちにされてしまうのです。

 この絵でも、刀を握る手の描写におかしなところが見られ、不自然に手がよじれていますが、それもまた源蔵の強い緊張感を伝えるものとなっていますね。

 この絵の源蔵の太い眉や大き目な鼻は、演じている役者坂東三津五郎の容貌を誇張して描いたもの。当時、とかく歌舞伎役者を美しく理想化して描きがちの役者絵に見慣れていた江戸っ子たちは、写楽の描くあまりにデフォルメされた役者絵に驚いたことでしょう。

95-5.jpg 明らかに写楽は、「藤川水右衛門」と「石井源蔵」の2枚を「対」の作品として描いています。
 特に第1期の写楽作品では、このような「対」の発想で描いているものが目につきます。歌舞伎の面白さのひとつは、登場人物たちの「対決」とか「葛藤」、あるいは義理と人情との「板挟み」といったところにある。写楽は  そこに着目し、「対」の構図で描いているのです。

 この2枚は敵同士の緊迫した「対決」です。並べてみると、藤川水右衛門には余裕が感じられますが、これに対して石井源蔵はすでに心理的に負けている。この後に続く「返り討ち」が既に暗示されています。

 写楽の第1期「大首絵」シリーズは、その斬新さと大胆さで江戸っ子たちを驚嘆させ、「世間をあっと言わせてヒットさせよう」という版元・蔦屋重三郎の狙い通りになったのです。 

 次号も引き続き、「都座」の芝居「花菖蒲文禄曽我」を描いた写楽の大首絵を紹介します。

(次号に続く)


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