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雑記帳2022-1-15 [代表・玲子の雑記帳]

2022-1-15
◆からだほっこり 蒸し鶏の野菜あんかけはいかが?
野菜をたっぷり使った蒸し鶏とゆず大根のメニューです。柚子で色付けしたぎゅうひは電子レンジを使えば超簡単。12月に行った講座で大好評でした。

※蒸し鶏の野菜あん
◇材料(2人分)
[蒸し鶏】 鶏肉(むね肉)1枚(約250g、酒 大さじ2、ねぎ 適宜、生妻 適
[野菜あん】野菜(チンゲン菜・エノキ・にんじん・シイタケ・ねぎ等なんでも)適宜
      蒸し汁+水 200cc、みりん 大さじ1、醤油 小さじ2、塩 小さじ1/2 
      片栗粉 大さじ1
◇作り方
①鶏肉は皮を取り、厚い部分はそいで2枚にし、酒を振る。生姜は皮つきで薄切り、ねぎは4cmくらいのぶつ切りにし、鶏肉を囲むように器にのせて約10分位蒸す。蒸し汁は野菜あんの出汁として使う。
②蒸した鶏肉は、包丁で食べやすい大きさに切る。
③チンゲン菜は白く厚いとこうは縦に、葉のところは横に切る。にんじんは4cmの長さに千切り、エノキは根の部分を切り落とし2等分、根に近い部分はほぐしておく。ねぎは斜め細切り、椎茸は薄切りにする。
④片栗粉大さじ1を大さじ2の水で溶いておく。
⑤みりん・醤油・塩はあらかじめ合わせておく。
⑥(蒸し汁+水)200ccを煮立たせ、にんじん・しいたけ・チシゲン菜の白い部分を入れ、煮立ったらエノキ・ねぎ・調味料を加え、味を調えてひと煮立ちさせ、片栗粉の水溶きを少しずつ入れながらとろみをつける。
⑦器に盛った蒸し鶏に野葉あんをがけて出来上がり。

蒸し鶏野菜あん のコピー.jpg

※ゆず大根
◇材料(2人分)
 だいこん 200g、塩 小さじ1、ゆず 適宜
 砂糖 大さじ1.5、酢 大さじ1.5、赤唐辛子、ゆず果汁 適宜
◇作り方
①だいこんは厚さ2cmの輪切りにして皮をむき、2cm厚×1cmXI cm幅の拍子切りにする。塩をまんべんなくふりかけ、10分以上おいて水気を絞っておく。
②ゆずは皮の黄色い部分をむいて千切りにし、果肉は絞っておく。
③唐辛子は付け根の部分を切り取り、種を取り除き、好みでそのまま・二つに切る・輪切りにする。
④ボウルに調味料と②の皮③を入れ混ぜる。
⑤ポリ袋に①と④を入れ固くねじって結び、冶蔵庫で1時間冷やしたら完成。
※半日以上漬け込むと味がなじみ、より美味しくなる。

蒸し鶏ゆず大根 のコピー.jpg

※ぎゅうひ
◇材料(白&ゆず各4個分)
[白]白玉粉 25g 砂糖 25g 水 45c c
[ゆず】白玉粉 25g 砂糖 25g 水40cc ゆず果汁 約5cc ゆず皮すりおろして少々
 手粉洋に片栗粉10g
◇作り方
①耐熱容器に白玉粉・砂糖・水を入れ、ダマがなくなるまで良く混ぜる。
②ラップをかけて電子レンジで3分加熱する。
③木杓子で良く混ぜ、片栗粉を敷いたバットにとって四角くのばし、冷まして切る。切り口に片栗粉をまぶす。
④ゆずのぎゅうひは、白玉粉・砂糖・水を混ぜたあとに、果汁を加えて、同様に作る。
(色付けに皮少々すりおろして入れると、色、香りともに良い)

蒸し鶏求肥 のコピー.jpg

琳派、安東広重に続いて江戸絵画の3回目は狩野派です。

狩野派と言えば私たちがイメージするのは絢爛豪華な安土桃山時代の狩野永徳です。
雄大なスケールの力強い作風は、「欅図屏風」や「唐獅子図」によくあらわれています。襖の枠をつきやぶらんばかりの巨木の表現は、群雄割拠する戦国武将の気風に合致し、権力者が次々と建てる城郭で腕を振るいました。

