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過激な隠遁~高島野十郎評伝 №48 [文芸美術の森]

第七章 「小説なれゆくはて」 12
 
      早稲田大学名誉教授  川崎 浹

「命のキケンさえ感じる」

 九月一日
 柏に出て局に行き特別配達郵便受け取る。差し押さえの件について尋ねるから、二十八
日出頭せよとの通知だ。何のことか分からないがとにかく期日はすでに過ぎている。仕様
もない。

 九月二日
 昨日買ってきた園芸用コテで玄関前のクソをはぎ起こして片づける。

 九月三日
 とにかく弁護士に相談してみなくては分からなくなったので出かけ、光ケ丘に廻って米
屋で米、石油等を注文して松戸廻りで姪の斐都子(ひずこ)の夫で弁護士の田場川を訪ねる。幸い在宅、すぐ裁判所に電話していたが今度は別に屋敷を差し押さえている。これについて高島の言い分を訊問するのだそうだが局からの通知で高島通知書受けとったと裁判所に知らされていた。道理で何の事だか分からなかった。今度は十九日十一時との事、一緒に行ってくれる事、相談に行ってみてよかった。

 九月四日
 朝から工事はげしく始める。玄関前の侵略はげしい。池を埋め玄関前の通路西側の木も
草花も一挙に埋め立てた。裏にも土盛り始めた。全く一せい攻撃音と震動で家の中に居ら
れない程。十時頃田場川夫妻来た。どこから入ってきたのか勇敢に越えてきたらしい。妙
な二人が来たと工事一寸静かになった。松戸裁判所に行って調べて見る処だから委任状を
サインしてくれとのこと、三枚書く、急いで去った。その後叉工事はげしく始めた。画室
の建物まで土を推して来た。北の方は松の木など四方からどんどん押してくる。
 昼頃京都からケガ見舞い送って来た小包配達員も玄関に来て驚いている。こんな事見た
のは初めてだ、ひどい事だ、うんと賠償取っていいじゃないですかなどと言っていた。全
く家はもちろん命のキケンさえ感じる。その上出入り不能にするためか山のように土を盛
り、裏の方だって向こうの森が見えない程三メートル位高い土盛り。
 二時頃米屋持って来た、よく土盛りの上を来たものだ、土方達米や石油を運び込むのを
見ていて変な顔をしている。まだロージョウするのかと不思議な顔。
 昼過ぎ事務員が親方を事務所まで来てくれと呼びに来た。事務所二階から仕事の様子を
双眼鏡で見て指令しているのだろう。今日の攻撃は全く工事とはいえない。この家をつぶ
す一斉攻撃だ。エンコン、フクシユウのシウチだ。夜になってゴミ捨てに一寸裏に出たら
山の森でバサッという音がした。たしかに人間の音。

 九月五日
 朝、土佐組の連中らしい声がしていたが、いつの間にか消えてしまった。土方も車も土
佐組は一つも見えない。引き上げて行ったらしい。もしかしたら弁護士裁判所からストッ
プかけさせたのか。今日は静かだ。向ふ山の方では前からいたブルドーザー連東山に集ま
って休止していたのか、下りて来て道の方や向ふ山などをそろそろとやっている。三時半
頃になって裏口に首長い溝堀機が来て台所からまっすぐに溝を掘り始めた。その土を庭の
柿の横につみ上げて高く盛り始めた。前の高い盛土の頂上に事務員が一人立って見守って
いる。裏は盛土山と溝で全く出入り不能、この首長車には東急建設と書いてある。

『過激な隠遁~高島野十郎評伝』 求龍社


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