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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №85 [文芸美術の森]


        喜多川歌麿≪女絵(美人画)≫シリーズ
         美術ジャーナリスト  斎藤陽一
         第13回 暮らしのひとこま

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≪台所の女たち≫

 今回は、寛政中頃、歌麿が試みた、それまでの遊女や町娘を描いた美人画とはちょっと趣向の異なる「女絵」を2点、紹介します。

 まず上図が「台所」(寛政7年/1795年)。大判サイズの和紙を2枚つないで、台所で炊事にいそしむ女たちを描いています。
 絵の中央には、大きな竈(かまど)が描かれ、そこに、鍋や薬缶、桶などが配されている。

 その周りには、4人の女たち。
 右前に、整った顔立ちの娘が、姐さんかぶりに腕まくりをして、懸命に火吹き竹を吹いている。白い腕や着物を通して、華奢な身体つきが伝わります。
 そのうしろには、お湯を汲もうとしている女。しかし、下の娘が火吹き竹で火勢を強くしたので、竈(かまど)から噴き出した煙に顔をしかめている。
 このような二人一組の描写から、生き生きとした生活感が表現されています。

 左の図には、たすきをかけて茄子の皮をむく女。膝を開き気味にしてちらっと白い襦袢を見せており、ちょいと色っぽい風情です。
 そのうしろでは、背中の子をあやしながら、お椀を拭いている女。無造作にまとめあげた髪の乱れが、所帯やつれの感じを出しています。

 全体の配置を見ると:
 右図と左図の前面に描かれた二人は、これまでの歌麿の美人画の世界の住人ですが、その二人の背後には、吹きあがる煙に顔をしかめるそれなりの顔つきをした女と、所帯やつれした子連れの年増女を配して、対比的に生活感を醸し出しています。

 この絵は、2枚続きでひとつの場面を描くという構成となっていますが、歌麿は、一枚ずつ切り離しても鑑賞できるような構図として描いています。

 また、背景を黄色一色(「黄潰し」)として、女たちの着物を濃淡の茶褐色とした配色は、着物の粋な柄とあいまって、洗練された画調となっています。

≪蚊帳の中の母と子≫

 歌麿が描いた浮世絵には、「母と子」を主題にして絵がいくつもあります。

 歌麿の生い立ちは謎に包まれており、生母を知らなかったのではないか、という説もあるところから、「母と子」をしばしば描いたのは、そこに歌麿の母性に対する憧れが反映している、と指摘する研究者もいます。
 ちなみに、レオナルド・ダ・ヴィンチも生母を知らず、私生児として育ったため、彼が描く女性像には、彼の「母性に対する永遠の憧れ」が反映されている、と言われます。
 19世紀フランスの作家で、歌麿の讃美者だったゴンクールは、歌麿がしばしば描いた母子像を、キリスト教世界の「聖母子像」に関連付けたりしています。

 下図は、歌麿が寛政7~8年頃に描いた「幌蚊帳」(ほろがや)という浮世絵です。

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 幌蚊帳の中には、むずかる幼子に乳を与えて寝つかせようとしているうちに、いつしか、自分も眠気を覚えてきた若い母親が・・・
 蚊帳の中に描かれているだけに、胸をはだけたその姿には、いっそうなまめかしい感じがただよいます。
 ここでは、蚊帳の中の母子を描く超絶技巧に注目してください。
 言うまでもなく、このような精緻な表現は、絵師のみならず、彫師と摺師の優れた技が加わって初めて可能となるものです。

 蚊帳の中の若い母は、これまでの歌麿の美人画につながる顔つきですが、蚊帳の外から母子を見つめる下女を、あえて写実的な顔つきに描くことによって、現実味を加えています。
 寛政年間、歌麿の「女絵」の世界は、これまでになかったような高い水準に到達しました。
 次回は、歌麿最晩年に起こった筆禍事件と、その原因となった浮世絵を紹介します。
(次号に続く)




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