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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №53 [文芸美術の森]

                      歌川広重≪東海道五十三次≫シリーズ

          美術ジャーナリスト  斎藤陽一

                           第4回 「品川日之出」

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≪「続きもの」という趣向≫

 「東海道五十三次」の2番目に描かれたのは「品川・日之出」。

 当時の品川は、ご覧のように、海が間近に迫った宿場。街道に沿って宿が立ち並んでいますが、海に面した旅籠(はたご)では、江戸湾から房総半島までを一望できるという眺望を楽しめたようです。

 今しも、品川宿を通過しているのは「大名行列」。画面に描かれているのは、その殿(しんがり)、つまり最後尾です。
 旅の振り出しである「日本橋」を大名行列が旅立った時刻は「七つ頃」(午前4時頃)です。その行列が、この絵の題名にもある通り、「日の出」の時刻、つまり「明け六つ」(午前6時頃)に品川宿に差しかかった、と見ればよいと思います。俗謡「お江戸日本橋七つ立ち」にもある「こちゃ高輪(品川)、夜明けの提灯消す・・・」というその時刻です。

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 日本橋から品川宿まではおよそ2里(約8km)といいますから、この「日の出」時刻を午前6時ごろとすると、「七つ立ち」(午前4時ごろの出発)をした大名行列は、この距離を約2時間かけて歩いてきたことになる。つまり時速4kmというところ。
 ということは、結構、速足で歩いていることになり、よく映画やテレビで見るような「下にぃ、下にぃ」という掛け声とともに、毛槍を振りながらゆっくりと歩んでいくイメージではありませんね。何しろ、なるべく早く国元にたどり着かなければならないという藩の財政事情があるのですから。

≪連続性と逆転性≫

 こんな具合に、広重は、旅の時間の推移を感じさせることを意図して、この旅シリーズの第1図にあたる「日本橋」と第2図の「品川」を、いわば「続きもの」として描いています。
 広重は、「東海道五十三次」シリーズの全体構想の中で、時に隣り合う図どうしに連続性を持たせたり、あるいは逆転して思い切った変化をつけたりする、ということをやっています。

 このあとの回でも、途中の宿場を描いた図を見ていきますが、その中には、季節の変化、朝・昼・夜という時刻の変化、晴・雨・風・雪といった気候の変化、さらには、老若男女の違い、士農工商といった階級の違いなどを自在に配分し、全体構想に組み込んでいます。
 そのことにより、このシリーズの愛好者が、あたかも自分が東海道を旅する旅人になったかのような気分を味わえる、ということをねらっているのです。
 広重の「東海道五十三次」の人気の秘密のひとつは、そんなところにもあったのでしょう。

≪日常光景の描写≫

53-3.jpg ところで、品川宿の入り口に、文字が書かれた道路標のようなものが立っていますね。これは「榜示杭:ぼうじぐい」と呼ばれる宿場名を知らせる標識です。旅を続けてきた旅人は、この「榜示杭」を見て、どの宿場にたどり着いたのかを知ったのです。

 それにしても、日本橋を出発してわずか2里(8km)のところに次の宿場「品川」があるのはなぜなのか、と思うかも知れません。

 当然ながら、江戸を発った旅人は53か所もの宿場ごとに泊まるわけではなく、その日の夕方にどの宿場に辿り着いたかで、宿を決めることになります。
 品川宿は、ひとつには、京や大阪など西の方面から江戸にやってきた人が、江戸入り前に休んだり、身を整えたり、訪ね先に連絡をしたりするのに泊まるところであり、もうひとつは、品川には遊郭があったので、江戸市中から遊びに来る男たちも多く、それで賑わうところでもあったからです。

 また、この絵を見ると、大名行列を見送る人たちが、道端に身を寄せてはいますが、決して土下座したり平伏したりしていないのに気がつきます。左側にある茶店の女などは、店の前に出て、立ったまま笑って見送っています。

53-4.jpg 庶民が大名行列に出会ったとき、土下座をしなければならないのは、徳川将軍家と水戸・尾張・紀州の御三家などに限られており、通常の行列は道の端に寄って、失礼がないよう見送るだけでよかったと言います。考えて見れば、行列が通るたびに土下座をしたりしていたのでは、商売にも支障がでてきますし、武士階級の生活を支えてくれる農民たち農作業を妨げてしまうことにもなります。
 広重は、そのような当時の日常の光景を織り込んで描いており、それも見どころのひとつです。

 次回は、「東海道五十三次」シリーズの第11図「箱根湖水図」を紹介します。

                                                                  



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