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批判的に読み解く歎異抄 №9 [心の小径]

本願ぼこり(造恵無碍・第十三条)の問題

           立川市光西住職  寿台順誠

(1)宿業の問題

 一つずつ進めていきます。ここでの中心テーマの一つは「宿業」という問題です。まあ簡単に言うと運命論です。例えば「人を千人殺してみろ、殺したら往生できるぞ」と言われたって、「そんなことできるもんじゃございません」という唯円の答えに対して、「別にあんたが善くて殺さないわけじゃなくて、あんたに業縁がととのってないだけですよ、あんたが殺そうと思わなくても殺しちゃうこともあるし、殺そうと思ったって殺せないこともあるよ」と親鸞は言っています。一言で言ってしまえばここに書かれてあることは、全部が宿業で決っているという一種の運命論なのです。単純化して言えば、果たしてこの運命論が仏教思想なの、本当に親鸞の思想なの、というのが十三条の一番の問題点です。そこでそうした問題に一つ一つ入っていきたいと思います。
 まず十三条は例えば次のような文脈で使われています。

 「わがこころのよくてころさぬにはあらず。」-「『俘虜記』は、戦後文学の傑作であるが、その作品のはじめに大岡昇平は『歎異抄』 の言葉をあげた。つまり、戦後文学はこの『歎異抄』から出発したといっていえなくない。……善悪とは人間の意思によって生まれたのではなく、人にはどうにもならない宿業から来るものであるから、如来の悲願に帰すしかない。戦場に送られて敗走し、敵兵を銃口の先にとらえたことも、宿業である。これを撃つか撃たないかで氏の運命は大きく変わるのであるが、それは氏の意思が決めるのではなく、宿業が決定するのだ。人間はそれほど頼りない存在なのだと言う認識が、根底にある。(立松和平「『歎異抄』に想う-『倖虜記』の前文より-」 『大法輪』75巻2号、2008年)

 立松和平は大岡昇平の『俘虜記』についてこう言っているわけですが、『俘虜記』自体は読むともうちょっと複雑な議論をしていますから、こんな単純に要約できるものではありません。が、詳しいことは割愛するとして、ともかく大岡昇平は戦争でフィリピンに行って、たまたま米兵に遭遇した時、撃とうとすれば撃てたのに撃たなかった。その時のことを様々に思い巡らしたことを後になって『俘虜記』に書きつけています。なぜ撃たなかったのか、と。自分は別に人類愛で撃たなかったわけじゃないとか、様々なことを書いているその冒頭の所に、『歎異抄』十三条の「わがこころのよくてころさぬにはあらず」 という言葉が記してあるのです。でも、これとは逆の場合にも『『歎異抄』』十三条は使えますね。撃って殺しちゃった場合には、「さるべき業縁のもよほさば、いかなるふるまいもすべし」という言葉で正当化できるじゃないですか。私の思いで撃ったんじゃない、手が勝手に動いたんだ、宿業で決まっていたんだ、という形でね。それで思うのですけど、『欺異抄』の少なくとも戦後における使われ方の一つにこういうことがあったんじゃないかと私は思っています。『欺異抄』って書物は、戦争に行っていろいろなことがあった、してきちやったことから、何かこう解放される一助になったのかもしれない、或いは少なくともそういう罪悪感を緩和するように使われてきたかもしれないと思うのです。
 三十年ほど前、私の「前前前世」において、ここ正雲寺で何度も靖国問題について話したことがありまして、檀家さんから物凄い反発を招いたことがありました。「お前は過激派か」と、よくそういう話になりましたが、今時はもうそうはなりません。もう実体験がない人が多くなったからだと思います。三十年以上前にここで私が話している時は目の前にいる人がやっぱり実体験があったと恩うんです。最近になって初めて好きなように話ができるようになったのじゃないかと思いますが、そんなことで「宿業」という言葉或いは考えが、一つには「責任逃れ」に使われる側面があることが問題だということをお話し致しました。


名古屋市中川区 真宗大谷派・正雲寺の公開講座より

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