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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い!」 №17 [文芸美術の森]

                            ≪シリーズ≪琳派の魅力≫

            美術評論家  斎藤陽一

            第17回: 尾形光琳「燕子花図屏風」 その2
(18世紀前半。六曲一双。各151.2×358.8cm。国宝。
                      東京・根津美術館)

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≪音楽的なリズム感≫

 前回に引き続いて、尾形光琳の「燕子花図(かきつばたず)燕子花図屏風(びょうぶ)屏風」を見ていきましょう。

 愛知県知立市八橋にある無量寿寺(臨済宗妙心寺派)は、在原業平の杜若伝説が伝わるお寺です。上の写真のように、季節になると、境内の庭園には燕子花が花開きます。池には「八橋」が架けられています。
あたかも八橋の上を歩きながら燕子花を見るような気持になって、光琳の「燕子花図」に対面してみましょう。

 「右隻」では、私たちと花々との距離はやや離れており、燕子花の姿を横から見る視点で描かれていることに気づきます。

 一方、「左隻」では、八橋の上にいる私たちの足元から燕子花は立ち上がり、上から見下ろすような視点で描かれている。いわゆる「俯瞰ショット」ですね。
 ところが、左に歩みを進めると、燕子花は横から見る姿に変わっていき、やがて、私たちとの距離は遠くなる。
 光琳は、ひとつの画面に横からの視点や上からの視点を混在させながら、八橋を歩む鑑賞者の歩みやその速度を暗示している、ということが見えてきます。

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 燕子花の塊の描き方に注目してみましょう。
 「右隻」の燕子花は、いくつかのグループごとにゆったりと配置され、上下にゆるやかに流れるようなリズムが感じられます。
 一方、「左隻」の燕子花は、画面の下からいきなり現れたかと思うや、画面右下から左上にかけての対角線にそってせり上がり、鋭角的で小刻みなリズムが感じられる配置になっています。
 
 このように見ると、この絵を見る私たちも、八橋の上を、時にゆっくりと、時に早く、歩んでいくような感覚を味わいます。
 このような仕掛けによって、この屏風絵は、音楽的なリズム感を感じさせるものとなっている。この「リズム感」こそ、「燕子花図屏風」の大きな魅力なのです。


≪ひとひねりした金箔貼≫

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 ところで、この「燕子花図屏風」に貼られている金箔は、左右両隻合わせて1000枚を超えるそうですが、よく見ると、一枚10cm四方の金箔の中に、不揃いなジグザグとした筋のようなものが縦方向に入っているのに気づきます。
 普通は、きれいに薄く延ばされた正方形の金箔を整然と貼るので、隣同士に貼り合わせた箇所が正方形の筋目となり、きちんとした格子状の線が見えるだけ。では、なぜ、このように縦に伸びていくジグザグとした筋目が見えるのでしょうか?

 京都の金箔専門店「箔屋野口」の野口康氏によると:
わざわざ正方形の金箔を裂いて不揃いな裂き目の残る剥片をいくつも作り、次に、それらの剥片を組み合わせて、ジグザグとした線がほのかに見えるような正方形の金箔を新しく作る。それらの二次的金箔を用いて、ゆらゆらとした不揃いな筋目が垂直方向につながるように貼っている、とのことです。(小学館『日本美術全集』第13巻より)
 ずいぶんと手間のかかることをやっているのですね。

 その結果、あたかも水面からゆらゆらと光が湧き上がるような視覚的効果が生まれる。燕子花が花開く初夏の光を感じさせる表現と言えるでしょう。
 ただの金地にしないところに、尾形光琳のこだわりが感じられます。

 次回も光琳の「燕子花図屏風」を読み解いていきます。


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