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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №61 [文芸美術の森]

           歌川広重≪東海道五十三次≫シリーズ
            美術ジャーナリスト  斎藤陽一
            第12回 「庄野白雨」

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≪激しい夕立の中・・・≫

 京へ向かって旅を急ごうと思います。
 広重の連作「東海道五十三次」の第50図「庄野白雨」は、「蒲原夜之雪」(第16図)と並んで、シリーズ中の名作とされる一枚です。

 「白雨:はくう」とは「夕立」のこと。俳句では夏の季語です。「蒲原夜之雪」では冬の雪景色でしたが、この絵では突然降り出した激しい夕立を描いています。
 「庄野」は現在の三重県鈴鹿市庄野町。現実には庄野付近にこのような急な斜面は無いそうです。降雪がほとんど見られない「蒲原」を舞台に大雪の光景を描いたように、ここでも広重は、庄野の地を借り、想像力を働かせて、にわか雨の緊迫感を描いています。

 この絵画世界の中に入ってみましょう。

 あたりに竹藪が生い茂った坂道に、突然、横なぐりの夕立が降り出した。強い風も伴っているのか、竹藪は大きく揺れ動いている。
 その坂道を、あわただしく駆け上がる人たちと、つんのめるように坂を下っていく人たちが。お互いに、すれ違い、次の瞬間には反対方向へと去ってゆく。ここにも「出会いと別れ」という「旅の本質」がさりげなく表されている。さらに広重は、別れ行く人物たちの顔を隠すことで、旅の哀感をも表現しています。

 もう少し人物たちに接近しよう。

61-2.jpg 先ず、左側の坂道を駆けのぼるグループ。先頭を行くのは、笠をかぶり筵(むしろ)で身体を覆った農民。そのすぐうしろに旅人を乗せた駕籠が。揺れないように駕籠かきたちは歩調を合わせて上ってゆく。駕籠は油紙の合羽ですっぽりと覆われ、客が濡れないようにしているが、旅人の握りしめた拳(こぶし)が見える。強い風雨の中、遅い歩みにやきもきしているのか、駕籠の揺れに身体が振り回されないようにしているのか・・・

 絵の右側には二人の男が。一人は笠と蓑を身に着けて坂を大股で駆け下る土地の農民。鍬を担ぎ、身体を思い切って傾けて、風雨に立ち向かう。その横は旅人か。番傘をさして坂道を下るが、こちらのほうは向かい風に煽られて、なかなか前に進めない。二人の姿勢や歩調で違いを出しています。
 どの人物も顔が見えないことで、雨と風の激しさが暗示され、緊迫感も増す。
 坂道を下る男の番傘には、「竹のうち」(版元・竹内孫八の名)と「五十三次」の文字が。こんな絵の中にも、さりげなく宣伝広告を入れています。

≪巧みな構図≫

 この絵の「構図」は実に巧みです。

 坂道は、右下から左上へとせり上がるような急な傾斜で描かれているのに対して、雨は逆に右上から左下に強い勢いで降っています。この二つの方向は交差し、X(エックス)に交わっています。
 その上、強風に煽られる竹林の動きは、雨の降りしきる斜線とは反対方向に描かれ、ここにも「X(エックス)」の交差が見られます。
 さらに、坂道をかけ下る人物の下降線の動きが・・・
 このような幾重にも交錯する動きの線によって、突然に襲ってきた夕立と強風が生み出す緊迫感が高まる仕掛けになっています。

 この雰囲気を増幅する「色」の使い方も上手い。
 竹藪は、墨色を三層の濃淡にぼかす手法によって、強風に揺らされるざわめきを感じさせ、とともに、遠近感も巧みに表しています。

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≪さまざまな天候を描き分ける≫

 広重は連作「東海道五十三次」(全55図)に、雨、雪、風、霧など、さまざまな天候描写を織り込みました。そして、そのような天候や季節の変化の中に、旅を行く人や土地の者の姿を描き、自然と人間との関わり合いを変化巧みに表現しました。そこに俳味とか抒情性というものが生まれたのです。
 もしかすると広重は、芭蕉の弟子・内藤丈草の次の句を知っていたのかもしれない、などと想像します。

    夕立に走り下るや竹の蟻     丈 草

 また広重は、季節によって異なる雨の様相をも描き分けています。ここでは、「庄野白雨」よりあとに来る「土山春之雨」を見るのにとどめたいと思います。(下図)
 馬子唄で雨の名所に歌われた「土山」では、しとしとと音も無く降る「春雨」を描いています。そこに、うつむきながら黙々と歩む大名行列を配し、そんな雨の日のうっとうしさを巧みに表現しています。

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 次回は、一気に京に飛び、東海道の終着点「京師・三条大橋」(第55図)を取り上げます。


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