SSブログ

医史跡を巡る旅 №84 [雑木林の四季]

「医史跡を巡る旅」 №84 ワクチンを巡る

                保健衛生監視員  小川 優

新型コロナウイルス感染症に関しては、緊急事態宣言の部分的前倒し解除と、ワクチン供給の遅れが話題となっています。

緊急事態宣言の部分的前倒し解除に介しては、切に今後に禍根を残さぬことを祈るばかり。
一方ワクチン接種計画の遅れに関しては、国民を安心させるためとはいえ、根拠も確約もなくあたかも既定路線のように話すこと自体、いい加減にやめるべきだと思います。ますます国民は政府を信用しなくなり、ひいてはワクチン接種に対する信頼性も下がりかねません。
ただでさえ、1948年のジフテリア無毒化不良トキソイド接種による乳児84人死亡、1989年以降のMMRワクチンによる無菌性髄膜炎の症例集積、2013年のHPV(ヒトパピローマウイルス。このウイルスに感染することにより子宮頸がんを引き起こすといわれている)ワクチンの接種後の多様な症状などにより、日本人には予防接種に対する根強い不安感があります。また日本人に特有で、危機管理上では良い意味の日和見、横並び精神、いわゆる「まわりの人が打ったら自分も打つ」的な感情も根底にあります。

新型コロナウイルス感染症に関しては、ワクチンによる集団免疫獲得のためには、全人口の最低でも60パーセントへの接種完了が条件になるといわれています。そもそも妊婦や子供には安全性が十分確認されていないため接種が勧められないほか、医学的所見から接種が推奨されない方々がいるので、もともと人口中に一定数、接種できない割合があります。また集団免疫についても、不安材料があります。2月21日現在、世界中で突出してワクチン接種率の高いイスラエルの状況です。すでに全国民の71.6パーセントに接種されたとされますが、ワクチン接種後60歳以上の高齢者では、感染者が49パーセント、入院者は36パーセント減少した一方、59歳以下では感染者は19パーセントしか減少せず、入院者に至っては逆に増加しています。同時期の同国の感染状況、対照となるべき非接種者集団の感染率が示されていないなど、そのままデータとして信用するわけにはいきませんが、集団免疫の獲得の目安について、ワクチンの接種率をそのまま用いるのには注意が必要です。
それに加えてワクチンへの信用低下が進み、接種忌避が広がれば集団としての免疫が得られなくなります。ワクチン接種は個人を守るばかりでなく、社会全体を守ることになることを、もっと積極的にアピールすべきところです。しかし優先接種以外の接種計画が不透明な中では、実際の接種がいつになるかわからない国民にとっては、絵空事に聞こえることでしょう。

少しでも新型コロナワクチンについて事実を知ってほしいので、ワクチンの安全性について、今現在わかっていることをまとめてみます。

現在日本で接種が進められているワクチンは、ファイザー社のものだけです。
アメリカではすでに1,000万人以上に接種されています。信用度の高いアメリカ医師会誌に投稿された査読後の論文によると、接種後の強いアレルギー反応、アナフィラキシーは、100万回に5回程度の頻度で発生するとされます。性別では女性が94パーセントと多くを占め、また77パーセントは過去になんらかのアレルギー反応を起こした経歴がありました。
反応は15分以内に76パーセントが、さらに89パーセントは30分以内に起こっています。全例において、適切な治療により回復しているので、接種後30分、緊急対応がとれる場所で待機し、経過観察をうければ安心です。
アナフィラキシーまで至らない副反応では、頻度が高い順に接種部位の痛み、倦怠感、頭痛、筋肉痛、関節痛、悪寒、発熱となります。

ワクチンの有効性については、査読済み、つまり第三者により論文の信用性が高いとされたものが世界でふたつあります。
ひとつがNEJMに投稿されたファイザー社の臨床結果の報告。
2回接種して、1週間以降に新型コロナウイルスを発症したのは、18,198人中8名。一方偽薬を接種した対象群では17,511名中162名が発症。ワクチン接種により発症が20分の1に抑えられ、有効性は95パーセントとされます。この有効性、単純に100人に打って95人に効く、ということではないことには注意が必要です。
もうひとつがLancetに投稿されたイスラエルでの病院職員への追跡調査。
1回のみの接種でも、新型コロナウイルス陽性者の数が85パーセント減少した、との報告です。
また、どちらのケースでも被験者全員のPCR検査は実施していないため、正確な感染者数が反映されていない可能性があります。
なお、ワクチンの安全性、有効性に関する情報は、山中伸弥先生のホームページ「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信」から引用させていただいています。

