SSブログ

西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №79 [文芸美術の森]

         喜多川歌麿≪女絵(美人画)≫シリーズ
           美術ジャーナリスト 斎藤陽一
          第7回 湯あがりの女と町娘

79-1.jpg

≪美人大首絵の刊行≫

 今回は、寛政3~4年頃、喜多川歌麿が、版元・蔦屋重三郎のもとで刊行した「婦人相学十躰」シリーズから、二つの絵を見ることにします。

 この時期、寛政3年春、「蔦重」こと蔦屋重三郎は、自分のところから刊行した山東京伝の洒落本が幕府当局に摘発され、罰として資産の半分を没収されるという大きな損害をこうむりました。
 この損失から立ち直るために、蔦屋重三郎は、起死回生の企画を立てました。喜多川歌麿を起用して「美人大首絵」を刊行するという企てです。そして世に出て評判となったのが、この「婦人相学十躰」シリーズなどであり、歌麿は見事に蔦重の期待に応えたのです。

 「婦人相学十躰」は、女性の顔つきや仕草から、それぞれの性格や気質などを描き分けるという野心的なシリーズでした。

 その中の一点が「浮気之相」(上図)です。
 描かれているのは、浴衣姿の女です。風呂帰りであることは全体の雰囲気描写から分かります。若い娘ではなく、年増でしょう。それも堅気の女性ではなく、粋筋の女のようです。じっと相手を見つめる目つき、なにかしゃべりかけているような口もと、丸味を帯びた肩などから、女の色香が匂いたちます。

 湯から出たばかりなので、まだ体が熱いのか。汗ばんでいるのかも知れない。しどけなく、浴衣をひっかけるように着ているので、前が開き、そこからちらりと乳首が見えてエロチックです。肩にかけた手ぬぐいの端で、濡れている手を軽く拭く仕草も色っぽい。狂歌絵本で虫や貝類を描くときに見せた歌麿の観察力が示されています。

≪湯あがりの小粋な女≫79-2.jpg

 湯上りの濡れた髪は、無造作にかんざしと笄(こうがい)でまとめ上げられています。ちなみに、湯上がりなどに髪をくるくると巻いて、簪などにまきつける仮のヘアスタイルを「貝髷」(ばいまげ)と言います。

 この女性は、風呂帰りのところを、うしろから誰かに呼び止められたのでしょう。おそらく町内の男に、ひやかしの声でもかけられたのかも知れない。
 「よぉ、姐さん、色っぽいねぇ!」

 女は、ひょいと後ろを振り向いて、ぽんぽんと言い返しているようです。
 「おや、熊さんかぇ。このごろ、ちっとも店に顔を見せないねぇ」

 題名の「浮気之相」とは、現代的な意味での「浮気」というよりは、細かいことにあまり気を使わない無造作ぶりとか、この女性がまとっている多情でちょっと浮ついたような雰囲気を言ったものでしょう。

 この絵でも、背景には豪華な「雲母摺り」(きらずり)がほどこされ、手に取ると、光の加減できらきらときらめく仕掛けになっており、描かれた女性の魅力を引き立てています。

 もうひとつ、浴衣の模様の色彩にも注目してください。
 華美を禁じる厳しいご時世であり、色数は少なく地味に抑えられていますが、その代わりに、繊細で粋な模様となっています。これは、絵師と彫師、摺師の三者すべての卓抜した技巧が揃って実現した、見事な描写なのです。

 絵師・歌麿の技量に加えて、熟練した腕を持った職人たち、そして、時代を見抜いて斬新な企画を発想するプロデューサーである版元、これらのチームワークによって、歌麿の「大首絵」は、これまでにない美人画の世界を到来させました。

≪ポッピンを吹く町娘≫

79-3.jpg

 次の絵も、「婦人相学十躰」シリーズの中の一点「ポッピンを吹く娘」です。これは、記念切手にもなっていて、通称「ビードロを吹く娘」の名で知られています。

「ポッピン」は、「ポッペン」とか「ビードロ」とも言われるガラス製の玩具。細い管のほうを口に含んで息を吹き入れると、吹くたびに「ポコン、ポコン」という軽い音がします。

 この絵では、「ポッピン」を無心に吹く町娘の初々しさを表現しています。手を極めて小さく描くのも、娘のあどけなさの表現でしょう。

79-4.jpg 歌麿は、先ほど見た「湯あがりの小粋な年増」とは対照的な主題を取り上げ、それにふさわしい表現を試みています。

 おそらく裕福な商家のお嬢さんでしょう。赤い市松模様に桜の花びらを散らした振袖が、いかにも育ちの良い娘らしい雰囲気を醸し出しています。

 町娘の髪の生え際に見られる、1ミリの何分の一というくらい細い線には、彫師の超絶技巧が発揮され、さらに、それを摺り出す摺師のきわめて高度な技が見られます。

 次回もまた、歌麿の美人画の世界を紹介します。



nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。