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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №92 [文芸美術の森]

               ≪鈴木春信≪機知と抒情と夢の錦絵≫
           美術ジャーナリスト 斎藤陽一
           第20回 少年少女の恋

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≪闇夜の梅の香≫

 今回は、鈴木春信が、四季折々の季節に人物を組み合わせて描いたシリーズ「風流四季歌仙」(明和2年)の中の一点、「二月 水辺の梅」を紹介します。

 夜の暗闇の中、梅の香が匂う神社の境内に、まだうら若い少年と少女が、人目をしのんで逢引きをしている場面です。

 おそらく少女が少年に「梅の小枝をとっておくれ」とねだったのでしょう。少年は柵の上にのぼり、梅の枝を手折らんとしている。それを見守る少女は嬉しそうです。振袖の長いたもとで灯籠の灯を覆っていますが、梅の枝を手折る少年の姿が人目につかないよう、灯りを隠しているのです。

 石灯籠に肘をついて、腰をかがめている少女の体はたおやかで、ゆるやかな曲線を描いています。この曲線は、少年の衣装の流れと呼応しているだけでなく、背景に描かれた小川の流れが作る曲線とも呼応しています。このようないくつもの流れが作る優美な曲線、これも、春信絵画の魅力のひとつです。

 そう言えば、春信描く恋人たちは、まだ成熟したおとなになりきっていない、少年と少女の組み合わせが多い。
 しかも、少女だけでなく、少年もまた、たおやかな身体つきに描かれ、どこか中性的な感じがします。前回に見た「雪中相合傘」の恋人たちも同じですね。

 そのために、春信の恋人たちからは、あからさまな性を持たない、妖精のような印象を受け、そこから夢のような絵画世界が立ち現れてきます。
 鈴木春信を「ユニ・セックスの画家」などという人もいるのも、春信絵画のこのような特質を言っているのです。

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 この絵では、背景の「黒」がとても効いています。「白い梅」と「黒い闇」が対比して、闇夜に匂う梅の香が視覚的に暗示されている。
 そこに、着物や柵の赤い色が加わり、あでやかな色彩世界となっています。これまでにも指摘したように、鈴木春信は、実に繊細な色彩感覚を示した浮世絵師でした。

 この絵の上部には、和歌が書かれていますが、これは、『後拾遺和歌集』にある平経章の歌:

 「末むすぶ人の手さへや匂ふらん 梅の下行く水の流れは」
    
 梅の香が匂う梅林の下を流れる川の行く末に、末を契った恋人たちを重ね合わせて詠んだ歌です。

 この歌を踏まえた、梅の香匂う真っ暗な闇に浮かび上がる少年少女の幻想的な恋物語・・・   これぞ「春信ワールド」、とも言える絵画世界です。

 次回は、春信の見立て絵「縁先美人」を紹介します。
(次号に続く)


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