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じゃがいもころんだⅡ №30 [文芸美術の森]

中村汀女とわたし

            エッセイスト  中村一枝

 人と人とのふれあい、縁はまったく不思議なものだ。父と母とが、熱烈な恋愛の末結ばれたことを知ったときから、私はぜったい恋愛結婚、それも人もうらやむような大恋愛と思っていたのに、好きになった相手にはふられ、結局自分が望んでもいないある人物と見合いする羽目になった。中村汀女お息子といわれてもピンとこなかったのも確かである。汀女が俳句の先生ということくらいは知っていたが、一体、俳人というものもよく知らないのだからどうしようもない。父は何かの会合で汀女さんと顔を合わせたことがあるらしく、静かで温和しい人だと言った。汀女というなはそこそこ雑誌などでみたことはあるが、皆目見当がつかない。
 見合いの場所は父の行きつけのレストラン、新橋の小川軒ということになった。あまり仰々しくない場所でということに双方納得したのはまあよかった。当時汀女は俳人高浜虚子の高弟として少しずつ雑誌などにも知られるようになっていた。
 かなり肥りじしのゆったりした物腰、熊本なまりの強く残る独特のアクセント、が最初の印象である。さばさばしていて、物おじしないその態度は感じがよかった。それに反し、かんじんのご当人は母親の半分もない、やせ細った男で、それだけで私はがっかりした。一年近く前私が大層熱をあげていた人は、これまたお角力さんにしてもいいくらうふっくらとした人だったから、私のがっかり度はかなり大きかった。ただ二人だけで話をしているうちに、なんだか、一種親しみのようものが湧いてきた。外国の役者がよくやるようにゼスチャーをこめて腕を上げたり下ろしたり、何となく変な人だけど好感をもったのだった。
 ただ家に帰るとまわりからいろいろ言われた。汀女さんってこわい人じゃないけど、ずいぶんしっかりした感じのする人でしょう。一枝さんなんかにちゃんやっていけるの? まわりの女たちから、かなり否定的な意見が出た。とにかく堂々としていて恰幅がよくって、しっかりした感じよ。
 先日、義弟のお嫁さんである斎藤錦さんと姑の話になった。彼女は私の2、3年後に熊本の中村家に入った人である。みるからに美人で、弟の健史さんとの間に二人の女の子がいる。検史さんはちょっとフランスの俳優、ジェラール・フィリップ似の目鼻立ちのくっきりしたいい男である。勤め先も銀行ということで、温和しくて堅実なタイプ。私の夫である長男の方は、子どもの頃わんぱくで鳴らしたというのがそのままの、どこかこわれたおもちゃみたいなところが、実は私は好きなのだが。
 「お母さまってほんと、意地悪じゃなかったんです」
 錦さんが言った。同じ家に十年以上暮らしたお嫁さんの言うことに間違いはない。私もまったく同じことを考えた。汀女は女の意地悪とは無縁の人だった。
 実は女同士のいがみ合いの大半は意地悪と言う小さないさかいがほとんどである。
 芸術的な分野に名を残すような人はその触感の働きがちがうような、そんな気がしてならない。


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