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日めくり汀女俳句 №92 [ことだま五七五]

九月三十日^十月二日

   俳句  中村汀女・文  中村一枝

九月三十日
秋水に櫂(かい)深きとき舟疾(はや)く
         『汀女句集』 秋の水=秋

 オリンピックでは君が代のメロディーを何度か聞いた。自然に耳に入ってくると、すん
なり抵抗なく開けた。それでいいのじゃないのと思う。何も国旗国歌法案など仰々しいお
ふれを出さなくても、どこかでなじみのあるあの曲でどうしていけないのか。同じ曲が卒
業式などで、国歌斉唱とことごとしく言われると、急に生彩を失ってくる。まして歌を歌
わない教員を面責したり、国旗を揚げないと非国民扱いしたりする。その了見の狭さが、
本来国旗、国歌が持つ親しみをどんどんへらしているように私には感じられる。

十月一日
一夜明け山新しく赤とんぼ
        『薔薇粧ふ』 赤とんぼ=秋

 子供の時にトルストイの「戦争と平和」を 読んだというと、皆いちように凄いわねえ、と言うのだが、実は子供用に改訂された本のことだ。はじめて本物に触れたのは、中学二年の夏休み。玄関のとっつきの二畳に積まれていた。読みはじめたら止まらない。とりわけ、女主人公ナターシャに魅せられ、同じ所ばかり何回も読んだ。ナターシャが大好きだと御飯の時話をしたら、真面目な母は少し硬ぼった顔で「婚約者がいて他の男に気を移すような女は嫌いだ」と言い、父は、「おれはナターシャが好きだよ」と言ったので、急にそれ迄疎ましく思った父が、とても親しいものに見えた。

十月二日
人形の窓辺の髪に秋の風
        『春雪』 秋の風=秋

 久しぶりに路を歩いていてピアノの音を聞いた。最近はピアノの防音装置に気を使って
いる家が多いので、道路までめったに聞こえない。子供のころはピアノの音のする家に憧
れと羨望があった。ぼろんぼろんと聞こえるピアノの音には、文明という言葉さえ知らな
い幼い者の頭の中に、新しい風の匂いをかぎとってわくわくしたものだった。
 狭い路地の奥までピアノが行き渡り、一種のピアノブームがおきたのは、それから三十
年ぐらい後のことだった。私もそれに便乗した母親の一人だった。

《日めくり汀女俳句』 邑書林



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