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永徳の襖絵
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永徳の「虎」

狩野派の最大の特徴は常に時の権力とむすびついていたということでした。
秀吉亡き後、永徳の孫、探幽は、徳川幕府御用絵師となり、江戸へ移ります。
探幽は大和絵や古画の研究や漢画の日本化などに優れた絵の才能を発揮しただけでなく、マネージメントにも優れ、一門はその後400年間、画壇の頂点に君臨しつづけるのでした。狩野家の下で学んだ絵師たちは、序列によって、奥絵師や表絵師として幕府の御用絵師、あるいは、諸藩の御用絵師になりました。序列下位の、民間で活動する絵師たちも、大規模な幕府御用の際には奥絵師や表絵師を支えました。
瀟洒淡麗なその画風は、江戸狩野派と呼ばれ、既に安定した権力となった徳川好みに合わせたものでした。枠からはみ出すような永徳とちがって、対象が枠内に安定して描かれ、余白をたっぷりとって、余白に抒情を盛り込もうとしました。「波濤水禽図屏風」に描かれる岩や波は漢画風、鵜は写実的で、探幽がその両方を融合しようとした跡が見られます。

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探幽の襖絵
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探幽の「虎」

探幽は粉本主義と言われる、師の手本を模写することを重視した教育法を建て、弟子たちはひたすら模写に励みました。伊藤若冲と同時期に活躍した円山応挙も京都の狩野派に学んでいます。が、応挙は狩野派の教育からはみ出して個性的。平明で親しみやすい画風から、三井家をはじめとする裕福な町人層に好まれ、「円山は」の祖となりました。

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応挙の「虎」

応挙は際立って写生を重視した画家です。暇さえああればスケッチに余念がなかったといいます。
客観的に描かれる空間は、写生の技術と「眼鏡絵」という独特の視点によって、画中の山や川などが見る者の現実空間と一体になるのです。

「淀川両岸図巻」は京都伏見~大阪天満橋の風景を描いた巻物です。川を下りなが両岸の風景がみられるようになっているこの絵は、川沿いに暮らす人々様子や、夕暮れ時、巣に帰る鳥たちも描かれています。現代の私たちがみれば違和感のない絵ですが、当時、これほど写実的に風景を描いた絵はなかったといいます。

応挙の特徴を最もよくあらわしている「淀川両岸絵巻」が群馬県の原美術館ARCに展示されていました。
同美術館には明治の実業家原六郎の850点に及ぶ東洋古美術コレクションが所蔵されています。 東京にあった原美術館が群馬の別館に統合されてリニューアルしたこの美術庵で、この秋冬季の企画展に、応挙の「淀川両岸図」や狩野派の「雲竜図」、「野馬図」が出展されました。残念なことに、館内は撮影禁止。「雲竜図」は余白を十分に生かした、まさに江戸狩野派の構図になっていました。

応挙淀川コピー.jpg
応挙「淀川両岸図巻」一部

「雲竜図」は狩野派が好んで描いたテーマです。同じ群馬の水沢観音の仁王門に、狩野派の絵師が雲竜図を残しています。原美術館の雲竜図の代わりに、こちらの天井画を紹介しましょう。江戸後期、狩野探信に学んだ狩野探雲が、郷里に戻って85歳の時に描いたものといわれています。

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水沢観音仁王門天井画の「雲竜図」

もともと品川にあった原美術館は、現代アートの美術館です。統合されて群馬にうつっても、その伝統は消えず、奈良美智、森村泰昌、草間彌生等、内外の人気作家の作品が常設されています。牧場を併設する広い敷地には20点もの屋外アートがあって、こちらは撮影自由です。有名なアンディ・ウオーホルの「キャンベルズトマトスープ」は世界に3点しかないという貴重な作品です。

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アンデイー・ウオーホルの「キャンベルズトマトスープ」
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エントランス前にある、はーと型のこれも屋外アート



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