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論語 №102 [心の小径]

三二〇 葉公(しょうこう)、孔子に語(つ)げていわく、わが党に躬(み)を直(なお)くする者あり、その父羊を攘(ぬす)みて子これを証せり。孔子いわく、わが党の直き者はこれに異なり。父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。直きことその中に在り。

              法学者  穂積重遠

 「直躬」は人名だという説があって、それだと「わが覚に直躬(ちょっきゅう)という者あり」とよませる。二三の証拠もあげているが、人名とみない方がおもしろい。「攘」は外からまざれ込んで来た物を着服することだという。すなわちこの場合も、よその羊がこちらの地内に迷って来たのをかくしたのであろう。ここの「党」とは「仲間」とか「方」とかいうほどの意味。

 菓公が孔子に、「わしの方にこういう正直者がある。父が羊を着服したのを子が証明した。」とほこりがおに話した。すると孔子が申すよう、「私どもの方の正直者は少々違います。父は子のためにその罪をかくし、子は父のためにその罪をかくすのでありまして、そこにおのずから人情の正しさがあるのでござります。」

 これは法律・道徳の関係上微妙なおもしろい問題だ。「大義(たいぎ)親(しん)を滅す」ることももちろんあり得るが、祖国や同胞の欠点・悪事を外国に向かい摘発暴露して自ら快しとするような近ごろの風潮については、「わが覚の直き者はこれに異なり」と言いたくなる。古註(こちゅう)にも、「理に順なるを直と為す。父は子の為に隠さず、子は父の為に隠さず、理において順ならんや。瞽ソウ人を殺さば、舜ひそかに負いて避れ、海浜に遵(したがい)て処(お)らん。この時に当りてや、親を愛するの心勝る。それ直不直において何ぞ計(はか)るに暇(いとま)あらんや。」とある。この舜のたとえ話は『孟子』(尽心章上)に出ている。

三二一 樊遅(はんち)、仁を問う。子のたまわく、居所(きょしょ)恭(うやうや)しく、事を執(と)りて敬(つつし)み、人と忠なるは、夷狄(いてき)に之(ゆ)くと雖も棄(す)つペからざるなり。

 古註に「恭は容(かたち)を主とし、敬は事を主とす。恭は外(ほか)に見(あらわ)れ、敬は中を主とす。」とある。

 樊遅が仁とは何かをおたずねした。孔子様がおっしゃるよう、「事なくして休息のときもその態度行儀をうやうやしくすること、仕事をするときには十分に謹慎用心すること、人とつきあうには忠心の誠をつくしていつわらざること、この恭・敬・忠の三つは仁を行う根本であるから、たとい礼儀道徳の低い野蛮国に行っても棄ててはいけないぞ。」                  
 わが国には「旅の轍はかきずて」というけしからん言葉がある。願わくは「夷狄にゆくと雖も棄つべからず」でありたいものだが、今日では郡の真ん中でも恭・敬・忠は棄て去られて、「恥のかきずて」どころか、恥を恥と思わぬようになったのだから、情ないことだ。樊遅は三度仁を問い、孔子様は毎回違った答をしておられる。おそらくその進度に応じて教えられたのであろう。学者は本章が最初、第一三九章がその次、第三〇〇章が最後だろう、といっている。


『新訳論語』 講談社学術文庫

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