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梟翁夜話 №61 [雑木林の四季]

「台湾に頭が上がらない日本」

               翻訳家  島村泰治

日本で最後に夕陽が沈む与那国島、その南西約110キロに浮かぶ台湾は、同じかつての統治国でも韓国とはひと味違ふ国柄だ。戦前から樟脳や砂糖、バナナなどで日本人には馴染みが深く、台湾の人々には訪れてみれば分かる頗る付きの親日感情が深い。

日本はアジアの先駆けとしての意識からか、政経から産業、学術と大方の分野で他に引けを取ることはないが、その実、台湾には頭が上がらない事情がいくつかある。

ご存知よりも多からうが、かつて「東洋の鉄人」と謳われた楊伝広という十種競技の怪物がゐた。台東県台東市の出身で1933年生まれだから私の2歳年上で印象が強いのだが、陸上では見劣りしてゐた当時の日本人からは羨ましくも妬ましくもある偉丈夫だった。1960年ローマオリンピックの銀メダリストであり、1963年4月には世界記録も樹立してゐる。

囲碁の世界でも大陸出身の呉清源に育てられた林海峰と云ふ打ち手が日本棋界を席巻した。張栩などの弟子も育てて今は重鎮の風格だ。只これなどは頭が上がらないほどの感覚ではないが、台湾ここにありの意味合いは大いにある。

愛ちゃんこと卓球の福原愛が片付いた相手が台湾の江宏傑、そのやや先輩に荘智淵(そう ちえん)という逸材がいる。多少卓球を嗜む私が見ても一癖ある難敵だ。この荘智淵をいま売り出し中の張本智和が鬼門にしている、つまり頭が上がらない相手なのだ。現に直近の肝心な試合で惜敗してゐる。当然のこと勝率がぐんと低い。五輪で金狙いの張本はいずれ荘の壁を崩し去るだらうが、台湾油断ならずの感はなお強い。

さて、ここに来てもう一つ、いよいよ台湾に頭が上がらぬ事態が出来(しゅったい)した。ほかならぬコロナ絡みの対応で台湾がわが日本を凌ぐ鮮やかな立ち回りで「台湾ここにあり」の気概をみせたのだ。それも、支那への斟酌から脚が縺れる安倍政権の為体(ていたらく)を前にして、快刀乱麻の立ち回りで世界に範を示したのである。

YouTubeなどでその間の経緯を承知はしていたが、舞台裏の事情を知ってみれば、パンデミック対策の手練手管では日本と台湾には紙の表裏ほどの差があることが分かる。知己である台湾の王明理女史が雑誌「正論」5月号に寄せられた「コロナから台湾守る『台湾人の誇り』」と云ふ時機を得た記事を読んで、ああこれは台湾に負けたな、と実感した。

なかでも印象的なのは人材の理だ。コロナ発生源の武漢の情勢をモニターしながら取った蔡英文総統の一連の手段が周到を極めた。対策本部を立ち上げるや、メンバーの選択に英文ならぬ英知を尽くしてどんぴしゃりの人材を登用した。

SARSの経験を踏まえて防疫のエキスパートを総動員、筆頭に陳建仁副総統(SARS時の日本なら厚労大臣)を据え、直下に心知ったる防疫専門の手練れを配した。5月に副総裁に就任するハーバード卒の医師賴清徳も参加、ほかに何と38歳のIT専門の唐鳳を取り込んでいる。彼は話題のマスクアプリを考案して防疫対策に大いに貢献している。さらに詳細は王明理女史の記事をお読みいただくとして、今次の台湾の見事な手綱捌きは、トランプの云ふChina-centricを地で行く安倍政権との対比が哀れを催すほどに著しい。

かく、日本は台湾の後塵を拝した。要は着眼点の相違と斟酌のベクトルである。どっちを向いて仕事をしているのか、という点で台湾は歴然と日本の上を行っている。台湾はコロナで足腰の強さを見せ、国として存在感を明確に示した。台湾がWHOの外にゐることの不条理が露呈したに等しい。

WHOと云えば、昨日の外信ではトランプが支那寄りのWHOへ疑義を仄めかしている。願わくんば、日米が駒を並べてWHOを離脱、台湾を携えて新たな世界保健機構を創設するに如くはない。

だが、台湾に「負けた」日本としては何も悄(しょ)げることはない。ここでコロナの勢いを見事抑え込んで、日本ここにありと胸を張れればいいことなのだ。


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