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日めくり汀女俳句 №77 [ことだま五七五]

八月十三日~八月十五日

    俳句  中村汀女・文  中村一枝

八月十三日
日盛を盆提灯の売れてゆく
        『都鳥』 盆=秋

 「私、どうも背中にリュックってあのスタイル嫌いなの」。その年齢にしては、きわ立ったベストドレッサーであるSさんの言葉だった。とうに八十を超えているはずなのに、いつ逢っても、どこで逢ってもあれっと思うほど若い。小柄だが均整のとれた体に足のきれいなこと、彼女はいつも小さいショルダーを小粋に肩から。でも荷物が重いとこぼすので、ついリュックをすすめたらそういう返事だった。
 気がつくと、リュックは今やおばさんの必需品。大抵まるくなった背中にこんもりとリュックだ。かく言う私もリュック愛用者。鏡に出逢う度にさりげなく背中を映してみる。

八月十四日
窓の外(と)に燃え果てざりし流れ星
            『汀女句集』 流れ星=秋

 別荘地で小さな講演会があった。講師は窪島誠一郎氏。信州・上田にある美術館「信濃デッサン館」「無言館」の館主、戦争や病気で天折(ようせつ)した不運な画家を発掘し収蔵している。信濃デッサン館には、日系二世の画家野田英夫の作品も収められている。野用の父母は熊本県人で、その縁で平成元年県立美術館で展覧会を開いた。
 講演会は二時間近い熱演で、深い感動を聞者に与えた。骨っぽい語り口の中に彼の生き方への真筆(しんし)な問いかけ、心悩みし者、傷つきし者への共感がひしひしと胸を打った。

八月十五日
草いきれ秋より滋(しげ)き昼の虫
          『花影』 昼の虫=秋

 八月十五日を知らない若者が増えている。先の戦争を正当化する声も聞こえてくる。戦争についてはっきりしたケジメをつけずにきた五十五年。つけは今、確実に回ってきている。
 その朝、ひとしきり仏壇の前で泣いた後、私は母と町へ行った。男が「戦争は負けたんだ。もうモンペなんかはくな」と叫んでいた。家に帰って、押し入れから取り出した白い夏服、手を通すと足の間を風が抜けていく。さっきまでの悲しみが少しずつ解放感に。明日から空襲がない。電気も明るい。嬉しかった。

『日めくり汀女俳句』 邑書林


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