現在の状況として、新型コロナウイルスワクチン、商品名コミナティに対して厚労省により承認された効能効果は、「SARS-CoV-2による感染症の予防」となっていますが、実のところ、もともとの有効性の臨床検査で検証されたのは発症を抑えることであり、それについては十分な有効性が認められていることになります。
リスク対効果の意味からも、新型コロナウイルスワクチンは有効性が高く、個々だけではなく社会を維持するためにも、多くの人への接種が望まれます。

あだしごとはさておき。
ワクチン接種の普及に対する苦労は、今に始まったことではありません。
世界初のワクチンであり、ワクチンによりその病気そのものの制圧に成功したのが、種痘であり、天然痘です。ところがその普及には、多くの医師の苦難がありました。
今回はそのごく一部をご紹介します。

以前「秋月藩の種痘」でご紹介した緒方春朔。

「種痘の始祖 緒方春朔」記念顕彰碑

84画像①.jpg
「種痘の始祖 緒方春朔」記念顕彰碑 ~福岡県朝倉市来春 朝倉医師会病院

エドワード・ジェンナーが牛痘による種痘法を編み出す6年前、秋月藩藩医であった緒方春朔は、中国で行われていた人痘法を試します。牛痘はもともと牛の感染症で人間の病気ではなく、人が感染しても軽症ですむこと、それでいて獲得できる抗体は人の天然痘にも有効に働くことに着目したもので、安全性が高く全世界に広まりました。

「緒方春朔顕彰碑」

84画像②.jpg
「緒方春朔顕彰碑」 ~福岡県朝倉市秋月城址

一方の人痘法、天然痘に罹患した人の回復期の膿、瘡蓋を(痘痂)を乾燥・粉末化したものを匙に乗せ、鼻から吸い込ませる方法です。現在の弱毒化ワクチンと同じ考え方ですが、感染性は残っているため発症する危険性は多く、通常の感染同様、重篤な症状を呈することもあります。

「種痘の父 緒方春朔顕彰の碑」

84画像③.jpg
「種痘の父 緒方春朔顕彰の碑」 ~福岡県朝倉市秋月

有効性と安全性の見極めが、まさに「匙加減」。人の命を救うことを使命とする医師にとって、その苦心たるや想像に絶するものがあったと思います。

種痘を広めた功労者としては、大阪除痘館、そして西洋医学所の緒方洪庵を外すことは出来ません。

「除痘館発祥の地」

84画像④.jpg
「除痘館発祥の地」 ~大阪府大阪市中央区道修町

牛痘は安全性が高いのですが、牛の病気を人に罹らせることに対する人々の抵抗は強く、「牛になる」という噂すら広まったとされます。現在の風評被害と何ら変わりません。また初期の種痘は善感した患児の瘡蓋を、また次の接種者に植え継ぐといった方法で維持するしか方法がありませんでした。接種希望者が途絶えると、ウイルスが不活化し、種痘が出来なくなります。洪庵は袂に菓子を忍ばせ、言葉は悪いですが、ぐずる子供を懐柔して種痘の維持、普及に努めたと伝えられます。

「除痘館跡」

84画像⑤.jpg
「除痘館跡」 ~大阪府大阪市中央区今橋

除痘館は最初嘉永2年(1849)道修町に開設されますが、万延元年(1860)、適塾の近くの今橋に移転します。
緒方洪庵は種痘以外にも多くの業績がありますので、いずれまた詳しく取り上げます。

江戸からも一人。

「桑田立斎先生種痘所之跡」

84画像⑥.jpg
「桑田立斎先生種痘所之跡」 ~東京都江東区清澄

桑田立斎は文化8年(1811)、新潟県新発田に柴田藩士の子として生まれます。16歳の時江戸に出ましたが、天保4年(1833)23歳の時一旦新発田に戻ります。新発田で蘭方医島津圭斎に師事して西洋医学の道を志し、天保8年に再び江戸に出て、島津圭斎の友人坪井真道の医学塾、日習堂に入門します。
天保13年(1842)深川で開業、嘉永2年(1849)、蘭館医モーニケによって日本に牛痘苗がもたらされると、いち早く分苗を受け、江戸で種痘を広めます。洪庵と同じく、民衆の反発をうけますが、独自の普及活動で種痘を広めることに成功します。
それが現代にも通用するチラシや冊子を用いた、パブリケーションによるパブリック・リレーションズ。絵に加え、分かり易い標語を加えた木版画を刷らせ、市中に配ります。
「種時は寒か暑もいつもよし 日の善悪もなきものぞかし」
「親の苦もぬけてたのしむみどり子の 千代の命をむすぶたうとさ」
また蝦夷地、北海道での疱瘡の流行、拡大を防止するため、幕府に命じられて蝦夷地に赴き、数千人に接種を行ったとされます。

「桑田立斎 供養墓」

84画像⑦.jpg
「桑田立斎 供養墓」 東京都台東区板場 保元寺

立斎は慶応4年(1968)亡くなりますが、最期まで種痘針を手放さなかったと伝えられます。


nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。