エラワン哀歌 №21 [文芸美術の森]
とみこ×90
詩人 志田道子
とみこがいつものように
午後3時のバスに乗る
春分前の冷たい空気を逃れ
息を詰め
這うように車内に入り込む
病院帰りの小さな背中は曲がって久しく
細い手の甲はいつの間にか節立った
そこだけ湯気でも立ちそうな赤い毛糸の帽子
とみこは揺れる車内の椅子の上で
監査を控えた経理係のように
時間を惜しんでパンフレットを取り出した
「大切なご家族のために」
ピンクの字が躍る
「月に3000円、90回のお支払いで
『白百合』祭壇セットのご利用が可能です」
とみこは写真のセットの花を確かめる
「沼田葬儀社友の会のご案内です」
とみこは再び表紙を確かめる
「大切なご家族のために」
ピンクの字は一人住まいの老女に囁いている
あと7年半で……お支払いは終わります
毎週お買い物に行く回数を一回減らすだけで
積立にご負担はかかりません
「大切なご家族のために」
『エラワン哀歌』 土曜美術社出版販売
『エラワン哀歌』 土曜美術社出版販売
2022-02-26 17:40
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