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新訳論語 №121 [心の小径]

三七七 衛(えい)の霊公(れいこう)陳(じん)を孔子に問う。孔子対(こた)えていわく、爼豆(そとう)の事はすなわちかつてこれを聞けり、軍旅の事は未だこれを学ばずと。明日(めいじつ)遂に行(さ)る。陳(ちん)に在って糧を絶つ。従者病みて能(よ)く輿(た)つなし。子路(しろ)憤(いきどお)り見(まみ)えていわく、君子も亦窮することあるか。子のたまわく、君子もとより窮す。小人窮すればここに濫(らん)す。

         法学者  穂積重遠

 はじめの「陳」は「陣」の古宇だから、「じん」とよむ。後のは国名で「ちん」。孔子様が衛から陳へ行く途中、匡(きょう)でその地の軍隊に囲まれて難儀されたことが前に出ている(二一〇.二七五)。本章も同じご難の時の話らしい。「狙豆」は供物台とタカツキ等の祭具。「明日」は「あした」のときは「みょうにち」、「あくる日」のときは「めいじつ」とよむ。

 衛の霊公が孔子様を引見されて戦争のことを問われたので、孔子が、「私も祭具のならべ方は以前に聞いたことがござりますが、軍隊のならべ方はまだ学んだことがござりません。」と答えて、そのあくる日、衛の国を去った。それは自分に軍事を問われるようでは、礼楽をもって国を治めようという自分の意見の採用される見込みはない、と断念されたからである。そして楚の国へ行こうと思って陳の国に通りかかったとき、誤解のために軍隊に包囲され、数日間糧食が絶えたので、お供の門人たちが飢え疲れて立つこともできないほどであった。そこで子路が孔子様の前に出て、「われわれごとき君子がかように窮迫するとは、あろうことか、あるまいことか、誠に心外千万でござる。」と憤慨した。孔子様が泰然としておっしゃるよう、「君子だとてもちろん窮迫することはある。しかし小人が窮迫すると、取り乱してわるあがきするものぞ。」

 すなわち君子と小人との相違は窮境に立って濫せざると濫するとにある。お前のようにこのくらいのことでいきり立つのは小人のしわざぞ、とたしなめられたのである。「小人窮すればここに濫す。」俗語でいえば「貧すれば鈍する。」この言葉は今日のわれわれにヒシヒシとひびく。果して濫してはいないだろうか、見苦しくジタバタしてはいないだろうか、と深く反省したい。東洋の君子国といわれた日本がどうしてこんなひどい目にあうのだろうかと悲憤に堪えぬが、君子国であったかどうかは別問題として、君子国だからとて敗戦はあり得る。孔子様が「もとより」と言われたのは実に意味が潔い。しかし、もし「ここに濫し」たならば、ついに小人国であって、永久に君子国たり得ない。そして今日の国歩艱難は相当長く続くだろうから、「久しく約(やく)に処(よ)る」覚悟が大事だと前に言ったのは(六八)、ここのことだ。

三七八 子のたまわく、賜(し)やなんじわれを以て多く学びてこれを識る者と為すか。対えていわく、然り、非なるか。のたまわく、非なり。われ一(いつ)以てこれを貫く。

 孔子様が子頁に向かって、「賜よ。お前はわしを博学な物知りと思うか。」と言われた。子貢が、「もちろんさようでござります。そうではないのでござりますか。」と言った。孔子様がおっしゃるよう、「そうではない。わしは仁の一事をもって万事を貫いているのみぞ。」

 「知識」だけではいけない、「見識」をもちたい。私は、自ら物知りと思っているわけではないのだが、人からは「雑学博士」といわれる。恥ずかしいことだ。

 孔子様は曾参(そうしん)に向かっても「一以てこれを貫く」と言われ、曾子(そうし)は、「忠怨(ちゅうじょ)のみ」と会得した(八一)。中国のある学者がこの点をつかまえて、「孔子の曾子における、その問いを待たずして直ちにこれに告ぐるにこれを以てし、曾子また深くこれを喩(さと)りて『唯』といえり。子貢ごときは、すなわち先ずその疑いを発してしかる後これに告ぐ。而して子貢終(つ)いに亦曾子の『唯』の如くなること能わざるなり。二子学ぶの浅深ここにおいて見るべし。」と論じた。すなわち子貢は曾参に及ばぬ、というのであって、その見解が相当に行われたらしいが、他の一学者は駁(はく)して、「世儒(せじゅ)が子貢を卑視(ひし)する所以は、その先に多学の旨を『然り』とするが為のみ。これ然らず。子貢聖言を聞くにあたりて、にわかに応えて『否』といわば、弟子の師を敬する所以にあらず。故に応えて『然り』といい、而して継ぐに『非なるか』の問いを以てせり。あに知ること能わずと為さんや。」と論じた。もちろんその通りであって、本章では子貢が「唯」と言ったかどうかまで書いてないのだが、「与(とも)に詩を言うべし」と孔子様にほめられ(一五)、「一を聞いて二を知る」と自ら許した(一〇〇)明敏な子貢のこと故、必ず横手を打って「なるほど」と感嘆したに相違ない。

『新訳論語』 講談社学術文庫


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