エラワン哀歌 №25 [文芸美術の森]
ふやけたままなのに……2016秋
詩人 志田道子
頭の芯には酷暑の熱が未だ残り ふやけたままなのに
いつの間にか秋だ
落ち葉や柿の匂いに混じって
記憶のなかをいくら探しても見つからない
甘い匂い がある
紫蘇の匂いでもない
なぜ懐かしいのか分からない
「区立保護樹林」の看板を掲げた家
生垣に囲まれ雑木が密生するなか
白樺の木が一本だけ聾えるその庭に
降り注ぐ秋の日差しがまぶしくて
生垣の周りをぐるぐる歩いた
何回も 何回も
そうして晩秋の青い空が
いつの間にか忘れさせてくれていた
いろいろなことを
……その家に住む少女はそのとき
窓辺でうたた寝をしていた……らしい
*
特急列車が通り過ぎたばかりの
ホームの端に立って
この頃すっかり負けているオレは
北風に背を丸めた
そしてホームの人の視線を意識した
夏の間穿き続けて色槌せたズボンを
中古品売り場で買ったばかりの上着を意識した
オレはテレビの画面の中のアイドルのように
両足を開き
片手を上げて振り下ろし
両肩の力を抜いて顎を引き
演技終了の決めポーズを採る オレに向かって
『エラワン哀歌』 土曜美術出版社販売
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2022-04-29 09:21
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