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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №43 [文芸美術の森]

                      葛飾北斎≪富嶽三十六景≫シリーズ

          美術ジャーナリスト  斎藤陽一

                             第9回 「駿州江尻」

43-1.jpg

≪風の表現≫

 北斎はまた、絵画の中に「風」や「スピード感」を表現しようとした絵師です。この「駿州江尻」では、街道をゆく旅人たちを突風が襲う瞬間を描いています。
 江尻は現在の静岡市清水区にある東海道の宿場町ですが、北斎は宿場の様子を描くことにこだわらず、目に見えない「風」の表現に挑戦しています。

 一面に葦が生い茂る原の中を、道は、左側から螺旋状に右奥へと続き、その向こうは「すやり霞」の中に消えています。これにより、はるかに続く街道の距離感と、旅人たちの旅路を暗示しています。
 そこに突然、強い風が吹き起こり、旅人たちは、身を屈めたり、笠を押さえたりして、風に対処しようとしています。
43-2.jpg 左側、手前を歩く女性は、女性らしく着物の裾を押さえていますが、その懐からは、懐紙が強風に吹き飛ばされ、一斉に宙を舞って飛び去っていく。

 真ん中に描かれた、天秤棒で振り分け荷物をかついでいる男は、油断していたのか、かぶっていた菅笠が突風に持ち去られ、頭には台座だけが残っている。うらめしそうに空中を飛んで行く笠を見つめる姿は滑稽です。この男の笠が、紙の43-4.jpg群れを引き連れているようにも見えますね。
この女と男の二人の描写が、画面に変化を与えています。

 画面の左側に立つ2本の木は、突風にあおられてしなり、木の葉をさかんに散らしています。
 このように、この絵には、本来見えるはずのない「風」という自然現象が巧みに表現されています。

 一方、富士山は、一筋の輪郭線だけで描かれ、冴え冴えとした白い姿で、荒れ狂う下界の騒ぎを静かに見守っています。まさに、この絵でも、「静と動」の対比が意図されています。

43-5.jpg 北斎が手掛けた絵手本の代表作である「北斎漫画」の中にも、「風」を表現した絵があります。(右図参照)
 強風に襲われてあわてふためく人々の姿を通して、風の強さや風向きなどを表現しています。

 あらゆる自然現象を絵に描きとめたいという挑戦的な絵師であった北斎にとって、「風」もまた意欲をかき立てるテーマだったのでしょう。
 
 次回は、「瞬間性を表現する」ということに関連して、「スピード感」をとらえた一枚、「隅田川関屋の里」を紹介します。


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