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エラワン哀歌 №11 [文芸美術の森]

朝……黒猫

       詩人  志田道子

  黒猫は両耳を立てると
 エメラルド色の目をまあるく見開いて
 腰を高くあげ
 背中と前足をゆっくり伸ばすと
 仏壇の上から飛び降りた
 長い尾っぽを高くかかげ
 ゆっくり縁側へと歩を進める

 小さくなった朝顔も二つ三つ残るが
 侘助と乙女椿が満開
 高尾山稜陣馬山を下る北浅川の川音
 岸辺に建つ家に
 秋は終わりを告げる
 古の武将の娘が落ち延びたと伝わる
 寺(※)の鐘の音が聞こえる 朝

 わたしが雨戸を開けると若い雌猫は
 待ちきれなかったように
 すばやく身をよじり
 未だ闇をまとう下草の中に
 帰って行った
 黒いビロードの毛並みの記憶を残して


 * 心源院 八王子市下恩方町にある曹洞宗の寺。一五八二年甲斐武田宗家が滅んだ甲州征伐の折、甲斐国から逃れて来た武田信玄の息女松姫(信松尼)がこの寺で出家した。梵鐘の鐘には地元の詩人、中村南紅(高井宮吉)直筆の歌詞が彫られている。

『エラワン哀歌』 土曜美術社出版販売



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