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論語 №119 [心の小径]

三七一  子、磬(けい)を衛(えい)に撃(う)つ。簣(き)を荷(にな)いて孔氏の門を過ぐる者あり。いわく、心あるかな磬を撃つやと。既にしていわく、鄙(いや)しきかなコウコウ乎(こ)たり。己を知ることなくんばこれやまんのみ。深ければすなわち厲(れい)し、浅ければすなわち掲すと。子のたまわく、果なるかな。これ難さことなし。

           法学者  穂積重遠

 「磬」は矩形(かねがた)の石をつるした打楽器。朝鮮李王家の楽部で、「編磬」とて一オクターブをなす十二律の磬を連ねけた珍しい楽器を見たことがある。「編鐘」というのもあった。「深きときは厲し、浅きときは掲す。」は『詩経』の句。水が深ければ下ばきをぬぎ、水が浅ければ裾をまくる。臨機応変に行動するの意。

 孔子様が衝に滞在中、つれづれなるままに磬を打って楽しんでおられた。すると旅宿の門前をモツコをかついで通りかかった賎の男(しずのお)が それを聞きつけ、「ハテ心ありげな磬の打ちようかな。」としばらく耳を傾けていたが、「どうもコチコチしたいやしい音色じゃ。天下国家を忘れ得ずして知られず用いられざるをなげく気持があらわれているが、知られず用いられなければやめるだけの話じゃないか。『深ければ厲し、浅ければ掲す。』という詩があるが、この人は背も立たぬ深い川を着物をきたまま渡ろうとするわい。」こう言いすてて行ってしまった。門人がそれを聞いて、ただいまこうこう申して通り過ぎた者がござりました、と申し上げたところ、孔子様が歎息しておっしゃるよう、「さても思い切りのよいことかな。そう思い切れるくらいならば、何もむつかしいことはない。」

 実にいい文章で、一場の好寸劇だ。古証にいわく、「聖人の心は天地に同じ。天下を視ること猶(なお)一家の如く、中国猶一人の如し、一日も忘るること能わざるなり。故に責を荷う者の言を聞いて、その世を忘るるの果なるを歎じ、且(かつ)人の出所、もしただかくの如くんばすなわち難き所なきを言えるなり。」

三七二 子張いわく、書に云う、高宗諒陰(りょうあん)三年言わずとは、何の謂(いい)ぞや。子のたまわく、何ぞ必ずしも高宗のみならん、古の人皆然り。君コウずれば、百官己を総(す)べて、以て冢宰(ちょうさい)に聴くこと三年なり。

 「書」は『書経』の周書無逸篇。「高宗」は殷の中興の王武丁(ぶてい)。「諒陰」は諒闇、人君(じんくん)が喪にあること。「冢宰」は太宰(たいさい)、すなわち総理大臣。

 子張が、「『書経』に『高宗諒陰三年言わず』とありますが、どういうわけでありますか。三年の喪中であっでも、君が全然命令を出さなかったら、国政が動かないではござりますまいか。」とおたずねした。孔子様がおっしゃるよう、「必ずしも高宗のみであろうか。昔の人は皆そうであった。君主がコウ去(こうきょ)になると、百官が各自の職務を引き綿めて首相の指揮に地うこと三年であったから、その間君主が喪にあって『三年言わ
ず』でも、囲政には差支えなかったのじゃ。」

三七五 子のたまわく、上礼を好めば、すなわち民使い易し。

 孔子様がおっしゃるよう、「上に立つ為政者が礼を好んで民に臨めば、人民もその風に化せられて礼を好むに至り、上下の分が定まって、統治しやすくなるものぞ。」

『新訳論語』 講談社学術文庫


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