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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №55 [文芸美術の森]

                       歌川広重≪東海道五十三次≫シリーズ

           美術ジャーナリスト  斎藤陽一

                            第6回 「三島朝霧」

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≪朝霧の中へ旅立つ≫

 箱根の峠を下ると三島宿に着きます。上の絵は、「東海道五十三次」第12図の「三島・朝霧」です。このシリーズの中でも、とりわけ斬新な技法が使われています。

 描かれているのは、早朝の朝霧の中、三島宿を旅立つ人々の姿ですが、中央の駕籠と馬の旅人一行が輪郭線と彩色によってはっきりと描かれているのに対して、それ以外の背景はすべて、霧に煙るシルエットとして表現されています。
 右側の鳥居と社は三島大社ですが、青と墨色のシルエットで表わされています。背後の森や家々もそうですね。
 左側には、徒歩で旅立つ人たちの姿も、青と墨色のシルエットです。
 さらによく見れば、中央の一群以外のすべては、輪郭線を用いず、濃淡の色の組み合わせとぼかしによって描かれています。

 このような描法によって、霧に包まれたおぼろげな光景と、まだ眠りから完全には覚めていない宿場の静寂さが見事に表現されています。

≪後ろ姿の旅人≫

 もうひとつ、広重描く「旅もの」の人物表現の特徴を指摘しておきます。

 それは、「笠で顔を隠しうつむき加減に歩く姿」、とりわけ「後ろ姿の旅人」という描写が多い、ということです。

55-2.jpg この絵では、中央グループの中で駕籠かきや馬子は顔を見せていますが、旅人たちは皆、笠で顔が見えない。
 また、左にシルエットで描かれた旅立つ人たちは、後ろ姿に描かれている。
 旅人たちのこのような描写によって、哀愁を帯びた旅の情感が醸し出されるのです。

 この絵では、そのような人物描写により、早朝の旅立ちの押し黙ったような、物憂い気分が見事に表現されています。
 これが、広重絵画の「俳味」であり、広重の絵を見ると、「俳句のひとつでもひねってみようかな」という気分にさせられるのです。

 話の流れついでに、「朝霧」を詠んだ句をいくつかご紹介します。

    朝霧や絵にかく夢の人通り     与謝蕪村
    朝霧の影かたまりて人となる    山元土十
    白樺を幽かに霧のゆく音か     水原秋櫻子
    朝霧の一隅赤き焚火かな      斎藤陽一  (失礼しました)

 ちなみに、「うしろ姿」には哀愁が感じられるということに関連して、放浪の俳人・種田山頭火の自由律俳句をひとつ:

    うしろすがたのしぐれてゆくか   種田山頭火


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 皆さんも一句どうぞ。
 次回は、三島宿の次の宿場町沼津を描いた「沼津黄昏図」を紹介します。


                   

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