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山猫軒ものがたり №6 [雑木林の四季]

飛んだ、鶏

          南 千代

 ポロ家とはいえマンションから一戸建の家に越し、初めて庭を得たうれしさに花でも植えようと思いたった。
 庭には柿の木が一本、山椒の木が一本あるだけだ。秋には柿の実が色づくのかな、甘柿かな。そうだ、同じ植えるなら花より団子、食べられる野菜を作ろう。
 家の近くに借りられそうな畑地はないので、庭をスコップで掘り起こすことにした。何とか二坪ほどの畑らしきものができた。まず、小松菜やラディッシュなど、簡単そうで、すぐに芽が出そうな野菜から種をまく。
 やがて芽を出し葉を開き。スタスク伸びていく野菜を眺めながら、縁側でお茶を飲むひととき。気分はすっかり「田舎」である。カメラマンである夫が言った。
「これで庭先を鶏でも歩いててくれれば、絵になるんだけどなあ」
 彼は職業柄、風景をすぐにビジュアル的視線で見てしまう習慣があるらしい。ここはひとつ、牧歌的風景を実現するためにも、鶏にぜひ、登場してもらおうということになった。しかし、鶏はどこで買うのだろうか。家畜とペットでは違うとは思うけれど、動物を売っている所といえば、ペットショップしか知らない。とりあえず、ペットショップに出かけた。
 思った通り、店には白い普通の鶏はいなかった。その代わり、チャボという小型のきれいな鶏がいた。店員によれば、卵も産むというのでこのチャボをつがいで買い、ついでに横のケージで跳ねていたウサギもつがいで買ってきた。チャボは二羽で一万円近くもした。
 さっそく理想通り、チャボを庭に放す。クッ、クッ、クッ、コケコッコーの声が谷あいに響く。チャボは小さいけれど、鳴き声は異常に大きい。地面の上をゆっくり歩きながら、優雅に草やみみずをついばむ鶏たち。昔話さながらの光景に、私たちは縁側に座ったまま、何も言うことはなかった。
 ところが、このイメージビジュアルは一瞬にして崩れてしまうことになった。何と鶏どもは、苦心して作った野菜畑に侵入し始めた。小松菜の葉を、かわいい大根の芽を片っぽLからつついている。
 黒猫のウラが「そんなこと当たりまえじゃないか、おまえたちバカだなあ」と言わんばかりに、廊下に寝そべってあくびをしている。この猫は、猫にありがちな可愛気を見せることなく、いつも悠然と「ふむ、私の家来が増えていくな。よしよし」といった姿勢で、縁側から犬やウサギや鶏を眺めている。
 あわてて鶏を追い散らし、私たちは菜園に柵を作ることにした。
 杭を打ち、たった二坪の細長い畑の周囲に、高さ一メートル数十センチの金網をぐるりと張りめぐらせた。鶏が飛び上がれないよう、柵はなるべく高くした。出来上がった風景は、何だか周囲の景色にそぐわず、異質な感じだったが、この際仕方がない。
「もう、これで誰も入れないよね、大丈夫だね」
 私たちは、今日一日の作業を終え、ホッとした。日が暮れ始めている。
「ねえ、僕たちも畑に入れないんじゃない?」
 作り上げた柵を眺めていた夫が、ポソリと言った。鋭い指摘。なぜ、作ってる最中に気がついてくれないのよ。私は、自分も気がつかなかったことは棚に上げて夫を責めたくなった。
「明日、またがんばって、出入り口を作る?」
「でも、戸を作るのはむずかしそうだな」
 二人で言い合っているうちに、ハタハタバタと鶏の羽音がした。ふり返ると、チャボが夕陽の中を高らかにはばたいて、柿の木の枝にとまった。私たちは思わず顔を見合わせた。チャボは、「飛ぶ」のだ。作った柵は撤去し、野菜は鶏と一緒に分けあうことにした。
 チャボは放しておくと、いつも高い木の枝にとまって眠る。外敵から身を守るためだろうか。男猫のウラは、山鳩や野ウサギは平気でくわえてきて私たちを驚かせるが、山猫軒のチャボやウサギには決して手を出そうとしなかった。
 ペットショップから判ってきた二羽のパンダウサギの名は、ジキルとハイド。ジキルは、崩のまん中からちょうどきれいに、右半分が黒で左半分が白。ハイドは、その逆である。
 朝の散歩がてら、おいしそうな草を摘んできてエサにした。何でもよく食べたが、特にクローバーが好みのようである。一度、食べなかった草があったので調べてみたら、トウダイグサといって、毒草だった。危ない、危ない。その葉がコンフリーに似ているジギタリスも毒草であった。
 ウサギを飼って一カ月ほど経った頃。小屋をのぞくと、ジキルの足元でモゴモゴ動いているものがいる。子供を産んでいたのだ。仔ウサギは、まるでハツカネズミのように小さく、丸裸だ。五匹もいる。四、五日すると毛が生え始め、ほんとにかわいい。
 しかし、その後ウサギは三カ月ごとぐらいに、出産を繰り返し、ネズミならぬウサギ算式に増えていく。途中で私は、ジキルとハイドを別々に飼うことにして増えるのを防いだ。
 動物たちは、他にも増えた。知り合いが持ってきた九官鳥。これは、ちょっとマヌケな顔をしていたので九にひとつ足りない八、ハッチ君。
 ハッチ君は、いつまでたってもしゃべらない。
「ことばを覚えないと、ほんとに山に捨てちゃうよ」
 と本気で脅したら、まず、自分の名前を覚えた。ハッチタン、ハッチタン。続いてオハヨウ、コンニチハ、が言えるようになり、風邪をひいた私の咳も真似してゴホン、ゴホン。夫が私を呼ぶと、バーイと代わりに返事もするようになった。
 九官鳥は寒さに弱いというので、厚手のフェルトで籠カバーを作彗好物のリンゴやバナナのアップリケをつけてやった。
 トライアルパイクで遊びにやってきた友人が、知らずに、草むらの中で卵を抱いていたキジを轢いてしまった。母島は逃げずに轢かれ、羽の下には、卵が三個、割れずに残った。そのままにしておけば腐るだけなので、持ち帰ってチャボに抱かせることにした。チャボは母性本能が強いのか、自分の卵でもないのに、温めてくれた。
 しばらくして、ヒナがかえった。卵にヒビが入り、中から殻をつついて出ようとがんばっている。外からもチャボがつついて助ける。
 ようやく薄茶色のゴマ模様の卵から、目をパッチリと開いた、茶色のヒヨコが濡れた羽を広げて現れた。グニャグニャと足元もおぼつかなく、きちんと立つこともできない。なのに、ヒーヨ、ヒーヨと鳴き声だけはとても大きい。
 無事に育ったら、山猫の森に放そう。
 鶏は、チャボの他にも白色レグホンを友人たちにもらったり、シャモを買ったりで、六羽になっていた。

『山猫軒ものがたり』 春秋社


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