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批判的に読み解く歎異抄 №6 [心の小径]

「悪人正機」(第三条)の問題

         立川市・光西寺住職  寿台順誠

(2)悪人の意味 2

 が、さらにもう一つ、私が1980年代にこういう勉強を始めた頃、非常にセンセーショナルだったのは、「被差別民」がこの「悪人」の意味だと言われていたことですね。河田光夫さんが東本願寺でされた話が特に記憶に残っています(河田光夫『親鸞と被差別民衆-靖国・同和問題研究資料-』真宗大谷派宗務所出版部、1986年)。それを一つ紹介しておきましょう。資料の注の7の必要な所だけ読みます。

 「キヨメ」ヲ「エタ」ト云フハ、何ナル詞バゾ 根本ハ「餌取」ト云フベキ歟。「餌」ト云フハ、シシムラ、鷹等ノ餌ヲ云フナルベシ。其ヲトル物上云フ也。「エトリ」ヲ、ハヤクイヒテ、イヒユガメテ、「エタ」ト云ヘリ。(『塵袋』は親鸞没後間もない1264~88年頃成立したとされる辞書。河田光夫『親鸞の思想と被差別民』明石書店、1995年、27-28ページ)

 これは当時の辞書のようなものですが、「エトリ」というのは「餌」を「取る」職業ということですね。そして、「キヨメ」というのは「清掃・掃除する人」で、その人たちも下層の人として蔑まれてきたってことがあるんです。また、「非人」とか、官の許可を得ず勝手に坊さんになった「私度僧」(濫僧)とかもここには入っていて、被差別者のことをいろいろ定義して書いてあるんですね。あと途中を飛ばして最後の部分を読んでみます。

 …(中略)…天竺に「旃陀羅」ト云フハ、「屠者」也。イキ物ヲ殺シテウルエタ体ノ悪人也。(同前)

 「旃陀羅」(チャンダーラ)は『観無量寿経』にも出てきます。インドの被差別民である旃陀羅とは「屠者」であり、生き物を殺して生活する「エタ」のような「悪人」であるというわけです。
 要するに「悪人」という言葉は差別用語だったというのです。だから、『歎異抄』の「悪人正機」はこのようなことを念頭に置いて読まないと分からないということを河田光夫さんは強調したわけです。
では次の間題に行きます。

 名古屋市中川区 真宗大谷派・正雲寺の公開講座より


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